**見えること、見えないこと(2)**

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私のワークショップに「夜間観測」というカリキュラムがあります。

簡単に言うと、夜間空を飛ぶ高次元の存在やスペースファミリーを観測、観察すると言うワークショップです。
まあ、そんな大げさなことではなく「わぁ~あれなんだろう!?」と言って面白がるイベントなんですけど。

でも彼らが見えたからと言って、でもだから何なのでもあるのですよね。

だって、彼らの存在はすでに否定しようのない事ですので「いま目の前を子猫が通り過ぎた」と言う事と何ら変わらないんです。

でも猫に興味のない人なら、そこに猫が歩いていても気にも留めないでしょう。
逆に猫が好きな人にとっては、猫が歩いていただけでもすぐ目を向けてしまいます。
(ちなみに私も猫大好きで、実家にいた時にはたくさん野良猫拾って来ては家の人に怒られていました)

そう置き換えれば、彼らが空を飛んでいたってなんの不思議でも無いのですよね。

さて、そんな空を行くスペースファミリーに、とても興味がある人が一緒にいれば
「ほらあそこ!」
「あ!ホントだ、わ~い」
ですね。

また、彼ら高次元の人々やシップ、エネルギー体などが見える人と見えない人もがいます。

これは他界した父の話ですが、彼が若い頃、東京の市ヶ谷と言う所に勤めていた時期があり、終業後同僚数名と駅に向かっていた時の事。

市ヶ谷駅にはホームに並行して旧江戸城の掘(外堀)が残っていて、そこに緑が植えられた斜面があります。
父が何気なくその方角を見ていた時、いきなり上空から銀色に光る平べったい円形の何かが降りてきたのを見たそうなのです。

そこで一緒にいた8名ほどの同僚に「あれはなんだ!」と指をさしたのですが、そこに居た8名のうち3名の人には見えたのですが、残りの5人の人には全く見えなかったそうなのです。

これは、前回お話しした「周波数」の違いで見える人と見えない人に分かれたと言う解釈でいいと思うのです。


ところが・・・

見えているのに見えないと言う人が意外と多いと言う事に最近気がついたのです。

また、見えていることを、何か別のものにこじつけて「未知のもの、不思議なもの」であることを受け入れず「なかったこと、なんでもないこと」もしくは「誰にでも理解の出来る普通の事」に置き換えて終わらせようとする人が結構たくさんいる様なのです。

またもう一つの恐れは、自分が持っている(基準としている)価値観や常識、知識や概念のかなり主要な部分が崩れて行く様に感じ、自分そのものの否定につなげてしまう事もあるのではないかとも思うのです。

単に「受け入れれば良いこと」なのだと思うのですが・・・

先日セッションに来てくださったクライアントの方から、そうしたお話を聞かせてもらいました。

その方は、一緒にいた知人の方と不思議なものをはっきりと見ていて、しっかり確認してもらったと言います。

「ほら、あれ何?なんだろう?」とその人に問いかけると
「本当だ、何あれ」

と言った直ぐ後に「私見たけど、見えなかった、見えないことにする」「何もなかった」
と言ったそうなのです。

このお話、私も初めてではなく何度か同じ様な反応をする方に出会ったり、そんな話を聞かせれることも幾度かありました。
最初の頃は「なんでこんな反応するの?」と思っていたのですが、最近それがようやく理解できて来ました。

「怖い」のだと。

未知のものや理解を超えるもの、自分が知らない説明の付かない事は、漠然と怖くなるので「無かった事にして、終わらせる」と言う方法を取っているのだと分かったのです。

人にとって一番の恐怖は何と言っても「命」にまつわる事です
それに次いで「未知なもの、想定外の出来事、理解を超えるもの」に対する恐怖を人類は持っているのですね。

かつて私も、そうした人に出会った時は「目の前に示しているのに受け入れないってなんなの?」と感じたり、なんて傲慢な人だろうと思っりした事もありました。
でも徐々にその理由が「恐れや恐怖」なのだと分かって来たのです。

今までと違う「未知や不思議」に触れた時、先ずは強い興味を示す人と、不安や恐れが先行してしまう人に分かれる様なのですね。

そして不安になる人の中には自分に「なかったこと、見なかったこと」と言い聞かせ、その話を強制的に終わらせようとする人もいる様なのです。
そう理解すると「見えているのに(証拠を示しているのに)なぜ受け入れないの?」という疑問の答えが一つ見えた様に思います。

これは社会体制の変化、現状や伝統、継承から離れることを極端に避け「今まで通り」に固執しようとする意識と同じなのかもしれません。

今の状況を打開するために、変化を受け入れるくらいなら(未知の道に向かうくらいなら)今まで通りでいいから自分が理解できる「知っている」世界に居続けたい、という事なのかもしれません。

これ、見えているけど見えなかったことにする、によく似ていいますね。

今、変化は待った無しで始まっていますし、これから先どんどん変化が増してくるでしょう。

もし身の回りの変化に戸惑いを持つ人がいたら緩やか~に「気楽に変化を受け入ても大丈夫なんだよ、怖くなんかなよ」って言ってあげてくださいね。
でも、無理矢理に聞いてもらおうとはしないでください、皆一人一人自分の「受け入れ態勢」の準備をしている筈ですから。


「知らない世界への道」を地球は既に歩き始めているはずです。











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by farmemory | 2018-06-25 00:08 | ・ハイヤーセルフ・天使・ガイドたち | Trackback | Comments(0)

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