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カテゴリ:・新次元への道( 68 )



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昼過ぎからのメンバーの会見を見ていて思いました。

4人とも間違いなく自分の言葉を話していた。
それがよく伝わって来ました。
誰にも「言わされていない」そう感じたのです。

自分達の想いは抑え、言葉を選ぶ事なく自分の思いをストレートに話す彼ら。

今まで彼らが所属する会社が「ある意図」を持って芸能界に君臨して来たことは紛れもない事実でしょう。

でもメンバーの一人が涙ながらに「親である社長に申し訳ない」と語ったこと。

その社長が今までの妖気を見せるのではなく。
親として彼らに接したと言う事が感じられました。

今でもマスメディアは芸能界、芸能人たちをマリオネットのように捨て駒に使い。
意識誘導、コントロール、支配、CMで射幸心を煽る。

そして社会に疑問を持たない従順な人を作り上げるマインドコントロールや経済最優先社会を先導して来たことは疑いもない事実でしょう。

その尖兵としてメディアに露出し意識誘導の役割を果たしているのが芸能界とタレントや芸人たち。

また今回問題を起こした張本人が、なぜその問題を起こしたのか?
彼は飲酒などで自我を見失っていたのか?

そんな疑問を、さも善人ぶって彼らにぶつけるマスメディアは、自分たちの存在の根源を棚にあげて平然としています。

擁護するつもりもありませんが、問題の当事者が、尋常ではない異様な空気が漂う世界の中で、次第に心を病んで行ったのかもしれない、そう感じました。

でも今日の会見を見て思いました。

新しい風がほんの少しだけ、吹いて来たかもしれないと。

劣化し老いてゆく古い世界。
変化してゆく覇権とマインドコントロール。

メンバーの言葉に一切のジャッジを持たず見ても。
彼ら4人が自分自身を見失う事なくしっかりと生きていると分かります。

彼らは一般人が生きる社会には触れてはいないでしょう。
だから多くの人々が暮らす日常を知らずに生きてきた筈。

なのに上手に世渡りできるスキルのないはずの彼ら一人一人に「心」が感じられました。

多分彼らタレントたちには、世間をマインドコントロールしているといった事実など知らずにいることでしょう。
ある意味逆に、社会の荒波に揉まれていないピュアな心を持ってるのではないか、とさえ感じたのです。

もしかしたら、ファンの人たちはそんな彼らのピュアさにシンパシーを感じているのかなとも思ったのです。

今までの男性性優位の時代では、正しい世界を限定し、正義感や責任感を何より大切にし(強要し)革命とジャッジと戦いを強いる世界でした。

そうした荒々しい世界とは対極にある彼ら。

確かにマスメディアの誘導で行われる彼らのファンクラブ、番組やイベントの数々なのかもしれません。

また、ファンの人達たちはマスコミの誘導にまんまと乗り、彼らを追い求めているとの揶揄もあるかもしれません。

でもイデオロギーのために大量殺戮を平然と容認する世界ではないのが、彼らの存在かもしれないと思ったのです。

天下国家を口にしながら一般市民を巻き込む紛争や経済戦争の世界を正義のように口にする男性社会。
そこに論理性を求める人にとっては、彼らのコンサートにファンの人たちが何故向かうのかを理解することは1000年経っても解らない事でしょうね。

そんなことを言うと
「何をそんな甘ったれたことを、現実を見なさい、生き抜くため戦いなさい!、マスメディアの餌食ですよ」
なんて言われかねませんね。


心を持つということは、どの世界、どの社会にあっても出来ることなのだなと改めて教えられた気がします。

そして逃げることのできない場所でメンバーたちは「自分を語る根性を見せた」と素直に思いました。

今までマスメディアや芸能界への不信感を持つあまり、その世界にいる人全てをジャッジしてしまいかねない危険を自分自身どこかに持っていたと、今日の会見から思い知らされました。

以前彼らの先輩格のグループが世間を騒がせた時とは違うと感じました。

芸能界にも、変化の兆し、小さな希望がある事を教えてくれた気がします。

これから新しい次元に向かうこの世界は、その次元にはそぐわないもの、そぐわない意識、そぐわない組織があったとしても、それが消えることを願ったり退場を求めるのではなく、内部から自身の意思と希望で変化して行く事こそが次元変化の特徴なのだと、高次の存在たちは伝えてきます。

国際政治・金融・大手メディア・軍事・医療・宗教界、そして自分自身も。

私たちは今、その変化の中にいる事を改めて感じています。











by farmemory | 2018-05-03 00:00 | ・新次元への道 | Comments(1)

**土の香り**

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私たちは生きるために食事をします。
カロリーを主に食品から取っているわけです。

これは栄養学の面から見れば当然のことです。

でも私たち生物は、実はこの体を維持するために食物をとっているだけではなく、肉体の一つ奥の階層である意識体にもエネルギーを送らなければならない生命体なのです。
こちらは科学的な食品成分とは、また別の「見えないエネルギー」のようなものです。

日々私たちは食物からカロリーを摂取していますが、それと同時に生産者や流通、小売の方達の生産品に対する思いが、見えないエネルギーとなって消費者に届けられます。

消費者に健康と喜びを寄与できることを嬉しく思う生産者の方の産物には、とても高いポジティブエネルギーが含まれます。

「地産地消」は、自分が生まれた地域の「土」から生み出された作物を口にすることを言います。
体も作物と同じで、その土地の土で自分ができているのですから、その土地の作物を口にする。これが地産地消の意味なのですね。

ですから、例えば作物を水耕栽培で育てると、その中に含まれる化学的な栄養素は取り入れることができても、見えない方のエネルギーは残念ながら届いてはこないことになります。
何故なら野菜たちが心地よいと感じる、最重要の「土」に触れていなからです。

これは利潤だけを目的とし、狭い畜舎に押し込めてただ太らせ続け、生涯太陽を見ることなく絶望の中で生きている畜産動物たちも同じでしょう。

逆に広い草原で自由に草を食べ、直に「土」に触れ、走り回っている彼らには日々の絶望は存在していません。
同じように生産者の方たちが、より良いお肉を消費者に届けたいと願いながら、大切に育てられた食肉にも当てはまります。

