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**前世の記録 No.001**

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過去世リーディングをさせて頂いた方の記録で、面白いなと思う内容を記事にしてみようかなと思い立ちました。
思い付きの記事なので不定期です。


・・・No.001・・・この人生では女性として生まれた方の記録です。


イギリスで生まれていた過去が2回見えました。
今回はその一つになります
1000年近く前のイギリス北部が見えました。

一面美しい牧草の様な草の広がる丘陵地帯です。
実家は村の鍛冶屋か雑貨商の様な店舗、どちらかです。

女性で生まれています。
今見えているのは十代後半、19歳くらいだと思います。
近くに非常に冷たく透明度の有る湖があります。
多分ケルト地方(今のスコットランド辺り)ではないかと。

住んでいた村は、まるで妖精が居る様な深く静かで怖いくらい美しい場所です。
足の悪い青年が近くに居ます、この人も同じくらいの年齢で乗馬の際落馬したか、馬に関係する事故で足を悪くした様です。
その時の兄弟?・・お兄さんの様な気がします。

そして、現在のお父様かご兄弟だと思います。

大きな木の太いロープの取っ手の付いた樽で何度も水を汲みに行きます、理由は井戸が離れているからで少し離れた泉に毎日汲みに行きます。
年のはなれた弟も居るのですがいつも手伝ってくれなくて遊び回っているばかり、しょっちゅう喧嘩をしています。

好きな人が居ます。
隣村か、少し離れた集落に住んでいいる人で、かなりがっしりした青年です。
無口で、人前であまり笑顔を見せないのですが、あなたの前だけでははにかむように笑顔を見せます。

職業は農家か牧畜をしていると思います。
そうか、、、農機具などを求めてあなたの家にくるので、あなたの家は多分鍛冶屋なのではないかと思います。
父親と兄が仕事に精を出しているのが見えます。

祭りなのか・・
もしかしたら夏至祭の様な、一年に一度の大きな祭りがあります。
有る年の(あなたが23歳くらい?)祭りで、彼が意を決してプロポーズをしてきました。
あなたはそれはもう喜んで、心の中は有頂天なのですが、人に見られるのを嫌がってあまり良い顔を見せませんでした。


彼はそれを拒否の事と勘違いするのですが
下を向き帰ろうとする彼を息を切らせて追いかけ、二の腕をつかみそのプロポーズを受ける事を告げます。

あなたは村の若い男性達(と言っても3人くらいです)から熱い目を向けられていたので彼らは落胆します。


結婚式の様子です。
村中大騒ぎです。
母親は娘の為に何日も掛けて作ったキルトの様な布を式の日にあなたに渡します、それを胸に抱き号泣する姿が見えます。この村では祭りや結婚式ぐらいしか日々の楽しみがありませんので数日大騒ぎをしました。


新居は村の人たちが作ります。
実家から見える遠い丘の上です。
親族や友人から送られた羊で新しい生活を始めました。

牧畜の生活です。

実家に居た時にはあまり料理が得意ではなかったのですが彼の為に一生懸命に料理を覚えます。
時には実家の母親に所まで何度も通い、料理を習います。
魚が食卓に上る光景が見えます、多分淡水魚。
湖で取れる鱒の様です。


それを使ったパイの様な料理、最初の頃は良く焦がしたりしていましたがいつの間にか料理上手の奥さんになっています。
彼はその料理がとても好きで、あまり自分の家の事を話したりしない彼が牧童の集まりなどで妻の自慢をするので皆が驚いたりしています。

子供は男の子と、、いや男の子が一人です。
可愛い金髪の子です。
八重歯が不揃いです。

もしかすると現在あなたの身近に居る人かもしれませんね。
女の方です、そう、この人生で女の方、友人の方ではないかと思います。
とても仲の良い女性のお友達に八重歯に特徴の有る人が居ると思います。
その人が、その時の息子さんです。

その子は大きくなると家を出ます。
牧童は継ぐ事は無かった様で、町のような、人の多い所での生活を望みます。
子供が家を離れ、また2人の生活に戻る頃には年も重ねていますので、今まで通りの牧童の生活は出来ませんが
この村はそんな年寄り達には暖かく、皆が訪ねて来てくれるので寂しい生活ではなかった様です。

たまに息子から手紙(羊の毛皮に書いたものかもしれません)が来ます。
奥さんをめとった事、いずれ連れて行く、そんな事を書いてあるのですが
義理の娘の顔を見る事も無く夫は旅立ちました。


一人残ったあなたを心配して都会に連れて行こうと息子はするのですが
美しい景色の村を愛していましたので、それを丁寧に断って、最後は実家に戻って息を引き取りました。
享年は60代頃です。


