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【新規ワークショップ】

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前回からの続き。
**前世の記録 No.012-1**

少し待つようにお願いされ、宿舎の前で待つと妹はずっと大切にしていた母親からもらった髪飾りや装飾品などを入れた箱をあなたに手渡します。

それを受け取ると、軽く抱き合い別れのキスをします。
しかしそのキスが最後の分かれになる事はこの時には思いもしませんでした。

彼女が兵役に赴く前にもう一度家族で時を過ごしてから送り出そうと思っていたのですが戦争の激化はそれを許しません。
さらにはドイツ軍の爆撃が本土に及ぶようになり、そのような悠長な状態ではなくなってしまいます。

実家周辺には軍の施設も無い事から攻撃対象とはなっていません。
しかし妹が兵役に付くにあたって訓練を受ける場所が空軍基地の直ぐ傍に有った様です。

日々イギリスはフランスとドイツ本土から飛来する爆撃機や攻撃機にさらされ始めます。
そしてついに妹が居る大きな空軍基地が大編隊で押し寄せたドイツ軍の攻撃機による爆撃で壊滅状態になってします。

この爆撃で女性兵士達が逃げ込んだ防空壕に直撃弾を受け妹は帰らぬ人になってしまいます。

その知らせは3日ほどして実家に届きます。
知らせを受けたあなたは、急遽許可をもらい妹の埋葬に向かう事になります。

しかし皮肉な事に、自転車で墓地に向かう時にドイツ軍の戦闘機から銃撃を受けます。
着ているものが軍服と同じように見えたのも理由だったのでしょう、戦闘機からの機銃掃射を受けてしまうのです。

幸運な事に命は助かりますが、足に銃弾を受け歩く事も出来なくなります。
敵機はその1回の攻撃だけで飛び去って行きました。

あなたを軍人と見間違えたドイツ軍の攻撃で道を歩く市民数人が犠牲になってしまいます。

もう妹の埋葬に立ち会う事も出来ず、近くの人々に助けられ病院に運ばれます。
幸いな事に銃弾は直撃はせず、太ももを抉っただけで命には別状はありません。

ただ抉っただけとは言え、戦闘機の機関銃弾ですのでそれなりの深手でした。
事によるとこの傷は思いぐせとなって、この人生でも同じ場所が疼いたりしているかもしれません。傷は右足の太ももだと思います。

さてこのアクシデントで埋葬には行けず、墓地も軍の施設に隣接していた為にその場もかなりの被害を受、妹の墓を特定する事も出来ない状態でした。


あなたは退院すると一時実家に戻ります。
まだ独身でしたが、あなたと将来を誓った女性は快くあなたを迎え入れ戦時中とはいえ小さな結婚式を挙げる事になります。


傷も癒え、結婚もすると職場に復帰します。
戦争はその後数年で連合軍の勝利で終える事になります。

この戦争では妹との辛い別れを経験します。
この時代の妹は今生あなたの友人として転生して来ておられます。


戦後直ぐ郵便局長となり、60才を前にこの人生を終えています。
なくなったのは1950年初めだと思います。








by farmemory | 2019-04-22 00:29 | ・前世のお話 | Comments(0)



【新規ワークショップ】

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過去世リーディングをさせて頂いた方の記録No.012-1

   ・

見えているのは今から80年ほど前のイギリスです。
地域はやや北の方。グラスゴー地域だと思います。

時代的に見るとかなり近く、恐らく直近の前世だと思います。

この時代男性として転生しています。

見えているのは第二次世界大戦前。
ご自身はこの時代郵便局の職員で、主に配達を仕事として行っています。年齢は30代後半。

いよいよ時代もきな臭くなり始めているのが、郵便物からも分かる頃です。

人々の生活も少しずつ困窮が目立つようになってきます。

しばらくすると国は徴兵制に踏み切ります。
そうなると郵便物に軍からの徴兵用紙がかなり混じってくるようになります。
既にイギリスは開戦をし、日増しに徴兵用紙が増えてきます。

