**改札口でのライトワーク**

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昨日地元(実家)の駅で電車を降りた時の事。
夕方の帰宅時間と重なり、かなりの数の人がホームから改札口に向かっていました。

私もその流れに逆らわないように改札に向かって進んでいたのですが、あと数名で自動改札のタッチパネルという所で、いきなり目の前に一人の女性がねじ込むように割り込んで来たのです。

左側から、まるで突進して来る様に入り込んで、更に右側に通り過ぎて行くのです。
私は危うくその女性の足を踏みつけてしまいそうになり、慌ててその場で足踏みをしてしまいました。

その時一瞬彼女は少しはにかんで恥ずかしそうな顔をちらりとこちらに向けてくれました。

「何事?!」と目で追うと、その先にいた男性が一人「おおっ!」と言ってその女性に声をかけました。
そして彼女はすぐにその男性の腕に手を回し、一緒に改札口を出て行きました。

仕事帰りの駅の改札口で旦那さんを見つけた奥さんが駆け寄った、そんなどこにでもある様な光景でした。

私はそこで「何事?」との思いが急速に薄れて行きました。

彼の腕に自分を腕を絡め、頬を添えながら幸せそうに歩く女性の笑顔が何とも印象的で
「ああ、なんかいいなぁ。素敵な光景だなあ、麗しいなあ」
そんな、心が温かくなる思が湧き上がりました。

あのクリスマスソングのCMから今年でもう27年。
でも恋人達の思いは決して変わる事なく、何気ない街の何気ない日々の中で今日も繰り返されている事でしょうね。





さて、ライトワークのお話。

その時私はその二人の行動からある種の熱エネルギーを感じ取りました。
そして何より、私自身の内側が「嬉しく」なって、確実にハートの辺りの温度が数度上がったのが分かりました。

これってよく言う「元気をもらった」とか言うスピリチュアルな観念論ではなく「確実に心が反応した」物理現象なのです。
見知らぬカップルからのエネルギーシェアを身を以て体験したと言う事ですね。

もちろんこの時の女性は、自分が他からどう見られているかはあまり気にしてなかったでしょう。まして誰かを喜ばせたなんて思いもしなかったはず。

何も考えず、周りの事など考えもせず自分の思いに集中していただけです。

それを社会人の大人目線で見ると
「たった数十秒くらいの事、改札を出て広い所で声を掛け合えばいい事では?」
なのかもしれません。

でも、人の目の前を無理やり通ってでも彼に触れたいと言う、その女性の無意識の行動に素直に「いいんじゃな〜い」と思った訳です。

同じ様に私たち一人一人も日々の生活をあまり深い意図もなく営んでいます。

でもこの二人のようにその時の自分の意識状態が、知らず知らずの内に外に向かうエネルギーとなって、そこに立ち会う「誰か」に影響を与えているのですね。

そして、それを受け取る人もまた自分のエネルギー状態によって、ポジティブなエネルギーとして受け取る事もでき、また逆に二人の行動から「ムッ!」とするネガティブエネルギーを生み出してしまうかもしれません。

全ての事象は二面性を持っているのです。
受け手側の取り方一つで、その事象の意味も価値すらも真逆に変化して行きます。

後も先もなく、その瞬間瞬間の出来事だけが重要で、これこそが全ては「今」と言う事なんでしょう。
この二人がどんな性格で、どんな価値観を持って、何を考えて日々を生きているかなんで関係ないのです。

気がつかない内に自分たちが他の誰かになんらかのプレゼンテーションをした、そして誰かがその提案を受け取った。
「ああこれ!ライトワーキングで、彼ら二人はライトワーカーだ!」。

って、そう思ったのです。

でもきっと彼らは自分たちがライトワーカーって気が付いてはいないでしょう。
ライトワーカーは職業ではありません。
だからその仕事を恒常的に、自覚しながら行っていると限る訳では無いのです。

自分がそれと気付かぬまま、こんな風にライトワークをこなしている事もあるのですね。
しかも押し付けがましい「善業」を強制もしません、全てを受けて側に委ねているのです。

ライトワーカーに資格なんてありません。ただ愛し合う事だけでもライトワーカーの仕事の一つになってしまうって事、お分かり頂けます?

今回の出来事も、特別困った事が自分に降りかかった訳じゃ無し、折角の「ホンワカ嬉しい」と感じたハートをそのままにして置きたいよねって思ったのです。


そんな晩秋の夕暮れに出会った小さな出来事でした。



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# by farmemory | 2018-11-17 00:00 | ・ライトワーカー | Trackback | Comments(0)

**相撲神事とイベント**

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大相撲の11月場所が始まっていますね。

さて、この相撲が神事というお話はとても有名なことです。
力士の「しこ」は地固めで、その場所の地鎮の役割をすると言われています。

同じように様々な地域で行われている、たくさんの祭り行事もまた、その土地への畏敬や神へのリスペクトを意味しています。

先日八ヶ岳のイベントの時に井戸尻遺跡のお話をしましたが、この遺跡では毎年縄文のイベントを行なっているそうです。
またこうした縄文の遺跡のある地域ででは、全国各地でも同じようなイベントが行われていますね。

