カテゴリ:・ライトワーカー( 4 )

**改札口でのライトワーク**

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昨日地元(実家)の駅で電車を降りた時の事。
夕方の帰宅時間と重なり、かなりの数の人がホームから改札口に向かっていました。

私もその流れに逆らわないように改札に向かって進んでいたのですが、あと数名で自動改札のタッチパネルという所で、いきなり目の前に一人の女性がねじ込むように割り込んで来たのです。

左側から、まるで突進して来る様に入り込んで、更に右側に通り過ぎて行くのです。
私は危うくその女性の足を踏みつけてしまいそうになり、慌ててその場で足踏みをしてしまいました。

その時一瞬彼女は少しはにかんで恥ずかしそうな顔をちらりとこちらに向けてくれました。

「何事?!」と目で追うと、その先にいた男性が一人「おおっ!」と言ってその女性に声をかけました。
そして彼女はすぐにその男性の腕に手を回し、一緒に改札口を出て行きました。

仕事帰りの駅の改札口で旦那さんを見つけた奥さんが駆け寄った、そんなどこにでもある様な光景でした。

私はそこで「何事?」との思いが急速に薄れて行きました。

彼の腕に自分を腕を絡め、頬を添えながら幸せそうに歩く女性の笑顔が何とも印象的で
「ああ、なんかいいなぁ。素敵な光景だなあ、麗しいなあ」
そんな、心が温かくなる思が湧き上がりました。

あのクリスマスソングのCMから今年でもう27年。
でも恋人達の思いは決して変わる事なく、何気ない街の何気ない日々の中で今日も繰り返されている事でしょうね。





さて、ライトワークのお話。

その時私はその二人の行動からある種の熱エネルギーを感じ取りました。
そして何より、私自身の内側が「嬉しく」なって、確実にハートの辺りの温度が数度上がったのが分かりました。

これってよく言う「元気をもらった」とか言うスピリチュアルな観念論ではなく「確実に心が反応した」物理現象なのです。
見知らぬカップルからのエネルギーシェアを身を以て体験したと言う事ですね。

もちろんこの時の女性は、自分が他からどう見られているかはあまり気にしてなかったでしょう。まして誰かを喜ばせたなんて思いもしなかったはず。

何も考えず、周りの事など考えもせず自分の思いに集中していただけです。

それを社会人の大人目線で見ると
「たった数十秒くらいの事、改札を出て広い所で声を掛け合えばいい事では?」
なのかもしれません。

でも、人の目の前を無理やり通ってでも彼に触れたいと言う、その女性の無意識の行動に素直に「いいんじゃな〜い」と思った訳です。

同じ様に私たち一人一人も日々の生活をあまり深い意図もなく営んでいます。

でもこの二人のようにその時の自分の意識状態が、知らず知らずの内に外に向かうエネルギーとなって、そこに立ち会う「誰か」に影響を与えているのですね。

そして、それを受け取る人もまた自分のエネルギー状態によって、ポジティブなエネルギーとして受け取る事もでき、また逆に二人の行動から「ムッ!」とするネガティブエネルギーを生み出してしまうかもしれません。

全ての事象は二面性を持っているのです。
受け手側の取り方一つで、その事象の意味も価値すらも真逆に変化して行きます。

後も先もなく、その瞬間瞬間の出来事だけが重要で、これこそが全ては「今」と言う事なんでしょう。
この二人がどんな性格で、どんな価値観を持って、何を考えて日々を生きているかなんで関係ないのです。

気がつかない内に自分たちが他の誰かになんらかのプレゼンテーションをした、そして誰かがその提案を受け取った。
「ああこれ!ライトワーキングで、彼ら二人はライトワーカーだ!」。

って、そう思ったのです。

でもきっと彼らは自分たちがライトワーカーって気が付いてはいないでしょう。
ライトワーカーは職業ではありません。
だからその仕事を恒常的に、自覚しながら行っていると限る訳では無いのです。

自分がそれと気付かぬまま、こんな風にライトワークをこなしている事もあるのですね。
しかも押し付けがましい「善業」を強制もしません、全てを受けて側に委ねているのです。

ライトワーカーに資格なんてありません。ただ愛し合う事だけでもライトワーカーの仕事の一つになってしまうって事、お分かり頂けます?

