カテゴリ:・縄文と弥生( 2 )

** イザナギイザナミ(2)**

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前回からの続き。
** イザナギイザナミ(1)**

かつての縄文を代表する楽園世界は3次元の中でも極めて高い次元で、直ぐにでも5次元に手が届く所まで来ていたと思います。
(4次元は霊界次元として3次元と一体の次元です)

その次元では人類の魂の進化と体験という「ネガティブ」の様々が存在せず、あっても極めて弱いものだったはずです。
逆に言えば不安も不満もなく、極めて平和で争いのない世界(社会)だったはずです、そしてその世界に生きると言う事は意識の変化や進化が起こりにくいとも言えるのです。

「楽園」に生きて来た人類がいつの頃からか「もっと色々体験したい」と願った事によって縄文から弥生にバトンが渡されました。
そしてその体験の重要なファクターである「ネガティブ」をもたらした者こそ、地球外の高い周波数を持つオリオンを始めとする一部の地球外生命体でした。

例を挙げると、弥生の神の中に「木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)」という女神がいます。
この神は地球にネガティブをもたらしたグループではありませんが、浅間神社に祀られ浅間様とも言われています。

そしてこの女神は文字通り浅間山と日本を象徴する「富士山」の女神でもあります。
そして、コノハナサクヤは火山を担当するリラ星人の総称です。

この様に神話に出てくる神々と言われている多くが、極めて高い周波数を持つ別次元の存在や地球外生命体(異星人)たちなのです。

方や縄文における神々は、自然そのものや自然霊が神でした。
山であり、木であり、湖であり、動物たち、そして妖精や天狗など

ところが弥生以降、私たちが神として崇める者たちは、アマテラスやスサノオなど人類と同じ姿をした人型の生命体を神としています。イエスも釈迦もそうですね。
イザナギ、イザナミも、弥生の装束を着た男女の神として語られ、表されて来ました。

しかも神でありながら性行為によって子をなしたり、嫉妬や怒りを表す存在として描かれています。

そして自分たちの生んだ子が蛭子と言われ、たいそう残念な子供として打ち捨てたという伝承が残っています。
神である彼らがそんな非人道的な行為をする事があるのかと言う大きな疑問が浮かんで来ます。

ましてその子が産まれた経緯が、女性であるイザナミから男性であるイザナミに声をかけ(告白ということでしょうか)た事で、報われない子として産まれたという神話なのです。

これは正に男性優位の弥生的な概念から生まれた逸話なのではないかと感じるのです。
この中には女性は男性に従い、控えめで慎ましく有れと言う男尊女卑的な価値観が見え隠れしてしまいます。

本来神は万物の創造主であり、人間的な感情ははるかに超越している存在ではないかと思うのです。

恐らく弥生から始まった神なる者も、先にお話ししたように私たち人類と同じく、次元を旅しながら魂を成長させている(人類よりもずっと高い次元に存在する)先輩達なのでしょう。

また神話自体、ある作為を持った人類グループが長い歴史の中で、人々を従順に従わせるために宗教や教育、そして「神の威光」さえも利用しコンロトールするために作り出した「人類取扱説明書」もしくは「人類操縦法テキスト」なのかもしれないですね。

当たり前の事ですが神話を書いたのは神自身である筈はなく、間違いなく人類の手によるものなのですから。

そう解釈すると、人間臭い感情を持つ弥生の神々の本来の姿が見えて来る様に思います。
そしてその弥生が今、役割を終え、さらなる新人類の誕生の時となっている事は間違いないところでしょう。

でも彼らが神ではなく高い次元の人々であっても、無償の愛を持って人類に寄り添ってくれている事実を思えば、拝殿では柏手を打ち、教会ではイエスを思い、寺院では般若心経を唱えたいと思います。

さて、私たち人類もこの宇宙で孤立した生き物なんかではなく、宇宙由来の生命体なのです。

私たちが母の胎内で受精し細胞分裂が始まった経過段階の姿を見ると、魚類の発生によく似た過程を示しています。
これは私たち人類がシリウス人のDNAを受け取り人類が誕生した経過を意味しています。

シリウスは水の惑星で、そこに住んでいる知的生命体は水中生活を送っていた事を何度ものリーディングや、個人セッションで見てきています。
胎児の姿は、水中生活を送っていたシリウス人が私たちの遠い祖先であることを証明しているのでしょう。

今回の淡路でのイベントは、弥生が縄文に取って代わり、国の礎なったという神話が何を物語っているか、そしてそのタイムラインも終局に向かい始めている。
それを(感知し)確認できたイベントだったなと思っています。

