**今年もお世話になりました**

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今年1年このブログにお越しいただいた皆様、大変お世話になりました。
またよく飽きもせずお通い下さりありがとうございました。

新しいブログタイトルに変更したのが今年の3月。
それからどのくらいの時間が経ったのか、最近になって時間の経過感覚がものすごく混乱して来ています。

遠い過去だったのか、つい最近だったのか・・・

少し前までは1年くらい前を思い起こす時、つい最近という感覚が多かったように思います(時間が早く進む感覚)
ですので、1年前をとても近い過去と感じていました。

でも最近は1年前を思い起こす時、その記憶がとても薄く(思い出せないこともあります)遠い遠い過去と感じることもあります。
また過ぎ去った時間に興味を持つことも減ってきて「ああ、そうだったっけ?」と言う感じで、想いを馳せることが少なくなって来たからかもしれません。

思い出せない過去の時間は、単に出来事だけではなく、その時に自分自身の中に生まれて来たはずの「感情」にもあまり興味を向ける事もなくなって来ています。

「その時、その時にしっかり味わって魂に刻むことができたよね」
「だからもうそのカリキュラムからは卒業だね」
そんな感じなのです。

数年前ですと「3年前の自分」を思い出せと言われれば、案外簡単にその時間に立ち返る(思い出す)ことができました。
ところが最近では1年どころか3ヶ月前の自分でさえ、その時の自分を記憶や意識の中でさぐり当てられなくなって来ているんです。

で、思い出せないと言う事になると過去の自分に立ち返ってそこから時間が経った「今」の自分や世界を比べて見ることができないのですね。

時間は「今」しか無いと言う感覚になって「昨日と違う今日」という認識力が薄れて、今見ている事象は変化したものなのか、今まで通りなのかの判断がつかなくなります。
あるいはそれがどれほど大きな変化なのかを認識できなくなると言うことです。

これは、すでに大きな時間の崩壊が起こって来ている証しと感じています。

また、今の自分の現状(良し悪しは問わず)を受け入れられないと、過去の自分に戻りたいとか、どの様な内容であっても変化自体を受け入れず、無かった事にし「何も変化なんかない」
と自分自身に思いこませてしまうかもしれません。

もしくは未知な事や想定外の出来事に出会った時「恐怖心」を起点とした見方に偏ってしまい、眼に映る変化の多くを「良からぬ事」と受け取ってしまいかねません。


さて、私ごとですが過去に対する想いの薄さと言う一連の感覚は今まで以上に強くなっていて、何か自分の中が変化してきていることを感じています。

ところが面白いことに、今まで忘れたり離れていた事象や人が、逆に意識の中に踊りこんでくることも起こって来るのです。
とても興味深い事です。

そして体験している様々な事象の中で、いままでの「時間や感覚」のセオリーや常識が明らかに変化して来ていることを実感しています。
そう見て行くと今年1年は、来年に向けての緩衝期間だったのかな?とも感じています。

来年は今まで言われていた二極化が、より激しく進むでしょう。

この二極化は人の意識と周波数の中でも乖離が進むと思うので、今まで近しかった人が速いスピードで離れて言ったり、また逆に疎遠だった人が「戻ってくる」ことも今までになかったスピードで起こって来るかもしれません。

またある対象物に対する感覚や見え方にも人によって乖離(もしくは変化)が起こってくると思います。
この現象は今年の後半になって多くの場所や人の間で起こってきているようで、多くの人の声として届いてきています。

次元の変化に関しても、それを肌で感じたり薄っすらとでも理解できる方と、全く感じられない方との乖離も起こってきていますが、この点も違いが更に顕著になって来るでしょう。

自分が変化するのは辛くて怖いので、誰かがこの世界を変えてくれると願う意識。
国家や社会、霊能者、弥勒やメシア、宇宙人の降臨願望やハルマゲドンへの依存など、そのいい例ですね。

救世主は何処かにいるのではありません、世界を自分の思う世界に変えて欲しいために彼らの降臨を願うことは単なるエゴイズムになってしまいます。
正しさや正義は、あくまで自分だけの価値基準です。
仮に弥勒がいるとしても個々人の願い(自分の価値判断に基づいた正しさや良い世界)には、残念ながら耳を貸すことはないでしょう。

