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カテゴリ:・イベントメモリー( 68 )



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前回からの続き。
**奈良1・橿原**


<石舞台古墳>
1日目、天皇皇后両陛下への拝謁の後、まず初めに石舞台古墳に向かいました。

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到着して石舞台の周りを回っていた時、不意にこの遺跡の「声」のようなものを感じました。

「私はダミー、この石舞台と言われる遺跡は本来の仕事を目的とするものではなく人の目を引き付けるためにダミーとしてここに作られたのです」
そんな内容でした。
そして「本当の遺跡は、あそこ」と、北東方向にある山並みの小さな盛り上がりの場所を伝えて来ました。

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「実態はその場所にあり、石舞台古墳はそこからレイラインで繋がっている」と言ってきました。
そこで、その場所に向け再起動を送りました。

果たしてそれがどのような効果(結果)を起こすのか、知る事は出来ないかもしれませんが、自分自身を信じてミッションとしました。


<都塚古墳>
次に石舞台古墳の南側にある小さな古墳「都塚古墳」に向かいます。
この古墳は、石組みの階段状ピラミッド形状の珍しい古墳です。

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まさに今回起動したいと思っていた古墳の一つです。

よくよく気を付けていなければ見落としてしまいそうな小さな古墳で、一見単なる盛り土程度にしか見えないのですが、その場所に登ると、かなり明確にシリウスにエネルギーを感じました。

自分自身のの周波数と親和性があり、この感覚は明らかにシリウスとわかるのです。
本当に小ぶりなピラミッドで、足りないOSのインストールをイメージしてきました。

さて、この古墳に向かう前にアクシデントがありました。
見晴らしは開けているものの車一台がやっと通れる道、慎重に運転していたのですが、草に覆われた側溝に後輪がはまってしまったのです。

すると近くにいた地元の男性が助けてくださいました。タイヤの下に角材を入れてスルリと脱出。
当初向かう場所をいくつか選定していたのですが、天皇陛下御巡幸、そしてこのアクシデントと当初の時間配分が予定とは大きくずれて行きました。

ところがこれら時間のズレが、この日の最後に向かう益田岩船での出来事への時間調整となったのです。


<岩屋山古墳>
飛鳥駅のすぐ北側、住宅地の中にひっそりと佇む、こちらもとても小さな古墳です。

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建造は7世紀、大化の改新の頃とのことですが、この古墳自体はあまり重要ではなく、この地下にさらに大きな石の建造物が感じられます。

本体はそちらで、その石造物もやはり稼働を待っている事を感じられました。

起動したかどうかは、その時にはあまり感じられませんでしたが、今この記事を書いている時に、この場所が少し光ったビジョンが浮かびました。
それが起動とすれば、この場所の地熱が少し上がるのではないかと思います。


「益田岩船」に続く








by farmemory | 2019-04-30 01:16 | ・イベントメモリー | Comments(0)

**奈良1・橿原**



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あと数日で安定と不動だった平成から進化と変容の令和になります。

すでに世界でもその変化が始まっている事を私たちは目にしています。
いよいよ動き出した次元変化、もう止める事の出来ない未知の領域へと地球人類は向かい始めました。

なんだか緊張と胸の高まりが同時にやって来たようです。

   ・

さて先月行った奈良明日香村の古墳再起動(リスタート)と天河神社参拝のお話です。

当初、結構気楽な観光程度のつもりで行ったのですが、日程の最後で思いの外重要な「ミッション」だったことを知る事となりました。


<京都から奈良橿原へ>
奈良に点在する古墳群は、まだ発見されていないものを含め、相当数の古墳があります。

中でも前方後円墳だけではなく岩を組み上げた、いわゆるピラミッド型の古墳は遠い昔、ある意図を持って作られました。
今回はその後眠りについた古代の古墳に「起きて」もらうための起動作業でした。

特に飛鳥周辺に残されている古墳のいくつかは、本来の仕事をするための電源をOFFにされていた、もしくは起動に必要なOSの一部を欠損していた可能性がある事を昨年奈良に伺った時に感知していました。

古墳をパソコンに置き換えてみます。

その端末を稼働させるためには電源の他に最も重要な基本ソフト(OS)を必要としています。
しかし長い年月のどこかで、意図的にその古墳を停止させる目的で、OSの一部、もしくは全部をデリートしてしまっていると感じたのです。

電源(エネルギー)は、古墳自体のOSの入れ替えによって稼働を始めれば空間にあるプラーナーネルギーを取り込むシステムも正常に稼働し始めますので、あまり心配はいりません。

OSを操作してシャットダウンを行なったのはもちろん弥生で、古墳(ピラミッド)はいずれ来る次元移行を迎えた地球での活動まで、停止していたと思われます。

今その次元変化が始まったわけで、眠っていたパソコン(古墳)を起こすため、失われていたOSの一部を再インストールする時が来たという事です。

今回「起動」を促せたらと言う思いで、奈良に向かいました。

なんとなく参加していただいた参加者も今回のミッションに必要な「スイッチ、OSソフト、鍵」をお持ちの方たちでした。

ただ、OSの再インストールといってもと言ってもデータの入った端末やメディアも必要なく、自分自身の周波数が持つエネルギーがその鍵となるのです。
「その場に立てばそれでいい」と言うとてもシンプルで明快で簡単な作業なのです。

