カテゴリ:・イベントメモリー( 29 )

**余市・小樽イベントの報告(3)**

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前回からの続き
**余市・小樽イベントの報告(1)**
**余市・小樽イベントの報告(2)**

余市のイベントミッションを終え、函館本線で小樽に戻りホテルにチェックイン。

夜のお食事は小樽の鮨ストリートにある「日本橋」で夕食を頂きました。
もう美味しくてワイワイ、今日の遺跡巡りでワイワイ、あっと今にお店が終わる頃まで居座ってしまいました(小樽のお寿司屋さん、どこも閉めるの早いですね)
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流石に小樽、絶品のお鮨を堪能し、その足で少し離れた「水天宮」に夜間観測に向かいました。

雨模様の空でしたがここで、参加者の方がとても興味深い光の画像を撮影されました。
また私も、上空に光る不思議な雲を撮影しました。
この2点は、最後の記事でまとめて紹介しますのでお待ちください。


さて翌朝の集合後、小樽市内にある「龍宮神社」に参拝に行きました。
この神社は幕末の有名人「榎本武揚」が創建した神社ということで、近代に建てられた新しい神社です。
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この神社のある場所は古来アイヌ民族の祭場「イナホ」だったところと言われており、その場所に神社の拝殿を創建したと言うことなのです。
つまりかつての縄文の祭場の上に、弥生の神社を建立したと言うことになります。

まさに今回のミッションである、弥生(オリオン)の帰還、縄文の解放そのものだった訳です。

敷地が幼稚園の庭にもなっていて、伺った時には屋外で遊ぶヒヨコ達が所狭しと走り回っていて、足の踏み場もないくらいでした(大げさですが)

敷地内には現財務大臣の名が入った植樹「オンコの木」がありました。
神社のHPには「大久保利通の子孫である麻生さんが、幕末の仇敵であった榎本武揚公との100年目の仲直り」と言うことで参拝・植樹されたとの話が載っていました。

ちなみに、私の母校である國學院大学は有栖川幟仁親王により始められた大学で、この龍宮神社も明治天皇北海道御巡幸の折、随行された有栖川幟仁親王より龍宮殿の名を賜ったとの事です。
何ともご縁のある事だなと・・

そのあとに各自小樽の散策をしました。
2グループに分かれ、A班は小樽港周遊の観光船、B班は小樽市内の観光と分かれました。
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その後駅近くにある小樽の日本蕎麦の名店「藪半」で昼食を頂き、次いで市民会館で縄文のワークショップを行いました。

参加者の方の中に、この会館の中に入った途端、言い知れぬ重さを感じた方がいました。
私も初めて伺ったこの場所に重さのようなものを感じました。
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おそらくこの場所はレイラインのクロスポイントで、その場所だからこそ何らかの意図を持った施設なり、活動拠点としたのではないかと思うのです。
ちなみに小樽市のマークは六芒星なのですね。さらにはあの「ソーラン節」発祥の地だと言うことなのです。

かつて大陸を通り日本にやって来た弥生(ヘブライ)は、九州に上陸すると鉄と争い、稲作という「農耕」を武器に日本(縄文)を席巻して行きました。

しかしその東進が八ヶ岳の強大な縄文に阻まれ、進撃が止まります。
そして弥生は陸路を諦め、富山湾から海路で北を目指し、青森から南下し八ヶ岳を挟み撃ちにし縄文を駆逐したと言います。

その北進のグループのいくつかが津軽海峡を渡り函館へ、または石狩湾に上陸したのかもしれないと思うのです。

事によると竜宮神社と同じように、レイクロスポイントに六芒星をシンボルにした行政施設を意図的に建設したのかもしれません。
縄文の封印と、レイクロスポイントに何らかの意図を持ったな施設を置く事とは同じ意味合いを持ちます。

そう思うと、ここでのワークショップ自体も、押さえつけられてきた縄文を解放する一助になった事になりますね。

以上で2日間のイベントを終了し小樽駅での解散となりました。

次回、参加者の方が写してくださった光の画像などをご紹介します。



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by farmemory | 2018-07-18 00:40 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(1)

**余市・小樽イベントの報告(2)**

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前回からの続き
**余市・小樽イベントの報告(1)**

フゴッペ洞窟の見学の後3箇所のストーンサークルに向かいました。


●西崎山環状列石
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山と名がついていますが、実際には少し小高い丘程度の場所で、木々に囲まれたその場所はなんともいいエネルギーを感じる場所でした。
参加者のお一人は「なんだか踊りだしたくなるような軽快さを感じる」とおっしゃっていましたが、私もこのストーンサークルはとてもポジティブなエネルギーを感じました。

何本かの背の低い石柱が立っていますが、恐らくこれはリンガ(男根)信仰なのではないかと思います。
SEXは生きるエネルギーをストレートに表現する神事と捉えると、この場所がかつておおらかな愛を表現した祭りの場所(祭場)だったろうと思います。

