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◆リラ物語(リラの愛・その前に-3)◆

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このイラストは私の作品ですがロイヤリティーの生じる作品ですので流用、転載などはご遠慮ください。見て楽しんでくださいませ〜


◆リラ物語(リラの愛・その前に-3)◆

◆リラ物語(女性性について-1)◆
◆リラ物語(女性性について-2)◆
◆リラ物語(リラの哀愁 -1)◆
◆リラ物語(リラの哀愁 -2)◆
◆リラ物語(リラの愛・その前に-1)◆
◆リラ物語(リラの愛・その前に-2)◆

過日あるプロスポーツ選手が薬物所持(乱用)により、自分が愛してやまなかった(と信じますが)スポーツ界を去らねばならないこととなりました。

一般的に見ればこの方が堕落し、自らを闇に落としてしまったと見えるでしょう。
しかし見方を変えるとこの出来事にさえ愛を見出すことができるのではないかと思います。

確かに簡単には成し遂げられないプロの世界に入ることができた彼ですが、ではそのスポーツ世界自体がどんな世界だったかを考えてみますと一般の人々の意識からかけ離れた「風変わりな価値観」の存在する世界でもあります。

幼くも初々しく清々しい高校選手達が、このプロスポーツ界に足を踏み入れ時を過ごすうちにそれほど変化してゆくか、それを彼の顔つきや雰囲気の変化が身をもって私達に示してくれたように思います。

そして今回彼は自身の慢心や傲慢から道を外してしてしまったと見えるかもしれません。
しかし彼の魂が、そのプロスポーツ界から足を洗わすため、思いもしない強制力を伴って彼の所属する表舞台から引き下ろしたと見ることもできるのです。
おそらく拘置所という不自由な場所で持て余すほどの時間の中、いやでも自らとの対話の時間を与えられたはずです。

もしここで、彼がその大切な時間を天の心理を理解するための内向をし、少しでも目覚めへの道を歩め始めるのであれば、彼の今回の事象すべてに間違いなく「愛」が存在することを見ることができるでしょう。

しかし、その時間をどう使い、自身がどこに向かうかは自身で決めねばなりません。
自由意志もまた愛の一つです。

目覚めることなくさらなる深みに向かうのか、それとも真実のなんたるかに向かい階段を歩き始めるのか。

※この真実とは「社会が決めたルールを遵守する人になる」「清廉潔白な聖人君子を目指す」こととは全く違います。
犯罪を犯した自分を律して断罪するより前に、自分と言う「者・物」を真っ直ぐに見つめ、自分が今この3次元で何を体験するために存在しているかをしっかりと見つめることを言います。
人からの教えや教育を超え、自らの中に存在する自由と慈愛にどれほどたどり着けるかということに他なりません。
そして自分が成してきたすべてのことに対し、目を背けることなくしっかり見つめ、その体験をどう魂に記憶させていくかが重要なことなのでしょう。

さらなる深みに行くか、宇宙的真実の探求に向かうか、そのどちらの道を選ぶかもまた自由意志であり、それを何人もジャッジなどできるものではありません。
全能なるこの世界(宇宙)に「間違った道」は最初から存在などしてはいないのです。

いわば人生はあみだくじです、その人生の時々で岐路に立つ者がどの道を選択し、その先にある体験をしてゆくのか。
全ての道は天の愛のもとに敷かれた慈悲深い光の道であることに間違いはありません。

今回社会的制裁を受けてしまった彼が一般的に見れば目も当てられないと感じる出来事にさえ、いえむしろだからこそそこには天の愛が存在しているということになりましょう。

愛とは過酷であればあるほど、その慈悲は光り輝いてくるものです。
「この世界に神も仏もいやしない!」
そう悪態をつき天に唾しようとも、天は慈悲深い眼差しを送ってきてくれるものです。

どれほど反社会的に生きようと、アウトローの世界にいようと天は決してその人をジャッジなどしません。
中にはその世界に生きなければならない深い深い理由もあるでしょう、この社会がいかにおかしな世界かを感知してしまう高い感受性を持つピュアな魂の持ち主達が、社会に迎合できず外れていってしまう人生もあるでしょう。
そして絶望の中で生きる人々にさえ天は手出しせず、しかし愛のエネルギーを送り続けてくれるものなのです。

