**始まり**

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次元移行(上昇)が本格的に加速し始めたのは2008年頃だろうと思います。

でも実際は今から80年ほど前に、その胎動は始まっていました。
時は1930年代後半。
まさに第二次世界大戦の前夜という頃ですね。

おそらくこの世界大戦自体なんらかの真実を隠すために仕掛けられた作為的な混乱だったと、今になればわかります。
当初資本主義の行き詰まり(世界恐慌を終わらせる目的)の解消を画策したのではないかと言われていますが、もう一つのシナリオが、この次元移行(上昇)の阻止だったかもしれません。

次元が移行するためには、人類の意識の向上(周波数を上げること)が必要不可欠ですが世界大戦という大いなる苦しみは、世界的に影響力を持つ先進国の人々に、ネガティビティを引き起こさせるには効果的だったはずです。
(影響力を持つという見方もあるでしょうが、近代文明国の人々は物質文明に偏っているから扇動しやすいとも取れます・・・)

やがて終戦を迎え、日本でも高度経済成長が始まり、人々の意識に「資本主義」意識を植え付ける方に舵を取ったのだろうと思います。
金銭的な欲は恐れや怒り、不安を同時に引き起こしますので、大戦という暴力行為でないネガティブ意識を人類に生み出させようとしたのかもしれません。

表面上ある側の意図通り世界は周波数をあげるどころか、物欲と国家主義の台頭により個別の閉塞社会と資本優先の世界が作り上げられてきたかに見えました。

しかし、それから80年。
宇宙の壮大なスケジュールである次元移行の加速期に入りました。
この始まりの段階で、世界も地球も、そして人類も皆、そのスケジュール遂行のためあらゆる道を模索してゆくことになりました。

例えばリーマンショック。
これは世界経済に大きな打撃を与えるとみられたのですが、世界財界と金融施策が、なりふり構わず無理矢理金融崩壊を阻止し、この時点で経済崩壊のスケジュールは変更になったと見ていいかと思います。

おそらく、その時点ではまだ人々の中に
「自分ではない誰かが自分の願いを叶えてくれる、もしくは代行して欲しいと言う依存意識」
が根強く、自分は変化しないで外の世界に変化を求める意識が強かったことでしょう。

また、その時点で本当に経済崩壊が起こってしまえば、その崩壊によりさらなる恐怖と怒り、絶望を人類が生み出してしまいかねない進化レベルだったと見ることもでき、天の采配として「崩壊劇という選択肢は保留」と判断したかもしれません。

では金融至上主義が継続してしまうのかといえば、昨今の国際経済の後退を見れば、それも変化し始めているようにも見えます。

金融崩壊は阻止されてしまいましたが、金融が持つ力は着実に後退し始めています。
ビットコインなど新しい通貨概念の発生やドルの基軸通貨からの後退。
ブロックチェーンテクノロジーによるインフラの変容やアマゾンを筆頭とするネット販売の拡大などなど・・

ただこれらが新しい次元でのマーケットを意味するかといえば、それも違うように思います。
次に来る新しい次元の金融やマーケットシステムにつながる「つなぎ」の役割を持ち、また既存のマーケットの強制的変化を促す役割を担っているようにも見えます。

また新しい意識や新しい価値観の胎動とテクノロジーの芽が摘まれたり潰されたりすることなく草の根の中から芽吹き始めています。

今私たちは未来に向け新しいエネルギー(周波数)に世界が変化する過渡期にあります。
変化というものは、産みの苦しみを避けては通れません。

そして既存の社会がある日一瞬のうちに入れ替わるというような夢の出来事ではなく、全てが崩壊と危険のギリギリのところで徐々に「変化」して行くことを地球は選びました。

報道に見る様々な危険啓蒙の裏に何らかの作為的行動や誘導があろうとなかろうと、各国政府や政権のありように不信があろうとなかろうと地球は行くべき未来に向け、しっかり進んでいるはずです。

それでも今、もしご自分がこの時期 ”停滞感” の様なものを感じたとしたら、それはチャンスかもしれません。
自分自身の内面進化を加速させておく重要な時期だからこその停滞感なのかもしれないからです。

