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前回からの続き。
**前世の記録 No14-1**


さて、約束の年齢に近づくとあなたはポルトガルの海軍省から正式な辞令を受けます。
乗艦は喜望峰を回りインド洋を目指す艦でした。

船は新造船で何処もピカピカです。
この船にあなたは砲兵として乗り込む事となります。

実際の航海までの半年間この艦に搭載される新式の大砲の訓練を何度となく受けその能力を買われ砲術長付きの下士官の辞令を受ける事となります。

さて、いよいよ出航の時を迎えます。
港にはあなたの家族達や友人などが詰めかけます。父親や弟達の誇らしげな顔に見送られ船は一路西アジアを目指します。

出航して直ぐは眠れない程の興奮と喜びに満たされます。

恐らくあなたは軍艦であろうが商船であろうがそれにはこだわりなど無く、見知らぬ異国、しかも探検と言う意識での航海はあなたの冒険心をいやが上にも高めた事でしょう。

陸であろうと海であろうと一所に留まる生活や、退屈な毎日は苦痛を感じる事ではなかったでしょうか。

この船は喜望峰を回りインド洋を回周し2年程で一度ポルトガルに帰る事になっていました。
この航海はあなたを本当の海の男に仕立てました。

しかしやはり軍艦ですので規律と礼節を持った生活で少し堅苦しさは有りましたが「外洋」経験の夢は大いに満足させられた筈です。

幸いな事にあなたが懸念した海上戦闘も無く、訓練以外で砲撃をする事は無く軍事的には非常に安全な航海でした。
しかしこの時代、船乗りにとって一番い恐れられていた壊血病が乗員を苦しめます。

おなたも罹患する事になりましたが、それを救ったのが今のパキスタン辺りだと思います。
その地に赴いた時現地の人から差し出されたスパイス類のいずれかにより船の患者は救われる事となります。

またこの地に上陸すると、あなたは本当の異文化を知る事となります。
特にあなたの興味を引いたのが「仏教」でした。

寄港地に大きな仏教寺院が有りその宿坊があなた方の宿泊施設として提供された事から初めて仏教寺院と仏教思想を知る事となりました。

しかし艦に乗艦していたバチカン派遣の宣教師からは、出来る限り異教徒への接触は避ける様にとの言い付けが有りました。
あなたはそれを上手に逃れ、寺院での僧達の修行などを興味深く見聞きした様です。

面白い事なのですが、その地に恐らく日本の侍と思われる一行が居たのです。
戦国以降かと思いますがキリシタン大名の命を受けヨーロッパに向かう使節団ではないかと思います。

ここでもあなたは今まで知る事も無かったアジア文化の一端を知る事となります。

日本人の中の一人と懇意にする事があった様で、あなたは彼から小刀(小柄)をもらった様です。
この小刀は後にあなたの父親に送られる事になり、その後家宝の様に大切にされました。

この航海も大きな試練も無く当初の予定を2年延ばしての帰国となりました。
帰って来たリスボンの街はあなたが出航した時とやや様子が異なっている印象でした。
街の一角が焼けていたり、壊れている建物も有ります。

海軍省への報告が済み、煩雑な書類にサインを済ますと実家に戻ります。
そこで初めて地域での内乱があった事を知ります。
どうも東インド会社とのもめ事で陸と海上との砲撃戦があった様でした。

これは東インド会社による航路略奪の謀略が原因だったようです。


この後も4回の乗船を経験し50代半ばでこの人生を終える事となりました。
船乗りと言う事も有り生涯を独身で過ごします。


この時代関わられた父親と弟が今生あなたの近くに転生しています。
父親だった方は大変に律義な方で、上からの命を素直に受け止める方で、弟もその傾向が有り二人共にどちらかと言うと体制には反抗的な印象が有ります。

この人生はあなたの冒険心を思いの他満足させた良い時代では無かったかと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上、今回の記録でした。








by farmemory | 2019-07-29 00:00 | ・前世のお話 | Comments(0)



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過去世リーディングをさせて頂いた方の記録No.014-1

   ・

見えましたのは今から400年程前のヨーロッパです。
この時代あなたは男性として転生しています。

見えているのはラテン系の国かと思います。恐らくポルトガルだろうと思います。
ただスペイン人の地を強く感じる事からこの時代のあなたの家系はスペインの貴族階級ではないかと思います。

この時代は大航海時代のまっただ中で、あなたの両親はスペイン政府の命を受けポルトガルに参与の形で派遣された海軍士官ではないかと思います。
スペインでも船は出していた様ですが両国の親善を目的とした軍属や武官の交流が多くあった様で、あなたの家族はその一人だったと思われます。

父親は既にスペインで地中海地域を任務地域とした哨戒艦の艦長をしていました。
彼の仕事は思いの他単調なものだった様で、言わば海軍でも窓際と噂される安全で退屈な仕事場だった様です。
この時代の船乗りに取っては未知の諸外国に命を掛けて挑む事が最高の生き方ともてはやされていました。

しかし、父親は軍人であり、既に外洋を航海する船の船長としては年が行き過ぎている様で
(決して年寄りでは有りませんが若い頃から外洋に慣れ親しんでいなかったから)
希望する外洋航海の希望はかなえられそうに無かった様です。