ギャング達が闊歩する絶望の様に打ち捨てられたダウンタウン、その中にある崩れ落ちそうな教会の中で慈悲のなんたるかを静かに語る名もなき神父の言葉に「真の愛」があるのかもしれません。

     ・

ミュージックコメディ映画「ブルースブラザース」にその真実の愛が描かれて(散りばめられて)います。
お気に入りの映画です、よかったらご覧ください。

余談ですが、この映画には若き日のレイヤ姫役の「キャリーフィッシャー」が出ています、そして彼女が出演したスターウォーズエピソード5と同じ年にリリースされています。
彼女は私生活で一時ドラッグに溺れていた時期が有り、そこからカムバックしその時の体験を記した自伝的小説『崖っぷちからのはがき』を発表していてとても興味深いです。
今現在彼女がドラッグから完全に手を切ったかどうかは・・本人しか知ることはできないでしょう。
またその体験が彼女に何をもたらしたかもまた彼女自身だけが知り得ることです。

そして彼女は間違いなく「リラ」を故郷に持つ魂と確信します。

過剰なドラッグやアルコールに絡め取られてゆく理由の一つに、現行社会の冷酷さや不条理、無理難題の社会的ストレス、その苦痛に耐えきれなくなり走ってしまう事もあるでしょう。
そしてこの社会に蔓延するエネルギー的意識操作(マインドコントロール)を無意識に感知してしてしまう感受性、ピュアさを持つのが若年世代です。
その不条理をどう受け止め、消化していけばいいか分からない世代にとっては薬物の誘いに入りやすくもなっても行くでしょう。
全ての真実の開示である「ディスクロージャー」が今喫緊のライトワークです、そしてそのための解放ワークが今後も重要と心得ます。

     ・

小綺麗に生きている者、品行方正に生きている者だけが高次に向かうのではありません。
いかなる者、いかなる事物にさえ平静の目を向け慈悲を持てるかが高次に向かう者の有り様でしょう。
そして高次に向かおうと希望する者は長い転生のどこか(この人生かもしれません)で深い闇に落ち込み、もがき苦しみながらも何人にも依存せず「自らの力」で這い上ってきた者でもあるはずです。

綺麗な言葉や見てくれに迷わされることなく、がれきの中で咲く一輪の花、その花が出す小さな光こそが真の次元上昇の場でもあるでしょう。


***

今回の事件の当事者に関しては天(宇宙)は静かに見守っていることでしょう、しかしもう止めることのできなくなったこの次元上昇を望まず、激しく阻止しようとするグループに対しては天の直接的な意思が施行され始めています。
なぜならこの次元移行は宇宙の摂理における事象ですので、天の総意としてそれを受け入れることが求められているからです。

恐らくすべての魂は遠い太古の昔のある時点で地球の次元移行があることを悟り、受け入れたはずだったのですが、土壇場にきてその受け入れ(約束)を自ら反故にしてしまった者たちがいるということです。
もちろんそれをそそのかした地球外の生命体が存在したことは間違いないところですが、彼らは地球由来の肉体を持たないいわば「よそ者」です、今次元上昇が加速し地球自体の周波数も上がってきたことから彼らは地球を離れて行っています。

今駄々をこねデタラメな政治や経済活動を行うもの達、平和の名を冠しながらその実暴力破壊行為を先導しの糸を引くもの達(解放、改革の名の下であろうと、そこに少しでも怒りや暴力の芽があればおそらくそれらは画策された暴力行為の糸が入っているでしょう)、それでも彼らもまた地球由来の肉体を持ちながら、未だ地球を去った者たちが敷設したマインドコントロールから目覚めていない人類たちです。

変化を受け入れず高次に移行する地球と希望者達の足を引く人たちへは、天は静かに忍耐強く目の前で始まっている移行を受け入れるように緩やかに語りかけてきました。それでも聞き入れない場合には静かに退場を促し始めています。
高次に向かう地球自体の周波数上昇は止まりませんので周波数の違う人類同士はいずれ分離してゆく事となるでしょう。
この天の総意だけはこの宇宙で体験学習をする者の避けられない一つのルールでもあるということです。

