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◆六甲山アンドロメダミッションの報告2◆

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◆六甲山アンドロメダミッションの報告2◆

前回に引き続き◆六甲山アンドロメダミッションの報告◆です。
◆六甲山アンドロメダミッションの報告1◆

今回は実際に現地で写してきた画像や動画を示しながらお話を進めて行きます。

c0319737_13175774.jpg ロープウェイ乗り場に置かれた羊の彫刻、完成度もあり可愛いオブジェで作者の力量が伺えますが「羊」と言う存在自体今までの六甲の有り様を示してくれるとても意味深いものです。

 その後六甲山頂でランチ後、神戸在住の方のご案内で近くにある「六甲比命大善神社(ろっこうひめだいぜんじんじゃ)」に向かいました。
ここは山の中にある巨石を御神体とした神社(祠)で、山全体が御神体と言ってもいいのでしょう。
そしてここは瀬織津比賣と深い繋がりのある場所です。
そしてその瀬織津比賣こそがアンドロメダとの強い繋がりのある女神ということで、この地に赴くことになった必然を感じました。

 巨石に手を触れた参加者のお一人が「よく帰ってきてくれました」と言うメッセージを感じたと口にされました。
私も同時に遠い遠い遥かな昔、この地のピラミッド(この遺跡群のある山全体)を作った時に、その方が人類に成る前の生命体としてそこに立っていたというビジョンが私にも感じられました。

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巨大な石がゴロゴロと点在する場所、まさに人工的に作られた山とわかります。
入り口から巨石(心経岩)までの間に「六甲比命大善神社」の庵がありますが、この裏に回りますと巨石の間にも小さな祠が鎮座しています。
そこで意識の目に見えたのが「封印」でした。
石の割れ目に、中に閉じ込めた地球不活性化のためのエネルギーを封じ込めている、そう感じたのでその地での解放も願ってきました。

そして宿に戻り室内でのワークショップ。
その後恒例となっている夜間コンタクトイベントへと移行しました。

当初宿の前にある駐車場で行っていましたところ、航空機に擬態したシップが複数機飛来しましたが、空が狭く、急遽近くにある有馬稲荷神社の境内に場所を変えることとします。

c0319737_13245088.jpg ただでさえ稲荷という名前に引いてしまいそうなのですが(しかも夜遅くに)今回の参加者全員がそこに行くことを希望しましたので、長い石段を夜間登って行きました。

 境内は思っていたほど空が広くはありませんでしたが、その場所のエネルギーが想像以上に柔らかかったことが想定外。
参加者の方々もそれを感知した方が多くいました。

その石段の途中イベントプランナーの方が撮った写真に「オリオン」のエネルギー体が映り込みました。
明るく美しいエネルギーで、好意的な意思さえ感じました。









そしてその場所で撮影できたシップの動画が以下です。



*この動画は出来るだけ大きな画面でご覧頂くと、
光体だけではなく微小なエネルギー体やプラーナエネルギーのキラメキも確認できます。


暗い空に一機の航空機に擬態したシップが飛んでいるのを見つけカメラで追っていると、その光の周辺に夥しい小さな光が点滅し始めます。
当初小さく点滅する光は夜間のオーブだったのですが、その後明らかに別の(しかも意志を感じる)エネルギー体をカメラに収めることができました。
この動画は前半では航空機によく似たの光を追いながら撮影していましたが半分を過ぎる頃から光の移動に規則性がなくなってきて、瞬間的に上下左右に移動しているように見え始めます。
実際ファインダーを覗いている時にもそう見えていました。

後半、画面下から蛍のように小さな光がフラフラと登って行き右方に消えて行きます、その後から急に画角内のあらゆるところで強い光が点滅し始めます。
衝突防止灯らしき光の点滅にも規則性がなくなってゆくのがわかります。
(動画の半分から後--白く変わる部分から後ろ--は動画の後半をスローモーションでやや明るくして再生しています)

これはオリオンのシップではなくシリウス系のシップとその光体だと光が伝えてきましたが、稲荷のエネルギーと同期した参加者への儀礼として現れてくれたと言っています。

今まで夜中に稲荷社の鳥居をくぐるなど考えただけで怯んでいましたが、今回のイベントで今までの思いがあまりに偏った誤解を持っていたことも理解できました。

だからと言ってこれからはオリオンと手を取り合ってゆく、と言うことはないでしょう。
ライトサイド側の彼らもまた私たち人類と手を取り合うことは希望してはいません。
天の摂理に従って自らのミッションを遂行してきただけと言っています。

しかし彼らは自分たちへの肯定と理解を示してしてくれるものが夜間恐れず怯むことなく訪れ、なおかつ敬意を持ってくれたことが何より嬉しい事だったと伝えてきました。


翌日、六甲山から少し離れた越木岩神社に詣出てきました。

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この神社もまさに巨石群の一つ、ピラミッド状の建造物であることがすぐに察知できました。
しかもこの神社はやはりオリオンとのつながりが深く、また六甲比命大善神社のように封印がされていません。
「生きている」状態で、そのエネルギーが地中からではなく、この神社に向け宇宙空間から飛来していることが、手のひらの感覚でわかります。
手の平を下に向けた時より上に向けた時の方が(上空から来る方が)明らかに強度がありました。

このエネルギーはセントラルサンから来る地球の変化を促す重要なエネルギーのようですが、この神社の敷地内にマンション建設の話があるそうです。

以前小淵沢の大滝神社の記事でお話しした、何らかの妨害をするための意図を持った開発事業に酷似していると感じました。
であるならば、逆にこの地球のためには全ては問題無しになってゆくことでしょうが・・


以上が今回のミッションワークの大まかな内容です。

アンドロメダのエネルギーが今回の参加者に見えないお誘いをかけ、集まっていただけた皆さんのオリオンの深い記憶が今回の重要な点だったようです。
今後はオリオンへのあらぬ誤解を解消しつつ、自分の故郷(シリウス)の名の下に様々な解放ミッションに向かいたいと思っています。

また巨石文明とシリウス、そしてオリオンとアンドロメダ、リラという見えない糸が今回感じられました。
ここに新たに妙見(北斗七星--ドゥーベと北極星)が現れてきました。

