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カテゴリ:・イベントメモリー( 76 )



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前回からの続き。
**三浦半島岬めぐり(1)**
**三浦半島岬めぐり(2)**
**三浦半島岬めぐり(3)**

<鴨居八幡>
翌日は三浦半島の三つの神社を回りました。
手始めに鴨居八幡からです。ここの神社は八幡神社ですので、祭神スサノウです。
この神社はあまり重要視されない神社なのですが、今回のスサノウ(オリオン)帰還のためには外すことのできない神社でした。

参拝では特に何かが起こったわけでも感覚的に感じつものがありませんでしたが、神社を離れる時に次に「向かう神社に続く」という感覚がありました。


<東叶神社・西叶神社>

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次に伺ったのが浦賀にある東叶神社と西叶神社。
こちらの鴨居八幡と同じく、誉田別尊など八幡神を祭神とする神社です。

源氏の再興を願って建てられ、また頼朝により「叶神社」の名が付けられたとあります。
それだけでなくこの神社が立つ浦賀はペリー来航の地としてあまりにも有名です。

彼はアメリカ政府以上に力を持つ裏の集団に操られて通商団として来日していますが、彼がこの浦賀に寄港した事は偶然ではないように思います。。

八幡、スサノウ、応神天皇、頼朝、ペリー。
これだけオリオンのカードが揃った場所も他になないのではないかと思うのです。

それを物語る体験をする事にもなりました。

先ずは御朱印をお願いし拝殿に手を合わせました。
ついで拝殿の左側、山の裏手に続く階段を登り始めた時の事です。

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この階段は奥の院に続くのですが、登り始めてすぐに、あまりに体が「重たい」と感じたのです。

最初は気のせいかと思っていたのですが、段を登るに従い徐々に膝にかかる重みを感じてくるのです。

流石に奥の院に行く気は失せ、途中にある勝海舟の碑文のある広場までで断念しました。
普通であればどうということのない石段でしたが、登り始めると、まるで誰かが背中に乗っているような、体重が2倍くらいになったような「重さ」が足にかかってくるのです。

ようやくその広場に来た時には、私だけでなく参加者の方が同じような体感があったと口々にお話になります。

ここで自分だけの個人的な感覚ではない事がわかりました。

明らかにこの重みから、私たちにこの広場には来て欲しくない何者かを感じたのです。

ただその感覚は決して怖いとかいうものではなく、今まで安定してきたこの場所のエネルギーから
「区切りをつけなければ」「仕事が終わるのだ」
そんな警戒感を持つ「誰か」を感じたのです。

そんな事を思っていた時、何匹かの黒アゲハ蝶がどこからともなく飛んで来ました。

その時、この地に封印されてきたオリオンがあまりに長い封印により、逆に封印を安定と感じてしまっていたのだと言う事が感じられたのです。
なんだか切なかったです。

そこにオリオンの解放を願う人(今回は私たち)が来ることで、安定(封印)から自由(帰還)への大きな変化となる事への「戸惑い」だったと感じられたのです。

この広場に関係する勝海舟は幕府側の人間と言われていますが、彼は明治維新を画策したネガティブ側の役割を担っていたことが今回この場所で感じられたのです。

彼が太平洋横断の安全を祈願して、この叶神社で断食と禊をしたと言う事も、よくよく考えれば朝廷や頼朝、ペリーと関わる場所である事を思えば何か辻褄が合わない気がするのです。
きっと歴史に語られない真実が他にもたくさんあるのでしょうね。

そんな事を皆さんとお話しして、東叶神社を後にしました。
そして徒歩で近くにある「浦賀の渡し」に向かいます。


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「浦賀の渡し」は対岸の東浦賀まで、狭い浦賀湊を往復する渡し船で片道数分の本当に短い渡し舟で、料金は¥200。
しかもこの渡し舟は横須賀市唯一の市営交通事業だそうで、なんとものどかなことです。


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渡し舟に乗り対岸の西可能神社に向かいます。
ここでもおかしな事が起こります。

さっきまで問題なく動作していたデジカメが、西叶神社の鳥居前で一枚だけ画像を撮った後、いきなり誤動作を起こし全く使えなくなってしまったのです。

東叶神社での出来事があったので「ああそういうことね、写すなと・・・」
でもへこたれることなくスマホで「超かわいい狛犬ちゃん」を写してきました。

c0319737_02314722.jpg柱の向こうからそ〜〜っとこちらを覗く狛ちゃん、たまりません。
家に帰ってうちの人に見せたら「わあかわいい!スマホの待ち受け画面にするから頂戴」と言われました。

もし西叶神社に行かれる事があったら、かくれんぼしているこの狛犬ちゃんを探してみてください。
西叶神社ではデジカメの不具合はあったものの、特に大きな体感はありませんでした。

もしかしたら東叶神社ですでに大方のワークは終えていたのかもしれません。
「なら、カメラの不具合は?」なんですが、気にしないのだ。

両神社の後に城ケ島そして三崎でランチをし、海南神社を参拝し葉山まで戻り夕焼けの相模湾を堪能し今回のイベントを終えることなりました。

今回は前半で女性性の解放と、後半でオリオンの帰還の手助けが出来たかなと思っています。

ということで、三浦半島岬めぐりの最終回でした。

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おまけ

お付き合いありがとうございました。










by farmemory | 2019-10-03 02:34 | ・イベントメモリー | Comments(1)



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前回からの続き。
**三浦半島岬めぐり(1)**
**三浦半島岬めぐり(2)**

<走水神社>
この神社は三浦半島のやや突端あたり、走水という地域に鎮座する神社です。
走水という地名の由来は諸説ある様ですが、その一つにその地域から豊富な湧き水が出る事に由来しているとあります。

確かにこの走水の境内のお手水には、冷たい湧き水が流れ出ています。
また霊水として信仰されてもいる様です。

画像にもある通りこの神社の背後には小高い低山を背負い、その中から湧き水が出ているところを見ると、この小山もまたシリウスエネルギーを持つ自然形成のピラミッドなのだろうと思います。

国道から少し入った神社、その社務所のある場所から拝殿まで急な階段が続きます。
伺った時は台風が日本海にドカンといる時なのでしたが、日焼けを気遣う必要があるほどの好天で、かつ大変な強風が吹いていました。