その時点で、高次を目指すことのない魂は3次元に戻り留まっていなければ、その道(帰り道)がふさがり次元の隙間をさまよう迷子となってしまう恐れがあることから天は彼らにすべてを受け入れるよう忍耐強く声にならない語りかけをしているのでしょう。
そしてこれは天からの叱責ではなく慈悲からの想いに他ならないはずです。

***

今回のお話はここまでです。
次回から異性同士(パートナー同士)の営む「愛」についてのお話に入って行きます。

恋愛、結婚、SEX、出産
これも一つの愛の形です、そしてこれらの「愛」がリラの担当する大きな部分でもあり、パートナー同士の愛がどれほどのエネルギーを持ち、この次元以降に関わってくるのかのお話につなげて行きたいと思っています。











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by farmemory | 2016-02-29 01:16 | ・リラ物語 | Trackback | Comments(8)

◆クラウドシップと曲げられた秒針◆

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◆クラウドシップと曲げられた秒針◆

先日美しき緑の星の勉強会のため仙台に行ってまいりました。
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この画像は行きの新幹線の中より撮影した、蔵王連峰にかかる巨大なプレアデスシップです。
気象学的に見ればこれは冬型の気候による、何の変哲も無い雪雲という判断でしょう。
事実、この雲の下では雪が降っているでしょうし、少し吹雪いてもいることでしょう。

クラウドシップはほとんどの場合、雲の形に擬態しているのではなく、いわゆるエネルギー体がその場所に存在することにより、そのエネルギー体に引き寄せられ集積した水蒸気が雲を形成してゆくというものです。
ですから、雲のように見えるのではなく、気象学的には雲と言ってもいいでしょう。

エネルギー体に雲がまとわりつくという解釈をしますと、よく言う龍体の雲というものもその一つと言えるでしょう。
実際に龍がそこにいるのではありませんが、龍のように細長いエネルギー体により出来た龍雲というものが今までにも古くから見られていたことは周知のことと思います。

ちなみにこの「龍」ですが、古来より人々の信仰の対象として神格化し「龍神」というような名称をつけられることもありますが、神というより周波数の極めて高い生命体(高次元の意識体)を指しているものと思われます。

   ・

しかしクラウドシップの種類には数は少ないですが擬態するものも確かにあります。
気象学的なクラウドシップとの違いは、一見するだけではわかりませんが、雲のエッジ(輪郭)と背景の空との違和感が一つの目安となります。

背景としっくりと馴染んでいないことが多く、まるでその場所に筆で描かれたような、或いは「取って付けた」ような違和感を感じることがあります。
(下の画像)
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これは明らかにプレアデス系のクラウドシップです(上の方に浮いて言えるエッジの綺麗な雲、下の方にあるモクモクとした雲との違いを見てください)が、どことなく背景の青空との違和感を感じます。

自然を装ったクラウドシップにしても、擬態のクラウドシップにしても、その両方ともになぜそれがシップと断定できるかは、一つは数多く空を見て雲をよく見ることに尽きます。
そしてそれらの雲が「シップのような気がする、シップだったらいいな」
そう感じることがあったら
「あの雲はシップだ。自分の願いに応え姿を現してくれた」
そう自らにアナウンスしていってください。

それを続けて行くうちに、立証より大切なことが「信じること」なのだということが理解出来て来るはずです。

   ・

c0319737_0482688.jpg さて最後におまけの画像です。
今までにも時間の変化を実感するような記事も書いており、体感し経験した時間の変調を記事にしてきました。
以前クライアントの方とのリーディングの際、もう少し時間が欲しいと感じた時、見ていた時計の(デジタル表示)が1分戻るという経験をしました。
その時にクライアントの方にもう少し伝えたいことがある、少しでも時間が欲しいと感じた時に起こった事実です。
それだけではなく明らかに時間の流れに変化を感じ、話したいと思うことを限られた時間内でお話しすることができるという不思議を体験しました。
まさに時間を「動かせた」と実感できた出来事でした。

で、この画像。
これは今回仙台の勉強会とリーディングにお越しになった方が、実際に起こした時間操作の「別の一面」です。

詳しくは省きますが、同じように時間の経過に対する願いを持った時、その時計の針が「グニャリ」と曲がったという、その証明画像です。
ご覧の通り秒針と長針が、それぞれ別の方向に力を入れて曲げてしまったように変形しています。
これも目の前で起こったことだそうです。

これらの事象から、時間そのものが既に高次元に存在し始めているのでしょう。
今までのように積層され繋がって行く時間という概念そのものが明らかに変化し始めたという事がこの時計からも見て取れます。

まるで時計が
「もう、今まで通りの時を刻むのやめました」
と言わんばかりですね。

時計を見せていただいた時、もう思わず声を上げて大笑いしてしまいました。

なんか・・やっぱ次元も周波数もしっかり順調に高次に向かっているんだな〜嬉しい!