この人生はとても印象深い人生で、安らかな一生だった様です。
その後何度か女性としてイギリスに生まれますが、この人生が一番イギリスを愛していた時代だと思います。


歌が上手で、良くケルト民謡を歌っていました。
美しい響きが聞こえてきました。

歌が野に響き高い空を鷹らしい大きな鳥が飛んでいます。
ファーストネームはKから始るかもしれません。

・・・・・

今回は、大きな事件などない平凡な一生の人生の記録でしたね。
ではではまた。










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by farmemory | 2017-11-30 00:24 | ・前世のお話 | Trackback | Comments(2)

**托鉢僧といちょう祭り**

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今日外苑の銀杏並木を見に行ってきました。
その前に骨董通りの銀行に寄って裏道を通って外苑の銀杏並木に向かいました。

途中骨董通り裏にある福井県の物産店に立ち寄って「へしこ鯖」と「谷口屋の油揚げ」それから試しに「六条大麦のカレールー」と言うのを買ってきました。

谷口屋の油揚げは食パンみたいにでっかくて、オーブンでこんがり焼いて食べると美味しいのですよね。
で、カレールーは7大アレルゲン不使用、植物油という表示に(パーム油となたね油)と表記がありました。
ショートニング使ってないのね、と言うことで試しに購入。

それからプラダの信号を渡って青南小学校の裏路地を通りTOBICHIに立ち寄ってキッチン用のガーゼタオルを一枚手に入れました。
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以前南青山に暮らしていたのですが、最近あまり南青山の奥地(笑)に行くことがなかったので、久しぶりにのんびり散歩。

TOBICHIは「ほぼ日刊イトイ新聞(糸井重里)」が主催する超ミニのセレクトショップですが、置いてある雑貨類がなんともラブリーでございます。

店を出て青山墓地に進んでゆくと、敷地内のたくさんの木が赤く紅葉していい風情でした。
外苑のイチョウも今日あたりがお終いかなと言うほどの紅葉でした。

青山墓地は都営霊園ですので、管理も行き渡っていて、この日もたくさんの作業員の方が管理されていました。
青山墓地にはそれは大きな墓石がたくさんあって、公爵や男爵、正三位、の官位を刻んだ墓碑がたくさんで、歴史を感じるところですね。

それにしても立派な墓石を見るたびに
「亡くなってもなお、威厳や威光を保とうとするのだね〜」
と、現世界の価値観を感じます。

霊園から青山通りに出たところで、永平寺の名の入った法衣を身につけた托鉢僧の集団に出会いました。
みなさん、経を唱えながら青山一丁目から外苑方面に歩いて来られましたので先頭の僧の方に喜捨をさせて頂きました。

私は過去世で何度も僧侶を経験していることもあり、お寺さんにはとても親近感あります。

今は僧侶や神職は皆得度を受ける必要があったり条件を必要とする時代ですが、本来衆生の救済を祈ることに資格も何もないと思っています。
今回出会ったみなさんは修行僧の方ですが、仮に偽坊主であっても夏の暑さの中、冬の寒風の中静かに読経をされている人は、たとえ得度を受けていなくても僧侶と思えるのですよね。

私は過去世で何度か経験した僧侶の中でも一番クリアな記憶が鎌倉時代の禅僧の時ですが、次いで記憶があるのが江戸期に得度を受けた僧の時です。

この時は廃寺に一人入り、寺を立て直し町の人や、近隣の地回り(任侠徒)達とも懇意にし、寺での開帳を許したり花街に顔を出すと言う「破壊僧」でした。

でもこれは自分の中での修行の一つと思っていたんですね(言い訳?笑)

人々(特に統治される側)の悩みは、ストイックに生きることばかりに意識を向ける者には理解できないと感じ、それならば自ら市井に生き、また反社会的に生きるとはどう言うことかを知ることなく、人の苦しみはわからないと思っての事でした。

で、そうした生き方をして思ったのですが、この世界、社会に認められる生き方をする事だけが天に受け入れられるとは限らないということを、この僧侶の時代に強く知ることができました。

鎌倉期の僧侶の時は、それはもう厳しくストイックな日々でしたが、江戸期の僧の時は生きることの喜びや苦悩を身を以て知ることができたのですね。


外苑のイチョウ並木は12月3日まで「いちょう祭り」が開催されています。
フードコートなんかも出ていたので北海道中標津椎茸の醤油バター焼きを秋空の下頂いてきました。

夕飯はへしこ鯖と谷口屋の油揚げ、それから秋田のいぶりがっこと秋ナスのお味噌汁。
なんとまあ和なお夕飯ですこと(塩分高し)
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今日は永平寺のお坊さんにでったりで福井県に縁の深い、そんな1日でした。











