カテゴリ:・イベントメモリー( 49 )

**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(7)**

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前回からの続き。
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(1)**
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(2)**
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(3)**
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(4)**
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(5)**
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(6)**

この回で八ヶ岳イベントの長い記事が完結になります。

食事を終えて私が個人的にですけど「命の水」と名付けた湧き水のある大滝神社に向かいます。
レストランからほんの10分くらいの場所です。
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この日は平日でしたが、水を汲みに来られる方も2組ほどおられました。
この地域では知られた名水なんでしょうね。

私も以前知人に案内され、始めてこの湧水を口にした時、この水が持つエネルギーの様なものを「体内」に感じて少し驚いた経験があります。

またこの水の湧き出る場所は、後ろに小山を背負っていて、その中を通ってやって来ているのでしょう。
しかもこの小山、どうも何者かによって作られた山なのではないかと思うのです。

山の中いたるところにある巨石を見た時に、これはピラミッドに相当する作為的な手が加わっている事を感じました。
しかもこの中を通ってくる水はその巨石パワーを含んで行くのだろうと思うのです。

八ヶ岳は古い時代に何度かの噴火を繰り返していました、その時に噴出した火山性の堆積層の上に新しい表土が被さって、その境目を八ヶ岳を水源とする伏流水がこの場所で湧き出ていると思われます。

この神社の小山は、その伏流水が湧き出る「蛇口」のようになっていて、まるで水道に浄水器を付ける様にこの小山が濾過器の役割をし、その中を通って来る湧水に力が与えられるのではと思うのです。

実際自分自身体調の悪い時に口にした時、明らかな改善があったことも事実で、それ以来私にとっては「命の水」になっています。

この日にも5リットル入りのタンクに目一杯汲みましたけど、水場に置いてある柄杓でグビグビとお腹いっぱい飲んでも来ました。

その後も、気のせいではなくやっぱり体調が整った感覚がハッキリありました。
また近いうちに汲みに行こうと思っています。

余談ですが、最近この湧水のある近くで開発の話が持ち上がっていると聞いています。
水が枯れてしまうのではないかと言う懸念もあるそうで、地域の方々がとても心を痛めていると聞きます。

この水が絶えないことを心から願ってやみません(でも、根拠はないのですが、枯れる事は無い様に感じます)

さて、これで最後と思っていたのですが、少し時間があるなと思っていたところ参加者の方が近くにある「身曾岐(みそぎ)神社」に行ってみたいと言うので、皆さんで行ってみました。

ここの神社は、管轄が神社本庁ではなく民間なのですが、神社自体は寛政年間にこの地に建てられたとの事で、地場自体はとてもいい場所にあるように感じます。
今までにも3回ほど訪れていますが、ここの境内では不思議な光や擬態飛行機などを目撃しています。

で、今回も明らかな擬態飛行機と、撮影は出来ませんでしたが銀色に光る蝶を目撃しました。

c0319737_23072142.jpgこの蝶はどこからともなくいきなり視界に入り込み、フラフラと飛んでいるなと思った瞬間、視界の中からいきなり「フワリ」と消えてしまいました。

まるでアルミ板で作られたように銀色に輝いている蝶々で、見たこともない種類。

写せなくて残念でしたが何人かの人も目撃していました。
(イメージ画像の様に羽の周りもぼんやり光っていました)

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擬態機から流れ出る噴煙が虹色に光ってとても綺麗です。

この後に道の駅小淵沢に立ち寄り、今回のイベントを終了する事になりました。

イベントの間体験してきた不思議は、リアルタイムでは大したことではないように感じましたが、時間が経ちこの一連の記事を書いている今、いかに面白い出来事の数々だったなと改めて思い返されて来ます。

私は終の住処は海の近くがいいと思うシリウス人ですが、この八ヶ岳だけは、自分と深い縁がある事をつくづく感じる場所です。

最後の余談ですが、私は戦国時代のある時期、この地に戦国武士として生きていた記憶が鮮明にあります。しかも武田家の家臣としてです。
そして今でもはっきり思い出す悲しく切ない「悲恋」をこの地で経験しています。

ではでは、長い記事お付き合い頂きありがとうございました。











by farmemory | 2018-10-04 00:09 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(6)**

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前回からの続き。
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**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(3)**
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**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(5)**

翌日は早朝から雨がかなり激しく降っていて、景色のいい場所に行く予定でしたので残念な思いでホテルを後にしました。

と、その前に。
この日の朝の不思議を一つ。

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昨夜ベッドに入る前に、備え付けの時計のアラームを7:00にセットしました。
鳴らないといけないと思いテストもしておきました。

少しの間寝られずにいましたが、その後ぐっすりと寝たのでしょう、途中一回も起きることなく朝になりました。
でも起きたのはアラームで、ではなかったのです。

いきなりテレビがついたんです。
「え!?」
と思って時計を見ると6:55。

テレビのリモコンは遠くテレビの横にあります、もちろん自動設定などないリモコン。

「なにこれ?ベッドのアラームと連動しているの?」と思ったけど、それほどの設備ではないことは一目瞭然。
その時には、しっかり目が覚めてしまっていました。

「なんだなんだ?」と思っていたところ7:10になった途端、点いていたテレビがいきなりOFFに!