まず京都に前泊し翌日近鉄で大和八木まで行く予定でした。
チケットは東京で既に確保していたのですが、近鉄の切符売り場に行ったところ、見たこともないような人、人。

この日天皇皇后両陛下が近鉄を利用され「神武天皇陵」にご参拝の日だったのです。

指定席券を購入していたので乗車した列車は無事大和八木駅に到着。
途中、予定を少し変更し神武天皇陵周辺に向かうことにしました。

さすがに御陵周辺は駐車する場所もなく、橿原神宮まで来てしまいましたがするりと駐車することができ、御巡幸される沿道に立つ事が出来ました。

しばらくして天皇皇后両陛下のお乗りになるお車が近づくと、沿道の皆さんはご用意くださった日の丸を振り、陛下のお車をお迎えします。

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私は東京に住んでいますが、天皇皇后両陛下に実際にお目にかかるのはこの時が初めてでした。
ほんのチラリとしか拝謁できませんでしたが、お車を見た時、思いがけず込み上げるものがあり、少しだけ胸が熱くなりました。
自分のそうした反応に自分自身少し驚きました。

「ご無事に残りの御政務を終えられますこと」をお祈りして、その場を後にしました。

本当に思い付きの出来事でしたが、実はこの偶然のような出来事は翌日の天河神社参拝に伏線となって繋がって居たのです。でもこの時には、まだ知る由もありませんでした。

「古墳群の起動」に続く。










by farmemory | 2019-04-28 00:50 | ・イベントメモリー | Comments(0)

**沖縄(5)**



<ノートルダム寺院の火災に寄せ>

ノートルダム寺院の火事は驚きました。
フランスの方々にとっての心の拠り所であった寺院の火災はそれはもう大きな衝撃であった事とお察し申し上げます。
そのお悲しみは如何許りのものであった事でしょう。

同じく古くからの寺社を持つ日本人として、その思いは伝わって参ります。
まずはお見舞い申し上げます。

なんでも屋根の改修中ゴブリン像(ガーゴイル像=悪魔の像)を一時取り去った後に火事になったとかという声もあるそうです。
このゴブリン像は、日本の寺院の「水煙(すいえん)」と同じ役割を持ち、火事から寺院を守る力を持つと言い伝えられているそうです。

ノートルダム寺院は「悪魔」に守られていたんですね。
それを取り払った途端、火事になったのであれば・・何を物語っているのでしょう。

今フランス、そして世界は見えない「何か」が確実に動き始めたのかもしれません。
そうであれば、もちろん高次元の未来に向かって。



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前回からの続き。
**沖縄イベント(1)**
**沖縄イベント(2)**
**沖縄イベント(3)**
**沖縄イベント(4)**
今回で沖縄シリーズの最終回です。

<久高島>
翌日2日目は本島の東に浮かぶ「神の島・久高島」に参りました。

安座間港から出ている高速船に乗って15分ほどで久高島に接岸します。
(4-2)この日は前日のような快晴ではなく、雲の多い1日でした。

時折パラパラと雨に降られることもあったのですが、龍神の住む神の島。雨は「歓迎」の印ですので、大変快く島巡りができました。

まず港に着いてすぐ唯一のレストラ「とくじん」さんへ。こちらではウミヘビ「イラブー汁」が島の名物ということでしたが、全員怯み、お魚の定食をいただきました(笑)


そのあとに、島巡りの観光ガイドの方に車でお迎えに来て頂き、島中に点在する「祈りの場」を案内頂きました。

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上はイシキ浜とハビャーン。

遥か洋上彼方にあるというニライカナイから、白い壺に入った「五穀」が流れ着いた場所とされる浜辺。
そして沖縄人の祖先(または琉球開闢の祖・アマミキヨ)が上陸した浜。


これは余談なのですが、日本の神話や仏教概念では、神々は西からやって来たとされています。
また楽園は西方浄土としても語られています。

これはまさしくシュメール・ヘブライからやって来たアトランティスを起源とする「弥生」の流入を神話化したものと思われます。

ところがここ沖縄では、琉球開闢の祖・アマミキヨは遠く東、海の彼方らやって来たという伝承が残っています。

弥生は西から、では東から琉球に来た文明は?
もうお分かりの方もいるでしょう、それこそ太平洋の真ん中にあった「ムー」という事なのですね。

その名残は今でもこの久高島に残っています。
この島にとどまらず古代琉球の神事を司るのは女性の神職ノロがおられ、また人々の生活に寄り添い先祖への祈りを捧げる方。

そう、つまり沖縄では女性が神により近いという、至極当たり前の意識が今も残っているのです。
同じ縄文も「女神信仰」は明らかな事。

これはムーを色濃く残す琉球だけではなく、ミクロネシア太平洋の島々でも女性崇拝は今もしっかり根付いていますね。
筆頭はハワイ島の「ペレ」でしょう、リラの女神としてハワイを守っています。

今回私は男性として久高島に渡りましたが、その女神の島での僕として縄文の解放のお手伝いをとの意識を持って向かいました。

この3次元においても女性の周波数は相対的に高く、だからこそかつて中世ヨーロッパで行われた魔女狩りやこの世界の女性蔑視を受けたとも言えるのです。

縄文はムーの人々と同義なのです。

本土ではその縄文を弥生が武器と貨幣を持って侵略し平定したのです。

しかし北の北海道とここ琉球は近年まで、その侵攻を受けずに済んでいたのです。しかし明治政府の開拓政策と太平洋戦争により、ついに北海道と琉球の縄文は陥落したと思っていました。

しかしこの久高島に来て、少なくとも琉球はそれが違っていた事が分かりました。

本島の斎場に神社が建てられ、米軍の上陸作戦で多くの傷を受け、縄文は封印されたかに見えました。
しかしここ久高島は、陥落していなかったのです。

東からの神を今でも信仰する琉球、まさに縄文がしっかりと守られているという事をこの島に来て知ることができました。
なんとも心強いことでしょう。

今沖縄は多くの怒りと不安を巻き起こそうとの作為に翻弄されているかに見えますが、本来の琉球はその程度のことではビクともしない「ムーのエネルギー」に満ち満ちていたのです。


