カテゴリ:・新次元への道( 67 )



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遠い遠い宇宙の果ての小さな惑星、そのさらに片隅の静かな街の物語です。

かつて地元の人々が営む活気のある小さな商店街が細々と、でも元気に営業していました。
そこでは地元の人に提供する、その土地で採れた農産物を安い値段で店頭に並べていました。

お店の儲けは決して大きなものではありません。でも子供達を安心して育て、自分たちの食い扶持を不足なくまかなえる静かな日々でした。
その商店街の売り上げは皆同じようなもので、大きな差などなく暮らしていました。

ところがある日、コンクリートで作った大きな大きなお店が立つ事になりました。

小さな商店の売り上げや儲けは全部自分たちだけの収入です。

でもそのコンクリートの大きなお店は、売り上げた儲けをお店の従業員だけで分けるのではなく、そのお店で働いてない人たちが全部持って行ってしまいます。

コンクリートのお店で働く人たちにはその儲けのほんの少しがお給料や時給として手渡されるだけ。
その何倍かのお金はどこに行ってしまうのでしょう?

かつて活気があった時の小さな街の小さな商店の人々の収入と、コンクリートのお店で働く人の収入はあまり変わりありません。

でもコンクリートのお店ができた事で小さな商店の売り上げはどんどん少なくなって、その小さなお店で買い物をする人のお金はコンクリートのお店のどこだか分からないところに持って行かれてしまいます。

でも今、コンクリートのお店で働く店員さんも、その事に気がつき始めた様ですね。

   ・

食の安全や健康のためである地産地消。
そのもう一つの大きな力が、お金の地元への還元と言う事。
そして取りも直さずそれこそが、食の安全と健康に直結します。

経済も生き物。
お金だって地域の人たちに大事にされると喜びますし、地域の中で還元され続けていればその地域から減ることはありません。

そうなれば「お金」は街だけで通用する商店街マネーを作ればいいですよね、これが「地域通貨」って言う物なのでしょう。
それが流通したら、その街だけの商店で成り立って、どこにもそのお金を持ち出せないわけですからね。

それに大手メディアでの広告のために使われる広告費は商品に上乗せされ、そこに流通のコストも上乗せされて商品の小売金額が決められて行きます。

でも、広告費なんか使わない地元の商店街。
裏の畑や隣の港から直接持ってくる食材には流通コストはかかりません。

海を汚す発泡スチロールのトレイなんか使わずに、朝採れた新鮮なお魚を昨日の新聞紙にくるんで渡してくれるから無駄な包装もありません。

結果として個人商店の小さな儲けを持って行ってしまう大きなお店。
そのお金ホントにどこに消えてしまっているのでしょう?

そして更に、そこで汗水流して働く店長さんや従業員さん達の重労働もまたお金となってどこかに運ばれて行きます。(個人商店では考えられないくらいの仕事量?)

   ・

次元変化は全ての地域や人々が皆「一緒に」上昇して行く訳ではありません。
早く進むエリアもあれば、ゆっくり歩む人もいます。

きっと新しい次元に最初に向かう場所は、小さな商店街が生き生きとしている、そんな場所かもしれません。

地方都市の平日の駅前。
誰一人歩いていない寂しさと時計の針が止まってしまったような街に、再び物売りの声と人々の活気が響いて来ると良いですね。

今、時流に乗って大資本を呼び込んだ事で思わぬ歪みが現れ始めている事を、遠い惑星の地方都市の人たちは皆気が付き始めているかもしれません。

都会でも、どこかの街を鳴り物入りで再開発をしても「ほんのいっときのお祭騒ぎ」で、オープン時に人は来ても直ぐに飽きられ、その後は無機質な巨大ビルが残るだけ。
そしてまたどこかで再開発が始まり、話題作りを続ける際限ないループ。

それでも大きなお店で働く皆さんは、寒さの中手を真っ赤にしながらも明日の日々を生きるために働いている事でしょう。

コンクリートのお店は次元の変化に取り残されても、その中で人を思い優しく生きる皆さんは、きっと早くに次元移行する事でしょうね。

それを十分に理解して、今自分が生きるその場所で地に足を付けて、何が真実かを忘れる事なく生きて行きたいですね。
きっとそれが近道のはず。

遠い遠い遥かに遠い、名も知らぬどこかの銀河の小さな星の小さな惑星の、そのまた小さな街の小さなお話でした。









by farmemory | 2019-03-14 00:01 | ・新次元への道 | Comments(0)



