**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(2)**

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前回からの続き。
**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(1)**

この八ヶ岳の地は無数の縄文の遺跡や遺構が点在する、日本でも稀に見る縄文天国と言われています。
確かにこの地域は「最後の縄文」の地であったのは間違いありません。

しかし・・・
2年前にも同じ八ヶ岳の山麓である茅野で縄文の解放ワークを行ったのですが、その時と同じような深い悲しみと、痛みと、重さを感じたのです。

かつて日本のエデンであった縄文は弥生に蹂躙され、その地を明け渡したという経緯があります。
大陸から半島を渡り九州、中部地方から日本に侵入してきた弥生は、怒涛の勢いで本州を東進して来ました。

ところが南アルプスと、この八ヶ岳で、その進撃が止まります。
自然の盾となった南アルプスと八ヶ岳、そして縄文が命がけでこの地を死守したためです。

そのため弥生は作戦を変え、半数が北に向かい松本から糸魚川沿いを通り日本海に出て、そこから海路日本海を北上し津軽に上陸。
このルートは、まさに過日糸魚川での大火災のあった場所で、縄文の封印解き(血による争いのカルマの清算)と繋がったと思うのです。

そこから今度は南進し、この八ヶ岳で挟み撃ちにし縄文を殲滅しました。
その戦いのビジョンを私もスキャンしてみた事があるのですが、とても悲劇的な場面でした。

またさらに少数の弥生は津軽海峡を越え北海道にまで足を伸ばし、石狩湾にも上陸を果たしています。
ちなみに小樽で生まれたというソーラン節がヘブライ語で解釈出来るという話からも。その軌跡をうかがい知ることが出来て興味深いです。

しかし北海道では函館、小樽周辺を別として、全道に弥生が根付くことがありませんでした。
何故なのかな?
と思って意識を集中してみたところ、とても面白い答えが返ってきました。

アイヌの人々は本来の日本人として縄文を受け継いで生きて来ました、その文化はまさに自然と一体となって生きるというライフスタイルです。

そしてアイヌの人々は、遠くネイティブアメリカンと同じ意識を持ち、万物には全て魂が宿るという考え方を持ち暮らしていました。

だから北海道に住む全ての生き物は自分たちともワンネスの関係であるという意識を持っていたわけで、その中でもヒグマも神として崇めていました。
同じようにエゾオオカミも犬神として畏敬を持ち、共に暮らしていました。

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彼ら動物たちもまたアイヌの人々を共に生きる者たちであると理解していた筈なのです。

そこに人間優位(第一)の概念を持った弥生が踏み込んできたのです。
そのため自然のバランスが大きく崩れ、彼ら動物たちは人間と敵対する「野獣」となって弥生人達に襲いかかったと思われます。

流石に神としての力を持つヒグマととオオカミ達には手を焼いた事でしょう。

さらに、万物に魂が宿り、全てが天のシナリオに従い繋がっているという生き方をするということは、土地も山も森も、冬の厳しさ(気候)さえも魂を持った者として共存するということであり、そのバランスを崩す意識を持った弥生には北海道という生命体がNGを突きつけたのだろうと思うのです。

こいうして北海道は江戸・明治に至るまで縄文の意思を継承するアイヌ文化が守られてきたのだと思います。

そんなことを思っていた時、これと同じことが琉球(沖縄)でも起こったのではないかと感じました。
弥生が縄文を駆逐し、逃げ延びた縄文は北海道と琉球に追いやられたと言う話は誰もが知ることです。

沖縄の方言とアイヌの方言に幾つも共通するものがあることもまた、大変に興味深いものです。

そして琉球に追いやられた人々は、熊や犬神に変わりハブの毒に守られ、高い精神性を持つ沖縄という生命体もまた北海道と同じ力を持ち、弥生を容易に近づけなかったのではないかと思うのです。

因みに北アメリカに住んでいたネイティブアメリカンの人々が、白人文明により崩壊に追いやられたのも、時代の違いはあれど、ネガティブを願う人類たちの総意によってもたらされた事なのだろうと思うのです。

新天地を求め海を渡って来た西武開拓の本来の(深い裏の)意味は、この辺りにも有るのでは?と思ったりもします。


縄文と弥生のお話はもう少し続きます。



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# by farmemory | 2018-09-20 01:30 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**小渕沢・八ヶ岳イベントの報告(1)**

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今回から先日行いました小淵沢・八ヶ岳イベントの報告を記事にして行きます。

