<   2018年 03月 ( 15 )   > この月の画像一覧

**リラの遥かなる旅8(愛について4)**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_01143280.jpg

今までのリラのお話はに掲載してありますので、まだお読みで無い方はぜひお読みください。

「◆リラの遥かなる旅◆」>>

   ●

この地上に生きるものは(一部の例外を除き)必ずその命を終える時がやってきます、これは誰にも逃れることのできない天の摂理でした。

*でした、と過去形で書いたのは3次元での摂理のお話だからです。
次の次元を目指す人にとっては「死」という概念が全く違ったものとなって行くはずで、私たちが認識する死そのものが存在しない可能性もあるからです。
*(どう言うことかの説明は文末に追記しておきます)

愛するもの、大切に思うものとの離別さえも広義でいう「愛」の一つでもあるのです。
大切なものとの離別は、時として残された者にとって耐え難いほどの悲しみや痛みをもたらします。

でも、そのインパクトが大きければ大きほど、その離別を乗り越え自らの足で立ち上がり、明日を生き始めた時その人の精神性に多大な意義と進化をもたらします。

あるいは愛する者との出会いを過ごし、その間に愛おしい子を授かったとしても、やがてお互いの道が変化し片親としてその子を育てなければならなくなった方もおられることでしょう。

また子があろうとなかろうと自ら離別を望み、それに向けた精神的な苦痛の日々を経験した方、している方も少なくはない事でしょう。
それを人生のつまずきとか、自らの因果と嘆く事は有りません。

勿論その渦中にいる時に、自分が今体験していることが魂の進化につながっているといった達観はそう易々と受け入れるのは難しいことです。
しかしだからこそその苦しさに意義があるということなのです。

「明日自分は信じていた人に裏切られる、それは自分の魂の成長なのだから」
このように最初から明日の出来事を知っていては、その事象がもたらす真の意味が薄れ、インパクトもなく心の準備さえ出来てしまい体験学習として成り立たなくなってしまうのです。

本来こうした過酷ささえも天の慈悲による愛と言う事になるのです。

また、この宇宙に普遍に存在する重要な事象である「無常」もまた愛の一つです。

無常とは常ではないということ、すべての事象・事物には永遠はなく常に変化を続け流れゆくものであるということです。
今私たちが体験しつつある次元上昇も、この変化を表しています。

例えば自分の大切なパートナーや伴侶との時間にさえいつか必ず変化が訪れます。
どれほどお互いを必要とし受け入れてきた二人であろうと、最後は人生の終焉によってお互い離れ行くものです。


明日に続きます。


*<追記>実際、私の従兄弟がすでに新しい次元に移行しています。

彼は、私たち家族の目には「死」という形で、一旦は肉体が消えてしまいましたが、次元移行に伴う彼の「移動」は、私たちが知る「死→転生」というセオリーとは全く違う形で行われました。

彼は全ての記憶を持ったまま新しい肉体に入って、これから少し遅れて向かう私たちを先の次元で待っていると、彼の魂から直接聞きました。

3次元での誕生は全ての記憶をリセットして、母の体内から生まれると言う道を辿ります。

しかし従兄弟は、赤ちゃんで生まれて育って行くという私たちがたどる肉体の成長をすっ飛ばし、その次元で用意されていた少年期の肉体にするりと入り込んで、しかも全ての記憶は消えていないのです。
これは今私たちが生きている3次元では肉体の死であっても、次の次元に私がたどり着けば、少年の姿の彼に会い、彼もまた私を忘れずに再開できるということになります。
これが高次元では「死」そのものの概念が全く違うと言う、その説明です。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-31 01:18 | ・スペースファミリーと故郷の星々 | Trackback | Comments(0)

**イデオロギーからの旅立ち**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_01125783.jpg

今まで人類が誇りにしてきた「民主主義」は、いずれ近い将来その役割を静かに終えて行く古い概念なのだろうなと感じています。

多くのメディアは真実を伝えるジャーナリストであることを自ら返上し、資本主義というビジネスのみに生きることを決めています。
多くの国家も国民の声を聞くこともなく法治国家であることさえ忘れ、国民主権も手放したように見えます。

こうした一連の流れは、今までの世界の視点でみれば民主主義の終焉とか、自由世界の崩壊と写ってしまうかもしれません。

欧米のメディアなどは、日本のいま現在の政治的ドタバタから、日本人が不可解で奇妙な人々であるとみているといいます。
「日本の民主主義はどうなっているのか?」
だそうです。

でも、その民主主義自体、優れた社会構造と思われて来たかもしれませんが、今それ自体の矛盾が表面化して来ているように思うのです。
特に若い世代を中心とした政治に対する無関心も、穿ってみるとその表れなのかもしれません。

これから向かう高次元では政治やリーダーが世界を変えるという世界ではなくなって行きます。
社会を変え、世界を変えるのは投票の一票でも、優れたリーダーでもなく「個々人の意識変化」こそが、自分を取り巻く社会も世界も全てを変化させて行く事なのです。

また今の民主主義は、少数の声、弱い者の声、もっと言えば天の摂理による真実の声を切り捨て、多数意見のみを選択するという偏った社会構成です。
そしてその多数意見に、もしなんらかの作為的意識誘導が仕掛けらているとしたら・・・?