日も当たらない畜舎に押し込め薬品漬けにされながら、まるで無菌室のような過度な清潔環境で育つ畜産動物たちは、化学実験と同じ環境下と感じてしまいます。

同じように水耕栽培の植物は、本来土に根を生やし育つべき所、化学実験のように工場生産されるわけで、そこには健全な植物が持つエネルギーがとても少ないと思うのです。

畜肉という点では、少し興味深い事があります。
今私たちが口にする牛肉、等級があってA5ランクの和牛が最上とされています。

この牛たちは配合飼料をもとにした人口の餌を口にしています、特に穀物でしょうか。
自然界にある牧草を口にするより多く、穀物や人工飼料を口にした牛の肉は、人間の口に合うように「作られた」お肉ということになります。

さて、こうした脂ギッシュな「メタボ牛」とは対照的に、牧草地に自由放牧をして、主に生で新鮮な牧草を口にする牛の肉とは明らかに違います。

私が和牛で育ったからかもしれませんが、自然飼育をしている牛(例えばOZビーフやアメリカンビーフ)達は、明らかに牧草臭く、和牛に比べるとその差を感じます。

でも、野菜で見ると全く逆なのですね。

路地植えの自然農法で作られた旬の野菜は、ハウス栽培や水耕栽培で作られた工場生産の野菜に比べとても味が濃くて野菜本来の美味しさがあります。(アクも多いですけど)

これを牛に当てはめると、あら不思議。
自然に育てた牛より、人工的に育てた工場生産のような牛の方が美味しい。

自然界で育つ野菜をおいしいと感じ、自然界で育てられた牛はイマイチ。

もしかしたらこれ、一つの答えなのかもしれません。
つまり、本来人類は肉食に向いている生物ではないのかも、と言う答えです。
或いは地域によって肉食向きの体と菜食向きの体があるのではないかという事です。

私たち日本人はあまりに強い獣臭には弱いかもしれません。
でもアフリカやアラスカ、北極地域やアマゾンなど、野生動物を日常食とする人たちにとっては、その獣臭はむしろ食肉の「香り」として受け取っている筈です。

この点で見るとその地域の方達が獣臭を臭いと感じる事が無いのは、むしろ同じ地域に生きる野生動物(野生というエネルギーも同時に)を必要としているからなのでしょう。

私の体験からですが、高次元の存在達とのコンタクトレベルを上げたいと願うのであれば、ビーガンをはじめとする菜食至上主義がその近道と言うことには少しの違和感があるのです。

ボルネオの奥地でプリミティブな暮らしをする狩猟採集民の人たちは野生動物を口にしながらも明らかに「植物や動物たちとの会話」が出来ます。
では都会の中で菜食主義に徹し、ヘミシングミュージックを聴きながらお香を焚き瞑想をしていたら、彼ら同様植物や動物たちとお話ができるようになるのでしょうか?

これも私の体験からですが、食材に対して慎重になる事は健康面ではとても有用でしょうが、感知機能やコンタクト能力にはそれ程の違いを見せる事は無いように感じています。

むしろあまりにも過度な食材への偏重は自分自身の中に、反対する食材への「否定意識」が生まれてしまいます。
しかも、自分自身は肉食をしたいと思うのに、それを無理やり自制し、知識と教育だけの判断で菜食に走ると、そこには自分では気がつかないうちに蓄積して行く「ストレス」が生まれてしまうこともあります。

このストレスは、気が付かないうちに精神的に強いイラつきをもたらしてしまうこともあります。

更には、それが高じて他者への過度な攻撃的否定意識が生まれてしまっては、それはもう「ネガティブ意識(エネルギー)」を自分の中に生み出していることになり、肉食か菜食かの議論以前のお話になってしまいます。

それよりも、それぞれの食材がどう言う状態や環境下で、生産者の方がどんな思いで育てているのかと言う事に意識を向けた方が、よりその食材が持つエネルギーベクトルを知る事にも繋がりますね。

肉食も菜食もどちらも否定されるべきものではなく
「もうお肉は要らない、食べたくない、こっち(お野菜や果物)の方が美味しくなった」
そう自分の体が伝えてきた時、その声に従うことが何より自然で、ストレスもなくナイスな判断と思います。

畜産動物たちの意識に関しては、また別にお話しする機会もあると思いますので今回は省きますが、肉食自体を天は決して否定してはいません。

それは何度となく高次元の方達のメッセージとして受け取り理解しています。
そして彼らはいつも「土」を大切に「土」と共に生きる事を勧めてくれます。
野菜もお肉も魚も「本来生きる場所で育つ食材をぜひ口にしましょう」そう教えてくれます。

ちなみに私たちが向かう高次元(すぐ先の5次元程度でも)では、食事からカロリーを取らなければならない肉体から、直接プラーナエネルギーを摂取できるように徐々に変化して行くでしょう。
そうなった時、私たちは「食」そのものからの卒業を迎える事になります。

食材に関してどれほどの解釈があろうとも、今回のお話は3次元だけでのお話という事になりますね。

都会に住む人にとっては土に親しむ機会は少ないでしょう、でも「土」を想う事は出来ます。
土臭いと言うことの意味を今一度確認して行きたいと思います。


ではでは!










by farmemory | 2018-04-29 00:24 | ・新次元への道 | Comments(0)

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前回からの続き。

今まで長い間FBに手を伸ばしませんでした。
それを今になって新しいアカウントを取ったのは、先日アメリカの公聴会で吊るし上げられたFBの個人情報の漏洩騒ぎがきっかけでした。