今回の出来事も、特別困った事が自分に降りかかった訳じゃ無し、折角の「ホンワカ嬉しい」と感じたハートをそのままにして置きたいよねって思ったのです。


そんな晩秋の夕暮れに出会った小さな出来事でした。



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by farmemory | 2018-11-17 00:00 | ・ライトワーカー | Trackback | Comments(0)

**今日のお便り(ライトワーカーの皆様へ)**

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先日クライアントさんからとても興味深く、意義深いお便りを頂きましたので、そのお便りへの返信とともにシェアします。


Q.その日、帰りの夕焼け空があまりにも綺麗だったのですが、同時に悲しくて…その時に空からのメッセージを受けた内容です。
「始まりの始まり。いよいよあなた達が待ち望んで来た世界が展開されます。そして、試練も始まります。いよいよですよ。」
祝福のメッセージではあるのですが、悲しくて悲しくて、号泣してしまいました。

号泣しながら、私の自我が泣いているのを感じました。
そして、泣いているときに、ずっと次女の顔が、笑顔が浮かんでくるのです。
号泣が終わり、主人が、それだけ泣くのだから、うちの家族に何かあるのか?と聞いてきました。

何かあるとしたら誰にあると思う?と聞くと、主人は、長男か次女と答えました。
それを聞いて、私は言葉にして次女だと思うと伝えました。そしてまた泣きました。
嫌で嫌で仕方なく、それは今までに経験したことが無いくらい、身を切られるような悲しみでした。

泣き終え、頭がボーッとする中、【献上】と出てきました。
その時に解釈したのが、あの号泣している間、私の世界では確実に次女を失いました。
本気で失い、泣きました。地球のどこか別のタイムラインで、本当にあの時、私は次女を亡くし、そのタイムラインと今の私のタイムラインがリンクし、あのようになったのかと思いました。

そして、その私の涙がこのタイムラインの地球に必要で、その涙を献上したことになると解釈しました。
とはいえ、こんな事ってあるのでしょうか?

私がそう解釈した時点で、私の中では間違いないことなのでしょうが、フォロンさんは似たような経験やお話はご存じですか?
私は今までに聞いたこともなければ、経験したこともないので不思議に思っています。(しかし、起こったことは真実なんですよね)

ただ、試練が封切りされたことだけは確かなようです。



A.さて次女さんの事、これからそういう感覚がもっと起こって来ると思います。
(身近な者達だけではなく、人も物も・・・)

お話の通り、体験しなかった(別の)タイムラインがあったのでしょうね。
でも重要なのは「今は失ってはいない」と言う事です。

私たちは日々いくつものタイムライン(選択肢)に出会いながら進んでいますので、その時にも大切な人を失うか失わないかの両方の選択肢があったのでしょう。

そしてその両方もまたリアリティのある現実なのです。
でも今は、次女さんはお家に帰れば笑顔でそこにいる。

つまりその時「自分のメインの進化の道、中心となる魂」が失わない選択肢を選び今の自分がここに居ると言う事なのです。
何より重要な事は「今」です。

失ってしまう選択肢を垣間見てしまった事で悲しみが浮かんだのは仕方の無い事ですよね。
でも失っていない時空間に「今」自分は存在しているという事実をしっかり認識す事も大切なのです。

特にあなたは通常の人に比べ感覚が遙かに鋭いので「知らなくてもいい」様々な事を察知したり、拾い出したりしてしまう事で起こって来る現象だったのだと思います。

前からお話しして居るように、たまには少し感知能力のボリュームを落としても良いと思います。

これから人類は未知の領域に入って行きますので、さらに戸惑う事も起こって来ます。
それをやり過ごす一番の手立てが「緩さ」ですからね。

「それでも自分の魂のミッションは続けてください」
と、言わなくてもあなたはそうする事は知っています。

でも家族と過ごす「幸せな一般人」である事も、あなた自身を守る大きな力になって居ることも忘れないで下さいね。
私たちライトワーカーといわれる者たちは、内容は皆違っても今後大変な道に進む事になるでしょう。