この走水神社の由来に関しては前回の記事「**三浦半島岬めぐり(3)**」ですでに紹介してありますので、ご興味があればそちらもご覧ください。

須佐能を祀る神社なのですが、すでにここにはオリオンの重さを感じませんでした。
オリオンの帰還が始まっていますので、この走水神社のオリオンもすでに帰還されたのかもしれません。それほどに軽さを感じたのです。

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拝殿に参拝し、裏手にある豊受姫命が祀られている稲荷社と2対の河童が置かれている水神社に手を合わせます。
そして拝殿左手から続く「三社(明神社、須賀神社、諏訪神社)」が祀られている裏山への坂道を登り、祠に手を合わせてきました。

結構勾配のある坂道なのですが、なぜかその坂道がとても楽に感じたのです。
お話ししているようにこの小山はシリウスと関係が深いからでしょう、シリウス人の私には相性がいいのかなと思っていました。

ところが参加者の皆さんもあまり息を上げる事なくスルリと登れたたと口々に言われます。
まるで体が軽くなったようでしたが、おそらくこの裏山の周波数がかなり高いのではないかと思います。

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暑い日中でしたが、小鳥の声と木漏れ日の祠前はなんとも清々しい場所でした。
女性性に関するお話は別として、なるほどこの場所のエネルギーはとても高い事からパワースポットと言われる理由が分かりました。



<森戸神社(森戸大明神)>

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走水神社の参拝を終えホテルにチェックインし、葉山の森戸神社に向かいました。

源頼朝により建てられたこの神社は明神社なので、ここもオリオンの影響下にある神社。なおかつ頼朝と関わる事から、オリオン100%の筈なのですが、今ではその片鱗も感じません。
この神社は「縁結び」のご利益のある大明神として知られ、日々縁結びを願う方が参拝に来られています。

縁結びと言う、なんともポジティブなご祈願のために日々若い女の子たちが訪れて下さっているので、もうオリオンの重さなど「骨抜き」にされてしまったのではないかと、そんな事を感じるのです。

そのためここでのオリオン解放ミッションと女性性の解放はとても簡単に終えることが出来ました。

この次元には男女という別々の性別が存在するわけですから、多くの人たちが出会いと縁を願うのはごく自然の流れです。

逆に現行の社会に担保されているだけのお受験とか出世とか商売繁盛とか、そうした願いはその国や国家、社会体制が瓦解してしまえば、その願いの意味すら曖昧になってしまいます。

でもどんな時代であろうと、人族、宗教、イデオロギーが違っても、男女の出会いとはそんな砂上の楼閣のような「ハリボテの社会」などにはビクともしない、人類の持つ揺るぎない根源的な希望であり願いです。

ただ出会いや縁を願うのは良いとして、あまりに強い婚活願望に意識を向けすぎてしまうと、そこには行き過ぎの「執着」が生まれてしまうかもしれません。

出会いを夢見る女性性の緩やかでほんわかした想いは地球にとても温かいエネルギーを送りますが、それが行き過ぎてしまうと少し重たいエネルギーも生まれてしまいます。

出会いは決して偶然ではなく、生まれる前にパートナー同士の魂が約束してきている筈です。
そうであれば時間的なタイミングは決められなくとも、確実に出会いの日はやって来ます。

どこの神社であっても、そこに参拝に来られる方たちの想いは「念」となって神社の地に染み込んで行きます。
そしてそのエネルギーを感知する事によりこの神社に来られる方達の想いが感じられるのです。

ここ森戸大明神からは、何かこう ”激しい執着” というものがあまり感じられず出会いの偶然を緩やかにでも待とうと願う人たちの、緩やかで微笑ましい思いが伝わってきました。

このエネルギーこそ頼朝の仕掛けた男性性を緩和し、優しい女性性により包み込んでエネルギーを変化させているのが伺えるのです。

神社といえば、威厳であって伝統を重んじる古風な場所として大切にされてきました。
しかし、その古風さや伝統とは男性性を中心とした社会体制や価値観を意味してもいます。

神を讃える場所として厳格に姿勢を正し、しっかりと儀式めいた参拝を心がける事を強いられますが、最近若い人たちはそうした意識も薄くとてもフレンドリーに神社と接しはじめているように見受けられます。

しかし、だからと言って神社に対するリスペクトがないかといえば決してそんな事はなく、敬意は払いながらも儀式めいた所作と言う男性目線の堅苦しさに縛られなくなっているのではないかと思います。

この辺りも、世界を押さえつけてきた古い男性性世界の重しを解き、女性性の解放に向かわせているようにも見えるのです。

またインバウンドの人たちにとって寺社は単なる観光地でしかないかもしれませんが、縁結びを願う女の子たちはその場所が神聖な場所であるという基本的な意識はしっかり持っているように見えるのです。

むしろ伝統とか歴史という小難しい観点から見ている中高年の方が、本当の神社のありようを理解していないのではないかと思ってしまう事すらあります。

今までにも何度も詣でている森戸神社ですが、今回このような事を感じたのは初めてでした。
縁結びの神社は数多く存在していますが、私にはこの森戸大明神は数少ない ”ラッキースポット” なのじゃない?
なんて感じたのです。


神社裏手には相模湾が一望できる広場があり、海に降りれる場所があります。
そこから石原裕次郎を偲んで、兄の石原慎太郎氏が建てた「裕次郎灯台」を見ることが出来ます。

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私事ですが、すぐ近くの葉山マリーナからプレジャーボートを出してこの裕次郎灯台の周辺をクルーズすることがあり、岩場の多いこの海域では灯台はとてもありがたい存在です。

今回は台風の余波でかなり強い風が吹いていましたので、あまり長居はできませんでしたが、参拝を終える頃にちょうど日没の時間と重なり、雲は多いものの相模湾の夕焼けを見る事ができました。

しばらく眺めていると小田原辺りの少し沖合の上空にひときわ明るい雲がたなびいていましたので、カメラの望遠で撮影しました。帰ってから確認したところシリウスのクラウドシップが形成されつつある場面でした。

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とても幻想的です。
その後葉山のレストランで食事をし、ホテルに戻りこの日を終えました。

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次回に続く









by farmemory | 2019-09-30 00:03 | ・イベントメモリー | Comments(0)