この出来事を受けて、長い間敬遠してきたこのSNSに手を伸ばしてみようと思ったのです。
SNSの代表格のFBが主流から降り、そしてマイノリティへ・・

まぁ、そこまで行くとも思えませんが人気がなくなって行くかも、に期待して新しくアカウントを取ってみようかと。
へそ曲がりですね。

また世界的時流もSNS自体の後退がささやかれ始めているようです。
でもそれ以上になんとなく、根拠もなくですが「変化と進化」を感じたからです。

ならば外から見ていてもわからないので、本当に変化に反応してるかを中から見てみよう、そう思ってでもあります。
そのうち急に飽きて、やめちゃうかもしれませんけどね・・それも進化?(笑)


さて色のお話に戻ります。

カラー(色)は周波数を持ちます。
既にずっと以前から言われていたことですが、色の持つ周波数は人体(特に精神面)にかなり顕著な影響を与えることは分かっているようです。

人を興奮させたり、食欲を刺激したり、精神を安定させたり、楽しくさせたり・・・
色の力は思いの外強く人に影響を与えます。

これは色の周波数、つまりエネルギーでもあるのでしょう。

画家が描いた絵画は、色を組み合わせ平面に作品を描き上げて行きます。

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色という面では、その色の組み合わせが持つエネルギーや周波数が物理的に見る人になんらかの影響を与えます。

でも色だけではなくその作家の「想い・願い・希望・作為」が絵の具とともに込められて行きます。
これは作家のエネルギーがその絵に封じ込められて行く事でもあります。

部屋に絵を飾る。
高価な絵とか有名な作家の絵だからと言うチョイスではなく、自分がとても気に入ってるからから飾ると言うとき、その作者と色味のエネルギーや周波数に同期したから、そこに飾りたくなるんですね。

以前意識の目で見た近未来のビジョンの中に「カラー医療」「音楽療法」と言えるような光景をはっきり覚えています。


その時見えた光景はこんな感じでした。

患者が通された診療室と思われる部屋には医療器具など一切何もない真っ白な部屋。

部屋の中央には診察室とは思えないゆったり腰掛けられるソファがあり、患者はそこに座るよう促されます。
医師はその傍らのスツールに腰掛け、患者との問診が始まります。

十分に時間をかけた問診を終え、医師は患者一人を残し部屋を出ます。
患者は優しく身を包むソファにリラックスして横たわっているだけで、何も医療的な措置は始まりません。

やがて部屋の壁の色が徐々に変わって行きます(その時のカラーは黄色みのある薄いベージュ)その後にどこからか穏やかな音楽が流れてきます。
音楽の途中で、瞬間的に違う周波数の短音が所々に入りますが、全体的には、まるで音楽鑑賞をしている様に見えます。

最初うあ静かにその音響に耳を傾けていた患者ですが、やがて患者は深い瞑想状態に入って行き、数時間ほどそのまま横たわり続けます。
ただ、瞑想状態であっても決して催眠状態に入るわけではなく、患者は意識はしっかりしています。

これだけでした。

それがこの患者への医療行為(施術・オペレーション)の全てだったのです。
その時の患者の疾患は内臓系のようでした。

音楽が持つ音の周波数、そして壁紙の色が持つ周波数。

この二つが患者への医療行為と言うなんとも面白い光景でした。
ようやく現実世界でも音楽療法はオカルトレベルから医療としての効果を認識され始めていますね。

色を扱うクリエーターとしては、カラー医療にとても興味を持っているところです。

ちなみに私が好きな色は少しだけ彩度の低いブルーグリーン「ターコイズ」が好きです。
皆さんは何色がお好きでしょうか?










by farmemory | 2018-04-19 00:03 | ・新次元への道 | Comments(1)

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記事の最後に<追記>があります。

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愛することの意味はどこにあるのだろう
愛されることの喜びは何かを生み出すのかな
愛の苦しみは何を教えてくれるのだろう

庭の小枝に留まる小鳥のさえずりも
足元になつく子犬の毛並みも
ジョウロの水に輝きを増すベランダの緑たちも

あなた達はなぜ愛されるより前に人に愛を与えようとするのですか


人は愛ばかりをねだり
仕舞い込み
なぜ振舞おうとしないのだろう

そんな呟きに彼らは答えます

「愛を溜め込むことなんかできないよ、そんなこと意味ないんだ」

「自分たちが宇宙の愛を受け取る受信機と製造機って気がついてね」

・・・・・・・・・・・・・・・・

愛しい人と過ごす時間には、愛のエネルギーが生まれます

最初に男性が宇宙に流れる愛のエネルギーを受け取って
次に女性が男性からそのエネルギーを受け取ります
最後に地球が愛を語る恋人たちから温もりのエネルギーを受け取ります

愛することに歩を進め
愛されることを恐れるのはもうお終い

そのエネルギーこそが次元を変える大きなエンジンを動かします

彼らは最後にこう付け加えてくれました

「あなたたちがこれから先もっともっと次元変化をしてゆけば行くほど、触れ合うことで知る愛から卒業して行くことになるよ」
「だから、残されたこの3次元での愛をしっかり魂に刻んでおいてね」

「愛し合うことが人類に与えられた仕事の一つなんだよ。あなた達こそが愛の創造主なんだ」










by farmemory | 2018-04-16 00:53 | ・新次元への道 | Comments(1)

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この画像はクライアントさんがお送りくださったものです。
地場から上がるエネルギーに反応して浮き上がる雲の流れと、シップたち。綺麗ですね。


   ・

今までに何度かのワークショップを企画してきましたが、その時々で参加される皆さんが、決して偶然ではなくお互い魂同士の呼びかけで集まって来られることを何度となく見てきました。

見てきたと言っても、それは証明できるものはないのですが、感覚的にそれを受け取ったということです。
また参加された方の中にもビジョンとして過去生や宇宙空間、未来かもしれない別次元を感じられる方も少なくありません。

また、普段はそうした感性や能力などなくて、何も感じられないけど、その日は不思議な感覚を覚えたと言われる方もいました。

「うまく説明できないけど、ものすごく不思議な感覚」
「何か別の時空間のようなところに迷い込んだ感じがする」
「昔なのか夢なのか、今回と同じシーンを経験した(デジャブ?)気がする」
「初めてお会いしたはずなのに、参加された何人かの方を私は知っている気がする」
そんなことをお話しいただけることも決して少なくはありません。

