◇全ての生物に解放されるアカシックレコード◇

◆全ての生物に解放されるアカシックレコード◆

 アカシックレコードに関して、(これは私の仮説なのですが)その情報取得は広くあらゆる生物に解放されているのではないかと以前から思っています。


 例えば人間とは比べ物にならない知能レベルの(筈の)湖沼、河川で育ったうなぎが、産卵のため遥か数千キロはなれた北マリアナ海域までを旅する、それ自体脅威としか言いようがありません。
 或は数千キロも離れた地域を繁殖や越冬の為に行き来する、どこにそのエネルギーが隠されているのか疑問にさえ思ってしまう渡りをする小鳥達。
 お互いの成長を邪魔せず、まるでパズルの様に枝を茂らせ葉を付けるジャングルの木々たち。
 漁船に群れるカモメにフグを投げても寸での所で回避したり、その漁船が自分達がもらえると分かる魚種をその日何故わかるのか。

 笹が60年周期で花をつけ実を付けると見越したようにそれを餌とするネズミが増え、更にそのネズミを糧とする猛禽類やテンや狐などが異常な繁殖を見せるという事例。
笹の開花を見てネズミ達が発情する事は考えられますが、そこから連鎖する捕食者の出生率まで及ぶものなのでしょうか?

 今私たち人間が食料もGPSも持たずアマゾンのジャングルの真ん中に放置されたして無事生還できるかを考えると、本能とか遺伝子の記憶とかを遥かに超えた力が厳然と存在すると思わずにはいられません。

遠く離れた地域で逸れた猫や犬がどこをどう辿って何百キロも離れた飼い主の家まで辿り着くのでしょう?
これら全てをアカシックレコードへのアクセスによる情報取得と考えると合点がいくのです。

さて、私たち人類に話を戻してみます。

 人間は遥か昔から木の皮や羊皮紙に記された海図だけで、丸木舟に毛が生えた程度の小舟で大洋を航海してきました。
 確かに天測航法もあったでしょうし稚拙でしょうが海図らしきものも持ってはいました。
しかし天候はどうでしょうか?
 レーダーも衛星も持たない彼らが、人力か風力だけに頼った小舟で台風の危険のある大洋を渡りきっていた訳です。
 今でしたらレーダーもあり情報も豊富です。
エンジンのついた高速の船なら危険な海域を速やかに離脱する事も簡単です。
 しかし人力と風力だけに頼った小舟が、いくら機敏とはいえ数ノットしか出ない船で直径数千キロにもなり時速何十キロのスピードで移動する巨大低気圧からどれほど機敏な危険回避ができたかを考えると、彼らの持つ航海術だけで大洋を渡るのは不可能ではないかとすら感じます。
 また、何ヶ月もかかるであろう航海の間の飲料水や食料はどうしていたのでしょうか?
魚を捕る事はそう難儀な事ではなかったでしょう。
しかし雨水に頼った飲料水はどうでしょうか。
 雨が降ると言う事は気圧の変化や気温の変化が必要です、つまり雨水を得ると言う事は海が荒れると言う事と同義な事もある訳です。

 そこにアカシックレコードへのアクセスが介在したとしたら話は大きく変わる筈です。
いつどこで低気圧が発生し、どの緯度経度を辿りどれ程のスピードで移動するかが分かれば、かなり確率の高い危険回避になるでしょう。
そして危険の無い降雨地帯を知る事も出来る訳です。

 アカシックの情報取得はそう難しい事ではないとお話ししましたがその情報取得の能力、或は方法は様々だと思います。
科学知識がある私たちなら天候の異変が何に由来するかは知識として継承、伝達しうるものです。
ですからアカシックからの情報取得が極めて科学的な内容であったとしても理解する事は可能でしょう。

 しかし渡りをする鳥達や北マリアナ海域で生まれたレプトケファレス(ウナギの稚魚)達にその知識があろうはずはありません。
しかし私は、それでも彼らもアカシックからの情報取得はしていると考えます。

 恐らく、アカシックから来る情報は受け手側で理解出来る様々な情報形態があるのではと思うのです。
理解能力に差がある個体に向けて、それぞれのレベルの情報伝達であればそれは意志を持った情報伝達で、今までの解釈と矛盾が出るのでは?
そう考えられなくもないのですが受け手側が処理出来るあらゆる情報を、その形態や内容全てを一緒くたに発信し
そしてその中の情報を個々の個体が理解レベルに合わせてチョイスしているとしたらどうでしょう。


 つまり処理出来る情報を個々に取得出来、その表現方法も様々だとしたら、、
これは時に共時性(シンクロニシティ)と言われている事ではないかとも思います。
 偶然の様ですが、知りたいと思う情報がその個人や個体の理解レベルや、その時に置かれた状況でにタイムリーに伝わってくる。


 アカシックからくる情報は、形態などどうでも良く今自分が必要な事を簡潔に知れば良い訳で
天候が悪くなるから出船は3日待てと村の長老が夢で見たからそうする。

 この道を真っすぐ行くのを止めようと「勘」が言うからそうしよう。
ただそうすれば良い事です、実はその先に飢えたオオカミがるかもしれません。しかし結果は命拾いする。
この時のアカシックへの質問は「安全に目的地まで行くルートが知りたい」
であれば、オオカミの事など知る必要も無く「この道」と心が示す道を取れば良い。