シリウスとリラを感じたことからも、その確率は高いのではないかなと感じました。

このサークルの地下にはかなりの数のクリスタルが埋められていることをビジョンで確認しました、しかもそのクリスタルは今までの眠りから覚め始めたことを感じました。

敷地に手をかざしていると1箇所、とても熱を感じる場所がありました(石柱ではなく、何もないところでした)
その暖かさはとても柔らかく、来訪者にとても優しいエネルギーを感じさせるものでした。(上の画像で皆さんが手をかざしている場所です)



●地鎮山環状列石
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ここも山と名がついていますが、やはり小高い場所にある遺跡です。

西崎山よりは少し行程のある坂道をもぼり詰めたところに、鬱蒼とした木々に覆われ、ひっそりと佇むこの場所。ここは、坂道を登っている時から「重さ」を感じました。

到着してその場所を確認した時、ここが西崎山の遺跡とは全く趣が異なる場所という体感がありました。
石柱もいくつか並んでいましたが、ここから受けるエネルギーはどんよりとした重さを感じました。

地下をスキャンしてみたところ、人骨を確認はできないものの墓所的な場所であり、しかも何らかの封印を感じました。

今この記事を書いている時に、その封印の意味がわかりました。
「閉じ込められた縄文とオリオン」なのではないかと・・・

縄文とオリオンは、いわば相反するエネルギーでありながらこの場所に封印されている事がとても不思議でした。
もしかしたらお互いを牽制しないながら数千年の間、この場所でエネルギー的な筒仮愛があったのではないかと感じたのです。

ちなみに画像にある四角い穴は、近年コンクリートで作られた枠のようでした。
不思議と誰もこの中(敷地)に足を踏み入れようとしなかったのが興味深かったです。

ただ、この場所自体が自らにかけられた封印の解除を強く願っていることはよくまかりました。
恐らく今回の参加者の皆さんが、見えない鍵を持ってここに集まってくれたのではないかと思うのです。



●忍路環状列石
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最後は平地に展開されているストーンサークルです。
管理があまり行き届いていないようで、かなり雑草が生えていて、その場所がよく判別できませんでした。
ちなみに画像の左側は、冬近くに撮影されたもので、全容がなんとなくお分かりいただけると思います。

ここにも敷地内の各所に石柱が置かれ、その石柱を囲むように石が丸く敷き詰められています。
まさに縄文を代表するサークルだと思います。

ただこの場所は、西崎山環状列石のような祭場だろうことはわかったのですが、西崎山ほどのエネルギーを感じません。
むしろ「抜け殻」のような拍子抜けする、草っ原としか感じられませんでした。

ただ、草むらの中に立つ、一本の石柱だけは触れると手にしびれを感じるほどの、上昇エネルギーを感じたことから、決して「終わった」場所ではない事だけは確かのようです。

もしかしたらリラが、この場所を管理しているのではないか・・・
そんなことを感じました。

さて、1日目のミッションはフゴッペ洞窟と3箇所のストーンサークル巡りで完了となりました。

次回に続きます。











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by farmemory | 2018-07-16 00:13 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**余市・小樽イベントの報告(1)**

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少し時間が経ってしまいましったが先日北海道で行なったイベントの報告です。

北海道はご存知のように日本に残された縄文が今も息づく雄大な地です。
本州以南は弥生に席巻されましたが、最後まで縄文を静かに継承してくれました。

その北海道には各地に残る縄文の遺跡が人知れず点在しています。

今回はその中でも余市にフォーカスしきました。

古代文字として知られたプリミティブな壁画が描かれたフゴッペ洞窟、そして3箇所のストーンサークルを巡り、封印されてきた縄文の解放を参加者の皆さんと行うミッションでした。

縄文のエネルギーのある遺跡群はそれはそれは強いエネルギー磁場であることを感じ「まるで呼ばれるようにここに来た」という感覚が強くありました。

また北海道に向かう飛行機の中で見た光や、参加者の方が写された光など、興味深い画像もありますので、そちらも追って紹介させていただこうと思っています。

今回は2日間のイベントを数回に分けての報告となります。


◆1日目ーニッカウイスキーと縄文遺跡。

まず手始めに余市のニッカウイスキー工場の見学からです。
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あいにく晴天とはいかない天候でしたが、雨に降られることなく敷地内の散策をしました。
NHKの連続テレビ小説「マッサン」のモデルとなったのがこのニッカウイスキーです。
広い敷地に可愛く素敵な建物が点在し、まるで日本の風景ではないようです。


その後フゴッペ洞窟に向かいました。
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この洞窟は昭和25年に、札幌から海水浴に訪れた中学生により発見された遺跡です。
洞窟は風化から守るため、建屋の中に保護されています。