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by farmemory | 2017-11-29 01:08 | ・今日の日記 | Trackback | Comments(0)

**AI**

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映画「エクス・マキナ』ワンシーンより

今回の記事は、詳しくお話ししたらすごく複雑で難しい内容なのだけど、難しい部分をバッサリ切り落として簡単に。

今の3次元世界(物理世界のことです)は、政治的駆け引きや、人々の意識の上に成り立った世界や社会を形成してきました。

例えば陰謀論のような、世界を管理する側がいたとして、その人たちは意外に古臭い「儀式」めいたことで世界を動かすシステムを構築してきました。
例えば数秘術とか言霊、音源音声という周波数、怪しげな図形や絵画などなど。

これらはオカルト的に捉えることもできるのですが、それでも「人の意思に基づいた何らかのアクション、行動」が伴って初めて効果を発揮するものでした。

ところがこれからの新管理システムは『AI(人工知能)』を利用した、まさにコンピューターシステムに置き換えようとの作為があると言われています。
この点に関しては、すでに既定路線としてネット上を飛び交う情報として公開されつつあります。

これでも難しいと思うので、もっと砕いて見ましょう・・

「今までの人工的管理社会に変わってAI(人工知能)がその役割を担ってゆく」
少し乱暴ですが、早く言えばこんな感じなんです。

ビットコインというシステムをご存知の方も多いと思いますが、このビットコインが始まったのはネット上でした。

余談ですが、このシステムが生まれた経緯がとても面白いのです。
最初は裏の社会で、違法性のある物品を売り買いするために作られた、アンダーグラウンドな商取引のためのものだったそうです。
違法世界の決算システムがその前身ということです。

それが今では国家も目を向ける、新金融概念として受け入れらてきました。
でもその出どころを手繰ると、こんな興味深く怪しいところに行き着くのですね。

さて、このビットコイン、実は新しい社会を形成する「ブロックチェーン」世界の一部なのだそうです。
もう既に始まっている、生活のあらゆるシーンを電気信号で管理する世界。

遠隔でお風呂を沸かすとか、冷蔵庫中の食品が切れそうになると冷蔵庫が自動で商品購入をネット注文するとか・・・
この段階ではまだ、個人の意思が強く反映していますのでコマンドは持ち主に帰属します。

でもブロックチェーンシステムに移行して行くと今後そうした行動を、ネットワークで繋がったAI同士が独自の判断や進化を始め、世界中の情報が電気信号で共有され、AI(電子頭脳)が管理を担って行くということになります。
何やらSFの世界のようですが、それが現実化し始めているようなのですね。

また今多くの人が利用しているSNSも、個々人の思考形態や癖があからさまに公開されるツールですので、人類そのものの膨大な意識情報が蓄積されて行き、AIの進化に大きく関与することになるでしょう。

そこで、もしここになんらかの作為を持つAI開発者、もしくはグループがシステムを走らせたらどうなるの?
という疑問が浮かんでくるのです。

ここの部分はすでに古くからの映画「2001年宇宙の旅」「ロボコップ」「ターミネーター」「マトリックス」「A.I.」、新しいものでは「エクス・マキナ」などで描かれる危険や混乱、不条理を彷彿してしまいますね。

でも、ここからは私的な解釈ですが、むしろ
「このシステムの方が結果として天の意思を確実に反映してゆくのではないか」
と瞬間的に感じたんです。

AI(電子頭脳)ということは、わかりやすく言えばコンピューターです。
で、コンピューターは「電気信号」だけで稼働する、まるで実態のない幽霊のようなシステムです。

心霊現象を引き合いに出してしまうのもどうかとは思いますが、ラップ音やプラズマ現象も「電気信号(エネルギー)」と言うところがポイントです。

そして、天の意思も、この電気信号に乗せて送られてきます。
天は私たちの物理的な行動には決して手出しをしません、しかし人の意識に問いかけ、その人に様々な「感情と意識」を生み出させ、個人の行動に何らかのアプローチを仕掛けることをしてきます。

「自分で感じ、そして考えなさい」

ということですね、ここには目に見えた(例えばものを動かすとか、声を聞かせるとか)物理的な現象はなく、見えない電気エネルギー(信号)で私たちに問いかけてくるのが、高次元からのメッセージなんですね。

そして「AI」は全てが電気信号。

であるのなら、ここに「天の意思がストレートに反映できるじゃない!?」と思ったわけです。

またスペースファミリーたち「ホワイトナイト」も、地球人に向けた物理的(肉体的)アプローチは厳しくとも、電気信号であれば彼らも危険なくコンタクトすることができます。