表層的(現実面)に見ればワークショップにお越しななる皆さんは、その日偶然にその場に集まった事になります。

しかし魂レベルでは、全ての参加者の方は参加を希望された時点でワークショップで誰に出会い、なんのために参加し、どんな約束をしてきたのかをすでに知っているのです。

もちろんそれは表層の自分ではなく、深層の自分であるハイヤーセルフが理解していることです。

そしてそのワークショップではその時々に集まる方同士大きな一体感を感じる事が必ずと言っていいほどにあります。
でもこの一体感ですが、決してコミュニティ意識とか、仲間意識のような3次元的排他意識はありません。

仮に何度となく顔をあわせる方同士であっても、その日その時は一期一会で、そこに生まれる一体感は、その時だけのものなのです。
ですので、仮に別の日に同じ場所、同じメンバーで同じ内容のお話をすると決めて集まったとしても、前回とは全く別の時空間となるという事です。

これは一人一人が持ち寄るエネルギーに個人差があり、なおかつ日々全てが変化を続けていますので、集まった人が同じ人であっても、みなさん個別に変化を続けていますので、極端に言えば「同じ人であっても別の人」なのです。

ある時のワークショップでは、この集まりを告知前から既に「知っていた」と感じる方が複数おられたことがありました。
告知をする前に既にその会があることをどこかで感じていて、告知を見逃すことなく参加されたと言います。

しかもその会で、その複数の方がお互い遠い過去生で姉妹同士であったことが判明した事がありました。
この時私もその人たちが深い過去世の縁があり、親族同士であることを感じ取っていましたが、その事をお話しする前に、ご自分から「この方とこの方と姉妹でした」と口にされたのです。

この方達は普段の生活の中でそうした感覚が起こる事は無かったのに、その時初めて「感じる」という経験をされたというのです。

実はこれには理由があります。
ワークショップに集まる方は次元変化の今、自分自身の意識変化や変容、進化を希望されています。

・なんのためにこの地球にやってきて、なぜ人類として転生してきたのか。
・なぜ自分は人前に出ることを恐れたり、自分を表現することが苦手なのか。
・変容や進化を促したい。
・今自分が抱えている問題は、何を意味しているのか
・様々な体験は、自分に何を伝えようとしているのか

そんな意識が集まる場ですので、嫌でもその場所の周波数は高いものとなって行きます。
そうした時、その場の高次元エネルギーが呼び水となって、普段眠っている感覚が表面に出てくるからなのでしょう(目覚めるのかもしれません)

またある会では、参加された方数名が、その会と全く同じメンバーがかつて同じ様なシーンで集まっていたこと、おぼろげながらビジョンで見えた時もありました。

この出来事は別のワークショップでも何度かあり、その都度姿形、時代、時空間が様々であっても、やはり同じメンバーだというのです。
もちろん私もそのビジョンは見ていますので、すぐに答え合わせができます。

・アトランティスと思われる時代、同じメンバーで、しかも同じ席順で、今と同じ内容の議題を話し合っているシーン。
・やはり同じような席順で、今度は宇宙船の一室と思われる場所、窓のようなところから青い地球が見える宇宙空間で、やはり同じメンバーが集っているシーン。
・リアルタイムでその場のメンバーと同じ人々が、別空間で、全く同じように席についている光景。

最後の同時間に自分達と同じ存在が(姿は違っていますが)別空間に存在しているシーンですが、これはあるワークショップで私自身がビジョンとしてみた光景です。
この謎はすぐに解けました。

自分たちのハイヤーセルフが、その場と同じ別次元空間で集っていたのです。
これには笑ってしまいました。

しかも参加者の方々にこのお話をしましたら
「自分は普段何かを見たり感じたり全くしないけれど、そのシーンがいきなり頭に浮かんで、しかもすごいリアリティを感じ驚いた」
と言う方もいました。

そしてワークショップに参加された方が、来た時とは違った晴れやかな顔になって(別人?と感じるほど変化された方もたくさんいます)お帰りになるのを見るのが嬉しいのです。

   ・

このように、私たちの日々の行動は、どんな些細なことであっても、そこには必ず何らかの意味があり、時にはとても深いメッセージが含まれている事もあります。

ワークショップは日常に比べれば確かに特別な空間かもしれません。
でも日々の中で接する人との時間や出来事の中にもたくさんのメッセージが含まれているはず。

意識を集中しすぎては逆効果になってしまいますが、日々の中にある様々なメッセージを感じ取れるよう「ゆる~く」目指してみてください。
そのために、どんな小さな出来事であっても、そこに耳を傾けることから始めるといいと思います。

「なんか落ち込んでいる時、空に虹が見えたの。あの虹はきっと私に見えないメッセージを送ってくれたのだね!」

ってね。










by farmemory | 2018-04-03 00:07 | ・新次元への道 | Comments(1)

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今まで人類が誇りにしてきた「民主主義」は、いずれ近い将来その役割を静かに終えて行く古い概念なのだろうなと感じています。

多くのメディアは真実を伝えるジャーナリストであることを自ら返上し、資本主義というビジネスのみに生きることを決めています。
多くの国家も国民の声を聞くこともなく法治国家であることさえ忘れ、国民主権も手放したように見えます。

こうした一連の流れは、今までの世界の視点でみれば民主主義の終焉とか、自由世界の崩壊と写ってしまうかもしれません。

欧米のメディアなどは、日本のいま現在の政治的ドタバタから、日本人が不可解で奇妙な人々であるとみているといいます。
「日本の民主主義はどうなっているのか?」
だそうです。

でも、その民主主義自体、優れた社会構造と思われて来たかもしれませんが、今それ自体の矛盾が表面化して来ているように思うのです。
特に若い世代を中心とした政治に対する無関心も、穿ってみるとその表れなのかもしれません。

これから向かう高次元では政治やリーダーが世界を変えるという世界ではなくなって行きます。
社会を変え、世界を変えるのは投票の一票でも、優れたリーダーでもなく「個々人の意識変化」こそが、自分を取り巻く社会も世界も全てを変化させて行く事なのです。

また今の民主主義は、少数の声、弱い者の声、もっと言えば天の摂理による真実の声を切り捨て、多数意見のみを選択するという偏った社会構成です。
そしてその多数意見に、もしなんらかの作為的意識誘導が仕掛けらているとしたら・・・?