ご自身はそんな世相を非常に懸念します。
郵便職員は基本的に徴兵から外れた様ですが、心痛めたのは自分の事では有りません。

徴兵の用紙を各家庭に配る時、それを受け取る本人や家族たちのためらいと恐怖を、身を以て見聞きするのは非常にストレスを感じる事でした。

まして日頃付き合いの有る家庭へ配達する訳ですから、受取った家庭がどんな思いをするかが手に取るように分かるので配達の折りにも心痛む思いをします。

その中に自分の妹に向けた徴兵用紙が会ったのにはご自身も大変なショックを受けました。

妹は実家を離れご自身が担当する地域の寄宿舎に一人住んでいたからです。
そこは教会関係者が主に寝泊まりする下宿のような所で、妹はその教会の一般職員として働いていました。

年齢は20代中頃。
独身でしたので徴兵の対象となっていました。

女性でしたので最前線に赴任する事は稀でしょうが、通信兵としてならヨーロッパ戦線に向かう事も十分あり得ました。

なぜなら妹は以前電話の交換手を数年していた経験が有るからです。

ご自身は公務員としても、仕事に対してまじめに取り組んでいましたので、もちろん破棄などする事も無くその用紙を妹に渡す事になります。

自分が徴兵の対象となっている事は妹も覚悟していたのかもしれません。
兄であるあなたの複雑な思いとは裏腹に、気丈にもそれを笑顔で受け取ります。

その妹の姿に涙がこぼれるのをようやくの思いで押さえます。

次回に続きます。








by farmemory | 2019-04-21 00:05 | ・前世のお話 | Comments(0)



【新規ワークショップ】

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パートナーとの関係で、心のすれ違いや無理解に傷つき、他の方の優しさに心を動かしてしまう事もあるでしょう。

きっとそこには自分の周波数と同期する人のエネルギーに触れることで安らぎや癒しを感じるからなのだと思います。

お付き合いや結婚は約束でも契約でもありません。

お互いの周波数の同期こそがその相手を選ぶポイントなのですね。
ただこれは、目に見え五感で理解する以上に、極めてメンタルで感情的なことです。

「口が悪くて短気だけど、心根の優しさが好き」
「無口で何を考えているのかわからない事もあるけど、ふと見せる仕草に癒される」
「人の悪口を聞いたことがない」

そんな相手のどこに自分は共感しているのか。
どこか同じ部分に共鳴する事があれば、それこそがエネルギーの同期という事なのです。

「心根の優しさが好き」と感じたのであれば、自分自身が「心根が優しい」という事。
「人の悪口を言わない人だから良い」と言うのであれば、自分自身もきっと人の悪口を言わない人なのでしょう。

一見粗野に見える人であっても、それはあくまで表面で判断する(誰にでもわかる)体裁にすぎないかもしれません。

相手の「エネルギーに触れる・理解する」と言うこと。
それは相手の言動、社会的地位や著名度で判断するのではなく、感情や感覚面での判断に委ねる事でしか、その本質は分からないのかもしれません。

そしてその同期するエネルギーこそが、自分自身と言うことになるのです。
相手を知ると言う事は、結局「自分自身を知る」「自分は何者かを知る」にも繋がって行くのでしょうね。

だからこそ、私たちは孤独である事を捨て、時にややこしい人間関係の輪に自ら進んで入って行くのかもしれません。

パートナーとは、自分を知り自分を進化させるために出会う人でもあるのでしょうね。
時には愛を持って寄り添い、時には厳しい反面教師として。









by farmemory | 2019-04-19 00:17 | ・意識の自立と進化 | Comments(0)


5月開催のワークショップ、2つのご案内です。


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☆★-----------------------------------------------------------★☆
Galaxy Council
~銀河評議会~
5月11日(土)
☆★-----------------------------------------------------------★☆