そんな中スペイン政府の外交的な辞令を受けあなたの家族は住居をポルトガルに移す事となりました。

このときあなたはまだ生まれていなかった様です。
赴任して2、3年後にあなたは生まれています。

家族は5人家族でした、皆敬虔なカトリック教徒として穏やかな暮らしが続きます。
あなたが12歳になる頃、軍の決まりかもしれませんが長男が家督を継ぐかの決定をしなければならない時が来ます。

通常であればあなたは家督を継ぎスペインの領事館付き武官として海軍省でも陸の任務に就く事になっていました。
しかしあなたと、それ以上にあなたの父親はあなたが外洋を目指す軍艦に乗艦する事が夢でした。

そこで父親とも相談の上、家督を弟のレオナルドに継がせ、あなたはポルトガルの軍艦に一兵士として乗り込む事にしました。
ポルトガル海軍では余り前例を見ない事の様でしたが、父親の人となりや情熱が政府に伝わったのか乗艦を許される事となります。

しかし直ぐと言うわけにはいかなかった様で18歳になるまで地中海や沿岸地域を航行する商船護衛艦での訓練をする事になります。

今回家督を継いでいれば士官学校で艦長となるべき訓練を受け、司令官の心得なども教えられた筈ですがあなたはそこでは下級水兵として一般の兵達と寝食を共にし、暗い船底の狭い寝床での生活となります。

でもあなたはそんなん事は気にもせず、いずれ自ら大海原に出て向く事を夢見る日々でした。

沿岸地域での任務で一度だけイギリスではないかと思うのですが、海上での船同士の戦闘を経験します。

お互い大砲を打ち合う本格的な戦闘でした。

数時間かかった海戦になりましたものの両国の船へのダメージはマストの上部が吹き飛ばされ、どちらも数名の戦死者とその数倍の負傷者を出すものの船は修復可能な損傷で母港に寄港する事が出来ました。

あなたに取って初の海上戦闘でしたが、あなたの父親さえ経験した事の無い緊張と興奮でした。
この話は後日父親に話す事となりますが、父は大層羨ましそうにその話を聞いていた様です。

しかしあなたは友人がその戦闘で無くなる経験をした事で、戦闘がいかに危険で愚かであるかを知る事となります。
この経験は後にあなたの人生に伏線となって続いて行きます。

次回に続きます。









by farmemory | 2019-07-27 00:43 | ・前世のお話 | Comments(0)

**小淵沢の龍神雨**



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先日、小淵沢の大滝神社にお水汲みに行ってきました。
梅雨の最中でしたがちょうどその日だけ八ヶ岳、小淵沢周辺は晴れ間が見える時もありました。

新宿からあずさで茅野まで行きレンタカーを借りて小淵沢まで南下して水を汲み帰ってきました。

着いて直ぐ、茅野の蕎麦屋「吉成」さんに立ち寄り夏のお勧め蕎麦を頂き、それから尖石遺跡を周り小淵沢に向かいました。

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ここで面白い体験をしました。
尖石を出る頃は空には晴れ間が広がっていて、この分なら雨は降らないだろうと思っていました。

車の中では何故か「龍(龍神)」の話になり、盛り上がっていたのですが、車が山梨のおっこと(乙事)あたりに差し掛かった頃でしょうか。
晴れている空からポツポツと雨が降り始めました。

山の天気ですので、そう言うこともあるだろうと思って、最初は気にもしなかったのですが・・・

いつまでたっても(走っても)雨が止まないのです。
走る車の前方には白い雲と少しの晴れ間、しかも路面は全く濡れていません。

でも走っている車だけが、ず〜っと雨の中なのです。
私は運転していて良く分かりませんでしたが、後部座席の方が車の真上を見て声をあげました。

「黒い雨雲が車の真上だけにあって、まるで追いかけてくるみたい!」
と言うのです。

この頃から私もこの雨が普通の雨ではなく、今まで話をしていた龍に関わるものだろうと確信を持ち始めまていました。

本当に不思議で、進む車の前方は全く路面が濡れていないのに、車だけは常に雨の中。
確認はしませんでしたが、走る車を追いかけてくる訳で、きっと通り過ぎた後は雨は止んでいただろうとなんとなく感じていました。

まあそれだけといえばそれだけなのですが・・・

これはその場所にいて体験しなければ感覚的なこととともに、どれほど不思議かは伝わらないかもしれません。

「きっと水を汲む時には雨は降らないはずだよ」と口にしましたが、大滝神社に着いた時にはその通り、全く雨は降ってはいませんでした。

先日熊野の龍神に那智の滝で出会って以来、どこかに龍のエネルギーを身近に感じ続けていましたので、これもその流れなんだろうと思いました。

水汲みを終え、茅野に戻る車内で助手席の方がいきなり古代語を延々と話し始めました。
その内容を翻訳しながら、この雨がシリウスの干渉により振らせてくれていた事を知るのでした。

シリウスはまさに龍、そして大滝神社の水を浄化する裏山はまさにピラミッド。

八ヶ岳はプレアデスの影響下にありながら、この神社の水はシリウスのエネルギーを含んだ「命の水」として、いつも無償で誰にでも与えてくれる湧き水です。
とてもありがたい事です。


