**いつ開くの?**

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○新しい次元はいつ開くの?


◆え!?
もう始まってるよ!
毎日の暮らしの中に、とても小さくてもいいから「今までになかった」変化を感じたら、それが一つのメッセージなんだよ


○例えば?


◆そうだね〜今まですれ違いが多かった友達と、なんとなく話が噛み合う様になってきたとかぁ
きっともう売り切れになったと思ったコンサートのチケットが、あと一枚というギリギリで手に入れられたとかぁ
あの偉そうで傲慢な父親が「ありがとう」って言ったんだよ!とかぁ


○え〜〜!!
それって偶然なんじゃ?奇跡でもないし・・


◆そうだね、そう感じても仕方ないかもね。
でも、それが現実に起こっている事実があれば、それが次元変化って信じられる?
って言うか
「そんな些細な変化が次元変化なんだ!」
ってインスピレーションとして瞬間的に疑いもなく受け入れられたらそれこそ「変化」が分かる瞬間。
そしてその感覚を持てる様になった自分の次元階段も同時に高くなったってことなんだよ。

偶然だよって思うのであれば、自分の変化は、まだその高さってことかもね。


○なんとなくわかった気がする
・・で、いいのかな?


◆そうそう、そんな感じ
それが毎日毎日少しづつ少しづつ重なってゆくと、気がつくと確信に変わる部分が出てくるんだ。


○でもさぁ、そうは言ってもでっかい変化とかさ、全然世界が変わって見えなのもホントじゃない?


◆次元の変化って、大きな競泳用プールに一滴ずつインクをポタポタ注ぐように変わって行くような感じだからさ、
いきなりドアを開けたら別の世界っていう事じゃないんだよ。
とっても緩慢、なんだけど、継続してるってことかな。


○ふ〜〜ん

   ・

皆さんの中にも、なんでもなさそうな小さな変化だって次元変化かなってわかり始めている人がいるんじゃないかな?
それから自分の内面の変化が外の世界に伝わって行くんだって事を理屈なんかぶっ飛ばして、感覚的に理解し始めている人がリーディングやワークショップに来てくれる人の中に増えてきてます。

自分が変わらなければ自分の住む次元も変わらないって、とっても簡単な事なのでぇ〜す。








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# by farmemory | 2017-07-20 00:22 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(8)

**蝉が鳴きました!**

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今日イベントで、緑の多いところにいましたが

「蝉が鳴きました!」

気象庁より当たる蝉の予報官。

直ぐに梅雨明けだよって教えてくれましたよ。
イェ〜イ!
真夏じゃ、プールじゃ、かき氷じゃ、花火じゃ〜〜、ボートで海じゃ!

と、浮かれて見ました、がっ!

「今年の夏は強制的進化の夏になるかもねっ ♪( ´θ`)ノ 」て蝉が笑いながら教えてくれた気もします。

ドキドキ。


<追伸>
強制的進化=ウェッブボットが言う「厳しい夏」の意味です。

もうすぐ幸せの世界を誰かが持ってやって来ると言う楽観論ではなく
此れから迎える大きな出来事は個人個人皆違う進化を促す厳しさの可能性があります。

その厳しさに後ろを向かず面と向かって行けば
「自分自身の進化レベルを上げてゆく絶好のタイミングになるよ」
「厳しければ厳しいほど進化スピードが加速するからね」
と言う天からの慈愛に触れることとなるでしょう

進化レベル=次元ステージ
進化スピード=高次への到達スピード」

「ご覚悟よろしくって?」
ドキドキです。






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# by farmemory | 2017-07-19 00:01 | ・今日の日記 | Trackback | Comments(2)

**母のこと**

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不意に昨年他界した母のことを思い出しました。

私が幼い頃姉と私を残し母は家を出ました。
母のいない家庭で、姉も近くの家に里子に、父は転勤族のため単身で仕事を引退するまで家に戻らない生活を送っていましたので、私は祖母と二人で暮らしを続けていました。

少し稀な家庭に育ったということなのでしょうか。
でも幼い頃からそうした暮らしを続けてきたので、それが自分のスタンダードだったと受け入れていたと思います。

母が他界した今でも彼女がなぜ家を後にしたかの本当のことは知ることはありませんでした。
私がいつかこの肉体を離れ、魂の母に会う時じっくりと聞けるかもしれませんが今はそれほど知りたいと思うことはありません。