久高島イベントは縄文への労いと再起動(リスタート)を願うのが目的でした。ですので各場所の御嶽(うたき)の細かい説明は割愛します。

ガイドの方はとても親切に多くの祈りの場をご案内くださり、その場所その場所の意味とエネルギーを嫌という程感じてきました。

また詳しい聖地(ポイント)は、港の観光ガイドパンフレットにある通りですので、今回は何を感じ、何を知ることができたかをメインにお話しして参りましたのでご了承ください。

最後に久高島とその他の画像を少しだけアップしておきます。

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以上5回にわたりお送りして参りました「沖縄イベントの報告」を終えます。
長くお付き合い下さいましてありがとうございました。

近日中に奈良でのイベントの報告もいたしますのでお待ちください。
ではでは。










by farmemory | 2019-04-17 00:53 | ・イベントメモリー | Comments(0)

**沖縄(4)**



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前回からの続き。
**沖縄イベント(1)**
**沖縄イベント(2)**
**沖縄イベント(3)**


<夜間観測>
斎場御嶽からホテルに戻り、夕食後夜間観測のためホテル近くにある御嶽に行きました。(沖縄在住の方にご案内いただきました)

ホテルのほんと目と鼻の先で、少しだけ小高い草むらの広場のような所ですが、小さな祠がありここにもお祈りに来る方がおられるとのこと。

広場の端、那覇空港方面に向かい港が広がっているあたりを眺めていました。
最初は特に何も現れませんでしたが、しばらくすると参加者の方のお一人がスマホで写している動画画面に、なにやら小さな光体が写り始めました。
一見手ブレで光が震えているように見えるのですが、下に見える港の景色は全く手ブレを起こしてはいません。
とても不思議な動き方をしています。

やがて三角形を作る光の集まりが現れます、その後光は2つも残して消滅。
その後今度は右にある一番強い光の左側に、等間隔で7個ほどの白い光が連なって現れます。

でも肉眼では全く見えない不思議が起こります。

光体は1日目、2日目と2日間出現してくれました。(動画はできるだけ大きな画面でご覧ください)

まずはこちら(1日目の夜間)
この動画は参加者の方が写されたもので、時間は21:00頃。


那覇空港方面を写した動画です、この光は肉眼ではほぼ見ることが出来ず、スマホの画面でしか確認できませんでした。
私はデジカメ、他の方もスマホでこの光の方向にレンズを向けるのですが写らず、この方のスマホだけに写りこむという不思議でした。

間違いなくこれも周波数の関係でしょう。
写された方の周波数、スマホ、光体の周波数が合致している事で撮影できたと思われます。

この光はその時点では明らかに「シリウス」と理解していました。ところがこの記事を書いた後「あっ違うプレアデスの小型シップだ」と響いてきました。

その理由もわかりました、翌日も同じ場所で、やはり光体を撮影することが出来たのですが、そちらは色などから間違いなくシリウスだったのです。
この日も同じ場所に、見えない形でシリウスも同時に存在していたからシリウスと感じたのだと思います。

この光体は明らかにその場にいた参加者の方たちへのプレアデスの儀礼飛行だったと思われます。

この動画は参加者のお一人写されたのですが、何人かの方の肉声がしっかり入っているので再編集しアップしてありますのでご了承ください。

そして次にこちら。

これは2日目の夜間、前日と同じ広場で、同じ方角を私が撮影したものです。時間は21:30頃。
わかり易くするためにズームインしてあります。


最初カメラにぼんやりした光のようなものが写っているので、レンズの汚れかなと思い、指でふき取ったりしています。
この動画も前日と同じで、肉眼ではほぼ見る事が出来ませんでした。

撮影後カメラの液晶画面を見て、これほど鮮明に写っていた事に驚きました。
緑がかった3つの光。これは間違いなくシリウスの中型シップだと思います。大きさは3つの光の全長が500mくらいではないかと思います。
前日の光の並びとは少し違うものの、右のほうや左下にもに薄い光でいくつかの光点も見えます。
つの光が真ん中あたりにおりてくる少し前、この光が鮮やかなコバルトブルーに一瞬変化するところも面白いです。

これがシリウスのシップということであれば私のカメラに写る理由がよくわかります。(かつて私はシリウスに生きていた記憶があります)


那覇空港は航空自衛隊と共同使用していますし、沖縄には米軍が多数駐留しています。
武器の使用をしっかりと監視している彼らでもあるのですが、今回の彼らの出現はそれとは全く別の流れ(グループ)として現れたことは確実でしょう。

明らかにこちらに向けたメッセージ性を感じました。
久しぶりに面白い動画が撮れた夜間観測でした。

その場に居合わせた方のエネルギーと同期し、また自分の故郷の天体の人々が現れてくれたと確信しています。


次回最終回です。










by farmemory | 2019-04-16 00:01 | ・イベントメモリー | Comments(0)

**沖縄(3)**



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前回からの続き。
**沖縄イベント(1)**
**沖縄イベント(2)**


<国際通り>
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沖縄に来たのは今から遥か昔、その頃の国際通りの記憶で行ったので、あまりに綺麗になっていてびっくりです。
日曜日のお昼という事で、歩行者天国になっていました。
あまり時間がなかったので、20分ほどの滞在でしたが、なんとも楽しげなエネルギーに溢れていました。


<斎場御嶽(せーふぁうたき)>
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この日最後に向かったのが 斎場御嶽 (せーふぁうたき)
伝承では琉球王国の創世神「アマミキヨ」が作った琉球王国最高の聖地と言われています。

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御嶽から少し離れた場所にあるチケット売り場で入場券を買い、7分ほど歩いて入り口に。