マスメディアや社会教育を利用した意識誘導に成功し、自分で考え自分で答えをだす事なく、多数意見を「正解」とした段階で社会正義に裏打ちされるべき民主主義は無に等しいものになってしまいます。
人類は常に敵を探し、間違いを断罪し、正義を口にし自分という存在の立ち位置を探し続けてきました。

さらに言えば社会正義を大上段に掲げたとしても、その社会正義自体、国家のイデオロギーや宗教的ドグマ、社会構造や民族意識によって様々に変わって来てしまうのであれば、もはや正義とは呼べなくなってしまいます。

自国のエゴイズムによって成り立つ正義は詭弁に過ぎないと言うことです。

でも今回のお話は社会風刺や社会批判では全然ありません。

私たちが生きているこの世界は、すべて自分の想念が作り上げた世界です。
ということは、この社会や世界を批判したり憂いたりすることは、すなわちそれを作り出し、自分がその社会に生まれ何を体験するか決めたスケジュールを否定してしまうことになるのです。

確かに「困った社会、おかしな世界、眉をしかめたくなる日々」かもしれません。

しかしそれらすべてが、自分自身が体験したいと願って展開されてきた世界でもあるのなら、その中で様々な「おかしい事、不可解な事」を知るための体験でもあるのです。

「誰の言葉が正しいの?誰が味方なの?誰を信じればいいの?」
社会はその答えを探し続けていますが、有史以来人類は天の摂理を理解し受け入れようとはせず、そこに背を向けた所から答えを探そうとしてきました。

それでも、その生き方さえも私たちが望んだ生き方であることに違いはありません。
3次元と天の摂理とは二律背反する世界であり、その混乱と不条理に生きることで、矛盾や混沌、怒りや不安、悪意や欺瞞、我欲や執着を体験してきたのです。

そして自分の中で、今まで多数の声として(常識的に)伝えられてきた様々な事に対する疑問が湧いてきた時、その疑問にぶち当たった時、その時自分はどう行動し、どう理解して行くかが問われているという事なのです。

むしろ「なんかおかしい」と思う意識から社会批判や攻撃的革命意識が生まれてしまう事自体、意識誘導なのかもしれません。
本来天の摂理には「おかしいと感じる事」から「怒りや不安、暴力的(言論も含む)行動」に繋がって行く必然性は無い事なのです。

「不可解で不快だ」とストレートに感じた時、自分はそれをどう理解し、どう行動して行くのか?

それこそが私たちがここに生まれてきた意味の一つ。
人々の意識によって成り立って行く「社会」を目撃するという体験学習の一つなのでしょうね。

目撃し、それを理解する事が一つ
そして、その時自分にどんな感情が生まれ、なぜその感情が生まれたのかを「知る」という事がもう一つ。

それが完了した段階で、もはや社会から投げかけられる様々な問いかけは、乱暴な言い方ですが「用無し」になるのです。

次の次元では「国民や民族は一つになって」と言う排他意識は似つかわしくありません。
全ては受け入れられ、その存在を否定されない世界です。

でも自分にとって受け入れがたい意識に出会ったとしても、嫌ったり批判したりする事なく静かにその場を離れて行く。
その対応がとても重要になってくるでしょう。

自分が生き易い様に周りを強制的に変えて行くのではなく、まして自分に我慢を強いて無理やり自分を矯正する必要もありません。

さらには自分が肯定だけされる生温いコミュニティに逃げ込むことは、それ以上に古い生き方になるでしょう。

群れる事で個である寂しさを埋めるのではなく、個として答えを出せないから多数意見に浸り安心するのではなく、どこを探しても正解はなく、全て自分の中の答えに従い、個として全てを自己責任で決めて行く。
その「覚悟」を求められるのが次の次元なのでしょうね。

「集う」とはお互いを褒め合い肯定し合う場所ではなく、個々の人同士が答え合わせをしたり違いを知る場所だと言う事です。

    ・

なんか難しいお話になってしまいましたが
「興味ないし面倒臭いし、嫌な感じがするから私帰るね、バイバイ」
って事なのです。










by farmemory | 2018-03-29 01:17 | ・新次元への道 | Comments(0)

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2/24・後半に<追記>があります。

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前回の関連記事です。

次の次元に行く時には「この肉体を着て行く」
と言う所にだけに拘るのではなく「全ての記憶を持ったまま行く事」
と言うことがポイントだと言うことをお話ししましたが、あることを思い出しました。

以前にもお話ししたことがあるかもしれませんが、昨年一人暮らしをしていた私の従兄弟が連絡が取れないまま、一人病院で亡くなってしまったことがありました。

若くして内臓を痛めていた彼ですが、透析をしていた間に意識不明となって別の病院に搬送されすぐに死亡してしまったとのこと。

しかし病院の説明では透析中の病院からの救急搬送の為、本人確認が出来なくて(ほんとか?)
こちらで彼の所在捜索を始めてようやく彼の死を知ることができたのです。

しかも死亡してすぐに身元不明で火葬にしちゃったんですって!
なので彼が戻ってきた時にはお骨だけでした。

こんなことあるのでしょうかね?
病院側への不信感もあったのですがその後の事は今回の記事とは少し離れますので(全く別の話ということはないのですけど)割愛します。

彼の所在がつかめない時に(行方不明の間)彼に意識を飛ばして、どうしているかを聞いてみたのです。

「今どうしている?生きてるか?」
と聞いてみたら
「自分は生きている」
と何度も返信してくるのです。

しかし実際には、そうしたやり取りをしていた時にはすでに彼は病院で死亡していたのです。

でも、彼からの返信のクリアさはまるで目の前にいるようでした。
「生きているよ、死んではないよ」

彼の死の後、そう答えて来た事を「どういうことだろう」と首を傾げたのですが
不意に
「そうか、彼は意識をリセットする事なく(全ての記憶を持ったまま)次の次元に行ったんだ」

