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2019年 06月 06日 ( 1 )



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前回からの続き。
**次元移行の解釈(記憶と体感-1)**


彼はある日いきなり自分でも気がつかないほどの瞬間新しい肉体に入った自分となっていて、しかし全ての記憶もそのままに持っていたのです。

確かに全ての記憶を持っていたかのであれば、自分の死に関しても何らかの感情や思いはあるかもしれませんが、彼はその死自体を、単に服を着替える程度にしか感じていませんので、私たちが感じるような感覚で自分自身の死を振り返ることはありません。

ここのところがとても興味深かったのですが、もしかすると新しい次元に向かうための3次元での死のあり方に特徴があるのではないか?
そんな気がするのです

突然死や即死状態のような肉体の放棄は、今までの3次元では自分の詩を受け入れられず浮遊霊となってしまう方もいたでしょう。
それが今までの3次元と4次元の関係性だったのです。

しかし次元移行が起こった今、すでに霊界である4次元が消滅し始まっていますので、浮遊霊や地縛霊という存在自体もう私たちの身近から消えてかかっています。

そこで、今までではない突然死を選んだ魂のかなりの数、服を着替えるように別の肉体にすぐに入り込んで5次元以上の次元に移行したのではないかと感じたのです。

もちろん全ての魂が高次元を目指すために肉体をぬ部わけではないでしょう、別の魂は一旦魂の居場所まで登り、次の人生までの中間生に留まる魂も居るでしょう。

彼は今感じて居ると思うのです。

「あれ?鏡を見たら別の顔の自分がいる、どうしたんだろう」
「ああ、そうか次元移行をしたんだ」
「自分は死んだのかな?」
「そうだ、3次元では死を選んだんだ、でも今の自分は5次元の存在で自分の死など大した意味は持たないな」
「それに3次元の自分はもう存在しないのだから、その次元での自分の記憶は今もしっかりあるけど、その次元から自分がどんな形でここに移行してきたかなど、どうでもいいことだ」
「つまり死んだのであろうと、消えてしまったのであろうと、自分自身がいなくなったわけではなく、この別の体としてここ(5次元)に存在して居るということは、自分にとって死など迎えてはいないんだ」
「でも3次元にいる従兄弟たち(私フォロンや残された親族)は、まだ死がある次元に足をかけていいるのだから自分が死んだと思うんだね」
「フォロン兄さんが、コンタクトしてくれたから自分がどう言う状態、スタンスなのかが分かったよ」

3次元に生きている私にとっては、次の次元にどのように向かうかはとても興味を持つ事です。

でもその感覚を知りたいとか、自分はどういう形で次の次元に行くのかを知ろうという事自体、3次元的な自分から離れられずにいるのではないかと思ったのです。

自分が高次元を目指しているのであれば、それがいつなのか、どういう形でなのかを知ろうとすること自体、すでに自分の次元移行を先伸ばしてしまっているんだと、はっきりわかりました。

「自分は高次元に向かっている、その確信を持っている」

そう自分に言い聞かせたり思い込もうとしても意味はなく、その確信を自分に確認することさえ忘れ、信念でも希望でもなく「私は高次に行きますが、何か?」程度になって行く事が進化しているかの判断となるのでしょう。

この肉体を ”脱いで” 次の次元に向かうのであれば、その変化は衝撃的に理解できる事でしょう。

でもこの肉体を着たまま次の次元に向かう事を選んだのであれば、手に取るような劇的さでは、その変化を理解出来ないかもしれません。

「なんとなくだけど、移行している感じはする」
そんな緩慢さで別の次元に移行して行くのでしょうね。

そしてその変化が良い風にか悪い風にかを判断しようとする事自体は意味がありません。
「次元移行の真実」など今の私たちレベルで判断などできようはずもありません。

それでも5年前、10年前とは明らかにこの世界が変化していることだけは確信を持てます。
変化は長いスパンで見て行くとぞの真実が見えてくるように思います。









by farmemory | 2019-06-06 00:12 | ・新次元への道 | Comments(1)