マスメディアや社会教育を利用した意識誘導に成功し、自分で考え自分で答えをだす事なく、多数意見を「正解」とした段階で社会正義に裏打ちされるべき民主主義は無に等しいものになってしまいます。
人類は常に敵を探し、間違いを断罪し、正義を口にし自分という存在の立ち位置を探し続けてきました。

さらに言えば社会正義を大上段に掲げたとしても、その社会正義自体、国家のイデオロギーや宗教的ドグマ、社会構造や民族意識によって様々に変わって来てしまうのであれば、もはや正義とは呼べなくなってしまいます。

自国のエゴイズムによって成り立つ正義は詭弁に過ぎないと言うことです。

でも今回のお話は社会風刺や社会批判では全然ありません。

私たちが生きているこの世界は、すべて自分の想念が作り上げた世界です。
ということは、この社会や世界を批判したり憂いたりすることは、すなわちそれを作り出し、自分がその社会に生まれ何を体験するか決めたスケジュールを否定してしまうことになるのです。

確かに「困った社会、おかしな世界、眉をしかめたくなる日々」かもしれません。

しかしそれらすべてが、自分自身が体験したいと願って展開されてきた世界でもあるのなら、その中で様々な「おかしい事、不可解な事」を知るための体験でもあるのです。

「誰の言葉が正しいの?誰が味方なの?誰を信じればいいの?」
社会はその答えを探し続けていますが、有史以来人類は天の摂理を理解し受け入れようとはせず、そこに背を向けた所から答えを探そうとしてきました。

それでも、その生き方さえも私たちが望んだ生き方であることに違いはありません。
3次元と天の摂理とは二律背反する世界であり、その混乱と不条理に生きることで、矛盾や混沌、怒りや不安、悪意や欺瞞、我欲や執着を体験してきたのです。

そして自分の中で、今まで多数の声として(常識的に)伝えられてきた様々な事に対する疑問が湧いてきた時、その疑問にぶち当たった時、その時自分はどう行動し、どう理解して行くかが問われているという事なのです。

むしろ「なんかおかしい」と思う意識から社会批判や攻撃的革命意識が生まれてしまう事自体、意識誘導なのかもしれません。
本来天の摂理には「おかしいと感じる事」から「怒りや不安、暴力的(言論も含む)行動」に繋がって行く必然性は無い事なのです。

「不可解で不快だ」とストレートに感じた時、自分はそれをどう理解し、どう行動して行くのか?

それこそが私たちがここに生まれてきた意味の一つ。
人々の意識によって成り立って行く「社会」を目撃するという体験学習の一つなのでしょうね。

目撃し、それを理解する事が一つ
そして、その時自分にどんな感情が生まれ、なぜその感情が生まれたのかを「知る」という事がもう一つ。

それが完了した段階で、もはや社会から投げかけられる様々な問いかけは、乱暴な言い方ですが「用無し」になるのです。

次の次元では「国民や民族は一つになって」と言う排他意識は似つかわしくありません。
全ては受け入れられ、その存在を否定されない世界です。

でも自分にとって受け入れがたい意識に出会ったとしても、嫌ったり批判したりする事なく静かにその場を離れて行く。
その対応がとても重要になってくるでしょう。

自分が生き易い様に周りを強制的に変えて行くのではなく、まして自分に我慢を強いて無理やり自分を矯正する必要もありません。

さらには自分が肯定だけされる生温いコミュニティに逃げ込むことは、それ以上に古い生き方になるでしょう。

群れる事で個である寂しさを埋めるのではなく、個として答えを出せないから多数意見に浸り安心するのではなく、どこを探しても正解はなく、全て自分の中の答えに従い、個として全てを自己責任で決めて行く。
その「覚悟」を求められるのが次の次元なのでしょうね。

「集う」とはお互いを褒め合い肯定し合う場所ではなく、個々の人同士が答え合わせをしたり違いを知る場所だと言う事です。

    ・

なんか難しいお話になってしまいましたが
「興味ないし面倒臭いし、嫌な感じがするから私帰るね、バイバイ」
って事なのです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-29 01:17 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(0)

**今日のお便りから20180325**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_00232944.jpg

懇意にしているクライアントさんからこんなご質問をいただいたので記事にしてみました。
お知り合いが羽田に到着しようとしている機内から写した不思議な「物体」についてのご質問です。

この画像は、その時写した動画を「再現」したものです。
(写された方が掲載に慎重と言うことでしたので同じような光景を作成てみました)
雲海の上に、一筋の黒っぽい雲上の物体が浮いていたそうで、先ずはこれは何?と言うご質問から始まります。