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前回からの続き。
**三浦半島岬めぐり(1)**

先日三浦半島でのオリオン解放ワークを行ってきました。
台風17号が日本を通過していたその最中のイベントとなりました。

三浦半島という特異の場所は強いオリオンの影響下にありました。
日本の歴史においては「源頼朝」の存在を強く感じる場所であり、千葉の房総半島、伊豆半島、そしてこの三浦半島。

関東にある主要な半島には頼朝の強い呪詛がかけられています。
半島は、地政学的には孤立した地域なので国を治めるためにはそれほど重要な場所ではないように思います。

でもそれはあくまで地上でのお話、この3っつの半島の重要性は「海」に突き出した岬であり、船をつける桟橋でもあるのですね。

かつて弥生はまず陸路縄文の排除のためにスサノウの軍を東進させました、そしてこの三浦半島の走水という場所まで来て、そこから海路房総半島に渡ろうとしたところ、嵐に会うという神話が残っています。

スサノウはまさに軍隊。
武力を持って縄文を根こそぎ消し去って行く現実の軍隊だったのでしょう。
そしてスサノウという神格化された擬似神はまさにこの弥生の武闘派集団を指していたのだろうと思います。

さらに今回最初に伺った走水神社の由緒には、スサノウの軍が海路房総半島にに向かおうとしたところ急な嵐に遭遇し危うく遭難しかかり、船に乗り合わせた妻である弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)が、その身を海中投じて嵐を沈めスサノウの軍を無事(?)房総に渡らせたとあります。

そのため、この神社は夫のために身を捧げた弟橘媛命の行動を「女性の鏡・妻の見本」と賞賛され、以来この神社は女性の運気を上げる「女子力アップ」の神社として崇められてきました。

でも、この姫の行為が女性の本文を尽くしたという解釈、どうなのでしょう?
それを褒め称えた当時(奈良時代に編纂された「古事記」「日本書紀」の頃)の価値観が垣間見えてきます。

今回三浦半島で行ったイベントは、この部分に関わる事でした。
次元が大きく変化しようとしている今、女性性がこの地球を包んで行くであろう時に「そりゃあないよ」と思ったので行った解放ワークなのです。

夫にために生きる事や、身を犠牲にして子を守る母は、それは勿論間違った行動でも、否定される事でもないでしょう。
そこには対価を求めない「無償の愛」があればこそです。
これは女性だけがと言うのではなく妻のために身を捧げる夫という形であっても同じ事です。

ここには男女と言う性差は関係なく、愛する者に対する無償の愛はそれは確かに美しい事でしょう。

ただそうした行為はパートナー同士、親子間だけでの極めて個人的な事です。
事情だって個々に違ってくるでしょうし。
その行為を他者が賞賛したり、ましてその行為を美徳とし人に対する道徳教育に利用しようとする事には違和感を感じます。

価値観とは一人一人様々な判断を持っていて当たり前の事です。

何を正しい事・優れた事と判断するのかは、それぞれの個人に任されているはず。
それをネタに人々の意識をある一つの価値基準に向かわせるために時の為政者が人々の意識コントロールに利用したのではないかと思うのです。まして神の名を使うことも如何なものかと・・・

奈良時代の人々の意識がそうだったというよりも、それを美しいと啓蒙した当時の貴族・武士階級の思惑が見て取れる気がしてなりません。

こうした神話は「勝ったもの勝ち」で、いかようにも自分たちの行為を正当化、美化できるわけです。
つまり弥生の蛮行を神の名の下に書き換え、神話化したという事です。

この「男性優位」の古臭い価値観が、地球3次元での人々の悩みや苦しみを生み出して来た一つのファクターである事は紛れもないでしょう。
でもこの事は、何度もお話ししている事ですがむしろ地球人類が願った「不条理」を体験したいと言う願いに応えた事で台頭した価値基準でした。

女神崇拝をしていた縄文が続く世界には今のような暴力的な覇権争いは少なかった筈です。

真の喜びや幸福を理解するために、その対極にある不条理を人類は受け入れてきたのです。
走水神社の由緒にあるお話もまた、進化のために人々に意識誘導を仕掛けた事実を知る手がかりにもなります。

でも今、地球と人類は高次元への道を選び始めました。

今後こうした価値観が「変わる」と言うより、どのような価値観であれ、それを受けいれる人も受け入れない人も同時に存在する事が容認されて行くでしょう。
そしてお互いの意識に踏み込んでジャッジメントはしないという寛容な時空がこれから向かう世界の筈です。

「私はあなた自身やあなたの考えや価値観は嫌いです、でもあなたを否定しません。だから離れて生きて行きましょう」

そんな感じでしょうか。
何かどこかの国際情勢のような・・

今回行ったイベントは三浦半島と言う、のどかな地域にひっそりと封印されてきたオリオンを解放し、彼らの帰還を促すと当時に、押さえつけられてきた女性性の解放も同時に行えたら良いなとの思いからでした。

では次回からイベントのお話を続けて行きます。









by farmemory | 2019-09-28 00:21 | ・イベントメモリー | Comments(0)



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先日台風の真っ只中に三浦半島にオリオンの解放イベントを行いました。
雨を覚悟していたのですが、肩透かしのドピーカンの2日間でした。

でも海に突き出た半島ですのでそれはもう凄い風でした。
しかも南風なので暑さでかいた汗なのか吹き寄せる潮風なのか(多分両方)すぐに肌がじっとりベトベトでした。

さて今回のイベントのお話も今後何回かに分けて続けて行きますが、その前にこの間に撮れた興味深い画像を紹介する所から始めたいと思います。

またこの日に、別の方から画像を送られてくるなど、なかなかエキサイティングな空模様でした。
プレ記事として、読者の方からいただいた画像や当日撮影した興味深い画像など紹介します。

まず最初に三浦半島での撮影画像の前に、埼玉方面からから撮影した富士山とクラウドシップです。(Top画像)
いつもイベントにご参加いただく方からお送りいただきましたが、なんとも見事なプレアデスシップです。

当初スマホにお送りいただいたので、小さい画面から富士山より手前にこの雲があるように感じたのです。
ところが家に戻りPCで見ると、どうもこのクラウドシップ、富士山の直上に対空していることが分かります。

朝の早い時間だったそうです。
シャスタ山に現れるような巨大なクラウドシップですね。

富士山の直上に現れたのであれば直径20~30kmはあろうかという巨大さです。
一連の台風を観察していたスペースファミリーたちの観測班(クラウド)シップだったのだろうと思います。
   