今回の元となった淡路島のイベント記を近々アップして行く予定です。
伺った数カ所の寺社のお話と、そこで体験したプチ不思議もほんの少しですがアップします。











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by farmemory | 2018-10-29 00:02 | ・縄文と弥生 | Trackback | Comments(2)

** イザナギイザナミ(1)**

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先月になりますが、日本神話にある「国作りの島」として有名な兵庫県淡路島でのイベントを行って来ました。

かつてイザナギ(伊奘諾)イザナミ(伊邪那美)の命が海中に鉾(ほこ)を差し込み、引き上げた時滴った雫から「自凝島(おのころじま)」が生まれ、日本の祖となったとの神話の残る神々の島、淡路島。

今回は弥生以降の日本と弥生そのものに関しての確認だったように思います。
また、常に行なっている縄文の解放と弥生の帰還を促すイベントとは違い、2日間体調に来るような重さはほとんど感じられませんでした。

それでも場所によってはピンポイント的に感じる重さもある事はありましたが、後を引く様な、纏わりついてくる様な、おかしな体感は殆どなく済みました。

さて、淡路島はまさに弥生以降の人類が持つ煩悩と執着を基として現行社会(3次元世界)が生まれた場所という事を確認できる場所でもありました。

封印された縄文の苦悩や悲しみと言うものはあまり感じる事は無く、あっけらかんとした緩ささえ感じました。

24年前にこの地を揺すった大地震(人為的な地震であろうがなかろうが)が何を物語っているのかと思ったのですが、これにも大きな意味があったのでしょう。
海峡を隔てた神戸の街は、その巻き添えを食った形だったように思います。

巻き添いであってもこの地に沈殿し続けたカルマも、同時に解放された事もまた確かだったでしょう。
かつての神戸は、明治に入ると、ある一角が外国人居留地となって行き、特に欧米の「ビジネス」が流入し、今までになかった格差が始まる場所としてカルマを貯め続けてきました。

それまでの日本的な「商い」システムで動いていた日本経済に、欧米的な資本主義の波をもたらした、いわば始まりの地でもあったのでしょう。
特に英国資本による新経済システムはここから始まったと言っても良いのではないかと思うのです。

しかし首都が東京になるのと同時に資本主義の中心は東京にその拠点を移しました。
そのため神戸に溜まり続けた金融というカルマは、ある時点で止まった事になります。

それでも、そのカルマの解放があれほどの凄まじさを呈したのであれば、今の首都東京が迎える「抑圧されてきたカルマの噴出と解放」がどれほどのものになるかは、もはや想像すらできないと感じていまいます。

しかし淡路はあの震災により、弥生の役割の終了のベルだったのではないかと思うのです。

縄文を駆逐した弥生は、今までの本来の日本としての土地と日本人である縄文を完全否定し、その片鱗も残す事無く排除すると、その地には自然と共に生きてきた縄文が存在しなかったように真っ新な更地に整備され、その上に弥生が始まった事になります。

新しい国を造ると言う意味で、それを神話化したのがイザナギ(伊奘諾)イザナミ(伊邪那美)伝承ではなかろうかと思うのです。

彼ら2神が着る装束、髪型、アクセサリー、そして何より縄文には存在し無かった矛と言う「武器」が登場します。
腰にはご丁寧に剣さえ下げています。

つまり彼ら2神の概念こそ弥生を象徴するものであり、その彼らが新しい国を造ったと言う事は、縄文を排除し平定し弥生を興したと見るのが辻褄が合う事だと思うのです。

つまり「国作り」の神話は、弥生の国を作ると言う事だったのでしょう。

少し話は変わりますが、北海道の小樽に「龍宮神社」と言う神社があります。
この神社があった場所にはかつてアイヌ(縄文)の重要な祭場であった「イナホ」がありました。

わざわざその場所に(その上に)神社を建てたと言うことと、縄文を排除し、その上に新しい文明や文化を重し代わりに乗せ、縄文を強制的に封印してきた事が繋がるなと感じます。

これと同じ事は遠く南米にもいくつか残されています。
古いアステカや、アンデス、インカ文明がスペイン人の侵略を受け、インディオたちの古代から続く神々の祭場の、その真上にキリスト教会を立ててきた経緯を見ても、同じことが世界各地で起こっていた事が伺えます。

いくらでも土地が余っている古い時代、わざわざその場所に、しかも侵略者たちが信じる自分たちの神を「どかり」と乗っけてしまう必要がどこにあるのかと考えれば、その場所にある高い周波数のエネルギーを覆い隠すためだっとの考えもあながちズレた事では無いのかなと思うのです。


次回に続く











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by farmemory | 2018-10-27 00:19 | ・縄文と弥生 | Trackback | Comments(2)