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さて帰りの列車の中から南側に山並みを見ていた時に現れた霧(雨ではないと思います)を撮影しました。
最初見ていた時には何となく「霧かな?雨かな?」と思っていたのですが、いきなり「ああ、あの霧は次元トンネルの霧なんだ!」そう感じたのです。

何度かお話ししていますが、霧は次元ホールの役割をする時があ理、急に濃い霧に包まれたりした時には、小さな次元変化の中に自分が入っている時があります。

その霧を外部から見た(撮影した)貴重なものです。
どこにである、単純な気象現象にしか見えないでしょうが、私にはこの霧が「神隠し」の霧だと言う確信がありました。

と言うお話でした。









by farmemory | 2019-07-25 02:12 | ・新次元への道 | Comments(0)



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今自分は何もしていない、しようと思っても自分が何をしていいのかがわからない。
または自分がしたいことが何なのかがわからない。

そんな事ありませんか?

そんな時に是非今回の記事を参考にしてみて下さい。


自分の行動に対する責任をしっかり真っ直ぐに持って正しく生き、しっかり熟考し・・・
ではなくて責任感とか正義感とか、人の迷惑になるとか考えずに行動する事を試してみましょう。

誰かに頼まれたからとか、だれかのために生きるとかそういうややこしい事も棚の上に放り投げて、自分は何を希望しているの?
と自分にいつも聞く癖を着けるといいです。

そうしているうちに、自分が何を希望しているのか
何がいらないことなのかが、うっすらと分かって来るかもしれません。

また人の目に流されることもなく、善悪・優劣・白黒に心奪われることなく本当に自分が何をしたいのかがわかって来ます。

そしてその答えが
「今は何もしないでだらしなく日々を送りたい、それが希望だと自分が言っている」
そう答えがかえってきたら、それに従ってみると良いでしょう。

自分を信じるとは、そうした自分の中から帰ってくる感覚や思いに従うことを言います。

何もしない時間が「何も生み出さない時間」とは限りません。
何もしない時間が、見えないどこかで何かを生み出すその準備をしている事もあります。

そんな重要な時期に、何もしていな事に不安や自分へのダメ出しをして、無理やり自分が望まないような行動をしてしまうと、せっかく何かを生み出そうとしている重要な時間を無駄にしてしまう事もあります。


何かをしなければ、そう焦って行動してもそれは自分の希望とはかけ離れてしまうかもしれません。
時には ”待つ”事も必要なのです。


今の自分がどのような状態であっても、本当の自分(深層自我)は必ず先に進む準備をしています。
そうしている自分に信頼を向けて下さい。

その時、自分の道を歩いていることに気がつくでしょう。

そして何より「心の声を聞いて暮らす事」がいかに大切かにたどり着いたら(理解できたら)何よりラッキーな事なのです。








by farmemory | 2019-07-24 00:01 | ・意識の自立と進化 | Comments(1)



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前回からの続き。
**熊野三山八咫烏(1)**
**熊野三山八咫烏(2)**
**熊野三山八咫烏(3)**
**熊野三山八咫烏(4)**
**熊野三山八咫烏(5)**
**熊野三山八咫烏(6)**

<神倉神社>・
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神倉神社の急峻な石段は話には聞いていましたが噂通りの急勾配。

ただキツイ階段は7~8分程度、そこからはやや穏やかな石段となります。
ようやく境内にたどり着き拝殿を仰ぎ見ると、そこには、のしかかるような大岩の「ゴトビキ岩」が目に入ります。

この大岩を見た時直ぐに、シリウスが深く関係している自然の造形物であることが分かりました。
そしてこの場所は宗像三女神が降臨した場と伝えられています。

三女神とは田心姫神(タキリヒメ)・多岐都比売命(タギツヒメ)・市寸島比売命(イチキシマヒメ)を指しますが、真ん中のタギツヒメはリラ星人を指しています。

神倉神社の拝殿から「シリウスがリラを抱きながら庇護している」そんな姿が見えてきます。
深い意図をせずに登ってきた神倉神社ですが、期せずしてリラへのウェイクアップコールになったと思いました。


<熊野速玉大社>
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最後の参拝は熊野速玉大社。
こちらは熊野三山の中で一番新しい神社との事、境内の感じは清々しいものの本宮や那智大社の荘厳さにに比べると「軽さを」感じます。

古い時代、本来は奥宮である神倉神社への参拝が正式との事ですが、参拝には困難もあり誰にでも参拝の出来る様にとこの場所に速玉大社を建てたと聞きます。

さて、このお話もそうなのですが、多くの寺社には「奥宮」や「奥の院」が存在しています。

おそらく多くはそうした「奥」こそが本体であり、本宮や新宮と言われるものは「奥」のダミーとして荘厳な形で建てる事により参拝者をそちらに誘導する役割を持っているのでしょう。

奥宮の中には一抱えで持ち上げられる祠だけのものも数多くあります。
そうした小ささでは人は「ありがたみ」を感じません。

そこも狙いなのかも知れません、本来の奥宮の存在から人の目をそらすために立派な建物を建立した事は間違いないと感じています。
そしてそここそがレイラインのクロスポイントなのです。