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さて次に今回の三浦半島イベントで撮影してきた美しい夕暮れをご紹介します。
前回の記事**西の空のGODZILLA**に続く空の画像とお話です。

上の画像3点は2日目の葉山の御用邸すぐ近くの海岸撮した西の空です。
時刻は16時頃。

天使の階段といわれる太陽光が海上に陽を落とす幻想的な光景です。
ここには何艘かのクラウドシップが隠れていますが画像からはよくわかりませんね、少し残念。

真ん中の画像だとよくわかりますが、白い光が海面に達する前に途中で切れてしまっているのがわかると思います。
この差し込む光が、単なる太陽光ではない事が知れる光景ですね。


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さてこちらですが読者の方から同じ日、同じくらいの時刻に三重県に現れた天使の階段をお送りいただきました。
こちらも掲載させて頂きます。
この画像にある低山は弥生の遺跡などが出土する久留倍官衙遺跡のある地域だそうで、弥生(オリオン)による縄文の封印があったところなのかもしれません。

私が写した相模湾にはシリウスの海底居住地(基地)がある事をビジョンで見ていますし、実際プレジャーボートで沖まで出た時にそれを感知しています。

単なる気象現象ではあるのでしょうが、何かこの光の筋が意図を持って降り注いでいると感じるのです。

今回、通り過ぎていった台風16号は、気象庁の脅しのような「猛烈なシケや強風」という報道とは裏腹に、あっという間に通り過ぎていったようです。
もしかするとスペースファミリーたちの緩和ミッションによるのではないかと感じました。

それもかなり高度なテクノロジーによる大掛かりなミッションで、強いエネルギーも発していただろうと思うのです。
今回の天使の梯子画像はそのエネルギーが作り上げた幻想的な光景ではないかな・・・と感じました。

彼らスペースファミリーのエネルギーが強いところでは、こうした現象がかなりの頻度で起こるようです。
そのエネルギーの強さは、例えば気象を操作をしようと画策する電磁波エネルギーなどに比べたら、はるかに強いエネルギーでしょう。

しかし人体に影響を及ぼさないよう細心の管理を行なっていると見え、電磁波照射の時の体感などは感じられる事はありませんでした。

この画像からは凄みを感じると同時に、何かとても温かい感覚が湧き上がってきます。
それも、彼らのエネルギーベクトルによるのだろうと思うのです。
なんともありがたい事です。


では次回から三浦半島岬めぐりのお話をして行きます。









by farmemory | 2019-09-26 00:00 | ・イベントメモリー | Comments(0)



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前回からの続き。
**垂水・五色塚古墳の不思議(1)**
**垂水・五色塚古墳の不思議(2)**

そしてもう一つ不思議に思ったのですが、円形の中心部でそんな古代の祭事を真似て、祝詞を奏上していた時の事。

私たちの周りには何組かの見学者もいたのですが、その不可思議な祝詞が確実に聞こえている筈の距離なのに、まるでその声が聞こえていない様に振舞っていたのです。

好奇心いっぱいのお子さんや欧米の方など含め他に7~8名の方がいたでしょうか、不思議な古代語が聞こえているだろうに、まるで興味も示さないのです。
これは皆さんも気がついた様で。「まるで私たちが見えない様なそぶりだね」と口々に・・

おそらく、自分たちでの知らないうちに、私たちのハイヤーセルフ同士が行っていた「祭祀」だったのでしょう。
その終了とともに見えないドーム状のバリアは雲散したと思われます。

円形の祭祀場を降り、今度は方形に伸びる先端部分に向かいました。
そしてその方形の下に、五角形もしくは五芒星らしき鉱物が地中深く埋められていることが不意に見えました。

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そこで、その場所に立ってみると、明らかに手先に明確な痺れを感じます。

これはご一緒した皆さんも同時に感じられたようです。
おそらくこの古墳にエネルギーを供給するクリスタルでしょう、しかも六芒星ではなく五芒星のエネルギーというところが興味深いです。

帰り際に古墳の階段を降りて行く時、声にならない歌声の様な響きを胸の奥に感じました。
その声から男性的な感じがしました。

「赤い麻の紐、ヤス(モリ?)、壺」と響いてきたのです。

そこですぐに閃きました。
目の前に広がる明石海峡ですが、そこは有名な明石のタコが取れる漁場です。
豊漁とは、このタコを初めとする魚介類だということが何となく分かったのです。

歴史的も蛸壺漁は明石で始まったとされています、少なくとも既にこの地では弥生の頃には始まっていたのではないかと思います。
さらに感じた事なのですが淡路島を隔てているこの海峡は対岸の淡路島に住む人々とかなり激しい対立をしていた事が感じられました。

本州側に住む垂水一族(仮称)と淡路一族(仮称)とは長年にわたり、敵対関係にあると伝えてきました。
ただその部族間の反目は幸いな事に陸の国境ではなく、海により隔てられていましたので、激しい民族間の争いは避けられ、住み分けができていた様なのです。

海峡によりお互い等距離で、うまく過ごしていたのだろうと思います。
その民族間の反目は政治的な事ではなく「血」もしくは「DNA」に寄る違いだったように感じました。

その見方をすると、この古墳で行なっていた祭祀は、必ずしも剣山に眠るアークを祀る神事ではなく、本来の渡来弥生と、この地で始まった新弥生との確執が見えてきます。

かつてシュメールを祖としたヘブライがもたらした弥生は、当初縄文を席巻し新しい民族による統治を成し遂げました。しかし時が経つにつれ本来の弥生とこの国で始まった(生まれた)新弥生とに二分されたのではないかと思うのです。

渡来弥生の対極として生まれたのが女帝を祭り上げる、縄文と融合した新弥生だったのでしょう。
しかし、古来から渡来弥生は女性優位の新弥生を到底認める事が出来ず、結果として男性優位の社会を奪い返したのではないかと思うのです。

つまりこの古墳は剣山周辺から来る渡来弥生のエネルギーや、渡来弥生人たちを阻止する目的で行なっていた呪詛的要素のある祭祀ではないかと感じたのです。
加えて、物理的な防衛ライン(最前線)に建てられた砦的な役割も持っていたのではないかと思うのです。

この五色塚古墳の隣にある「小壺古墳」との間に、小さな稲荷社があります。
まさに新弥生が平定された後にこの両古墳を監視(?)するために置かれたのだろうと思われます。

