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ネガティブって外から自分に向けられる攻撃とか悪意のことではありません。
折り合いの悪い相手に不当な扱いをされたとか、上司からのパワハラや納得のいかない仕事のストレスとか、国家の横暴とか・・

そういうものは、突き詰めてみたら自分を成長させてくれる反面教師なわけで、ネガティブなどではないのですね。

でじゃあネガティブって?

それは個人的に自分の中から湧き上がる「感情」なのですね。

仮に相手が悪意を自分に向けたとしても、そうしたエネルギーを受けても意に介すこともなく、それすらも感じることなくいられればそれはネガティブなどではなく、
「えっ!なにそれ?」
程度のことで、自分の心が乱れることでもないのです。

でも、そのために「心を強くし、外からの攻撃や悪意に立ち向かえることのできる強固な自分となって行く」
ということは意味ないかも。

むしろそれは目には目をの意識とおんなじ、結局自分の中に攻撃に対応するディフェンスを築くということになってしまいます。
外からの攻撃に反応してしまうということは、自分の中にも気に入らない相手や物に対して攻撃心を持つ自分が存在するからかもしれません。

往往にして人は自分の中にあるそうしたネガティブを持っていることを認めたくないもの。
まさか自分がそんな嫌な部分を持っている、そんなはずないと最初から自分の中のそうしたネガティブ部分に自分からベールをかけ、表面に出てくることを避けたとしても、まぁ仕方ないかも。

真のネガティブって自分の中に生じる(元々持っている好ましくない)「感情」を言います。

進化って、こうした自分の中にあるドロドロとした部分を表に引き出し、たとえ人から眉をしかめらても、その自分を認めることから始まります。
そして、自分が嫌う部分が自分の中にあることに気がついてしまって
「そ、そんなぁ!!」
と愕然と膝を折ることから進化が始まるんですね、ちょっと厄介かもしれませんが(笑)

自分(嫌な自分)を知ることで、その自分であることを理屈抜きでやめたいと思うようになります。
だって知ってしまったら、そういう自分が嫌に決まってるのだから、そこから先に進んで行けるということになります。

私たちの進化は「穏やかで、にこやかで、平和で、嬉しい」ところにはなくって、自分の苦手とする悩みや悲しみに、逃げることなく向かうことによって進化して行くことになります。

でも、そんな自分を見てしまったとしても、その自分を「決して否定しないで、反省なんかも横に置いて」そのままの自分をしっかり受け止めることが一番にすべきこと。

ジャッジはしない、それが何より大切なところなのです。
だって、完璧な人間なんかこの次元にいるはずありません、だから人間やってるんですから。

ただ、苦しいという行為や体験自体が進化を促すのではありません。
その体験がもたらす「感情」に目を向けた時に始まるんですね。

真冬の滝行は苦行ですよね、じゃあ日常にある苦悩は?
それだって苦痛の一つ、滝行の辛さと自分に向かって来る試練。
どれほどの差があるのでしょう。

滝行は肉体にはとてもキツイことですけど苦悩は伴わないでしょう。
つまり「感情」と言う心の動きはそれほど大きいものではない筈。

それよりも日々の中で、信じる人に裏切られたり、亀裂が起こったり、攻撃されたり、生活やプライベートのシーンでのトラブルとか、そうした感情面でのキツさは、滝行の感情的苦しさに比べたらはるかに大きいものです。

そう、はるかに大きいからこそ、その出来事が更に大きな進化のチャンスにもなると言う事です。

ただ、感情を知るための様々な試練で、そこに進化のヒントがあるよと言ってもストイックな意識に無理やり自分を向けることは逆効果になってしまうかも。

むしろ、相手を恨んでしまったり、嫌ってしまったり、そうしたネガティブな意識が湧き上がった時こそ、重要なタイミングなのです。

その感情を見ないようにしたり「そんなことではいけない」と良い人ぶって流してしまっては、何の意味もありません。
「そんな感情を持つ自分だったのだぁ、でもそうかもしれない」
って素直に認め受け入れることが進化の始まりになります。