これこそがアカシックレコードのあるべき利用方法と強く思うのです。












[PR]

# by farmemory | 2013-12-22 22:53 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

◇アカシックレコードとチャネリングメッセージ-1◇

◆アカシックレコードとチャネリングメッセージ-1◆

 チャネリングメーッセージと言うものがあります。

 一方的、或は相互疎通の形で送られてくる情報で
「私は誰で、ある特定の目的を持って”あなた”に向けこの情報を送っています」
と言う様な内容のことです。
中にはいきなり断定的な情報提供が定期的に、或はきわめて不定期に送られてくる事も少なくはない様です。
この場合は、ある特定の誰かと言う事なので、作為を持ったデータ送信ととらえる事が出来ます。

 他方、前世を見る場合アカシックレーコードにアクセスすると仮定して、私の場合は特に問いかけや質問形式の形は取りません
ただただ被験者の前世を「見るのだ」と言う意志を持つだけです。
これは情報を得る為にパソコンの検索窓にキーワードを打ち込む様な感じです。
誰もキーワードを打ち込む時にコンピューターに「教えてパソコン君」などとは言わないと思うのです
(稀にそう言う人居るかもしれません・・・自分の事ですが・・・)
ですから帰ってくる情報には客観性はあっても感情と言う不安定な付随情報は付いては来ません。

 しかしこちらから送る回答要請に対し、相手側からのデータ送信に感情的所見がみられれば作為と解釈出来ます。
つまり何者かの「意思」「感情」を持った意図的な情報提供な訳です。

 私は、この作為を持って送られてくる情報こそチャネリングメッセージととらえています。
他方、前世リーディングの場合は、客観的情報のみを取得している訳で、そこには作為は介在しなません。

 人によっては「守護霊から」「宇宙から」或は「宇宙人」はたまた「神から」と多彩な存在を指摘されます。(これらの情報発信者の存在を私は心から希望しています)
そしてチャネリングメッセージを受けられる方々はこの情報提供を「明確なメッセージ(声であったり、文字ビジュアルであったり)」であると多くの方々が指摘されます。
 これは私が前世リーディングで受ける朧げなビジュアル的情報とは明らかに違いがあると感じます。
リーディングの場合は情報の流入が大変複合的で、例えば1本の光回線から複数の文字、ビジュアル、音声などの情報が一気に流れて来て、それが直接脳ないし心の様な分野に「どっ!」と送られてくる感じです。


 少し話がそれますが、では客観的なアカシックレコードへのアクセスでは被験者が経験した過去性の情報の中からはそこに隠されるメッセージや今生でのヒントは分からないのでは?と言う事になってしまいます。
所がここがパラドッックス的な部分なのですが、上で「感情と言う不安定な付随情報は付いて来ない」と書きましたが、送られてくる客観的情報(のはず)の中に、それぞれのカルマや前世からの因縁に因る問題派生理由や解決方法のヒントなどを感じ取る事も出来るのです。
 
 思うにアカシックレコードとはただ情報を羅列分類しただけのデータベースと言う機能に加え曖昧な感情的情報も演算処理できる、人類(或はこの宇宙に存在する全ての知的生命体)の為に、ある「意図」をもって作られた極めて有用なデータベースはと言う気がしてなりません。
それであるならば此の疑問に少しなりとも答えの様なものが得られる気がします。


 話は戻ります、チャネリングメッセージの表現方法や内容はきわめて多岐にわたっていて予言的、実務的、科学的、芸術的、攻撃的などなど、受け手側の感情を揺り動かす様な伝え方であったりする様です。
思うにこれは、その個人がその時、その状態で、それぞれ一番受け入れやすい表現形態を選んでいるように感じるのです。
 なぜなら、単純に言語が違ったり、その人が持つ知的レベルに合わせたり、性別や宗教的解釈の差などを「考慮」しているのではと感じらるからです。
であるからこそ何者かによって、ある特定の個人に向けた情報伝達であると結論出来るのです。

 さてさて、誰なんでしょうね?

 しかし、重要なのはその情報発信者の特定ではなく、その情報の信憑性です。そちらの方が遥かに意味のある事だと思います。
もっと言えば神様だって天狗だって宇宙だって、なんだっていいのです、要は内容の重要性、有用性、そしてそれが善意であるかのみだからです。
 意図を持った情報提供であるならば、その作為に「悪意」がある場合も無いとは限りません、ですので発信者の特定が意味が無いと言う事ではありません。

 ではいかにしてその信憑性を確認するか。これはいずれまたお話ししたいと思います。簡単「だと」思ってはいますが。

 さて、これらと微妙な違いとして自身から自身への問いかけの形でメッセージがくる、そう言うパターンも(こちらに関しては私の経験からお話が出来ます)ある様です。
また上記で「明確なメッセージ」と断りを入れましたのには訳があります。実は私にもそうではないかと思われる経験があるからなのです。