また、どれほど優れたイデオロギーを持つ国家であろうとなかろうと、頼るものではなく国民が必要な時に利用するサービス提供者に過ぎません。

国民と政府が絶対的対等に、お互いをリスペクトしてこその国家です。
一方的に国を頼ろうとする国民も、横暴と強権を発動し国民主権を忘れた政府も、結果として自分自身を否定するに等く、自らを成長の道から離脱させていしまいかねません。

いずれ国境の意味も無くなって行くでしょうし、ことによっては国家という概念さえも。
そこにあるのは「銀河太陽系地球国」の中の日本という一地域に住む、日本民族という固有のメンタリティを持つ1部族として生きて行く世界が新しい世界地図となるかもしれません。

それよりも、私たちこそが神(宇宙そのもの)の細胞の一部であり、その自分を信頼し自分の足で前に進まなければ、なんの変化も得る(または感じる)ことは出来ないでしょう。

でも新次元への扉は既に開いてきていますので、高次に向かう人かそうでないかの判断は不要です。
新しい地球とともに進むと魂が決めているのであれば、皆進むことでしょう。

そしてこれから個々人に個別にやって来る(来ている)「変容のための設問」は進化への大きなスピードアップチャンスですので、先送りせずしっかりその課題に向かえば、早ければ早いほどそのハードルは低く超えられます。

「そろそろ本気で自分と向き合っておかないと、時間はあまりありませんよ」とハイヤーセルフがせっついて来てはいませんか?
ちなみに私にも大小含め、問いかけは常にやって来ます。

来年からは大きな変容のための「試練2020」に向けて、その前哨年に入って行くでしょう。
新しい時空という「ちょっと気合のいる日々」が待っているかも・・

数年前ミカエルから
「これから先本格的になる地球進化、次元移行のための、希望という厳しさを受け入れますか?」
と問われ
「はいっ!」
と返事をしました。
同時に進化と変容のための自分自身との戦いの「見えない剣」を受け取った事を忘れてはいません。

皆さんも覚悟よろしくって?

ではまた新年にお会いしましょう!












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# by farmemory | 2017-12-30 00:31 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(5)

**堀文子展と夕暮れの海**

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先日神奈川県立近代美術館で行われている「白寿記念・堀文子展」に行ってきました。

堀さんの作品は今に至るまで、ご自身の内面の変化が作品に現れ、様々な展開(変容)を見せてくださいます。
近年の作品が持つ世界観は人が持つ執着を超え、自然と一体になってゆく作者の精神性の中に引き込まれてゆく、一種の瞑想空間を感じさせて心奪われます。

でも1960年代以前に堀さんが手掛けていた絵本の時代の作品も、実はとても好きで釘付けになるんです。

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子供達や動物たち、植物たちの躍動感がストレートに伝わり、命の輝きや生きることの喜びがストレートに伝わってきて、何かこう「静かに心踊る」のです。
今回は堀さんのそんな世界観を時系列を追って閲覧できるとても素敵な展覧会でした。

拝観した後美術館の庭から葉山の海をゆっくり散策してきました。
この日は素晴らしい天気で、夕暮れが悲しいまでも美しくて、まさに「別次元」にたどり着いたような光景に、涙してしまいそうでした。

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先日も葉山に来たばかりですが、やっぱり海はいいですね。

ちなみに山も草原ももちろん好きな場所ですが、かつてシリウスの第3惑星に暮らしていた時の記憶がリアルに残っているので、活きている綺麗で大きな「水」は何より心癒されます。

ちなみに山や草原を心の拠り所にされる方はプレアデスを故郷にしているからかもしれません。

私たち人類は皆、必ずシリウスとプレアデスを経由してこの地球にたどり着いていますので、そのどちらかが故郷の場合、海(水)か山(植物)に別れるのですね。

この2つの天体は絶対条件のようですが、それ以外にもいくつもの天体を渡り歩いて来てもいますので、例えば大都会が好きとか、ヨーロッパのあの石組みの歴史ある古都が好き、白一色の雪と氷の世界に心惹かれるという方もいることでしょう。

自分の好きな風景や心に描く心象風景は存外、自分の故郷への郷愁なのかもしれませんね。

   ・

《オマケ》

葉山の海の「潮騒」です。
ヒーリングミュージックにどうぞ。











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# by farmemory | 2017-12-27 00:17 | ・今日の日記 | Trackback | Comments(3)

**アンデス展(2)**

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前回アトランティスから始まるヘブライは、疑いもなくオリオンの影響下にあったとお話ししましたが、では南米の統治者は?