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思いつきでスキン(レイアウト)デザインを変えてみました。
また元に戻すかもしれませんが少し続けてみま〜す。


前回からの続き。
**モノの役割(1)**

また生活雑貨にしても、実際に役に立つ道具とデザイン優先で買い揃える道具との違いもありますね。

私は古いフランス雑貨が好きでアンティーク市などに出かけては、ブロカントやビンテージ物のキッチン雑貨やカトラリーを買ってきたりします。

ではそうした道具は「使うため」に揃えたの?
と言えば、もちろん使用する事もありますが必ずしも利用目的が第一ではなく、それこそ100円ショップで購入したキッチン雑貨で事足りるものばかりなのです。

ブランドだとかアンティークだとかと言う付加価値を上乗せさせられた商品が、人の生活にどれほど重要かを考えると首を傾げます。

ではなぜ人はデザインやフォルムにこだわって商品を選んでしまうのでしょう?
生活環境をオシャレにしたいと思う単純な答えでいいとは思うのですが、ではなぜ人は生活環境にこだわるのでしょう。

この辺りが3次元人類の複雑なところなのでしょうね。

同じスプーンであっても、ケータリングのお弁当に付いて来るスプーンでも、名のある銀食器であっても使用目的は全く変わらず、少しの使い勝手の違いだけで大きな差はありません。

でも、モノにも魂があるという見方をここに加味してみると、俄然その意味合いが変わってきます。

プラスチックのスプーンであれ銀食器であれ、石油が変化してスプーンになった時、銀の塊が職人の手でスプーンになった時。
どちらもその時点で「スプーン」と言う人格(魂)が生まれます。

そしてそのスプーンの人格は作り手、もしくは生産者の意図や思い入れがモノに宿って作られて行きます。

例えば石油製品のスプーン一つ取っても
●少しでも安く、多くの人に利用してもらい消費者の生活の小さな支えになってくれればいいと願い安価なスプーンを作る。
●今のデフレ状態の市場では高価なモノが売れない、だから販売 ”戦略” として(自社の利潤第一を目的に)安物のスプーンを作る。

この両者、結果として市場に送り出される商品は同じ、値段も同じ、見た目にもその違いはありません。
でもそのスプーンがどんな(作り手側の)思いで作られたかにより、全く違う魂が宿る事となります。

そしてモノの魂を感じる消費者は、その魂の周波数を感じ取って手にするのだろうと思うのです。
デザインの世界は、これはもう深い意識の世界です。

利益だけを追い求めていては、その完成度に限界がきてしまいます。

これは善悪や優劣の話をしているのではなく「ここに宿る魂がどんなものか」と言う、どちらかといえば観念論です。

ですので両者のスプーンの人格(魂)がどういうものであるかは、消費者の判断に委ねられます。

そして、そのスプーンは人々の様々な思惑を担い、自分の所に辿り着いてくれます。
モノの価値、というか存在意義というか、それががなんのために存在してなぜ自分の所にやって来るのか。

もしそのスプーンが利潤目的第一目的で作られたとしても、それを手にした時の持ち主の思いによりその魂のエネルギーを変換させる事も出来ます。

どんな意図で作られようとモノは一生懸命持ち主の思いを汲み取り自分の仕事を果たそうとします。

その時点で、作り手の意図とは関係なく、今度は持ち主の意図に共振して、新たな人格として生まれ変わる事さえあります。

犬は飼い主の側が自分の居場所と思います。
隣の何不自由なく豪華な生活をしている犬を羨むことはありません

ノミだらけの生活を送っていても飼い主に愛される事に違いを感じません。

モノも全く同じです。

自分のところに来てくれたモノを心を込めて受け入れて大切にすると、モノは自分の仕事を最大限に発揮してくれるのではないかなって、少しセンチメンタルですが思ったりします。

ものはモノでしかないのか。それともモノにも意思と感情、そして魂が宿っているのか。
ご自分に大切にしているモノに一度語りかけてみてはいかがでしょう。

ではではまた。










by farmemory | 2019-03-06 00:01 | ・新次元への道 | Comments(1)



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これから向かう高次元では「モノ」の役割もまた大きく変わってくるはずです。

今まで自分たちが生きるために様々な道具「モノ」を利用し、頼ってきました。

例えば農家の方が農機具を使うと言う部分では、今後も大きく変化する事はないでしょう。
物理的な活動は直ぐには無くなる訳ではありませんので、稲の刈り取りを鍬やコンバインが担当するという事は変わりません。

