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今までこのブログでfar memory高橋というHNで活動していましたが、今年からそれに「ちょい足し」の名前を考えて新しい気持ちで、次に進んで行こうかな・・・
なんて突発的に(ほとんど勢いで)思い立ち、ふっと頭に浮かんだ愛称を名乗ろうと思い立ちました。
付けた名前はfar memoryはそのままに

「Folon Takahashi(フォロン高橋)
と名のちゃおうと・・・

フォロンて?
はい、Folonというのは私が好きな画家の1人で「ジャン・ミッシェル・フォロン」と言う方がいます。
フォロン高橋は、彼からのインスパイアです。
(今回の記事にアップしてる絵が、フォロンの作品です)

ご存知の方も多いかと思いますが、私はイラストレーターとして日々活動をしています。
まあ、クリエイターの端くれですね。
幼い頃から絵を描く事が好きで、毎日毎日広告の裏や画用紙に絵を描きまくっていました。

概ね絵を描く人というのは皆さん似たようなところがあって、社会性というか社交性といういうか、そうした面では何かと上手く立ち回れないというか、気後れしてしまうというか、そう言う方が多いように思うのです。

私の仕事仲間(クリエーター世界の友人たち)も、やはり「キチッとした」ことが苦手で、言葉使いもなっていなくて、プライベートの約束など、その日の気分ですぐ変更・・・
そんな緩さを持つ方がたくさんいます。

でも不思議と、受けた仕事に関しては・・仕事というより自分が作る作品への想いやこだわり・・という点では決して妥協しないのです。

でも社会的に見たら体たらくのグダグダ。
まあ、その世界の居心地のいいこと!

どんなだらしない生活をしていようと、そうした部分でその人を判断なんかしなくて、仲間内では「その人の作品」が、その評価の対象なんですね。

私も人様の前世を見させていただいたり、精神世界のことを自分が分かる範囲でお話ししたりして人様と関わることも多いですが「一般社会」という世界はどうにも苦手なんです。

おそらくクリエーターやアーティスト、ミュージシャンと呼ばれる人たちに共通するのは、自分を表現する時に、自分のバックボーンや立ち位置、社会的地位といった部分には大した価値を感じない人が多いように思うんです。

もう一つ、自分は幼い頃から人と同じが嫌いで、
「変わっているね、おかしな子だ、普通じゃないね」という言葉を向けられることに無性の喜びを感じる子供でした。
逆に「普通な人だね」とか「みんなと一緒だね」と言われることをすごく残念に思っていうのです。

家の事情もあったのですが(祖母が幼い私を、一人でやってる占い師婆さんのところに私を連れて行ったりしていましたので)幼い頃から「不思議な事」を平気で口にしていました(宇宙人や、霊、妖精の存在、仏への憧憬などなど・・・)

今で言えば「不思議ちゃん」的な子供だったように思います。
子供の頃はあまり友達がいなかったんですね。

で、よくよく考えてみたら、そんなイカれた話を平気で口にしている子供だったので、同級生とかに距離を置かれていたのかもしれないって、大人になってから気がついたことがあるのです。

その時も「ああ、そうか、だったら友達がいなくても当然だね」
と分かり、むしろ自分をすごく評価できたんです。つまり「変人」であることを証明できたというか・・(笑)

ただ私は、そんな不思議ちゃんではあっても、どこかで社会とうまくやって行ける自信と言うか処世術を自然と身につけていたように思うのです。

なんでかな?と思った時
「人には前世があり、その経験が今に生きているのだ」
ということに気がついたんですね。
それに思い至ったのは、大学の頃友人たちと人生の話とかしている時に不意にそれを感じのです。

「そうか、人間をたくさんやっていたからだ!」(転生の数が多いってことです)」
飽きもせず何度も人類を繰り返していたので、結構意図太さを身につけることができたのかしら・・・と。
伊達に人間を繰り返していないって事も、意味あるのだね、と思うのです。

その前世の中でも、江戸期に荒れ寺の住職となって、飲む打つ買うの破壊僧を誰憚ることなくドンドコ行なっていた人生が、今の自分にものすごく役立っているように思います。

今でもその時の記憶が鮮明で
「人は皆、人には言えないたくさんの問題や、悩みを持っている」
「その出どころは地位や暮らしぶり、身分にかかわりなく、人間本来の心のあり場所からくるものだ」
「だから、上品そうな生き方をしていようと、綺麗事を口にしていようと、書物からでは人の想いや痛みなんか分かりっこねぇ!」
て言いながら放蕩三昧の荒れ寺住職をしていたんですね(言い訳)