つまり彼は肉体の死はあったものの、魂の記憶は全てそのままに新しい肉体に入って存在している。

何より彼の意識から無念さなど微塵も感じなかったのです。
しかも、この謎の不審死も今となってみれば今回記事にしている事となんとなくリンクしているように感じてならないのです。

別次元に「生まれ変わった(転生した)」のではなく先に高次元に行って新しい肉体を手に入れ「従兄弟としての彼」のまま、後から向かう私たちを待っている。
そう理解したんです。
根拠などありませんが強い確信がありました。

後日そのことを彼に意識を飛ばし確認してみたところ、満面の笑みを送って寄こしました。
もちろんそれが答えだということは疑う余地はありません。

これから先、高次に向かう人の中には肉体を一旦脱いで新しい肉体に入る(転生ではありません)グループと、この肉体のまま(着たまま)高次に向かうグループとに分かれるのかもしれないのです。

もしかしたら、今注目されている海洋生物たちの大量死や、突然死の方達の中にも一定数いるのではないかと思ったのです。

今まで、次元が移行し始めているので、古い次元で役割を担ってきたある種の生物たちが、自分たちのミッションを終え故郷の星に帰還する時を迎えたために起こっていると解釈していました。

もちろんそれは今でも疑いなくいるのですが、それに加え意識をそのままに新しい肉体を獲得するために、早くに肉体を脱ぐグループがいることを理解したのです。

もちろん今の肉体を持ったまま次の次元に向かう人もいるでしょう。

でも、もしかしたら「今の体のままがいい」と願い過ぎて、くたびれた肉体(歳食った体)で高次元に行った時、軽々しい若さの肉体に入って私たちを待っている、肉体が自分たちより若い父や母に出会って腰を抜かしたりして・・・

ただ、これも勘ですが、先に行った人たちは、生まれたての赤ちゃんではなく、しっかりとした意識を持った大人として存在しているだろうなとも思うのです。

でも後から行く者もそこではきっと肉体をチェンジも出来ると思います(できると思いますが、ちょっと大変かも)
なんて思ったら、もうこの肉体で行こうが行くまいがどうでも良くなって来ちゃいました。

それより、この肉体でなければ味わえない残りの時間(死ぬまでの時間じゃ決してありませんよ)を精一杯、この肉体で体験してやろうと、そう思ったのでございます。

「どっちでもいいや、だって必ずそこに行くのだもんね」という確信さえあればどのようなアクシデントがあろうとて怖いもの無し。

今始まりつつある「地球変容」のステージでは、今まで以上に全てを自分の人生のスケジュールと、ハイヤーセルフに一任で行こうと、そう思っておる次第です。


<追記>

肉体を持ったまま高次元に向かうことはなぜ「大変?」
と言うご質問をいただきましたので、追記します。

肉体を持ったまま高次元に行くと言う事は、どこかの時点で肉体自体も高次元の肉体に、生きながらに変化しなければなりません。

一旦肉体を脱いで(死や行方不明など、肉体を放棄して)高次で新しい肉体に入る場合は苦痛を伴いません。

しかし3次元からその上(5次元以上)に肉体を進める時には、高山を目指す登山家に似た肉体的な苦痛を伴う可能性があると感じています。

高山病の様なものだと思えば分かるでしょうか?
または深い水に入ったダイバーがいきなり浮上すると潜水病になる。

そんな解釈でいいかともいます。
肉体的な苦痛と精神的な混乱も、かなりの確率で起こると思いますが、危険ということではなく「かなりヘビーな苦しさ」と言うことです。














by farmemory | 2018-02-24 00:53 | ・新次元への道 | Comments(5)

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先日リーディングに来て頂いたクライアントさんからこんなメールを頂きました。
それに答えた内容と共に(加筆して)記事にして見ました。


Q.
最近よく行く吉祥寺の街にあるお店が例年にも増して閉店(移転)の数が多い感じです。
自分の住んでいる街も数は吉祥寺よりは少ないですが、閉店してしまったお店がいくつかあります。
これも古いものから新しいものに変化している•••といいますか、みんなの意識が今年から(新しい次元にシフトするため)大きな変化を起こしているような感じでしょうか?)


A.
こんばんはフォロン高橋です。
お便りの件、私は少し別の見方もあると思っています。

確かに次元の変化は続いていますし、これからもさらに加速して行くと思います。
その点では、お店の閉店も確かにそういう見方もできます。
古いものと新しいものとの入れ替わりという点では、自分の中でも、自分を取り巻く様々な環境でも、その入れ替えが起こってきますね。

例えば今までのお付き合いのあった人との距離が開いて、離れて行ったり、仕事などの生活環境が変わったりとか。
今回のように自分がよく行く店が閉店したり・・

次元移行の観点から見れば、自分がお気に入りのお店が閉店することも、確かに「入れ替え」の一つかもしれません。

ここ、とても重要なので補足しますね。
自分にとって興味もなく、意識も向ける事の無いお店の閉店は、単なる”景色や日常”と受け取っていいと思います。
「自分の世界、自分の宇宙」で起こっている次元移行とは関連が無いと言うことです。

でも「自分がお気に入りのお店が閉店」ということで見たら、きっと次元のシフトと取って良いのだと思います。

でも、もう一つ知っておいていただきたいのは、これからしばらくの間世界中の経済が、かなり停滞してゆくだろうと思います。

その流れの中でも、おそらくお店の閉店や廃業が加速して行くと思います。
東京のど真ん中で今まで活気のあった商店街でもシャッター商店が増えてくると思います。

そのあたり、しばらくは忍耐の日々が待っていると思いますが、しっかりやり過してゆきましょうね。

<ここまでがお便りへのお返事です・以下は今回の加筆記事です>

   ・

次元変化を促す形には、静かにバトンを渡し合う変化ももちろんあるでしょう。

でも今まであまりに現行社会(3次元)に寄り添いすぎた人類ですので、変化までの時間が残されていない今、やや強制的な変化を促してくる可能性があると思うのです。

人々の命を直接的に脅かす「戦争」も、人の心に大きな動揺と、恐れを引き起こしますので、そういう面では大きなインパクトはあります。
でもこの次元移行期の社会的変化促進は、争いや戦い自体、もう有り得ない次元になってきています。