中に入るなり、いきなり縄文のエネルギーを感じ、少し体が暑くなる感覚がありました。

思ったほど広さはありませんが、苔の生えることを避けるため薄暗い、最低限の照明に映し出された壁画は、シンプルな「線画」で描かれた稚拙さのある壁画です。

当初はヒエログラフのような絵文字(古代文字)と認識されていたようですが後に儀式的(シャーマニズム)色合いのある、一種の宗教画であるとの説に移行してきたそうです。

この中にある特徴的な絵がこの「羽の生えた人・鳥人」を模ったような線画です。
この絵の判断は確定しておらず、様々な推測がなされているようです。
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私には明らかに羽根と感じましたが、中には「背中に渡した棒にワカメをかけて乾かしている図」なんて解釈を聞き、大笑いをしてしまいました。

しかもこの人物が、他の人々と比べ身長が高く見えます。
おそらくシリウス人、もしくはそのハイブリットの人なのではないかと感じました。
「鳥人」伝説は世界各地に残っていますが、その多くがシリウスとの繋がりがあるとかねがね思っていたので、その答合わせができたように思います。

今回その超人を目にした時、それが確信として感じられました。
まるで「そうだよ、分かった?」
と語りかけてくれたようでした。

そして丸木舟を表しているという線画もあったのですが「そうなの?」と首を傾げます。
ところが同じ時期にロシア北部で発見された壁画に酷似するものがあり、かなりの距離のはずのロシア北部との交流をうかがわせ、とても驚きでした。


次回に続きます。











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by farmemory | 2018-07-14 00:14 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**小さなピラミッド紀行(川場村と愛宕山)(3)**

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「**小さなピラミッド紀行(川場村と愛宕山)(1)**」
「**小さなピラミッド紀行(川場村と愛宕山)(2)**」
からの続きです。

   ・

翌日、川場村にはよく行く釣りのエリアがあって、今回もフライフィッシングをしてきました。
ロケーションがとても良くて、なんだかメルヘンな国に行ったようでお気に入りの場所です。

今回はサクラマスやヤシオマスを釣ってきました。
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上が「ヤシオマス」下は「サクラマス」

ちなみにこのヤシオマスもそうですけど、世の中にサーモントラウトなる名前で売られている魚がありますけど、そんな名前のお魚はこの地球上に存在しません。

サーモントラウトってニジマスの品種改良魚なんですよね。
なのでヤシオマスもサーモントラウトもニジマスなので、個人的には生食は出来れば避けています(淡水魚ですから)
生でいただくのなら一旦冷凍します(家庭用の冷凍庫なら24時間以上で寄生虫はほぼ死滅します)

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さてこの画像ですが、カメラに偶然写り込んだ、降下して来たエネルギー体です。
左右縦に2本の光が写り込んでしますね。

この光からは特にメッセージ性は感じられませんが、可視では確認できなかった光が写り込んだのだと思います。

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早朝から釣りをして、昼過ぎに近くにある古民家ベーカリー「グリエッツィ」に行って見ました。
日によってはすぐに売り切れてしまうほど人気のパン屋さんですが、この日はまだ売り切れていませんでした。

特に目新しい種類のものがあるのではなく、昔ながらの酵母パンです。
でもここのパンが早い時間に売り切れてしまうのも頷ける優しい美味しさを感じるのです。

最後に、川場村の有名寺院「吉祥寺」に参拝して来ました。
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このお寺さんは川場村の方にとっててはとても大切なお寺だそうで、また四季折々のお花が咲くということで、どの季節に伺っても目を楽しませてくれる寺院です。

この吉祥寺参拝を最後に、今回の小さなピラミッドの旅を終えました。


<オマケ>
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帰りがけ、関越自動車道の赤城高原手前で、車中から写した「あれってもしかしたら、ピラミッド!?」のような山を見つけたのでパチリ。

もしかしたら、日本中、まだ誰にも知られずひっそりと佇む、自然の山にカモフラージュしたピラミッドが数多く存在しているのでは・・?
そう感じたのであります。

ピラミッドのお話はまた別途、機会を見てお話ししてみようと思っています。

またピラミッドに関するお話は、はるか超古代に終わってしまった遠い過去のレクイエムとして、でなく、また遠い昔に活動を停止した遺物などでは決してありません。

今現在、世界中にあるピラミッドが長い眠りから覚め「起動」し始めています。
その起動コマンドは遠い宇宙空間からのエネルギー波の形を借り、今地球に届き始めています。

遥か地球創生の頃から始まったスペースファミリーたちによって手がけられ、作られてきた重要な「デバイス」であるピラミッド。
今以降しっかりと注目して行くべき存在だと改めて思っています。

おそらくピラミッドが目を覚ますのに呼応して、本来の目的に目覚める人も増えて来るだろうと確信しています。
すでにそれを感じさせる若い世代の人たちが私を尋ねて来てくれます。

自分が何者であり、なぜここに居るのかを思い出すために。


おしまい。









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by farmemory | 2018-05-29 00:29 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(2)