よく新しい次元になったら、こんな苦しく痛いことなどない時代が待っていると期待してしまうかもしれませんけど、それはどうでしょうか。
確かに3次元の中で繰り広げられ、体験してきた執着や煩悩といった3次元的なキツさは激減するでしょうね。

でも次の次元に行っても、そこでしかできない進化や変容といったカリキュラムはきっとあるはず。

私たちは今「3次元での地球の人生」の完了を目にしようとしているのかもしれません。
今人も社会も自然界さえも今まで溜め込んできたネガティブが、隠すことが出来ずに表層に現れ始めています。

一見「最悪じゃん!」と思うような社会や世界が見えたとしたら、それは地球が今までのネガティブを全て表に出して、陽の目に晒しているのかもしれません。

そう見れば、今目の前にある自分個人の課題だって新しい次元に向かう自分の浄化のためだって分かってきますね。
でも、キツイと思ったとしても、それも大切な感情。

たまにはヘコタレて「やってらんないよ!」って天に向かって悪態吐いちゃいましょう。

でも、この進化(して行くって事)は、3次元を生きるための成長なんかではありません。
新しい次元に向かうための変容なんだって、ご理解くださいませ〜









by farmemory | 2017-10-13 00:08 | ・意識の自立と進化 | Comments(3)

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さて前回の続きです。

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今回の函館行きはいつものワークではなくプライベートでしたが、個人的なワークのためでもありました。
前回もお話ししましたが、函館の観音を感じたことがきっかけだったかもしれません。

特にこの観音からの招聘を受けたは訳ではありません。
でも女性神(女性の守護神)としての観音が、函館でのオリオン解放を願っていることを受け、こちらから伺ったと言う事です。

これからの世界の女性性の確立のためだったかもしれません。
でもトラベル気分全開でしたが(笑)

ちなみに恵山(火山)見学前のお昼はイカ刺し山盛りと、津軽海峡の本マグロを頂きました。
それとツブ貝の煮付けと、鱈汁。
特に鱈は恵山産と言う事で、それはもういいダシが出ていて、3杯お代わりしてしまいました~

私、遠方にゆく時、時間さえあれば地の食材を見にスーパーや市場、道の駅に行くのが好きで、外国に行ってもその地域の食文化を根掘り葉掘りの知りたがりで「食」巡りしてしまうのですよね。

さて夕方函館の湯の川温泉郷に戻り夕食。

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こちらの画像は、地元の方オススメのお鮨屋さん。雷門と書いて(らいもん)

特に画像にある、カレイ(ババガレイ)の煮付けの美味しい事、気絶しました。
北海道はカレイの宝庫で、知ってはいましたが味付けといい、身のふっくらさといい絶品でした。

もちろん握りも言うことなしでしたよ。
湯の川温泉に行かれたら是非!

夕食の後函館山からの夜景を見にゆきました。
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この日は天候も良く、月も景色の中に映り込むナイスな景観です。

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こちらは夜景にも写っていた月を写した画像なのですが、その周りにおびただしいほどの綺麗な光の線が飛び交っています。
月の位置から、夜景の光は写らないはずです。

光の筋だけではなく、月そのものも瞬時に移動するような光跡を残しています。
撮影時には一脚を使って手ブレに気をつけて写したので、手振れではないと思います。

おそらく、この青っぽい光の筋は、観音のエネルギーではないかと思うのです。
もともと観音は奈良の頃から青を基調としたレインボーカラーで彩られることもあり、特にこの画像にある「青、青緑」は観音のエネルギーなのだろうと感じました。

ちなみに月を写した「動く月」の別画像も載せておきます。
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こちらは帰りの飛行機で見たキレイな光のおまけです。

今回の函館行きは、かねて計画などしていないことで、1週間くらい前に急に決めたことでした。
でもその意味は、自分自身の中の見えない変化を促すに十分な内容だったと確信しました。

その変化は、ここに載せた画像などの物理的なことではなく、それこそ見えない自分自身の中の変化ですので、残念ながらそれをお見せするのはちょっと難しいかなと・・・
ではでは函館リポートはここまでです。









by farmemory | 2017-10-12 00:34 | ・今日の日記 | Comments(3)