でも今後次元移行の過程で変化して行くと思われるのが「農薬」「化学肥料」と言うモノです。

稲は自然界で自生していたイネ科の植物で、その実を茹でて食べ始めたのが始まりです。
本来稲は品種改良で作られた様々な種類の元となる原種の「稲」が存在していてました。

原種の稲は文字通り自生していた野生種です。
でもその後、人類は品種改良を続け、全く新しい植物「米」を作り出してきました。

今後次元移行が進んでくると稲との会話が成り立つようになり、病気や不足する栄養素、日照不足に弱い稲の開発という部分に科学とともに「稲の声」をダイレクトに聞き取り対応して行く事になって行くように思います。

でもこれ、実はすでに今までも農家の方の中には作物の声を聞き取れる人は決して少なくない事でしょう。

「モノの声を聞き取る」

今あらゆる世界(社会)で、人類が持つ様々な能力の目覚めが次元変化に伴って起きて来るので、今後農業に関しても農薬や化学肥料という「モノ」の変化が、確実に起こって来ると思います。

これは農業に限らず私たちの生活面でも、もちろん変化は起こってくるでしょう。

少し話が移りますが、今リラ星の人々が遠くアンドロメダまで新しい地球に必要な植物の種を受け取りに行っていると話してくれました。

事によると、この植物の種子が今後の人類の食性に大きく関係してくるのでは無いかと思ったのです。

農薬を使う事は確かに病害虫の発生を抑制します。
でも農薬を使わなくても病気に強い植物が存在すれば、その時点で薬剤の有用性が消えて行くことになります。

それに焦りを感じる勢力がいるとしたら、それを阻止し農薬を使い続けてもらえるような管理されたひ弱な種子を農家に配布して行きたいと言う意図もあるのではないかと感じたりもしています。

でもきっと次元の変化は、そんな作為など意にも介さない強烈な進化を全ての生物に促して行くでしょうから、なんとなく楽観しています。

話を戻します。

一般に生活する人々にとっては「道具が無ければ商品が作れない、始まらない」と言う職人さんの世界とは違い、それほどこだわりを必要とする道具はそれほど多くは無いはず。

にも関わらず今私たちの生活にはありとあらゆる「モノ」が溢れ返っています。

シンプルライフとか断捨離とか、そうした意識面での見方でなくても、本当にそんなにモノが必要なの?
と考えれば、実際はそれほど必要でもない様々なモノに囲まれて生きていることに気が付きます。

そうした見方で必要最低限のギリギリまで減らして行くと、きっとずっとシンプルな生活環境になるでしょう。

最近ネット上でのフリーマーケットが勢いを増してきていますね。
そこでは「こんなものも売れるの?」と思うモノまで一般の方たちが取引をしています。

中には半分ほど使った洗濯洗剤を、輪ゴムで封をしただけの商品が売り買いされたりもしています。

必要な人にとっては「必要だし安いから買う」と言う、極めてシンプルな意識で取引をしているのでしょう。

ここにはその商品を印象付けるための「広告」が全く意味を持ちません。
つまり資本主義経済の牽引役である広告ビジネス(広告代理店)の入り込む余地がないのです。

パッケージデザインやキャッチコピーと言った(表層だけの)商品イメージに振り回される事なく、必要な物だけを手に入れると言う極めてシンプルな意識の台頭を感じるのです。

また中にはそうしたやり取りが、売買目的以上に一種のコミュニケーションツールとしての側面も持っているようなのです。

時にはそのコンタクト(やり取り)が進み、情報交換の場にさえなっているようにも思うのです。
例えば趣味の商品のやり取りから、情報交換が始まるとか・・・

ここには経済という側面以上に、顔を突き合わせてはいないものの、人と人との感情を持ったコミュニケーションが生まれてきます。
これ、よくよく考えると「市場(いちば)」に似ている気がするんです。

市場(しじょう)などと言う胡散臭い経済用語ではなく、人々が集い誰にもコントロールされない個々人同士のコミュニティーが生まれる本来の「いちば」がネット上で誕生し始める瞬間を目撃しているのかしら?
なんて、そんな風にも感じたりするのです。

モノが人と人とを繋げ、モノが情報交換としてのツールとなって行く。
それは、一部のマニアックな閉鎖された趣味の世界なんかではなく、日常誰でも使う「物」が持つ可能性を見る思いです。