**小さなピラミッド紀行(川場村と愛宕山)(2)**

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前回の 「**小さなピラミッド紀行(川場村と愛宕山)(1)**」からの続きです。

   ・

次に田園プラザのほど近くにある、今回目的の「愛宕山(小さなピラミッド)」に向かいました。

ここは以前伺った時「何あの小山は!?」と思いながら足を運べないまま帰宅した謎の場所です。

初めて見た時は秋口で、緑も枯れて山の形がよく分かり、見るからにピラミッドだと感じたのです。

確認出来ていないだけかもしれませんが、この小山をピラミッドだと断定した書き込みや情報は見当たりません。
きっとあまりの何気なさに、見逃されてきたのかもしれません。

今回はこの小山に登ってそれを確認しようと思ったのです。

「その昔、武尊山から歩いてきた大きな鬼が、持っていた金棒で地面を突いた時に、金棒の泥が落ちてできた」という伝説が残っている小山です。

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国道から入った場所に静かに佇む愛宕山(標高は604.5mですが、一の鳥居から山頂までは40mくらい)
登り口には一の鳥居があります(画像1)

それを潜り、二の鳥居をくぐると目の前に「諏訪神社」(画像2)の祠が二本の杉の木に守られるように鎮座しています。

左脇にも祠が二つ「スサノオ」を祀ってあります。
諏訪社に柏手を打ってから、右手に進むと愛宕山山頂への階段が見えます(画像3)

愛宕社の額束が架けられた鳥居をくぐり、枕木廃材の階段を登って行きます。
軽い運動になる106段の階段です。

一気に山頂まで登ると目の前に愛宕社の祠が建っています(画像4)

愛宕社に参拝し、狭い山頂をぐるりと一周して見ました。

そこで「ああここはやっぱりピラミッドだね」と、感じたのです。

地下から湧き上がってくるエネルギーをしっかり感じ、ここが「シリウス」由来のピラミッドだと教えてくれます。
またこの周辺は、とても良い水が湧く湧水や川がいくつも走り、正に「川場」の名の通りの場所であることからも、水と深い関係を持つシリウスを強く感じます。

自宅に戻ってからネットでこの愛宕山を上空から見ると、少し面白いことに気がつきました。

この小山が立つのは谷戸(谷の始まり)辺り、ここと同じような立地のピラミッドが長野県にあることに気がつきました。
「「皆神山(みなかみやま)」です。

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(左が愛宕山、右が皆神山)

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(皆神山全景)

皆神山は愛宕山から西に50km程の場所にある、有名なピラミッド伝承のある大きな山です。
地図で見ると同じような立地にあるなと言う事がわかります(谷の方向は皆神山は北西、愛宕山は南方向に伸びています)

谷の真ん中に立つということは、これらピラミッド山の地下には間違いなく大量の伏流水が走っている筈で、その点も良く似ているなと思います。

皆神山は地質学的には単なる溶岩ドームとして扱われていますが、なぜこれがピラミッドと言われているかを次回以降、いくつかのピラミッドを取り上げて考察して行こうと思うのでお待ちください。

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さてこちらの愛宕山の山頂には見ていただけるような大岩がゴロゴロと、その上に小さな祠や石碑が謎のように置かれています。
この巨石群もまた、シリウス系統のピラミッドである事を伝えてきてくれますね。

二の鳥居にはスサノオが祀られています、ということはこの小さなピラミッドは、あのギザのピラミッド群と深いつながりがあると言う事になりますね、とても面白いです。
<ピラミッドはシリウス、その前に置かれたスフィンクス(スサノオ)はオリオン>

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こちらは山頂から見た川場の風景、川場村の多くのエリア(平地部)が正にこの小山の影響下にあることが感じられます。

愛宕山が仮にピラミッドでなかったとしても(私にはピラミッドである確信はあります)
とても高く良いエネルギーを感じる小山であることには違いがありません。

愛宕山参拝の後、すぐ近くにある温泉宿「悠湯里庵」の露天風呂でゆっくりゆったりでこの日を終えました。
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by farmemory | 2018-05-23 00:24 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**小さなピラミッド紀行(川場村と愛宕山)(1)**

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先日群馬県川場村に行って来ました。

ここは群馬県の北部に位置する静かな山郷の土地で、とても綺麗な田園風景と、何より豊富な湧き水に恵まれた水の美味しい場所です。

今回は、その川場村にある、誰も気にも留めないような小山のお話を、小さな旅紀行と共にご紹介します。

1日目に立ち寄ったのが川場村の隣、沼田市にある吹き割りの滝。
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ものすごい水量の流れで見ているだけで引き込まれてしまいそうな壮観な流れです。

川に降りてゆく小道に、地元の方がやっている小さなお土産さんがあります。
ここで、地元の方が手作りするザルと箒を購入、もちろん日本製でとても作りが丁寧です。

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渋谷ヒカリエの中にある雑貨屋(D47 MUSEUM)で手に入れるのと同じくらいのレベルで、金額は多分半分以下でしょうかね。