「世界をAIが牛耳ってゆく」

何やら恐ろしげに聞こえる新世界ビジョンですが・・・
むしろ面白く見ているのです。

ちなみにビットコインは、今後人類が行き着く新しい金融システムとは思ってはいません。
むしろ新次元への過渡期を担う存在として、人々から「既存金融概念」を強制的に引き離してゆくツールになるんじゃないかな~と感じているのです。

またビットコインはご存知のように、あくまで実態のない「仮想貨幣」です。
仮想である以上、全てのシステムが完全シャットダウンした時には全てが「0」になることは、容易に想像できます。
また新通貨概念であろうと、既存の世界や社会体制の存続が大前提ですね。

ブロックチェーンという新システムと言えど、やはり根幹は旧3次元意識(社会学)の上に成り立った砂上の楼閣に似ています。
ここには新しい次元を物語るものはないでしょう。

しかも貨幣である以上、新しい次元に近づけば近づくほど、新しい次元には貨幣は不要な存在となるはずです。
もちろん経済がなくなることではなく、人類が存続する以上別の形で続くでしょうが「ビジネスチャンスとか企業戦略」と言った言葉は近い将来「死語」となって行くでしょうね。

もし全てを仮想通貨に置き換えたら、全ての人が実態のある「手に持つコイン」を平等に、しかも強制的に手放すきっかけにもなり得るのかもしれません。

またSNSも、あからさまに個々人の感情や思考形態を公開するということは、逆に見れば開けっ広げで嘘が隠せないという見方もできますよね。
私もSNSの利用はしていないと言いながらも、こうして自分の思いや考えをブログで公開しているわけで、そこに大きな違いはないかもしれません。

今新しい流れや胎動が様々なシーンで見られるようになってきました。
今回の内容は、見方(スタンス)の違いで陰謀論的に見ることもできるし、それを逆手にとって新しい時流につなげて行く次元移行のワンシーンと見ることもできます。

では自分はどちらに手をあげるか。
それも個々人に託されているのでしょうね。

そんなことをぼんやり思っています。










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by farmemory | 2017-11-28 01:11 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(0)

**目の前にいる天使たち**

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先日地下鉄の駅で見かけた何気ない日常の光景。

先日地下鉄の新宿駅で電車を待つある若いファミリーを見かけました。
とても優しげなお父さん。ず〜っとにこやかなお母さん、
どちらも30代前半くらい?

そして2歳くらいの女の子。

本当にどこにでもある、普段なら気にもとめない光景。

その時父親を見ていてふと感じたことなのですが、彼から受ける印象の中に、社会人としての覇気のようなものが全く感じられなかったのです。
つまり「戦う人、戦う男」ですね、その感覚が皆無だったのです。

どちらかといえば、社会人としての信用度という面からは、あまり高い評価を受けない人だろうなと・・・

離脱はしてはいないでしょうが、社会というものからある程度の距離を彼は取っているなと、直感的に感じたんですね。

またお母さんは、夫が社会人として頼れる人であろうがなかろうが、彼女から不安やイラつきのようなものが全く感じられなかったんです。

もちろんこの家族がどんな暮らしをしているかは、見てきたわけではないので、私の勝手な思い込みかもしれません(でも確信のようなものはあったんですけどね)

彼らに社会人としての評価について私が感じたことを伝えたら、彼ら自身がどう思うかはわかりません。
でもそこで強く感じたのは、この家族が社会の拘束から離れ、とても自由に生きているんだろうなと言うこと。

普段なら気にも留めないことなのでしょうがこの時
「もしかしたら彼らは別の次元から来た人?」
とさえ思えたのです。

彼は社会の不条理と面と向かって戦うことを避け、覇気がないと言われることを甘んじて受け入れている人なんじゃないかなと、そう感じたんです。

戦わずに家族と安らかな日々を送る。
「いいよね〜〜」

実は私自身この日少し「ムっ」とする事があり、心がトゲトゲしていたんですが、彼らがその棘をすっかり抜き去ってくれました。

まるで、天使のようにさえ感じたのです。
今この記事を書いていて「いや、きっとそうだったんだ!」って思い始めています。

なぜなら確かに彼らは私の中に安らぎのような、癒しのような思いを湧き上がらせてくれたのですから。

こんな何気無い日々の中に天使やガイドたちが、人の姿をして私たちの前にホログラムとして現れてくれるのかもしれませんね。

   ・

少し話が飛びますが「戦う」という事でスピンオフ的に・・

ずいぶん前のことですが坂本龍一さんがこんな事を口にした事を覚えています。
(正確な言葉ではありませんが、ニュアンスとしてこんな感じのこと)