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先日函館に行ってきました。

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1日目は生きている火山で有名な恵山(えさん)に足を伸ばし、噴煙が上がる火口まで行ってきました。
恵山は函館市の中で最も東寄りの地域で、目の前の津軽海峡を流れる津軽暖流のおかげで北海道の中では特に暖かい所だそうです。
この日も気象予報とは裏腹に暑ささえ感じる好天で、長袖では暑い暑い。

上の画像は恵山の景色。
この火山は5万年ほど前に活動を開始し、2500年前に山体崩壊を起こし今の山景が形成された比較的若い火山です。硫黄を含む火山ガスが噴出していますけど、ガスの噴出口辺りには黄色い硫黄がたくさん結晶していて、まるで箱根の大涌谷のミニ版。
まさに「生きている火山」を実感できました。

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こちらの画像は恵山の西の裾野に広がる「賽の河原」と言われる場所です。
見るからに、その名を彷彿させる景観ですが、それだけではなく、このあたりに沢山の石仏(特に観音)が祀られています。

右上の画像には紫色の法衣を着た僧侶らしきものが写っていますが、これは地蔵菩薩です。
お衣装が綺麗なところを見ると、日頃地域の方が仏さんに手厚くお世話をしていることが伺えますね。

ちなみに、今回函館空港に降り立った時から根拠もなく「観音」のエネルギーをなんとなく感じていましたが、恵山でそれを確認できました。

まさに函館の地が観音の保護下にあることが分かり、自分自身の高次のガイドの一人が観音ですので、なんとも親近感を感じました。
(ちなみに、毘沙門天もガイドとして付いていてくれる事も分かっています)
慈悲を感じさせるエネルギーと言いますか、この地の柔らかな感覚がここから来ているのだと分かりました。

恵山プチトレッキングの後駐車場に戻ると、空に小さな虹を発見。
思わず動画に収めました。



「幻日」のように見えますが、これほど鮮やかな虹色を呈するのは珍しいと思います。
途中、駐車場で誰かが操作するドローンが垂直上方に横切ります(まるで虫のようで笑えます)

この虹は幻日なのか、それともシップの一部が輝いたのか・・・?
さてどちらでしょうね。

長くなりますので次回に続きます。
次は函館山で夜景を写した時に写り込んだ「不思議画像」をご紹介。

ではでは。










by farmemory | 2017-10-11 01:34 | ・今日の日記 | Comments(0)

**希望**

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この道の先に希望があると聞いたから進んでいるのではありません

希望を願って今を耐えているのではありません

与えられる希望には興味はありません

教えられる希望にも興味はありません

人の言葉にも希望を見る事はありません

「希望」は「期待」からは生まれません

今を生きる自分こそが「希望」そのもの

希望は自らを信じた時

その身の内に湧き上がるもの

内なる声はそう伝えてきます

自らの中にこそ希望があると信じます

   ●

上の画像は今日の記事とは全く持って関係ありません!(きっぱり)

先日上野の博物館に行った帰りに “じゃぱにーずとらでぃしょなるすいーつぱーらー” にでも行くか。
と、言う事で上野の老舗「みはし」さんで頂いた杏クリームあんみつ、クリーム白玉ぜんざい、ザンス。

だからどうした!?

って言われても・・・なんとなく。オマケっす。









by farmemory | 2017-10-10 00:01 | ・意識の自立と進化 | Comments(4)

**写る光は何?**

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この画像(左)は、先日の名古屋イベントにご参加いただいた方からお送り頂いたものです。

これを見て思うのですが、カメラの光学現象を利用したエネルギーの可視化は、撮影に当たりその人の周波数や固有のエネルギーによって違いが出るのだとわかります。

人もまたエネルギーの集積体ですので、仮に同じカメラを利用して同じ条件下で可視化エネルギーを撮影できたとしても、全く同じように映るとは限らないかもしれません。

ちなみに右の画像は私が自分のカメラで写したものです。
時間や場所、カメラに違いもありますが、写り方や形態、色彩、の違いがありますが太陽を写した画像に変わりはありません。

この違いは様々なファクターが絡み合って違いが出てくるので、一概にこれが理由とは結論できないのですが、やはり個人やカメラそのものが持つ「個性」に影響されるのだろうな~と思うのです。
(カメラの個性とは機構的な個性ではなく、カメラも魂を持っていて、そして使う人のエネルギーに左右される、と言う事です)