で、その時知った事があるんです。
その寺の近くに、うらぶれた遊郭がありました(お女郎屋さん)
そこの女性たちが息を引き取ると、皆私の寺に無縁仏として担ぎ込んで来るのです。

亡くなった、まだ若い女郎さんたちを夜な夜な供養していたんですが、その彼女たちの声を(亡くなった後の声)何度も聞いたのです。

そこにある切々たる想いや、止むに止まれず身を売り苦海に入った彼女たちの壮絶な人生を、嫌という程見聞きした時
「人間ってなんなのだろう?どんな世界に生きようと、皆生まれた時のピュアな心を持ち続けているんだね!」
と言うことを 、死ぬことで安らかになった(死ぬ事でしか楽になれなかった?)彼女たちからたくさん教えられたのです。

それでも自分が決めた人生なのだからと決して人を恨むことなく、泣き言も人に聞かせず、その人生と向き合って精一杯生き抜いた(中には幼い少女たちも居ました)彼女たちから、たくさん教えられた、その記憶があるのです。

今でこそ時代は変わり、そうした苦海は殆ど目にしません。

それでも社会の中で肩身の狭い思いをしているシングルマザーや、社会に不安を抱きうまく立ち回れない人たちを見ると、無性にその頃の思いが浮かんできてしまうんですね。
もちろん風俗の世界で生きている方たちも・・・

そんな所が、今私がブログを通しての活動のモチベーションなのかもしれません。

「人間なんざ、どこのお偉いさんだろうが身分だろうが、着物ひんむきゃ皆同じ」

だからでしょうか、例えば壇上や舞台に立つ事があっても、あまり緊張したり、上がったりという事がないのです。
家の人もそこのところが「すごいよね~」と感心してくれたりするんですけどね。

と言う事で(どう言う事だ?)結論とオチのないような独り言でしたが、今回は新しい自分のプチ自己紹介ということで。

far memory・フォロン高橋

どうぞご贔屓に、隅から隅までずず、ずい~~ッと、よろしゅうお引き回しの程、御願い奉りまする~


ではでは











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# by farmemory | 2018-02-06 00:17 | Trackback | Comments(4)

**今日の出来事から(仮想通貨外伝)**

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今年に入って、トラブルを含め仮想通貨の下落が止まりませんね。
日本の一取引所の事件もその理由の一つでしょう。
でも世界的に見れば各国が仮想通貨に対する不信感や、もっと言えばその存在自体を疎ましいと感じ始め、規制を口にし出した事の方がより影響があると思います。

それは当然のことで、中央銀行の存在を脅かすには十分な存在である以上、多くの資本主義国家が手放しで受け入れるとは考え難いです。
この下落の裏にはヨーロッパの国々、中国、韓国、そして昨日はインドでの規制に関する報道がありました。

取引所の事件に関しては(不正送金の損害額の大きさから見れば)一時の影響力を持つかもしれません。
でも一取引所のアクシデントが、これほどまでに下落を続けさせるのだろうかという疑問が生まれます。

でも国家レベルでの規制は、取引所一つの事件など一蹴するほどの影響力があるのは当然ですね。
かねて仮想通貨は、今後の世界の貨幣概念を変えるほどのものだと思っていましたので、各国がナーバスになることは容易に考えられます。

これはうがった見方なのですが、今回の下落劇はこれからの仮想通貨のあり方を修正して行く、その前段かもしれないと感じています。

今までもお話ししていますように、今現在の仮想通貨は博打(バクチ)そのもので、それを承知での参加は、すなわちお金を稼ぐ目的以外には無いだろうと思います。
仮想通貨を推奨する多くの言葉にも「儲かるから」「今が買い時」という言葉が必ずついていたと思います。

この段階では通貨としての存在ではなく、博打そのもの。まるでカジノのゲームコインとなんら変わらない存在です。
ですのでそれを他者に勧めると言う事は、お金第一の意識で、しかも「ギャンブルは儲かるよ」と言う誘いと何ら変わらないのですね。

ただギャンブル自体を否定しているわけでは全くありません。
ギャンブルはギャンブルとしてその価値を持ちますが、通貨はギャンブルとしての存在ではないと言う極めて単純な事を言っているだけなのです。