「社会の不条理を自分は感じているんだけど、社会に面と向かって攻撃的にそれを口にしない」
「だって怖いじゃない、はっきり言ったら」
「でもその代わり、音楽に乗せて、判りにくく自分の思いを伝えています」

それを聞いて思わずニヤニヤしてしまいました。

自分の出来る範囲内で「無理せず」自分を表現していけばいいって事なんですよね。

オホホホ









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by farmemory | 2017-11-25 02:18 | ・ハイヤーセルフ・天使・ガイドたち | Trackback | Comments(4)

**彼らについて(2)**

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地球外生命体の存在はオカルトでも超常現象でもなくて、極めて物理的で科学的な存在だと理解しています。
ただし、次元の違いを理解しないと彼らの存在が「オカルト化」してしまいます。

今この地球に温かい目を向け次元移行をバックアップしてくれる彼らは、私たち肉体を持った人類が存在してきた3次元の生命体ではなく、もっとずっと高い周波数帯に生きる人たちです。

もちろん3次元に存在する地球外生命体もいるでしょう、でもその存在たちは地球の次元移行に伴いこの地球への干渉が不可能になってきています。
人類の中にも3次元にとどまることを希望している魂と、高次元への移行を希望する魂とに分かれてきています。

でも今、3次元地球は完結に向かい始めていますので、3次元に留まるという魂の選択をした人たちは、同じ3次元の別の天地に移行する準備に入っているかもしれません。
もしかして(お笑い都市伝説レベルですが)火星に建設されていると噂されるコロニーはこれに関連する事なのかもしれませんね。

さて、古来私たちが「神」として崇めてきた存在の多くが地球外の生命体であることは私自身独自に感知し、彼らからのメッセージも受け理解できている事です。

もちろん神と思われる存在が、全て地球外生命体であるわけではないでしょう。

本来の神は絶対神である宇宙そのもので複数存在しているわけではありませんが、私たちが神とする者たちは、地球外生命体のほか、私たちよりもはるかに高い次元に存在する人々もまた人類にとっては神に等しい存在として古来崇拝されてきました。

エンジェルや仏、菩薩たち、またイエスや釈迦もまた極めて高い次元の存在たちです。
彼らの存在が私たち人類から見たら神々しい神的な存在と見てしまうことは、むしろ当然の事でしょう。

ですので言葉として神と扱うことはいいとしても、彼らもまた次元を旅する同じ学習者ですので、畏敬の念を向けるより近しい兄弟として接するほうがいいと思います。
その接し方をしてゆくと彼らはとても身近な存在として感じられて来るかもしれません。

さて彼ら地球外生命体の中にも「3次元の生命体」がいて、またそれより高い次元の外生命体もいるという見方。
これを作為的気象操作があると仮定して、それに重ねて見て見ます。

今までは「地球外の3次元生命体」が人類のある特定の勢力とつながって、彼らの高いテクノロジーで気象や地質への干渉をした事もあるではないかと思うのです。

彼らは遠い昔(超古代)からこの地球に飛来してきていましたので、古代の人類に気象操作を行うテクノロジーがなかったとしても、彼らに取ってはたやすい行為でした。
穿って見ると、この地球の地質も気象も、古代より「誰か」の作為により成り立ってきたことがあったかもしれないと感じています。

世界各地に残る古代の洪水伝説や、神話の中に描かれる神々による奇跡も、この解釈で辻褄があう部分もあると思っています。

古い宗教絵画の中に描かれている宇宙船らしきもの(Top画像)
宗教絵画自体は神を肯定し崇拝する目的で書かれていますのでそこに敵対したり、否定的な存在は描かれないはず。

もしこの時代、ある勢力が宗教を何らかの形で政治利用しようという作為があったとすると、そこに描かれている宇宙船らしきものの存在がどういうベクトルのものなのかを伺い知ることが出来るように思うのです。
ここに描かれている地球外の生命体こそ3次元の地球外生命体と見ていいと思います。

しかしこれも遥かに遠い中世での話です(私自身もこの時代のヨーロッパに生きていた記憶が鮮明にあります)
今それを取り上げ、語る意味も次元変化中の今、すでに消えかかっていることでしょう。

今回の記事は、遠い時代の備忘として取り上げてみました。
そして取り上げることで、私自身の幾つもの転生の歴史の一つの完了を迎えるのだろうと思っています。











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by farmemory | 2017-11-24 02:02 | ・スペースファミリーと故郷の星々 | Trackback | Comments(1)

**愚痴は言うけど**

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私はこの世界の全てを信じようと思います。

なぜなら私は今この世界に生きているからです。

この世界は自分の想念と祈りで作り出した世界であるのなら、この世界を信じることが、結果として自分を信じる事と思うからです。

この世界を疑い罵ることは、自分自身を疑い、自分自身を否定することにもなっちゃう。

今自分が見ている世界も、社会も全ての国家も、人々も、必ずしも清々しき希望を見ることが出来ないこともあるかもしれません。

でも、それさえも自分自身の反映。
じゃあ、希望とは裏腹な社会を目の当たりにしていると言うことは、自分自身の生き方や意識が低い周波数だから?