同じ場所で同じように写しても違いが出るのもこう言うことかもしれません。

またこうしたエネルギーの可視化(光体や光の筋、霧状のぼやけ)があった時に
「どんなメッセージを自分に伝えてきてるの?」
と思われることもあるかと思いますが、メッセージは何かと判断する前にエネルギーの可視化という物理現象と見る方が先でしょう。


もしメッセージとして捉えるのであれば、自分の状態(その時の自分の周波数)がこうした光と同期できる周波数帯にあると取ればいいかと思います。
つまり
「写る時と写らない時、写る人と写らない人との違いは、その人の周波数に影響される」
と言うことです。

また写り込んだ光の種類や色から、綺麗とか逆に重たいとか感じたら、その撮影をした時の自分の状態と照らし合わせて判断してみるのもいいかもしれません。

・イイネイイネ、今とても軽く朗らかなんだね。
・あれ?なんか悩みあるのかな?
・うん、その意識状態を保てば、問題解消に繋がるよね。
・今少し重い感じ?

みたいな。。。

 ・

今までの写した光の画像をまとめてHPの方に展示してあります、ご興味がありましたらご覧下さい。
ホームページ(フォトギャラリー)>>










by farmemory | 2017-10-08 00:01 | ・コンタクト | Comments(0)

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googl+の方に先ほどの福島沖の地震のコメントを載せてありますのでよろしければどうぞ。
Googl+「far memoryの独り言」ページ>>>>

   ●

さて今回の記事です。

人は今まで長い長い、何度もの人生を、その時々の社会とともに転生を繰り返してきました。

暗黒の封建時代
戦いに明け暮れた戦国時代
多くの不信を抱かせる現代社会

こんな困った社会早くまともな世界に入れ替わればいいんだ、なのでしょうか?
でもちょっと待って。

困った社会に私たちは間違って産み落とされたの?
いえいえ、それは違うでしょう。
自分の強い意志で、自分の希望で「ここ」に生まれてきたことは間違いがありません。

では何のためにそうした困ったちゃんの社会に生まれてきたの?
そこにこそ、幾つもの人生を繰り返し生まれてきた大きな理由が隠されています。

困ったちゃんが蔓延する様々な時代や社会に生まれその不条理の中から、自分自身どのような体験をし、その体験からどんな感情を知ってゆくかが、生まれてきた目的の一つなのだと思うのです。
時には命がけで取り組んだ時代もあったでしょう。

痛い思いをしたからこそ、人の辛さが理解できてくる。
とっても簡単ですね
「我が身つねって人の痛さを知る」
ということです。

人の痛みを理解できるのは、その同じ痛みを知った人にしかできないとても簡単なこと。
道徳教育の本から「慈愛」って項目をいくら読み漁っても、一回の体験に勝るものはありませんね。

だとすると困ったちゃん時代であればあるほど、私たちはそこから多くの有用な体験ができるということになります。

社会が悪いから自分は辛いのだと思ってしまうと、せっかく体験しにきた意味が薄くなってしまいますね。
辛く困ったと感じた時こそ自分の大きな進化のタイミングに差し掛かった時なのかもしれません。

自分がその辛さを得たとき、なんで自分はそれを辛いと感じるのか?
辛いとは一体どういう感情で、どこからそれが湧き上がってくるの?

そして辛いということが自分の中にあるどの部分に反応して起こってくるのかを、しっかり見つめてゆくと、その辛さの出所にたどり着くことだ出来てきます。

そこに至ったらしめたもの。
その時点で、この人生を選んだ大きな意味が輝きだします。


また、社会や自分を取り巻く様々な「困ったちゃん」に触れた時、こんなことを自分に言い聞かせていませんか?