そうなんです。
テレビが起こしてくれて、役目が終わったから自分から電源OFFにしてくれたんですね。

「なんだよ~テレビ、お前いいやつじゃん!」なんて思っていたら、また一瞬だけスイッチが入って、NHKのアナウンサーの顔が写ってまた消えるという「お返事」さえしてくれたのです。

夕べの事を思い解すと、少しだけ思い当たる事がありました。

普段私はあまりTVを見ません、見ても自然を扱った番組くらいで地上波はまず見ません。

でも昨晩テレビの地上波をなんとなく見ていて、そのテレビが身近に感じ内容は忘れましたが、確かテレビに親近感を覚え一言二言声をかけた記憶があります。

多分ありがとうとか、面白いねとか、そんたわいも無い言葉だったと思います。

これが理由でテレビが起こしてくれたのだとしたら、機械であるテレビモニターにも間違いなく魂が宿っているという事の証明な気がします。

まるで鏡の国のアリスの世界の様で、テレビが喋ったり、カップが踊り始めたり、電気ポットが歌い始めたり。

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そんな楽しげな次元がこの土地だとしたら・・
もう八ヶ岳、面白過ぎです。


さてホテルを後にしてまず最初に、ホテル近くのパノラマ市場で地の野菜などを皆さんとワイワイ言いながらお買い物。
そして清里の清泉寮に向かい車を走らせていたのですが、途中ものすごい霧に包まれます。

それこそ10m先さえよく見えないほどの霧でしたが、それよりこの霧自体なんとなく自然現象とは思えない不思議な感覚がありました。
それは同乗している人たちも一様に感じていたようです。

霧に意思を感じました。

そしてこの時にいきなり浮かんだのが「霧は異次元へのトンネル」と言うフレーズです。

まるでミルクのような深く濃い霧に包まれると、感覚器官が鈍ると言うか、いつもと違う感覚になると言うか・・
明らかに時空間自体、不思議な変化をする感覚があったのです。

今回もそれと同じ感覚を覚えました。またこうした深い霧は前日、野辺山の電波天文台に向かう途中にも経験し、その後にカーナビの異常動作がありました。
まるでこの霧を抜けた時、別の次元に入り込んだ様でした。

おそらく、その感覚は間違いではないと思います。

今私たち人類が経験し始めた次元移行は、ある日いきなり見たこともない別の次元にジャンプしてしまうと言うことではなく、毎日毎日ほんの少しの次元の階段を登るように、小刻みに進んで行く様なものです。

霧の中を抜けた時点で「数段高い次元」に進んだとは言え、その段数では見た目にはほとんど違いがわからない程の微弱な変化なので「何と無く程度」の感覚でしかかないのだと思います。

それでも、その少ない段数でも登り続ければ、いずれ大きな進化となって行くはずですね。

「霧は異界への入り口」
古来から言われているその伝承を体験したのだと思います。


その霧の中、清里への途中、無理かなと思いながらも八ヶ岳高原ライン途中にあるまきばレストランの展望場所に立ち寄ってみました。

駐車スペースに車を入れた途端、いきなり霧が晴れ始め(本当に有り得ないほどの唐突さで)下に広がる牧場が一望出来ました。
それには皆さんもビックリ。

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次の清泉寮では人気のソフトクリームを頂き、昼食を取りに小淵沢に向かいます。

途中思い立って「八ヶ岳倶楽部」に立ち寄って軽くお茶をしました。
そしたらオーナーの柳生博さんがおられ、皆さん記念撮影をしてもらっていました。

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そしてこの辺りで空が晴れ始め、ランチに向かう頃にはピーカンに晴れ渡ります。

ランチは小淵沢の「奏樹」
八ヶ岳のお野菜をふんだんに使ったお料理で大満足でした。

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そしてランチ後、最後の目的地大滝神社に向かいます。


次回に続きます(次回で完結です)











by farmemory | 2018-09-30 00:12 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(5)**

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前回からの続き。
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**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(4)**

井戸尻遺跡の駐車スペースを出るのに手間取ったので、もう一台は先に出発しました。
「別々でもちゃんと帰れるだろう」
と思い、車を発信させたのですが、すぐに一人の方が

「今クラクションの音がしましたよね!?」
と言うのです。

でも私にはそのクラクションの音が聞こえませんでした、別の同乗者の方にも確認しましたが、やはり誰もその音を聞いていません。
しかもそこは、地元の車さえめったに通らず、車のライトを消したら真っ暗な場所です。

それでも「いや、間違い無くハッキリと聞こえた」
と言うので、これはなにか意味があるんだと思い、車をUターンさせ念のため逆の道を取る事にしました。

ここでもう一度しっかりとカーナビを確認し、再出発したのですが、又してもナビはよくわからない道に私たちをどんどんと連れて行くのです。

その時にはハッキリと
「さっきの狐だね」
と言うことは分かっていましたので、どんな遠回りをしても車は必ずホテルに私たちを運ぶと言う確信があったので、振り回されることをむしろ楽しみながらようやくまたホテルに辿り着きました。