いえいえ、そうではないんです。

もし自分自身を信じることが出来るのなら、今見ている全ての事象は、それが例えあまり嬉しいことではなくても必ず新しい次元に繋がる「役割」を持っていると信じる、と言う事です。

   ・

今日は独り言。

誰にも同意を求めません、誰にも強要しません。
信じることは全て自分自身の意志と責任において・・・

でも「愚痴」は言うかもしれませんけどね〜










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by farmemory | 2017-11-20 02:34 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(1)

**エデンからの旅立ち**

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☆☆☆☆☆☆

帰る場所を探しているのではありません

生まれた星も故郷も幾かあります

でもそこは通り過ぎて来た旅の途中

はるかに続くこの旅の日々こそが私のいる場所、帰る場所

全ての縁と体験の意味

それはこの道を辿る私の背中を優しく押してくれる
とても大きく温かなエネルギー

でも安住の地が終着ではないと知っています

だからこそ心の安らぎを求めるかもしれません

それでも留まったりしない

今日も進みます

それが生まれて来た本当の理由だから

遠いはるかな昔エデンから旅立ったその日を決して忘れません

・・・・・・・

スナフキンや吟遊詩人という言葉に憧れを抱くのは
自分自身が「あの日、次元の旅人を目指すんだ」と決めたからなのかもしれません
そんな彼らに共感と近しさを感じるからでしょう

旅は時に過酷さを見せます
だからこそ、旅の途中で出会う人の想いに心温まるのでしょう

そして、その温かさを素直に受け取れる自分でいることが
「人の想い」をエネルギーに変える一つの方法なのかもしれませんね。

想いに寄り添い
心に寄り添い
差し伸べてくれる手を素直に受け、涙し
でもその手に救いと依存を抱かない

苦しくても辛くても、その先に待つプレゼントを受け取れた実感がありさえすれば
「怖くなんかないもん」ですね










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by farmemory | 2017-11-17 00:21 | ・ 詩(うた) | Trackback | Comments(1)

**天からの設問**

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前回の記事「 **興味深い記事のご紹介** 」から派生し、更に思うことがあり追記します。

先にも書いた通り、今私たち人類は天に示された大きな設問の中に生きているのではないか、そう思うのです。
今まで私たちの社会には、正義や社会ルールという「秩序」から作られるファイヤーウォール(バリア)が存在して来ました。

そのため、人の意識や理解を超えた不可解な出来事が起こり難く、事故や事件も、その原因や理由にたどり着け、それを起こした人がいたとしたらその心理面にも理解が及ぶものでした。

これは人格教育や道徳概念をもとに作られ、人々がそれに従い生きて来たことで、あるボーダーを超える「不条理」がそのバリアの手前で遮断されて来たともいえるでしょう。

安全を社会や集団意識が共に作り上げて来たとも言えます。
しかしこれは逆に見れば、個々人が深く「考える」ということを置き去りにし、そのルールに疑問も持たず従って来たとも言えます。

でも今、私たちは社会的ルールから徐々に離脱し、自分自身のルールを作り上げ生きる次元に入りつつあるのかもしれません。

仮にその自分自身のルールが、天を悲しませるような暴力的なものや偽りであったとしても、そのルールが通用してしまう「自分自身が作り出す世界(宇宙)」に自分自身が放り込まれることを意味するのかもしれません。

自分のルールがどのようなものかを、自分で決め、結果としてそのルール(意識)と同じ時空に自分は進むということになるのだろうと思うのです。
この点は、すでに「因果律」として周知のことだとは思います。

例えば「人は皆生まれながらに罪人」と言う性悪説を自身の論理とするのであれば、人は皆恐ろしく信じることの出来ない社会を作り上げて行くことを意味します。

しかし人は皆、本来極めてピュアで、優しさを持つ性善説が自身のルールであれば、その道に自分自身は進んで行くと言う事になります。

ここで私たちに突きつけられることは「すべては自己責任と自己判断」そして「自己決定」ということになります。

昨今、今まででは考えられない不条理で不快な事件や、国家や社会の暴走?が見受けられますが、それを次元移行と言う面で見れば、今私たちはそうした人類の奥底に潜む深いネガティビティーの解放とファイヤーウォールの解除を経験しているのではないかと思うのです。
まさに天から示された設問です。