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☆★-----------------------------------------------------------★☆
Previous life & relation
~前世と縁~
5月29日(水)
☆★-----------------------------------------------------------★☆










by farmemory | 2019-04-18 00:34

**沖縄(5)**



<ノートルダム寺院の火災に寄せ>

ノートルダム寺院の火事は驚きました。
フランスの方々にとっての心の拠り所であった寺院の火災はそれはもう大きな衝撃であった事とお察し申し上げます。
そのお悲しみは如何許りのものであった事でしょう。

同じく古くからの寺社を持つ日本人として、その思いは伝わって参ります。
まずはお見舞い申し上げます。

なんでも屋根の改修中ゴブリン像(ガーゴイル像=悪魔の像)を一時取り去った後に火事になったとかという声もあるそうです。
このゴブリン像は、日本の寺院の「水煙(すいえん)」と同じ役割を持ち、火事から寺院を守る力を持つと言い伝えられているそうです。

ノートルダム寺院は「悪魔」に守られていたんですね。
それを取り払った途端、火事になったのであれば・・何を物語っているのでしょう。

今フランス、そして世界は見えない「何か」が確実に動き始めたのかもしれません。
そうであれば、もちろん高次元の未来に向かって。



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前回からの続き。
**沖縄イベント(1)**
**沖縄イベント(2)**
**沖縄イベント(3)**
**沖縄イベント(4)**
今回で沖縄シリーズの最終回です。

<久高島>
翌日2日目は本島の東に浮かぶ「神の島・久高島」に参りました。

安座間港から出ている高速船に乗って15分ほどで久高島に接岸します。
(4-2)この日は前日のような快晴ではなく、雲の多い1日でした。

時折パラパラと雨に降られることもあったのですが、龍神の住む神の島。雨は「歓迎」の印ですので、大変快く島巡りができました。

まず港に着いてすぐ唯一のレストラ「とくじん」さんへ。こちらではウミヘビ「イラブー汁」が島の名物ということでしたが、全員怯み、お魚の定食をいただきました(笑)


そのあとに、島巡りの観光ガイドの方に車でお迎えに来て頂き、島中に点在する「祈りの場」を案内頂きました。

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上はイシキ浜とハビャーン。

遥か洋上彼方にあるというニライカナイから、白い壺に入った「五穀」が流れ着いた場所とされる浜辺。
そして沖縄人の祖先(または琉球開闢の祖・アマミキヨ)が上陸した浜。


これは余談なのですが、日本の神話や仏教概念では、神々は西からやって来たとされています。
また楽園は西方浄土としても語られています。

これはまさしくシュメール・ヘブライからやって来たアトランティスを起源とする「弥生」の流入を神話化したものと思われます。

ところがここ沖縄では、琉球開闢の祖・アマミキヨは遠く東、海の彼方らやって来たという伝承が残っています。

弥生は西から、では東から琉球に来た文明は?
もうお分かりの方もいるでしょう、それこそ太平洋の真ん中にあった「ムー」という事なのですね。

その名残は今でもこの久高島に残っています。
この島にとどまらず古代琉球の神事を司るのは女性の神職ノロがおられ、また人々の生活に寄り添い先祖への祈りを捧げる方。

そう、つまり沖縄では女性が神により近いという、至極当たり前の意識が今も残っているのです。
同じ縄文も「女神信仰」は明らかな事。

これはムーを色濃く残す琉球だけではなく、ミクロネシア太平洋の島々でも女性崇拝は今もしっかり根付いていますね。
筆頭はハワイ島の「ペレ」でしょう、リラの女神としてハワイを守っています。

今回私は男性として久高島に渡りましたが、その女神の島での僕として縄文の解放のお手伝いをとの意識を持って向かいました。

この3次元においても女性の周波数は相対的に高く、だからこそかつて中世ヨーロッパで行われた魔女狩りやこの世界の女性蔑視を受けたとも言えるのです。

縄文はムーの人々と同義なのです。

本土ではその縄文を弥生が武器と貨幣を持って侵略し平定したのです。

しかし北の北海道とここ琉球は近年まで、その侵攻を受けずに済んでいたのです。しかし明治政府の開拓政策と太平洋戦争により、ついに北海道と琉球の縄文は陥落したと思っていました。