これは日本の寺社だけではなく、古墳やピラミット、ストーンサークルなどにも共通して見られる事なのです。
本来の「パワー」とは大きさや美しさに比例するものではありません、むしろ何もなかろうと「場所」こそが重要なのです。

そここそがレイラインのクロスポイントなのです。

このお話、続ければとても深くなりますので時を見て記事にして行きましょう。


さて速玉大社の境内で「これで最後だね」と思った途端どこから現れたのか、いきなり超低空で鳴きながら2羽のカラスが頭上を連続して飛び去ります。
「八咫烏のお遣いかな君たちは」なんてニコニコしてしまいました。

この2社の参拝を最後に、今回の「熊野三山八咫烏」を終える事となりました。

今回の熊野三山がなぜ雨であったのか、しかも大雨の予報にも関わらず参拝には困難さがあまりなかったのか。
水は浄化と、ある種のエネルギーからのバリアの役割も持ちます。それを思うと今回、雨に守られてのイベントなのだったなと今となれば分かるのです。
そして水と切っても切れない関係の龍はシリウスを象徴する幻獣です。

今回の熊野行きがこれからどのような現実につながって行くのか。今後を興味深く待ってみようと思っています。


<おまけ>
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最後にかつて神武天皇が上陸したと言われている熊野の浜に足を運びました。
その時、2羽のカラスがその浜に飛んできました。
単なる偶然と取ってももいい事なのですが、私にはそのカラスたちが見送りに来てくれたと決めました。

カラスや狐、牛や鹿など何種かの動物がオリオンから派遣されてきています。
その彼らも、自分たちの役割である「人類へのアプローチ」という重要な仕事が終わりかけてきていると伝えてきています。

本当にお疲れ様でした。

<さらにおまけ>
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東京に帰って数日後、とある人気のない商店街を一人で歩いていた時のこと。
遠目で「あの黒いものはなんだろう?」と近づいて行くと1羽のカラス。

更に手の届くところまで近寄ってスマホを近づけても彼は全く動じることもなく、私を見つめて動きません。
その目の可愛いこと!

首を傾げながら何か言いたそうに私を見上げます。

彼がなぜここに居たのかは既に分かっていたので
「わざわざここまで来てくれたんだね、ありがとう」

と言葉にしないで思いを伝えたら、間髪入れずに「アグアァ」と、カラスの声としては聞いた事もない一言を返してくれました。
そのタイミングの絶妙な事。確実に会話が成り立っていたとしか思えません。

その一言を聞き立ち上がり、動かないカラスを迂回して立ち去る事にしました。
そして2,3歩進んで直ぐに後を振り返ったのですが・・・

はい、もうそのカラスは羽音も立てず消えていましたとさ。


長い熊野三山の記事にお付き合い下さいましてありがとうございました。








by farmemory | 2019-07-22 00:07 | ・イベントメモリー | Comments(0)



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スギナは土筆(つくしんぼう)の親です。
その生命力の強さは驚くほどで、時に大変な厄介者として扱われています。

その広がりは根っこ「草の根」を通して広がって行きます。

草の根とは、表には容易に出てこない雑草が一生懸命に根をのばし最初生えた親草より遠い場所にポコンと生えて行くための「地下茎」の事です。

そして草の根の様な生き方とはこの生き方です。

この草がもし、畑や庭(もしくは社会)にとって疎ましいと見なされれば、その草はひっこ抜かれ駆除されてしまいます。

でも親草は抜かれても人(社会)の目から見えない所で既に根は張り巡らされています。
また親草は、自分が引っこ抜かれた時、その情報を根を通しすべての子供草に記憶を送ります。

スギナやドクダミ、コスモスや蕗などがどれほど強い生命力を持っているか、それを知っている人なら分かると思います。
抜かれても、掘り返されても、地下茎が1cmでも残っていたらそこからまた地下茎をのばし、知らぬ間に広がって行きます。

草の根の生き方も、草の根運動も同じと思います。

「一人一人の力や声は小さくとも多くの声が集まれば大きなうねりとなる」

そんな表現を耳にすることがあると思いますが、それは本当の草の根の生き方ではでは有りません。

ここでは一人一人の「力が弱い」と、否定的な言葉が語られてしまっている事に気がついて下さい。
この言葉は「あなた一人の力など取るに足らないのですよ、悪いことは言わないから素直に言う事を聞いていなさい」とも取れるのです。

でも私たち一人一人のパワーは決して弱いものではなく、自分自身を肯定し自分自身を信頼した時にその力の大きさを知る時が来ます。

また草の根の生き方や運動は、決して自分たちの活動や生き方を声にして多くを語らないはずです。
もし自分たちの活動を声にして仲間を募ってしまえば「草の根活動(運動)」ではなく「親草活動(運動)」になってしまいます。

スギナは先ず人の目に触れないように、最初はとても静かに地下茎を伸ばして行きます。
この時にはまだ根の広がりを地上に見る事はありません。

でも、すべての用意とタイミングが揃った時、一斉に芽を出して行きます。
それも驚くほどの広範囲で、しかも急速に。

雑草を警戒する者の目には映る事なく深く静かに広がり、芽を出した時にはすでに根は縦横に張り巡らされています。
その時に「しまった!」と思っても、もう全てを排除する事は出来ないほどに地下では強い絆で繋がっています。