謎のようなこの一連の糸の繋がり。
感じたことがあれば記事にして行きたいと思っています。


次回は8月5日、11日に行う「スペースファミリーとシップたち」勉強会
9月に行うリラの湘南ミッション(自由参加で夜間コンタクトワークと翌日の葉山マリーナから出航の観光クルーズもあります)です。
詳細が決まり次第おしらせします。


ではでは












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by farmemory | 2016-06-27 13:26 | ・ミッション | Trackback | Comments(0)

◆イギリスの件◆

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◆イギリスの件◆

イギリスのEU離脱が国民投票により決まったとのこと。
政治経済的なことに関してはさほど興味もなく触れることも少ないのですが、今回のシナリオは少々興味深い点を感じましたので記事にしてみようと思います。

まず報道でありました開票作業の光景が、極めてアナログで、だからこその公平さ、ジャスティスを感じました。
極東の選挙の開票作業に関してもこの光景が見られるといいですね。

さて、今回のEU離脱。
多くの予想では、ギリギリで残留優位との予想でしたが、それに反する結果となったことがまず興味深いことです。
今までですと「何らかの回避オペレーション(外力?)」によって、予想通りの結果になることが多かったと思いますが、今回は世界中に衝撃が走ったと報道されました。
ただし今回の投票結果が、新しい次元や世界を表しているかといえばまだ早計に感じます。

確かに今回のイギリスのEU離脱は、想定を超えたという面で言えば、大きな変化であることは違いありません。
しかし、残留、離脱の2択であった段階で、そのどちらであろうと第3の選択はなかったわけです。
今後仮に未来への目に見える変化があるとすれば「青天の霹靂」「寝耳に水」的な突発的な事象こそが真実となるでしょう。

今回の出来事は予想を外したとしても、想定できることであったことから見れば、そう大きな変化ではないと言えると感じています。

しかしこれが今後の経済のリセット、その引き金になる可能性は多分に含んでいると見ています。

巷でのどこぞの投資家が金を購入しているとか言う話も流れていますが、今の段階でそのレベルで今後を見て行けるはずはありません。
なぜならネットであっても多くの方が知っている、耳にしているという程度の報道に関しては多くの作為があること考えてもあながち外れてはいないと思うからです。

しかし、いま私たちが目にしていることの全てが、どの道を辿って行こうとも新しい未来に向かっていることは確実です。

今回のドタバタ劇は、それでも真のブラックスワンを呼び込むには十分なインパクトだったことだけは間違いないと感じます。
今後各国政府は躍起になってもてる国力の多くを(背水の陣かもしれませんが)使い金融緩和や市場介入、そしてあらゆる箝口令を敷き、これ以上の経済混乱を封じ込んで行こうとするでしょう。

しかしあくまで封じ込めです。

決して新しい意識を受け入れ変化しようというのではありません。
今まででしたら、封じ込める側の力も(腕力)強かったので、それでなんとかなってきていたでしょう。
しかし今に至っては、まずはそのパワー自体急激に弱まって来ているだけではなく「封じ込める=隠す、偽称する」という側面も持ちますが、次元(ステージ)が変化してきていますので、本当のことが目に触れやすくなってきています。

いま少しの間介入オペレーションは続くでしょう。
ですからそう簡単にはリセットには至ることはないでしょうが、その一服の静穏の間に、水面下で真の変化の胎動が静かに進んでゆく筈です。
しかし真の変化は決して事前には話されることはないでしょうから、リスクへの準備などする間もないでしょう。

災害(ではなく未来に続く経済リセットですが)は忘れた頃にやってくる

災害と取るか
希望と取るか

どちらのスタンスから見るかにより今後の世界も、その両方の側面を持つことになります。










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by farmemory | 2016-06-24 23:59 | 日記 | Trackback | Comments(2)

◆ここ数日の体感◆

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◆ここ数日の体感◆

短い記事です。

先日の21日、夏至からの流れに関して感じたことを記載します。

21日はさほど大きなエネルギーを感じませんでしたが
22日の昼くらいから、なんとも落ち着かないザワザワした感覚がありました。
特に夏至を意識していませんでしたので、過ぎてから気がつきましたが大きな流れの変化があったかもしれません。

今日23日、雨を承知で葉山からレンタルボートで沖に出ようと思って行ったのですが、今日はすぐに上がろうという気になって午前中の早い時間で桟橋に戻りました。
その後すぐに伊豆半島から雷注意報が出始めたのを知り、根拠もなく早上がりしようと思ったのが「成る程ね」でした。

ところが家に帰ってから、大事には至りませんでしたが不注意から手に熱湯をぶっかけてしまい、火傷をしてしまいました。

絵を描く道具の右手に火傷。
今回のエネルギーは、意識に働きかけてきたようで「不注意」を起こさせるような感じがありましす。

またこのエネルギーはポジティブ側にもネガティブ側にも干渉してくるかと思いますので、しばらくの間意識をしっかり持っていく方がいいかなと思っています。

例えば試験でのケアレスミスや、危険物を扱う時の不注意などに気をつけるといった様なことです。
特に慣れによる「うっかり」に注意が必要かもしれません。

何かアクションを起こさねければならない時(日常でも仕事でも、プライベートでも)自分の中で「今日は今一気が乗らないね」という時には、できることなら少し静かに時間を過ごす方がいいかもしれません。

この流れはもうしばらく続きそうですが、徐々に緩和してきていると感じていますので、この2~3日と言う所でしょうか。
少なくとも今月いっぱいはあまりアクティブな行動に出ないようにしていようと思っています。


もう一つ、関東の渇水に関して「雨」を北関東のや奥多摩などの水瓶になる場所への雨を誘導できたらと思っています。
九州に降る雨を、時空を超えて関東の水瓶に流れるよう「気象」に打診してみたいと思います。

皆様の中でもしお手が空いているようでしたら、九州全域に晴れ間、そして関東以北に恵みの雨をイメージしていただけたらと思います。

ではでは~






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by farmemory | 2016-06-24 02:30 | Trackback | Comments(5)