もう一台はすでに帰っていましたが、皆さんが集まって車がどう走ってきたかを確認したところ同じ場所を何度か通ると言う、まさに狐に化かされた状態だったことがわかり一同「やっぱり!」と、妙に納得してその日を終えました。

ただ今回の出来事は、感覚的になんらかの保護が入った気がしてなりませんでした。
特にクラクションの件に関してそれが感じられました。

結果として、何もなくホテルに帰着できたので保護下にあったかどうかは証明もできませんが、自分には聞こえなかったクラクションの話を真実と受け取り、道を変えた事に大きな意味があったのだろうと思うのです。

またこの保護は、クラクションの音を聞いた方のハイヤーセルフからのメッセージに加え、この場所で行った弥生の帰還と縄文の解放により、その双方の古い文明からのプレゼントではなかったかと・・

それを思ったのは東京に戻ってから参加者の方から
「祈りの時、5つの光がユラユラ喜んで地上に出てきたのを見ました」
というメールを頂きそれで確信できました。

帰還と解放を願い井戸尻遺跡の夜の闇の中で全員で祈っていた時、あの重苦しい土地が徐々に軽さを増してきたことを私も感じていましたので、頂いたメールの意味もはっきりと理解できました。

この日の予定はこれで終了。
各自部屋に戻り就寝となるのですが、疲れているはずなのにベッドに横になっても何故か目が冴えて眠れません。

そこで窓を全開にして夜の空気に触れようとしたところ、いきなりメッセージを受けたのです。
おそらくそれはオリオンから。

「前回行って頂いた小樽のイベントにより、かの地に留まっていた仲間たちの帰還が叶いました。そして北海道の封印が解けることで、この地のカルマの解放も起こるはずです」
そういった内容でした。

c0319737_00201023.jpgそして東京に帰った3日後に北海道胆振東部地震が起こったのも、偶然とは思えませんでした。

八ヶ岳の縄文と小樽の縄文には何か深いつながりがあるのではないかと思うのです。

見えないレイラインの繋がりが一瞬見えたようにも感じました。
そのラインを直線で結ぶと小樽→新潟→八ヶ岳→(少しズレて)富士山が一直線上に並び、その南の先が遠州灘(東海・東南海)に至ります。

今のところ、そのライン上に何が控えているかはわかりませんが、少し意識しておこうかなと思っています。

ちなみに首都圏の縄文にもほんの少し「揺らぎ」のようなものを感じます(余談でした)


続きます。










by farmemory | 2018-09-28 00:22 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(2)

**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(4)**

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前回からの続き。
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(1)**
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**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(3)**

井戸尻遺跡を後にし、次は野辺山の電波天文台に向かいます。
この天文台は光学天体望遠鏡の施設ではなくて、たくさんの天体から送られてくる、様々な「電波」をパラボラアンテナでキャッチして、それを分析する天文台です。

ですから見学と言っても望遠鏡を覗けるわけではありません。
重要な施設に立ち入事もできないので、あくまで施設見学ということで伺いました。

こちらの訪問は3度目ですが、何度来てもその度に大きなパラボラアンテナに驚きます。

そんな中、今回は少し興味深い屋外プレートを発見しました。(下の画像)

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この電波望遠鏡により宇宙空間には18種類もの分子があることを発見したとのことです。
そして興味深いのがこちら。

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この画像は、先頃まで地球に大接近していた火星を撮影したもの(左側)ですが、右側はその一部を拡大したものです。
ここにある規則性を持った白い点は、プラーナエネルギーの可視化したものだと思いますが、上の天文台の屋外プレートにある図とよく似ていますね。

もちろん火星の方は(プラーナ)エネルギーですので、分子とは言い難いでしょうが・・・
なんかよくわかりませんが「面白い!」と思ったのでアップしておきます。

さて見学を終え宿泊先に向かいます。

乗用車3台で移動していたのですが、各クルマにホテルの場所を伝えカーナビで各自向かってもらう事にしました。

私の車もカーナビを頼りにホテルに向かったのですが、不思議な事に想定した時間を大幅に過ぎてもホテルに行き着く事ができません。

しかもナビで指示される道を走って行くと、明らかに林道なのか農道なのか狭く車も通らないような、草ぼうぼうの雑草が生えまくった小道を示します。

車に同乗の人たちも、その明らかにおかしな道を指示するナビに首を傾げています。

それでもしっかり到着場所を示しているのですが、あまりに長い時間かかるので、一旦車を止めて再確認したら・・・

なんとホテルとは180度真逆の、特に何もない場所が到着地点になってるではないですか!
ナビへの設定時には電話番号と到着地点をしっかり確認してから出発したのに、なんともおかしなことでした。