でも、親草が芽を出したら次の芽をという広がり方では、すぐに見つかって引き抜かれてしまいます。

群れをなして声を上げれば目立ちます。

でも一人一人しっかりとした意識を持ち「寡黙」に「孤高」に行動するのであれば誰にも知られる事なく「自分の希望と思い」で生きる事が出来ます。
ここには「妥協、多数決、落とし所、摺り合わせ、民主主義」なんて胡散臭い言葉も生まれません。

声高に仲間を募りません。
一人で居る事を良しとします。
誰の誘いにも乗りません。
全ては自分自身の内なる声に従い、それを信じ行動して行きます。

それでも同じ意識、同じ周波数、同じエネルギーベクトル、同じ価値観を持つ者達はお互いのハイヤーセルフ同士が感知し合います。

そして必要があれば、その出会いを静かに取り持ってくれるでしょう。
遠く離れていても、偶然を装いながらも絶妙な出会いのタイミングを逃しはしません。

活動や運動、生き方は「多くを語らず自分を生きる」事でその真意と力を発揮するものです。

今は自分を信頼できる程の力も、仲間も見当たらないと思っていても、きっと地下茎は真の友との繋がりを強めている筈です。

自分自身を信じてみましょう。
自分の見えない力を信頼してみましょう。

その時見えない繋がりが地下茎を通し急激に広がり、その芽吹きを見る事になる筈です。


《余談》
生前の父が庭の世話が出来なくなるほど衰え、私が代わって実家の庭を手入れしていた時の事です。
それはもうすごい勢いでドクダミが庭に広がっていました。

除草剤など使いたく無いので最初は一本一本手で抜いていたのですが、しばらくするとまた直ぐに芽が出てきてうんざりしたことがあります。

そこで備中鍬で庭を掘り返して文字通り「根こそぎ」取り去ろうとした事があります。
掘り起こした土をふるいにかけ、一本一本つまみ出しました。

でも、それこそホンの少しの地下茎が残っていれば無駄で、やっぱりドクダミ君の勝ちとなります。
この時にはドクダミへの不快感MAXでした。

そんなある日、なんの根拠も脈絡もなく閃いたように
「そうか、ならドクダミに話しかけてみよう」
とダメ元で思ったのです。

「ねえドクダミさぁ、あのさ、いなくなってしまえとは言わないよ。でも他の庭木や草木とも仲良くしてくれる?」
「それと、ここのところにトマトを植えるから、こっちには来ないでほしいな」

と語りかけたんです。
そしたら、なんと本当にその通り、共存と遠慮をしてくれるようになったのです。
これは感動ものでした。

まだスギナには試していませんが、なんか聞いてくれるのではないかしらと思っています。

・駆除、排除、否定、嫌悪、強制。
・共存、不可侵、肯定、語りかけ、対等。

どちらも魂を持つものには届くのですね、というお話でした。









by farmemory | 2019-07-20 11:34 | ・意識の自立と進化 | Comments(0)



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前回からの続き。
**熊野三山八咫烏(1)**
**熊野三山八咫烏(2)**
**熊野三山八咫烏(3)**
**熊野三山八咫烏(4)**
**熊野三山八咫烏(5)**


この方(被験者)は室町時代に戦乱の都から混乱の中、幼い我が子を抱いて熊野の山奥に逃げてきたビジョンを見たのでしょう(おそらく応仁の乱に関わること)

そこでなぜ熊野に逃げたのかなのですが、玉置神社にはリラである木花咲耶姫がいて、それを頼ったのだろうと思うのです。

もちろん木花咲耶姫と言う女神が実際にいるわけではなく、リラの人々(木花咲耶姫はリラ星人の総称)がいる場所なのです。

その後でこの方が熊野本宮の左から2番目に入って行った事が語られていますが、ここには熊野速玉大社が祀られています。
そして熊野速玉大社の奥宮である「神倉神社」は、宗像三女神である「田心姫神(タキリヒメ)・多岐都比売命(タギツヒメ)・市寸島比売命(イチキシマヒメ)」が降臨したと伝えられています。

これを神話ではなく、現実の話に置き換えると、この場所にアンドロメダ、リラ、アークトゥールスという天体の人々が、今でも恒常的に訪れている場所という事になります。

この被験者の方はこの3名の女神である女性性を強く持った方であり、なぜ自分が熊野との繋がりがあるかをこの覚醒誘導で確認されたとの事です。
(現行社会でも女性たちに寄り添う人生を送っておられます)

そして先にお話しした熊野本宮での不思議もこれに関わるのです。

本来の熊野本宮である「大斎原」のエリアに、短い時間であっても誰の邪魔も入る事なくたった一人で立つために、自らの(魂の)意思で次元のタイムホールを通り、誰もいない時空間に入り込み、一人「大斎原」に向かったというのが真実なのだろうと思います。


また速玉大社の神と同化するなど、そんなこと有り得るのかと思われるかもしれませんが、私たちは神の細胞の一つ一つでもあるのです。
つまり私たち一人ひとりが神の細胞の一つであるのなら、私たちも神と言う事になるのです。

