**台風21号に関して**

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今日本に向かっている台風21号に関して、感じたことを記載します。

この台風は発生した場所からみると、最初は台風になるかならないかの微妙な状態だったと思います。
その後何らかのエネルギー充填を受け一気に台風に成長したようです。

ただこのエネルギー充填は、人工的なものと言うより自然発生後に海水温の高さが落ちないことで成長してきたのだと思います。

もちろん何らかの人口操作もハッキリと感じられるのですが、台風に意識を向けて見たところ「その影響は排除している」と言っています。

人工的という点では今もかなり強い電磁波的な体感もありますので、人によっては頭痛や目眩がすでに起こっている方もいる事でしょう。

地球は今、誰の助けを借りることなく世界中で起こっている作為操作との攻防の中にいます、あるいはようやくその段階に達したと言ってもいいでしょう。

またスペースファミリーたちによる台風の勢力低下のためのバックアップも、地球自身が「自分の力でやるから見ていてね」との言葉を受け必要最低限に抑えているようですし・・

この台風は、自然界で生まれ、自然界で巨大化した「まっとうな」台風でしょう。
そして正に、誰にも止めることの出来ない地球変化(進化)の一端を物語っているのだと思うのです。

現段階での進路予想にもおかしな動きはないようですし、強さは尋常ではないと思われますが、それも次元移行の過程で見られる自然現象と見ています。

今回の台風21号が自然現象であり日本に影響が最もある台風であると言う事は、私たち日本人の因果律が大きく影響することは避けられないでしょう。

この台風が今後勢力を落とすか、進路を変えるか、あるいは日本を縦断しても被害を最小限に抑えて消えて行くか、その点に大きく関係してくると思います。

私たち一人一人が生きている時空は、一人一人の意思と責任で成り立つ個別の時間軸です。
ですので自然界で自然発生した台風は、今後どのような影響を示すかで、自分の有り様さえも知ることのできる指標ともなって行く筈です。

まずは台風に「可能な限り被害少なくね」と伝えて行こうと思います。
それと同時に自分自身が今現在どのような思いや願い、行いをしているかをしっかり鏡に映して見て行く必要もあると思っています。

自分の想念や行いが、台風を恵みの嵐とするか凶暴な駄々っ子にさせてしまうか、まさに自分自身にかかっていると言えると思うのです。

皆様も是非自分自身との対話をなさりつつ、台風に「良い子で来なさい」と伝えてあげてください。

それと同時に念のため少しの被害想定をして、静かに台風の動向を見て行きましょう。


<追伸>
本日2日より八ヶ岳でのイベントを控えています。
今回のイベントで参加者の皆さんと今回の台風21号への呼びかけを行う予定でいます。
お時間がある時に台風21号に「地球進化促進と被害の低減」を促してみてくださいませ。

ではでは











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# by farmemory | 2018-09-02 00:09 | ・地球・地質・気象 | Trackback | Comments(1)

**縄文展の報告(2)**

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前回からの続き**縄文「1万年の美の鼓動」展の報告(1)**<

縄文人たちは明らかに神との距離がとても近く、あえて神として畏敬すると言うより、神とはなんであるかを理解していた事も、今回の展示物が教えてくれました。

また縄文人達が持つ宇宙観も、今まで何人かの被験者の方のリーディングで確認してきています。
それは自分たちも神の一部であると言うワンネス意識のような概念を理解していたと言うことです。

むしろ儀式や宗教的ドグマ、祭事や神事を重要視したのは、アトランティスを起源とし、海を渡ってきたシュメール・ヘブライ文化(弥生文明)からではないかと感じているのです。

そして神という存在を遠く遥かな手の届かない存在とし、過度に畏れ敬い、また政治的な駆け引きにさえ「神を利用して」してきたのでしょう。

そんな事を考えながら眺めていた時、不意に
「ああ、これ自然のエネルギーというか気の流れというか、そういうエネルギーをこの土器に流し込むための呼び水的な装飾なのだね」
と感じたのです。

単に熱によって食品を加熱調理するだけではなく
「自然界にあるエネルギーも、この炎の流れに乗せて食品に流し込むためなんだ!」
とわかったんです(あくまで私判断)

また縄文のビーナス達が、文字通り女性崇拝であることも良く分かるのですが「性」に関してとてもおおらかな意識を持っていることが、直感で感じられるのです。

これは世界各地に残るストーンサークルや信仰の場に建てられた「リンガ(男性器)」と、女神崇拝をしてきた縄文土偶(縄文のビーナツ達にはしっかり女性器が表現されています)からも伺えます。(Top画像)

出産に関しても「畏敬」という見方もあるでしょうし、その点では今も昔もと尊く神聖なものとし扱ったのは理解できます。

でも現代社会ではどちらかというと性に対するタブーが多く、それに引き換え縄文の人々の性に対するおおらかさや楽しみ、喜びがストレートに伝わってきたんです。

国立博物館では、あまりそういう切り口は出来ないのでしょうね、とても残念だなと感じました。

話が少しずれますが、弥生以降の生活雑器には遊び心というかやアート性があまり感じられず、生活に余裕がなくなってきている気がします。

また土器のフォルムなどもシンメトリー(左右対称)で「整然、整頓、シンプル、潔癖」が伝わってきます。
これを社会に当てはめると「管理、統一、一元的」が感じ取れます。

