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**明日に進む**



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時間は戻らない
出来たものは無くせない
生まれたものは覆せない
始まったものは止められない

   ・

生まれてしまったもの、出来てしまったもの、始まってしまったものを無かった事には出来ません。
でも、だからと言って自分にとって好ましくない事までも肯定しなければならない訳ではありません。

ただその存在を自分にとって疎ましいから、好ましくないからといって無くなってしまえばいいと言う子供じみた否定は自分自身を否定してしまうことにもつながってしまいます。

今私たちは日々の中で様々な
「困ったこと」「残念なこと」「憤ること」
に遭遇している、と感じることもあるでしょう。

たとえば社会にに目を向けるとあまりにも考えられないような様々でデタラメだと感じるような事が・・

「でも今次元は進化してきているのだから、きっとその一見おかしく見える社会であってもきっと裏があるのではないだろうか?」

そんな風に思おうとしてはいませんか?
でも馬鹿げた社会も、おかしな世界も、やっぱりおかしなものはおかしいのだと思います。

では何のためにそんな聞きたくもない鬱陶しい現実が耳に入ってくるのかといえば、それこそが自分自身を進化させる(様々なこと気付かせる)目的で自分自身のハイヤーセルフが送り込んでくるテストなのかもしれません。

様々な情報や報道を耳にすればする程、世界は困った方向に向いていると感じてしまうかもしれません。
これは3次元のままの地球であれば、その通りなのかもしれません。

それでも、すべての出来事には ”意味” がある事もまた事実。
もしかすると始まったものは、過去に戻って無かった事にはできないと言う事をしっかり理解するためなのかもしれないのです。

困った事が降りかかってきた、困った事が始まった。
その時人は過去に戻って無かった事にできたらと思ってしま事もあるでしょう。

「困ったものだ、昔は良かった、前のような平和な世界に・・」なんていう風に

それが過去を振り返っている事なのですね。
ここが試練(気付かせるための反面教師?)かもしれません。

あの時こう行動していれば、あの時出会わなければ、あの時もう一つの選択にしておけば・・・
そんなこと言っても、もう終わった時間です。

でも自分が変化する事により、過去に起こった出来事の「意味」を変える事は出来ます。
もし今の自分を強く肯定出来るのであれば、過去の全ての事象は今の自分にたどり着く大切な道だったと言う事になります。

更には、次から次にやってくるおかしな出来事に意識を向ける気にもなれず、興味も持たなくなってきた時、その降りかかってくる現実の意味が終わるのかもしれません。

何を見聞きしても動じない人であると言う事と、高次元に向かうと言う事は似ています。
3次元の現実社会に対して「興味をなくして行く」と言う点では。


ハイヤーセルフはこう言います。

   ・

「何が不安なんだい?その恐れが目の前にある全てを塗り替えてしまうのだよ」

「今、目の前にある出来事を事実として受け入れてもなお、自分自身は先に進むと言う意思を持った時その出来事の意味が変わってくるし、変化させる事が出来るんだ」

「もし仮に、目の前におかしいと思う ”巨大な存在” が立ちふさがったとして、それに戦いを挑むのは程々にね」

「それこそ、その存在を否定などしないで、でも目を向ける必要などないのだからね」
「つい振り返ってしまうとすれば、すでに仕掛けたれた罠にはまっているんだ」

「時には卑怯と言われようと、臆病と言われようと逃げ出してしまう事だって有りなんだよ」

「全てを否定せず、でも自分が思う道だけを見て、自分の思う通りに進めばいいんだ」

「巨大な何者かは、その怒りや戦いを挑もうとする向こうっ気のエネルギーを吸い取っていなければ巨大なままでいられなくなるんだ」
「敗北感や、絶望感を抱き下を向いて大きな灰色のため息を吐いたら、その巨大な存在はそのため息を吸い取ってニンマリするんだ」「な、バカバカしいだろ?」

「そしてそれら全ては君のところに降りかかってくる偶然ではなく、自分自身の変化を促すためなんだよ」
「そう、全ては自分自身が自分に仕掛けたテストなんだ」

   ・

そんなことを言うのです。
そして最後に、ホローなのかもしれませんが付け加えてきます。

「今はすぐにそれが理解できなくてもいいよ」
「ゆっくり自分のスピードでいいから、いずれその真実がわかってくれたら最高だね」

なんて。










Commented by MINASI at 2019-06-19 16:14 x
> 更には、次から次に やってくる おかしな出来事に 意識を向ける気にもなれず、興味も 持たなくなってきた時、その 降りかかってくる現実の 意味が 終わるのかもしれません。

何を見聞きしても動じない人であると言う事と、高次元に向かうと言う事は似ています。
3次元の現実社会に対して「興味をなくして行く」と言う点では。**

主人は、認知症で、何を 見聞きしても、すでに、動じません! (>_<)
私は、あちこち ブログを見て、世界の 現状を、掌握し、なんとか、平和に、少ない被害で 次の時代に バトンタッチしたいと思っています。
お互い、残り少ない命で、孫も いませんが、・・

見て見ぬふり・・ 始めから見ない!は、周辺の お年寄りが、みな やっている事です! その方が、良いのだとは、どうしても、私には 思えません! どう、考えたら、良いのでしょうか? 教えてくださいませ。
Commented by farmemory at 2019-06-19 16:52
見て見ぬ振り(現実からの逃げ、逃避)と、見る気が無い興味がない(無いも同じ、なので逃げてもいない)は似て非なることです。
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by farmemory | 2019-06-16 00:00 | ・新次元への道 | Comments(2)