「そこに怒りを感じたり、恐怖したりしてはいけません」
「辛い気持ちを抑え横に置き、常に正しく清い心で朗らかに生き “ねば” なりません」

一見前向きで力強さの様なものを感じるかもしれませんが
「それをなかったこと、見ない様にすること、避けてしまうこと」
なので、せっかく困ったちゃんが気がついてねと言っている本質から外れてゆくことになります。

「正しい事」の判断、ルールは時にはその時代時代、宗教観やイデオロギー、社会の思惑、国家のあり様によって簡単に変化してしまいますので、社会的な善悪の判断はとても微妙ですね。

でも人の心に灯る「感情」には洋の東西も時代背景も超越して、誰にでも通用する心ある言葉です。

痛みや辛さ、切なさや苦しみ、恐れや怒り。
この感情をしっか味わってゆくことで自分の中の「感情というボキャブラリー」を増やしてゆくことに繋がってゆきます。

地球外の高い次元の天体に暮らす人々や、この地球に同時に生きている「高次元の先輩たち」にはもはや、私たちが生きてきた3次元の「ネガティブ感情」は存在しないでしょう。

そうなんです、この地球という厄介で不可思議な地球だからこそ体験できる困ったちゃんのいろいろ。
その体験を願った私たち自身「ドMの存在」かもしれませんね (^_^;)
でもそこで手にできる大いなる感情こそが他の次元では得ることの出来ない、それはもう珠玉の「体験」なのだと思うのです。

この社会を選んだのは紛れもなく自分自身なのだという事さえ思い出せれば、生まれてきた大きな意味にたどり着けるって事なんですね。

では「今まで社会に対して向けてきた意識、今後どう向ければ?」

それは、今までの「困ったちゃん」が退場して、新しい「正しいちゃん」に入れ替わることを思い描くのではなく、今までの困ったちゃん社会が自分の意思で変化し、進化してゆくイメージを抱くほうがより高次的意識でしょう。

私たち自身だって、表に現れない困ったちゃんを抱えています。
そしてその困ったちゃんを受け入れ、そしてその自分が変化し進化してゆく過程を体験することが高次を目指すという事なのかも・・

社会もまた生き物。
同じように苦しみながらも高次元を目指しているはずです。
今、高次を目指す人も社会も必死になって進化してゆく過程にあると感じています(置いて行かれないようにしないとね!)

そして自分の観念と意識が作り上げているこの仮想現実社会を、その感情一つで変化させて行けることを信じて行こうと思います。

それって甘ちゃんの、能天気なお花畑理論ですか?











by farmemory | 2017-10-07 00:07 | ・意識の自立と進化 | Comments(3)

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今晩は中秋の名月ですね。
屋上に出てみたら、雲がかかったり晴れたりで、しっかり撮影できました。

で、こちらなんですけど、雲がかかってきて周りの雲に虹色のスペクトルが現れたので、引きで撮影してみました。
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そしたら「これな〜に?」
って言う「何か」が写っていましたです。

何か意思を持つ生命体、もしくは意識体(エネルギー体)の飛行物じゃないかと・・
メッセージとかあまり感じられませんでしたので、飛行中に偶然に写ったのだと思います。










by farmemory | 2017-10-05 00:56 | ・コンタクト | Comments(0)

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先日の記事「あの日にかえりたい?」でお送りした小野リサの切ないボサノバは、傷んだ心を癒します。

「夕暮れの海」
「真夜中の首都高速」
「一人暮らす部屋から聞こえる、遠い車の音」

そんな切なくて切なくて、その哀愁に安らぎを見る事があります。

この人生は愛するものと寄り添い共に生きながらも、魂は一人で進む覚悟を持ってここに生まれてきました。

だからこその切なさなのかもしれません。
そしてだからこそ「人の温かみを知る」なのかもしれません。

切ない曲は、澄み切った湖の深みを思い起こさせます。
そして、その曲に浸る事で、傷が深く癒される、そう感じるのです。

切なさって究極の癒しって、そう思うって私だけ?