ただこの時には「このカーナビ使えないね」という事で済ましたのですが、この後それがナビの不具合なんかではない事が分かるのです。それはまた後で。

ようやくホテルに到着、先に着いていた2台の人たちも首を長くして待っていました。

ホテルでの到着後、すぐに夕食の時間。
1時間ほどかと思っていたら、皆さん思いの外話が弾みあっという間に夜間観測の時間となります。

希望者だけという自由参加でしたが、ほぼ全員が参加し、昼間行った井戸尻遺跡で夜間観測会をする事に。

今度は2台に全員が分乗し場所が場所だけに、街灯もろくにない暗い道を走っていると道の脇を猫が歩いています。
「人家もないようなところにいるって、野良かな?」

などと話していると、また前方に何やら動物が、でも猫にしては少し大きく色が茶色、私はすぐに

c0319737_00005989.jpg「あ、狐だ」
と声に出しました。
その狐は悠然と車の前を横切って林の中に消えて行きました。

この時すぐ「間違いなく化かされるな」と思いそれを皆さんに伝えました。

でも行きの車は迷うことなく真っ暗な井戸尻遺跡の駐車スペースに着きました。


遺跡に着いた時には、残念なことに厚い雲に覆われた空は星影一つ見ることができません。

それならそれでやるべきミッションがありましたので、全員で遺跡に体を向け悲しみの縄文の癒しと、封印の解除を行いました。

地中深く埋められた「縄文のクリスタル」に、ベールのように覆い被された「弥生のクリスタル」を剥がす事を参加者全員で昼間以上に意識を集中しイメージしました。

しばらく意識を集中してると数名の方が「地中からの感謝を受けた」「ベールが剥がれた」「悲しみから解放された」というメッセージを同時に受けたことを教えてくれました。

私も弥生が、故郷であるオリオンへの帰還を全うできるよう願うと、今まで故郷に戻りたくても戻ることを阻止されていた苦しみを伝えてくれたのです。

「ああ、ここでも弥生は帰るべき道を閉ざされていたんだね」と思い、しみじみしてしまいました。

そしてそれと同時に、閉じ込められていた縄文の解放も(もちろん全てではありませんが)少しなりと役立てたかなと感じたのです。
これで今回のメインとなる井戸尻の解放ワークは終了となりました。

下の画像はオマケ。
星空が見えなかったので、暗闇を撮影し、そこに写り込んでいたオーブたちです。

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さて遺跡でのミッションを終え、また2台の車に分乗しホテルへの帰路につきます。
ところがまた2台は離れ離れになってしまい、別々の道から帰ることとなったのですが・・・・・

先ほどの狐のお話が、やっぱり現実となりました。

続きます。











by farmemory | 2018-09-24 00:08 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(3)**

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前回からの続き。
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(1)**
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(2)**


縄文には大きな争いや、奪い合いのない平和な楽園が続いていました。
しかし私たち人類はある時にこの地球をネガティブを体験するための地球として生まれ変わる事を願ったのです。

2年前に行った茅野市の尖石(とがりいし)遺跡も、この井戸尻遺跡に匹敵する悲劇の場所でした。
しかし両方の遺跡からは遺物が多く発掘されていますが、人骨は発見されていません。

おそらく縄文人達の遺体は、この井戸尻や尖石の平原で灰にされのでしょう。
そしてその地に染み込んだ縄文人の夥しい血が地中深く染み込んで行った事も感じました。

また弥生が来る前に縄文人達は、自分たちの文明が終焉することを覚悟し、それまで自分たちが使用してきた大切な「縄文水晶(クリスタル)」をこの遺跡の奥深く埋めました。

そしてその悲劇の後、弥生人は縄文の水晶を掘り出そうとした様なのですが、縄文人自らが張った結界を破る事が出来ませんでした。

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それほどまでに縄文クリスタルは強い力を持ち、掘り出す事ができなければ、常に縄文のエネルギーが地表に滲み出てきてしまい、せっかく人々に様々なネガティブを体験させるという弥生の願いが叶わなくなります。

そこでやむおえず弥生人達は、自分たちが使用する「弥生水晶(クリスタル)」の欠片を、縄文の封印としてその地に振り撒いたのです。

今回伺った井戸尻遺跡の悲しみと胸の奥底に感じた重さは、まさにこれが理由だった様です。

そこで参加された皆さんと、縄文の上に覆いかぶされたベールの様な弥生の封印を解き放つミッションを行って来ました。

このミッションはかなりヘビーなものでしたが、奇しくも雨の中(実際には濡れることはありませんでしたが)での浄化ミッションとなりました。

また今回の参加者はプレアデス、リラ、そしてシリウスと様々な故郷を持つ参加者(混成部隊)で行わなければならない重要なものだった様に思います。

それだけ重い活動だったため、水による浄化も大きなバックアップだったのだろうと思うのです。

また今回のミッションは縄文の解放と同時に、この地に染み込んだ縄文人の血と悲しみにより、もたらされた「カルマ」の解消も意味する事でもありました。

最近行う縄文解放とオリオンの帰還ミッションはどちらか1日は必ずと言って良いほど雨が降ります。

それは雨による浄化というバックアップを受け、更には参加者の安全(雨=水 により参加者を重いエネルギーから保護する役割を持つ)と、効果アップのために降らしてくれているとの確信を今回持ちました。

イベント時に雨が降るということは、それだけ重要な意味を持つミッションであると言う事なのだろうなという自負も持てました。

確かに水は、ネガティブな重いエネルギーから人体と精神を確実に守ることは以前から理解していました。

また水の持つパワーだけではなく、膨大な記憶の掘り出しとアカシックレコードへのつながりを促進する役割もあるようなのです。

水の結晶は水晶です(科学的には氷ですが・・)
そして水晶は、欠片一つでも半径20キロの土地を消滅させるだけのパワーを持ち、またそこに記憶されるデータ量は、想像を絶するほどのストレージ(容量)を持つ記憶メディアでもあるのです。