前回の311の時に、目を覚ました人もいたと思いますが、目に見える変化が感じられない日々の中で、また眠りにつき始めてしまった魂もいると思います。

そうした魂の人を強制的に、しかもインパクトを持って目を覚まさせる手立ては何?
それこそ経済的な変化が効果的なのだろうと思うのです。

ただしこれは経済のクラッシャーとか、金融崩壊と言ったきな臭い事と捉えない方がいいと思います。

この世界を変える(眠っていた人を揺り動かすような)インパクトある経済アクシデントがあったとしても、それは緩やかな資本主義経済の「終焉」に向かう変化です。
まるで真綿で首を締め付けてくるような緩慢さを感じるかもしれません。

今まで資本主義経済を信望、もしくはスタンダードとしてきた人にとっては、既存の経済社会の入れ替えには精神的なダメージが伴うかもしれません。

でも新しい次元がどう言う意識レベルのところかを理解し始めた人にとっては、万が一厳しい日々を体験する事があっても、そこに精神的な恐れを抱くことは少ないのではないかと思います。

意識レベル(天の摂理や次元移行の理解)によって、これから私たちが体験するシナリオから受ける精神的な動揺は、その人の理解力によって大きく違ってくると思います。

今回の仮装通貨のドタバタも同じようなことが言えます。
仮想通貨に参加(仮装通貨を買っている)している人でも、このドタバタも今後何度か姿を変えて行く新通貨の胎動であると理解し達観して面白がっていられるか、その渦中に巻き込まれ(振り回され)意識を不安や怒りの方に向かわされてしまっているか、そういう事だと思うのです。

今日本の経済が、どうなっているかをそろそろ多くの人が肌で感じ始めているのではないでしょうか。
その経済沈降は現行の政権の失策によって、日本が経済低下を招いているという見方もあるかもしれません。

しかし次元変化の中で起こってくる経済沈降は、仮にどのようなグループが政権を握ったとしても、その時はまた別の方法で資本主義を終われせて行くだろうと思うのです。

つまり「全てはシナリオ通り」なのでしょう。
地球と天が決定した次元移行のスケジュールの中で「何をどうもがこうと、新しい次元に向かう大きなうねりは止められない」
と言う事なのですね。

おそらくこれからもお店の閉店や、廃業が経済沈降の名の下に続いて行くと思います。
東京のど真ん中でさえ、今まで活気のあった商店街でもシャッターが固く閉ざされる光景を目にして行く事が増えてくると思います。

沈みがちになるような日々をしばらくの間くぐり抜けなければならないかもしれません。
でも、その日々こそが新しい未来に向かっている証のようなもの。

そこの判断に「支配者階層」とか「パワーグループ」とか「いるみなちい(笑)」だとか
そうした都市伝説的な言葉に振り回されず、静かにこれからの日常に目を向けて行くことが大切だと思います。

どのくらいの期間になるかはわかりませんが、3次元意識から次の次元意識への受け入れが遅れている魂にとっては、少し厳しい(意識面での)試練を突きつけられることになるかもしれません。

そのあたり、しばらくは忍耐の日々が待っていると思いますが、しっかりやり過して行きましょう。












by farmemory | 2018-02-15 00:31 | ・新次元への道 | Comments(0)

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先日山形のお魚屋さんにお願いしていた大きな寒鱈(4kgくらいありました)が送られてきましたので、鮮度の良い内にと夕飯に「どんがら汁」を作りました。
タラの内臓やアラを使った味噌仕立ての暖か汁物です。

今回の鱈はメスでしたので、大きな真子が入っていました。(文字通り本当のタラコ、普段スーパーでタラコとして売っているのはスケソウダラの卵ですね)

脂の乗った肝と真子、そしてアラ。
も~~美味しいたらありません。

ちなみにこの郷土料理、青森では「じゃっぱ汁」として有名で、北海道ではこれにジャガイモを入れた鱈の三平汁になります。
とにかく鱈は捨てる所のない、日本人にはなくてはならないお魚ですね。

しかも鱈は日本だけではなく、古代から世界中で食されていた貴重な水産物で、ヨーロッパではニシン、サバと並んで経済と密接に結びついています。
古い時代にはこれらの海産物を制するものが世界(ヨーロッパ)を制すると言われていた時代があったそうですね。

経済はどうでもいいのですが「食」というものは、人間が生きてゆく上で最重要なものですね。

でもこれから先(と言ってもかなり先でしょうが)いずれ人類は食料を必要としなくなる生体構造に変化してくると思います。

今はエネルギー(カロリー)を食物からとっていますが、いずれ宇宙に遍在している「プラーナエネルギー」を効率よく、直接生体内に取り入れることができる様になると思います。

そうなれば「それじゃ食って行かれない」と言う拘束から私たちは解放されることになりますね。
食べなくていいなら、仕事しなくていいって、そうなれば楽しいですね。

でもそればかり夢見て今を疎かにしては先の次元に進めなくなってしまいますからね。
夢(いずれ来る現実)は楽しみに取っておきましょう。
※いつきますか?と言う問い合わせはスルーしまっす・・

ちなみに鱈を干した「干し鱈」はヨーロッパにもあって(バカラオと言うそうです)日本と同じ様に大量の塩を使った保存食です。
古い時代(大航海時代)は船乗りの保存食として、金の代わりに貨幣として使えた程の重要な食材だったと言われています。

やっぱり「経済」が絡んで来るんですよね。

食の安全保障とかって、穿って見たら、それも貨幣と同じで人類を管理し拘束できる「代物」なんですね~
仮想通貨ができるなら、仮想食材もできませんかね?