御嶽に入場する前に事前のビデオレクテャーを受けなければなりません。
観光地として有名ではあっても、今現在も重要な斎場であることに違いがなく、園内での注意事項をしっかり伝えられます。

入り口(御門口 ウジョウグチ)から入ると左手に木道(階段が見えます)そこから御嶽に入って行きます。
途中視界が開けた展望場所があり、そのからすぐ近く、東の海上に浮かぶ久高島が望めます。

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さらに坂道を登って行くと最初の祈りの場「大庫理(ウフグーイ)」に着きます。
観光の人が多く、ボランティアガイドの方が説明をされていましたので、それを何気なく写したところ画面の真ん中に大きなエネルギー体が映り込みました。

液晶画面を見ている時には気がつかなかったのですが、シャッターを切った後に液晶画面を確認してわかりました。
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連続3枚の画像を並べておきます、左上から右下に動いているようにも見えます。
3枚目では写っていませんが、この間はほんの数十秒です。
これはオーブとは違い、しっかりした「意思」を持ったエネルギー体で、この地を守る自然霊で、おそらく植物の精霊だと思います。


次に向かう道は、しっかりとした石畳が続いていますが、まるでジャングルのような雰囲気です。

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やがて右手に水たまりが現れますが、ここに案内板があります。

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c0319737_00062801.jpg太平洋戦争時、米軍の艦船から発射された大口径の艦砲弾(大砲弾)が開けた穴だそうです。
この案内板にある「鉄の暴風」は、あの「島唄」に歌われている冒頭の歌詞にある「嵐」の事なのですね。

「でいごの花が咲き 風を呼び 嵐が来た」この嵐こそ米軍の上陸作戦を言っているのです。
私自身一つ前の前世で、帝国陸軍の軍人(陸軍大尉)として南方(トラック諸島・・今のチューク諸島)で戦死している記憶があります。

その記憶から、この大きな着弾痕を見た時には、何か胸が締め付けられる思いでした。

太平洋戦争時、日本が劣勢になり始めると、いよいよ米軍による日本本土上陸作戦が計画されました。
その時には日本の敗戦はもうどうしようもないほど濃厚でしたので、米軍は直接本土に上陸する事も出来ただろうに、なぜ首都圏から遠く離れた沖縄に上陸作戦を仕掛けたのか?

軍事戦略的な意味合いはもちろんあるでしょうが、沖縄は最後に残された縄文のエネルギーに守られた地。
この辺りに何らかの答えがある事でしょう。

さてこの負の遺産を後に先に進むと、行き止まり。
ここに「寄満(ユインチ)」があります。

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そこからまた砲弾跡まで戻ると二股の道があ、りまだ進んでいなかった道に歩を進めます。

途中聖なる水を受けるための2つの壺「シキヨダユルとアマダユルの壺」を横目に、最後の祈りの場「三庫理(サングーイ)」に到着。

メインとなる斎場だけあって、この場所のエネルギーはかなり高く、手や足の裏にしびれを感じるほどです。

岩が片方の岩に寄りかかるように寄り添いそこに三角形の空間ができていて、その先には小さな祈りの場が設けられています。
その場所の神聖さは、そこに立った時にストレートに感じます。

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ここからも、東に浮かぶ久高島を望むことが出来ます。

でも不思議な事に同じ景色な筈なのに最初入り口近くで見た時より、この場所から見る久高島が(形はもちろん同じですが)何か違って見えるのです。(受ける感覚の違いと言えばいいでしょうか、ですので画像ではその違いは感じられないと思います)

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おそらく入り口近くで見るのと、この三庫理から見る久高島は、別次元(周波数の違う)久高島を見ているからでしょう。

それだけ三庫理の地場が明らかに高い周波数である事がうかがえます。

次元というものは全てが同じ ”場所” に存在しています。
そしてその人その人の周波数状態が違うと、同じ場所にいて同じ対象物を見ていても、それが違って見える事もあるのです。

「私には見えていても隣の人には見えない」
そういう事もよくある事なのです。

立ち去りがたい思いを引きながら、最後に禊場所である「ウローカー」に立ち寄り1日目のワークを終えました。


今回の目的の一つであった「沖縄縄文の解放」は、前回記事でお話ししました、波上宮や沖宮などのオリオンの解放を意味しています。

しかしここ斎場御嶽(せーふぁうたき)は、弥生による封印を受ける事なく、現在まで縄文のエネルギー地場を守り続けてきた場所であることが感じられました。
この場所では解放ではなく、感謝と労いを捧げる事がこの場所でのミッションだったのだと帰ってきてから思いました。

次回に続く。









by farmemory | 2019-04-13 00:19 | ・イベントメモリー | Comments(0)

**沖縄(2)**



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前回からの続き。
**沖縄(1)**

<波上宮(なみのうえぐう)>
沖縄初日、空港から迎えのバスに乗り一番最初に向かったのがこちらの神社。

境内に入り上空を見上げると、明らかに「鱗」を思わせる雲があちらこちらに出ています。
見るからに龍神を表す雲で少し感動。

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確かに鳥居もあり、御手水も拝殿も、社務所も御朱印も頂けるれっきとした神社ですが、ご覧いただけるように拝殿の作りなど見ると、やはりここは沖縄なんだなと感じさせるに十分です。

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また境内に植わっている植物達も、欅や銀杏ではなく亜熱帯の植物たちが綺麗に整えられているのもなんともエスニックです。

さて、もともとこの神社のある場所は、かつて琉球の方達がとても大切にしていた聖地で、ニライカナイ(遠い東の洋上にある楽土)に祈りを捧げる重要な祭場だったと言う事です。