もう一つ、地場で取れた梅を使った昔ながらの(しかも北関東の)酸っぱくてとても塩辛い天日干しの梅干しも手に入れてきました。
数年どころか、10年経っても問題なく口に出来る本物の梅干です。

そのあとに川場村にある道の駅「田園プラザ」に行きました。
ここの道の駅は以前「道の駅アワード」でグランプリに輝いたそうで、ロケーションの良さや余裕を持った広いエリアにいくつもの店舗やレストランが並んでいて、半日遊んでいても飽きません。

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今回は行くのが遅かったので生鮮野菜はあらかた売り切れてしまっていましたが、自然薯、タケノコ、タラの芽、ウドの葉、乾燥舞茸と干し椎茸、草大福をGet。

川場村はバブルの頃、周辺の市町村が現金を積まれて自然環境より経済優先に走ってしまっていた中、この村は住民の総意で「美しい里と自然を残したい」と、怪しげなデベロッパーたちの誘いに乗らずにいたそうです。
だからこそ美しい自然が今になって最大の誇りとして残されたということなのでしょうね。

もしかするとこの地にひっそりと佇む「愛宕山(里の小さなピラミッド)」の保護下に、この村が入っていたからかなと思うのです。
(小さなピラミッドのお話しはまた後で)

賑やかで騒がしい喧騒もなく、一部の人たちだけのためのアミューズメントも無い代わりに、なんの変哲もない美しい里と自然があります。
「何も無いがある村」ですね。

ちょうど代掻きの時期で、青い空を映す水の張られた田んぼの美しさ、カエルたちの大合唱、そこかしこから湧き出て流れる清流の音、田のドジョウを狙う新緑に映える鷺の白、川面を飛び回るツバメたちの可愛い声・・
日本の原風景がここにある気がします。

4000人の村の人口に、年間200万人を超える人が訪れるというその意味がよくわかります。
訪れる日本人観光客の多くが、この里の風景と自然に触れに来ているのでしょうね。

誰でもいいから来ればいいと言う経済優先での観光客誘致をした挙句に、本来の美しさを損ねてしまっている地域がいくつもある中、本当の観光ってなんだろう?と言う事を見せられた気がします。
住民の皆さんの民度の高さを感じます。

続く










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by farmemory | 2018-05-21 00:54 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(1)

**那須殺生石「オリオン解放」イベントのご報告(3)**

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(那須殺生石でのイベントの報告(1)
(那須殺生石でのイベントの報告(2)

   ・

那須殺生石でのイベントの報告(3)です。

c0319737_00380460.jpg温泉神社の拝殿での参拝に続き、すぐ横にある「九尾稲荷大明神」に参拝をしました。

まず私が一番初めに祠に向かい「ようやく来ましたよ」と声にならない問いかけをした途端、自分でも驚くほどの涙がこみ上げて来ました。

今までに何度か解放ワークを行って来ましたが、これほどまでにハートチャクラに響いたことはありませんでした。

今思えば、理不尽に閉じ込められて来た稲荷(狐)の喜ぶイメージと、長い長い間、会いに来れなかった思いとが交錯し感極まったのかなと思うのです。


稲荷参拝を終え神社横の脇道より殺生石に向かいます。

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長い距離ではありませんが、殺生石に近づくに従い硫化水素の匂いが強くなって行きます。

殺生石前にくると、その匂いはMAXになり、草木の生えない地表の所々に黄色い硫黄の結晶が見えます。
この光景(硫化水素の流れる地表には草木が生えません)を見た昔の人は、まさに石から毒気を吐いていると物語ったのも頷けます。

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でもそれはあくまで目に見える光景です。
意識を集中し、この地に拘束されている狐(オリオン)に意識を飛ばして見ました。
やはり思っていた通り、ここには解放を待つオリオンの悲しみが封印されていることを強く感じるのです。

そこで参加者の皆さんにお願いし、玉藻前が閉じ込められている石を「割る、蓋を取る、封印を解く」
そうしたイメージを抱いてもらいました。

すぐに皆さん反応されたようで、中にはこみ上げるものを感じられた方もいたようです。

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こちらは途中にある千体地蔵、賽の河原をイメージさせる光景なのですが、不思議に重い感じはありませんでした。

硫化水素の量は危険価では無いようですが、それでも長居は無用と言うことで、10分ほどでメインイベントを終了しました。

その後神社前の麺処「青木や」さんで昼食をいただきました。
まだ12時台だというのにお蕎麦は売り切れで、人数分の手打ちうどんはあるということで全員うどんを注文します。

食事をして20分ほどの坂道を、今回の感想など皆さんとワイワイ言いながら20分程の坂道を下り、ホテルからのシャトルバスで那須塩原駅に。
そこで今回のイベントの最終完了となり解散しました。