大変面白い不思議な体験や縄文の記憶、意識で見た縄文時代のビジョンなど、とても興味深く深いイベントでした。

この報告記事には、今回の北海道の地震にもつながるお話も含んでいます。
さらには次元のお話などを交えてお話しして行くため、7回程に分けての大変長い記事となります。

途中別の記事や緊急性のあるお話などある時には、それも挟んで続けて行ききますので、のんびりお付き合い下さいませ。

今回はイントロで、2回目以降不思議体験や次元のお話などがが散りばめられて行きますのでお楽しみに。

   ・

1日目JRの小淵沢駅で皆さんと待ち合わせ、この日は台風21号の影響で空はどんよりと曇っていました。

皆さんが集まったので、近くに古民家カフェにてランチを頂きました。

ご夫婦で営まれているこのカフェ 「DeuxChats(ドゥシャ)」は、古い古民家をリノベーションした雰囲気あるお店です。
メニューは無農薬・有機野菜を中心として体に優しいメニューを心がけておられるとの事で、今回いただいた日替わりランチも地元のお野菜を踏んだんに使った優しいランチでした。

食後に頂いたケーキセットも、とてもシンプルで素朴なケーキ達。
また小渕沢に寄ることがあればぜひリーピートしたいと思うカフェでした。

その後に遅れて合流された方達と車で井戸尻考古学館へ。

途中パラパラと雨が降っていましたが、考古学間に着いた時にはほぼ上がっていました。
博物館に展示されている主なものは縄文の土器と土偶、そして復元した縄文の生活グッズがたくさん展示されていました。

みなさんでワイワイと入館したら、館内でビデオを見ていた爺様に「静かに!」と叱られてしまいました。

ここに展示されているものは主にすぐ目の前にある井戸尻遺跡から出土したものがメインで、その中の幾つかが、先日上野の縄文展で展示されていたものがあり「貸出中」のプレートでアナウンスされていました。

でも私が一番見たいと思っていた「水煙渦巻文深鉢」はしっかり展示されていて有り難かったです。

また展示物の中に当時の弓矢を再現したものがありました。

遺物ではなく再現された現行品なのですが、私は高校、大学と弓道部に所属していましたのでとても興味深かったです。
矢尻は黒曜石で作られていますが、むしろその方が鉄器よりも軽く、矢羽を小さくすることもでき「理にかなっているんじゃない」なんて思いました。
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矢は篠竹、矢羽はキジ、弓は藤、弓弦は麻。だと思います。
できればこの弓を一度「引いて」みたいなと思って眺めていました。

考古学館の見学を終え井戸尻遺跡に向かいます。
館の目の前に広がる遺跡には、竪穴住居が復元され、見る限りのどかな芝生が広がっています。

この縦穴には入ることが出来るので薄暗い中に入って見ました、すると後から入ってきた皆さんが「うわ、気持ち悪い」と直ぐに外に出て行きます。

実は私もこの住居のある広場に立った時に、なんとも言えない「重さと、悲しみ」を感じたのです。
その出どころは明らかに足元からです。
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その中には救い難い「血」の匂いさえありました・・・

では次回からイベントのお話を始めます。











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# by farmemory | 2018-09-19 00:16 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(0)

**リラ物語13(リラの魂と恋愛)**

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これまで、天の摂理における愛に関してお話ししてきました。

温かい想い、慈愛、受け入れる寛容さ、そして無償の愛によって生まれるポジティブなエネルギーが、まるで漢方薬のようにこの地球の次元移行に緩やかで、しかし強い効力を見せるというお話でした。

無償の愛とは、見返りを求めない愛です。

ただただ相手に対し「あなたの愛を得る前に私はあなたを愛したいのです」
そう向ける愛の形とでもいいましょうか・・
見方によればとてもストイックにも感じられる愛の形となります。

これとは対照的に即効性と強い物理的エネルギーを生み出すのがリラが担当する「愛」の形です。

それはマリアのような慈母に満ちた愛とは対照的に、パートナーを受け入れ愛するという異性愛を指します(この異性愛は同性愛を一部含みます)

相手への過度な執着もなく、作為もなく、駆け引きもなく、ゲームでもなく、今目の前にいる愛すべき者と心から求め合う「愛の時、愛の喜び」

その時に生まれるエネルギーの事を言います。
このエネルギーは時に強大なパワーを生み出し、それが異性間の「無垢な愛」という根元から生まれたものであれば、それこそ一瞬にして暗闇の隅々に強烈な光を振り注げる力を持っています。