でもその時、私たちが狼狽えたり恐れを抱いてしまうと、そのエネルギーは外に向かって流れ出して行き、必要のない人にも影響を及ぼしかねません。

そのためにも、平常時はできるだけ緩くいる必要があります。
そして癒しと安らぎ、保護をもたらしてくれるのが日々の生活です。

次女さんは失ってはいない、召されてはいない。
今はその現実だけにフォーカスしていてください。

もう一つ。
次女さんを失ってしまったタイムラインにも、重要な意味があります。
それはあなたがその時その選択肢を仮に選んだとしても「あなた自身の覚悟」が整っていただろうと言う事です。

そしてそのタイムラインから送られてくる「失った体験」から生まれるエネルギーもまた、今後のあなたの進化とミッションに大きな推進力を与えてくれる筈です。

覚悟をした事によって、その崩壊劇や悲しい出来事は「起こらなくなる」
でも覚悟が出来なければ現実となる。

もしかすると私たちは、常に何らかの覚悟や準備(物理的な準備以上に意識の準備)を試されているのかもしれませんね。

先日も、自分の魂の約束に沿いたいと願う少女とお話をしました。
まだ高校生の女の子が、自分が生まれてきた理由を自分は十分に理解していて
「この身を使って地球の進化の手伝いをしたい」と明確に話してくれました。

「よく分かっています、でも焦らないで」とも伝えました。

全ての人類は、どう足掻こうとも自分の魂の約束通りに進むのですからね。
もう少し自分に安らぎも与えてください。

そして、今回もまた誰かに頼るのではなく、誰とも仲間やグループを作る事なく、自分の持てる力でミッションに当たろうとされている事、とても好ましく思います。

今回はとても興味深いお話ありがとうございました。
お互い時にはこうして答え合わせをしながら、意識のシェアもして行きましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上です。

あまり多くの説明は要らないと思います。
でも今の時期、多くの人に同時多発的にこうした体験とそれに伴う意識が起こって来ている事を知れば知るほど「始まりの始まり」をリアルに感じるのです。

これを重みの皆様も、魂の約束、生まれる前の使命、そしてご自身が微弱ながらもライトワーカーだと認識されているのであれば、ぜひ今回のお話お心に留めておいて頂きたないなと思っています。

ではでは











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by farmemory | 2018-10-21 00:09 | ・ライトワーカー | Trackback | Comments(2)

**今日のお便り20180614**

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クライアントさんからこんなお便りをいただきました。
この内容は思い当たる方も多いのではと思い、記事にしてみました。

   ・

<お便り>一部抜粋
何年も前から動けとのメッセージを何度か受け、その都度自分とちゃんと向き合わず「私がしなくてもいいはずだ」と言い聞かせ、
見ようとしない、聞こえているのに聞こえていない……いつかしないといけないと心の奥底では解っていても、したくない。
本当に伸ばし伸ばしにしてきました。
恐かったんです。今ある生活が壊れるのが。

(自分にもたらされるメッセージが)どのような存在からか……私はそこにとてもこだわっていました。
もしかしたら、神のふりをした(ネガティブな)存在かもしれない。
その存在が、私を使おうとしているのかもしれない。
そんな疑いがずっと心にありました。

**リラと温泉(2)**にあったような答え合わせをしようとしているのは重々承知なのですが、
フォロンさんはどう思われたのかが知りたいのです。


<返信>
今の生活、今の家族は幻の家族ではなく、あなたの魂が決め、それぞれの魂と約束をして来た家族です。
自分自身が生まれる前に決めた自らの使命のために、家族となった筈です。
そうであるなら、自分の使命を全うするその力にもなってくれるという事です。