あらゆる不条理と危険を遮ることなく全てを展開する世界が、この次元移行期に現れてきているのではないかとも思っています。
ただし、この危険とは身体的危険やキナ臭い危険と言うよりも、個々人に向けた意識や精神面の危険を指します。

今までの人類は、これはいけない事、悪い事、受け入れ難い事、を「社会が作った知識やルール」から判断するように教育されてきました。

しかし、新しい次元に向かい始めると社会が決めたルールが徐々に後退して行き、自分自身のルールが即自分自身の道を決めて行くという、極めて分かりやすい世界への移行を意味すると思っています。
ただしそれが高次に向かう時空であれば、世界を壊滅させるような危険は先ず一番に回避される筈です。

私たちは、何があろうと未来を目指すと決めた筈なので、いっ時の生半可ではない厳しさも受け入れる約束をしたと思っています。

今までは有名な人、影響力のある人や社会が言うから受け入れるという数の論理とイデオロギー、社会的価値観、宗教観、そして付和雷同の世界に(自分自身の魂の意思で)生きてきました。
今その時空から、自分自身を信じ自分自身で全てを決め、自分自身がそう言うからそれに従う、その時期に入って来たと思います。

これから更に
「今自分が見聞きしているこの現実は一体全体なんなのだろう?何を意味しているのだろう?どう解釈すればいいのだろう?」
と言う、今までの社会概念や社会通念では判断できない「奇妙」な出来事を目にして行く事になると思います。

時には狼狽えてしまうほどの混乱や不安を抱いてしまうこともあるかもしれませんが、今私たちが目にしたり体験し始めていることは、高次元を目指す自分を確立してゆく ”強制的変容” への道なのだと感じています。

そして何より、そうした不条理を目の当たりにしつつ

「今自分が体験している事象を見てどう感じ、どう思い、どう行動する?」
「その上で、思慮深く、そして何より自分自身の感覚に従い自分の道は自分で決め進んで行きますか?」

それが始まったと言う事なのだろうと感じています。
そして、これこそが避けて通れない、未来への架け橋・・なのかも。

そんなことを思う今日この頃です。

PS.
今日から京都に行きます、八坂さんと建仁寺に詣出ようと思っています。

鎌倉時代の一時期、私は建仁寺で僧侶として過ごしていた記憶があります。
この時代の生まれは今の神奈川県湘南地域、幼くして仏門に入りその後中国に仏教留学をしています。
帰国後京都建仁寺に入り、また鎌倉に戻って建長寺に入ったと言う記憶です。

建長寺は近いこともあり若い頃から何度となく訪れているのですが、建仁寺には京都に何度も足を運びながら伺う機会を逸してきましたので、今回は是非とも。










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by farmemory | 2017-11-12 00:03 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(5)

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知人のブログに調味深い記事がありましたので、ちょっとご紹介。
この方とは2008年頃からのお付き合いです。

いつも彼独自のアンテナでいつも興味深い記事をお書きになり、とても参考にさせて頂いています。(下のリンクからどうぞ)

「In Deep 」

今回の紹介記事はSNSがいかに人の心理に深く食い込み、人によっては離脱できなくなるほどの依存状態を作り出してしまうかということを、その現場(主催者側)に居た方の生の声として紹介しています。

私もフェースブックのアカウントは持っていますが、一度も稼動させたこともなく、アカウントを取った段階からずっと放置状態です。
またラインと言うものに関してはアカウントも持ってはいません。

便利だということや、連絡がつきやすいからと知人から勧められることもあるのですが、根拠は全くないのですが、そうしたSNSに全く乗り気になれず未だに触れることなくいます。

SNSに関して、皆さんも様々な利用をされている方もいるでしょうし、この紹介記事を読んでSNSの危険性やジャッジを語ることはしません。

それに、これらの存在の真の意味(真実)と言う所まで自分自身到達できていませんので、今の段階では
「自分自身の感覚的判断」に従って行く事にしています。

ただ一つ感じていることは、今後人類の二極化がさらに進んでいくことは確実で、この分離は誰の意図でもなく(もしあるとしたら各個人の魂の意思)次元変化という重要な局面で自然発生的に起こってくる分離と感じています。

そして「別れる数」は均等に分離するのではなく、留まる者、進む者の割合は明らかにウエイトが違うだろうと感じて居ます。
もちろん留まるのか、先に進むのかをSNSを利用しているから、して居ないからで判断しているわけでは全然ありません。

むしろ私自身それらを利用することでSNSの危険性に自ら近づいてしう可能性を否定できないから、ハイヤーセルフが「近づかないで!」と感情面に訴えるアラームを鳴らしているのかもしれません。