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by farmemory | 2016-02-24 00:53 | ・新次元とスペースピープル | Trackback | Comments(6)

◆リラ物語(リラの愛・その前に-2)◆

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このイラストは私の作品ですがロイヤリティーの生じる作品ですので流用、転載などはご遠慮ください。見て楽しんでくださいませ〜


◆リラ物語(リラの愛・その前に-2)◆

前回に続くリラの愛についての2回目です。
今回も宇宙を構成しているエネルギーの元となる宇宙的な「愛」に関しての続きとなります。

◆リラ物語(女性性について-1)◆
◆リラ物語(女性性について-2)◆
◆リラ物語(リラの哀愁 -1)◆
◆リラ物語(リラの哀愁 -2)◆
◆リラ物語(リラの愛・その前に-1)◆


愛を語る上で、甘く暖かくハートウォーミングな愛、利他に生きることが愛との認識を持っているだけでは不完全です。

真の愛を理解するため時には、苦しみさえも愛であることを理解させるため思いもよらないハードルをハイヤーセルフは投げかけてきます。
そしてその辛さや苦しさ、悲しさの意味を知ることが完全意識への道なのだと、声にならない投げかけ(体験)をしてきます。
漠然とであれ希望するということは、その体験さえありうることを受け入れることが「希望」するということになります。

しかし苦しみや悲しみ、痛みさえも愛の一部であるということが理解できた時、ハイヤーセルフはもう同じ事を自分の分身に体験させる必要なしと判断しその次にあるワンネスの意味にその人を連れて行きます。
これはこの人生だけでの体験を指すのではなく、何度もの転生において課題をクリアしてきていれば同じ設問は出されないということです。


さて、この地上に生きるものは(一部の例外を除き)必ずその命を終える時がやってきます、これは何人にも逃れることのできない天の摂理です。
そしてこの終焉は、この3次元で生きるために必要不可欠なファクターでもあり「その人生の終焉」なくして3次元を語ることはできないということになります。

一つの人生の中で体験学習をするには限りがあります、女性で生きている間は男性での体験はできません、封建君主と生きている人には圧政を受ける民衆は体験できません。
それを可能にするのが人生のリセット、転生です。
3次元での体験学習をより効果的に行うために、一つの人生の終焉を自分が設定し転生を繰り返してきたのです。


また愛するもの、大切に思うものとの離別さえも広義でいう「愛」の一つでもあるのです。
大切なものとの離別は、時として残された者にとって耐え難いほどの悲しみや痛みをもたらします。
しかしそのインパクトが大きければ大きほど、その離別を乗り越え自らの足で立ち上がり、明日を生き始めた時その人の精神性に多大な意義と強さをもたらします。

あるいは愛する者との出会いを過ごし、その間に愛おしい子を授かったとしても、やがてお互いの行き違いにより片親としてその子を育てなければならなくなった方もおられることでしょう。

また子があろうとなかろうと自ら離別を望み、それに向けた精神的な苦痛の日々を経験した方、している方も少なくはない事でしょう。
それを人生のつまずきとか、自らの因果と嘆く事は有りません。

勿論その渦中にいる時に、自分が今体験していることが魂の進化につながっているといった達観はそう易々と受け入れるのは難しいことです。
しかしだからこそその苦しさに意義があるということなのです。

「明日自分は信じていた人に裏切られる、それは自分の魂の成長なのだから」
このように最初から明日の出来事を知っていては、その事象がもたらす真の意味が薄れ、インパクトもなく心の準備さえ出来てしまい体験学習として成り立たなくなってしまうのです。

本来こうした過酷ささえも天の慈悲による愛と言う事になるのです。


また、この宇宙に普遍に存在する重要な事象である「無常」もまた愛の一つです。
無常とは常ではないということ、すべての事象・事物には永遠はなく常に変化を続け流れゆくものであるということです。
今私たちが体験しつつある次元上昇も、この変化を表しています。