雨は地を固め、汚れを流し、浄化し、潤いを与え、多くの感情を記憶します。

それでも気持ちの中では「たまには晴れたら良いのに」と思う事も無いではなく(笑)
特に自然の中での夜間観測会でしたら、満点の星空を見るという楽しさもあるんですけどね。

でもヨクヨク思えば、空を飛ぶ故郷の仲間たちの光やシップを目撃することと、雨に守られながら重要なミッションを遂行するのと、どちらが優先事項かを思えば贅沢は言えないですね。

遺跡広場の後、近くの水田に植えられている縄文蓮(大賀ハス)を見学しました、もう時期は過ぎていると考古学館の学芸員の方は言っていましたが、ほんの数本ですが健気に咲く綺麗なハスの花を見ることが出来ラッキーでした。

縄文の人々の魂を上昇させるミッションの場所に咲いた蓮の花、まるで絵に描いたようでした。


次回に続きます。



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by farmemory | 2018-09-22 00:18 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(2)**

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前回からの続き。
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(1)**

この八ヶ岳の地は無数の縄文の遺跡や遺構が点在する、日本でも稀に見る縄文天国と言われています。
確かにこの地域は「最後の縄文」の地であったのは間違いありません。

しかし・・・
2年前にも同じ八ヶ岳の山麓である茅野で縄文の解放ワークを行ったのですが、その時と同じような深い悲しみと、痛みと、重さを感じたのです。

かつて日本のエデンであった縄文は弥生に蹂躙され、その地を明け渡したという経緯があります。
大陸から半島を渡り九州、中部地方から日本に侵入してきた弥生は、怒涛の勢いで本州を東進して来ました。

ところが南アルプスと、この八ヶ岳で、その進撃が止まります。
自然の盾となった南アルプスと八ヶ岳、そして縄文が命がけでこの地を死守したためです。

そのため弥生は作戦を変え、半数が北に向かい松本から糸魚川沿いを通り日本海に出て、そこから海路日本海を北上し津軽に上陸。
このルートは、まさに過日糸魚川での大火災のあった場所で、縄文の封印解き(血による争いのカルマの清算)と繋がったと思うのです。

そこから今度は南進し、この八ヶ岳で挟み撃ちにし縄文を殲滅しました。
その戦いのビジョンを私もスキャンしてみた事があるのですが、とても悲劇的な場面でした。

またさらに少数の弥生は津軽海峡を越え北海道にまで足を伸ばし、石狩湾にも上陸を果たしています。
ちなみに小樽で生まれたというソーラン節がヘブライ語で解釈出来るという話からも。その軌跡をうかがい知ることが出来て興味深いです。

しかし北海道では函館、小樽周辺を別として、全道に弥生が根付くことがありませんでした。
何故なのかな?
と思って意識を集中してみたところ、とても面白い答えが返ってきました。

アイヌの人々は本来の日本人として縄文を受け継いで生きて来ました、その文化はまさに自然と一体となって生きるというライフスタイルです。

そしてアイヌの人々は、遠くネイティブアメリカンと同じ意識を持ち、万物には全て魂が宿るという考え方を持ち暮らしていました。

だから北海道に住む全ての生き物は自分たちともワンネスの関係であるという意識を持っていたわけで、その中でもヒグマも神として崇めていました。
同じようにエゾオオカミも犬神として畏敬を持ち、共に暮らしていました。

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彼ら動物たちもまたアイヌの人々を共に生きる者たちであると理解していた筈なのです。

そこに人間優位(第一)の概念を持った弥生が踏み込んできたのです。
そのため自然のバランスが大きく崩れ、彼ら動物たちは人間と敵対する「野獣」となって弥生人達に襲いかかったと思われます。

流石に神としての力を持つヒグマととオオカミ達には手を焼いた事でしょう。

さらに、万物に魂が宿り、全てが天のシナリオに従い繋がっているという生き方をするということは、土地も山も森も、冬の厳しさ(気候)さえも魂を持った者として共存するということであり、そのバランスを崩す意識を持った弥生には北海道という生命体がNGを突きつけたのだろうと思うのです。

こいうして北海道は江戸・明治に至るまで縄文の意思を継承するアイヌ文化が守られてきたのだと思います。

そんなことを思っていた時、これと同じことが琉球(沖縄)でも起こったのではないかと感じました。
弥生が縄文を駆逐し、逃げ延びた縄文は北海道と琉球に追いやられたと言う話は誰もが知ることです。

沖縄の方言とアイヌの方言に幾つも共通するものがあることもまた、大変に興味深いものです。

そして琉球に追いやられた人々は、熊や犬神に変わりハブの毒に守られ、高い精神性を持つ沖縄という生命体もまた北海道と同じ力を持ち、弥生を容易に近づけなかったのではないかと思うのです。

因みに北アメリカに住んでいたネイティブアメリカンの人々が、白人文明により崩壊に追いやられたのも、時代の違いはあれど、ネガティブを願う人類たちの総意によってもたらされた事なのだろうと思うのです。

