2017年 08月 21日 ( 1 )

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「人のために生きる」

という言葉。
一見高尚で自己犠牲のように聞こえますがどうでしょうか?

目に見える手助けだけが、人のためになっているとは限りません。
進化して行くためのハードルであれば、そのハードルが「その人のためになる」事を直感的に理解できるかが大切かもしれません。

とすれば「助けない」ことの方が「その人のため」になることだってあるかもしれませんね。

もしかしたら
「人のために生きる」
と言う言葉を使いながら、自分は善業を行なっていると言う自己満足を得ようとしているのかもしれません。


「苦しんでるあなたを救いたい。その道は危ないから、こっちに進みなさい」
苦しんでいる人や危なっかしい人を見ればそう思う事よくありますよね。

でも、その人がその苦しみに立ち向かって自分を進化させて行こうとしている最中であれば、手を差し伸べて欲しいとは願わないはずです。

また目の前に誰か苦しんでいる人がいて、それを見かねてこちらから手を差し伸べても、その人はその手を握り返して来なければ、その人はあなたでない人に手を差し伸べてもらいたいのかもしれません。
でも、もし相手が手を伸ばしてきたら、直ぐにその手を握り返してあげましょう。
その時、相手があなたを心から信頼していると言う事が分かる筈です。


あるいは、本当は誰かに気に掛けてもらいたい、声をかけてもらいたいと思っていても自分から人に助けて欲しいと言い出せないとしたら、その苦しんでいる人はなぜ「気にかけて欲しい」と口にできないかの原因があるのかもしれません。
もしかしたら他者への信頼を持てないのかもしれませんし、自分という存在に対する希薄さや強い否定意識があるからかもしれません。

そうであればどこかの過去世での何らかのトラウマや、幼い頃のインナーチャイルドの解放が行われていなからかもしれません。
この場合はその人を今の苦しみから解放させる前に、人を信頼できない部分からの解放が先ということかもしれません。


善意の押し売りは、時にとても重要なその人の進化を阻害してしまいかねない危険もはらんでいます。
相手の成長を阻害すれば、その因果律もまた自分に返ってくると言う道理です。

「人のために生きる」
この言葉を簡単に使うことなどできません。
なぜなら今目の前で苦しんでいる人以上の苦しみに対峙して、自分を進化させてきた人が初めて口にできる言葉だと思うからです。
そうでなければ、その人の苦しみを理解できず、真にその相手に寄り添うことは難しいからです。


この人生、皆自分の希望で生きています。
それを「エゴ」と言うかもしれませんが、それこそが私たちがここに生きている意味の一つです。

「人のために生きる」
「自分のために生きる」
「興味のあることに集中して生きる」

どれも天は微笑みを持って見守ってくれます。

自分の行動をいちいち口になどせず、理屈をつけず自分の強い意志と責任で思いのまま生きる世界。
いま私たちはそこに向かおうとしていることだけは間違いありません。

ストイックに生きることが美徳の世界は、近い未来遠い昔になって行くことでしょう。








by farmemory | 2017-08-21 15:30 | ・意識の自立と進化 | Comments(8)