道具としてのモノではなく、ステータスと言う無用の長物としてのモノでもなく、また人々に本当に必要とされた時、モノに「意志と感情」が生まれる気がしているのです。

これ「全ての物にも魂が存在する」と言う古いネイティブアメリカンの概念「マニトゥ」だ、なんて思うのです。

次回に続く。










by farmemory | 2019-03-05 00:00 | ・新次元への道 | Comments(0)

**紫色と高次元**



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この画像は金沢の白山比め神社で写したものです

神社などで何気なく写した画像に紫色の光や、靄のようなものが映ることが良くあります。
最近その頻度が上がって来たように感じています。

実はこの紫という色は次元の高い場所に現れる事が多いのです。

私たちは今、3次元を旅立ち5次元への道の途中にありますが、まだまだ完全な次元変化を迎えているわけではありません。

色で言えばまだ「半分青い」のですね。

3次元はオリオンの影響下に置かれていましたのでまだ青色から完全に抜け出ていないからです。
(オリオンカラーはマリンブルー)

紫色の光は3次元に生きる人のカメラレンズが5次元以上の高次元が現れた瞬間を捉えた画像なのです。

ただ一般的には単なるレンズのいたずらや、光学現象として扱われる事でしょう。
なので「高次元が写った」と言うと鼻で笑われてしまうかもしれません。

でもこの光が映り込んだ時、自分は少なからず高次元への道の途中、もしくは入り口に来ていると思って「やった!」と密かに喜ぶといいと思います。

「紫色が好き!」とまではいかなくても好意的な色と感じてきたら、自分の周波数状態が変化してきたからかもしれませんね。









by farmemory | 2019-02-26 01:40 | ・新次元への道 | Comments(0)



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今までの自分を振り返ることが出来たとして。

「ああ、あの時の自分は今思うとなんとも恥ずかしかったな、良くなかったな」
「今思えば随分人を傷つけてしまっていたのだろうって思う」

そんなこと思うことがあったら・・・
そんな自分を責めたりジャッジするより、これから先の自分をどうするかだけを考えて行きましょう。

人は生まれて直ぐの時は最もピュアな魂の状態です。
言い換えれば世間や社会に染まってもいないし、翻弄されてもいない最もピュアな自分です。

人間生まれながらに罪を背負って?
いえいえ、そんな事ありません、生まれたての時こそ神の尊さのままの状態です。

それが成長するに従って、社会という3次元に触れ始め、そのピュアさでは生き難くなるが故に天の摂理を理解する自分に蓋をして社会に適応して行くのです。

ピュアなままでこの不条理な世界に生まれ、日々を重ねて行く内にどんどんと煤けてくるのですね。
でもこれさえも決して否定したりジャッジしたりする必要はないのです。

なぜならそんな時代、そんな社会に産まれることを希望して来たのですから。
そしてその不条理の中で様々な体験と感情を知るためだったのですから、それはそれで良いのです。

生まれた時はピュアでも、社会人として一番脂が乗って来た時と、人生の中で一番執着(欲望)を持つ時が一致するする30代~40代。
その時代が3次元のピークにある時です。

それから徐々に社会から離れ、老いて行くに従い執着や煩悩から離れ、最後は全てを手放してこの人生を終え魂の場所に帰って行きます。

人間みな、生まれながらに罪人なんかではなく、生まれたてが一番綺麗で美しいのですよね。

それを理解すれば、自分がこの人生で歩んで来た道を振り返ったとしても、過去の時間は全てその流れの中にあっと分かります。
だから過度な「反省や後悔」に入り込んで、意気消沈してしまう事は無いのです。

ある時に、今までの自分がどんな自分であったかを知ったとして「無理やり」直そうとか矯正しようとかする事は少し控えましょう。
むしろ「ねばならない」「それはダメだ」という自分否定に入ることの方が残念な事だと思うのです。

人はよく
「今までの自分をリセットして生まれ変わる!」
なんてことを口にしますね。

これ、前向きに聞こえるかもしれませんが、それこそが自分否定の最たるものなんです。
だって「なかったことにしよう」と過去の自分に蓋をすると同じなのですから。

リセットするのではなく、それも自分(だった)としっかり自分自身に認めさせ、その自分であった事から始めて行かなければ、そこまで過ごして来た時間さえも否定してしまう事になってしまいます。