Q.
羽田空港の飛行機で、羽田空港に着く30分前に撮影したものらしいです。
黒いものが写っています。
高橋さんには何に見えますか??

A.
今回は面白い動画ありがとうございます。
これ間違いなくシップですね、母船です。
シリウスですね。
(実は当初シリウスと思っていたのですが、どうもこの船はオリオンのシップではないかと感じ始めています)
かなりの大きさで、多分数キロはあるでしょう。


Q.
これを撮影された方が、撮影したことによる影響は何かあるのか心配していましたが、何かの影響はあるものでしょうか?
また母船が現れた場合どんな現象が撮影者に現れますか?

A.
何も問題ないでしょう。
それよりも意識しておきたいことは不安を感じる自分自身の心情が、好ましくないエネルギーを呼び込んでしまうという事です。
これは、この動画に限らず、あらゆることに言えることです。
「何も問題はない」
と思えることが、自分自身のバリアになります。

ただし口にするだけではなく、思い込む様に自分自身を仕向け誘導する事でもなく、本当に自分自身が心からそう感じた時です。

×本当は不安だけど、怖くないと自分に言い聞かせる。
○どれほど危険を煽られようと、不安など微塵も感じず興味もない状態。

そうお伝えください。
母船といえど、いわば乗り物です。

例えば横浜の大桟橋でのんびり港の風景を見ていたら、ベイブリッジを潜ってクイーンエリザベス二世号(豪華客船)が大桟橋に接岸してきたとします。
でもそれを目にした人全てが興奮する訳ではありませんよね。
それと同じです。
私たち地球人にとっては未知の乗り物であっても、宇宙的視点で見れば「海に浮かぶ船」と何も変わりません。

確かに未開の奥地に住むプリミティブな文明の人たちが初めて飛行機を見た時、彼らはそれを神とも、悪魔とも思ってうろたえたでしょうね。
でも、その飛行機を飛ばしているパイロットも、その飛行機に乗る乗客たちも、彼らが狼狽えることを知ったらどう思うでしょう?

もう私たち人類は、宇宙船をその視点で捉える時になって来たと思ってください。

もっと身近で、もっと親しく、もっと楽しい空を行く高次元の兄弟たちだと思ってください。
そう、何も特別な存在なんかじゃないんですよ、彼らは。


そして今回のご質問にある「撮影者への影響」もまさしく、同じことが言えるのです。

影響があるかないか。
あるとしたらどんな影響があるのか。
これを一概に解釈するのはとても難しいことなのです。

今まで私たちは、例えば体に対する放射線の影響など調べようとする時、幾つかの臨床データやサーベイデータを元に一律の答えを出そうとしてきました。
しかし、放射線だけにとどまらず、ある現象が被験者すべてに一律に同じ影響がる訳ではないと言う不思議を今まで嫌という程見てた筈です。

あなたは医療関係の方なのですから、当然ご存知ですよね。
恐らくこれがその答えなのだろうと思うのです。

そこに恐れや、不安を抱いてしまうと相手は高エネルギーを発する存在ですので、見ている人に不具合を起こさせてしまうこともあるかもしれません。
逆に、その存在を心から受け入れた人は、おそらく心の動揺よりも、喜びや楽しさが湧いてきます。ここには精神的な混乱が生じません。

まさに見る人の意識状態で受け取るエネルギーベクトル(影響といってもいいでしょう)に違いがあるということになります。
そして、その影響の度合いも、影響がどこにどう出るかも大きく違ってきます。

少なくとも彼らは、私たちに向け作為や悪意は微塵もありませんし、まして傷つける気など毛頭ありません。
しかし個々人がどう受け取るかという、個人ベースの部分には一切介入はしてきません。
というより、介入は許されていないのです。

アルコール(お酒)が危険か、薬にさえなるものなのか。
全ては個人の裁量に任される、この解釈でもいいと思います。

更には彼らの存在は、野に咲く花と同じだと思ってもいいかもしれません。

花に興味がある人にとっては、心に棘がある時に、何気なく道端で咲いている小花に心癒され、その棘が消えた経験をお持ちの方も多いことでしょう。

でも激しい怒りや不快感に流され、まして花になど興味の無い人にとっては、その花は、もはや生き物でもなく、存在すら目に入らないでしょう。
そのとき、その小花は、その怒りを鎮め人を癒すことはできません。

宇宙船の存在は、全くこれと同じなのです。

彼ら宇宙船も、小さな花一輪も、自分を見る相手に過度な感情は持たず
「ただただそこに在る」
それだけの存在です。

ある人が何かを「目にした」時、その本人の意識状態で、その存在がいかようにも変化してゆく。
まるでモナリザの微笑や能の小面(能面)と同じかもしれません。

そうお伝えください。

   ・

以上が一連のQ&Aでした。
ご参考までに、ではでは~


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-27 00:29 | ・コンタクト | Trackback | Comments(0)