ただ今回この被験者の方が絶対神である「宇宙」と同化したという事とは違い、この方と関係のとても深い地球外生命体(もしくは故郷の天体)との繋がりを指しています。

日本神話に言われる神々は弥生による縄文排除の後に、この国を作ったという真の歴史を寓話化したものです。

そして弥生人たちは超人的な生命体である地球外生命体たちの威光(パワー)を利用し神とすり替え、自分たちが行なった縄文への蛮行を正当化するために利用した面もあるのでしょう。
つまりこの方はアンドロメダ、リラ、アークトゥールスという幾つかを故郷とする魂をお持ちだという事になるのです。

でも彼ら地球外生命体たちにとっては自分たちが神の威光として利用される事など意に介していないでしょう。
どのような事であれ、地球人類が魂の進化をするためであれば自分たちをどう扱い、どう認識しているかなどどうでもいい事だと思うのです。
彼らは「天の摂理」の元この地球に関わっている筈だからです。

その「天の摂理」ですが、私たち人類には理解しがたい高度な概念なのだと思います。
3次元の良心や正義感と言った価値観が宇宙の真理に当てはまるか、それは一概に判断できない事なのです。

覚醒誘導のお話はここまで、お話を大斎原に戻しましょう。


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さて日本一と言われる大鳥居をくぐり全員で「大斎原」の敷地内に入って行きます。
太い立木の参道を通っている間、小雨でしたが小鳥たちの声が聞こえます。進んで行く参道は不思議なことに「無臭」なのです。

地肌に木が生える場所で梅雨のひと時。
全くといえば大袈裟なのです、ほんの少しの雨や土の匂いがないわけではありませんが無臭と表現してもいいほどに微々たる程度です。

進んで行くと右手に芝生の広場が見えてきます、その広場を進む右手に小さな祠が3つ並んだ祭壇のようなものがあります。
ここが明治以前に拝殿もしくは神殿のあった場所でしょう。

その3祠に柏手を打ってから、今回の熊野行きのもう一つの目的
「玉置神社の木花開耶を解放するミッション」
を行いました。

この時に先ほど迷い子になった方が、今回の熊野参拝のキーパーソンだった事が改めて分かるのです。

全員で玉置神社の方角を向き遥拝。

各自で閉じこもっている木花咲耶姫を解放するビジョンを胸に描いてもらいました。
でも各自の思いは個別に玉置神社に届くのではなく、今回のキーパーソンである方に一度送られ、そこから全員の想念エネルギーをまとめて送ってくれたのです。
(そのことは本人は認識していなかったかもしれません・・・)

そして、帰ろうとした時にまた別の方が興味深いことを話されます。

別の日に宿の方から伺った話では、この祠の角から2mのところに強いエネルギーが感じられる場所があると教えられたと言うのです。
ならばと言うことで、全員で「ここ」と思われる位置に立ち手をかざしたところ、確かに足裏にも手のひらにも明らかに「熱」を感じます。

そして、不意に「極めて低いレベルの放射線?らしきもの」を感じたのです。
生物に影響するほどのレベルでない微弱なものです。

そこで、この地下に何かあるのかなと思ってスキャンしたら、思った通り。
大きなシップ(地球外生命体の巨大シップ)の存在が感じられたのです。

でも高い次元の存在なので、仮に掘り返したところでそれを確認することなど出来る筈はありません。
何より硬質な金属質の実態など持たない ”エネルギー体” ですので「発掘」などしても無駄なのです。

そのシップはシリウスかリラ、もしくは両方だと感じました。

そして、眠ってなどいないのです。
生きているシップをすぐ近くに感じて少し感動しました。
この「大斎原」改めてすごいところですね!

さてこれで大斎原を終えることになります。

次回、神倉神社と熊野速玉大社、そしておまけのお話で最終回です。








by farmemory | 2019-07-19 00:02 | ・イベントメモリー | Comments(0)



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前回からの続き。
**熊野三山八咫烏(1)**
**熊野三山八咫烏(2)**
**熊野三山八咫烏(3)**
**熊野三山八咫烏(4)**


<熊野本宮大社>
阿須賀神社から熊野本宮まで車で1時間弱。その間あの篠笛の音色が胸の奥でリフレインします。
駐車場に到着し、やや急な石段を登ります。

石段を登り切ってから拝殿まではそう距離はなく、境内も広大と言うほどではありませんがその雰囲気からは威厳のようなものを感じます。

参加者の方はみなさんそれぞれのペースと場所で参拝をされていました。また他所の参拝の方も何人か境内に散らばっていました。

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ところが概ね参拝を終わらせ人数を確認した所、お一人がいくら待っても来ないのです。

境内ではそれぞれの場所をそれなりに確認していました。途中この見えなくなった方とも何度か言葉を交わしていたのですが・・・
集まった時には見当たらない。

少し心配になり数名の方が電話をかけ連絡が取れると、その方はすでに長い参道の階段を降り少し離れた「大斎原(おおゆのはら)」の参道にいると言うのです。

これが今回の一番の不思議でした。


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場所が分かったので一安心でしたが、みなさんがとても不思議がるのです。