「ニビル」を強く感じたんです。

現段階で、その天体がどこにあり、どういう素性の存在なのかを理解できていませんので、その呼称が正しいかもはなはだ心もとないのですが、感じたままに。

その天体の人々もまた、3次元周波数帯に存在する高度な文明を持った異星人たちだろうと推測します。

それを証明してくれるのが、あの「ナスカの地上絵」群です。

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今では知らない人はいないというほど有名なナスカ高原の地上絵。
天への畏敬で儀式的に作られたという考古学的解釈と、もう一方では地球上には存在しない高度な文明の飛来者に向けたランドマークだという説が存在します。
ここでは後者のスタンスでお話を続けます。

天空からやってくる地球外生命体に向けた、いわば滑走路や目印だとすると、彼ら地球外の者たちも「視覚」によってその場所を特定したり、また「形」を描くことによって生ずるエネルギー波を感知し、その場所を特定してたのではないかと思うのです。

このテクノロジーレベルは、地球人の科学力では話にならないとしても、五感を使って対象物を認識するという行動な訳で、極めて3次元的なアナログテクノロジーと感じます。
つまりナスカの地上絵に向け飛来する地球外の知的生命体達が存在するのであれば彼らもまた、3次元世界の人たちだったということです。

今地球に対して温かい目を向けているスペースファミリー側は3次元以上の高い周波数を持った人々でしょうから、地上に図形を描くことの意味もなく自分たちが探す場所など瞬時に特定できるはずです。
また呪術的な「形」によるエネルギー発生を利用する必要もなく、空間から自在にエネルギーを取り出す能力など「朝飯前」な事でしょう。

これらの地上絵はBC200~AD800年の1000年間に作られたとされています。
これって、まさに日本に弥生が入り込んできた頃と合致するんですね。

日本ではナスカの地上絵と同じ目的で作られたのが古墳時代の墳墓群、また各地にあるピラミッドもまた同じ意味合いから作られたものでしょう。

全ては3次元の地球外生命体との交流、コンタクトを目的としたものだと思うのです。
実際日本の古墳群もまだしっかりと機能していますので、その近くや上空でもシップたちの目撃例が絶えませんね。

オリオンの3次元生命体やシリウスBのレプ族も同じように、それら遺跡を利用していたのではないかと思います。

ただ、3次元だから、とか高次元だからという理由で、その人々をジャッジしたり判断したりすることは無意味なことです。
高いテクノロジーを持つ高次元存在の存在たちも今現在も遺跡群を利用してもいますし、3次元の異星人たちも地球に対する過干渉もすれば、地球人の体験学習のバックアップもしますので、一概に彼らを白黒で判断することはできないでしょう。

今回の展覧会はあくまでアンデス(インディオの文明)にフォーカスした展覧会でした。


今回の展覧会はピサロやコルテスなどのコンキスタドール達による中南米の人々への虐殺の意味を探るものではありませんでした。
彼らがが中南米に来た「真の目的」に関してのヒントは展示内容や、キュレーターの方向性からは残念ながら感じ取ることはできませんでした。
通説では金の略奪がその最大の目的と解釈されていますが・・・

果たしてそうなのかどうか?
真の歴史も近い将来紐解かれて行くことでしょう。

アンデスの持つ重く息苦しいエネルギーに触れることを覚悟で伺った展覧会でしたが、会場内ではあまりその重さを感じなかったものの、
時間差で翌日遅れてその影響(感覚)を感じました。

と言うことで今回のアンデスイベントを持って年内のイベントを終えました。











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# by farmemory | 2017-12-25 00:37 | ・イベントメモリー | Trackback | Comments(1)