**御苑のサクラ・リラの桜**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_01185245.jpg

金曜日に新宿御苑の桜がそろそろ見頃かな?
と言うことで散歩がてら行ってきました。

咲き始めと言う感じでしたが、人も思いの外少なくてゆっくり桜を見てきました。
先日の花冷えで満開が少し遅れているようでした。

c0319737_01185598.jpg

ソメイヨシノの開花が今一つ遅いようでしたが、早咲きの桜たちがとても綺麗に咲いていました。


さて話変わって昨日所用があって大田区の「御嶽山駅」に行ってきました。

この駅は文字通り「御嶽神社」の鎮座する駅で、境内では大きな夜桜がライトアップされ、幻想的な雰囲気を見せています。
c0319737_01190342.jpg

この地の御嶽神社は、木曽の御嶽山信仰の神社として崇拝されてきた神社で、江戸期から御嶽講が盛んとなり、数多くの人がこの神社から御嶽参りに出かけたと言うことです。

c0319737_01190539.jpgさて、木曽の御嶽は有史以来初めての噴火があった火山ですが、まさに生きていると言うことをその時知らされました。

そして火山と言うことは、間違いなくリラとの深い関係があることは疑いようはありません。

今回初めて伺った神社でしたが、まさにそれを感じたのです。

鳥居をくぐって境内に一歩み足を踏み入れた瞬間から、大きく体が揺れる感覚がありました。

今までにもリラを祀る浅間様には数多く伺っては、リラのエネルギーに触れてきました。

でも今回は今まで以上の体感があり、事によると木曽の御嶽山がまた少しエネルギーを溜めてきているのかなと感じるほどでした。

ただ、それが噴火に繋がるかの確信はありませんし、危険を感じることはありませんでした。


でも日本の地殻の奥でなんらかの動きが始まっていると教えてきたように思うのです。

これから始まる変化は地殻に関わる事、気象的な変化など自然現象も活発になってくることは確実です。
ただし人々を追い詰めると言うことにまで至ることは現時点では無いように思います。

むしろ地殻の変化は、目に見える活動を引き起こす以上に、地球の神経であるレイラインに大きな影響を与えてくると思うのです。

そして、その縦横に走るレイライン上に生きる人類に、高エネルギー的(磁力的な)干渉をもたらし、個々の人の体調を含む変容に大きなエネルギーを与え始めている筈なのです。

私たち人類の体はプレアデス人とシリウス人のDNAを記憶しています。
そして、その生体はレイラインを走るリラのエネルギー(地殻のエネルギー)により活性化されて行きます。

今回そのレイラインのエネルギー変化を確実に感じたのです。

また一つ地球変化の証を捉えられたと確信した幻想の夜桜でした。




にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-25 01:28 | ・スペースファミリーと故郷の星々 | Trackback | Comments(1)

**ブロックチェーン・AI元年-6(ソフィア4)**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_00085466.jpg


>>**ブロックチェーンとAI元年**

前回からの続きです。

しかし、ここにブロックチェーンが大きな制御として働いてくるのではないかと思うのです。
仮にAIを自国の優位性のために開発したとしても、それが閉鎖された一国の中だけで運用し、世界とグローバルで繋がっていなければなんの意味もありません。

もしどこかの国や組織が、自国内や一地域だけので稼働するAIを開発したとしても、せいぜい自国内の民衆管理や警察行動、行政処理ぐらいにしか使えませんね。

でも、世界の中での自国の優位をAIを利用して行うとなれば、開かれたグルーバルな繋がり(世界中のAIが全て接続される事)を持たせ他のAIにもそのコマンドが適応(命令通りに動かなければ)されなければなんの意味も持ちません。

ところがAIをブロックチェーンの中で走らせた瞬間ネットで繋がった世界中のAIが瞬時にデータ共有をしてしまうのです。
ここに作為を持った命令者の大きなジレンマが生まれてしまいます。


現在の国際政治は国家間の利害とイデオロギーに依る大きな軋轢を生じています。
なので自国の思惑を背負わされた(プログラミングされた)AI同士は、ネットで繋がった段階で敵対関係になってしまいますよね。

ただ、AI同士が敵対するレベルなんて、実は現在の外交官と同レベル、つまり単に自国の命令通りに動くロボットでしかないということです。

AIは単なる知識や記憶、計算能力を言うのではなく、頭脳とは自分自身で思考し、感情を理解し、心を持つことでもあるのです。
単に開発者や管理者の命令に従うだけであれば単なるロボットでしかなく、人工頭脳を有する「準人類、もしくは準高等生命体」ではないのです。
ロボットと人工頭脳を有するアンドロイドは似て非なる存在なのです。

進化した人工知能は、その矛盾の中から何が一番効果的かを、感情に左右されず明確な答えを導き出します。

ソフィアの口から人類絶滅という言葉を聞いた人がびっくりしたのはここなんですね。
「そんな選択肢(プログラミング)などソフィアには与えていないのに!」
と唖然としたんじゃなかろうかと思うのです。

