「ほっ」と。キャンペーン

<   2015年 06月 ( 9 )   > この月の画像一覧

◆イーハトーブに想いを寄せて◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆イーハトーブに想いを寄せて◆

名もなく
人にも知られず
社会的立ち位置も希薄
人に褒められず
評価も受けず
期待もされず期待もせず

目立たず
主張せず
相手にもされない

尊大でなく
プライドを捨て
人格者と呼ばれず
先生と呼ばれない

恐れず
嘆かず
断言せず

正しさを追わず
正義に流されず
ジャッジせず
判断せず
比べず
勝とうとせず
群れる事無く独りを楽しみ
前にも出ない

曖昧で辻褄も合わず
朝の決め事を夕方に覆し
約束も上手くこなせない

筋も通らず、筋を押し付けず

今だけを生き
だらし無く
人前で満足に話す事さえ出来ない

臆病で
脱力で
腕力もなく
知識も学力もなく
いかなる「価値」にも興味なく
無理をしない
他者を傷つけず、自らも傷つけず

取り柄も無く
全てに程々で
向上心も低い

好奇心のままに進み
情を持ち
無能と言われれば穏やかな笑顔を向け
慈悲を知り
温もりを持ち
宇宙(そら)の人々との語りを続ける

そして何より今を楽しみ穏やかさの中にある

   ・

この内のどれ程が我身にあるのだろう?
これを身に着けた方々とユルリと未来を目指したい。

   ・

今日は独り言でした。











[PR]

by farmemory | 2015-06-29 18:07 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(15)

◆一つの事に集中しない事◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆一つの事に集中しない事◆

とかく、特に男性性の強い意識で物事を進めようとすると、どうしても型にはまり、硬さが有り、気が付いた時には全ての進歩に付いて行けいないと言う残念を演じてしまう事が有ります。

これは男性性と言うものが極めて生真面目で、事に対して真っ正面から向かって行く傾向が有るからです。

例えばある幾つかの案件や問題を抱えていたとします。

男性性が強く前面に出てしますと、先ずは目の前に有る事から順序良く片付けてて行こうとしてしまいます。
しかし他の案件は、その問題を解決しようとそこに集中している間も決して消える訳では無く、しっかりと同時進行しています。

ある案件を片付けている間にも、別の案件自体が大きく変化してしまう事もあり得ます。

男性は同時に何人もの話を聞くのが苦手とよく言われます。
それに引き換え女性は、一度に数人の話も聞けると言う男の側から見るととても不思議な能力が有る様に感じてしまいます。

実はこれ、男性に出来ない事ではないのです。
男性性が強いと、ある問題に対峙した時、どうしてもそこに強い集中をしてしまい、聞き逃してはいけない、その話をしっかり理解し真面目に受け答えなければと思うあまり目の前に集中してしまいます。

しかし女性性は、能力も有るでしょうが、それより全てに対しフラットな意識で対応出来る事により、一度に多くの事が出来るのです。

例えばテレビを見ながらスマホをいじりながら、雑誌をパラパラめくる。
こうした芸当は男性性が強ければ強い程苦手になります。
裏返せば、例えば今見ているテレビ番組を見ているのだから、しっかりと集中し「楽しむべき」と言う意識を持ってしまうからです。

「~でなければ」「~であるべきだ」と言う意識をもっと薄める事により、フラットな意識になる事も出来ます。

言い換えれば、「もっと緩く少しいい加減に」「物事に順位を付けない」です。

ワンネスとは全ての事物が繋がって並列に有ると言う高次の意識です。

これは何も人間同士の事だけでは無く、今自分が抱えている案件であっても同じと言う事です。

「~でなければならない」と言う意識で物事に対峙し集中する
「自分の中から沸き上がる希望」から物事に集中する

このどちらがストレスを感じるかは、言う必要も有りません。

自分の目の前に展開する「案件」をこの世界(社会)で生きるため必要だから集中するのか?
それとも、条件等なく心のままの希望から集中するのか?

それが全ての答えとなって行きます。


「瞑想しようと座禅を組んでみようとするんですが逆に多くの雑念が湧いて来るんです」
そう言う話を良く聞きます。
挙げ句に「座禅」と言う集中が出来ないダメな自分だと言う答えを出してしまいかねません。

しかし、一つの事に(瞑想しようと思う事)集中すると、雑念が入るのであれば、雑念が入らない平素の状態が自分に向いている瞑想状態であると言う事に気が付いて下さい。

「集中」と言う言葉は、見方を変えると「執着」でも有ります。

どうぞ程々に。










[PR]

by farmemory | 2015-06-26 12:30 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(6)

