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2019年 06月 10日 ( 1 )



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時間の加速は、いよいよ激しさを増してきています。

現実世界での様々な技術革新や経済概念などもそれはもう目を見張るものですね。

こうした新しい技術や発明・変化や進化は、以前であればいつどこから始まったのか、誰によって開発発明されたのかが明確でした。
例えば鉄道一つとっても、蒸気機関の発明から今の新幹線、リニアモーターカーへの「歴史」を逆逆に遡る事ができます。

しかし今「えっ!?」と思う様な事を耳にした時、その始まりやきっかけ、そこに至る長い道のりが見えてこず、いきなり「出現」する様な現象を見聞きする様になってきた感があります。

少し分かりにくい言い回しですが、要は新技術や概念がいきなり、何の前触れもないままに目の前に現れてくる。
そんな感じです。

今までにも言われてきたことですが、今人類が使っている技術がどこから始まり、どう進化してきたかを辿る事の出来ないものがあると言うお話があります。

例えばマイクロウェーブ(電子レンジや電磁波兵器)やマイクロチップ、コンピューターなどの技術が、地球外生命体による技術提供だったと言うような都市伝説もあります。

人類が発明した技術ではなく、地球外の知識としてもたらされたのなら、その始まりは唐突でそのルーツを辿れないのも当然かもしれません。

それだけではなく、人類の手でなされる発見や発明も、それに当たる技術者や科学者のインスピレーションがとても重要で、時に「神がかり的」「降りてきた」などと表現されるような突発的な閃きから生まれる事も決して稀ではありません。

そして自然現象に関しても、同じ様に変化が加速してきている様に見えます。

以前であれば、気象の変動も緩慢で緩やかに変化して来たと思います。
しかし最近は、変化が具現化する時間がとても早く、急激さを感じますので「驚きと不安」を感じてしまう方もいるかもしれません。

でもこの地球自体46億年前の誕生以来、一度として変化を止めることはありませんでした。
何度もの天体衝突や生物の大量絶滅、巨大天変地異、破壊的な気象異常を繰り返しながらも進化を続けてきました。

そうした大きな変化を繰り返す事がなければ、間違いなく今人類はここに存在してはいなかった筈です。

ところが大きな変化である「次元移行」を迎えた今、今までのように変化が長い時間の間に散発的に起こるのではなく、多くが集中して、しかも加速度的に早くなってきている様に思えるのです。

次元移行により始まった地球の変化は今までの3次元での地球の変化(自然現象)とは自ずとその根源が違うはずです。

宇宙空間のある場所に太陽が生まれ、地球が生まれ、人類が誕生し歴史を始めた。
この間の地球の変化は、3次元という次元の中で人類がどう学習を続けて行くかのために進んできた変化でした。

でも今始まっている変化は、その意味合いも大きく違っています。

新次元(高次元)への移行は、目に見える物理変化以上に、人類の意識変化(価値観や概念の変化)によってもたらされるものですので、かなり大きな変化となる事は避けられない筈です。
ただどれ程大きくても人類の絶滅に至ることはないでしょう。

また時間そのものも変化してきますので、今までの時間軸の概念では、これから目撃する様々な事象を判断しきれなくなって来るでしょう。

最初にお話しした新テクノロジーの出現スピードも、政治経済の変化スピードも、人類の意識や価値観の変化も速度を上げてきている事は誰の目にも明らかになってきているかと思います。

そしてこのスピードは、天の摂理である「因果律」の適用にも当然対応してきます。
自分の行いや言動がいつか自分に返ってくる。これが因果律です。

そして次元変化の加速は、この因果律に当然現れるはずです。
自分の意思や想い、行動の結果が、ストレートに、しかも時間をかけずに帰って来るスピードが更に加速して行くでしょう。

今までの3次元では因果律リターンはバラつきはあるものの、かなりのタイムラグを持って返って来ましたので、にわかにはそれが因果律とは判断できなかったかもしれません。

因果律の戻りがこの人生で帰ってくるとは限らず、何回か生まれ変わった後に時空を超えて返ってくる。
そんな長いスパンもあったという事です。

でも次元移行が始まった今、因果律リターンもそんな悠長さなどなくストレートに自分に返ってきてしまいます。

今、特に心がけておきたいのは「自分を偽って生きてはいないか?」という所です。

社会に生きる処世術とか、妥協、落とし所、協調とかいう言葉に丸め込まれ、そうした言葉の裏で自分自身に無理を強いてはいないか?自分を偽って生きてはいないか?を今一度自分自身に問い合わせすることが必須となってきています。

自分を偽り生きていれば、その因果律リターンがどれほど大きなものかをこれから嫌でも知る事になる筈です。
3次元での因果律リターンは、ある意味「情け」のある手緩さがありましたが、これからはその曖昧さがなくなってきます。

美辞麗句でいう「他人には優しく」を実践するより、自分の心は今何を求め願っているかに本気で集中して行く時に来ています。

社会正義に則って生きているかとか、人のためになっているかなんて小綺麗な言葉を唱えるよりも前に
「自分は自分自身に報いているのか?」
「本当に自分を大切に生きているのか?」
「見なければならない真実から目を背けてはいないか?」

高次に向かえば向かうほど因果律リターンはその答えを見逃しません、容赦をしません。

正しく生きているかよりも先に「自分を少しでも偽ってはいないか?」に目を向ける事が自分を大切にする事に他なりません。
そしてこれから先、さらに「ああこれは、昨日の自分のあの行動や想いからの因果律リターンなのだな」と言う事が理解し易くなって来るはずです。

自分の行動が「本当に自分に正直なのか、自分を偽っているのか」を確かめるチャンスがやって来たと言うことでもありますね。

今、ご自分はのんびり緩やかですか、楽しい日々ですか。
そうであれば自分自身に正直に生きていると言う因果律の答えなのですね、きっと。

そんな時に「こんなに幸せでいいのかな?」「未来に備えなくていいの?」なんて思ったら、3次元の思う壺。
そんな問いかけなんかに耳を貸さないようにしましょうね。









by farmemory | 2019-06-10 00:02 | ・新次元への道 | Comments(0)