今回のオリオン(九尾狐)を解放させるということは、せっかく閉じ込めていた巨石からネガティブを呼び起こしてしまうのではと思われるかもしれませんが決してそうではありません。

次元移行を始めた地球にとってオリオンを解放させるということは、彼らが役割を終え自分たちの故郷に帰還することを意味します。
ありがとうの思いを込めて、彼らの帰還に寄与したいとの思いからのワークイベントだったのです。

更には、今回のイベントの趣旨は、単にオリオンの解放と帰還のバックアップに留まらず、参加者全ての方の中に眠る「自分自身のオリオン(ネガティブ)の解放」を目的としたものでした。

人類として地球に生まれる(転生する)ということは、誰も皆自分自身の奥にオリオンのエネルギーを宿して生まれて来ています。

でも地球自体が次元変化を始めた今、その子達である人類が自分自身のネガティブを認め、そしてそのエネルギーを解放してゆくこともまたとても重要な時期になって来ています。

人類は皆、自分の中に大きさは様々であっても、ネガティブを持っていることに何処かで気がついているからこそ、古来人は皆、聖人君子や正義感を持つ者であろうとして来たのではないかと思うのです。

自分に向けられるネガティブエネルギーに触れた時、自分の中のネガティブ意識が目を覚まし同期してしまうので、殊更ネガティブを避け「綺麗な言葉や美しい景色こそが重要」と思い込もうとしてきたかもしれません。

次の次元に進もうとしている今、私たち自信が自分の中に眠るネガティブをしっかりと理解し、それを避ける事なく表に出して行くことが解放の繋がって行きます。


自分にどれだけ正直に生きるか、自分自身に向き合うことができるか。
その意味も実にここにあるということなのでしょうね。

   ・

<以下今回ご参加いただいた方からのお便りを抜粋、掲載させて頂きます>

●(イベントの翌日)今朝とても不思議な感覚で目が覚めました。
髪の長い女性と九尾ではなく普通の狐さんが、ここから出る事が出来てとても嬉しいです。ずっとここから出たかったが、出る事が出来ずにいました。本当にありがとうって言ってるみたいな感覚でした。
初めてあの場所に立った時、ものすごい悲しみに呑み込まれてしまい 涙が止まりませんでしたが、石から出してあげるイメージをしてからは、清々しい気持ちになりました。
もっと早く行ってあげれば良かったと思ったのですが、ハイヤー(セルフ)さんからタイミングの問題だと言われました。
私は今まで大きな勘違いをしていました。狐さんは悪くない。
人間によって利用され、すべての悪を押し付けられていたんですね。そうやって考えると縦目の動物達も狐さんと同じなんですよね。


●温泉神社をお参り後、殺傷石で匂いに悩まされながら、遊歩道を歩いて沢山のお地蔵さんに圧倒されました。
参加された方々が何かを感じて涙されるのとは対照的で、九尾の狐が、はにかみながら、嬉しそうに上がっで行く様子を感じてました。
玉藻前に寄り添った思いでは、女性としてのさぞや無念な気持ちであったのだろうと思うのですが、九尾の狐は、案外無邪気な純真な魂の持ち主ではなかろうかと。
なぜなら九尾の尻尾を回しながら一瞬私の顔に触れたかと思うと天に向かって飛んで行く様子が浮かんだのでした。


ではでは!


今後の解放イベントはまだまだ続きます。
年内は以下を予定しています。

●北海道小樽・縄文解放イベント
●太宰府天満宮と筥崎八幡イベント
●淡路島の沼島ワーク・おのころ島神社と伊弉諾神宮
●徳島剣山ワーク











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by farmemory | 2018-04-14 00:49 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

那須殺生石でのイベントの報告(2)

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那須殺生石でのイベントの報告(1)

   ・

那須殺生石でのイベントの報告(2)です。

夕食は中華バイキング、お肉を召し上がらない方も多いのでバイキングは有り難いです。
お腹が空いていたのでしょう、いつも以上に欲張り過ぎて苦しいこと。

食後に敷地内を移動し、夜間観測のため北側の駐車場に向かいます。

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途中noキラキラエリア、プチエレクトリカルパレードですね。
この日は急に気温が下がったとの事でダウンを着ないと夜の外出は厳しいくらいでした。

夜間観測では、那須岳方向を飛行するペースシップと思われる光体を皆さんで目撃しましたが、今回は残念ながら撮影はできませんでした。

一つは那須岳方面からこちらに移動してくる光体で、途中忽然と消えてしまいます。
もう一つは、デジカメでは撮影できないような薄い光体ですが、ものすごくユックリと西から東に移動して行くシップ。
この他にも航空機に擬態したものが数機観測できました。

c0319737_23354628.jpg これは、空に向かって任意にシャッターを切った一枚に写り込んでいたエネルギー体。
とても綺麗なマリンブルーで、これがオリオンカラーなのではないかと思います。