新天地を求め海を渡って来た西武開拓の本来の(深い裏の)意味は、この辺りにも有るのでは?と思ったりもします。


縄文と弥生のお話はもう少し続きます。











by farmemory | 2018-09-20 01:30 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(1)**

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今回から先日行いました小淵沢・八ヶ岳イベントの報告を記事にして行きます。

大変面白い不思議な体験や縄文の記憶、意識で見た縄文時代のビジョンなど、とても興味深く深いイベントでした。

この報告記事には、今回の北海道の地震にもつながるお話も含んでいます。
さらには次元のお話などを交えてお話しして行くため、7回程に分けての大変長い記事となります。

途中別の記事や緊急性のあるお話などある時には、それも挟んで続けて行ききますので、のんびりお付き合い下さいませ。

今回はイントロで、2回目以降不思議体験や次元のお話などがが散りばめられて行きますのでお楽しみに。

   ・

1日目JRの小淵沢駅で皆さんと待ち合わせ、この日は台風21号の影響で空はどんよりと曇っていました。

皆さんが集まったので、近くに古民家カフェにてランチを頂きました。

ご夫婦で営まれているこのカフェ 「DeuxChats(ドゥシャ)」は、古い古民家をリノベーションした雰囲気あるお店です。
メニューは無農薬・有機野菜を中心として体に優しいメニューを心がけておられるとの事で、今回いただいた日替わりランチも地元のお野菜を踏んだんに使った優しいランチでした。

食後に頂いたケーキセットも、とてもシンプルで素朴なケーキ達。
また小渕沢に寄ることがあればぜひリーピートしたいと思うカフェでした。

その後に遅れて合流された方達と車で井戸尻考古学館へ。

途中パラパラと雨が降っていましたが、考古学間に着いた時にはほぼ上がっていました。
博物館に展示されている主なものは縄文の土器と土偶、そして復元した縄文の生活グッズがたくさん展示されていました。

みなさんでワイワイと入館したら、館内でビデオを見ていた爺様に「静かに!」と叱られてしまいました。

ここに展示されているものは主にすぐ目の前にある井戸尻遺跡から出土したものがメインで、その中の幾つかが、先日上野の縄文展で展示されていたものがあり「貸出中」のプレートでアナウンスされていました。

でも私が一番見たいと思っていた「水煙渦巻文深鉢」はしっかり展示されていて有り難かったです。

また展示物の中に当時の弓矢を再現したものがありました。

遺物ではなく再現された現行品なのですが、私は高校、大学と弓道部に所属していましたのでとても興味深かったです。
矢尻は黒曜石で作られていますが、むしろその方が鉄器よりも軽く、矢羽を小さくすることもでき「理にかなっているんじゃない」なんて思いました。
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矢は篠竹、矢羽はキジ、弓は藤、弓弦は麻。だと思います。
できればこの弓を一度「引いて」みたいなと思って眺めていました。

考古学館の見学を終え井戸尻遺跡に向かいます。
館の目の前に広がる遺跡には、竪穴住居が復元され、見る限りのどかな芝生が広がっています。

この縦穴には入ることが出来るので薄暗い中に入って見ました、すると後から入ってきた皆さんが「うわ、気持ち悪い」と直ぐに外に出て行きます。

実は私もこの住居のある広場に立った時に、なんとも言えない「重さと、悲しみ」を感じたのです。
その出どころは明らかに足元からです。
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その中には救い難い「血」の匂いさえありました・・・

では次回からイベントのお話を始めます。











by farmemory | 2018-09-19 00:16 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**縄文展の報告(2)**

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前回からの続き**縄文「1万年の美の鼓動」展の報告(1)**<

縄文人たちは明らかに神との距離がとても近く、あえて神として畏敬すると言うより、神とはなんであるかを理解していた事も、今回の展示物が教えてくれました。

また縄文人達が持つ宇宙観も、今まで何人かの被験者の方のリーディングで確認してきています。
それは自分たちも神の一部であると言うワンネス意識のような概念を理解していたと言うことです。

むしろ儀式や宗教的ドグマ、祭事や神事を重要視したのは、アトランティスを起源とし、海を渡ってきたシュメール・ヘブライ文化(弥生文明)からではないかと感じているのです。

そして神という存在を遠く遥かな手の届かない存在とし、過度に畏れ敬い、また政治的な駆け引きにさえ「神を利用して」してきたのでしょう。

そんな事を考えながら眺めていた時、不意に
「ああ、これ自然のエネルギーというか気の流れというか、そういうエネルギーをこの土器に流し込むための呼び水的な装飾なのだね」
と感じたのです。

単に熱によって食品を加熱調理するだけではなく
「自然界にあるエネルギーも、この炎の流れに乗せて食品に流し込むためなんだ!」
とわかったんです(あくまで私判断)

また縄文のビーナス達が、文字通り女性崇拝であることも良く分かるのですが「性」に関してとてもおおらかな意識を持っていることが、直感で感じられるのです。

これは世界各地に残るストーンサークルや信仰の場に建てられた「リンガ(男性器)」と、女神崇拝をしてきた縄文土偶(縄文のビーナツ達にはしっかり女性器が表現されています)からも伺えます。(Top画像)