「女帝の再興」を阻止するための監視役なのでしょう。
でも、この稲荷社には、その役割を担うほどの強烈なエネルギーが感じられません。
京都の伏見稲荷もそうですが、すでに稲荷の本体であるオリオンの帰還が加速している事から、稲荷社自体の重さや威厳が薄れて来ているのだろうと思うのです。

さて、隣にある「小壺古墳」ですが、なぜかこの古墳は見学者には解放されておらず、柵に守られています。
リラの目覚めを阻止したい意図をなんとなく感じるのです。

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ならばと言う事で、隣の姉の古墳から「リラの解放祈願」を目いっぱい送って来ました。
起きてくれるといいのですが・・・

と言う事で。炎天下の中でゼーゼー言いながらの古墳ミッションを終え、帰途につきましたが持参したミネラルウォーターはあっという間に空っぽ。
ヨタヨタと垂水駅に戻りクーラーの効いた車内で息を整えることが出来ました。

以上今回の五色塚古墳の不思議でした。







**垂水・五色塚古墳の不思議(3)**
by farmemory | 2019-08-28 00:00 | ・イベントメモリー | Comments(3)



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前回からの続き。
**垂水・五色塚古墳の不思議(1)**

そこでこちらの小さい古墳の方をスキャンしたところ、思った通り「木花咲耶姫」を感じたのです。(Top画像)

何か人間的な感情が胸に響いてきました。
リラの妹の方は何でも出来、人々に尊敬されるプレアデスの姉をどこか羨みながらも小さなライバル心を持っていることが伝わってきました。

ただこの姉妹が仲が悪かったかといえば、そうではなく妹は姉の祭祀を全力でバックアップしてはいましたが、姉の力の届かない自分が歯がゆく思っていた様です。

さてこの2つの古墳、もちろん墳墓として作られてはいましたが、本当の役割はお墓ではなく巨大なエネルギー発生装置の役割を持っていた様です。
自分がいずれ入る墓の上で姉は重要な祭祀を行っているという何とも奇妙に思える光景が見えました。

おそらく自分の死後も、古墳の中に自分を眠らせる事で、この古墳の本来の機能を長く保つ事を願っていたことが伺えます。
この女性はそれほどまでに強い力を持っていたという見方もできるのです。


かつてこの二人の女帝が自分たちにウォークインさせていた地球外の人々との関係性がとても興味深く感じたのです。


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さて、そんなことを炎天下のクラクラするような真夏空の下、みなさんと円形の中心部分でそんなお話をしていたのですが、何の脈略もなく私の口をついて出てきた言葉がありました
「アス○○○・アー○・アー○」(言葉を明記する事は適切ではない気がしますので今回は避けました)

この言葉を私が話した途端、今回の驚きの不思議が始まりました。

おそらく何らかの「祝詞」だろうと判断しましたが、その直後から起こった不思議によりこの言葉の意味するところがわかったのです。
この言葉は古墳を起動させる「言葉鍵」だったのでしょう。


私の言葉を聞いていた皆さんが
「あれ?この場所、何だか声が反響していない?」と言うのです。

そして私の言葉を聞いた一人の方が、まるで歌のような、祝詞のような古代語らしき言葉を話し始めるのです。
まるでリズムに乗せて歌うように話すその祝詞らしき言葉を続けて行くと、声の反響レベルがどんどんと上がって行くのです。

その反響がピークに達した時、明らかに私たちが何か狭い壁に囲まれた、音が反響するような小部屋の中にいるような感覚になりました。
その反響音は聞き間違いなのではなく、その場にいた6名が全員がはっきりと認識できる物理現象でした。

でもこの場所は画像を見て頂いても分かる通り、隔てるものなどない広く開けた場所です。

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またこの古墳の周りにある建物も声を反響させるようなものも見当たりません。

仮に山彦だとしても、それははタイムラグを持って響いてきますが、今回の反響音は、すぐ近くに壁が囲んでいる時のそれなのです。

その時不意に「見えないドーム」が私たちを覆っている事が感じられたのです。
透明なドームはもちろん目で見てわかる物ではありません。
言ってみたらエネルギーフィールド(ドーム)なのでしょう。


そこで、こうした事が古代の催事の時に起こっていたのだろうかとスキャンしたところ、その時代も明らかにこの古墳の頂上で声が反響しているシーンが見えました。
この円形を囲む男女が何か、小さな太鼓、ドラムのようなものを持ち、8ビートの浮き立つ様なリズムの音楽を奏でている事が見えたのです。

この円形の場所には大きな須恵器状の素焼きの埴輪がきれいに並べられていて、この三角形の穴から入る音が反響し、上に向いた漏斗状の埴輪を通し上空に向かってある種の周波数を持つエネルギーバリアを形成するのではないかと思ったのです。

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さらに不思議はワイワイと興奮しながら話していたみなさんが、この話題を終えそろそろ古墳を降りようとした瞬間、何と声の反響がパタリと止んだのです。
むしろ此方の方がより不思議でした。

そこにいた全員が遠い時空を超えかつてこの場所で祭事を行っていた人々の転生の姿が今ここにあるような思いがしました。
(スキャンしたところ、やはりそれは確認に近いことのようでした)

次回に続く。









by farmemory | 2019-08-26 01:59 | ・イベントメモリー | Comments(0)



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先日お誘いを受けて神戸垂水にある「五色塚古墳」に行ってきました。

この古墳は垂水の海岸の見える丘陵地に立つ中規模の前方後円墳で、日本書紀にも書かれている古くから人々に親しまれている古墳です。

ただ調査のために本格的な発掘を行ったのが昭和40年12月という事で、画像に見られるような姿を古代から保ち続けていたわけではないようです。
この古墳は復元されて誰でも古墳の上に登れるようになっています。

真夏のこの日、日中の気温35度を超える酷暑日。
垂水の駅から大汗をかきながらその古墳の麓に立ち古墳を見上げた時、いきなりかなり鮮明に建設当時のビジョンが見えたのです。

前方の四角い場所に真っ白な麻の衣服を着た男性がズラリと内向きにあぐらをかいて座って居ます。
見る限り弥生の装束そのままです。

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そして小高い後円部分には一際鮮やかな衣装を着た、かなり位の高そうな女性が立っています。

