**愚痴は言うけど**

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私はこの世界の全てを信じようと思います。

なぜなら私は今この世界に生きているからです。

この世界は自分の想念と祈りで作り出した世界であるのなら、この世界を信じることが、結果として自分を信じる事と思うからです。

この世界を疑い罵ることは、自分自身を疑い、自分自身を否定することにもなっちゃう。

今自分が見ている世界も、社会も全ての国家も、人々も、必ずしも清々しき希望を見ることが出来ないこともあるかもしれません。

でも、それさえも自分自身の反映。
じゃあ、希望とは裏腹な社会を目の当たりにしていると言うことは、自分自身の生き方や意識が低い周波数だから?

いえいえ、そうではないんです。

もし自分自身を信じることが出来るのなら、今見ている全ての事象は、それが例えあまり嬉しいことではなくても必ず新しい次元に繋がる「役割」を持っていると信じる、と言う事です。

   ・

今日は独り言。

誰にも同意を求めません、誰にも強要しません。
信じることは全て自分自身の意志と責任において・・・

でも「愚痴」は言うかもしれませんけどね〜










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# by farmemory | 2017-11-20 02:34 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(1)

**エデンからの旅立ち**

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☆☆☆☆☆☆

帰る場所を探しているのではありません

生まれた星も故郷も幾かあります

でもそこは通り過ぎて来た旅の途中

はるかに続くこの旅の日々こそが私のいる場所、帰る場所

全ての縁と体験の意味

それはこの道を辿る私の背中を優しく押してくれる
とても大きく温かなエネルギー

でも安住の地が終着ではないと知っています

だからこそ心の安らぎを求めるかもしれません

それでも留まったりしない

今日も進みます

それが生まれて来た本当の理由だから

遠いはるかな昔エデンから旅立ったその日を決して忘れません

・・・・・・・

スナフキンや吟遊詩人という言葉に憧れを抱くのは
自分自身が「あの日、次元の旅人を目指すんだ」と決めたからなのかもしれません
そんな彼らに共感と近しさを感じるからでしょう

旅は時に過酷さを見せます
だからこそ、旅の途中で出会う人の想いに心温まるのでしょう

そして、その温かさを素直に受け取れる自分でいることが
「人の想い」をエネルギーに変える一つの方法なのかもしれませんね。

想いに寄り添い
心に寄り添い
差し伸べてくれる手を素直に受け、涙し
でもその手に救いと依存を抱かない

苦しくても辛くても、その先に待つプレゼントを受け取れた実感がありさえすれば
「怖くなんかないもん」ですね










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# by farmemory | 2017-11-17 00:21 | ・ 詩(うた) | Trackback | Comments(1)

**天からの設問**

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前回の記事「 **興味深い記事のご紹介** 」から派生し、更に思うことがあり追記します。

先にも書いた通り、今私たち人類は天に示された大きな設問の中に生きているのではないか、そう思うのです。
今まで私たちの社会には、正義や社会ルールという「秩序」から作られるファイヤーウォール(バリア)が存在して来ました。

そのため、人の意識や理解を超えた不可解な出来事が起こり難く、事故や事件も、その原因や理由にたどり着け、それを起こした人がいたとしたらその心理面にも理解が及ぶものでした。

これは人格教育や道徳概念をもとに作られ、人々がそれに従い生きて来たことで、あるボーダーを超える「不条理」がそのバリアの手前で遮断されて来たともいえるでしょう。

安全を社会や集団意識が共に作り上げて来たとも言えます。
しかしこれは逆に見れば、個々人が深く「考える」ということを置き去りにし、そのルールに疑問も持たず従って来たとも言えます。

でも今、私たちは社会的ルールから徐々に離脱し、自分自身のルールを作り上げ生きる次元に入りつつあるのかもしれません。

仮にその自分自身のルールが、天を悲しませるような暴力的なものや偽りであったとしても、そのルールが通用してしまう「自分自身が作り出す世界(宇宙)」に自分自身が放り込まれることを意味するのかもしれません。

自分のルールがどのようなものかを、自分で決め、結果としてそのルール(意識)と同じ時空に自分は進むということになるのだろうと思うのです。
この点は、すでに「因果律」として周知のことだとは思います。

例えば「人は皆生まれながらに罪人」と言う性悪説を自身の論理とするのであれば、人は皆恐ろしく信じることの出来ない社会を作り上げて行くことを意味します。

しかし人は皆、本来極めてピュアで、優しさを持つ性善説が自身のルールであれば、その道に自分自身は進んで行くと言う事になります。

ここで私たちに突きつけられることは「すべては自己責任と自己判断」そして「自己決定」ということになります。

昨今、今まででは考えられない不条理で不快な事件や、国家や社会の暴走?が見受けられますが、それを次元移行と言う面で見れば、今私たちはそうした人類の奥底に潜む深いネガティビティーの解放とファイヤーウォールの解除を経験しているのではないかと思うのです。
まさに天から示された設問です。

あらゆる不条理と危険を遮ることなく全てを展開する世界が、この次元移行期に現れてきているのではないかとも思っています。
ただし、この危険とは身体的危険やキナ臭い危険と言うよりも、個々人に向けた意識や精神面の危険を指します。

今までの人類は、これはいけない事、悪い事、受け入れ難い事、を「社会が作った知識やルール」から判断するように教育されてきました。

しかし、新しい次元に向かい始めると社会が決めたルールが徐々に後退して行き、自分自身のルールが即自分自身の道を決めて行くという、極めて分かりやすい世界への移行を意味すると思っています。
ただしそれが高次に向かう時空であれば、世界を壊滅させるような危険は先ず一番に回避される筈です。

私たちは、何があろうと未来を目指すと決めた筈なので、いっ時の生半可ではない厳しさも受け入れる約束をしたと思っています。

今までは有名な人、影響力のある人や社会が言うから受け入れるという数の論理とイデオロギー、社会的価値観、宗教観、そして付和雷同の世界に(自分自身の魂の意思で)生きてきました。
今その時空から、自分自身を信じ自分自身で全てを決め、自分自身がそう言うからそれに従う、その時期に入って来たと思います。

これから更に
「今自分が見聞きしているこの現実は一体全体なんなのだろう?何を意味しているのだろう?どう解釈すればいいのだろう?」
と言う、今までの社会概念や社会通念では判断できない「奇妙」な出来事を目にして行く事になると思います。

時には狼狽えてしまうほどの混乱や不安を抱いてしまうこともあるかもしれませんが、今私たちが目にしたり体験し始めていることは、高次元を目指す自分を確立してゆく ”強制的変容” への道なのだと感じています。

そして何より、そうした不条理を目の当たりにしつつ

「今自分が体験している事象を見てどう感じ、どう思い、どう行動する?」
「その上で、思慮深く、そして何より自分自身の感覚に従い自分の道は自分で決め進んで行きますか?」

それが始まったと言う事なのだろうと感じています。
そして、これこそが避けて通れない、未来への架け橋・・なのかも。

そんなことを思う今日この頃です。

PS.
今日から京都に行きます、八坂さんと建仁寺に詣出ようと思っています。

鎌倉時代の一時期、私は建仁寺で僧侶として過ごしていた記憶があります。
この時代の生まれは今の神奈川県湘南地域、幼くして仏門に入りその後中国に仏教留学をしています。
帰国後京都建仁寺に入り、また鎌倉に戻って建長寺に入ったと言う記憶です。

建長寺は近いこともあり若い頃から何度となく訪れているのですが、建仁寺には京都に何度も足を運びながら伺う機会を逸してきましたので、今回は是非とも。










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# by farmemory | 2017-11-12 00:03 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(5)