出産に関しても「畏敬」という見方もあるでしょうし、その点では今も昔もと尊く神聖なものとし扱ったのは理解できます。

でも現代社会ではどちらかというと性に対するタブーが多く、それに引き換え縄文の人々の性に対するおおらかさや楽しみ、喜びがストレートに伝わってきたんです。

国立博物館では、あまりそういう切り口は出来ないのでしょうね、とても残念だなと感じました。

話が少しずれますが、弥生以降の生活雑器には遊び心というかやアート性があまり感じられず、生活に余裕がなくなってきている気がします。

また土器のフォルムなどもシンメトリー(左右対称)で「整然、整頓、シンプル、潔癖」が伝わってきます。
これを社会に当てはめると「管理、統一、一元的」が感じ取れます。

また埴輪が着る甲冑なども、機能美はあるものの精神性や感情、心の思いを伝えるためというより様式美や銅像的な自己顕示が感じられます。
(下の画像)
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また土偶、埴輪類と縄文のそれとを見比べると、そこには女性性と男性性の大きな隔たりが生まれていることが感じられます。

縄文の土偶には争いや武器、武力の匂いがほとんどありません。しかし弥生や古墳時代になると「武人や武器」をかたどった埴輪が数多く出土しています。

いかに縄文が平和で緩くおおらかで女性性全面だったかを彷彿とさせ、反面、弥生は争いと男性性社会を強く感じさせます。

さて展示されている縄文土偶の中には手の平に収まるようなかわいいサイズのものも展示されていて、それらのキャプションとして「祭事」に関わるという解説があったのですが・・・
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「何でもかんでも神聖視して、それは違うんじゃない?この小さい完成度の低い土偶は間違いなく子供のおもちゃだよ!」
というものにも出会え、なんとも頬が緩んだのです。

確かに縄文という、一見プリミティブな生活をしていたように感じる古代文明も、実際その片鱗に触れただけでも、かなり高い精神性と文明を持っていたことはガンガンと伝わってきました。

また人々が持つ喜怒哀楽も、今の私たちとなんら変わらない感情を持っていた事も十分に伝わってくるようでした。

いや、むしろ多くのタブーにがんじがらめにされている現代社会からみると、全てが解放され自由に自己表現をしてきた彼らのアート意識も、これらの遺物から時の隔たりを超えストレートに伝わってきました。

本当に行ってよかったねと、展覧会の後のお茶の時間にみなさんと再確認しました。
そして日曜日から予定している縄文の最後の砦と言われたや八ヶ岳イベントに続きます。

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そちらもまた、後日報告いたします。

ではでは!











by farmemory | 2018-08-31 00:03 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(1)

**縄文「1万年の美の鼓動」展の報告(1)**

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先日上野の博物館で開催されている「縄文・1万年の美の鼓動」展に行って来ました。
前回台風のため順延し、この日に変更したのですが、それはもう鬱陶しいくらいの快晴(この表現でいいのかしら?)で、気温35度超え。

今回はご希望者7名の方とご一緒しました。
上野の不忍口で待ち合わせ、表参道に本店のある野菜専門店でのランチから始まりました。

私は「ゴーヤとナスの麻婆豆腐」、他の方は「夏御前」「季節野菜のデミ味噌豆腐つくねハンバーグ」「長芋とろろとお野菜天ぷら」など色とりどりのランチを召し上がりました。
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とにかくお野菜の美味しいお店で大満足。

ランチの後に博物館に向かいましたが、短い距離なのに着いた頃には汗びっしょり。

途中参加者の皆さんとワイワイ話しながら展示会場に向かっていた時「擬態飛行機」に関してのお話を降られましたので、皆さんも興味のある内容だったようで聞き耳を立てられました。

c0319737_01033597.jpg少し話をしていた時、お一人の方が上空に目をやりながら「あれは?」と指を指されました。
促されてカメラを向け望遠で確認したら「ビンゴ!」でした。

確かに擬態の航空ウキのようでした。
敢えて言えばこの白さが(真っ白です)判断基準かも・・・


10分待ちと言われましたが5分も待たないで場内に入れました。
博物館の中のなんとも涼しいこと!しかしかなりの混み様。
もしかしたらNHKあたりで取り上げたのかもしれません、平日でしたが年齢層の高いお客さんがたくさんでした。

流石に国立博物館、展示されているものの数とクオリティは今までになかった充実ぶりで、圧巻でした。
特に火炎型土器と縄文のビーナス達や、社交土偶など、国宝もワンサカで、見終わってクラクラするほどエネルギー当りの様な感じで少し疲れました。

縄文の土器や土偶がメインの「アート中心」でしたので、それもまた楽しさ倍増です。

ただ展示に際し「国立」と言う事もあるのでしょう、展示内容やコンセプト、それぞでの土器土偶の解釈が少々アカデミック過ぎる様に感じました。

火炎土器などは祭事に使われたという解釈は頷けはするのですが、でも生活雑器としての見方をする解説があまりに少なく、その辺にも違和感を感じました。

確かにこのデザイン(岡本太郎が腰を抜かしたとされる)からは、現在の生活様式に当てはめると確かに過度な装飾だとは思います。

それでも縄文人たちが毎日の生活を祭事や神事的な生活を基盤にしていたとは思えないのです。
そう考えると、展示される土器のほとんどが、その時代の人々の一般的な精神性(価値観や感情など)の上に作られた生活雑器がほとんどなのではないかと思うのです。