しかしこの久高島に来て、少なくとも琉球はそれが違っていた事が分かりました。

本島の斎場に神社が建てられ、米軍の上陸作戦で多くの傷を受け、縄文は封印されたかに見えました。
しかしここ久高島は、陥落していなかったのです。

東からの神を今でも信仰する琉球、まさに縄文がしっかりと守られているという事をこの島に来て知ることができました。
なんとも心強いことでしょう。

今沖縄は多くの怒りと不安を巻き起こそうとの作為に翻弄されているかに見えますが、本来の琉球はその程度のことではビクともしない「ムーのエネルギー」に満ち満ちていたのです。


久高島イベントは縄文への労いと再起動(リスタート)を願うのが目的でした。ですので各場所の御嶽(うたき)の細かい説明は割愛します。

ガイドの方はとても親切に多くの祈りの場をご案内くださり、その場所その場所の意味とエネルギーを嫌という程感じてきました。

また詳しい聖地(ポイント)は、港の観光ガイドパンフレットにある通りですので、今回は何を感じ、何を知ることができたかをメインにお話しして参りましたのでご了承ください。

最後に久高島とその他の画像を少しだけアップしておきます。

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以上5回にわたりお送りして参りました「沖縄イベントの報告」を終えます。
長くお付き合い下さいましてありがとうございました。

近日中に奈良でのイベントの報告もいたしますのでお待ちください。
ではでは。










by farmemory | 2019-04-17 00:53 | ・イベントメモリー | Comments(0)

**沖縄(4)**



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前回からの続き。
**沖縄イベント(1)**
**沖縄イベント(2)**
**沖縄イベント(3)**


<夜間観測>
斎場御嶽からホテルに戻り、夕食後夜間観測のためホテル近くにある御嶽に行きました。(沖縄在住の方にご案内いただきました)

ホテルのほんと目と鼻の先で、少しだけ小高い草むらの広場のような所ですが、小さな祠がありここにもお祈りに来る方がおられるとのこと。

広場の端、那覇空港方面に向かい港が広がっているあたりを眺めていました。
最初は特に何も現れませんでしたが、しばらくすると参加者の方のお一人がスマホで写している動画画面に、なにやら小さな光体が写り始めました。
一見手ブレで光が震えているように見えるのですが、下に見える港の景色は全く手ブレを起こしてはいません。
とても不思議な動き方をしています。

やがて三角形を作る光の集まりが現れます、その後光は2つも残して消滅。
その後今度は右にある一番強い光の左側に、等間隔で7個ほどの白い光が連なって現れます。

でも肉眼では全く見えない不思議が起こります。

光体は1日目、2日目と2日間出現してくれました。(動画はできるだけ大きな画面でご覧ください)

まずはこちら(1日目の夜間)
この動画は参加者の方が写されたもので、時間は21:00頃。


那覇空港方面を写した動画です、この光は肉眼ではほぼ見ることが出来ず、スマホの画面でしか確認できませんでした。
私はデジカメ、他の方もスマホでこの光の方向にレンズを向けるのですが写らず、この方のスマホだけに写りこむという不思議でした。

間違いなくこれも周波数の関係でしょう。
写された方の周波数、スマホ、光体の周波数が合致している事で撮影できたと思われます。

この光はその時点では明らかに「シリウス」と理解していました。ところがこの記事を書いた後「あっ違うプレアデスの小型シップだ」と響いてきました。

その理由もわかりました、翌日も同じ場所で、やはり光体を撮影することが出来たのですが、そちらは色などから間違いなくシリウスだったのです。
この日も同じ場所に、見えない形でシリウスも同時に存在していたからシリウスと感じたのだと思います。