そこに明治政府が弥生の神の依代である「神社」を建設したのです。

まさに弥生による縄文の封印を明治政府が行ったわけです。
これと同じことは世界各地で行われています。

イギリスでも自然信仰をしていた人々の聖地の上に、ローマが入り込み、その後キリスト教の教会を多くの聖地の上にドカンと建てています。

現在アイルランドやイギリスで見つかっているストーンヘンジは遺跡として残っていますが、これらは古代の祈りの場として残された数少ない遺構でしょう。

おそらくイギリスの教会の下には、かなりの数古代の遺構や遺跡が眠っている事と思います。

イギリスの場合、ストーンサークルの作られた時期と農耕や牧畜が始まった時代とが微妙に重なっていて、紀元前5~4000年ほど前という事なので、日本における縄文と弥生の攻防戦よりも遥かに前と言う事になります。

また南米でもアンデスの人々の聖地の上にスペイン軍が大挙してやってきて、教会を立てています。

史実には残っていない事も多いでしょうが日本の神社の下にも、かつての縄文人達が祈りを捧げた重要な聖地がいくつも存在しているのではないかと思うのです。

一般的に考えれば、寺社などの宗教施設は高い周波数を持つ場所(パワースポット?)に建てられるのは当然と思われますので、占領した土地の高い磁場に自分たちの神の依代を建てたと言うことは、ある意味理にかなっているとは思います。

しかし、今まで各地で「土地のリーディング」をした経験から、自然と共に生きてきた人々の祈りの場を、人類優位のエゴ意識を持つ新文明が自然霊や自然エネルギーを封印するために立てたと言うことを感じ取ってきました。

こちらの神社の由来を見れば、それも頷けるのですね。
今回のイベントの目的である、琉球の縄文解放はまさにこの神社だったわけです。

特に怪しげな祈りや呪文など捧げる必要などなく、解放を意図してこの神社を訪れる事がミッションの全てでしたので、しっかりと自分なりの仕事はできたと自負しています。

さてこの波上宮、日曜日という事もあったのですが、かなりの参拝者の方で賑わっていました・・が

ほぼ日本語が聞こえません、アジアからのインバウンドの方の観光ルートに入れられているのでしょう、地元の方がコソコソとお参りしされている姿がなんとも時代を感じました。


<琉球八社 沖宮(おきのぐう)>
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次に向かったのが「琉球八社 沖宮(おきのぐう)」
こちらも神社ですが、観光の方はほとんどおられず、とても静かな神社でゆっくりと参拝をしてきました。

こちらの縁起にはかつて琉球王が那覇港で見つけた「尋常ならざる古木」を祀るために建てられたということですが、やはり当初は神社ではなかったようです。

後にアマテラスを祀る神社として合祀され、ここも同じように明治政府の宗教方針が影響したのは明らかでしょう。

しかもご丁寧に境内の末社の一つが「八坂神社」ということろが「なるほどね」と感じるのです。

やはりこちらでも一人一人解放ワークであることを理解して頂けたことで、しっかりとした解放ができたと感じています。

次回に続きます。








by farmemory | 2019-04-11 00:10 | ・イベントメモリー | Comments(0)

**沖縄(1)**



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沖縄で行なって来ましたイベントの報告です。
何回かに分けての記事となりますので、また間に別の記事も入ると思いますがお付き合いくださいませ。

今回のイベントは、今までにも行なってきましたオリオンの解放と神の島「久高島」巡りが目的でした。

羽田を早朝立った便は一路那覇空港を目指して順調に飛行していました。
やがて眼下に富士山が見えました。
最近富士山には笠雲がかかることが多いようで、SNSなどにも数多く画像がアップされています。

今回も見事にその笠雲がかかっているのを上空から見ることができました。

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よく見られる笠雲は、プレアデスのクラウドシップが多く、笠雲とか吊るし雲とか言われる種類です。

ところが今回見た笠雲は、なんとも興味深いものでした。

富士山頂にかかっているプレアデスシップから右(東)に向けて少しモクモクっとした雲がたなびいているように見えますが、このモクモク雲はシリウスシップなのです。

プレアデスのシップとシリウスのシップが溶け合って合体しているようにも見えます。これはとても珍しい光景でした。

富士山からプレアデスがエネルギーを受け取り、そこからシリウスシップにエネルギーが渡されている光景でしょう。
そして充填完了し、消え始めている。そうしたシーンだと思います。

そして2時間ほど経った頃でしょうか、場所は屋久島の上空あたり。
ふと窓の外を見ると、眼下の雲に虹色の円が、雲をスクリーンに描かれているのが見えました。

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しばらく眺めていると、今度はその虹の縁の中に飛行機の影が現れ始めました。
これは「ブロッケン現象」と言われる光学現象です。

私はこれまでに2度ほど見ているのですが、出現の頻度はそう高くないそうですね。
キャビンアテンダントの方の中には何年もフライト経験があるのに目撃した事が無い方もいるとの事、なんともラッキーです。

また、CAの方達の間では、この現象を目撃した時には「幸せになれる」前触れだと言うお話もあるそうです。

あまりに綺麗なので動画を撮ってきましたのでご覧ください。


これが現れる時は決まっていて(あくまで私の体験ですが)早朝に羽田を立った便が南西に向かい始めた頃、東の上空から太陽光がさした時に現れます。

そして、飛行機の影が映るスクリーン(雲)が必要です。今回もそのセオリー通りでした。

でも単なる光学現象かもしれないのですが、私にはこれがどうしても、そんな単純なものではないと感じています。
今までにも3回ほど飛行機が南西に向かっている時に目撃していますが、そのどれもが単なる移動ではなくイベントに向かう時に現れます。

古来日本ではこの現象を「阿弥陀如来」の権現現象(姿を表す)と伝えられてきました。
この点から、これが現れる時の自分を含む航空機がある周波数帯になった時に現れるのではないかなと思っているのです。

