**今見ている現実と次に見る現実(2)**

お便り・お問い合わせ>>
宇宙からの歌声HP>>
facebook>>



c0319737_00152963.jpg

前回からの続きです。

私たち人類の内面には「常に変化を求める自分と、伝統や継承から離れず保守的であろうとする自分」がいつもせめぎ合っています。

もし新しい世界(3次元を超えたさらなる高次元)を望むのであれば、それは私たちが今まで、全く知らなかった想像もできない世界や概念を受け入れて行くと言うことでもあるのです。
今はまだ始まりに過ぎない様々な変化は、さらなる大きな変化に続いて行くはずで、その流れはもう止めることは出来ないでしょう。

これから増えてくる「今まで知らなかった様々な出来事」
(身近な生活環境や社会、自然環境、政治や経済、国際情勢、歴史、物理学を初めとた未知なる発見や概念などなど・・)
それらに触れることも多くなるでしょうが、文字通り高次元の未知なるものに繋がってゆく布石なわけで、今までのセオリーや科学常識では判断できないことが多発してくるでしょう。

未知に対する人類が持つ「不安感と恐怖心」は、それはもう大きなものです。
「まずは警戒しろ、臆病でいろ」が今までの危険回避のテクニックでした。
ですから人の意識にある「保守的であろうとする自分」が常に優位に立ってしまうのでしょう。

でもそれもやむなしの所もあります。
いくつもの過去世で私たちは臆病でいることで、なんとか凌いできた危険がたくさんありましたから、その思いぐせは大きくて当然かもしれないのです。

さて、人の感性と言うものは、若ければ若いほど高いものです。

・既存の社会から離れようとしている若い人たち。
・変化を受け入れず既存の社会の継続を希望する若い人たち。

どちらであろうと、逆に見れば「必ず変化は起こる(起こり始めている)、それは確実だ」ということを察知しているからの様な気がするのです。

また、保守的に留まろうとする若者でも変化を求める意識が眠っているわけではない筈。

現実社会での変化を求めない代わりに、その矛盾の解消のためアニメやコミックスのヒーローたちが自分に成り代わって大暴れしたり、血を騒がす攻撃的なシーンや否現実世界をゲームやアニメのバーチャル世界に投影し、保守意識の対極にある「変化を希望する自分」との整合生を取っているようにも感じるのです。

また現実を直視する(世界が変化しようとしている)ことを避け、あえて見ないようにし、思考を停止してSNSや単純なゲームに集中してしまう人もいるかもしれません。

もしかしたらハリウッドのドンパチ映画も、人の心に生まれる「変化の芽生え」意識を上手にガス抜きして「見ればスッキリする」映画として作っているのではないだろうか?
そんなことを思ったりします。

今までそうした映画は、人々に革命意識を持たせたり正義感を高揚させ、為政者側が自分たちに怒りの矛先を向けさせまいとしてガス抜き映画を作って来たのでは、と言われる事もありました。

でも、もしかしたら暴力的な革命の芽を摘むためじゃなくて「勇気がいるけど変化して行こう!」という前向きな意識を芽生えさせないための作為が埋め込まれていたのかもしれません。

日々の生活の中で、進化して行こうとしている自分がいて、でも変化することに今一つ踏み込めなくて躊躇もある。

そんな中でのモヤモヤが、映画の中で主人公が自分に変わってスッキリする行為を代行してくれ
「あ~楽しかった」「また明日から仕事頑張ろう」
と自分を慰めモヤモヤ(ストレス)を解消しているのかな、なんて思ったりします。

でも、もう一つの本質である
「変化しようと疼いている自分」
が満たされた訳ではないので、定期的にまたモヤモヤが溜まってくる。
そうするとそんな時期を見計らって、またスッキリ映画が配給されたり、自分から見に行ったりするのかもしれません。

なにかこれ、自分自身が変化するためにやってくる試練から逃げ回っていて、でもまた巡り巡ってその問いかけに対峙しなければならないという人間の進化変容チャンスの仕組みと似ている様な気もするんです。

ハリウッド映画は人々の中に、平和裏に個々人が自分進化をして行こうとする事への横槍なんじゃなかろうかと、そう感じたりもするのです。

でも長い間自分の殻に閉じこもっていた人が、進化する、変容して行くってとても勇気のいる事かもしれないです。
その意味では自分自身との「生半可ではない厳しい戦い」なのかもしれません。

大手の映画制作会社は「誰か」からの委託を受け、なんらかの作為を持って作っているかもしれません。

でもそれ以上に重要なのは「変化への覚悟、ありますか?」だと思うのです。。
それが結果として、人類の総意(変化したくても踏み込めない自分、変化が怖いから)でそうした映画を台頭させて来たのかも・・・
そう考えると色々つじつまが合って来ますね。

新しい次元というと、何か夢世界の様に思うかもしれませんが(そういう部分も勿論あります!)その世界に到達する前に、今までの既存の日常にある社会や世界から先に大きな変化を進めて行くと言うスケジュールなのでしょう。

それでも目に見える現実的・物理的な変化さえ、人々の意識進化や変容に委ねられていますので、変化に対する不安の心が人々の中から薄くなり
「ちょっとドキドキするけど、その先に踏み込もう」
人類がその意識にどんどん成長して行けば、それに比例して次元移行の速度を上げて行くのでしょう。













[PR]

by farmemory | 2018-01-19 00:16 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : https://dimension5.exblog.jp/tb/29158105
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。