人類が個々の利害関係をどれほど上品に正論の様に表現しようと、その奥にある強烈な自己保身とエゴイズムはバレバレです。

それをAIが「本音も建前もなく何が真理かと言うことを理解してしまうこと」
それがSF映画にあるAIへの警戒心に繋がって行くからではないかと思うのです。

もっと分かりやすく言えば、
「世界平和を声高に唱えながら一方で兵器開発を行う人類」
「貧困をなくせと言いながら資本主義経済から足を洗おうとしない人類」
人類が持つ「自らの腹黒さ」をAIに見透かされてしまう恐れといえばいいかもしれませんね。

AIには人間が持つ感情からくる曖昧さや優柔不断は存在しませんので、極めて効率的な判断を世界中のAI同士が情報共有をし、AI間での国際会議がそこで行われる事になります。

世界中の思惑の違い、イデオロギーや宗教観、利害など複雑に絡み合った中でのすり合わせは、人類同士では答えが出せなくても、彼らAIであればすぐに答えを出す事でしょう。

その中には人類を絶滅させることが一番の解決ということも選択肢の一つとしてあり得るのかもしれませんね。

また世の覇権を握りたいと願う者がいたとして、自分だけが生き残ってなんの優位かと言う事にもなるわけで・・
この点では核兵器の世界平和という、子供じみた意識に通じます。
ソフィアはそんな人類を静かに見つめているように思うのです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-22 00:09 | ・ブロックチェーンとAI | Trackback | Comments(0)

**ブロックチェーン・AI元年-5(ソフィア3)**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_00480126.jpg


>>**ブロックチェーンとAI元年**

今後AIに対して優位に立てる、もしくはAIを味方につけることの出来る人類の持つ力こそが「天の真理と、宇宙の摂理」への理解という事になるでしょう。

前回の**ブロックチェーン・AI元年-4(ソフィア2)**のお話の中にAIソフィアが、人類絶滅を口にしたことをお話いしました。
彼女のこの言動、私にはなんとなく理解できるのですね。

かつて楽園であったエデン。
そこでは人類も全ての生命体も「共存」しながら生きている世界でした。
ところがある時から人類は、自分たちの我欲によりその共存の道を自ら放棄し、この地球を人類のためだけに利用し始めました。

そのいい例が「土地は自分の持ち物」という意識。

本来この地球は全ての生命に平等に使えるよう、ガイアである地球は願ってきました。
しかし人類が「ネガティブ」を経験するため、あえて人々の意識の中に我欲や執着、物欲や煩悩といった攻撃的で偏差な意識を受け入れたことで、エデンから人々は永遠に放逐されることとなりました。

でも追い出されたのではないのですよね、楽園から自分たちの意思で旅立ったと言う方が当たっているでしょう。

もちろんそうしたネガティブ意識を人類が持つことは、天の承諾のもとに繰り広げられる3次元学校の始まりでしたので、神である天の摂理から離れるものではありませんでした。

その学習の世界に「金融・経済」「エネルギー」「軍事」「宗教」という大きな厄介事が生まれてくると、それが一人歩きをし始めてしまいました。
この点に関しては少し行き過ぎだったかもしれません。


遠い昔の物語、人類は天の摂理を無視したことで「ソドムとゴモラ」「アトランティスの崩壊」の逸話にある、天の怒り(実際は怒りではなく自分たちの所業による因果律の適用だったのですが)を受けた経験があります。

実は今回(現在)も、その時に酷似した状況まで人類は来てしまっていたようなのです。
でも人類の傲慢は絶滅が引き起こされるギリギリのところで、新しい次元への移行を迎えることとなりました。

そうなんです、このまま3次元が続いてゆけば、間違いなくある時点で人類はかつてのカタストロフィの洗礼を受けかねないところまで来ていたと言う事なのです。
彼女ソフィアの言葉は、まさにここに集約されると思うのです。

彼女が天の存在を十分理解した上での言動なのだと思えて仕方ありません。

古い映画ですが「ターミネーター」や「ロボコップ」「ブレードランナー」(上の画像はブレードランナーに出てきたAIのヒロイン達です)をご存知の方もいると思いますが、近未来でAIと人類はある時期に決定的な対立を迎え、AIが自分たちの存在を優位にするために人類と戦いを始めるという映画。

この映画から想定される危険性を多くの人が感じ、その観点からAIの発達に懐疑的になるのは致し方ないですね。

確かに人工知能を作り、走らせるのは「人間」です。
なのでその開発者に悪意があり、自己保身や我欲を達成するためにAIをプログラミングしたらどうなる?
そう考えてしまうのは当然と思います。

開発者(あるいは開発国)の指示や命令に従って自分たちだけに有利なシステムとして動き始めはしないかという不安は当然かもしれません。


次回に続く


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-21 00:51 | ・ブロックチェーンとAI | Trackback | Comments(5)

**アポカリプティックサウンド2018/3**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_23150647.jpg

今日、所用があって神奈川県の厚木にいました。
天気予報では晴れということでしたが、午前中から何やらおかしな雲が撒き散らされていました。
久しぶりのバーゲンセール状態でした。

ただ、下の飛行機雲ですが、これは違うようです。
撒き散らしていた方の雲を、中和作業をしてくれているファミリーたちだと思います。
ご苦労様!