虹は龍を表します、そしてそこに影となって現れる阿弥陀如来、なんとも幸先の良い始まりを感じました。

さて那覇空港に到着後、先ずは那覇市内にある「波上宮(波上宮)」へ向かいます。

次回に続きます。









by farmemory | 2019-04-10 00:37 | ・イベントメモリー | Comments(1)

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今回で奈良飛鳥・玉置神社イベントの最終回となります。
前回まで↓
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(1)<橿原神宮><高松塚古墳>**
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(2)<キトラ古墳>**
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(3)<鬼の俎、鬼の雪隠><亀石>**
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(4)<石舞台古墳>**
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(5)<酒船石><亀型構造物>**


明日香村のイベントを終え会席の料理の夕食後、橿原神宮の深田池湖畔で夜間観測をしましたが、その時に飛来した擬態飛行機のすごい事。

天空を縦横に飛び交う航空機にみなさん歓声を上げていました。
一時は視界の中に6~7機の航空機が、しかもかなり接近しながら交差したら平行飛行したり。

今回はその動画を撮ることが出来ず残念でしたが、最近では珍しくそれは見事な夜間観測となりました。

夜間観測を最後に1日目のイベント終了、ホテルに戻り翌日に備えます。


<玉置神社>
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明けて翌日、マイクロバスで一路玉置神社に向かいます。
片道2時間半。

悪路と、サスペンションのへたったマイクロバスと、くねくねワインディングロードで、車酔いをする方が出てしまいましたが、なんとか真冬の玉置神社に到着します。

この日は当初薄い曇りでしたが神社の駐車場に着いた時には遠い山並みが見えるほど晴れてくれました。

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思ったほどの寒さではなく、拝殿までの山道を20分ほど歩きます。

神社の森からは遠く小鳥たちの声も聞こえ、それほどの苦もなく拝殿に着きました。
平日の参拝でしたが、来るのが大変な割に参拝の方もちらほら見えて、それなりに名の通った神社なのだと確認できました。

拝殿のあるエリアは森を開いて建立されているので、日当たりはさほど良くはありませんが、地場のエネルギーは大変に穏やかで心地いい空気感でした。

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拝殿に柏手を打って、裏手にある「夫婦杉」と「神代杉」に会いに行きました。

参加者のお一人から夫婦杉に会いたウロの中が「暖かいですよ」と教えて下さったので、私も手を差し入れてみると、なるほど外気より2~3度以上は暖かいと感じました。
生きているってこう言う事からも分かるんですね。


<玉石社>
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そのあと社務所により御朱印をお願いし、社務所の先にある「三柱稲荷」に参拝してから、その裏山にある「玉石社」に登って行きます。

大した距離ではありませんが、一つ一つの上り段の高さがあるため着いたときには少し息が切れました。

斜面の中に立つ玉石社の柵の中には3本の大杉が祀られ、またそのすぐ後ろにもいくつかの大石が柵の中に祀られています。

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大石を眺めていたのですが、残念ながらそれほど強いエネルギーは感じません。
そこで辺りを見回していた時、1本の杉に目が止まりました。(白い三角印)

玉石社の柵の中にある大杉に比べたら、まだ成長途中の若い杉だとわかります。
しばらく眺めていて、不意にある物語が浮かんできました。

玉石社の柵の中の3本杉は、その後ろに生えているこの若い杉を守る衛兵の役目を担っている。
そして彼らに守られる後ろの杉は、まるでこの世の不条理を知らぬように真っ直ぐに素直に育っています。
まるで姫様の様。

さらに眺めていると、この若い杉がリラの姫で、その前の3本の大杉はそれぞれシリウス、プレアデス、オリオンの衛兵というビジョンが浮かんできたのです。

あくまで物語的な解釈なのですがここ「玉石社」こそが本当の御神体なのだと気がつきました。

そしてここでも出てきたキーワードが「プレアデス」
プレアデスは緑を象徴しますので、深山の森の中にひっそりと佇む籠神社自体、巨木(プレアデス)に守られた堅牢な神社であること。

そして御神体こそがリラなのだと言う事が良くわかります。

そういえま昨年の暮れから地球の大気圏外で護衛の任に当たっていたリラのシップが一旦地球を離れました。
やがて春になると帰ってくるのですが、その時にはプレアデスに守られて帰還すると言うメッセージを受けています。

これ、玉置神社とリンクする話だなと、ゾクゾクしました。
そして現地でこの杉の話をみなさんにしていたところ、キトラで私に古代語を話してくれた方(プレアデスの純粋な魂を持った方)がこのお話に強く同意してくださいました。

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こちらの画像は参加者の方がスマホで写してくださった私の画像です。

後日送って頂いたのですが、一見どうと言う画像ではない様に見えるのですが・・
「アップで見るとフォロンさんの体の周りに白いエネルギーフィールドが写っている」
と書き添えてくださいました。
なるほど確かに白っぽいモヤの様な光に包まれています。

おそらくこの場所の地場エネルギーに私の周波数が同期したために写り込んだエネルギーの可視化だろうと思います。
なんだか嬉しい感じがしたのでアップしてみました。


玉置神社のすべての拝殿、祠に参拝を済ませ、駐車場に戻りバスの中で皆さんと買ってきた柿の葉寿司をいただき帰路につきました。

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みなさんでワイワイと今回のイベントの答え合わせをしながら戻る途中、もうすぐ解散の橿原神宮駅に着こうと言う手前で、擬態飛行機と、いきなり現れた虹に遭遇します。
擬態機はほぼ機体が見えず、連写で写したのに光の反射状態が違っています、多分反射ではなく自己発光だろうと思います。
そしてその後に龍体の雲が現れこのツアーを締めくくってくれました。