ただ生前の母は、私が会おうと思えば会える所に居てくれたから、彼女が家を出たその後の暮らしぶりは、ほんの断片ですが少しは知っていました。
小学生の頃はよく私を連れ出して、食事に連れていったりしてはくれましたが、昼間にほんの数時間会うだけで、また祖母の元に帰る日々でした。

その頃小学生の私が母に「帰ってきてほしい」と口に出してすがりつきながら願えば、もしかしたら母は帰ってきてくれたかもしれません。
また父親も私に、それを母に言うように促すこともありましたが、それでもやはり口に出すことはしませんでした。

母がなぜ家を出たのかの本当のところを知ることはないまでも、なぜかそれだけは言ってはいけない、口にしてはいけないと感じていました。

それを口にすることは母を苦しめてしまうと、どこかで分かっている自分がいました。
母を苦しめるのは嫌だ、という意識で、自分の身を不遇なものではないと「思い込もうと」していたのでしょう。

大人になってから感じたことのなですが、母の生活の日々の中で、私たち姉弟を捨てていったように思い、自責の念を背負って生きていたのであれば、とても切なく思ったものです。

母の死に際して「彼女は自分の生涯で、本当に幸せを知ることはあったのだろうか?」そんなことを思いました。

母の死顔を見たとき
「あなたはこの人生、幸せでしたか?」
と思わず口にしてしまいました。

人一倍、情の深い人でしたので自分の子供たちを思わない日はなかったことでしょう。
それを思うと、私も他人事(母ですが)ながら胸が痛みます。

母がどれほどの人生を送り、幸せの一つも知ることなく生きたのであれば、それはそれで母が選んだ人生でもあると・・
そこまでは、この人生が体験学習なのだからという判断で済む事かもしれません。

それでも私をこの世界に産み落としてくれたことだけは、揺るぎもない真実です。

母が自分の人生を苦しみや悲しみの中で生きたことは確かにそうだったかもしれません。
実際に一度遺書を祖母に書き送った事もあったからです(私を育てたのは母方の祖母です)

でも私が今ここにいる。

私は簡単に「感謝」という言葉を口にすることはありません、躊躇いもあります。
それでも母なりの壮絶な人生の中で、間違いなくこの自分を産み落としてくれたこと。

少し前に書いた パルコのお話 につながりますが、この世界は一人一人の宇宙を持った魂たちが同時に存在している世界です。
私という一人の人間から見た「自分以外」は「自分のために存在する全て」なんですね。

とすれば傲慢に聞こえてしまうかもしれないけど、母は私のために存在してくれたわけで、その壮絶な人生を送ることを承知で自分も生まれてきてくれたことになるんですね。

今の時代、何らかの事情で子供と離れ暮らす母もきっと沢山居ることでしょう。
子供は、事情がどうあろうとその母を恋しいと思わないことはありません、それは私がよく知っています。

そして、母が子に幸せでいて欲しいと願う以上に、どこか自分の知らないところで生きていても、その母が幸せに暮らしていて欲しいと心底思っているはずです。

私は初めて心から深く「感謝」という言葉の意味を知ったのが、母の人生そのものからだったかもしれません。
それを思うともっとしっかり「自分に正直に生きなきゃな」って。


少し前、この時の幼い自分をいきなり思い出し涙したことがあります。
遠い過去の自分を思い、姿のない幼い頃の自分を抱き寄せ「自分、よくがんばったな」・・と・・
今思えば、これが自分の中に眠っていたインナーチャイルドの解放だったのだろうと思っています。

まだいくつかの解放すべき自分が、胸の深いところで眠っているかもしれません。
次の次元に向かう旅すがら、インナーチャイルドを表に引き出し癒してゆくって、こうした自分の人生の履歴から汲み取ることから始めるんですね。
そんなことをいきなり脈絡もなく思い、感じた今日この頃です。


ってお話~








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# by farmemory | 2017-07-17 00:38 | インナーデャイルドの解放 | Trackback | Comments(4)