もしお金がお金を生む金利システムに疑問を持っているのであれば、仮想通貨でギャンブルをしている矛盾に気がつくと思うのです。

今回事件となった取引所のCMも、その宣伝文句の中には「新しい次元の通貨概念」という言葉や連想は一つもなく、やはりビジネス志向を前面にCMを仕掛けて来たように思います。

「儲けを前面にした取引所がコケた」

利潤追求が目的と言う意識が、遠く古臭くなって行くだろう地球変化の中で、本当の意味の仮想通貨を取り違えているとしか思えませんでした。

仮想通貨の真の存在意味と力は「中央銀行の退場を静かに促すこと」と、お金がお金を産む「金利や投資」と言う今までの金融概念を根底から入れ替える役割なのではないかと思っています。

その意識で静かに見て行くと今回のドタバタ劇もある意味、以外と容易に想定される事だった様に思うのです。
ここで言う「想定」は、この取引所のセキュリティーの甘さとか、投機的一面を持つからコケたと言うことではなく「次元変化」を理解していないことによる根源的な部分にその源がある様に思う、と言う事です。

今後しばらくの間、仮想通貨は暴騰したり暴落したりを繰り返して行くと思います。

しかしその(ブロックチェーンを基盤とした)仮想通貨自体は消えることなく、仮に人々が興味を失い目を向けなくなったとしても、むしろその間に水面下で今後の新しい貨幣として生まれ変わるための準備を続けて行くと思います。

本来お金は、それ自体にはなんの価値もない紙切れや小さな金属のカケラでしかありません。
当初の貨幣は物々交換時の利便性から生まれた存在だったはずです。

これから先の次元変化の中で資本主義は静かに緩慢に幕を下ろして行き、新しい金融制度(概念)と入れ替わって行く事でしょう。

最近の報道でも先物取引のニーズが、ひと頃より1/7まで落ち込んで来ていると出ていました。
今、投資家や資本家の人たちは、安定した投資先が崩れ始めていることを薄々感じ、それこそ仮想通貨だ貴金属だと右往左往しているように見受けられます。
ここに資本主義の「揺らぎ」を感じるのです。

まるで大きな湖が干上がり始め、そこに生きていた魚達が、どんどんと狭まって行く水たまりを探しては右往左往している。
なんだかそれに似ているように思うんですよね。

天の摂理は既存の経済社会を強制的に変化させるため、今後あらゆる(時には強行とも思えたり、悪化していると感じる様な)手段と方法を使って、でも人々をギリギリ ”追い詰めない” 所で進めて行くでしょう。
今回のドタバタも、その始まりなのかな?と思うのです。

投機優先で仮想通貨に手を出すことと、新しい金融システムになる過渡期であることを承知で手を出すことは、似て非なる「参加」でしょう。

これから先、多くの人が仮想通貨はお金を生み出す道具ではなく、中央集権的なあらゆる権力構造と利権システムを終わらせて行くブロックチェーンの一つだということが理解され始めた時、仮想通貨の真の価値が評価されてくると思っています。

近い将来
「昔は仮想通貨で億り人が生まれてたんだって」「へ~、そうなのぉ、不思議な時代だったんだね」
こんな話を耳にするかもしれませんね。

   ・

今現在も全てのアルトコインも動きが激しいようですね。
今年に入って右肩下がりで下落が続いています。
今後も仮想通貨が「投機の道具」で無くなる時を目指しながら、上昇下降を繰り返し続けると思います。

そして安定の時期は・・・

先にお話ししていた通り、新しい通貨の意味=全く新しい経済システムの登場、を人々が理解し始める(本気で希望し始める)時と同期してくるのではないかなと思います。
そうでなければ、次元移行に向かう人にとって仮想通貨の意味は薄く、いずれ消えて行く「時代の徒花」でしかないでしょう。


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中央集権から離れる事、その終焉を願うこと。

それすなわち、自分の前に展開される世界は誰の責任でもなく自分の生き様や意識が作り上げる世界だと言うこと。
そしてその世界に行くと言うことは、誰にも頼る事なくすべての責任を自分で負う覚悟があるかを問われる事です。

「たった一人でも、この道を進みますか?」
ちょっとドキドキしますけど、それ以上にすごく楽しみですよね。











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# by farmemory | 2018-02-03 02:23 | ・ブロックチェーンとAI | Trackback | Comments(0)