他者を傷つけて来た自分だったと「気がついた時」その時自分の人生の体験学習のカリキュラムは終了するんです。

幼い子供が日々成長して行く過程で、様々な事を経験して行きます。
大人はそんな子供たちの成長を、静かに見守ります。

「そうそう、そんな事でクヨクヨしたり、怒ったり喧嘩したり」
「そんな事も有ったよね」

でも大人はそんな子供たちを叱るのではなく、気がついて行く事が成長と理解して見守ります。
それと同じで自分自身の「昨日」もその目で見てあげれば良いのだと思うのです。

セッカチになって昨日までの自分から生まれ変わろうとしたって、自分から逃げる事なんかできないのです。
リセットではなく、変化して行く事の方が重要です。

でも、変化は時に緩慢で厳しさも伴う事もあります、でもだからこそ真の変容に繋がって行くのです。

この人生のすべての時間と体験に無駄など何一つありません。
一つでも自分を否定してしまえば「勿体無い」のです。
かつての自分はすごく嫌な奴で酷い人間だったと、堂々と口にすれば良いのです。

何をしたか、何が起こったかをしっかり見つめて理解できたら、それでよし。
「そんな自分だった」って事をしっかり受け入れ、隠す事なく恥じることなく、次に進んで行けば良いだけです。

これからさらに加速する次元変化を思えば、反省なんかしてる暇ありません。
人の目なんか気にしないで、今までよりちょっぴり図々しく生きて行きましょ。











by farmemory | 2019-02-14 00:01 | ・新次元への道 | Comments(0)

**時間感覚の変化**

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今年に入ってからの時間の流れなのですが、今までの様に加速をし続ける感覚ではなく必要な時に必要な時間経過が起こっているように感じて来ました。

以前個人セッションの時に、もう少し時間が欲しいと思った途端時計の表示が3分ほど戻ったと言う不思議を経験しています。

目の前で一瞬のうちに時間が戻ったのです。
この時私はクライアントさんにもう少しお話がしたいと願った時に起こった出来事でした。

それだけでなくその後の数分の時間経過(時間感覚)が急に遅くなり、お話ししたいと願った事が伝えられたのです。

その時にはまだ自分自身が時間をコントロール出来たとは夢にも思っていませんでした。
ところが今年に入って「もしかしたら時間のコントロールは可能?」と言う感覚が強くなってきました。

「これ」と言う具体的な体験があるのではありませんが、かなりはっきりとそう感じているのです。

磁極の変化や高エネルギー帯に地球が入って来ているなど、いくつかの理由が複合的に影響しているのでしょう。
その中でも一番は3次元から地球が離れ始めた事により、時間そのものの概念が変わって来ているのだろうと思うのです。

もう一つ
今までの時間の流れがあまりに早く、まるで急流に流されるような感覚があり時間の流れに翻弄される様にに感じる事もありました。

ところが今年に入ると時間経過の速度に関わらず、時間の流れと自分の意識が同期し始め時間を「濃く」感じ初めて来ました。

言い方を変えれば「時間を無駄にしていない」って感じで、1日に出来る事の「量」は変わらなくとも、そのボリュームというか「質」というか、が違ってきているのです。

今地球が向かっている高次元(5次元以上)に完全に移行が済めば、今私たちが使っている時間自体一旦リセットされる程の大きな意識変化を迫られるでしょう。

また科学面で見ても磁極の変化と時間軸の変化は通信やIT(電気信号)を利用した様々な部分にかなりの影響があると思います。
かつてコンピューターの世界で「2000年問題」と言う混乱が言われたことがある様に、情報化(IT)社会と時間管理とは切っても切り離せない密接なものです。

その時間自体に概念変化があれば、事によるとインフラ自体が機能停止になる事も想定できます。
ただ天は可能な限りそれによる混乱を避けるために緩慢な変化に留めると思います。

ここは旧勢力との少しの「攻防」があるかもしれません。

それでも今までのように管理目的で進められている通信事業やSNSなどへの影響は避けられないと見ています。
今後時間というものがどう変化して行くか、次回のワークショップで少し分かりやすくお話しじてみようと思っています。

今回の記事は感じるままに勢いで書いたもので確信的なものではないかも知れません。
それでも時間の概念変化は確実に起こってくると思いますので、また詳細を感じ取れる様になったら記事にして行こうと思っています。

ではでは











by farmemory | 2019-01-27 00:00 | ・新次元への道 | Comments(4)

**戦わない戦い**

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不正や陰謀に対して、怒りや不満の声を声高には上げようと思っていません。
でも、だからと言ってそれらの事実を容認しようとも思いません。

