2018年 07月 18日 ( 1 )

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前回からの続き
**余市・小樽イベントの報告(1)**
**余市・小樽イベントの報告(2)**

余市のイベントミッションを終え、函館本線で小樽に戻りホテルにチェックイン。

夜のお食事は小樽の鮨ストリートにある「日本橋」で夕食を頂きました。
もう美味しくてワイワイ、今日の遺跡巡りでワイワイ、あっと今にお店が終わる頃まで居座ってしまいました(小樽のお寿司屋さん、どこも閉めるの早いですね)
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流石に小樽、絶品のお鮨を堪能し、その足で少し離れた「水天宮」に夜間観測に向かいました。

雨模様の空でしたがここで、参加者の方がとても興味深い光の画像を撮影されました。
また私も、上空に光る不思議な雲を撮影しました。
この2点は、最後の記事でまとめて紹介しますのでお待ちください。


さて翌朝の集合後、小樽市内にある「龍宮神社」に参拝に行きました。
この神社は幕末の有名人「榎本武揚」が創建した神社ということで、近代に建てられた新しい神社です。
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この神社のある場所は古来アイヌ民族の祭場「イナホ」だったところと言われており、その場所に神社の拝殿を創建したと言うことなのです。
つまりかつての縄文の祭場の上に、弥生の神社を建立したと言うことになります。

まさに今回のミッションである、弥生(オリオン)の帰還、縄文の解放そのものだった訳です。

敷地が幼稚園の庭にもなっていて、伺った時には屋外で遊ぶヒヨコ達が所狭しと走り回っていて、足の踏み場もないくらいでした(大げさですが)

敷地内には現財務大臣の名が入った植樹「オンコの木」がありました。
神社のHPには「大久保利通の子孫である麻生さんが、幕末の仇敵であった榎本武揚公との100年目の仲直り」と言うことで参拝・植樹されたとの話が載っていました。

ちなみに、私の母校である國學院大学は有栖川幟仁親王により始められた大学で、この龍宮神社も明治天皇北海道御巡幸の折、随行された有栖川幟仁親王より龍宮殿の名を賜ったとの事です。
何ともご縁のある事だなと・・

そのあとに各自小樽の散策をしました。
2グループに分かれ、A班は小樽港周遊の観光船、B班は小樽市内の観光と分かれました。
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その後駅近くにある小樽の日本蕎麦の名店「藪半」で昼食を頂き、次いで市民会館で縄文のワークショップを行いました。

参加者の方の中に、この会館の中に入った途端、言い知れぬ重さを感じた方がいました。
私も初めて伺ったこの場所に重さのようなものを感じました。
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おそらくこの場所はレイラインのクロスポイントで、その場所だからこそ何らかの意図を持った施設なり、活動拠点としたのではないかと思うのです。
ちなみに小樽市のマークは六芒星なのですね。さらにはあの「ソーラン節」発祥の地だと言うことなのです。

かつて大陸を通り日本にやって来た弥生(ヘブライ)は、九州に上陸すると鉄と争い、稲作という「農耕」を武器に日本(縄文)を席巻して行きました。

しかしその東進が八ヶ岳の強大な縄文に阻まれ、進撃が止まります。
そして弥生は陸路を諦め、富山湾から海路で北を目指し、青森から南下し八ヶ岳を挟み撃ちにし縄文を駆逐したと言います。

その北進のグループのいくつかが津軽海峡を渡り函館へ、または石狩湾に上陸したのかもしれないと思うのです。

事によると竜宮神社と同じように、レイクロスポイントに六芒星をシンボルにした行政施設を意図的に建設したのかもしれません。
縄文の封印と、レイクロスポイントに何らかの意図を持ったな施設を置く事とは同じ意味合いを持ちます。

そう思うと、ここでのワークショップ自体も、押さえつけられてきた縄文を解放する一助になった事になりますね。

以上で2日間のイベントを終了し小樽駅での解散となりました。

次回、参加者の方が写してくださった光の画像などをご紹介します。











by farmemory | 2018-07-18 00:40 | ・イベントメモリー | Comments(2)