◆使命の遂行◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆使命の遂行◆

高次に向かおうと希望する魂、既存の次元に留まる事を希望する魂。

その選択は個々人の魂の自由意志です。

自分は先に進みたいと思っているが、大切に思う人がそれを望んでいないとしたらどうしましょう?
その様に心配してしまう事もあるかも知れません。

しかし、そこにある個々人の選択に何人も介入し、強制的に進路を変える事は出来ません。

次元は「学年」の様な者です。
小学生低学年の児童を、自分と一緒にいたいと思うあまり大学院に連れて行ってしまっては、その子が苦しむだけです。

ですので、その子が順当に、自分の意志とスピードで次元の階段を上って来る事を静かに見つめる事が、周波数の異なる者の慈悲と言う事になりましょう。

いくら話しても、提示出来る証明を見せようとも、頑に耳を貸そうとしない人に無理矢理話を聞かせようとしても、その魂の選択が「否」で有れば、一歩離れ静かに見守る事が高次に進む人の有るべき姿です。
しかし決して見下ろすと言う目線であってはならないです。

現に私達も、遥か高次からやって来た人々に慈悲の思いを与えてもらっています。
かつてイエスも釈迦も高次から、肉体を纏いこの次元に真実を伝えに降りて来ました。

しかし彼等は決して人に真実に向かう事を強制はしませんでした。
彼等はこの次元に降りて来ても、決して人々を見下ろす事は無く、同じ目線で静かに自分の話を語るだけ、その姿を何度かのリーディングビジョンで見た来ました。
また宗教的なアプローチは一切せず、自らの生き方や有り様全てでそれを伝えようとしていました。

人から疎まれむち打たれ磔になった姿は、ビジョンでは見る事が出来ませんでした。
それより、日々の中で笑顔を絶やす事無く(表面的な笑顔ではなく、楽しく穏やかに暮らしていたと言う意味です)「今と言う時」を生きていたのが彼等高次からの光臨者でした。

その彼等の姿を見て、人々は圧政の中に有っても、人心の荒廃の中に有っても「希望」を見いだす事が出来たのでしょう。

愛する者達が自分とともに高次に行くのか、自分は高次に「行けるのか」を知ろうとする前に、今を静かに、あるいは楽しく生きる姿を見せる事が一つの役目にもなります。

今流される報道では眉をしかめ、苛立ち溜め息の出る事ばかりが目に入って来ます。
その誘導に乗る事無く、静かにそこから離れ今を生きる道に進みましょう。

苦手な人と無理に接触する必要は有りません、無理をして自分のお尻を蹴飛ばしてでもしなければならない御魂磨き等有りはしません。

自由で、程良くいい加減に、程良く社会に対して距離を取り、能天気に、煩わしくこんがらがった事に背中を向けて、自分に対して厳しくせず、個々人に対しては慈悲を持ち今を生きて行きます。

でもあくまで自分のレベルで。
他の人と比べて同じ様になろうとすれば、もうそこで「無理」が生まれてしまいます。
自分が変化する事は、人に評価してもらう事では有りません。
一見「どこが変わったの?」と人から思われても、自分の中では変化したと確信出来ればそれで十分です。

また矛盾しますが、自らの変化が自分では分からない事も有ります。
そんな時、人から「最近変わったね、良い感じだね」と言われたら、素直にそれを受け取って、それこそ能天気に喜んで受け入れて下さい。
例えそれが社交辞令のその場だけの語りかけと感じたとしてもです。


これが「どうしたら覚醒出来る?」その扉を開ける鍵となります。

そしてその在り方が、身の回りの人々の高次への水先案内となって行く筈です。
苦行も呪文もスピリチュアル知識も学びも要りません。

自分の有り様そのものが、時には使命の遂行にさえなり得ると言う事なのです。









[PR]

by farmemory | 2015-06-22 12:27 | ・ミッション | Trackback | Comments(10)

◆日だまりの日々◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆日だまりの日々◆
c0319737_1131417.jpg


   ・

今この時、この瞬間のみが真実の時間

明日も無く昨日も過ぎ去り消行く

野に咲く花は、明日幼子の手に摘まれる事を知らず
母鳥を待つ雛は、その母が鷹に捕われ帰らぬものとなる事を知らず

それでも恐れも憂いも無く今を生きる

魂の不滅を知る時、全ての命は皆この時に有る事を知り、永遠の命を知る
見知らぬ世界の不安を探さず、足下に輝く幸福を得るのみ。

昨日もなく明日も無く、今この時だけの日だまりを手にする時、新しい未来への道が始まる











[PR]

by farmemory | 2015-06-20 01:13 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(4)

◆天使と河童(2)◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆天使と河童(2)◆


少し時間が経ってしまいましたが、以前に記事にした「天使と河童」の2回目のお話となります。

◆天使と河童(1)◆

今回は高次の人々から送られるメッセージの有り様に関して触れてみます。

ご自身が天の摂理を理解し、生まれ来た意味を自分自身に偽る事無く行いたいと願う時、必要であれば彼等の方からそれをバックアップするため何らかのコンタクトを取って来てくれる事も有ります。