次回に続く











by farmemory | 2018-08-30 01:06 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**余市・小樽イベントの報告(4)**

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小樽イベント最終回(4)です。
**余市・小樽イベントの報告(1)**
**余市・小樽イベントの報告(2)**
**余市・小樽イベントの報告(3)**


このイベントの間に撮影された光の画像を紹介します。

【画像1】
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まずこれは、羽田から新千歳に向かう飛行機の窓から写したものです。
何気なく窓の外を見ていたところ、何か目の端にキラキラっと光るものがあることに気がつきました。

目視ではその光をよく確認できませんでしたが、とりあえずカその辺りの空間にカメラを向け写したところ、後でこの光が写っていることに気がつきました。

スペースシップではなく意思を持つ「エネルギー体」だろうと思います。
まるでwellcomライトみたいで、ほんの少しレインボーカラーに見える嬉しい一枚です。



【画像2】
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次の画像は1日目の夜間観測会で、小樽水天宮の境内から小樽港を写した時に写り込んでいた光体です。

これは参加者の方が写してくださった一枚です。
当日は曇り空で、霧雨が降るような悪条件でしたが、それを物ともせず、低い雲のさらに下に現れてくれた光です。
参考までに同じような位置で、私が夜間モードで写した画像を↓添付しておきます。数分程度時間が違うだけで、こちらの方にはこの光は写り込んでいません。
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見事な「シップ」と言っていいと思います。
所属はおそらくオリオンだろうと思います。

地球での長い使命を終えた仲間たちを迎えに来た船でしょう、正にかぐや姫を迎えに来た月の使者のようなミッションを持っているのでしょうね。

ご本人曰く「何も考えずに無心に港の夜景を移しただけなんですよ」そうおっしゃっていました。
そうなんですよね、彼らは私たちの周波数より高い「次元差カモフラージュ」のようなもので身を包んでいるので、容易に目に触れることがありません。

ただ無心のまま、何の欲もなくカメラを向けたら写っていたというのは、その時の撮影者の次元が「無欲」な周波数だったから写ったということなのでしょう。

「見たい見たい、撮影したい、写したい!」
そう思っている時にはなかなか目に映らず、欲が消えた時に「フッと」目に映ったり、スマホに映り込んだりするのですね。



【画像3】
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さてこちら、同じような位置から、同じように港を写した画像です。

何気なく港の夜景をファインダーで確認していたところ海上にやや強い光があるのが分かり写しました。

上の画像にはフェーリーが写っていますが、下はすでにフェリーが接岸した後で写っていません。ただこの光がある筈の同じ位置に光が写っていません。
日中に観光船で小樽港巡りをした時に確認しましたが、この位置にはブイや浅瀬などはなかったと記憶しています。また画像を明るくして拡大して見ても船影らしきものも一切確認できません。

うっすらと水平線が見えていますが、堤防突端の白灯は位置的にもっと左に位置していた筈です。
またこの離れの堤防には釣り人などは渡ることはないと観光船の乗員の方から聞いています。

画像では小さな光で見落としてしまいそうですが、間近で見たらこの光の強さと大きさはかなりのもので海面にも光の反射があると思うのですが・・。
この光に関しては、ちょっと謎なのです。マリーナから出入りするヨットやクルーザーかもしれないので判断は保留しておきます。



【画像4】
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こちらは、同じ場所で私が写した拝殿直上に見えていた「光」です。

前に写した シリウスの光によく似ています。
屋根の直上にある、ぼんやりした矢印の先のような光です。

左下にあるやや鮮明なグリーンもシリウスのエネルギーだと思いますが、こちらはオーブ的なエネルギー体でしょう。
ただこの光は乱舞するようなことはありませんでしたが、微妙にその位置を変えたり、光の強弱がありました。



【画像5】
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最後はこちら。
これも参加者の方が写してくださった「光体」です。

朝食時にカウンターに座って小樽港をご覧になっていた時に、この光を見つけスマホで写したものだそうです。
この時も、撮影された方は何気なく窓の景色を見ていた時にこの光が見えたそうです。
無欲のなせる技ですね。

この光は位置的に昨晩出現した場所にやや近いところのように思います。また上の【画像4】の光の上空にも思えます。
ただ光の違いなどから、このシップはシリウスだろうと思います。


今回のイベントは、縄文の解放をメインとしたイベントでしたが、そこに現れてくれた意識体やオリオン、シリウスのシップたち。
正に「関係者」たちが一堂に姿を表してくれたんだな~と、しみじみしてしまいました。

東京に戻って数日間は、特に強い感覚や感情値の変化はありませんでしたが、梅雨のない北海道に大雨が降るという異例の気象状況が始まっていることを受け「北海道」もようやく、本来の縄文の目覚めを迎えることになったという確信を持ちました。

今回のミッションの意味は、北海道の縄文の解放と、北海道そのものの目覚めを促すミッションの一環になったと思っています。

以上4回に分けて記事にした「余市・小樽~縄文の解放」の報告でした。

ではでは!











by farmemory | 2018-07-20 01:52 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)