   ・

最後に、切ないだけでは・・
って思う方へ













by farmemory | 2017-10-04 01:02 | ・意識の自立と進化 | Comments(4)

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「あの日に帰りたい」と思う事はありません。

では
「今が一番苦労や苦しみ、厳しさがないの?」
と自分に聞けば
「いやいやそんなことないよ」
と返って来ます。


何の憂いもなく、明日の糧を心配することもなかった学生時代
波乗りに明け暮れ、海と自然と共に暮らしていた日々
自分が願ったアートの世界に生き始めることができあの頃

今思い出しても憂いも苦しみも、激しい怒りさえ知らなかった至福の
「あの頃」
はいくらでもあります。

でも不思議とそこに戻りたいと思った事は一度としてありません。
あの時、別の道を選んで居たらという
「もしもこうだったら」
と思うこともありません。

それから何十年、最近では昨日であっても振り返ることが薄れてきています。

なんでかな?と思うんですけど
自分が変化してきているからかもしれないって思うのです。

楽しい時間を過ごした若い頃、今思えば何も知らずに何も考えず、人を傷つけて来た事もありました、偉そうなことを口走っていた自分も思い出します。

今現在でさえ日々続くどんなに小さな変化だったとしても昨日は進化する前の自分。
ウンウン言いながらもせっかく手にした今日の自分ですから戻りたいって思わないのかもしれません。

苦労が多い日々であっても「今」が自分にとって一番大切で最良の時と素直に思えるんですね。


幼い頃から希望は持って生きては来ましたが、その希望通りに全てが整ったかといえば、決してそうではありませんでした。
まして全ての望みが魔法のように叶ったと言う経験もしていません。

きっと誰もが
「あの頃が一番幸せだった」
とか
「あの頃が一番苦しかった」
という時間を持っていることでしょう。

でもどちらであっても過ぎ去った時間です。
そして時は継続して居ません。
毎日眼を覚ます時が新しい自分の小さな誕生の時なのでしょう。


自分を大切に生きるという事
「今」の自分をしっかり受け入れ認めることが自分を大切にすることなのかもしれません。

そして、どんな自分であっても、その自分を受け入れ認め、愛おしいと思うことから進化が始まって行くということを知りました。

「貴方の戻りたい日はいつ?」
と、問われれば

「今を置いて他にはありません」









by farmemory | 2017-10-03 00:43 | ・意識の自立と進化 | Comments(3)

**「深海」展**

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10月1日まで開催の上野の科学博物館で開催されている「深海」展に滑り込みで行ってきました。

海は自分にとって故郷とも言って良い世界です。
憧れと郷愁、安らぎと至福さえ感じちゃうんですよね~

で、深海

この世界に生きる生き物たちの奇妙奇天烈な不思議に、幼い頃から興味を持っていまして。
これってネッシーやシーラカンスにつながるんですよね。

未知のものに対する興味を人一倍持っていたからかもしれません。
むしろ目に見える世界ではない所に真実があるっていうことに似てるのかも・・・


この画像にある生き物たちの奇妙さと愛らしさがなんとも言えません。
(左上から右へ・・オオクチホヤ、メンダコ 左下から右へ・・テングギンザメ、デメニギス)
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深海ってこの地球の中で一番に安定した世界と言われていましたが、その深海の流(深層海流)れに大きな変化が始まっているようですね。

そのための今後地球上の気象に大きな動きが見られるように思います。
ただ、この変化は地球上の平均化を促進するのだろうと感じています。

砂漠地域に、場合によっては災害を起こしかねないほどの降雨。
北域の気温の上昇、実際に北極に近い地域での氷河の後退現象が地球をめぐる深層海流に影響。

観測が始まって以来のこうした大きな変化があらゆるところで起こっています。
また政治的な動揺を今私たちは目にしているかもしれませんが、これもまた長い目で見る未来への布石となることは間違いないことでしょう。

でも、今見ている事象が何処をどう通って、何につながってゆくかを判断することは極めて難しいでしょう。

しかし天の采配は間違いなく未来を目指している確信だけは、自分の中で動じませんので、今しばらくは静観して行こうと思っています。



しっかし、海はいいですね!

もちろん海だけでなく美しい景色の中に静かに佇む、深く澄み切った湖とか、人を寄せ付けない深山の渓流なんかも、いいないいな。

打ち寄せる波の音、渓谷を流れる水音、何処までも澄み切った清冽な水、枯れることなく湧いてくる湧水の鼓動・・
水は身を清めるだけでなく、その音も美しい流れも、それだけで浄化の力を感じますね。








by farmemory | 2017-10-02 00:11 | ・今日の日記 | Comments(1)