この”無常”は平家物語にある「祇園精舎の鐘の音」の一文が象徴する、栄華盛衰だけを指すわけではありません。
確かにかつてのローマ帝国も、オスマントルコ、スペイン王国、大英帝国、そして近年ではアメリカ合衆国さえもその覇権は永遠に続くものではないことを私たちは目にしています。

しかしこうした壮大な変化だけではなく、宇宙に存在するすべての生命体、その個々にさえその「無常」は適用されて行きます。

例えば自分の大切なパートナーや伴侶との時間にさえ必ず変化が訪れます。
どれほどお互いを必要とし受け入れてきた二人であろうと、最後は人生の終焉によってお互い離れゆくものです。
あるいは、相手の心が離れて行くことも無常の一つの有り様でもあります。

私たちはその無常をどこかで知っているため、恋人たちは永遠の愛を求め、伴侶とは永遠を誓う契約書に神父や神職の前で署名をしてきました。
宇宙の摂理において永遠の”誓い”は無効でもあるということ、だからこそ法的な拠り所でもある結婚”契約”制度に人は希望を託してきたのかもしれません。

しかし失うことを恐れることが、やがて執着となって行き、それが高じて行けばエゴという意識を知るようになります(その時点では自分の持つエゴには気がつきません)

相手を過度に想いすぎてしまい、失うことを恐れて行けば、その恐れによって自らの周波数に混乱を生じさせ、それによって起こってくる苦しみという体験を私たちは学習して行きます。
恋愛というものの最大の学習効果は、まさにここにあると言えるかもしれません。

ここで知る恋愛の苦しみや体験さえも重要な体験学習という理解をすれば、周波数に不調和を生じさせねばその経験ができないということであり、エゴもまた重要な3次元での体験というカリキュラムでもあることも理解に及ぶことでしょう。

しかし
「どうせ人の心など変わりゆくもので信じることなどできないよ」
と言った決して投げやりな、後ろ向きで投げやりな意識ではありません。
留まることなく全ての事象は変化して行くと言う至極単純な天の摂理を多くの人との出会いと別れから理解して行くということに他なりません。

人の体は物理的に拘束することはできても心(魂)は自分の手中に握ることはできません、しかもすべての魂は何人からの拘束を受けるものではなく自由であるということを理解していれば、例え心から敬愛し愛するパートナであっても、時として永遠は存在しないという事もまた天の摂理のうちでもあることも理解に及ぶでしょう。

逆に言えば
「今、私はあなたを愛しています」
「昨日でもなく、明日の約束でもありません」
この意識にこそ全てが集約されるでしょう。

明日を憂い、明日の不安の中に生きるのではなく、今という刹那を精一杯生き、そこにある幸せを享受することが真の幸福であると言う事になりましょう。
明日のことなどわかりません、しかし明日を想像することはできます、そしてその明日は「自分」の明日です。
この人生はあくまで自分個人の時空であり、その流れに例え家族であってもその時間軸に組み入れることはできません。

生涯を仲睦まじく終えた夫婦であっても、個という時空はそれぞれに存在しています。
相手のすべての時空にはに踏み込まないという不文律を理解して行くことが、仲良く暮らす夫婦の秘訣なのかもしれませんね。


今回も宇宙における愛のお話をさせていただきました。
次回もまた天の摂理としての愛をお話することとなります。

それ以降、リラの「愛」についてのお話に入って行きますのでもうしばらくお付き合いください。

では次回また。









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by farmemory | 2016-02-18 11:03 | ・リラ物語 | Trackback | Comments(4)

◆トンネルの中の分かれ道◆

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これらの画像は八ヶ岳にお住いの方からお送り頂いたレインボーに輝くクラウドシップと彩雲です。見事なのでシェアさせていただきました。クラウドシップの方は少し時間が経ってからの画像です。

◆トンネルの中の分かれ道◆

想い、願いは想念エネルギーを持っていますので、自らの世界を作り上げる力を持ちます。

しかし、今までの世界(次元)は周波数の低い世界でしたので、それに比例し、その具現化エネルギーも決して強いのもではありませんでした。
ところが新しい次元に向かうと地球が決めたことにより、その想念エネルギー効果は高まってきています。

