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**九州「リラの目覚め・オリオンの帰還・縄文の解放(1)」**



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先日九州を縦断するイベントを行ってきました。
九州は火の国といわれる火山が活発な土地です。

火山といえば「リラ」
そして遠い昔、九州には縄文が繁栄していました。縄文は「シリウス」
そしてその縄文が弥生の侵略を受け、人々の苦難の道が始まりました。その苦しみをもたらしてくれたのが「オリオン」

かつて九州の地に3つの天体の人々が人類の進化のために降り立ってくれたのです。
今回のイベントは新しい次元に向かい始めた地球と、そこに長きに渡り関わってくれたこれらの天体への感謝を送る事。
そして帰還の時を迎えたオリオンの手で助けを願い行いました。

驚くほどの出来事ではないでしょうが、それでもなんらかの役に立てたと言う事をいくつかの不思議体験が教えてくれました。
数回に分けてお話をして行きたいと思います。
今回の記事は少し長くなりそうなので、連続記事ではなく、間にいくつか別の記事も入ると思いますがお付き合い下さいませ。

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さて、九州には巨大なカルデラが確認されています。
1.阿蘇カルデラ・・・約9万年前に最後の大噴火
2.姶良カルデラ・・・約3万年前に最後の大噴火
3.鬼界カルデラ・・・7300年前に最後の大噴火(この噴火により九州から四国中部地方の縄文が壊滅的被害を受けています)

上記のカルデラ噴火は時間的には大昔ですが、全てのカルデラは今もなお活発に活動を続けています。

特に7300年前に起こった鬼界カルデラの大噴火は大量の火砕流と火山灰とによってそれまで栄えてきた西日本の縄文の多くを覆い尽くしてしまいました。
事によると、この鬼界カルデラの大噴火はいずれ弥生が日本に攻め込んでくるための遠い布石になった可能性があるのではないかと思っています。

かつて日本には人類が存在していない(超古代文明のお話は脇に置きます)時期があり、ある時期に大陸から人類が流入し石器時代を経て縄文時代を築きました。
この流入にはいくつかのルートがあったようです。

北・・サハリンからの北方ルート。
西・・大陸から朝鮮半島を経由してきた東進ルート。
南・・大陸から(または台湾)から海路を通り与那国島から沖縄、そして九州南部へのルート。
東・・沖縄の伝承にあるアマミキヨ神(ムーの人々)が東からやって来た西進ルート。

これを見ると、縄文もこの地で始まった人類という訳ではないのでしょう。
ただ、この縄文は弥生の価値観(人類至上主義)を持たず、自然とともに生きるナチュラリスト的な価値観を持っていたはずです。
そのため土地を開墾したり、畑を作るという「人類だけの土地」という概念がなかったために狩猟採集をしてきたのだろうと思うのです。

全ての生き物はその地と共にあり、全てが等価値の存在という高い精神性を持っていたのが縄文です。
石器時代から縄文時代にかけては、文明的にはプリミティブな生活環境だったかもしれませんが、精神性の面では弥生をはるかに超越した高い周波数を持っていたことが伺えます。

(例えば縄文の遺跡や遺物の中には、人間同士が争う「武器」がほぼ存在していませんが、弥生に入ると鉄の流入と同じくして人を殺傷するための「武器」が現れてきます)

弥生が入り始めた頃から土地は人間のものであり、人間が統治する「持ち物」になって行ったのです。

また土地は人類の生存に関わる元となるものです。
全ての土地は全ての民と動物たちに分け隔てなく与えられた天からの下され物という概念では、持つものと持たざる者という「ヒエラルキー」が生まれなくなってしまいます。

最近台湾から丸木舟を使って人力だけで沖縄に渡ってきた事を証明する実験が行われたそうです。
男性5名と女性2名が一艘の丸木舟に乗り人力だけで沖縄を目指す実験です。

生きて新天地(日本)に辿りけるかも分からない過酷な船出をした人々は、人のいない島にたどり着いた時、その無人島で「国造り」初めて行く訳です。

この事実から人のいない地で村を作り存続させて行くためには女性の存在がどれほど大切かがよくわかるのです。
それこそ想像するだけでも男たちが女性をどれほど大切にして来たかが分かるのです。

縄文の土偶には多くの「妊婦の像」が今に残っています。
女性が女神である事は価値観や宗教教義などと違い、人類の根源的な意識からくるのだと言う事が、その過酷な船旅を思った時に理解できるのです。

紀元前にヘブライを起点とした大陸からの流入者によって、縄文の多くが虐殺され本来の「日本人」の上に新しい弥生文化が作られ今に至っています。

しかし執拗な縄文淘汰を目指した弥生でしたが、その難を逃れ少数の縄文が今も沖縄や北海道の一部に細々ながら残されています。
また、縄文も全てが一つの一枚岩(全国統一されていない)ではなかったようです。
弥生の流入後縄文のある一部は、弥生と交わり新しい日本の始祖になったグループもいたのだろうと思います。

先月四国徳島の剣山に伺った時に感じた事ですが、純粋なヘブライは四国の地で生き残り続けてきましたが、それ以外の弥生は縄文人を排除はしたものの彼らの文化全てを否定したわけではなかったと感じたのです。

それが卑弥呼を頂点とする「女帝・女性宰相」の存在です。
本来のヘブライ弥生は完全な男性社会を唱え、女性を蔑視してきましたが大和朝廷までは日本の各地に女性宰相が存在していました。

女神崇拝は縄文の精神性です、その精神性を取り入れた弥生も存在していたと思うのです。
しかしその後古墳時代に入り始めると、天皇(すめらみこと・・シュメールの尊)と言う男性優位主義が台頭し、かつてのリベラルな弥生が消えていったのではないかと思います。

奈良時代に編纂された古事記や日本書記は、女性が国のトップに立っていた事を神話に置き換え(アマテラス神話)人間の女性が国を治めていたとする事実を覆い隠したのではないかと思います。

さて前置きのお話はこのくらいにして、次回からイベントのお話に移ります。









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by farmemory | 2019-11-30 00:06 | ・イベントメモリー | Comments(0)