両手の平を上に向け、少し両腕を上げ何かの祭事をしているシーンです。
下の方形の場所には男性だけが座っていましたが、こちらの円形の周りには女性と男性が半々ほど、2~30人の人々が白い麻の衣装を着て内向きに座って居ます。

そこで行われている祭事は、主に水産に関する事の様で、目の前に広がる明石海峡で取れる水産物の豊漁を祈っているのが感じられました。

でもそれはあくまでも表向きで、この女性が向かう延長線上には四国徳島の「剣山」があるのです。
そこで感じたのですが、この祭事は剣山近くにあるという、何らかの遺物が埋められている場所に向けての祭祀ではないかと感じたのです。

そう、あの「アーク」ではないかと。
前方後円墳から延長線を伸ばすと剣山方向ではあるものの、少しの東の方にズレがあります。

話が少し逸れますが、剣山のどこかにこの遺物が埋められていると言う真しやかな都市伝説があります。
またその遺物が埋められているのは剣山直下ではなく、少し離れた場所にあると言われています。

これは私が以前アークが剣山の直下にあるとの想定で、スキャンしてみたのですが、噂通りその場所には感じられませんでした。
(剣山にはまだ伺ったことはありませんが、今年の秋に行く予定を
立てています)

その古墳から見て左方向、山頂から東に行った場所に「白人神社(しらひと神社)」という小さな神社が存在しています。
(古墳からの延長線上に当たる場所)

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五色塚古墳から伸ばした直線はこの白人神社の辺りを指し示しています。
この神社は曰く付きの神社でこの、神社の西南100m程のところに「磐境神明神社(いわさか明神社)」という古代祭祀遺跡があります。
ここは白人神社の奥宮とされ、かつてイスラエル大使が訪れた遺構との事です。

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この関係性(五色塚古墳と白人神社)はあくまで閃きで感じた程度で深読みはしませんでしたがその繋がりの深さは明らかだと感じています。

さて、また古代の祭事にお話を戻します。

この祭事を行っている女性は明らかにこの部族の族長だろうと思います。
かなりサイキックの能力の高い人のようで、この能力は女系として受け継がれていたと思います。

この古墳には隣接して、すぐ隣に「小壺古墳」と言うふた回りほど小さな円墳が並んでいます。

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こちらの小ぶりな古墳にはこの女性の「妹」が祀られている事が感じられました。
この二人は母親が違う異母姉妹で、姉に対してかなり強いライバル意識を持った女性だった事が強く感じられました。

しかも、この祭祀を行っている大きい方の前方後円墳は「プレアデス」のエネルギーを感じ、横にある小壺古墳からは、明らかに「リラ」のエネルギーが感じられたのです。


次回に続く









by farmemory | 2019-08-24 01:34 | ・イベントメモリー | Comments(0)



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前回からの続き。
**熊野三山八咫烏(1)**
**熊野三山八咫烏(2)**
**熊野三山八咫烏(3)**
**熊野三山八咫烏(4)**
**熊野三山八咫烏(5)**
**熊野三山八咫烏(6)**

<神倉神社>・
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神倉神社の急峻な石段は話には聞いていましたが噂通りの急勾配。

ただキツイ階段は7~8分程度、そこからはやや穏やかな石段となります。
ようやく境内にたどり着き拝殿を仰ぎ見ると、そこには、のしかかるような大岩の「ゴトビキ岩」が目に入ります。

この大岩を見た時直ぐに、シリウスが深く関係している自然の造形物であることが分かりました。
そしてこの場所は宗像三女神が降臨した場と伝えられています。

三女神とは田心姫神(タキリヒメ)・多岐都比売命(タギツヒメ)・市寸島比売命(イチキシマヒメ)を指しますが、真ん中のタギツヒメはリラ星人を指しています。

神倉神社の拝殿から「シリウスがリラを抱きながら庇護している」そんな姿が見えてきます。
深い意図をせずに登ってきた神倉神社ですが、期せずしてリラへのウェイクアップコールになったと思いました。


<熊野速玉大社>
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最後の参拝は熊野速玉大社。
こちらは熊野三山の中で一番新しい神社との事、境内の感じは清々しいものの本宮や那智大社の荘厳さにに比べると「軽さを」感じます。

古い時代、本来は奥宮である神倉神社への参拝が正式との事ですが、参拝には困難もあり誰にでも参拝の出来る様にとこの場所に速玉大社を建てたと聞きます。

さて、このお話もそうなのですが、多くの寺社には「奥宮」や「奥の院」が存在しています。

おそらく多くはそうした「奥」こそが本体であり、本宮や新宮と言われるものは「奥」のダミーとして荘厳な形で建てる事により参拝者をそちらに誘導する役割を持っているのでしょう。

奥宮の中には一抱えで持ち上げられる祠だけのものも数多くあります。
そうした小ささでは人は「ありがたみ」を感じません。

そこも狙いなのかも知れません、本来の奥宮の存在から人の目をそらすために立派な建物を建立した事は間違いないと感じています。
そしてそここそがレイラインのクロスポイントなのです。

これは日本の寺社だけではなく、古墳やピラミット、ストーンサークルなどにも共通して見られる事なのです。
本来の「パワー」とは大きさや美しさに比例するものではありません、むしろ何もなかろうと「場所」こそが重要なのです。

そここそがレイラインのクロスポイントなのです。

このお話、続ければとても深くなりますので時を見て記事にして行きましょう。


さて速玉大社の境内で「これで最後だね」と思った途端どこから現れたのか、いきなり超低空で鳴きながら2羽のカラスが頭上を連続して飛び去ります。
「八咫烏のお遣いかな君たちは」なんてニコニコしてしまいました。

この2社の参拝を最後に、今回の「熊野三山八咫烏」を終える事となりました。

今回の熊野三山がなぜ雨であったのか、しかも大雨の予報にも関わらず参拝には困難さがあまりなかったのか。
水は浄化と、ある種のエネルギーからのバリアの役割も持ちます。それを思うと今回、雨に守られてのイベントなのだったなと今となれば分かるのです。
そして水と切っても切れない関係の龍はシリウスを象徴する幻獣です。

今回の熊野行きがこれからどのような現実につながって行くのか。今後を興味深く待ってみようと思っています。


<おまけ>
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最後にかつて神武天皇が上陸したと言われている熊野の浜に足を運びました。
その時、2羽のカラスがその浜に飛んできました。
単なる偶然と取ってももいい事なのですが、私にはそのカラスたちが見送りに来てくれたと決めました。

カラスや狐、牛や鹿など何種かの動物がオリオンから派遣されてきています。
その彼らも、自分たちの役割である「人類へのアプローチ」という重要な仕事が終わりかけてきていると伝えてきています。

本当にお疲れ様でした。

<さらにおまけ>
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東京に帰って数日後、とある人気のない商店街を一人で歩いていた時のこと。
遠目で「あの黒いものはなんだろう?」と近づいて行くと1羽のカラス。

更に手の届くところまで近寄ってスマホを近づけても彼は全く動じることもなく、私を見つめて動きません。
その目の可愛いこと!