〇〇さんは皆と離れるこ事なく境内にいたはずだと口々に言うのです。
私も、そうだと確信していたのですが・・・

やがてその方が待つ「大斎原」の参道につくと、ぼんやりと田んぼを眺めていました。
皆さん口々に「どこにいたの?どうやってここにきたの?」とマシンガン質問。

当の本人の答えが本当に不思議でした。

「そうなの、みなさんが参拝しているなと思っていたのですが、ある時に境内に人っ子一人見えなくなって」
「そこで、きっと皆は先に大斎原に向かったと思い、急いでここに来たのだけれど誰もいないのですよ」
と言われるのです。

これには全員「え~~~???」
でした。

と言うのは、私もしっかり確認していたのですが、どの場所でも私たちの仲間も別の参拝者も必ずどこかにいて「人っ子一人いない境内」状態はあり得なかったのです。
でも「いえいえ、そんなことないです、本当に誰もいなくて、境内にも参道にも、石段にも誰もいなくて一人ぼっち」

ここで前のお話「熊野の地では人が迷ったり、同じ道を何度も通ったり、神隠しにあったり、そんな場所だ」と言うお話につながるのです。

普通ならこの件は単に気のせいとか思い違いとして済まされ、いずれ忘れ去られる様な事なのかもしれません。

でも私も過去にこうした不思議を何度か経験していますので、素直にその方のお話を真実と思いました。
それだけではなく、この方と熊野本宮との関係がどれほど深いかを確認していましたので、決して思い違いではなく「時空間の歪み」によって起こった事例だという確信があるのです。


ここからは前の晩、この方の覚醒誘導を行った時のお話です。
古い古い時代、熊野の山奥にいる自分のビジョンが見えてきた所から始まります。

F=フォロン
Y=被験者さん

Y「小袖を着て、かけ湯巻きを腰に巻きつけた女性が見えます(おそらく自分の姿)」
F「ご自分一人ですか?」
Y「子供?赤ちゃんか幼児がいます、男の子」
F「誰の子ですか?」
Y「私の子供だと思います」
F「その場所が詳しくわかりますか?」
Y「多分奈良の山・・十津川村・・玉置神社が近い?」
F「なぜそんな山奥に、こんな時代に?」
Y「多分都(京都)から逃げて、この子を連れて」
F「危険だったのですか?命」
Y「そうだと思います」
F「それ以外に玉置神社との繋がりを感じますか?」
Y「はい、その場所に呼ばれたことは確実のようです」
F「何か役割がありますか?」
Y「そう感じます」
・・・
少し時間を進める
・・・
F「その子は大きくなりました、それからどうしますか?」
Y「都に敵討ち?に行きます」
F「帰ってきましたか?」
Y「いえ、そのままもう戻りませんでした」
F「あなたはそこで暮らし続けましたか?」
Y「はい、ここで生涯を終えます」「玉置神社には木花開耶姫が居ます(問わず語りでした)」
F「あなたはその山深い地に木花開耶のために向かったのですか?」
Y「はい!そうです」
・・・
次のステージに進みます
・・・
F「あなたは今肉体を着ていますか?」
Y「着ていません、エネルギーのような状態」
F「まだそこにいますか?どこかに移動しますか?」
Y「空を移動しています、熊野本宮が見えます」
F「それから?」
Y「並んでいる、5つ並んでいるお社の左から2番目に入って行きます」
F「そこには神がいますか?」
Y「私はその人(神?)と同化します」
F「あなたも神となりますか?」
Y「はい」
・・・
また少し時間を進める
・・・
F「それから長い月日が経ちます。今私にはあなたのいるお社の前に何人かの配下を連れた水色の直垂(ひたたれ)姿の若い武将が見えますが、わかりますか?」
Y「ああ、はい、今の私の息子です」
・・・
この後更にセッションはしばらく続くのですが、プライベートな事に入って行きますので話を記事に戻します。


次回に続きます。









by farmemory | 2019-07-17 00:00 | ・イベントメモリー | Comments(1)



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前回からの続き。
**熊野三山八咫烏(1)**
**熊野三山八咫烏(2)**
**熊野三山八咫烏(3)**


<阿須賀神社>
翌朝は本降りの雨。
そこでルートを変更し最初に「阿須賀神社」に向かう事にします。

でも神社に着く頃には雨も小振りとなって、傘がなくてさして困らないほどになりました。
この神社は世界遺産熊野の中に入るのですが、あまり多くの参拝の方が来ないようで、社務所のカーテンも閉まり、人っ子一人いない静かな神社でした。

拝殿の右には稲荷社があり、反対側に行くと、そこには小さな祠と、何故か子を抱く母の像があります。

見るからにマリア像。
何故ここにあるかは分かりませんが、神社の脇に置かれたマリア像からは悲しみと切なさが伝わってくるようです。

かつて(平安から江戸にかけて)多くの母と子がこの神社を頼り、それでも報われない人生を送った遠い昔の人々の思いが伝わってくるのです。
静かに心向けてみると、古い時代の阿須賀神社が見えてきました。

そこには苦しい生活を彷彿させる憔悴しきった母子が、履物もなく裸足でこの神社を訪ねてくる姿が見えます。
古い時代はそうした人たちに門戸を開いていた神社なのでしょう。