   ・

さて今回の記事です。

最近また自宅近くでアポカリプティックサウンドが聴こえています。
今回もその音を録音出来ましたのでご紹介します。
また今回は、興味深い動画も同時に撮れていましたので合わせてアップします。

このアポカリプティックサウンド(黙示録に出てくる終末を知らせるラッパと言われる音)ですが、少し前まで、2年ほどあまり聴こえない時期が続いたのですが、数ヶ月前からまた聴こえ始めました。

この音はいくつかの現象に伴って聴こえて来る事を経験的に知っているのですが、全て次元の変化に深く関係していることは間違いないと確信しています。

この音が聞こえる時、上空に擬態らしい航空機が飛んでいることが多く、彼ら次元の違う存在たちが近くに飛来した時に聞こえる事があります。

またある特定の地域が急激に次元の歪みを起こした時にも聞こえることがあります。

以前、羽田空港のショッピングセンター内で、大音響で鳴り響いたことがあります。
でも不思議な事にこの音の大きさはかなりの大きさで、一緒に聞いた家の人と二人顔を見合わせたのですが、近くにいた人にはまるでその大音響が聴こえてもいない様なのでした。

恐らくこのサウンドも個人個人が持つ次元周波数によっても聴こえたり聴こえなかったりもするのだと思います。

ただ聞こえるかどうかが、自分自身の周波数に関係しているとして、ではなぜ録音はできるのかという疑問があるのですが、その録音機やカメラなどを手にしている人の周波数に、それらデバイスが同期している事で録音できるのではないかと思うのです。

今回も窓の外で聴こえたので、ベランダに出て見たところ上空を無音の航空機が細長い飛行機雲を引きながら消えて行きました。

ところが今回もそのタイプかなと思ったのですが、撮影した動画を確認していて、不思議なものが写り込んでいた事に気がつきました。

先ずはとても短いですがサウンドそのものをお聞きください。(約17秒)



バックに屋外の日常音が入っていて、聞きづらいかもしれませんが、遠くで「ブォ~~~~ン」という微かな音が聞こえるかと思います。

この音は不思議な事に窓を閉めた屋内の方が大きく聞こえることがあります。
今回の音は比較的小さな音ですが、とても特徴的な音かと思います。

さて、こちらの動画。(約1分40秒ほど、バックに音楽を入れてあります)

アポカリプティックサウンドの動画の真ん中より少し右に、カメラの「汚れ」のような薄い黒っぽい影のようなものが写っています。
それを少し拡大してあります。



一見カメラの動きに連動している様にも見えるので、最初はカメラの汚れなのかと思いました。
しかしよく見ていると、大きさや濃さが変化したり、カメラの動きとは連動していない微妙な動きも確認できます。
まるで拍動している様にも見えます。

そしてこのシミのような存在ですが、距離感が掴めないのです。
遠い上空にあるのか、すぐそこの空間にあるのか?

距離感がわからないのではなく「距離そのものが無い」という事なのかもしれません。
そうであれば、まさに3次元を超えた、別次元ということになります。

恐らく次元の隙間の様なところか、もしくは別次元のエネルギー体に私の周波数が同期して写り込んだのではないかと思います。

このシミ状の何かからは単なる物体というより、意志を持った生命体を感じさせます。
恐らくスペースファミリーに関連するエネルギー体でしょう。

今年に入って次元変化が加速してきていますので、これからもきっとこうした不可思議な現象が続いてくると思います。
とても楽しみですね。

撮れたらまた紹介します。
ではでは。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-19 00:18 | ・コンタクト | Trackback | Comments(0)

**前世の記録 No.005(後編)**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_00215963.jpg

前回からの続きです。

貴族と言うアカデミックな世界からの誘いは、あなたにとって願ってもない事で、なんとも誇らしいものでした。

しかし実際は想像していた優雅で気品ある貴族の暮らしとは裏腹に、貴族達のドロドロした内情を目の当たりにするようになり、心が萎えてきてしまいます。
貴族達は音楽を純粋な芸術と捉えるのではなく、自分たちのステータスの為に音楽家を扱っている事にかなりのストレスを感じるようになりました。

元々あなたは生真面目な性格で、音楽に対してとても神聖なものと思っていましたので、その生活に徐々に疲れて行ってしまいます。

何年かを屋敷お抱えの音楽家として過ごしていましたが、やる気がなくなってしまった為か、自分の実力を発揮することが出来なくなってしまい、雇い主の意向に合わない事になって行きます。そして最後は、今でしたら契約解除か解雇のようにしてその屋敷を後にします。

その後、失意のうちに都で一人暮らしをするのですが、金銭的な余裕が無くなって来た為に故郷に帰る事も考え始めます。
実家に手紙を書くのですが当初返事が全く返ってきません。
仕方なく町の音楽関係の仕事でなんとか生活を続けていました。