◆六甲山アンドロメダミッションの報告1◆

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◆六甲山アンドロメダミッションの報告1◆

先日行いました神戸六甲でのアンドロメダイベントのご報告です。

イベントは、今から3年ほど前に企画したものです。
しかしその頃はまだ、いわゆるオリオン大戦のスピンオフとして六甲の地がポジティブとネガティブとの攻防の中にあり、ライトワーカーや見えない真実を知るものが不用意に立ち入ると思わぬ干渉を受けてしまう、強いエネルギーのぶつかり合いがありました。
その頃この地に意識を向けたところ即座に「まだ早い」と言う答えが返ってきましたのでタイミングを見てきました。

しかし今年2016年に入る頃からようやく六甲山での重いエネルギーのぶつかり合いが終息を迎え始めたことで、今回のイベントを決行することとしました。

当初の目的は、この地で攻防戦の最前線に立つアンドロメダの魂を持つ方々と共に、攻防戦に従事していた彼女たちの解放を目的としました。
今まで意識体となってサーベルやエクスカリバーを片手に、華やかなドレスを重い甲冑に身を包み最前線で戦ってきた方々の解放を願うミッションでした。
これはあくまでイメージでの表現です、実際にはジャンヌダルクや巴御前のような女性たちがいるわけではありません。
人類としてこの次元に生活の場を持ちつつ、意識体となって肉体から一旦離れ別次元での攻防戦に従軍していたという解釈です。
しかしその方々の多くは平素の生活の中では全くと言っていいほど自覚がない方が多いことでしょう。
ほんの数%の高い覚醒状態にあるアンドロメダを故郷にする方が、意識の中でのうっすらとした記憶を見ているにすぎません。


さて初日に伺った六甲山(ロープウェイ)では、山頂に向かう途中、予想していた重いエネルギーを全く感じることなく、それどころか極めて軽いエネルギーを受け取りました。
これは思いもよらないことで、なおかつその攻防に自らの意思ではなく無理やりに最前線に立たされてきたライトサイドのオリオンたちの歓喜さえ感じたのです。
解放を迎え喜ぶライトサイドのオリオン達の喜びであることが痛いほど感じてきました。
彼らが自分たちの意思とは裏腹に長い長い間、人類に疎まれながらもネガティブサイドに使われてきた彼らは、晴れて故郷への帰還を迎えられる真の喜びだったのでしょう。

ロープウェイの乗り口に羊のオブジェがお迎えしてくれたのですが、羊は魔界の象徴です。
この動物が山頂に向かう人を出迎えているということがなんとも象徴的でした。
もちろんここにそうしたオブジェを置いた方や製作者がそれを知覚しているとは思えません。
なんらかの見えないエネルギー干渉を受け、なんの疑問もなく山頂にある牧場で飼われている羊をイメージしたのでしょう。

山羊や羊の目を見たことがある方ならお分かりになると思いますが、クマモンの目ん玉を横にしたイカの目玉のような目がなんとも怪しい感覚を受けます。
tだし、だからと言ってそれがオリオンのすべてを表していると見ることは早計です。

どうしても白黒、善悪でものを判断しがちな3次元の人類にとっては、オリオンの存在を恐ろしいものとしてしか捉えることしかできませんでした。
しかし彼らは決してこの地球を自分のものとして奪いに来た訳ではないと伝えてきます、私も今回のイベントでそう感じてきたことが確信になりました。

確かに彼らは多くのネガティブをこの地球上に幾度となく投げかけ続けてきましたがそれもこの地球が受け入れ願ったことであり、天もそれを静かに見つめていました。
幸せを知るためにはその対極にある日々を知る必要があり、痛みを知るためにはまず自分がそれを知る必要がある。
そして真の優しさを得るための最良の方法が、自らがそのステージに一度は入り生きることだったのです。

人類でいるということは、誰もがその心の奥に強暴性や怒り、人に対する疑心というネガティブな部分を持っているはずです。
過度に人格的に生きようとする、聖人君子で生きようとする、極めて強い正義感を持つことを是とする。
こうした真っ直ぐすぎる一方的な意識は時に怒りを生み出しますので、逆にネガティブに陥りやすい危うさを持っています。

真の闇を知る者は自分に擦り寄る闇を感覚的にかぎ分ける力を天性のように身につけています。
そしてその力は、ある時代の人生で、それの何たるかを身を持ってリアルに体験してきた魂の記憶を持っているからです。

ライトワーカーで生きるということは、いつかの時代に自らからも目を覆うほどのネガティブの存在として生きていた遠い過去世を必ず持っているはずです。
それなくして真の光を理解することはできず、正義感だけで行う勧善懲悪なワークは、この地球にネガティブを学ぶために自分を傷つけることを知りながらもやってきてくれた命に対し、稚拙な刃物を突きつけてしまうことになります。

この地球は今次元移行のただ中にいます。

いずれ今までの次元とは明らかに違うそのステージに到達します。
その時でもこの地球とともに進む他の天体の人々は寄り添い続けてくれます、なぜなら彼らはこの地球と人類を作り出してくれた人々だからです。
(プレアデス、シリウス、リラ、アークトゥールス、ヴェガ、アンドロメダなどなど・・・)

しかしオリオンは、人に疎まれることを承知で人類にネガティブを持ってきてくれた天体の方達ですが、この地球や人類を作り出した人たちではありません。
ですのでその3次元のネガティブと言う学習ステージが大きく変化し始めた時、彼らはこの地球での役目が終わりこの地球から離れてゆくことを意味します。

今回の六甲のイベントは、このオリオンの悲しいまでの役目と、それが終了し帰還を促す重要なミッションだったということを知るに至った時、ワークショップで参加者の方の何人かの方が、それを感知されたのでしょう、深い感慨と涙を流されました。

このイベントの前に、何の意図もなく心のままに綴った記事
◆「帰還」の道を見るオリオンへ◆
は、まさにこのミッションを感じ取ったハイヤーセルフが書かせたものだったと理解しました。

ネガティブ側のオリオンはすでに多くがこの地球を離れています。しかし彼らに使われてきたライトサイドのオリオンたちは、自分たちがその呪縛から解放されるということを知りながらも、なかなかその拘束を脱ぐことができません。
まるで思い癖のようなものなのでしょう。
その思い癖からの離脱こそがオリオンの解放(帰還)という事なのだということを今回の解放ミッションで知るに至りました。