今回からリラのエネルギーの根源である「愛」
恋愛、異性愛、性愛のパワーについて触れ行くことにします。

この順番は、いわば地球に還元できるエネルギーの強度でもあります。

まずは恋愛という緩やかなエネルギーからお話しして行きましょう。

◆リラの魂と恋愛

まだまだ幼い少女と少年が、体の成長とともに異性への淡い恋心や友情の学年から恋愛という学年に入って行きます。

この段階で幼い者たちが相手への執着を知り始めます。
そして疑心暗鬼や、切なさ、不安さえこの教科から学んで行きます。

また異性を想う時の胸を締め付けられるほどの痛みや至福感も同時に知り始めます。
しかし、この段階では残念ながらまだ地球に還元できるパワーを生み出すには程遠く、幼い者たちの成長の一過程にすぎません。

しかし恋愛は幼い者たちの特権ではありません。

彼ら以上に長く人生を送ってきた男女、老成した者であっても恋愛意識は衰えることなく心の中にしまいこんでいます。

まして、リラを故郷とする魂の持ち主は、日々の生活の中で忘れていただけではなく、それ以上に愛というパワーを使いこなせる人々であったがために、古い時代には命さえ狙われるという過酷な日々を送っていました。

そのためそのパンドラの箱(自分の中で眠り込んでいる恋愛への憧れ)を開けることを恐れ、心の奥深くにしまい込んでいる人も決して少なくはないでしょう。

恋愛から結婚、そして親となり子育てにかかりっきりになっていた日々が終わり始めると、人は箱に入れて静かにしまい込んでいた恋愛という小箱の存在を思い出し始めます。

ただ、この恋愛とは確かに異性を想うエネルギーには違いはありませんが、愛する伴侶を悲しませてまで走ることを推奨しているわけではありません。
(でも推奨はしませんがが否定もしません)

恋心を持つという事は、心の中に言い知れぬ温かさを生み出します。それが大人の恋愛です。

子供の恋愛では、相手への執着や束縛意識を持ってしまい、まずは自分の心の満足に意識が向いてしまいます(大人になってもそこから抜けきれない方もいますが・・)

しかし恋愛という学習単位をある程度取ってきた大人の恋愛は幼い者たちの見境もない驀進するような恋愛ではありません。
相手の身になってものを考えられるようになってきていますので「配慮」という事も身につけています。

また幼い恋愛で知った相手への「拘束や執着」が過度になれば何をもたらしてしまうかも学習しますので、どれ程相手を好ましく思おうと”ここから先”というボーダーを超えることなく静かに相手を想う恋愛表現となります。

※この「配慮」ということを社会常識や理性、教育や道徳としては捉えてはいません。

自分が体験した(たとえそれがこの人生でなく、遠い過去の人生であっても魂にその記憶が刻まれていますので)痛みを知るものは、相手に対し”配慮”なく痛みを伴う行為を仕掛けることはできない、してはならないのではなく「出来ない」という意識と捉えています。

逆に言えば、その痛みを知らなければ相手への配慮に至らない(知らないからしてしまう)こともあるでしょう。

リラの根源からの恋愛感は、一見このように控えめな行動パターンを示しますが、逆に激しさや爆発力はない反面、相手への想いそのものの重さがとても強く、簡単なことでは相手を見限ったり離れたりしないことも特徴です。

この段階の恋愛エネルギーになると、それが少なからぬパワーを生み出して行きます。

   ・ 

リラの愛という範疇から少し離れますが、恋愛は異性だけへの恋心を指すのではない時もあります。

中には自分のライフワークとして行っている行動や仕事、興味を持つあらゆる対象に対し恋愛感情(自分ではそれとはわからないでしょが)を持ってしまうことも、見方によれば「恋愛」と解釈しても大きく違ってはいないでしょう。

「あなたの恋人って、仕事?」
「舞台に立つ君を見ていると、まるで舞台に恋をしているみたいだね」

こんな言葉を耳にすることもあるかと思いますが、まさにこの状態が「その人」にとっての恋愛といってもいいかもしれません。

つまり、自分が思う対象物を想い、焦がれ、至福を感じた時、それは恋愛と同義なものなのでしょう。

幾つになっても結婚しない、相手がいない、一人でいることに不満がない。
社会的に見れば奇異なことと写ってしまおうが、その人にとってその状態が心地よければ、間違いなくそこからゆるやかで暖かいエネルギーが生まれ、そして地球に還元されて行きます。

これはリラの持つ恋愛エネルギーとは少し異質なものですが、しかし同じように地球は喜んでその人が作り出してくれるポジティブなエネルギーを甘受してくれるでしょう。











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# by farmemory | 2018-09-17 00:44 | ・スペースファミリーと故郷の星々 | Trackback | Comments(0)