また埴輪が着る甲冑なども、機能美はあるものの精神性や感情、心の思いを伝えるためというより様式美や銅像的な自己顕示が感じられます。
(下の画像)
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また土偶、埴輪類と縄文のそれとを見比べると、そこには女性性と男性性の大きな隔たりが生まれていることが感じられます。

縄文の土偶には争いや武器、武力の匂いがほとんどありません。しかし弥生や古墳時代になると「武人や武器」をかたどった埴輪が数多く出土しています。

いかに縄文が平和で緩くおおらかで女性性全面だったかを彷彿とさせ、反面、弥生は争いと男性性社会を強く感じさせます。

さて展示されている縄文土偶の中には手の平に収まるようなかわいいサイズのものも展示されていて、それらのキャプションとして「祭事」に関わるという解説があったのですが・・・
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「何でもかんでも神聖視して、それは違うんじゃない?この小さい完成度の低い土偶は間違いなく子供のおもちゃだよ!」
というものにも出会え、なんとも頬が緩んだのです。

確かに縄文という、一見プリミティブな生活をしていたように感じる古代文明も、実際その片鱗に触れただけでも、かなり高い精神性と文明を持っていたことはガンガンと伝わってきました。

また人々が持つ喜怒哀楽も、今の私たちとなんら変わらない感情を持っていた事も十分に伝わってくるようでした。

いや、むしろ多くのタブーにがんじがらめにされている現代社会からみると、全てが解放され自由に自己表現をしてきた彼らのアート意識も、これらの遺物から時の隔たりを超えストレートに伝わってきました。

本当に行ってよかったねと、展覧会の後のお茶の時間にみなさんと再確認しました。
そして日曜日から予定している縄文の最後の砦と言われたや八ヶ岳イベントに続きます。

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そちらもまた、後日報告いたします。

ではでは!











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# by farmemory | 2018-08-31 00:03 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(1)

**縄文「1万年の美の鼓動」展の報告(1)**

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先日上野の博物館で開催されている「縄文・1万年の美の鼓動」展に行って来ました。
前回台風のため順延し、この日に変更したのですが、それはもう鬱陶しいくらいの快晴(この表現でいいのかしら?)で、気温35度超え。

今回はご希望者7名の方とご一緒しました。
上野の不忍口で待ち合わせ、表参道に本店のある野菜専門店でのランチから始まりました。

私は「ゴーヤとナスの麻婆豆腐」、他の方は「夏御前」「季節野菜のデミ味噌豆腐つくねハンバーグ」「長芋とろろとお野菜天ぷら」など色とりどりのランチを召し上がりました。
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とにかくお野菜の美味しいお店で大満足。

ランチの後に博物館に向かいましたが、短い距離なのに着いた頃には汗びっしょり。

途中参加者の皆さんとワイワイ話しながら展示会場に向かっていた時「擬態飛行機」に関してのお話を降られましたので、皆さんも興味のある内容だったようで聞き耳を立てられました。

c0319737_01033597.jpg少し話をしていた時、お一人の方が上空に目をやりながら「あれは?」と指を指されました。
促されてカメラを向け望遠で確認したら「ビンゴ!」でした。

確かに擬態の航空ウキのようでした。
敢えて言えばこの白さが(真っ白です)判断基準かも・・・


10分待ちと言われましたが5分も待たないで場内に入れました。
博物館の中のなんとも涼しいこと!しかしかなりの混み様。
もしかしたらNHKあたりで取り上げたのかもしれません、平日でしたが年齢層の高いお客さんがたくさんでした。

流石に国立博物館、展示されているものの数とクオリティは今までになかった充実ぶりで、圧巻でした。
特に火炎型土器と縄文のビーナス達や、社交土偶など、国宝もワンサカで、見終わってクラクラするほどエネルギー当りの様な感じで少し疲れました。

縄文の土器や土偶がメインの「アート中心」でしたので、それもまた楽しさ倍増です。

ただ展示に際し「国立」と言う事もあるのでしょう、展示内容やコンセプト、それぞでの土器土偶の解釈が少々アカデミック過ぎる様に感じました。

火炎土器などは祭事に使われたという解釈は頷けはするのですが、でも生活雑器としての見方をする解説があまりに少なく、その辺にも違和感を感じました。

確かにこのデザイン(岡本太郎が腰を抜かしたとされる)からは、現在の生活様式に当てはめると確かに過度な装飾だとは思います。

それでも縄文人たちが毎日の生活を祭事や神事的な生活を基盤にしていたとは思えないのです。
そう考えると、展示される土器のほとんどが、その時代の人々の一般的な精神性(価値観や感情など)の上に作られた生活雑器がほとんどなのではないかと思うのです。


次回に続く











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# by farmemory | 2018-08-30 01:06 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)