アンドロメダがお膳立てしてくれたオリオンの解放。
アンドロメダの戦士たちは、今までオリオンとの攻防にありながらも決して彼らライトサイド側のオリオンたちへは、怒りと憎しみは接して向けることはありませんでした。
向けることはなかったというより、向ける必要がなかったという方が近いでしょう。

今回知りえたアンドロメダの、涙するほどの慈悲を私は知ることがありませんでした。
神話の中にあるアンドロメダ姫の壮絶な体験が、彼女たちの真の力をもたらした。そんな思いを抱いてまいりました。

今後も様々な解放ミッションを続けて行くつもりです。
その時々で、太古からの見えない、強い約束をしてきた方々がこうしたイベントで「再開」されていることも、大変嬉しく思っています。

今回はここまでとし、次回は画像や動画をご紹介しながら続きをお話ししてゆきたいと思います。

ではでは









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by farmemory | 2016-06-23 00:16 | ・ミッション | Trackback | Comments(1)

◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-3)◆

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◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-3)◆

前回からの続きです。

◆母である事、そして自らの使命(1)◆
◆母である事、そして自らの使命(2)◆
◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-1)◆
◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-2)◆


「孤高」であることは見方を変えれば自分の時間や体さえも誰にも拘束を受けず有効に使えることを意味します。

いかなるグループにも所属せず、徒党を組まず、自らの力だけで出来るミッションに従事しようとした時、守るべき者や、時に拘束さえ伴ってしまう「繋がりや縁」を持たないことが、結果として自ら決めたミッションを心置きなく行えることを深層の自分が知っていればこその孤高であることもまたあるのでしょう。

家族の中で自分だけが浮いている、血の繋がりを希薄に感じるなどもそうした理由が含まれることもあるかもしれません。

社会の中にあって、どうしても周りと馴染めず、常識や道徳と言われる社会性から逸脱したくなったり、反発を感じてしまうことさえあるかもしれません。

ライトワーカーとして生きると決めたら、その日その時から自分はライトワーカーとなります(認定機関もなければ資格もありはしません、自分で決めるのです)

そして自らがライトワーカーとして生きようと決めると、その影響力に比例して光の対極にあるエネルギーからの干渉を受け始めます。
攻撃を受けるというという解釈は不要ですが、それでもエネルギー干渉は影響力が上がれば上がるほど強さを増してきます。
そしてその厳しさを超えてゆく中で、ライトワーカーとしての強さを身につけて行きます(免疫力を獲得してゆくようなものです)

そしてその干渉は自分の弱いところにやってきます。
まずは体調に現れることが多いかも知れません。
しかし多くの場合体調不良を感じ専門機関を受診しても原因がつかめないことも多々有ります。

しかしそれさえも想定内と受け止めとしても、その干渉は自分にだけやってくるとは限りません。
自分の大切な家族や近しい者への干渉をもたらすことさえあるのです。
自分自身はいかなることにも動じないと覚悟を持ったとしても、自分の愛する者の苦しみを見せられることには大きな動揺をきたしてしまうかもしれません。

確かに家族や愛する者たち個々人、体験してゆく厳しさがあったとしても、それもその個人の魂が選択した体験学習と理解すれ良いことではありますが・・・

そして愛する人の苦痛は、今度はそれを見る者の体験学習に変わって行きます。
理解をし静かに近しい者の厳しい日々を静かに慈愛の目で見つめ、そしてしっかり距離を置き見つめられるのであれば、それは高い精神性に裏打ちされた達観を意味します。

しかし、大切に思う人の苦しみを目の当たりにして、完璧にその達観に入れる人がライトワーカーの資質とまで厳しいわけではありません。
この人生での体験学習は、自分ではない者の苦しみに出会った時、心乱れてゆくことを体験することもその範疇です。
ここにも一つの体験学習が存在し、なおかつライトワーカーとしての試練も含むこととなります。

仮に全てにおいて達観をしているということは、ある意味すでに3次元に存在する人類というステージを早々と離れ始めているのかもしれず、仙人と同じ存在となります。
仙人になってしまえば、全ては必然であり、すべてに対し無頓着であることになるわけで、その段階では使命やミッションという意識さえも遠く古い次元の意識と言う事になるでしょう。

「使命とかミッション」と言う言葉に強く意識が行くということは、まだ完全なる達観には達していないことを意味します。
しかし私たちライトワーカーは3次元の肉体をまといつつ、この社会(地球)の中にあって「人類として」次元移行の手助けをしたいと希望していますので、人としての感情を十分に持ち合わせていることは当然のことです。

だからこそ使命の遂行に当たり人一倍心の温かさを持ちながらライトワーカーとなろうと決めた方にとっては、大切な者に干渉を受けた時その覚悟に揺らぎが出てきてしまう可能性があることを知り、自ら孤高であることを決めたのかもしれないのです。

まずは新しい次元に向かうことを決めた人にとっては、古い3次元の中ではどうしてもその違和感を感じてしまうことでしょう。

また逆に魂が敢えて人からの誤解や揶揄を経験したいと決めてくれば、不遜な態度や自ら組織やグループにわざわざ所属し、その和を乱すこともあるかもしれません。それにより周囲からの非難を受ける体験をする。

しかしそれさえも、別の角度から見れば不遜な自分の言動により人に影響を与えたのであれば、今度はその影響を受けた人がまた別の体験をして行くわけで、すべてが持ち回りでこの社会を構成しているのだということでもありましょう。
こうした体験のシェアリングが、いわば3次元での有り様ということになりますので、3次元を体験したいと希望する魂にとっては人の動向や言動に嫌でも目が向いてしまうのは当然のことです。

しかし体験学習をするためにこの3次元に生まれてきたのではない人にとっては、人の言動や行動にはあまり振り回されず、人からは飄々と見えたり、時には冷たい人と思われたりもしてしまうでしょう。
それは当然のことで、人との関係性の中で体験学習をすることを望んではいませんので、人の動向には関心を持てなくて当然だからです。

次元移行をバックアップしたい、その現実を自分の目で目撃したいと決めた方にとっては、それに集中するため心惹かれる家族を持つことを控えている(魂の選択であり肉体を持つ表層自我の選択ではありません)と言う事さえもあるのかもしれません。