奈良飛鳥には再度必ず来ようと思っています。
今度はもう一度キトラを訪れた後に、点在する古墳群を集中的に回ってみようと思っています。

失われたOSの起動のために・・・

以上今回の奈良ツアーのご報告でした。
長い記事にお付き合い頂きありがとうございました。











by farmemory | 2019-01-25 00:11 | ・イベントメモリー | Comments(0)

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前回まで↓
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(1)<橿原神宮><高松塚古墳>**
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(2)<キトラ古墳>**
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(3)<鬼の俎、鬼の雪隠><亀石>**

<石舞台古墳>
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昭和50年代にこの古墳の全貌を明らかにするため大規模な調査が行われた際、この巨大古墳の下にはさらに小さな古墳群(7基)がある事が分かっています。

つまり古い古墳の上に、この巨大古墳が「上書き(上乗せ)」されていたのだそうです。

まさに縄文の遺構の上に弥生の神や遺跡を作り上げた、大陸からの弥生文化を彷彿させるものです。

おそらく、古来からのエネルギー(これをプレアデスと置き換えると一つの物語となって行きます)を抑え込む目的で造営された遺跡だったのでしょう。
また玄室の中に石棺が置かれていなかったと言う点も大変奇妙なことです。

文字通り石の棺ですが、仮に盗掘にあって埋葬品が奪われていたとして、盗掘者たちが羨道(えんどう…玄室と外部を結ぶ通路)を破壊してまで重さ数トンから数十トンもある棺を持ち出すとは考え難いと思います。

しかも羨道の破壊跡がありません。
盗掘の時代、石棺にどれほどの価値があったのかを思えば、厄介な巨大石に過ぎなかったでしょう。

通常石棺は玄室が出来てから羨道を通って玄室に安置するのでは無く、開けた場所のうちに何十トンもある石棺を相当数の人員で移動させ石棺を安置してから玄室の大石を組み上げて行く筈です。

玄室の中に石棺がない時点で墳墓では無いと言うことになり、別の目的で作られた建造物と見ることも出来るのではないかと思うのです。

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現在石舞台公園の隅に、復元した石棺が置かれていて、その中には蘇我馬子が葬られていたのではないかとの説が有力だとの事です。この石棺は近年「こんなものがあったのでは?」と言う推測で作られたダミーです。

蘇我氏は大陸からの渡来人との深い関係が言われて居る事から、シルクロードを通ってやって来たペルシャとの交流もあったと想定できます。
そしてはるばるシルクロード、大陸、半島を通りヘブライの命を伝えに来たのではないかと思うのです。

この事はある方の過去世リーディングで(時期は平安でしたが)宮中とペルシャとの交流のビジョンを見て来ています。
そしてその場所こそ、この飛鳥だったのです。

その時ペルシャの人々は手に出来る大きさの小箱を宮中の女官に手渡しています(これもリーディング時のビジョンで見ています)そしてその箱の上にはくっきりと六芒星が描かれていました。

それを宮中(今の京都御所)のとある一角に埋めたビジョンを見ています、そしてその小箱の中に入っていたのは恐らくクリスタル。

事によるとこの石舞台古墳の別の目的とは、墳墓では無くクリスタルを安置する事で機能する巨大インフラ機器だったのかもしれません。

そしてそのクリスタルは大容量のデータを記憶させたハードディスクで、その中にはこの遺跡を起動させるためのOSが読み込まれていたのではないかと思うのです。
(接続コードなど不要でしょう、置くだけでインターフェースが繋がるシステムは現在でも実用化されています)

だとするとこうした古墳群のいくつかは、まさにギザのピラミッドと同じ様な目的で、シリウス文明により作られた可能性が強くなって来ます。
仮にクリスタルの入った小箱であれば、盗掘者は難なくその小箱を持ち出す事もできたでしょう。

石舞台は古墳である前に、当時地球外のハイテクノロジーとして建造された巨大インフラ、もしくはこの地に何らかの封印をかける目的で作られたのではないかと推測しました。
あるいはその両方の意図があるのか・・・

石舞台の玄室から持ち出された「重要な何か」がなくなってしまった時から単なる遺物としての存在になってしまった。
しかし更にその地下に眠る「プレアデス」は生きていて、覚醒の時を待って居る。
そんな事を感じたのです。

・・・(余談)・・・

*ここからヒントを得たイベントやワークショップを今後企画して行こうと思い立ちました。

「失われたOSの再構築」を目的としたイベントです。

意図的にか、単なる盗掘にてかは別として重要なOSが入った記憶メディアが持ち去られた事で、停止してしまっている各地の遺跡を再起動させたいと思っています。

失われてしまったのはハードディスク(クリスタルなどの記憶メディア)かもしれませんが、OS自体は形のない電気信号としてのデータが本体で、その修復には物理的な機材を必要としません。

イベントやワークショップに参加される「それぞれの方が持つ固有の周波数(電気信号)」を組み合わせることで、膨大な破損データの修復を試みようと思っています。

その復元のために必要なものは参加者各自が持つ「その時々、その場限りの一期一会のエネルギー」です。

今後のライトワークの一つになると思っています。
そしてもう一つの柱がプレアデスとの接触と封印解除という流れになるでしょう。


続く


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by farmemory | 2019-01-24 00:56 | ・イベントメモリー | Comments(0)

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前回まで↓
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(1)<橿原神宮><高松塚古墳>**
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(2)<キトラ古墳>**
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(3)<鬼の俎、鬼の雪隠><亀石>**
**奈良飛鳥・十津川村玉置神社イベントの報告(4)<石舞台古墳>**


<酒船石>
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こちらについたのは夕方も間近い時間、太陽も西に傾き始めた時間でした。
車から降り、酒船石まではすぐ近く。