この光体は明らかにその場にいた参加者の方たちへのプレアデスの儀礼飛行だったと思われます。

この動画は参加者のお一人写されたのですが、何人かの方の肉声がしっかり入っているので再編集しアップしてありますのでご了承ください。

そして次にこちら。

これは2日目の夜間、前日と同じ広場で、同じ方角を私が撮影したものです。時間は21:30頃。
わかり易くするためにズームインしてあります。


最初カメラにぼんやりした光のようなものが写っているので、レンズの汚れかなと思い、指でふき取ったりしています。
この動画も前日と同じで、肉眼ではほぼ見る事が出来ませんでした。

撮影後カメラの液晶画面を見て、これほど鮮明に写っていた事に驚きました。
緑がかった3つの光。これは間違いなくシリウスの中型シップだと思います。大きさは3つの光の全長が500mくらいではないかと思います。
前日の光の並びとは少し違うものの、右のほうや左下にもに薄い光でいくつかの光点も見えます。
つの光が真ん中あたりにおりてくる少し前、この光が鮮やかなコバルトブルーに一瞬変化するところも面白いです。

これがシリウスのシップということであれば私のカメラに写る理由がよくわかります。(かつて私はシリウスに生きていた記憶があります)


那覇空港は航空自衛隊と共同使用していますし、沖縄には米軍が多数駐留しています。
武器の使用をしっかりと監視している彼らでもあるのですが、今回の彼らの出現はそれとは全く別の流れ(グループ)として現れたことは確実でしょう。

明らかにこちらに向けたメッセージ性を感じました。
久しぶりに面白い動画が撮れた夜間観測でした。

その場に居合わせた方のエネルギーと同期し、また自分の故郷の天体の人々が現れてくれたと確信しています。


次回最終回です。










by farmemory | 2019-04-16 00:01 | ・イベントメモリー | Comments(0)

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◇◆新ブログ開設のお知らせ◆◇

今お読み頂いているブログ「宇宙からの歌声」は今まで通りに続けて行きますが、さらにエッセイ的なブログの開設を思いつきました。

新しいブログのタイトルは

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食はとても重要なスピリチュアルワークでもあることは疑いもないと思っています。

こちらのブログではあまり扱わなかった「食」をメインとした新しいブログを立ち上げて、その周辺にまつわるお話を書いて行こうと思いついたのです。

でも単なるレシピや食べ歩きではなく「食と魂、料理とスピリチュアル」を扱いたいなと思っています。

「食べること、料理をすること、そして愛すること」
全ては同じ周波数帯に属していると思います。

子供達が嬉しそうに料理を食べているシーンや、愛する人たちの健康を思い作る料理には間違いなく愛がありますよね。

そして「愛すること」は3大女性性をさします。

・リラの恋愛
・アークトゥルスの母性愛
・アンドロメダの博愛と正義

これらのカテゴリーも新しいブログで扱うのにふさわしいと考えています。
ですのでリラ物語はそちらに移管しもいいかなとも思っています。

今後どう進んで行くかは想定もできませんが、しばらくは続けてみようと思っていますので是非新しいブログにもお越しくださいませ。

皆様のお越しをお待ちしています。

フォロン高橋

Folon’s kitchen ・【フォロンの台所】>>>







by farmemory | 2019-04-13 17:41 | Comments(0)

**沖縄(3)**



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前回からの続き。
**沖縄イベント(1)**
**沖縄イベント(2)**


<国際通り>
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沖縄に来たのは今から遥か昔、その頃の国際通りの記憶で行ったので、あまりに綺麗になっていてびっくりです。
日曜日のお昼という事で、歩行者天国になっていました。
あまり時間がなかったので、20分ほどの滞在でしたが、なんとも楽しげなエネルギーに溢れていました。


<斎場御嶽(せーふぁうたき)>
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この日最後に向かったのが 斎場御嶽 (せーふぁうたき)
伝承では琉球王国の創世神「アマミキヨ」が作った琉球王国最高の聖地と言われています。

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御嶽から少し離れた場所にあるチケット売り場で入場券を買い、7分ほど歩いて入り口に。