しかし今、着実に次元は移行を続けています。

今まで孤高と思っていた自分、その寂しさや切なさの中で自暴自棄になりながらもなんとかギリギリのところで自分を保ち生きてきたライトワーカーたちが、ようやく自分と同じ思いをする人がこの地球上に居ることを知り始めます。
自分と同じように生きてきた仲間が、会うこともないどこかにいると言う確信を静かに持ち始めているはずです。

真実の(魂の)家族との再会が今始まります。

   ・

今後「使命」ということについて具体的に深くお話しする機会も持ちたいと思います。
私たちは生きていることで、すでにその使命を果たしていると言うこと。
具体的にどう行動するか、どんな行動があるのか。
それがどういうことか、なぜそうなのかについても考えてみたいと思います。

「母であること」シリーズは一旦ここで筆をおきますが、完結ではありません。
折を見てまた記事を続けて行きたいと思います。









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by farmemory | 2016-06-19 10:24 | ・ミッション | Trackback | Comments(5)

◆リラの愛(愛のキャチボール)◆

女性は男性とは違い、体を合わせ愛し合う以上に重要なことがあります。
心の通じる相手との相互愛、信頼関係なくしては何も始まりません。

これは女性にとっては口にすることもない当たり前の事でしょうが、その重要な点を男性がしっかり理解していないと生み出せるはずの温かいエネルギーもとても低いものとなってしまいます。

男性は常に答えと結果を求めようとします。

彼女は買い物に彼を誘います、しかし彼女は本当に買うべきものを手に入れる事は一人でもできるのだから、それ以上の目的があります。
大好きな彼ともに気持ちのいい休日の午後、買い物を口実に散歩がてらお出かけがしたいのです。

しかし彼は「買い物」という一点にのみ聞き耳を立て、それに付随する心の声に思い至りません。
彼女の目的では買い物は3番目くらいなので何も買わずに帰ることも問題ではありません。

すると彼は「何のために来たの?無駄な外出になった」と残念な言葉を伝えて来ます。

日々の会話もそう。
彼女は彼と答えを求めることのない、会話を楽しみたいだけ。
なのに彼は「話が長いけど、だから結論は何? 何が問題で、どう解決するかが重要なんじゃないの?」
そう畳み掛けてきます。

彼女は彼に笑顔で
「うんうん、そうなんだ~、よかったね」
そんなたわいもない返事が欲しくて言葉のボールを投げているだけなのに・・

そして寂しさから自分の幼い頃の笑顔を箱の奥に詰め、棚の奥にしまいこんでしまうことさえあるかもしれません。


目的もなく、ただただ一緒に時を過ごしたい。
それが何年共に過ごそうが、変わることなく抱き続ける女性の思いですね。

お互いを大切に思い、言葉にならない愛を伝えあい、労わり合いながら愛し合うことで生まれるエネルギーはとても強く、地球さえも癒されて行きます。


例えばここに小さなペティナイフがあります。
これは子供達に美味しい果物の皮をむいて与える道具としてえますが、使い方次第では危険な道具にもなってしまいます。

性愛も同じで暖かく至福の中で生まれるポジティブなエネルギーと、義務や強制、単なる性欲だけの行為であれば逆にネガティブなエネルギーさえ生じかねないという両面を持っています。

これは例え長く過ごした恋人同士であろうと夫婦間でろうと、相手を想い合う事にルールも義務も条件も、約束さえもありません。
そしてその時々の自分のあらゆる感情もまたとても重要な内からのメッセージなのです。


長く長く、悠久の時間を耐え、時には自らの気配さえ消し、人の目に触れないように隠れるように幾度もの人生をやり過ごしてきたリラを故郷とする方々。

今家族と暮らしながらも孤独を感じている人も、一人で静かに暮らす人も、愛する人と離れた人も、人と関わることに不安を抱く人も故郷のリラとの再会と自らの手で封印してきた魂の解放の時を迎えます。









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by farmemory | 2016-06-18 01:14 | ・リラ物語 | Trackback | Comments(0)

◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-2)◆

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◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-2)◆

◆母である事、そして自らの使命(1)◆
◆母である事、そして自らの使命(2)◆
◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-1)◆

前回からの続きです。

子を持たないということが、子供への強い意識から解放されるために子を持たず、子の無いことで出来る使命やミッションを希望しこの人生を選んできた方も決して少なくはありません。

幾つになっても結婚を願わない方、興味を示さない方も増えてきています(もちろんこの意識を持つ方は古くからおられますが)
こうしたことを社会現象や、常識的な教育論で考察しようとしますが、そうした現世的な学問論理は当の本人たちは的外れなトンチンカンな答えであることを知っています。

なぜなら結婚しない、結婚や伴侶を得ても母となろうと思わないということが、決しておかしな意識ではないからなのです。
もちろんこれは表層の自我の希望ではなく魂の希望としてです。

一方で家族というチームで行う共同ミッションもありますが、それとは別の方法で自分なりの約束を遠い昔に決めてきた方の中には、今回の人生では子を持たず、逆にそのことによりできるミッションを選んだのかもしれないからです。

少し見方が変わりますが、たとえば今、自分が携わっている仕事なり趣味なりに全力を持って向かい、そこに強い喜びと興味の全てが向いている時には恋愛や結婚というものに対する意識が向かないことは至極自然のことでしょう。

また、そのような自分ではなく生きがいのある仕事に従事していなくとも、また趣味と言えるほどの興味の対象もないが異性に対して意識が向かない方もいます。
そんな場合は、周囲から心配され、時には「どこかおかしいのではないか?」などと大きなお世話を向けられてしまうことさえあります。

また強い社会常識の中に留まる人から見たら、これもやはり「気の毒」と言う理不尽さえ向けられてしまうこともあるかもしれません。
自分の意識では一人でいることに不満もなければ不都合もないのに社会常識という数の論理からくる目にさらされた時、数の力に押し込められてしまうこともあるでしょう。

また一人ではなく、心許すパートナーとの時間を希望していたとしても自分の人生に子供がいるというリアリティーが描けないという方も、何人もリーディングにお越しになっています。
一人で人生を送っている人、子を持たない人がある年齢に達していると、周囲からどうにも誤解を受けたり心配されたり、時には怪しまれたりもしてしまう事さえあるかもしれません。