「使命」という言葉に振り回されずにいてください。

そして、むしろ間違いを経験しなさいとさえ思います。
でも、きっとそれは失敗でもなんでもなく、先に進むその道なのです。

自分を完璧なものであろうとすることはむしろ執着に近い事なのです。
過去世で多くの過ちを犯したその経験と贖罪が、今のあなたを萎縮させているのかもしれません。
また過去の一時期、自分の心に従って行動した事で、大切な何かを失った経験を持って居るのかもしれません。

使命を持って現世に降り立った人に共通することは、過去世で多くの悪と過ちを犯し、また厳しい経験をしてきた事です。

そしてその轍を踏みたくないと強く思い、そして好ましくない事を身を以て体験してきたからこそ今の自分がここにいるのです。
だからこそ、人の心の痛みを理解し、今自分に出来ることは何かを知るのです。

それなくして今の自分はいないのだと言う事を理解し、自分への労いと癒しを向けてください。

過去世は覚えていては不都合な事さえあります、遠い昔に終わった出来事です。
そして過去世を思い出す必要があるなら、覚悟を持って自分の過去の行いに対峙してみるのもいいでしょう。

でも、あなたは今何を願って生きているかを忘れないでください。
怖くても、立ち上がって自分の使命に素直に従いたいと願っています。

それならば事の善悪に振り回されるのではなく「自分を偽らないその道」へ進むことを願ってください。

頭や耳に聞こえてくる荘厳な声が、どこからくるかを知るよりももっと大切なこと、そしてシンプルなことがあります。
その声を受け取った後、ハートの奥に温かいものが感じられるかが何より重要な判断基準です。

その声を静かに聴き、その後で自分のハートチャクラがどう動いたか、どう感じたかを感じ取ってください。

「胸に聞く、ハートに問い合わせる」
それを癖のようにして身に付けておいて下さい。

あるメッセージを必要とした時、受け取ろうとした時。
それを文章にしたいとか、誰かに伝えたいとか思えば、言葉や文字として理解して行く必要もあるでしょう。
その時、高次元の存在は言葉や文字、ビジョンとして「頭の中」に送ってきてくれます。

なぜなら言葉や文章は脳が働いて表現することなので、そうするのです。

しかし自分の中だけでの理解や、ヒントでもいいという時は、彼らは言葉や文字を使いません。
ハートチャクラにダイレエクトに「感覚や感情」として直球で投げてきます。

私も先日のコノハナサクヤ姫とのコンタクトの後、自分自身のハートに聴きました。
「ねぇ、自分のハート、姫の言葉どう思う?」

ハートは何も答えませんでした。

その代わり、胸の奥がものすごく熱くなり、こみ上げる温かさや愛されていると言う強いリアリティを感じました。
私はそれを受け、そのコンタクトの内容を記事にしました。

この先、さらなる高次元を目指す人であれば相応の試練を迎えて行くし、すでに迎えている人もいるはず。
でもその試練は他者とは共有できない、自分だけのハードルです。

使命という言葉が先行してしまい、大切な日々をおろそかにしてしまうことの無いように自分のペースでお進みください。

   ・

以上です。










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by farmemory | 2018-06-14 00:52 | ・ライトワーカー | Trackback | Comments(0)

**故国への道(アルフォンス・ミュシャ展)**

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六本木の国立新美術館で開催されているアルフォンス・ミュシャ(母国語ではアルフォンス・ムハ)展に散歩がてら行ってきました。
天気が良くて近くの六本木ヒルズをバックにした桜も気持ちが良さそうでした。

c0319737_00173314.jpg今回のミュシャ展では、彼の一連の代表作と周知される広告ポスターの絵画展ではなく、晩年の彼の代表作である「スラブ叙事詩」を展示するという、それはもうミュシャに焦がれる者であれば気絶しそうな展覧会です。
おそらく私の残りの人生で、この作品群を二度と目にすることはできない事でしょう。