首を傾げながら何か言いたそうに私を見上げます。

彼がなぜここに居たのかは既に分かっていたので
「わざわざここまで来てくれたんだね、ありがとう」

と言葉にしないで思いを伝えたら、間髪入れずに「アグアァ」と、カラスの声としては聞いた事もない一言を返してくれました。
そのタイミングの絶妙な事。確実に会話が成り立っていたとしか思えません。

その一言を聞き立ち上がり、動かないカラスを迂回して立ち去る事にしました。
そして2,3歩進んで直ぐに後を振り返ったのですが・・・

はい、もうそのカラスは羽音も立てず消えていましたとさ。


長い熊野三山の記事にお付き合い下さいましてありがとうございました。








by farmemory | 2019-07-22 00:07 | ・イベントメモリー | Comments(0)



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前回からの続き。
**熊野三山八咫烏(1)**
**熊野三山八咫烏(2)**
**熊野三山八咫烏(3)**
**熊野三山八咫烏(4)**
**熊野三山八咫烏(5)**


この方(被験者)は室町時代に戦乱の都から混乱の中、幼い我が子を抱いて熊野の山奥に逃げてきたビジョンを見たのでしょう(おそらく応仁の乱に関わること)

そこでなぜ熊野に逃げたのかなのですが、玉置神社にはリラである木花咲耶姫がいて、それを頼ったのだろうと思うのです。

もちろん木花咲耶姫と言う女神が実際にいるわけではなく、リラの人々(木花咲耶姫はリラ星人の総称)がいる場所なのです。

その後でこの方が熊野本宮の左から2番目に入って行った事が語られていますが、ここには熊野速玉大社が祀られています。
そして熊野速玉大社の奥宮である「神倉神社」は、宗像三女神である「田心姫神(タキリヒメ)・多岐都比売命(タギツヒメ)・市寸島比売命(イチキシマヒメ)」が降臨したと伝えられています。

これを神話ではなく、現実の話に置き換えると、この場所にアンドロメダ、リラ、アークトゥールスという天体の人々が、今でも恒常的に訪れている場所という事になります。

この被験者の方はこの3名の女神である女性性を強く持った方であり、なぜ自分が熊野との繋がりがあるかをこの覚醒誘導で確認されたとの事です。
(現行社会でも女性たちに寄り添う人生を送っておられます)

そして先にお話しした熊野本宮での不思議もこれに関わるのです。

本来の熊野本宮である「大斎原」のエリアに、短い時間であっても誰の邪魔も入る事なくたった一人で立つために、自らの(魂の)意思で次元のタイムホールを通り、誰もいない時空間に入り込み、一人「大斎原」に向かったというのが真実なのだろうと思います。


また速玉大社の神と同化するなど、そんなこと有り得るのかと思われるかもしれませんが、私たちは神の細胞の一つ一つでもあるのです。
つまり私たち一人ひとりが神の細胞の一つであるのなら、私たちも神と言う事になるのです。

ただ今回この被験者の方が絶対神である「宇宙」と同化したという事とは違い、この方と関係のとても深い地球外生命体(もしくは故郷の天体)との繋がりを指しています。

日本神話に言われる神々は弥生による縄文排除の後に、この国を作ったという真の歴史を寓話化したものです。

そして弥生人たちは超人的な生命体である地球外生命体たちの威光(パワー)を利用し神とすり替え、自分たちが行なった縄文への蛮行を正当化するために利用した面もあるのでしょう。
つまりこの方はアンドロメダ、リラ、アークトゥールスという幾つかを故郷とする魂をお持ちだという事になるのです。

でも彼ら地球外生命体たちにとっては自分たちが神の威光として利用される事など意に介していないでしょう。
どのような事であれ、地球人類が魂の進化をするためであれば自分たちをどう扱い、どう認識しているかなどどうでもいい事だと思うのです。
彼らは「天の摂理」の元この地球に関わっている筈だからです。

その「天の摂理」ですが、私たち人類には理解しがたい高度な概念なのだと思います。
3次元の良心や正義感と言った価値観が宇宙の真理に当てはまるか、それは一概に判断できない事なのです。

覚醒誘導のお話はここまで、お話を大斎原に戻しましょう。


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さて日本一と言われる大鳥居をくぐり全員で「大斎原」の敷地内に入って行きます。
太い立木の参道を通っている間、小雨でしたが小鳥たちの声が聞こえます。進んで行く参道は不思議なことに「無臭」なのです。

地肌に木が生える場所で梅雨のひと時。
全くといえば大袈裟なのです、ほんの少しの雨や土の匂いがないわけではありませんが無臭と表現してもいいほどに微々たる程度です。

進んで行くと右手に芝生の広場が見えてきます、その広場を進む右手に小さな祠が3つ並んだ祭壇のようなものがあります。
ここが明治以前に拝殿もしくは神殿のあった場所でしょう。

その3祠に柏手を打ってから、今回の熊野行きのもう一つの目的
「玉置神社の木花開耶を解放するミッション」
を行いました。

この時に先ほど迷い子になった方が、今回の熊野参拝のキーパーソンだった事が改めて分かるのです。

全員で玉置神社の方角を向き遥拝。

各自で閉じこもっている木花咲耶姫を解放するビジョンを胸に描いてもらいました。
でも各自の思いは個別に玉置神社に届くのではなく、今回のキーパーソンである方に一度送られ、そこから全員の想念エネルギーをまとめて送ってくれたのです。
(そのことは本人は認識していなかったかもしれません・・・)

そして、帰ろうとした時にまた別の方が興味深いことを話されます。

別の日に宿の方から伺った話では、この祠の角から2mのところに強いエネルギーが感じられる場所があると教えられたと言うのです。
ならばと言うことで、全員で「ここ」と思われる位置に立ち手をかざしたところ、確かに足裏にも手のひらにも明らかに「熱」を感じます。

そして、不意に「極めて低いレベルの放射線?らしきもの」を感じたのです。
生物に影響するほどのレベルでない微弱なものです。

そこで、この地下に何かあるのかなと思ってスキャンしたら、思った通り。
大きなシップ(地球外生命体の巨大シップ)の存在が感じられたのです。

でも高い次元の存在なので、仮に掘り返したところでそれを確認することなど出来る筈はありません。
何より硬質な金属質の実態など持たない ”エネルギー体” ですので「発掘」などしても無駄なのです。

そのシップはシリウスかリラ、もしくは両方だと感じました。

そして、眠ってなどいないのです。
生きているシップをすぐ近くに感じて少し感動しました。
この「大斎原」改めてすごいところですね!