しかし異性に対しての執着がほとんど見られず、伴侶やパートナとの暮らしを考えると、むしろ一人でいることのほうが気楽でいいという方も決して少なくはないでしょう。

そうした方たちにミッション(あるいは使命)という面から見てみたいと思います。

・家族もパートナーもなく天涯孤独。
・子供がいない。
・友人もほとんどおらず話す相手もいない。
・群れることが苦手で一人でいることが一番楽で安心する。
・組織に入ることは自分の人生ではありえない。
・たとえそれで生活が苦しくとも、職人や第一次産業の世界ならいざ知らず組織に所属しなければならない就職を考えると大きな躊躇いがある。
・すでに組織に入っているが日々その葛藤に揺れいている。
・人類以外の心温かい者がいることをどこかで知っている。
・そのため人に心を開くことができない。

これらに該当する、同感できるという方もいることでしょう。

私たちは長い長い悠久の時間続いた3次元世界を生きてきました。
そして人や社会との関係性の中で打ちのめされ、心痛め、苦しさを味わってきました。
逆に知らず知らずうちに他者を大きく傷つけてしまったことも幾たびもあったことでしょう。

しかしそうした体験も3次元での重要な体験学習でした。
一人で無人島に生きていてはできない体験をしてきたのです。

しかしまた、いつの時代にあっても、誰にも教えられることもなく天の摂理を理解する人や社会経験の中から、その真実にたどり着いた人もいるでしょう。
そうした人にとっては、社会に迎合することがうまくできません。
何故なら天の摂理を理解していながら3次元的社会に迎合することは自らを偽り暮らすことと分かっているからです。

まして今の社会の裏にある「語られない真実」を知るようになり、更には強い正義感や真っ直ぐの正直さを持っていればなおのこと、その違和感の中にある自分との整合性がつかず、時には苦しみの中に入ってしまいます。

そのため心許す友人や大人たちを探すこともできず、現実の意識に生きる異性に対しては「隔世した」自分を知っていますので、本当の自分を出すことを恐れ、結果として一人でいる道を取ってしまいます。

しかしここに一人でいること、子を持たないということに大きな意味が隠れています。

少し長くなりそうなので、次回に続きます。









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by farmemory | 2016-06-14 22:26 | ・ミッション | Trackback | Comments(4)

◆「帰還」の道を見るオリオンへ◆

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この動画は先日自宅くで撮影した、完全に姿の見えない機体?です。

最初は飛行機雲を見かけ、しばらく眺めたのですが「あれ?機体がない!」と気がつき急いでカメラを出して撮影しました。
しばらくは直線で移動していたのですが、その内急激なカーブを描きながら視界から消えて行きます。

そしてそのあとに残った雲が徐々に形を変えて行き、何らかのメッセージのような形状に変わって行きました。
この動画の最後の方に、以前撮影した同じような文字状の雲を参考までに添付しておきます。

機体が見えなくなるまで眺めていたところ何かとても哀愁のある切ないような語りかけを感じましたので、意識を向けコンタクトしてみたところオリオンからと思われる問いかけを受け取りました。

その問い掛けへの返信を短い記事にしてみました。


◆「帰還」の道を見るオリオンへ◆

人は今まであなた方を恐れ、疎み、蔑み、嫌い避けてきました。

しかし今、光への道が開きました。
皆さんの「帰還」を迎える時が来ました。
安らぎのオリオンの三ツ星へ今凱旋の時を見るでしょう。

これまでこの世界に身をすり減らしながら人類のネガティブ体験のため恐れも痛みも怒りも疑心も届けてくれました。
それなくしてこの地球の体験学習の成り立ちを私たちは知ることができませんでした。

今地球は光への道を進むと誓っています。

心を持つオリオンへ
あなた方の愛と奉仕を永遠にこの地球は忘れる事はないと伝えています。

今静かにその光の道をたどり無事故郷への帰還を果たさんことを心から祈ります。
この宇宙にある全ての魂は共に神の御胸の安らぎの中にあります。


・・・・・・・・・・・


オリオンの帰還の時がきます。

しかし今はまだ先行隊の一部、すべての帰還が完了するのは次元移行をすべての人が受け入れる時です。
しかし、ようやく彼らの大きくて重い使命から解放される時が目前となったと伝えています。
それでもまだしばらくの間この地球の次元移行を彼らなりに見守ってくれる事でしょう。

彼らの帰還は別れでも離別でもありません。

地球での役目が晴れて完了するのだと言っています。
そして今度はいつでも私たちの呼びかけに快く笑みを届けてくれる、ライトサイドのオリオンが夜空に光る時が来る事でしょう。

そして地球に留まる私たちライトワーカーにそのバトンが渡される時も近づいています。







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by farmemory | 2016-06-09 00:26 | ・コンタクト | Trackback | Comments(7)

◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-1)◆

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このイラストは私の作品ですがロイヤリティーの生じる作品ですので流用、転載などはご遠慮ください。見て楽しんでください

◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-1)◆

今の若い方達に見られる事ですが(経済的な事や社会的な理由と言う点から見るのではなく)結婚や出産に強い関心が無いと言う方達が増えて来ているように感じています。

私の子供時代、古い時代の夫婦や家族を見てきた世代なので「経済的な安定がなくとも夫婦で力を合わせ生きていけばいい。子供は宝なんだから」
そうした価値観を知っています。

しかし今はそれを良しとしてもそれこそ時代は変わっています、今は今でしかありません。古い価値観はありがたく思いつつ今に意識を向ける必要もあるでしょう。
また確かに今の若い人たちには、働ける環境自体厳しさもあるようです。
そうした見方からすると、今は自分が生きることで精一杯なので子供は言うに及ばず結婚さえも諦めている。
そんな声もあるでしょう。

しかしこの世界にある ”縁(えにし)”とは、そうした常識的見方を超え、全て必然で成り立っています。
夫婦になる、子供を授かるという、一見偶然にも見える人生でも、そこには生まれる前に決めた個々の魂の強い意志と希望が反映されているものです。

・社会的な自分のスタンスから見た「子がいない理由」
・天の摂理という判断からする「子がない理由」(今回は次元移行に関わる次元ステージ)