子供達への歴史教育としては役に立つことでしょう。

でも、今回思うことがあり、こうしたイベントのもう一つの意味に思い至ることがありました。

今は縄文回帰の意識の高まっている時代で、各地で縄文を知ろう、縄文の意識を学ぼうとイベントが開催されています。

ただ、こうしたイベントで縄文に思いを馳せる事は良いとして、今回井戸尻遺跡で感じたのですが、こうしたイベントが縄文の解放を阻止していると言う事に気がついたのです。

前にもお話しましたがこの井戸尻遺跡では古い縄文の時代、人々が弥生によって虐殺を受けた地であることをビジョンで見てきました。

そして弥生により縄文を封印するため「弥生のクリスタル」をこの地に振り撒き、縄文のエネルギーを封印してしまいました。

弥生は現代に通ずる意識を持つ文明です。
つまり人間優位であり、自然との共存をしてきた縄文とは真逆な、自然を制圧しコントロールしようと言う意識で成り立つ文明です。

そして今私たちはその弥生の文明社会の価値観を持って生きています。

例えば農耕がそうです、土地を耕すと言う事は他の動物のためにするのではなく、人間だけの利益目的で土地を耕し、耕作地を荒らす動物たちを害獣として排除しています。
しかし縄文は全ての動物たちと共に生きる共生の意識を持った文化です。

そうした縄文をどれほど理解しているかが、そうしたイベントの意味にも大きく関わってくると気がついたのです。

弥生の価値観を持つ人々が、どれほど縄文に憧れていても、縄文の意識をしっかり理解していなければ、それは縄文の回帰には程遠くなってしまいます。

弥生人が、井戸尻遺跡や様々な縄文遺跡の上を歩くと言う事は、まるで相撲のシコと同じように閉じ込められて来た縄文の解放を阻止してしまい、弥生の価値観によってさらに踏み固められてしまうなと思うのです。

むしろこうした縄文回帰のイベントは、時に縄文封印の手助けをしてしまうと懸念したのです。

命は皆等価値、熊に襲われ自分が食べられたとしても、熊を害獣とは思わない。
その価値観を持つことが縄文を理解する事なのだと思うのです。

もちろんあくまで「理解」です、熊に食べられましょうと言っているのではありません。
私も熊に出会ったら逃げますし(笑)

そうでなければ相撲のシコと同じという事になってしまう。


相撲は神事として扱われていますね、シコによってその地を踏み固め盤石な土地に変えて行く。
自然霊の封じ込めを行い、人類の(人類だけの)幸福に寄与すると言う「神事」

もしかしると、相撲を行う「国技館」と言う場所もアイヌの祭場である「イナホ」と同じ場所だったのではないの?
なんて穿った見方をしてしまうのです。

最近、相撲界が揺れ動いていますが、何か象徴的な事なのじゃないかなとも思えるのです。

そうそう、家を建てる前「地鎮祭」をしますね。
その土地に住むためにその土地に「私たちに悪さをしないでね、悪いエネルギーは排除してね」と願います。

これが、その地に仮住まいする為に許しを得ると言うのなら未だしも「ここは自分の土地で、自分の財産なのだから」と言う意識を持っての地鎮祭は、まさに弥生意識ですね。

片や縄文は、その地が自分たちが住むのに適しない場所であったら、その地に呪詛をかけてでも自分が住むと言うことは決してせず、黙って立ち去っていた筈です。

「ああ、この土地は私を受け入れないんだ、ならばそれを尊重して別のところに移動しますね」と、土地への執着を持たずスルリと移転してゆく。

狩猟採集は土地に拘りません。
弥生がもたらした耕作は、土地を自分達に都合の良いように強制的に作り変えます。

弥生の価値観ってなんでしょう?

・人類優位、この地球は人間のためにあるという意識。
・土地は人だけのものであり、お金を払って自分のものにする権利があり、不動産と言う価値を持つ。
・経済が何より大切であり、幸せでいるためにはお金は無くてはならないモノ。
・権威や国家、権力、伝統、社会ルールに自ら従い、本来の自由を放棄する代わりに権力という保護を受けようとする事。
・教育は真実を理解するためのものではなく、誰にも出し抜かれないための「武器」なのだという考え。
・死を恐れること。


こうした意識は現代の社会では「当然」と言われるかもしれません・・
でも「いや、でも、よく分からないけどなんとなく何処かおかしい気がする」
そう感じた時、縄文を思い出す道に続いて行くと思うのです。

でもこれは弥生を否定している訳では勿論ありません。

むしろ人と人との関係性の中で傷ついたり支えあったり、敵対しながら労わりあったり、そうした不可思議な行動を取る人類と言う、この宇宙でも極めて特殊な生命体の存在はとても重要なのです。

なぜって、他にはないユニークな存在で、何より弥生を受け入れ、呼び込んだのも私たち人類の総意としてですから。


今は、ただただ縄文がなんだったのか、弥生とはなんなのかを「理解」する事だけで十分だと思うのです。

しっかり理解し腑に落ちさえすれば、深く考えるよりも前に自分の行動に変化が起こってくるはずです。
今まで意識を向けていた事に疑問を感じるようになったり、急に興味が薄れてきて足を運ばなくなったり・・