ただ怒りを持って戦う「腕力(言葉も含め)」によって自分の意思を表す方法を取ろうと思ってはいないだけです。
もちろん正義の名の下に戦う人、声を上げる人の行動も新しい未来を作る礎になる事も知っています。

でも「戦わない戦い」も同じ様に未来を目指す役割を果たすと確信しています。

新しい未来を自らの意思で作り出し、構築して行こうと言う意思を持って自分なりの行動に出る人は等しく、ライトワーカーとして生きていると言う事に違いはありません。

大きな声や拳を上げる事だけが新しい未来を変えらるとは思いません。
「戦い勝ち取る」という言葉は、一歩間違うと「戦い奪い取る」になりかねない危うさを持っています。

他者と戦うのではなく、強い意志と覚悟を持って未来を構築する道もまた必要な事。
そしてそこには時に厳しさを迫られる戦いが待っていると思うのです。

それは、何があろうと
「自分自身の感覚と意識を心から信じることが出来ますか?」
と言う自分との戦いです。

せっかく良い傾向や流れと思っていた矢先に、それを覆す様な疎ましい報道や国際情勢、国家の迷走を見せつけられたり・・・
また、そんな難しく大きな事でなくとも、自分自身や自分を取り巻く手の届く環境の出来事さえも・・・

「全ては未来に続く道と信じる!」と言う自分自身への信頼。

これは徒党を組まず自分自身との孤高の戦いでもあるのです。

外の世界(他者)との争いや諍い、揉め事が苦手な方も沢山おられる事でしょう。
でもそんな姿勢を社会に見せると「あなたは逃げている」と言われてしまう事もあったのでは無いでしょうか。

でもきっと争いに依って物事を解決する事が苦手なだけで、新しい世界の到来を望んでる事は一緒のはず。
高次を目指す人であれば、皆等しく正しい道を歩いているはず。

自分の取れる行動で、自分を信じ、自分だけのライトワークを行って行く事もまた重要なライトワーキングと信じます。

自分を信じると言う言葉は時に極めて観念的な言い回しと受け取られてしまい、精神世界めいた解釈をしてしまうかもしれません。
しかし自分を信じると言うことは極めて物理的なエネルギーワークの一つでもあることを忘れないでいたいと思います。

加速し始めた次元移行は、それを望まない側との最後の攻防に繋がって行く面も持っています。
望まない側の残された手立ての一つが、危険啓蒙と過度な正義感や道徳心の強引な押し付けです。

そしてそれを受け取った人類側に、楽しむことと正義との二律背反の意識を覚えさせ混乱させてくるからです。

これは人々から「愛し合うこと」「楽しむこと」「喜ぶこと」に目を向けさせないために行う一種のプロパガンダでもあります。

そんな時にこそ「戦わない戦い」が効果を発揮します。
自分自身の信じる道を、誰に何を向けられようと怯むことなく進む事が大きなエネルギーワークとなるのです。

これこそがかつて釈迦が孤高の中での悟りの時、様々に仕掛けられてくる煩悩を振り払い真実の光に辿り着いたのと同じ道だからです。

正義感を持つ事と、正義感に燃え上がり平静を失う様な怒りを持つのは似て非なる事。
怒りもまた煩悩の一つだと言う事を忘れずにいたいです。











by farmemory | 2019-01-24 00:57 | ・新次元への道 | Comments(0)

**駄々っ子対処法**

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次から次にデタラメを仕掛けてくるこの世界。
まるで駄々っ子。

「自分が一番、自分の言う事を聞かなければ暴れるぞ!いつでも僕を見て、いつもおだてて!」
と言ってゴネている聞かん坊。
まるで地べたに寝っ転がって手足をバタバタしている子供の様です。

理屈もへったくれも無く辻褄だって合う事ないデタラメをしまくって
「自分が自分が、お山の大将!」って騒いでいる子。

それをなだめるためになんでも言う事を聞く親になりますか?、
同じ土俵に引きずり上げられて怒りあらわに叱りつける親になりますか?

それとも気が収まるまで聞く耳持たずに放っておきますか?
自分の気を引こうとしている駄々っ子相手に、どう対応しましょうね?

もう一つ。
ある一部の世界は追い詰められて来ているとします。

起死回生を掛け、人々が生み出す暴力と怒り、不安と絶望のエネルギーで自分達にとって「居心地のいい世界よもう一度」と目論んで喧嘩を売って来ています。

その喧嘩、買いますか?
その喧嘩、買いませんか?