さて、たくさん作った鱈汁、明日もいただきまっす~
(鱈汁は翌日が美味しい、って言われますね)

実はこのプラーナエネルギー、まだ全てのエネルギーをプラーナから取るまでには次元数が上がっていませんが、少しは受け取ることが出来る段階になって来ています。

特に難しい方法ではなく、空間に偏在するプラーナエネルギーを生体内に取り入れるセッションがあります。
それを行うと、現時点でも食物から取るエネルギー+プラーナエネルギーをサプリメント的(補助的)に吸収することは可能です。

いずれそうしたセッションを行なおうと思っています。
ではでは。












by farmemory | 2018-01-29 00:53 | ・新次元への道 | Comments(1)

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前回からの続きです。

私たち人類の内面には「常に変化を求める自分と、伝統や継承から離れず保守的であろうとする自分」がいつもせめぎ合っています。

もし新しい世界(3次元を超えたさらなる高次元)を望むのであれば、それは私たちが今まで、全く知らなかった想像もできない世界や概念を受け入れて行くと言うことでもあるのです。
今はまだ始まりに過ぎない様々な変化は、さらなる大きな変化に続いて行くはずで、その流れはもう止めることは出来ないでしょう。

これから増えてくる「今まで知らなかった様々な出来事」
(身近な生活環境や社会、自然環境、政治や経済、国際情勢、歴史、物理学を初めとた未知なる発見や概念などなど・・)
それらに触れることも多くなるでしょうが、文字通り高次元の未知なるものに繋がってゆく布石なわけで、今までのセオリーや科学常識では判断できないことが多発してくるでしょう。

未知に対する人類が持つ「不安感と恐怖心」は、それはもう大きなものです。
「まずは警戒しろ、臆病でいろ」が今までの危険回避のテクニックでした。
ですから人の意識にある「保守的であろうとする自分」が常に優位に立ってしまうのでしょう。

でもそれもやむなしの所もあります。
いくつもの過去世で私たちは臆病でいることで、なんとか凌いできた危険がたくさんありましたから、その思いぐせは大きくて当然かもしれないのです。

さて、人の感性と言うものは、若ければ若いほど高いものです。

・既存の社会から離れようとしている若い人たち。
・変化を受け入れず既存の社会の継続を希望する若い人たち。

どちらであろうと、逆に見れば「必ず変化は起こる(起こり始めている)、それは確実だ」ということを察知しているからの様な気がするのです。

また、保守的に留まろうとする若者でも変化を求める意識が眠っているわけではない筈。

現実社会での変化を求めない代わりに、その矛盾の解消のためアニメやコミックスのヒーローたちが自分に成り代わって大暴れしたり、血を騒がす攻撃的なシーンや否現実世界をゲームやアニメのバーチャル世界に投影し、保守意識の対極にある「変化を希望する自分」との整合生を取っているようにも感じるのです。

また現実を直視する(世界が変化しようとしている)ことを避け、あえて見ないようにし、思考を停止してSNSや単純なゲームに集中してしまう人もいるかもしれません。

もしかしたらハリウッドのドンパチ映画も、人の心に生まれる「変化の芽生え」意識を上手にガス抜きして「見ればスッキリする」映画として作っているのではないだろうか?
そんなことを思ったりします。

今までそうした映画は、人々に革命意識を持たせたり正義感を高揚させ、為政者側が自分たちに怒りの矛先を向けさせまいとしてガス抜き映画を作って来たのでは、と言われる事もありました。

でも、もしかしたら暴力的な革命の芽を摘むためじゃなくて「勇気がいるけど変化して行こう!」という前向きな意識を芽生えさせないための作為が埋め込まれていたのかもしれません。

日々の生活の中で、進化して行こうとしている自分がいて、でも変化することに今一つ踏み込めなくて躊躇もある。

そんな中でのモヤモヤが、映画の中で主人公が自分に変わってスッキリする行為を代行してくれ
「あ~楽しかった」「また明日から仕事頑張ろう」
と自分を慰めモヤモヤ(ストレス)を解消しているのかな、なんて思ったりします。

でも、もう一つの本質である
「変化しようと疼いている自分」
が満たされた訳ではないので、定期的にまたモヤモヤが溜まってくる。
そうするとそんな時期を見計らって、またスッキリ映画が配給されたり、自分から見に行ったりするのかもしれません。

なにかこれ、自分自身が変化するためにやってくる試練から逃げ回っていて、でもまた巡り巡ってその問いかけに対峙しなければならないという人間の進化変容チャンスの仕組みと似ている様な気もするんです。

ハリウッド映画は人々の中に、平和裏に個々人が自分進化をして行こうとする事への横槍なんじゃなかろうかと、そう感じたりもするのです。

でも長い間自分の殻に閉じこもっていた人が、進化する、変容して行くってとても勇気のいる事かもしれないです。
その意味では自分自身との「生半可ではない厳しい戦い」なのかもしれません。

大手の映画制作会社は「誰か」からの委託を受け、なんらかの作為を持って作っているかもしれません。

でもそれ以上に重要なのは「変化への覚悟、ありますか?」だと思うのです。。
それが結果として、人類の総意(変化したくても踏み込めない自分、変化が怖いから)でそうした映画を台頭させて来たのかも・・・
そう考えると色々つじつまが合って来ますね。

新しい次元というと、何か夢世界の様に思うかもしれませんが(そういう部分も勿論あります!)その世界に到達する前に、今までの既存の日常にある社会や世界から先に大きな変化を進めて行くと言うスケジュールなのでしょう。

それでも目に見える現実的・物理的な変化さえ、人々の意識進化や変容に委ねられていますので、変化に対する不安の心が人々の中から薄くなり
「ちょっとドキドキするけど、その先に踏み込もう」
人類がその意識にどんどん成長して行けば、それに比例して次元移行の速度を上げて行くのでしょう。













by farmemory | 2018-01-19 00:16 | ・新次元への道 | Comments(0)