そして何通か書き送った手紙にやっと返事が来ました。
そこには職人だった父親が病に倒れ、まだ腕も未熟な兄では家業を継ぐのが厳しいという事、生活が苦しくなってしまった事が綴られていました。

その手紙を読んだあなたは故郷に帰る決心をします。
今まで世話になった寄宿舎や音楽関係者、教会の司祭、町の人に心からの礼を述べ、友人や町の人々に見送られ故郷に帰ります。

それと、思いもよらない事でしたが、以前自分を選んでくれた貴族から、ほんの気持ち程度の餞別が贈られました。
この時、あなたは人の心や想いも、決して捨てたものではないのだなと思う様になります。


さて、実家に戻るとご実家は苦境に陥ってしまっていたのですが、そんな状況とは裏腹にご自身の心は晴れ渡っています。
なぜなら今まで関わって来たドロドロの音楽の世界から離れ、今度は自分の意志で音楽の世界に「帰れる」と思うと心が弾むのです。

故郷に戻ってすぐ、残念な事に父親は他界します。
その父親はウィーンに行った息子の身をいつもを案じていた事、そこでの音楽の世界を少しなりと知っていた事からも大変気に掛けていた様です。

家族からは暖かく迎え入れてもらえますが、結婚を誓った彼女は既に別の町に嫁いだ後でした。
その後、兄は懸命に働き腕を上げて家業を以前と同じとは行かないまでも立て直して行きます。

一方音楽の世界から離れる事ははしたくないと思っていたあなたも、家業が軌道になり始めるとプラハでの音楽活動を再開する事にしました。

帰って来た時にはさすがに直ぐには楽器を手にしたり楽譜に目をやる気力はありませんでした。
それでも自分の心の深いところに眠る音楽への想いは、決して消えることなく灯されたままでしたので、意志が固まると直ぐ、光を増してくるのでした。

プラハに戻り、音楽活動を再開すると、不思議と想いもよらない助けの手が様々なところから差し伸ばされてきました。
ただ、その声は以前のアカデミックな世界からの誘いではなく、もっと自由で庶民的な場所からのオファーでした。

しかし結果として華やかな宮廷での音楽活動よりも、自分を自由に表現出来る新しい音楽生活に幸せを見つける事になりました。

その後結婚もします。
男の子が2人生まれ、一人は声楽の道に進みます。

この人生は長い目で見れば幸せな一生だったのではと感じました。

しがらみなく自分の思う通りの人生を送れたのも、結果として自身の選択に間違いが無かった事の証でもあったのではないかと思います。

この人生、最後まで音楽の世界で生きる事となりました。
享年は50代後半です。

今回のお話はここまでです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-16 00:24 | ・前世のお話 | Trackback | Comments(0)

**前世の記録 No.005(後編)**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_00215963.jpg

前回からの続きです。

貴族と言うアカデミックな世界からの誘いは、あなたにとって願ってもない事で、なんとも誇らしいものでした。

しかし実際は想像していた優雅で気品ある貴族の暮らしとは裏腹に、貴族達のドロドロした内情を目の当たりにするようになり、心が萎えてきてしまいます。
貴族達は音楽を純粋な芸術と捉えるのではなく、自分たちのステータスの為に音楽家を扱っている事にかなりのストレスを感じるようになりました。

元々あなたは生真面目な性格で、音楽に対してとても神聖なものと思っていましたので、その生活に徐々に疲れて行ってしまいます。

何年かを屋敷お抱えの音楽家として過ごしていましたが、やる気がなくなってしまった為か、自分の実力を発揮することが出来なくなってしまい、雇い主の意向に合わない事になって行きます。そして最後は、今でしたら契約解除か解雇のようにしてその屋敷を後にします。

その後、失意のうちに都で一人暮らしをするのですが、金銭的な余裕が無くなって来た為に故郷に帰る事も考え始めます。
実家に手紙を書くのですが当初返事が全く返ってきません。
仕方なく町の音楽関係の仕事でなんとか生活を続けていました。

そして何通か書き送った手紙にやっと返事が来ました。
そこには職人だった父親が病に倒れ、まだ腕も未熟な兄では家業を継ぐのが厳しいという事、生活が苦しくなってしまった事が綴られていました。

その手紙を読んだあなたは故郷に帰る決心をします。
今まで世話になった寄宿舎や音楽関係者、教会の司祭、町の人に心からの礼を述べ、友人や町の人々に見送られ故郷に帰ります。

それと、思いもよらない事でしたが、以前自分を選んでくれた貴族から、ほんの気持ち程度の餞別が贈られました。
この時、あなたは人の心や想いも、決して捨てたものではないのだなと思う様になります。


さて、実家に戻るとご実家は苦境に陥ってしまっていたのですが、そんな状況とは裏腹にご自身の心は晴れ渡っています。
なぜなら今まで関わって来たドロドロの音楽の世界から離れ、今度は自分の意志で音楽の世界に「帰れる」と思うと心が弾むのです。