次回この話の続きをします。
では本日はこれにてごきげんよう。










[PR]

# by farmemory | 2013-12-22 10:38 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

◇アカシックレコードとチャネリングメッセージ-2◇

◆アカシックレコードとチャネリングメッセージ-2◆

 前回「明確なメッセージ」ではないチャネリングメッセージと言う所で話が終わりました。
今回はその続きになります。

 人によっては、その個人の認識出来る言語や感情表現を巧みに使い分けたメッセージを受け取られる方が居ますが私は今まで、特に”声”に近い感覚で「メッセージ」を受け取った経験がありません。

 しかし明らかにメッセージと「認識出来る感覚」は良くあります。
一番に多いのが就寝時、床に着き目を閉じた瞬間から何らかのコンタクトを感じるのです。
それは、先に申しましたように五感での認識形態とは明らかに違う形で伝わってきます。
極めて曖昧な「勘」のよなものです。
 例えばある問題に関しての考えがまとまらず、迷いや戸惑いなどがあった場合、直接的に「こうだから、こうしなさい」
と言った明確なメッセージではなく、最初は色のイメージだったり身にのしかかってくるエネルギーの固まりの様な感覚だったりが「ぐわ〜〜っ」っとやってきます。
そしてそれが過ぎた時に、既に問題のヒントや解決法を理解している。
極めて抽象的な表現で申し訳ないのですが、そんな感じです。

 しかしこのメッセージらしきものには明らかな意志を感じます。
前世リーディングの場合には自らアカシックレコードへアクセスし客観的なデータを「取得」してくる訳で、そこには私自身の能動的な意志があります。
反面、メッセージの場合は答えを待つと言う受動的行動です。

 何かを意識して答えや方法を知りたいと思う事があります(私の場合はある特定の誰かへの問いかけはしません、自問します)、しかしその返事(あくまで通常の認識形態とは違います)は直ぐに明確な答えとして返っては来ません。
先ほどのように就寝時の様な場合もあれば、シンクロニシティ 共時性と思われる方法で送られてくる場合とに別れる様です。

 いずれにしても、その「やってくる或は降りてくる」情報はこちらからの問い合わせに対する答えとして到来してきますので、送り手側の意志を感じる訳です。
そして、意志をもっと確信的に感じるのが、私が理解出来る内容である事が多いからなのです。


ちょっと例を挙げてみます。

 私はイラストレーターと言う仕事をしています、雑誌や広告などに挿絵やイメージカットなどを描く仕事です。
絵を描くと言う事は先ずは画材の修練が必要と思われがちですが、それはあまり重要ではありません。絵の具やパステルの使い方に法則やルールなどないからです。
結果さえ自身が満足出来れば画材など取るに足らない事なのです。

 さて、ある絵を描こうと思っていますが、いざ画布に向かうとなかなか筆が進みません。
どんな情景を描こうか、どんな仕草の人物を描こうかと思案してしまうときなどいろいろです。
しかしその悩みは私自身が、どうイメージして自分なりの味付けをした表現をするかと言う事なので、客観的には説明が難しいのです。
そして意志のないデータベースからの取得であれば私が知りたい答えは返って来ない可能性が強いと思います。
(前回アカシックレコードでも曖昧な部分が演算処理出来るのではとお話ししましたが、決定的に違うのがそこに「送信の意志」を感じ取れるか否かだと思っています)

 しかし、閃きの様に一瞬にして手が動き、思いもしない色や線が描ける事があります。
或は同じ閃きでもそれが私でしか知り得ない、あるいは理解知り得ない何らかの啓示的な「勘」としてやってくる場合とがあります。

 もう一つ、クリエーターに取ってその絵にどれだけのエネルギーを注入出来るかも大変重要なことなのです。
そして絵を描く事は単にビジュアル的表現ではないのか?と思われがちですがそこに打ち込むエネルギーを否定するクリエイターは恐らく居ないと思います。
そしてそのエネルギーの所在や形式は個々のクリエータにのみ有効なもので、それを理解出来るのは本人のみなのです。

 絵画を扱いう画商や、美術館の学芸員、キュレーターは確かにその絵が持つエネルギーを理解出来るとは思います、しかし制作途中の画家の苦悩や喜びはその作品からは、さすがに全てを読み取る事は不可能でしょう。
その作品を仕上げたクリエーターにのみ内在するものなのです。
 ですから返ってくる答えは個々のクリエーターにしか解読出来ない表現でも言語でもかまわない訳で具体性は必要ないのです。
すなわちそれこそが通常の認識形態とは異なる「ある特定の誰か」が送信しようとの意志を持ったチャネリングメッセージだと感じる訳です。
そして、私も何度も経験している事なのです。


 またこれとは違って、自分から自分への問いかけ、進言もあります。また言わば「誰かに守られている」と感じる経験や感覚もあります。

これに関しても次回以降、折りをみてお話しようと思っています。
それでは今日はこれにてごきげんよう。












[PR]

# by farmemory | 2013-12-22 10:38 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)