人によっては既に大きな岐路に立っている方もいることでしょう。
また、今はまだそれほどの大きな動きを簡易ていない方もいるかもしれませんが「岐路」は未来を目指し進む者には、その都度必要な時に何度となくやってくることになる筈です。
おそらくこれが私たちが高次元を目指し進む道のありようなのでしょう。

今後も、その時々の自分の周波数に比例し、それに見合った様々な選択を迫られることになります。
でもその時、誰かが分かりやすく「どっちの道に進みますか?」なんてご親切な案内などは決してしてはくれません。

今体験している様々な事(楽しい、厳しいどちらでも)にしっかり目を向けて行けば、自分では気がつかないうちに行くべき道を自分のハイヤーセルフが進ませてくれます。
でもいつ自分がその岐路に立ち、どの道を選び進んでいるかの確信を持つ事はしばらく進んだ後になって気がつく事になるでしょう。

「全ては始まっています」










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# by farmemory | 2017-10-18 00:30 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(1)

**RITUEL(リチュエル)パン屋さん**

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先日新宿の伊勢丹にパンを買いに行ったんですけど、いつも買っていたお店「デュヌ・ラルテ」
がなくなっていましたww
なんとも残念。

で、同じブースに新しいパン屋さんが入っていたので「どこが入ったのかな?」と覗いてみました。
そしたら北青山にあるRITUEL(リチュエル)のベーカリー「リチュエル ル グラン ドゥ ブレ」
が入っていました。

ここのパンはヴィエノワズリー(クロワッサンなどの、酵母発酵させたパン生地などを焼いた菓子パン)を扱ったパン屋さんで、おやつテイストのパンがわんさか)

画像の真ん中にあるクルクルのパン「エスカルゴ レザン」
このクルクルパンが一押しだそうで、甘さは自分としてはかなり控えめで、おやつと言うよりブランチにブルーチーズなんかと頂くとよろしいなと。

あとベーコンエピは「まあまあ」

細長いのはフィセル、家の人が一口食べて「あれ?これ辛い?あっ辛い辛い」て言うので食べてみたら、どうもペッパーだけではなくてチリっぽい辛さで大人の味でございました。

お店を手がけているのは、クリストフ・ヴァスール。
パリの「デュ・パン・エ・デジデ(Du pain et Des Idées)」のオーナーだそうです。


私はヴィエノワズリータイプのパンが大好きなのでニッコニコざんすが、リチュエルのはどれもすっげえお高いパンなので、あんまり頻繁には買えませんねぇ。


ちなみに同じヴィエノワズリタイプなら「メゾンカイザー」
のクイニーアマンとメープルデニッシュはお値打ちでナイスです。

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こちらは新宿高島屋ね。

今日は普通のブログでござりましたぁ。









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# by farmemory | 2017-10-15 00:13 | ・今日の日記 | Trackback | Comments(1)

**ネガティブってなに?**

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ネガティブって外から自分に向けられる攻撃とか悪意のことではありません。
折り合いの悪い相手に不当な扱いをされたとか、上司からのパワハラや納得のいかない仕事のストレスとか、国家の横暴とか・・

そういうものは、突き詰めてみたら自分を成長させてくれる反面教師なわけで、ネガティブなどではないのですね。

でじゃあネガティブって?

それは個人的に自分の中から湧き上がる「感情」なのですね。

仮に相手が悪意を自分に向けたとしても、そうしたエネルギーを受けても意に介すこともなく、それすらも感じることなくいられればそれはネガティブなどではなく、
「えっ!なにそれ?」
程度のことで、自分の心が乱れることでもないのです。

でも、そのために「心を強くし、外からの攻撃や悪意に立ち向かえることのできる強固な自分となって行く」
ということは意味ないかも。

むしろそれは目には目をの意識とおんなじ、結局自分の中に攻撃に対応するディフェンスを築くということになってしまいます。
外からの攻撃に反応してしまうということは、自分の中にも気に入らない相手や物に対して攻撃心を持つ自分が存在するからかもしれません。