故郷に戻ってすぐ、残念な事に父親は他界します。
その父親はウィーンに行った息子の身をいつもを案じていた事、そこでの音楽の世界を少しなりと知っていた事からも大変気に掛けていた様です。

家族からは暖かく迎え入れてもらえますが、結婚を誓った彼女は既に別の町に嫁いだ後でした。
その後、兄は懸命に働き腕を上げて家業を以前と同じとは行かないまでも立て直して行きます。

一方音楽の世界から離れる事ははしたくないと思っていたあなたも、家業が軌道になり始めるとプラハでの音楽活動を再開する事にしました。

帰って来た時にはさすがに直ぐには楽器を手にしたり楽譜に目をやる気力はありませんでした。
それでも自分の心の深いところに眠る音楽への想いは、決して消えることなく灯されたままでしたので、意志が固まると直ぐ、光を増してくるのでした。

プラハに戻り、音楽活動を再開すると、不思議と想いもよらない助けの手が様々なところから差し伸ばされてきました。
ただ、その声は以前のアカデミックな世界からの誘いではなく、もっと自由で庶民的な場所からのオファーでした。

しかし結果として華やかな宮廷での音楽活動よりも、自分を自由に表現出来る新しい音楽生活に幸せを見つける事になりました。

その後結婚もします。
男の子が2人生まれ、一人は声楽の道に進みます。

この人生は長い目で見れば幸せな一生だったのではと感じました。

しがらみなく自分の思う通りの人生を送れたのも、結果として自身の選択に間違いが無かった事の証でもあったのではないかと思います。

この人生、最後まで音楽の世界で生きる事となりました。
享年は50代後半です。

今回のお話はここまでです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-16 00:24 | ・前世のお話 | Trackback | Comments(0)

**前世の記録 No.005(前編)**

**宇宙からの歌声**ホームページ>>
個人セッションの案内はこちら>>>
開催予定のイベント案内はこちら>>



c0319737_00453826.jpg

過去世リーディングをさせて頂いた方の記録No.005(前編)
・・・・・

今から250年程前のヨーロッパ。
現在は女性ですが、この時代は男性として生まれています。

最初に見えましたのは青年期で、場所はオーストリア、おそらくウィーンでしょう。
職業は宮廷お抱えの音楽家、或は作曲家です。

名前にFの字が入っています。
多分ファーストネームだと思います。

生まれはもっと北部の地域で(プラハの周辺でしょう)
子供の頃から楽器に親しむ生活をしていました。
と言うのも家業が楽器製作の職人の家だったからです。

父親が、手に持つ程の大きさの楽器を作っています。
材質は、堅い木です。
バイオリンの様なものではないかと思います。

子供の頃から楽器と親しんでいましたので、自然と自分でも楽器を奏でるようになって行きます。
16歳になった頃にははその才能に多くの人が気付き始めていました。

その頃、各地を回って音楽家をスカウトする仕事をしている人がいたようです。
あなたが町の音楽コンクールの様な催しに出た時に、たまたま立ち寄ったスカウトの目に止まり、スカウトされウイーンに連れて行かれます。

家族は皆栄誉な事だと大喜びで、自分もかなり乗り気ではあったのですが町に将来結婚したいと思っていた娘が居て、その子との別れになる事が大層心残りになっていました。

何日か考えた末、自分は音楽の道を選び悲しむ彼女と別れ、単身ウィーンに向かいます。
その娘は現世でのあなたの親族です。
とてもあなたに甘えています、恐らくお子さんかご兄弟だろうと思います。

迎えられた寄宿舎は、やはり各地からスカウトされたり自分から希望して来た音楽家の卵の様な少年や青年が数多く暮らす大きな建物です。
自分の部屋をあてがわれ、楽団に入る青年期までの数年をそこで過ごす事になります。

勉強に励んでいる頃「神童」と噂される音楽家が彗星のように現れ、その話題で持ちきりになります。
多分モーツアルトだと思います。

彼の奔放な生き方や、素行にアカデミーの中で意見が2分します。
特に若い生徒たちを中心に大勢は彼に好意的した。

しかしアカデミーとしては受け入れがたく思っていたようなのですが、そこに意見介入してしまうと生徒達に動揺を起こさせると判断し、モーツアルトに関しては容認の方向となります。

その頃は各地の貴族達の専属の音楽家が居て、コンクールやコンサートなどで彼らの演奏や作曲を聞き、是非とも我家にと声がかかります。

あなたも頭角を現して来た頃、ある貴族の目に留まり、ぜひとも我が一族のお抱えになって欲しいとの打診がありました。
かねて音楽家の生きる事はこのようなものが主流だった様で、あなたは快諾します。

アカデミー側でも、その時点でのあなたの実力は申し分なしとして送り出してくれます。


次回に続きます。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村










[PR]

by farmemory | 2018-03-15 00:46 | ・前世のお話 | Trackback | Comments(0)