**前世の記録 No.004**

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過去世リーディングをさせて頂いた方の記録No.004

・・・・・

時代は1500年頃のイタリアだろうと思います。
その時代あなたは敬虔なカトリックの聖職者でした。

努めている協会はそれは見事な建築様式の教会で、司祭の他20人近い神父がその教会を守っています。
あなたはその神父の中のお一人でした。

礼拝活動に明け暮れる毎日です。
バチカンの威光はその教会にも降り注いでいます。

降り注ぐというよりあなたの勤めた教会自体がカトリックの教会の中でも指折りの規模でした。
ですからそこに努める聖職者たちにはプライドが有り、選民意識すら感じます。

しかしあなたはそのような不遜な感覚がありません。
むしろ彼らの中に有って風変わりと言えるような存在だった様です。

この時代のバチカンは今以上に権威のある存在でした。
法王は時に一国の王以上の力と富を持ち、その威厳は絶大だったように見えます。

しかしあなたは、ステータスや名声と言ったものにはあまり興味を持たなかった様です。
そう言う点ではあなたはバチカンの神父としてはあまり優等生ではなかったように感じます。

さて、この時代あなたはどこかで地球外生命体を意識していたように感じます。
古い西洋絵画にも有るのですが、空に浮かぶ金属質の球体であったり、光の玉であったり、そう言う不可思議なものを多くの人が目撃していました。
その時代はそれらのものが神懸かり的なものととらえ、宗教的に意味付けされる事も有った様です。

しかしあなたはそれが空中に浮かぶある種の乗り物、船で、その中には生命体がいる事を「知って」いました。
むろんそのような事は口が裂けても言う事は出来ませんでした。
しかしそれらを思うにつけバチカンの教義の矛盾を感じざる得なくなって行きました。

そしてそれをバチカンも見逃さなかった様です。
不穏分子としてあなたを辺境の地に赴任させる事を宗教界は決めます。
体のいい放逐という事になるのでしょう。

その年の秋あなたはスペイン軍に伴ってなって南米への派遣軍に随伴する宣教師となる事をバチカンから言いつけられます。
当然の事ですが反論や拒否など考えられない事です。
あなたは務めていた教会を解任され、直ぐさまスペインに旅立つ事になります。

数ヶ月の後あなたは未開の南米の地に降り立ちます。
そこは無理矢理開港された港町で粗末な建物しかありませんでしたが、既に小さな教会は建設されていました。
しかしあなたの赴任地はそこではありませんでした。

進軍する軍に伴い奥地へと向かい、マヤの人々にキリスト居を布教する事にありました。
あなたはこの地に赴く事には決して不満ではありませんでした、むしろ宣教師となる事に誇りさえ持っていました。

しかしあなたの見た現実は目を覆う程のスペイン軍の蛮行でした。
その実態は、金製品の略奪が目的で、歯向かうものは女子供と言えど殺害し女性を犯し金品を強奪するスペイン軍。

それに相反しマヤの人々は、生贄の儀式を行う民族でしたが、欲望のために金を奪ったり人を殺めたりなどはしない人々で、それに衝撃を受けます。
スペインを立つ時に教えられていた話とは大違いだったのです。

そこで、あなたは自らマヤの人々の神官たちと接触を試みます。
そして彼らの宗教観や、人生観を聞くに付け自らの教義の矛盾を思い知る事となりました。

そんな行動が軍の人々に見咎められ、窮地に立たされます。
命も狙われました。
寸での所であなたマヤの人々に助けられる事となります。

あなたはその時キリスト教を裏切る覚悟を決めます。
そして法衣を脱ぎ捨てマヤの人々と同化し暮らす事を決心します。

恐らくここまで思い詰めるには相当の出来事、相当の覚悟が有ったと思いますが、遂に自ら南米の住人として生きる事を選ぶ事となります。

そしてその後、あなたはマヤの神官の人々とその生涯を送る事となった様です。
そして神父では考えられない、伴侶を得る事にもなりました。

この後あなたがスペイン軍の銃弾に倒れるまでの10年程の間
人間の尊厳と、自由の尊さを学ぶ人生を送りました。

享年は30代後半、失望と覚醒、そして人間の真の喜びを知る事となった波乱の生涯を閉じました。
この人生では子供をもうけています。
この方が今生あなたの身近におられるか、これから出会うことになると思います。












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# by farmemory | 2018-02-02 01:44 | ・前世のお話 | Trackback | Comments(4)