1日目はこの夜間観測で終了。








<2日目>

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こちらの画像は翌日朝に部屋から撮影した擬態航空機です。
飛行機雲を後ろに引いていますが、左翼先端とコクピット前に雲のような白いものがうっすら見えています、これは次元の揺らぎで起こったもではないかと思います。

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こちらは南東方向に滞空していたシップです。
プレアデスタイプよく似ているのですが、色が少し違うようで、これもオリオン系列のシップではないかと思います。

朝食後那須の道の駅「友愛の森」でお買い物。

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道の駅前で久々にお会いしたニッセイコーンのニックンとセイちゃん。
新しいものなのでしょう、状態がとてもいいです「ウチに来る?」と言ってももちろん返事なし。

c0319737_00095320.jpgその後まだ時間があるので北欧雑貨やムーミンショップのある「フィンランドの森」でお茶タイム。

そこで、ずっと探していたけどなかなか出逢えなかったマリメッコのグリーンタイプのウニッコ・ラテマグ発見、思わず衝動買いをしてしまいました。

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カフェではまだペレット燃料のストーブがしっかり仕事をしていましたよ。

時間になったので今回のメインイベントである温泉神社・九尾稲荷大明神、そして殺生石に向かいます。
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まずは温泉神社前の「こんばいろの湯」で禊がわりの足湯をいただきました。
ちなみに「こんばいろ」とはこの地の方言で「カタクリ」のことだそうです、なるほど神社内にはカタクリの群生が見られました。

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こちらは大鳥居をくぐってすぐのところに湧く「愛宕福神水」と「愛宕社」
石段の登り始めはよかったのですが、上に行くに従って角度がどんどん急になって行きます。
しかも石段の奥行きが狭くなって行くので降りる時の怖い事!
「聞いてないよ!」


c0319737_23515738.jpg左は御神木のミズナラ、その名も「生きる」

参加者の皆さんが、この幹に触れたのですがほとんどの方が、幹と地から強いエネルギーが湧いてくることを感じられたようです。

私もはっきりと手に「熱」を感じました。
また新芽の出る前ですが、ここに葉が茂ったらきっともっと美しいのでしょうね。

ちなみに、この御神木の幹には数ミリほどの短い枝が生えているのですが、その細い枝に多くの穴あきコイン(5円、50円)が輪投げのように通されていました。


次回、メインイベント「殺生石」のお話で完結します。













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by farmemory | 2018-04-13 00:11 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**ナス殺生石「オリオン解放」イベントの報告(1)**

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先日行った那須殺生石でのイベントの報告(1)です。

かつて鳥羽上皇に寵愛されながらも、陰陽師の阿部泰成に九尾の狐と見破られた玉藻前が那須に逃避しました。
その後、追っ手として上野介広常、三浦介義純に成敗され大石(殺生石)となったと言う悲しい伝説が伝わっています。

狐といえば稲荷。
稲荷といえば、ネズミから稲を守る狐。
稲作をはじめとする「耕作」の始まりは、この地球をすべての生き物の共存の世界(エデン)から、人類絶対優位の世界に変えていったオリオンそのものです。

耕作から始まった「富の蓄積と貧富の差」
でも、こうしたネガティブ面こそが人々に辛さや悲しみを体験させ、そこから人類進化の遥かな道のりが始まったのです。
オリオンは人類の我欲や執着と言うとても重要な役割を担ってきましたので、彼らがいなければ人類進化と、その先に控えた次元上昇はあり得なかった事でしょう。

さて、玉藻前はとても美しい姫と言われていました。
彼女は、まるで人魚姫の伝説と同じで、自分が心から愛した鳥羽上皇の側にいたいだけで、伝説にある様なことはなく、決して人々を惑わしたいとは思っていなかった様なのです。

その純粋な思いを持ったライトサイドのオリオンを、ダークサイドの陰陽師が自分たちの保身のために彼女を追い詰めたという事を、ビジョンで見てきました。

物語で語られてきた話と違っていたのですね。

殺生石は稲荷の中でもかなり強烈なエネルギーを持っていると伝えられ、正に九尾狐の閉じ込められた場所と言われてきました。

ところが実際にその場所に行ってみたら、恐ろしげなエネルギーを感じることはありませんでした。
それどころか閉じ込められていた狐の姫がとても悲しんでいることが感じられました。

それは参加者の多くが同じように感じられたと言います。
おそらく今回の参加の方の多くが、そんな狐姫の女性的な思いに魂レベルで反応して集まられたのでしょう。

私も今までオリオンの解放を行なってきましたが、今回は特別な感情が浮かび自分でも少し驚きました。
そのお話は次回以降に回します。

   ・

では報告日記です。

この日は急な冷え込みで、那須塩原駅に降りた時には少し肌寒い陽気でしたが、見事に晴天。
ホテルのお迎えの車に乗り、宿泊ホテルに向かいました。

初日はホテルの会議室での3時間のオリオンワークショップから始まりました。

終了後夕食までの時間入湯。

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那須の硫黄泉が豊富に湧く天然かけ流し、体に香りがつくほどの硫黄と硫化水素の香りです。
ここに来る前に脇腹に軽い湿疹があったのですが、1回目の入湯で見事に消えました。
硫黄泉凄いです。