周波数の高い次元での希望は叶いやすくなるということですね。

しかし、この願いは天の摂理に反していないかがそのカギとなります。
決して道徳的なことを言っているのでもなければ宗教教義的なことを言っているのでもありません。

次元移行は始まっている、それも地球の強い意志で。
それにリンクする願いであれば効果も見込めるということです。


例えば、今の株価の暴落や為替の混乱が、仮に新しい未来への布石の一部だとしても
「もっとどんどん潰れちゃえ!」
と思い過ぎれば、それは天の摂理と外れて行きます。

株価がどうなろうと過度の意識を向けず、面白がって部外者としてジャッジを向けずに傍観しているだけの方が効果はあります。
そしてその静観のエネルギーは、崩壊後の新しい世界に役立って行きます。
健全ではない資本主義下での株の世界に真実を見つけようとする事ほど的外れなことは無いとも言えますね。
ですので出来ることなら「一抜けた」で相手にもしないことでしょう。

しかし怒りや罵りの意識を持っての株価下落の願いは、逆にその崩壊を意図する側の狙いに準じてしまうことになります。
つまり意図した崩壊と、その後の作為にエネルギーを渡してしまい「変化が少し先伸ばされて」しまいます。
(*どう画策しようと、希望の未来への進化は変わりはしませんでしょうが)

例えば、
「経済は混乱し、週明けの経済状況は予断を許さない」
などの報道があると(今日2月14日の一部の報道による経済見通しもこのスタンスですね)

「いいぞいいぞ、どんどんイケ~!!」
などという子供じみたことを願ったり、また逆に明日が心配になる人もいるかもしれません。

するとそうした子供じみた攻撃的意識や経済混乱から想定される不安、という見えないネガティブエネルギーを生んでしまい、それを利用されてしまいます(反発があるかもしれないということです)
あるいは仮に崩壊が促進したとしても、何者かにより意図された作為的崩壊の方に傾かせてしまいます。

これから起こる経済混乱というトンネルは、暗いトンネルの中で2通りの道に分かれるでしょう。

誰もが一旦はそのトンネルに入りますが、自分の思いでどちらの出口に出るかが決まって行くでしょう。

巷に流れる陰謀論や「今は体験してもいない見えない危険」に捉われれ過度な不安と攻撃的意識を持ってしまうと「意図された崩壊劇の世界」という遠回りのルートを選んでしまうかもしれません。

逆に、混乱が仕掛けられたとしても、危険啓蒙など見向きもせず緩く惚けて気にも止めず、猫と戯れ居眠りしつつお茶でもすすっていれば、その思惑(作為的崩壊)とは裏腹にそれさえも逆手に取った希望の未来への布石と言う出口に向かう道もあるでしょう。

また、今後増えてくると予想されるこうした報道に触れ、よせばいいのに ”少しの興味を持ってしまう” のであればそれが何の意図で流されるかを知った方が「面白い」ということもありますね。

しかしこれは知識や状況分析からでは行き着けない部分もあります。

それらの報道に対峙した時自分の心の動きを見てください。
いかなる事(善悪、優劣、損得、精神修養的意識)にも捉われず、ジャッジを持たず自らの心に浮かんでくる「雰囲気」にフォーカスしてみましょう。

そしてメッセージは決して複雑な「言葉」や「文字」ではやってきません。
なんとなく「そんな感じがする」という曖昧な答えです。
物事を検証的に捉えようとしすぎると、あまりにぼんやりした感じなので信じる事に躊躇いもあるかもしれませんが、それをどれほど(自分の感覚として)信頼できるかが今後のあらゆるコンタクトの素地となって行きます。


さて今後の株価は、どう変化するでしょうかね〜?