御嶽に入場する前に事前のビデオレクテャーを受けなければなりません。
観光地として有名ではあっても、今現在も重要な斎場であることに違いがなく、園内での注意事項をしっかり伝えられます。

入り口(御門口 ウジョウグチ)から入ると左手に木道(階段が見えます)そこから御嶽に入って行きます。
途中視界が開けた展望場所があり、そのからすぐ近く、東の海上に浮かぶ久高島が望めます。

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さらに坂道を登って行くと最初の祈りの場「大庫理(ウフグーイ)」に着きます。
観光の人が多く、ボランティアガイドの方が説明をされていましたので、それを何気なく写したところ画面の真ん中に大きなエネルギー体が映り込みました。

液晶画面を見ている時には気がつかなかったのですが、シャッターを切った後に液晶画面を確認してわかりました。
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連続3枚の画像を並べておきます、左上から右下に動いているようにも見えます。
3枚目では写っていませんが、この間はほんの数十秒です。
これはオーブとは違い、しっかりした「意思」を持ったエネルギー体で、この地を守る自然霊で、おそらく植物の精霊だと思います。


次に向かう道は、しっかりとした石畳が続いていますが、まるでジャングルのような雰囲気です。

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やがて右手に水たまりが現れますが、ここに案内板があります。

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c0319737_00062801.jpg太平洋戦争時、米軍の艦船から発射された大口径の艦砲弾(大砲弾)が開けた穴だそうです。
この案内板にある「鉄の暴風」は、あの「島唄」に歌われている冒頭の歌詞にある「嵐」の事なのですね。

「でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た」この嵐こそ米軍の上陸作戦を言っているのです。
私自身一つ前の前世で、帝国陸軍の軍人(陸軍大尉)として南方(トラック諸島・・今のチューク諸島)で戦死している記憶があります。

その記憶から、この大きな着弾痕を見た時には、何か胸が締め付けられる思いでした。

太平洋戦争時、日本が劣勢になり始めると、いよいよ米軍による日本本土上陸作戦が計画されました。
その時には日本の敗戦はもうどうしようもないほど濃厚でしたので、米軍は直接本土に上陸する事も出来ただろうに、なぜ首都圏から遠く離れた沖縄に上陸作戦を仕掛けたのか?

軍事戦略的な意味合いはもちろんあるでしょうが、沖縄は最後に残された縄文のエネルギーに守られた地。
この辺りに何らかの答えがある事でしょう。

さてこの負の遺産を後に先に進むと、行き止まり。
ここに「寄満(ユインチ)」があります。

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そこからまた砲弾跡まで戻ると二股の道があ、りまだ進んでいなかった道に歩を進めます。

途中聖なる水を受けるための2つの壺「シキヨダユルとアマダユルの壺」を横目に、最後の祈りの場「三庫理(サングーイ)」に到着。

メインとなる斎場だけあって、この場所のエネルギーはかなり高く、手や足の裏にしびれを感じるほどです。

岩が片方の岩に寄りかかるように寄り添いそこに三角形の空間ができていて、その先には小さな祈りの場が設けられています。
その場所の神聖さは、そこに立った時にストレートに感じます。

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ここからも、東に浮かぶ久高島を望むことが出来ます。

でも不思議な事に同じ景色な筈なのに最初入り口近くで見た時より、この場所から見る久高島が(形はもちろん同じですが)何か違って見えるのです。(受ける感覚の違いと言えばいいでしょうか、ですので画像ではその違いは感じられないと思います)

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おそらく入り口近くで見るのと、この三庫理から見る久高島は、別次元(周波数の違う)久高島を見ているからでしょう。

それだけ三庫理の地場が明らかに高い周波数である事がうかがえます。

次元というものは全てが同じ ”場所” に存在しています。
そしてその人その人の周波数状態が違うと、同じ場所にいて同じ対象物を見ていても、それが違って見える事もあるのです。