この二つには少しの違いがあります。
後者は見方によると新しい次元を意味しているのかもしれません。
もちろん、年齢を問わず、古い時代から子を意識しない方も決して少なくはなかったでしょう。
(子供を願っているが今はまだ来ていない、来なかったということもありましょうが、これはまた別の機会にお話しします)

地球に生きる多くの生命体は雌雄の別があり、種の保存、継続は生殖によってなされて行きます(これを仮に結婚とします)
しかし今地球には70億人という人類が(統計学上)存在しています。
もともと生物には(人類もそのカテゴリーです)ある環境下では種の絶対制限という見えない(表層では感じない)共有意識を持ち合わせています。
地球という閉じられた環境下(これは国籍や国境という低レベルの概念ではなく)に存続できる人口には限りがあり、それに近くなると生物群は主に食料の供給と生物的テリトリー意識から、その数を自ら制限しようという意識を持ってきます。
ある国で出産人口が減ったとしても別の国では減ることもなく増えており地球の総人口には大きな変化はない、そういう見方です。

地球という閉じられた環境下でのバランスを保つため、すべての生物が繋がったニューロン的意識共有もあるのだという解釈をして行くと、そこに行き着くかもしれません。
ただしこれはその個人が地球という生命体とともにこの地球とともに生き、地球という全てとコンタクトする連鎖意識に反応する部分です。
これは意識的繋がりであるワンネスという見方ではなく、地球環境における生物学的に見た、子を望まない方の理由の一つと言うことです。

しかし、今回の記事ではではそうした科学的解釈ではない、別の理由を考えてみたいと思います。

子供が親を育てるというお話を前々回お話ししましたが、育ててもらう必要のない人たちが増えてきている、と言う解釈が一つです。
人生の体験学習はこの人生(今生)だけで行うものではありません。すでに子供を育てるという経験を過去世で幾度となくこなし、そこから得られることの多くをすでに身につけてきていれば、今回は別の人生を希望するという解釈もあります。

また次元移行に伴いそれを希望する魂にとっては「家族で学ぶ」と言う時空から「ワンネスを学び始める」高次元の時空に入り始めて行きます。
これは家族であろうと、血の繋がりのない関係性であろうと全ての魂は当価値であると言う意識を理解する時空間への進化を意味します。

家族という特別の “絆” は(ちょっと厳しい言い方になりますが)別の見方をすると3次元的執着に繋がって行きます。
さらにこれが拡大して行くと宗教的な異教徒とか、国家、民族といった排他的意識につながってゆきます。

*以下は私がリーディングで見てきたことを参考にしています。

今よりはるかに高い時空(周波数)として存在していたアトランティス、レムリア、ムーと言った超古代の高い文明では家族という繋がりは極めて希薄でした。
愛する二人がともに生活して行けば(夫婦という概念も同じように希薄でした)当然のように二人の間に子供ができます。
ここまでは今の夫婦、家族と同じです。

しかし子供がある年齢に達すると「自分の強い意志と希望」で、寄宿舎のような場所に入って行きます。
この辺りが今より進んでいた時空なのでしょう。
今の年齢でいうと小学校低学年7歳くらい。ただしこの時代は今より人類の寿命が長く300歳を超える人もいたようですので、この7歳が今の小学校低学年に当てはまるかは定かではありませんが・・

ここ時点で愛し合うカップル二人は子育てという仕事が終了してしまいます。
またこの時代には結婚という制度や概念がありませんでした、その時々で今するべき体験学習の相手と時を過ごす、これがパートナー同士の有り様だったのです。

今私たちは自分の子を守ろうとする本能と、強い義務感と正義感を持っています。
これは裏を返せば、子供が育つ環境に危険があるということにもなります。
子を守り保護し、見えない社会の弾圧や不条理から守らなければならない。今でしたら食品の添加物の危険や不道徳な誘惑もあるでしょう。

しかしこの超古代では、そうした人為的な危険が皆無と言っていいほどありませんでした。

真夜中に幼い子が野生動物のいる場所を一人で歩こうが、繁華街に行き遊ぼうが、不良もいなければ危険ドラッグを売る売人もいません。
繁華街と言っても、今の私たちが見たら郊外の閑静な住宅地にある昼間の児童公園ほどの平和さです。

当然のこと自分の子供であろうがなかろうが、全ての大人たちが子どもたちの独立した魂に敬意をもって接し、何かあれば惜しみなく手を差し伸べ、時には社会的な指導をしていました。

そうした社会で子育てをするということは「苦労」というものが今の子育てに比べたら無いに等しいことです。
就職の心配も不要、経済的な不安も無し。あるのは愛しい子どもと触れ合っていればいいという、体験学習というにはいささか拍子抜けしてしまうほどの子育てがあるだけです。
また子供達が早くから覚醒していますので、人様に迷惑が・・などという躾さえ不要です。
まして自国の文化や伝統を「過度」に誇るような民族意識も希薄でした。

今の私たちの体験学習は人との関係性の中で行われるものです。
ですから一つの家族だけで出来る体験学習には限りがあります、そのため別の家族やパートナーと別の人生を体験する場合、生まれ変わって別の人となって別の人と出会い家族となって別の人生を送るという必要もあるかもしれません。

また決して離婚を推奨するものではありませんし、生涯を一人の相手と全うする暖かさもとても美しいく、老夫婦がお互いを労わりながら手をつなぎ歩く姿を見ると神々しささえ感じます。
しかしやむなくお互い別々の人生を送ることになる事もあるでしょう。しかし制度としての婚姻では離婚は反社会的な事と見なすよう仕向けています、それは結婚制度が魂的拘束を別の側面として持ってしまう事にもなります。

ところがこの超古代文明では、夫婦、家族という、いわば拘束がとてもて緩く、一つの人生の中で別の人との人生を何度か経験するということに社会は寛容でした。
また寿命も長いので、一つの人生で出会える人の数も多くなります。

また高い周波数を持っているということは、どれ程愛する相手であっても「魂は拘束できない自由な存在である」と言うことを十分に理解していましたし相手への執着や欲という意識も低いものでした。