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by farmemory | 2016-02-15 00:21 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(4)

◆リラ物語(リラの愛・その前に-1)◆

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このイラストは私の作品ですがロイヤリティーの生じる作品ですので流用、転載などはご遠慮ください。見て楽しんでくださいませ〜


◆リラ物語(リラの愛について-1)◆

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◆リラ物語(女性性について-2)◆
◆リラ物語(リラの哀愁 -1)◆
◆リラ物語(リラの哀愁 -2)◆

今回から「リラと愛(愛のエネルギー)」についてお話を進めて行きます。
愛に関してもとても一回で書きれることではありませんので、数回に分けじっくりお話ししてゆきたいと思います。

その手始めにこの宇宙を構成しているエネルギーの元となる宇宙的な「愛」に関して触れておきましょう。
これは本題となる「リラの愛」のお話の前に知っておきたい内容です。

一般的に愛という言葉は極めて広義で、曖昧で捉え所のない言葉でもあります。
ここで「愛」をあるベクトルを持った「エネルギー」と置き換えて解釈してみます。

例えば隣人への愛や、敵への愛、愛を持っての行動、言葉の愛・・・こうした相手に対する思いやりが示す「愛」。
また愛の中に生きるという言葉が象徴するように、自らの状態をそうした温かい状態に保ち続けることが自らの持つ周波数を高次に向かわせる為の方法としての「愛」
また無償の愛と言う言葉が示す親子愛や家族愛、友愛、世界の子供達や動物達への暖かい眼差しといった緩やかで穏やかな慈愛も同じようなベクトルを持っています。
(男女間、あるいはパートナー*同性同士も含む*との愛に関してはリラの「愛」と深い関係がありますのでこちらに関しては別途お話させていただきます)

これらを周波数の上昇や降下に影響する物理的なエネルギーと理解してみると分かりやすいかもしれません。
温かく緩やかで自然体の愛が持つ「エネルギー」で、その対極にあるのが冷たく厳しく教義的に語られる「エネルギー」と言う事になります。

そして前者の生み出す温かいエネルギーは緩慢で、薬で言えば漢方薬のように世界の体質改善に役立つエネルギーと言っても良いでしょう。
即効性というより、多くの人の心の中に、こうした他者への思いやりや優しさ、受け入れなどを向けることにより、それが見えないエネルギーとなって緩やかにこの地球全体をベールのように覆って行き、この地表にある尖ったエネルギーやネガティブなエネルギーをゆっくりと氷解させて行き、着実にポジティブなエネルギー状態に変換してゆく。

そうした種類の「愛のエネルギー」が極めて緩やかで、曖昧な表現の「効能」と言えます。
漢方的な効能ですがら、忍耐強く、しかも途切れることなく継続してゆくことが肝要です。

この一連の「愛」は天の摂理に則った普遍のエネルギーを語っています。
いかなる世界、次元、生命体、行為といった森羅万象に遍くもたらされ、如何なる者(物)にも甘受でき、そして与えられるべき天の温かさと言えばいいでしょう。

宇宙はこの愛のエネルギーが、その存在の基盤となります。
つまり愛のエネルギーの上に構築された存在こそが宇宙そのものといことにもなります。

しかしここで大きな疑問が生まれます。
この宇宙(神と同義の存在)が愛を起点として存在しているのであれば、なぜ私たちが認識する「穏やかで平和で慎ましやかで人を思う」意識とはかけ離れている、暴力や欺瞞、執着や物理的我欲、怒りや苦しみと言った事象が存在するのかという事です。

ここが重要な事で、それらネガティブと思われる事さえも宇宙の愛の範疇であるという理解に及べば「宇宙=愛というエネルギーで成り立つもの」が理解できてきます。

実際先にお話ししましたように「敵への愛」と言われても、自分に対し好意的でない相手に簡単に無償の愛など送れるものではなく、嫌ったり怒りを向けてしまう。
むしろそうした意識を持つことの方が一般的かもしれません。

右の頬を打たれたら左の頬を差し出す。
そのような宗教的な意識を簡単に持てるわけはなく、それを口にする人は欺瞞であり偽善だとお感じたとしても無理からぬことでしょう。
しかし、だからといてそう感じることが必ずしも愛に背をむける事になる訳では有りません。

今私たちが体験し始めた次元上昇は少しづつ少しづつ、悠久の中で仕掛けられて来た怒りや恐怖、痛みや苦しみから離れ行くことが実は次元上昇の一つの側面でもあるのです。
いきなり聖人のような意識になることなどにわかにできることではありません。

今までにもお話ししてきましたように、この次元上昇はある日いきなり新しい次元にジャンプして飛び移るものではありません。
遥かな階段を日々登って行く、それが次元上昇です。
そして私たちがいずれ獲得してゆくであろう「完全意識」への到達の段階と同じことなのです。