「私には見えていても隣の人には見えない」
そういう事もよくある事なのです。

立ち去りがたい思いを引きながら、最後に禊場所である「ウローカー」に立ち寄り1日目のワークを終えました。


今回の目的の一つであった「沖縄縄文の解放」は、前回記事でお話ししました、波上宮や沖宮などのオリオンの解放を意味しています。

しかしここ斎場御嶽(せーふぁうたき)は、弥生による封印を受ける事なく、現在まで縄文のエネルギー地場を守り続けてきた場所であることが感じられました。
この場所では解放ではなく、感謝と労いを捧げる事がこの場所でのミッションだったのだと帰ってきてから思いました。

次回に続く。









by farmemory | 2019-04-13 00:19 | ・イベントメモリー | Comments(0)

**沖縄(2)**



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前回からの続き。
**沖縄(1)**

<波上宮(なみのうえぐう)>
沖縄初日、空港から迎えのバスに乗り一番最初に向かったのがこちらの神社。

境内に入り上空を見上げると、明らかに「鱗」を思わせる雲があちらこちらに出ています。
見るからに龍神を表す雲で少し感動。

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確かに鳥居もあり、御手水も拝殿も、社務所も御朱印も頂けるれっきとした神社ですが、ご覧いただけるように拝殿の作りなど見ると、やはりここは沖縄なんだなと感じさせるに十分です。

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また境内に植わっている植物達も、欅や銀杏ではなく亜熱帯の植物たちが綺麗に整えられているのもなんともエスニックです。

さて、もともとこの神社のある場所は、かつて琉球の方達がとても大切にしていた聖地で、ニライカナイ(遠い東の洋上にある楽土)に祈りを捧げる重要な祭場だったと言う事です。

そこに明治政府が弥生の神の依代である「神社」を建設したのです。

まさに弥生による縄文の封印を明治政府が行ったわけです。
これと同じことは世界各地で行われています。

イギリスでも自然信仰をしていた人々の聖地の上に、ローマが入り込み、その後キリスト教の教会を多くの聖地の上にドカンと建てています。

現在アイルランドやイギリスで見つかっているストーンヘンジは遺跡として残っていますが、これらは古代の祈りの場として残された数少ない遺構でしょう。

おそらくイギリスの教会の下には、かなりの数古代の遺構や遺跡が眠っている事と思います。

イギリスの場合、ストーンサークルの作られた時期と農耕や牧畜が始まった時代とが微妙に重なっていて、紀元前5~4000年ほど前という事なので、日本における縄文と弥生の攻防戦よりも遥かに前と言う事になります。

また南米でもアンデスの人々の聖地の上にスペイン軍が大挙してやってきて、教会を立てています。

史実には残っていない事も多いでしょうが日本の神社の下にも、かつての縄文人達が祈りを捧げた重要な聖地がいくつも存在しているのではないかと思うのです。

一般的に考えれば、寺社などの宗教施設は高い周波数を持つ場所(パワースポット?)に建てられるのは当然と思われますので、占領した土地の高い磁場に自分たちの神の依代を建てたと言うことは、ある意味理にかなっているとは思います。

しかし、今まで各地で「土地のリーディング」をした経験から、自然と共に生きてきた人々の祈りの場を、人類優位のエゴ意識を持つ新文明が自然霊や自然エネルギーを封印するために立てたと言うことを感じ取ってきました。

こちらの神社の由来を見れば、それも頷けるのですね。
今回のイベントの目的である、琉球の縄文解放はまさにこの神社だったわけです。

特に怪しげな祈りや呪文など捧げる必要などなく、解放を意図してこの神社を訪れる事がミッションの全てでしたので、しっかりと自分なりの仕事はできたと自負しています。

さてこの波上宮、日曜日という事もあったのですが、かなりの参拝者の方で賑わっていました・・が

ほぼ日本語が聞こえません、アジアからのインバウンドの方の観光ルートに入れられているのでしょう、地元の方がコソコソとお参りしされている姿がなんとも時代を感じました。