往往にして人は自分の中にあるそうしたネガティブを持っていることを認めたくないもの。
まさか自分がそんな嫌な部分を持っている、そんなはずないと最初から自分の中のそうしたネガティブ部分に自分からベールをかけ、表面に出てくることを避けたとしても、まぁ仕方ないかも。

真のネガティブって自分の中に生じる(元々持っている好ましくない)「感情」を言います。

進化って、こうした自分の中にあるドロドロとした部分を表に引き出し、たとえ人から眉をしかめらても、その自分を認めることから始まります。
そして、自分が嫌う部分が自分の中にあることに気がついてしまって
「そ、そんなぁ!!」
と愕然と膝を折ることから進化が始まるんですね、ちょっと厄介かもしれませんが(笑)

自分(嫌な自分)を知ることで、その自分であることを理屈抜きでやめたいと思うようになります。
だって知ってしまったら、そういう自分が嫌に決まってるのだから、そこから先に進んで行けるということになります。

私たちの進化は「穏やかで、にこやかで、平和で、嬉しい」ところにはなくって、自分の苦手とする悩みや悲しみに、逃げることなく向かうことによって進化して行くことになります。

でも、そんな自分を見てしまったとしても、その自分を「決して否定しないで、反省なんかも横に置いて」そのままの自分をしっかり受け止めることが一番にすべきこと。

ジャッジはしない、それが何より大切なところなのです。
だって、完璧な人間なんかこの次元にいるはずありません、だから人間やってるんですから。

ただ、苦しいという行為や体験自体が進化を促すのではありません。
その体験がもたらす「感情」に目を向けた時に始まるんですね。

真冬の滝行は苦行ですよね、じゃあ日常にある苦悩は?
それだって苦痛の一つ、滝行の辛さと自分に向かって来る試練。
どれほどの差があるのでしょう。

滝行は肉体にはとてもキツイことですけど苦悩は伴わないでしょう。
つまり「感情」と言う心の動きはそれほど大きいものではない筈。

それよりも日々の中で、信じる人に裏切られたり、亀裂が起こったり、攻撃されたり、生活やプライベートのシーンでのトラブルとか、そうした感情面でのキツさは、滝行の感情的苦しさに比べたらはるかに大きいものです。

そう、はるかに大きいからこそ、その出来事が更に大きな進化のチャンスにもなると言う事です。

ただ、感情を知るための様々な試練で、そこに進化のヒントがあるよと言ってもストイックな意識に無理やり自分を向けることは逆効果になってしまうかも。

むしろ、相手を恨んでしまったり、嫌ってしまったり、そうしたネガティブな意識が湧き上がった時こそ、重要なタイミングなのです。

その感情を見ないようにしたり「そんなことではいけない」と良い人ぶって流してしまっては、何の意味もありません。
「そんな感情を持つ自分だったのだぁ、でもそうかもしれない」
って素直に認め受け入れることが進化の始まりになります。

よく新しい次元になったら、こんな苦しく痛いことなどない時代が待っていると期待してしまうかもしれませんけど、それはどうでしょうか。
確かに3次元の中で繰り広げられ、体験してきた執着や煩悩といった3次元的なキツさは激減するでしょうね。

でも次の次元に行っても、そこでしかできない進化や変容といったカリキュラムはきっとあるはず。

私たちは今「3次元での地球の人生」の完了を目にしようとしているのかもしれません。
今人も社会も自然界さえも今まで溜め込んできたネガティブが、隠すことが出来ずに表層に現れ始めています。

一見「最悪じゃん!」と思うような社会や世界が見えたとしたら、それは地球が今までのネガティブを全て表に出して、陽の目に晒しているのかもしれません。

そう見れば、今目の前にある自分個人の課題だって新しい次元に向かう自分の浄化のためだって分かってきますね。
でも、キツイと思ったとしても、それも大切な感情。

たまにはヘコタレて「やってらんないよ!」って天に向かって悪態吐いちゃいましょう。

でも、この進化(して行くって事)は、3次元を生きるための成長なんかではありません。
新しい次元に向かうための変容なんだって、ご理解くださいませ〜









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# by farmemory | 2017-10-13 00:08 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(3)