買うも買わぬも、自分の世界。

買えばその世界に。
買わなければその世界に。
それぞれの時空間に「自分」は進む事になるような・・・

でもどんなに駄々っ子だって、この世界から「摘出・排除」する事が答えでしょうか。

全てこの世界(宇宙)は自分が作り出した、自分を反映する世界。

とすれば、排除を願えば自分自身をも排除してしまう事になっちゃう。

ダメな自分に気がついた時・・・
頭抱えてイヤイヤをしながら「自分はダメだダメ」の言葉を繰り返して終わりですか?
それともそんな自分から自分を進化させようとしますか?

駄々っ子が自分の事をしっかり見つめて自分が何をしてきたかを理解し、成長してくれたらそれに越したことは無いですよね。

この世界は自分の想念が作り上げたものであるのなら、排除ではなく進化を願う事すなわち自分に向ける慈愛でもあるのかも・・


そして様々な「なにそれ???」を繰り返す各政府を見れば、国を信じ従う時代は終わり始めた事を嫌でも突き付けられます。

もしかしたら政府自体、それを国民に知らせめるための「反面教師」を知らず知らずの内に自ら担っているのかもしれませんね。

「もうそろそろ外に助けを求めて生きるのではなく、すべて自分の意思と責任で生きましょう」
そんな天の意思を代弁しているのかも・・・

これから先信じるのは自分、自分の身は自分で守る時に入って行くでしょうがそれさえも新しい次元のありようではないかと思います。

でも自分で自分の身を守るという事を西部開拓時代のように銃を必要とするような物騒な事と不安に思う事はないでしょう。

未来は自分自身の行いによって作られて行くので「身を守るのは自分の意識と行い」なのだという意味なのです。

さらなる高次元は、人のために生きるとか自分は生かされていると言う当たり前の基本を持って向かう場所なので、そんな事をさも大切な事のようにいちいち口にする次元ではありません。

ですから自分の責任で生きるということに何の不安もないと思います。
因果律の適応は今後さらに強くなって行くのですから。

そんな感じ~










by farmemory | 2018-12-26 00:35 | ・新次元への道 | Comments(1)

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新しい次元に向けて進化して行く私たちの今までの準備はとても観念的な部分がメインで、意識や概念、感覚や感情と言う、どちらかと言うとソフト面に対する準備の呼びかけが続いていました。

・意識の変化
・自己進化
・考え方や捉え方の変換
・感情のコントロールや、逆に感情を表に出す事
・浮かんでくるネガティブな事を排除するのではなく、それも自分自身の中にあるものなので、排除ではなく受け入れる(受け入れることで解放に向かう)

今年中盤まではそうした感覚や意識面での進化を促す時期でした。
そしてようやく、次の段階への準備のステージに入り始めたと思います。

これから「覚悟」を伴う、現実面での準備にシフトして来るでしょう。

ソフト面での準備は、どちらかと言うと表に現れない内面的で極めて個人的なものでした。
しかしこれからの準備はもっと具体的に「やって来る体験」への準備です。

男性社会的に見れば
・国と国との軋轢や、すれ違いから来る突発的な出来事(戦争や紛争には至らないと思います)
・また外交面での様々な抑圧の解放や噴出。
・経済面でも資本主義の強制的な変容と、少しの混乱
・地殻変動や今までになかった予見出来ない気象状況など、地球レベルでの変化。

こうしたハード面での変化は、今年後半になってようやく人々の目に触れるようになって来たと思います。
ただ、これから私たちが受け取る物理面での変化は、予想の付かない変化になることは間違い無いでしょう。

一人一人、人類は皆何らかの予知能力を(その大小あるでしょうが)必ず持っているものです。

でも確信が持てないので口にはしなかったり、また未知の変化ですので文章や言葉にできず、でも何か心の奥の方で動揺やざわめきが感じられているかもしれません。

想像も予想もできないのであれば答え合わせがも出来ませんので、皆さんそれを思い違いとか、気のせいと言う事でシェアリングをしないだけなのだと思うのです。
でも胸の奥にざわめく「感覚や感じ」は誰もが経験している事でしょう。
「虫の知らせとか、気の迷いとか」

これは古くから、人類の持つ「集合意識」の一部で、感覚として伝えられてきたことかと。

そして感受性の強い方たちが、そうしたエネルギーを読み取って、言葉にしたり文章にしたり、あるいは音楽や絵画などで表現し始めますね。
世界的な流れというものが、人々から湧き上がって来る内なる感覚に呼応して変化して行きます。