今私たちは次元移行を迎えようとしています。
この超古代の周波数を超え、さらなる高次に向かう旅が始まりました。

しかしその契約があろうとなかろうと生涯を一人の相手と「共白髪」として生涯を送るカップルも当然ながら古代文明にもたくさん暮らしていました。
しかし彼らには口約束も紙切れの契約書も存在しません。
「君と過ごす事が嬉しく、幸せなので共にいたいのです」「あなたも私と同じ思いなのね」
と言うことだったのでしょう。

この点では今も古代も変わることなく、天が微笑みを持って温かい眼差しを送ってくれることに違いなどありません。

今回の記事は超古代の結婚観に触れましたが今回はここまでとし、また次回以降記事を続けます。

   ・

さてここから今回の記事のスピンオフである「リラ」のお話を少しだけさせて頂き終わろうと思います。

子供を作るということは、例外を除き(人工授精や里親になるということ)性交渉によります。
しかし子供を持つためだけに性愛があるわけではありません。

ここは極めて重要な人類としての男女間の意味なのです。
子供を作るためだけに私たちは性交渉をするのでしょうか?
もちろんそんなことなど無いことは誰でもがご理解いただけるでしょう。

ではなぜ快楽があるのか、至福を得られるのか・・・?

性交渉は、子供を作る大きな目的以上に人類に与えられた極めて重要な「ミッション」として位置付けられるものなのです。
愛する相手とのSEXで私たちは、至福感のある快感を知ります。
子を欲しいと願うだけであれば快楽は不要です。
実際人類以外の別の生物たちには(一部を除き)快楽という副次的なものを持ち合わせていません。

なぜなのでしょうか?
これも子供を持つという(持たないことも含め)事と深く関係しています。

この点に関してはリラという天体の意識と深く関わります。
今まで続けてきましたリラ物語はまだまだ完結していませんし、むしろ完結することなく続いて行くでしょう。
今回の一連の「母である事」との対にある「リラの愛」でまたこの点をスピンオフとして記事にして行きます。

しかしこの内容にはセクシャルな内容も含みますので、全てを記事するにはまだ次元ステージとして早いと判断していますので徐々に次元移行のスピードを判断しながら記事にして行こうと思っています。

ではでは今回はこれにて〜
なおこの記事のシリーズ(母であること)も完結していません、まだ続きます。










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by farmemory | 2016-06-05 21:51 | ・ミッション | Trackback | Comments(1)

◆母である事、そして自らの使命(2)◆

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◆母である事、そして自らの使命(2)◆

さて次に40~50代からの母達に関してお話しして行きます。
今この世代がとても大きな意味を持って来てます。

この世代の母親達は、多くの場合子供達の多くは成人、あるいは自立の芽が見えてくる頃です。
つまり子育てを終えた世代(子供達が既に独立、或は成人している世代。または若くして高い独立心を持ち自立している子たちを持つ方々)です。

見方を変えれば子に対する母親の義務が完了し(手が空き始めた)自由な時間を得た事になり、何より自分の事に集中出来る時となった訳です。

また母として幼子を抱えている時には、母の身は自分だけのものではなく、子の為に生きなければなりません。
「あなたの体はあなただけのものでは有りません」
その言葉があてはまります。

しかし子供が成人した段階で、役目としての母から解放され、ようやく自分の使命に向かう用意が出来ると言う事になります。
もちろん40~50代と世代を限定している訳では有りません。

子の成人は年齢で決めるのではなく、その子の独立心に依存しますので、早い人であれば30代で既に母としての責務から離れ始める人も居るでしょう。

30代の方であっても10代の子供達が幼い頃から独立心を見せ、何より高い覚醒状態に有る場合、その段階で母としての役目が緩やかになり始めています。
特に私の所にリーディングに来られる30代の母親の方の中にはこうしたお子さんをお持ちの方がとても多いと感じています。

中には子供達(特にお子さんが娘の場合)の方が母親で、自分が娘のようだと言って笑っておられる方もいます。
そうしたまだ成人前の、しかし高い覚醒を見せ始めた子供達を持ち、親子の関係がまるで友達の様な関係である母娘(息子)は、その子供達とともに共同のミッションに当たる時が来ている可能性もあります。

もちろん子の成長は留まる事は有りません、ですから今の時点で子供達との共同ミッションが有ると知れたとしても、そのミッションがこの人生で行う全てでは有りません。
人生を歩む中で変化が続いて行き、その時々に自分が行う使命も変化して行きます。

そして40~50代を迎えれば、その時点で、自分の意識も肉体も自分の願いのまま生きる時を迎える事となります。
良く50代は「元気」と言われる所以もあながち間違っていないのも此処に理由があるかもしれません。

社会に対する「耐性」というパワーも若い頃に比べれば付いている筈です。
そして子育てにより自らにパワーをつけ、子育てが終わったと同時にそのパワーを使えるタイミングとなっているわけです。

これは過去にあったお話なのですが、ソビエト連邦が崩壊した時ソビエト共産党の重要な要職についていた中年男性がある日いきなり自分の所属すべき世界が消えてしまい、それに対応できず(いつまでも過去の栄光にしがみつき)アルコール等に逃げ家庭の中で粗大ゴミ化していったと言われています。
しかしその時、その妻たちはそれにへこたれることなく、持った事もないスコップを手にし、大切育ててきた花壇をためらうことなく取り壊し、家の庭を耕し作物を作り泥にまみれ野菜を作り飢えをしのいだと聞いています。

今後これと同じように大きな社会の変化の中に私たちは進んで行くことになるでしょう。
もちろんそれはいずれ希望の未来に続く様々な事象ですので恐れることはありませんが、洗濯機に放り込まれ洗浄されるようなものです。安
定した3次元から高次へという大きな変化に翻弄されるような感覚もあるかもしれません。
そうした時、今何が起ころうとしているかを知る方が、その変化が何なのかが理解できず足を止めすくんでしまう方に、何が起こっているかを伝えてゆくことが一つの大きな仕事になって行くでしょう。

今回の世代別のお話は少し象徴的になりました。
次回はこのシリーズの最後として子供を持たない方に目を向けてみたいと思います。

   ・

また次回以降、母としてだけではなく女性として生まれてきた今、具体的に行うミッションなどについてお話ししてみたいと思います。

ではではまた












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by farmemory | 2016-06-01 00:08 | ・ミッション | Trackback | Comments(4)