その理解の上で、この地球上で生きて行けば、自然の流れで地球と共に生きる道に向かって行く事になると思うのです。
また、イベントなどの母体が、バックボーンも知名度もないヘタレでグダグダの草の根企画だといな~と思います。

そしてイベントへの参加はあんまり深く考えず「自分にとって必要なイベントであれば気がついたら参加していた」で良いかなと思っています。

自分ごとですが、考え過ぎてから行動に移すと、かなりの確率で失敗することが多いように記憶しているのです(笑)

面倒臭い事から距離を置き、楽しいと感じる方に舵を切り、勘を頼りに、決め事しないで緩くゆる~くですね。

相撲神事も縄文イベントも、新しい次元に進もうとしている地球をしっかり理解した上での企画であったらいいなと願うのです。



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# by farmemory | 2018-11-16 00:01 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(0)

**女神の復活(2)**

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前回**女神の復活(1)**からの続き

<木花開耶姫よりの返答>
確かに彼(フォロン高橋)が記事にしている事とリンクします。

これからの地球に、より必要なのは男女の融合です。
今まで女性は、男性優位の世界で色々と封じられて来ました。

やっと現代になって、男女平等が叶うようになってきましたね。
その反動で、女性は今、男性よりもエネルギーが強くなっています。

どのようなエネルギーかというと、そうです、マントルです。
辺りを焼き付くさんばかりの激しい炎が女性の中に点っています。

その炎に呼応して、今マントルが動いているのですね。
あなた方(クライアントと私)が視た崩壊的ヴィジョン、あそこまでの事にならない方法は男女の融合です。

女性の性(さが)ともいえる難点は深く深く考え、すぐに火を灯してしまう所。
地球は女性なので女性の深い深いネガティブな波動は、地球の地殻に大いに感応しやすかったのです。

それを知った男性は、自分達の水のパワーで納めようとしていたのですが、燃え盛ってしまった炎を消すのにどれだけの水が必要でしょう?
太古の昔、男性も女性もそれを知り、女性は男性の中に沈むことを決意したのです。

だから、本当は男性に封じられてきたのではないのですよ。
自ら、地球のために男性の中に沈んだのです。
しかし時と共にその背景は忘れ去られ、力を得たと勘違いした男性による支配のように表面上なって行ってしまったのです。

今、この地球の女性達(30代後半より上の世代)は男性に対してなんらかのネガティブ意識を持っています。
ハリウッドの#Me too運動なども世界中に広まり、活発に行われていますね。
この運動が落ち着くと男女の歩み寄りが起こるでしょう、男女の真の平等に向かいます。

性愛についてですが、今現在の地球ではそれが一番簡単に(男女の融合が)ポジティブエネルギーを発します。
しかし、それには、女性がもっと性に寛大にならなくてはなりません。

男性は昔からこの部分は解放されているので、男性の準備はできています。
でも一部の男性(社会)は、女性が性に奔放になってしまうと嫌がります。その真の理由は簡単にワンネスが実現されてしまうからです。

当初女性の炎が、未熟だった地球のマントルを刺激し、災害を起こしてしまう為に女性自らが男性の中に沈む事を決めました。
しかし女性が沈んだ事を良い事に、一部の男性が横暴になり始めたのです。

時を同じくして、この頃にネガティブサイドの意識が蔓延し始めたのです。

そして今、地球も多くを学び、忍耐し、許し、いよいよ自分の道を決める時が来ました。

一つだけ男女が平等でないのはセクシャルの部分です、未だに女性は受け身との概念があります。
それは女性自身に根強くあります。

ただ、今の20代より下の世代は、その概念が薄い人達が増えています。

これから解放されるべきは女性の中の封じられてきた性に対する概念です。
対等に、男性と同じ性の感覚を持ち、解放されて下さい、性に対するネガティブな概念は必要ありません。

これからの地球に一番大切なのは、男女が対等に愛し合う事です。それによる男女の融合が必須なのです。
もちろんそこにはお互いを信頼し合い、愛し合っている事が前提です。

これから先男女の融合が叶うと、二極化が融け、敵対も起こらず、奪い合いもありません。

   ・

<フォロン>
いずれ私たち人類は、今の炭素体の肉体を超え新しい意識である「男女の統合」へと進化して行く事でしょう。
その時には肉体との融合を遥かに超えて行きます。
だからこそ今肉体を持ち生きている意味も、愛し合うということの意味もあるのでしょう。

男女の融合が進めば進むほど、地球に起こる災害も天変地異も異常気象も、役割を終え、起こる確率が減って来ると言う事なのだと思います。

この地球に起こる天変地異は、女性の中に眠る「押さえつけられ抑圧されてきたエネルギーの発露」に依ってもたらされるという事なのです。
そうであるのなら、女性の解放と進化、喜びと至福こそが今後の地球の未来を決定して行く最重要事項だと言う事になりますね。

人類の願いこそが「女神の復活」なのでしょう。



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# by farmemory | 2018-11-14 00:01 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(4)