今、人々の意識があるボーダーを超え始めようとしています。
これが多くの人たちが持つ「覚悟」なのかもしれません。

今私たちはおかしな世界に迷い込んだと感じてしまうほど、意味不明の国際状況や国家・行政・宗教に直面し始めています。

おそらくこれが、もうどうにもならないほど変化を受け入れざる得ないところまで来始めている一つかもしれません。
風船の膨らみがMAXになって来ていると言う事です。

しかもしれはあらゆる世界、あらゆる場所で・・・

いつかは弾けるカルマのバブル。
そう理解しておきましょう。













by farmemory | 2018-12-16 00:01 | ・新次元への道 | Comments(0)

**端境にいる私達**

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今まで感覚的に鋭かったと思っていたのに、最近その感覚に陰りの様なものを感じたり、能力の低下なのかなと感じたりする時がありませんか?

でも安心して下さい。
それは力が無くなって来たのでは無く生まれ変わり、進化する時に来ていると言う事なのです。

今、時空が加速度を増して変化し始めていますので、今までの能力と言うか感覚は部分的に使えなくなって来る可能性もあります。
使えなくなると言うより不要になるといった方が分かりやすいかもしれません。

でもそれは残念な事では無く、旧次元で通用して来た能力はもう古く、高次元での能力に切り替わって行く時が来ているのです。
今までの価値観や概念を越える事で、新しい次元に対応した「使える能力」に切り替えて行く時なのでしょう。

これから先、私たちは知識や教育だけでなく「新しい感知力」を同時に使いこなして行く次元に入って行くと思います。
不要になる古い能力であれば進化の過程で剥がれ落ちて行く事になります。

例えば占い師さんが道を歩く人を呼び止めて
「そこ行く貴方、顔に出世運が出ていますよ」
「財力の相も出ていますね」
などと声を掛けられたとします。

ポイントは「出世」や「財力」と言う部分。
高次元でそれらの価値観がどれほどの意味を持つかを考えれば分かるかと思います。

次の次元に向かえば向かうほど3次元的な価値観は急激に変化して行くはずです。
物欲の無さや、出世や社会的地位を追い求める事に興味を示さない若い世代の台頭を見ても、それを垣間見ることが出来ます。

また、今まで私たちは見る事もなかった出来事や事件、自然現象や気象状況、意識や考え方など「今までに例が無い」事を好ましく無いことと受け止めて来たかもしれません。
「変化への恐れと警戒」ですね。

でもこれから先の高次元では、変化が日常的に起こって既存の意識や知識、概念やセオリーが通用しない時空間に入って行く筈です。

今、様々な報道や情報が飛び交っていると思いますが、中にはあまり嬉しくないように感じる内容もあるでしょう。
そうした情報に触れたとして

A「とても不安で心穏やかではない」
B「あまり不安に感じることはない」

今の自分は、そのどちらでしょうか?
理屈や証明では無く、感覚的にどちらなのかが重要です。

ここに自分が向かう時空間がどこなのかを知る手がかりがあるように思います。

安定の世界から、全ての事物が常に流動的となる時空間に進むのなら、今後はどんな出来事も先ずは受け入れるフレキシブルな意識状態が必要となって行くでしょう。

そして高次元に向かうのであれば大前提となる意識の変化と変容を進める事で、自然と新しい感知能力は上がって来ます。

また3次元に生きるためでは無く次の高次元に変化して行く地球と自分自身を見て行く事が目的でこの人生を選んだ人にとっては、今後のさらなる次元変化に伴って感知能力が目覚めてくる人もいるでしょう。

今までの能力の変化と感知力の目覚め、どちらであっても今までの価値観や常識を一旦クリアにし、新しい概念を受け入れて行く事で高次元の感知力を獲得して行く事になると思います。

逆に言えば今までの古い価値観のまま変わる事をせずに、感知力だけを上げるために知識やノウハウばかり追い求めても、その効果はあまり期待は出来ないと言う事になります。


今、自分自身が古い価値観から離れて来ているなと感じている時に
「感知力の変化」
を少しでも感じたのであれば、それは既に新しい能力への切り替えが始まっている証です。
今はそれに身を任せておけば良く、早晩新しい感覚に全て入れ替わって行く事でしょう。

そして意識を旧次元から高次へ向ければ、今まで見えなかった、感じられなかった発見があるかも知れません。

能力的にも今は変化の端境にいる私達です。











by farmemory | 2018-12-01 00:07 | ・新次元への道 | Comments(4)