<琉球八社 沖宮(おきのぐう)>
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次に向かったのが「琉球八社 沖宮(おきのぐう)」
こちらも神社ですが、観光の方はほとんどおられず、とても静かな神社でゆっくりと参拝をしてきました。

こちらの縁起にはかつて琉球王が那覇港で見つけた「尋常ならざる古木」を祀るために建てられたということですが、やはり当初は神社ではなかったようです。

後にアマテラスを祀る神社として合祀され、ここも同じように明治政府の宗教方針が影響したのは明らかでしょう。

しかもご丁寧に境内の末社の一つが「八坂神社」ということろが「なるほどね」と感じるのです。

やはりこちらでも一人一人解放ワークであることを理解して頂けたことで、しっかりとした解放ができたと感じています。

次回に続きます。








by farmemory | 2019-04-11 00:10 | ・イベントメモリー | Comments(0)

**沖縄(1)**



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沖縄で行なって来ましたイベントの報告です。
何回かに分けての記事となりますので、また間に別の記事も入ると思いますがお付き合いくださいませ。

今回のイベントは、今までにも行なってきましたオリオンの解放と神の島「久高島」巡りが目的でした。

羽田を早朝立った便は一路那覇空港を目指して順調に飛行していました。
やがて眼下に富士山が見えました。
最近富士山には笠雲がかかることが多いようで、SNSなどにも数多く画像がアップされています。

今回も見事にその笠雲がかかっているのを上空から見ることができました。

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よく見られる笠雲は、プレアデスのクラウドシップが多く、笠雲とか吊るし雲とか言われる種類です。

ところが今回見た笠雲は、なんとも興味深いものでした。

富士山頂にかかっているプレアデスシップから右(東)に向けて少しモクモクっとした雲がたなびいているように見えますが、このモクモク雲はシリウスシップなのです。

プレアデスのシップとシリウスのシップが溶け合って合体しているようにも見えます。これはとても珍しい光景でした。

富士山からプレアデスがエネルギーを受け取り、そこからシリウスシップにエネルギーが渡されている光景でしょう。
そして充填完了し、消え始めている。そうしたシーンだと思います。

そして2時間ほど経った頃でしょうか、場所は屋久島の上空あたり。
ふと窓の外を見ると、眼下の雲に虹色の円が、雲をスクリーンに描かれているのが見えました。

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しばらく眺めていると、今度はその虹の縁の中に飛行機の影が現れ始めました。
これは「ブロッケン現象」と言われる光学現象です。

私はこれまでに2度ほど見ているのですが、出現の頻度はそう高くないそうですね。
キャビンアテンダントの方の中には何年もフライト経験があるのに目撃した事が無い方もいるとの事、なんともラッキーです。

また、CAの方達の間では、この現象を目撃した時には「幸せになれる」前触れだと言うお話もあるそうです。

あまりに綺麗なので動画を撮ってきましたのでご覧ください。


これが現れる時は決まっていて(あくまで私の体験ですが)早朝に羽田を立った便が南西に向かい始めた頃、東の上空から太陽光がさした時に現れます。

そして、飛行機の影が映るスクリーン(雲)が必要です。今回もそのセオリー通りでした。

でも単なる光学現象かもしれないのですが、私にはこれがどうしても、そんな単純なものではないと感じています。
今までにも3回ほど飛行機が南西に向かっている時に目撃していますが、そのどれもが単なる移動ではなくイベントに向かう時に現れます。

古来日本ではこの現象を「阿弥陀如来」の権現現象(姿を表す)と伝えられてきました。
この点から、これが現れる時の自分を含む航空機がある周波数帯になった時に現れるのではないかなと思っているのです。

虹は龍を表します、そしてそこに影となって現れる阿弥陀如来、なんとも幸先の良い始まりを感じました。

さて那覇空港に到着後、先ずは那覇市内にある「波上宮(波上宮)」へ向かいます。

次回に続きます。









by farmemory | 2019-04-10 00:37 | ・イベントメモリー | Comments(1)