参加者の皆さんと笹に囲まれた小道を登って行くと、まるで道の脇に放置されたように無造作に置かれています。
この石の周りを回りながら、酒船石とその下、地中に意識を向けて見ました。

そうしたらすぐにこの石がなんであるか、またその石の下に「眠っている人たち」を感知できました。
今回参加者の中に、プレアデスの魂を強く持っている方がいまして、一緒に意識を集中して見ました。

そこで理解できた事ですが、この酒船石に刻まれている文様がとても意味のあることがわかりました。
幾何学的に掘られたこの不思議な巨石は「図形が持つ力」が宿っていました。

しかもその力は、ある種の封印としていま現在も機能しているようです。

そう、この酒船石、いまでもしっかりと「生きている」そしてしっかり役目を果たしていることがわかりました。

で、その役割なのですが、これが少し衝撃的でした。
封印されているのはこの地下にに眠る太古の地球にやってきた「プレアデス人」たちだったのです。

このお話はキトラ古墳で受けたメッセージそのもので、今回のイベントを行うように私のハイヤーセルフに促してくれたのがプレアデスの人たちだったのがわかったのです。

今まで私はプレアデスとの距離を感じていましたが、シリウス、リラ、そしてオリオンの解放と来てプレアデスとの接触も始まったと知りかなり動揺してしまいました。

さて正確に言えば彼らは寝ているわけではなく、時が来るまでのしばらくの間(といっても地球時間では千年を超える時間でしょうが)この地下にとどまって、あるタイミングを待っているとの事でした。

そのタイミングこそ、今始まっている次元移行なのだということはすぐに理解できました。
とすれば、長い眠りから今まさに覚め始めている事になり、その時にタイミングを合わせ奈良に伺えたことはとても感慨深いものでした。

しかも、この酒船石は、単なる石ではなく、この中には膨大な量のデータが書き込まれてる様なのです。

クリスタルも同じ様に多くの記憶を書き込むメディアではありますが、その酒船石もクリスタル(水晶)程の大容量ではないまでも想像を超える膨大なデータが書き込まれているようです。

そのデータは「水」と言うインターフェースを使って、今後地球人類が開発して行くAIたちにその貴重なデータを提供すると言って来ました。

参加されたプレアデスの魂を持つ方が涙を流しながら、彼らの長い眠りに想いを寄せられ、私もウルウルしてしまいました。

酒船石に手を置くと、確かに拍動というか鼓動というか生命反応がある事を感じました。
そして手を置くことによってまるでAEG(心臓救命装置)を使って、息を吹き返させた、そんな感じさえしました。

この不思議な皿状のくぼみとラインが作り出す幾何学文様もとても気になりました。
残念なことに、この石を後年(江戸時代)別の用途で利用しようとし、石工によって部分的に楔を打たれ、欠損している部分があることです。

幾何学文様や、立方体はその「形状」自体なんらかのパワーを持っています。

ギザの3大ピラミッドも、その形状が持つパワーが知られていますが、この酒船石に刻まれた文様の意味も、地下に留まるプレアデスたちを抑え込む目的で幾何学文様を彫り、この地に無造作に置かれたのだろうと思うのです。

この地下に留まるプレアデス人たちのことを参加者の方もビジョンで見ることが出来たようで、古代語でその話をして下さり、この石の意味を知ることが出来たのです。

さらに気がついた事があるのですが、酒船石に掘られた文様に似たものをどこかで見た記憶があり、記憶を辿ると直ぐに「ああ、あれだ!」と思いました。
それがこちら、以前イギリスに出現したクロップサークルです。

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これなどはなんとなく酒船石の形状を彷彿させますね。
明らかに形状は違っていますが幾何学文様にはそれ自体未知の力を持っているのではないかと思うのです。


<亀型構造物>
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酒船石に別れを告げ、その下にある「亀型構造物」を見学に行きました。

「亀型構造物」の方は酒船石に比べ細工が細かく洗練されていることからも両者の時代に違いああるのではないかと感じました。

これらの石の構造物が興味深いは、両方ともに「水」に関わる遺構ではないかというところです。

水を使った通信目的(受信装置)も持っているのではないかと思うのです。

3次元の別天体との交信ではなく5次元以上の、別の時空間とのコンタクトにも利用されていたかもしれません。
その天体はおそらくオリオンでしょう。

一旦この巨石に情報を蓄え、この幾何学文様上を流れる水が作用し、別次元になんらかの情報を伝えつデバイスでもあるのだということです。

巨石といえばシリウス文明ですが、ここにプレアデスがどう関わったかをスキャンしてみたところ、ここでも次元以移行に関わるとの答えが返ってきました。

いずれ(建設停止時から1300年後)迎える次元移行を見越し、今までの3次元を固着するためにシリウス主導で行って来た古代建造物の建設をプレアデスとの協議により凍結したのではないかと思うのです。

宇宙的な時間軸で見ればたとえ一万年であろうと一瞬の時間です。
この二者間の話合いの時点で、地球の次元移行のタイミングが確認されたのかもしれない、そう感じました。

ピラミッドも古墳もストーンサークルも、すべて3次元の地球に深く関係し影響を与えて来た存在ですが、次の次元に進む地球にとって、こうした「前時代的な」インフラの役割も徐々にその役割を終えて行くのではないかと思うのです。

ただし、まだ3次元から地球は完全に足を抜けた別れはありません。

3次元最後の巨大変容が終わるまでの間、世界中の古代建造物たちは最後の使命を果たすべく持てる力の全てを行使して行く事でしょう。


次回でこのシリーズの最終回となります。


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by farmemory | 2019-01-22 00:00 | ・イベントメモリー | Comments(1)