「善なる心と善行こそが次元上昇の必須要件」と言った巷にあふれる宗教的教義に惑わされることなく、今の自分を信じ(例え今自分を裏切った者への怒りや悲しみに囚われていようと)自分は遥かな次元上昇の中にあることを信じることが、天の愛というものへの理解に辿り着く旅なのでもありましょう。

そして今の自分が聖人君子でないことを残念に思うことなく、それでもいつか天の「完全意識」を理解できるようになれたらいいなと願う漠然とした希望を持ちつつ日々を暮らして行けばいいことなのです。
漠然であっても完全意識を理解したと希望することによりハイヤーセルフはその願いを聞き届け、今はまだその理解に到達できていなくとも「自分なりのスピードとルート」であなたをその理解のステージに誘ってくれます。

その遥かな旅を、自分を信じ、裏切り裏切られながらも、本来人が持つ善性を信じ旅を続けて行くことが高次への道をたどる方法となります。

また私たちには赤ちゃんや幼子と言った優れた教師がいてくれます(自分の子たちでなくても)
彼らは自分の行動に表層上の指針等持ちませんし、人の善悪に関しても概念すら持ちません。
肌の違う同士、言葉の通じない同士、イデオロギーも宗教も別々の国で生まれた同士であっても、幼子達が共にいれば先ず相手を受け入れ仲良くして行く事から始めます。
小難しい事など口にする事もせず(できませんし)そこに平和の輪が生まれて行く事を私たち大人は見ている筈なのに忘れてしまいがちです。

この純粋でピュアな意識への回帰もまた高次への旅の有用なメソッド(方法)の一つとも言えます。

長くなりますので今回はここまでとします。
次回以降も続きます。











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by farmemory | 2016-02-10 00:49 | ・リラ物語 | Trackback | Comments(5)

◆東方より来たりし花たちの詩◆

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◆東方より来たりし花たちの詩◆

過日私のところにリーディングにお越しになった方から一文の詩が送られてきました。

この方はリーディングと覚醒誘導を受けられてから急速な目覚めを始められ、今では高次元の人々とのコンタクトを始められた方です。
その覚醒度合いは驚く勢いで、しかもここのところお越しになる「リラを故郷」とする方のお一人です。
まさに解放と覚醒を見事になして下さり、そのスピードも驚くほどです。

今日はその詩のご紹介と、それに私の訳詞をつけたものを同時にご紹介したいと思います。

・・・

<オリジナル>
「キリスト来る 神来る キシから来る 来るところから 光ところある 光と来る 来るから 心して く(来or苦)するとき 衣捨てる
光が来る 光来る 雲の衣捨てる すること コスト(コースト?沿岸?) 切り捨てる 神来ることの救いすること このこと この見る。」



<高橋訳詞>
ムーの約束、日の本より東の海。
その地より訪れる光の使徒。
時を同じくこれより後来たる大嵐、執着の衣を脱ぎ捨て時を待て。
全ては光の中より出でし真実と驚異の未来、歓喜の声。
やがて雲の覆い解け、我が姿現さん。
これ皆リラより送りたる。

・・・

ここでいうキリストは教義としての「神」を指すのではなく、かつてキリスト自身他の天体から来られた高次元の魂が人類の肉体に入り地球に真実を伝えた方です。

この詩は救世主としての彼の到来を意味する所謂「メシア論」ではなく、また弥勒への依存意識を促すものではありません。
彼の意識体と同じエネルギーベクトルを持つ生命体の総称をキリストと称し、その意識体(生命体)と人類とのコンタクトを示唆していると受け止めました。

宗教的な側面はなく極めて現実的なディスクロージャーを意味していると判断し、今回取り上げてみました。

また今後次元上昇に向かう人類は少しの混乱を通り抜けねばならないこと、しかし恐れることなくそのゲートをくぐることで未来への道を見出すと言うことでしょう。

日々加速度的にこうしたコメントをもたらす方との再会が続いています。
その変化の波は驚きと期待に心躍る思いです。


今回はリラ(花たち)の解放を歌う詩。
シェアしました。








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by farmemory | 2016-02-05 00:52 | ・コンタクト | Trackback | Comments(4)