かつてパリで成功したミュシャが、晩年故国であるチェコに帰国後手がけた巨大な作品群は、広告画家としての彼とは別の、故国への強い思いを画布に込めた渾身の作品群です。

スラブ民族が長きにわたり、どれほどの戦乱と血の歴史の苦悩の中に歩んできたか。
彼が強く思いを寄せて描いた故国へのレクイメムと言う事が伺えます。

ミュシャは私がイラストレーターを目指すこととなった、自分にとっては重要な画家で、少年期の私が釘付けとなったビアズリーと双璧をなす世紀末の耽美芸術家の一人です。
彼の後に続くクリムト、エゴンシーレも私にとっては目の離せない耽美路線の代表作家です。


c0319737_00175761.jpgアールヌーボーという時代は、まさにヨーロッパの世紀末の混沌の時代と合致し、そのエネルギーは見るものに粘着質な強いダークな印象を与えます。
時代背景も世界大戦を背負った時代ですので、人心の中にも深い憂鬱があったでしょう。

それを表現したこの時代の作品群からは「爬虫類的不気味さと暗黒」さえ伺えます。

同じ時期に活動していたルネラリックのアクセサリーなども、ヘビやトカゲ、昆虫という怪しげなモチーフを多用したことから伺えますが、おそらくこの時代を席巻していたネガティブ側のエネルギーにユーラシア全体が覆われていたのでしょう。

ここにオリオンやアヌンナキ、レプテリアンのエネルギーが注がれていたことは間違い無いと感じます。
また私自身の中にある、遠い過去のネガティブ時代の見えない記憶から、そうした作品群にどうしても反応し惹かれてゆく自分もいるのだろうと理解しています。

光と陰があるから物が存在し、目視することができる。
絵画はその需要な二律を具現化する重要な作業なのかもしれません。

新しい次元に向かうこの時期、多くのライトワーカー達が覚醒し始めていますが、その彼らの多く(恐らく殆ど)がかつてネガティブ側に落ち込んでいたことは間違いありません。

だからこそ光のなんたるかを、教えられることなく身の内に持っているのでしょう。
体験に勝る学習はないと言うことですね。

また世紀末の頃の人々の意識に落とされた暗いエネルギーもまた、やがて来る新しい次元への上昇を迎えるための重要な布石だったと言うことが今回のミュシャの作品群から受け取ることができました。
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今私たちはある意味世紀末に近い状態に置かれているかもしれません、しかしその時代と大きな違いは次元変化が始まっていると言う事です。
かの時代は次元変化を阻止する側により、意図的で作られたネガティブエネルギーの時代だったかもしれません。
しかし今、私たちは多くの真実を知るところまでやってきています、嘘はつけない解放された時空間が始まっていますので、いかにネガティブなエネルギーを投げかけようとも、新しい次元を目指す者はその罠には決して陥らない事でしょう。

真に故国を思ったミュシャが描き上げた(一部未完ですが)スラブ叙事詩は、不遇の晩年を迎えてしまったとは言え、彼の持つ正義感以上にその「故国(土地)への強い思いと愛」だったのかもしれません。

私たちは今生きている場所に(生まれ育った場所も、転居をを繰り返しながらも「今」住んでいる場所も、旅に出て訪ねる地も)偶然はなく、それぞれにとても重要な意味を持っています。

ミュシャも成功と栄光を捨て、故国に帰る決意をしたことも、その土地が彼を呼び戻したに違いありません。
そして故国で描き上げたこの世紀の作品群は、パリに留まっていたら決してこの世に生まれ出ることはなかったでしょう。

彼は民族主義者ではなく、国家への忠誠を誓った者でもないでしょう。
ただただ自分が育ったその土地の健やかで平和であらんことへの切なる思い、その一点であったと今回の絵画が語っていると感じました。

「闇の底を知るものだけが、真の美しさと光を語ることができる」

彼の作品からそれを嫌という程突きつけられた、そんな1日でした。









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by farmemory | 2017-04-14 00:26 | ・ライトワーカー | Trackback | Comments(2)