那須の温泉は、那須岳火山を湯元とした温泉郷で、リラのエネルギー影響下であることは間違いありません。
そのリラのエネルギーエリアに、高い女性性を持つ玉藻前が逃避してきたというところ、なんとも切ない思いがします。
リラはその悲しみの玉藻前を、全力でかばったのではないかと思うのです。

しかし、まるで魔女狩りに合う様に玉藻前は二人の武人に成敗されてしまいます。
リラとオリオン、繋がりがあるのですね。

那須温泉に身を沈めると言う事は、まさしく那須岳のリラエネルギーに触れ繋がることでもあるのです。
翌日に控えた殺生石参りの事前の「禊」になります。


今日はここまで、次回に続きます。











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by farmemory | 2018-04-12 00:13 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(2)

**アンデス展(2)**

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前回アトランティスから始まるヘブライは、疑いもなくオリオンの影響下にあったとお話ししましたが、では南米の統治者は?

「ニビル」を強く感じたんです。

現段階で、その天体がどこにあり、どういう素性の存在なのかを理解できていませんので、その呼称が正しいかもはなはだ心もとないのですが、感じたままに。

その天体の人々もまた、3次元周波数帯に存在する高度な文明を持った異星人たちだろうと推測します。

それを証明してくれるのが、あの「ナスカの地上絵」群です。

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今では知らない人はいないというほど有名なナスカ高原の地上絵。
天への畏敬で儀式的に作られたという考古学的解釈と、もう一方では地球上には存在しない高度な文明の飛来者に向けたランドマークだという説が存在します。
ここでは後者のスタンスでお話を続けます。

天空からやってくる地球外生命体に向けた、いわば滑走路や目印だとすると、彼ら地球外の者たちも「視覚」によってその場所を特定したり、また「形」を描くことによって生ずるエネルギー波を感知し、その場所を特定してたのではないかと思うのです。

このテクノロジーレベルは、地球人の科学力では話にならないとしても、五感を使って対象物を認識するという行動な訳で、極めて3次元的なアナログテクノロジーと感じます。
つまりナスカの地上絵に向け飛来する地球外の知的生命体達が存在するのであれば彼らもまた、3次元世界の人たちだったということです。

今地球に対して温かい目を向けているスペースファミリー側は3次元以上の高い周波数を持った人々でしょうから、地上に図形を描くことの意味もなく自分たちが探す場所など瞬時に特定できるはずです。
また呪術的な「形」によるエネルギー発生を利用する必要もなく、空間から自在にエネルギーを取り出す能力など「朝飯前」な事でしょう。

これらの地上絵はBC200~AD800年の1000年間に作られたとされています。
これって、まさに日本に弥生が入り込んできた頃と合致するんですね。

日本ではナスカの地上絵と同じ目的で作られたのが古墳時代の墳墓群、また各地にあるピラミッドもまた同じ意味合いから作られたものでしょう。

全ては3次元の地球外生命体との交流、コンタクトを目的としたものだと思うのです。
実際日本の古墳群もまだしっかりと機能していますので、その近くや上空でもシップたちの目撃例が絶えませんね。

オリオンの3次元生命体やシリウスBのレプ族も同じように、それら遺跡を利用していたのではないかと思います。

ただ、3次元だから、とか高次元だからという理由で、その人々をジャッジしたり判断したりすることは無意味なことです。
高いテクノロジーを持つ高次元存在の存在たちも今現在も遺跡群を利用してもいますし、3次元の異星人たちも地球に対する過干渉もすれば、地球人の体験学習のバックアップもしますので、一概に彼らを白黒で判断することはできないでしょう。

今回の展覧会はあくまでアンデス(インディオの文明)にフォーカスした展覧会でした。


今回の展覧会はピサロやコルテスなどのコンキスタドール達による中南米の人々への虐殺の意味を探るものではありませんでした。
彼らがが中南米に来た「真の目的」に関してのヒントは展示内容や、キュレーターの方向性からは残念ながら感じ取ることはできませんでした。
通説では金の略奪がその最大の目的と解釈されていますが・・・

果たしてそうなのかどうか?
真の歴史も近い将来紐解かれて行くことでしょう。

アンデスの持つ重く息苦しいエネルギーに触れることを覚悟で伺った展覧会でしたが、会場内ではあまりその重さを感じなかったものの、
時間差で翌日遅れてその影響(感覚)を感じました。

と言うことで今回のアンデスイベントを持って年内のイベントを終えました。











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by farmemory | 2017-12-25 00:37 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(1)