さてこれで大斎原を終えることになります。

次回、神倉神社と熊野速玉大社、そしておまけのお話で最終回です。








by farmemory | 2019-07-19 00:02 | ・イベントメモリー | Comments(0)



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前回からの続き。
**熊野三山八咫烏(1)**
**熊野三山八咫烏(2)**
**熊野三山八咫烏(3)**
**熊野三山八咫烏(4)**


<熊野本宮大社>
阿須賀神社から熊野本宮まで車で1時間弱。その間あの篠笛の音色が胸の奥でリフレインします。
駐車場に到着し、やや急な石段を登ります。

石段を登り切ってから拝殿まではそう距離はなく、境内も広大と言うほどではありませんがその雰囲気からは威厳のようなものを感じます。

参加者の方はみなさんそれぞれのペースと場所で参拝をされていました。また他所の参拝の方も何人か境内に散らばっていました。

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ところが概ね参拝を終わらせ人数を確認した所、お一人がいくら待っても来ないのです。

境内ではそれぞれの場所をそれなりに確認していました。途中この見えなくなった方とも何度か言葉を交わしていたのですが・・・
集まった時には見当たらない。

少し心配になり数名の方が電話をかけ連絡が取れると、その方はすでに長い参道の階段を降り少し離れた「大斎原(おおゆのはら)」の参道にいると言うのです。

これが今回の一番の不思議でした。


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場所が分かったので一安心でしたが、みなさんがとても不思議がるのです。

〇〇さんは皆と離れるこ事なく境内にいたはずだと口々に言うのです。
私も、そうだと確信していたのですが・・・

やがてその方が待つ「大斎原」の参道につくと、ぼんやりと田んぼを眺めていました。
皆さん口々に「どこにいたの?どうやってここにきたの?」とマシンガン質問。

当の本人の答えが本当に不思議でした。

「そうなの、みなさんが参拝しているなと思っていたのですが、ある時に境内に人っ子一人見えなくなって」
「そこで、きっと皆は先に大斎原に向かったと思い、急いでここに来たのだけれど誰もいないのですよ」
と言われるのです。

これには全員「え~~~???」
でした。

と言うのは、私もしっかり確認していたのですが、どの場所でも私たちの仲間も別の参拝者も必ずどこかにいて「人っ子一人いない境内」状態はあり得なかったのです。
でも「いえいえ、そんなことないです、本当に誰もいなくて、境内にも参道にも、石段にも誰もいなくて一人ぼっち」

ここで前のお話「熊野の地では人が迷ったり、同じ道を何度も通ったり、神隠しにあったり、そんな場所だ」と言うお話につながるのです。

普通ならこの件は単に気のせいとか思い違いとして済まされ、いずれ忘れ去られる様な事なのかもしれません。

でも私も過去にこうした不思議を何度か経験していますので、素直にその方のお話を真実と思いました。
それだけではなく、この方と熊野本宮との関係がどれほど深いかを確認していましたので、決して思い違いではなく「時空間の歪み」によって起こった事例だという確信があるのです。


ここからは前の晩、この方の覚醒誘導を行った時のお話です。
古い古い時代、熊野の山奥にいる自分のビジョンが見えてきた所から始まります。

F=フォロン
Y=被験者さん

Y「小袖を着て、かけ湯巻きを腰に巻きつけた女性が見えます(おそらく自分の姿)」
F「ご自分一人ですか?」
Y「子供?赤ちゃんか幼児がいます、男の子」
F「誰の子ですか?」
Y「私の子供だと思います」
F「その場所が詳しくわかりますか?」
Y「多分奈良の山・・十津川村・・玉置神社が近い?」
F「なぜそんな山奥に、こんな時代に?」
Y「多分都(京都)から逃げて、この子を連れて」
F「危険だったのですか?命」
Y「そうだと思います」
F「それ以外に玉置神社との繋がりを感じますか?」
Y「はい、その場所に呼ばれたことは確実のようです」
F「何か役割がありますか?」
Y「そう感じます」
・・・
少し時間を進める
・・・
F「その子は大きくなりました、それからどうしますか?」
Y「都に敵討ち?に行きます」
F「帰ってきましたか?」
Y「いえ、そのままもう戻りませんでした」
F「あなたはそこで暮らし続けましたか?」
Y「はい、ここで生涯を終えます」「玉置神社には木花開耶姫が居ます(問わず語りでした)」
F「あなたはその山深い地に木花開耶のために向かったのですか?」
Y「はい!そうです」
・・・
次のステージに進みます
・・・
F「あなたは今肉体を着ていますか?」
Y「着ていません、エネルギーのような状態」
F「まだそこにいますか?どこかに移動しますか?」
Y「空を移動しています、熊野本宮が見えます」
F「それから?」
Y「並んでいる、5つ並んでいるお社の左から2番目に入って行きます」
F「そこには神がいますか?」
Y「私はその人(神?)と同化します」
F「あなたも神となりますか?」
Y「はい」
・・・
また少し時間を進める
・・・
F「それから長い月日が経ちます。今私にはあなたのいるお社の前に何人かの配下を連れた水色の直垂(ひたたれ)姿の若い武将が見えますが、わかりますか?」
Y「ああ、はい、今の私の息子です」
・・・
この後更にセッションはしばらく続くのですが、プライベートな事に入って行きますので話を記事に戻します。


次回に続きます。









by farmemory | 2019-07-17 00:00 | ・イベントメモリー | Comments(1)