こうしたツーツに限らず、今までも様々な危険を「感覚的」に避けて来たこともあるのだろうと思うのです。
そう、感覚なんですよね。
「それら」にどのような危険やリスクがあるかを「よ〜く考えて」ではなくて、考える前に感覚的に足が向かないと言う方法でリスク回避をして来たのではないかと・・・

ただこうしたシステムに作為があろうとなかろうと、その存在の意味に少なからず天のなんらかの意図があるとは感じています。

天は人類が作り上げるすべてのものを静かに見守っているでしょう。
そしてその存在が次元変化における振り分けの一つのツールとして使えるのであれば、その存在を逆手にとって、私たちになんらかの問いかけを行なっているのかもしれない。
そんなことを感じました。

私の話はこのくらいにして、単に興味深いと感じたことなので紹介させていただきました。

ではでは。










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by farmemory | 2017-11-11 02:12 | ・今日の日記 | Trackback | Comments(7)

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前回見ていただいた動画からいくつか静止画を切り取って見ましたので、改めてご覧下さい。
お時間に余裕があれば前回の号がも同時にご覧いただけるとより分かりやすいかと思います思います。

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今回、海上に現れた光は、何と言ってもまばゆいほど明るい光が特徴でした。
それに加え、最後に現れた鮮やかな赤色の光も興味深いものでした。

会場は、光の強さもありましたのでその場所が海岸からどれほど離れているか、さらには観測地点からの距離も曖昧で、距離感が感覚的にも捉えられないのです。

ものすごく近くにあるような、相当の距離があるような・・

おそらくなんらかの物体がそこにあって光っているというのではなく、まさにエネルギー体が存在していると見たほうがいいのではないかと思いました。

撮影中、この光にコンタクトを試みていましたら、左側の強い光からは
「シリウス」という答えが明確に帰ってきました。

そして同時にポセイドンと金比羅からのエネルギーを感じました。
水の神であるポセイドンと大物主神、共に海を司る神で龍神、蛇神をも意味しますね。

水と爬虫類は共にシリウスを表します。
(シリウスAは海の惑星を持ち地球人類の祖となった人々、シリウスBはレプテリアンの星でAの対極の存在、この2面性がシリウスを表します)

もともと日本は縄文(シリウス)のエネルギー下に置かれていましたが、ヘブライの神により弥生以降統治されてきました。

これは平家が源氏に覇権を受け渡したことにもつながります。
ヘブライは源氏につながり、その根幹はオリオンです。
こちらは人類が持つすべてのネガティブを一手に引き受けてきた、まさに反面教師としてこの地球(人類)に多くの体験学習の機会をもたらしてくれた重要な天体です。

今回、この強い光はこの地域(能登周辺)に長い年月眠りに入っていた縄文のエネルギーが解放され始めたという事を伝えてきました。

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そして遅れて出現してきた右の光からは、リラとアンドロメダ、そしてアークトゥールスの人々の存在を強く感じました。
彼らもまたこの地球に正義と愛、母性と言う女性性をもたらした重要な天体です。

彼らは地球においては木花咲耶姫と菊理媛神(くくりひめ)豊玉姫、宗像三女神そしてアンドロメダ姫と観音を意味します。

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そして最後に現れてくれた赤い光こそ、今回の重要な天体である「オリオン」でした。
まさにヘブライから縄文にバトンが返され、新しい次元の扉の解鍵を体感できる光のページェントだったと思います。

でも、こうして書いてしまうと、何やら荘厳で壮大な出来事のように聞こえますが、実際はそれほどスピリチュアル的なことではなく、参加者の皆さんのそれぞれの天体(故郷)の仲間たちが、それぞれの参加者に挨拶に来たという方が近いのかもしれません。

参加者の皆さんも、同じ天体を故郷に持つのではなく、様々な天体を故郷にしている皆さんが集われたので、これほど多種の天体(神々?)が現れてくれたのだと思います。

もちろん縄文の解放、オリオンの帰還へのバックアップという意味合いも持っているイベントでしたが、実際はもっとお気楽な事だったようには思います。


最後に、参加者の方が劣り頂いた画像を紹介しておきます。
写す方が変わると、画像もこんなに面白い姿を見せてくれるのですね。

写した対象は、今回の画像の光でたちです。

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今回のワークショップは縄文んお解放だけではなく、直接地球外の人々とのコンタクトを試みるイベントでしたので、その目的はしっかり果たせたと思います。

次回はこのワークの最後の記事、気多大社と白山比咩神社の参拝報告となります。










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by farmemory | 2017-11-10 01:06 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)