ただこのマリア像はそう古いものではなく昭和の感じがします、過去の歴史を感知した方が置かれたでしょうか。

拝殿で参拝をしていると、拝殿の中から作業服を服を着た男性が現れます。
そして
「自分はここの宮司で、皆さんに自分の篠笛をお聞かせしたい」
と言われるのです。

何か不思議な雰囲気を持つ宮司さんで、その雰囲気につられ演奏をお聞かせ頂く事にしました。

プロとまでは言えない篠笛の演奏ですが、むしろその素朴な音色が何か心の奥底に響いてくるような圧倒的な癒しの音色なのです。
聞いていた参加人者の中には涙を流される方もいて、私もその音色に引き込まれて行きました。

しかもこの演奏、拝殿の中でお聞かせ頂いたのですが、本当に不思議なのですがその数分間だけ本降りの雨となったのです。

篠笛の音色と背景に響く雨音。
まるでセッションをしているようで、何かとても不思議な時空に引き込まれて行く、そんなひと時でした。

*音源をアップしましたのでお聞きください、4分弱の演奏です。


演奏の後、宮司さんが「御朱印をご希望でしたら、みなさんの思いを受けて全てその場で手書きでお渡します」と言われるのです。
そこで、私もお願いすることにしました。

書いている間に「ご自分の願いを心に浮かべてください」と言われるのです。
そこで私はこの地球の次元変化が加速し、光の地球になって行くビジョンを思い描きました。

c0319737_22471353.jpgすると、宮司さんは時折息を詰まらせながら「龍の御朱印」を描いてくれるのです。

参加者の皆さんも描いて頂き、宮司さんの話題とともに移動中の車中はとても盛り上がりました。

なんでも他の皆さんも、自分の思いを心に描いている時に宮司さんがなんらかの反応をされたのだというのです。

しかもその反応は一人ひとり違っていて、どれほど感知しているかはわかりませんが、明らかに願いを心に描く人の意識にこの宮司さんが触れながら龍の御朱印を描いていたのだと分かりました。


車の移動中、不意に
「あの宮司さんは時折自分自身の中に高い周波数の魂をウォークインしている」
と閃きました。
今回もやはり、それが起こっていたのでしょう。

あの宮司さんの不思議さ、演奏中だけの本降りの雨、そして篠笛の音色。
その全てが答えだと思うのです。
何か心の中が清められたような思いで、次の熊野本宮に向かいます。

次回に続きます。








by farmemory | 2019-07-15 00:00 | ・イベントメモリー | Comments(2)



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前回からの続き。
**熊野三山八咫烏(1)**
**熊野三山八咫烏(2)**


<夜間観測>
ホテルに戻り、夕食を取ってから海に向かったテラスで夜間観測を行いました。

雨はほぼ上がっていましたが、暗さに目が慣れてくると雲がかなり低い所に滞空しているのが分かります。
この状態では星や、高高度を飛ぶ光体などを見つけるのは出来ません。

そこで暗闇に向けて思い思いにスマホやデジカメで夜の空を写してみました。
その中には、夜のプラーナや、群れる小鳥のような光のツブツブを移された方もいて、この地の周波数の高さを実感したのです。

こちら↓の動画がそれです。



これは(前半の17秒ほど)私が任意の空間にデジカメを向け、ストロボや光源なしの動画モードで撮影したものです。
また後半の4秒ほどの光の乱舞は、参加者の方が写された動画です。この動画は後日、自宅付近で写したものとの事ですが熊野でもこれとほぼ同じ動画が撮れていたことを私も確認しています。

私の画像の方は暗闇の屋外での撮影で、液晶画面ではただ暗い画面しか確認できなかったのですが帰って動画を確認していて気がつきました。
時たま光る小さな白い発光やうねる様に動く薄い光の集合体など、まるで意思を持つ生き物のようです。

また少し暗いマリンブルーのようなものが揺れ動くのも確認できますが、これは明らかに時空間の歪みが写り込んだものと思われます。
恐らくこの熊野という場所は、常に時空間が移り行く場所なのでしょう。

少し話がそれますが、かつて熊野の山や森には神隠しや狐に化かされる話、修験道や登山家が体験したと言うリングワンデリング現象(同じ場所をグルグルと回ってしまうこと)などが頻発する場所として知られています。
山深い場所を通るバスの運転さんも何人もそうした不思議を体験されている事が実際に伝えられています。

そのためにこの地が神々の山であると言う伝承が古来より語られて来たのでしょう。

もちろん伝承だけではなく、私もその激しいエネルギーの動きを肌で感じる事ができたのです。
だからこそ真に「聖域」なのだと実感してきました。

今回は梅雨の大雨予報と言う「幸運」が重なった事で、参拝者も少なく、雨がもたらした霧と言う幾つかの好条件も重なった事で、より深い体験となった事は確実だと思います。

それに加え今回の参加者がどれほど熊野と関係が深いかも重要なファクターだったとの確信もあるのです。

しかし、この条件は偶然に整ったのではなく、全て、それぞれの魂やハイヤーセルフの深い繋がりが設定したスケジュールであることは間違いありません。
それは夜間観測会の後、私が覚醒誘導を行った参加者の方のビジョンでもしっかりと確認できた事なのです。

このお話は熊野本宮と関わるお話なので後ほど。








by farmemory | 2019-07-13 00:14 | ・イベントメモリー | Comments(0)