例として、経験上彼等は下記の様な形での彼等からのコンタクトを経験して来ました。


1.主にシンクロニシティを使い、先ずは不思議を投げかけて来て、私たちへ見えない真実の有る事を気が付かせて来ます。

虫の知らせ的な事もこれに入れても良いかもしれません、また胸騒ぎ等も問いかけの一つです。
 

2.私たちが彼等の存在を受け入れようとし始めると、次に間接的なビジュアルに訴えかけて来ます。

例えば撮影したデジカメやスマホ画像を撮影後見ると、肉眼では分からなかったモノが写り込んでいたと言う事も良く有ります。
これも一つのメッセージの送信方法とも言えます。
なたネットを回りながら他のブログ等を見て回る時など、他の方が撮影した画像であっても、自分がその画像に心引かれたとしたら、それも間接的な目撃となります。


3.意識に語りかけて来ます(耳に聞こえる事は無く、ハートチャクラ辺りに感じます)

最初は自分の想像や記憶が作り出しているのかの判断がつかないのですが、実は自分の想像さえも彼等からの語りかけの事も十分あり得ます。

※文末にこの(3)の補足がありますので後でご覧下さい。


4.目を閉じ彼等の姿を意識してみると、瞼の裏にその姿が曖昧ながら見えて来たり感じられる様になって来る。

天使や聖人、神々しい姿の人、光の人等。
例えば羽根の生えた天使の姿や観音やマリア、サナンダの姿であったり、真っ白なドレス(古代ギリシャの衣装に酷似している)を纏った美しい白人種の姿であったり(この場合、彼等の姿だけでは無く自分のハイヤーセルフである可能性もかなり高いです)する事も有ります。

私も今までに意識のビジョンで確認して来たのがミカエル(毘沙門天)、ガブリエル(弁財天)、観音菩薩(マリア)、サナンダ(イエス)、不動尊、天女達です。
特に多いのがスペースファミリーと自身のハイヤーセルフです。
また最近になって木花咲耶姫と思われるエネルギー体からの接触を感じて来ています。

このコンタクトで知っておかなければならないのは、こうした姿自体が暫定の姿だと言う事です。

マリアと観音が同じものであっても洋の東西で違う姿をしています。これは受け手側の私達の知識や概念により受け入れやすい姿形を呈すると言う事です。
彫刻に掘られた彌勒菩薩も、絵に描かれたシバ神もその姿が真の彼等の姿と確定はしていない事を知っておいて下さい。

「まあ素敵、キレイね」
程度の緩い意識で受け入れて下さい。
神と崇め過ぎ、ひれ伏す様な対応は控える方が良いと思います。


5.こちらからの問いかけに、明確さを持って松果体やハートチャクラにその答えを送って来てくれる。

明らかな相互通信が出来て来ると言う事です、こちらからの問いかけに直接ハートや脳(松果体)に答えを送り返してくれる様になります。


6.物理的なものを示してくれる。

一枚の羽根を目の前に落として来たり、目撃出来る光体や物体として五感で認識出来る様に現れ始めます。


7.人込みですれ違う事等が起こって来る。

「あっあの人、彼等だよね!?」と言う感じで。

私も人の多い場所(私は渋谷のスクランブル交差点で)で何度か目撃(すれ違って)しています。
しかし振り返ると、居る筈の人が居なかったりする事も一度や二度では有りません。
感覚的に霊体では無く、スペースファミリーとおぼしき高次の存在でした。



以上、この他にあらゆる方法を使って私たちに語りかけてくれますが、そのほとんどは明確さの薄い曖昧な「感覚」から始まって来ます。
それが徐々に確信を持って来る様になると、自身の中に有る「自分への信頼の薄さ」から確信に変化しています。


今、私たちは3次元から5次元と言う次の次元への上昇の旅の途中にいます。
(4次元は肉体を持たないが執着や煩悩を纏った霊体の次元ですので3、4次元はひとくくりと捉えます)

私たちを乗せた母なる地球次元は緩やかに、しかし着実に上がって来ています。

私たちの次元移行は3から5に1~2段一気に上がるのでは有りません。
3.1、3.2、3.3~~と言った様に細かな次元階段を少しずつ、緩慢にしかし着実に登って行く緩やかな旅でもあります。

そしてそのスピードは個々人により違っています(早い遅いが重要では全く有りません)

時には折角登って来た3.5段目から引き戻され3.1段目に戻ってしまうと言うことも起こるかもしれません。
次元上昇とは3段登っては2段降り、そして次に4段登ると言った、少しじれったい旅でもあるのです。

これが子供の時には高い段数だったために見えていた様々なものが、社会と言う煩悩(不安と怒り、欲と疑心、意図されたマインドコントロール等)の引き戻しにより大人になって行くに従い折角登って来た階段を自らの状況により引き戻ってしまい、見えなくなってしまうと言う事なのです。

しかし高次を目指す人は、そのスピードは様々であろうと、古い次元に完全に引き戻されてしまう事はないでしょう。

高次の人々は、いずれ個々人の目に触れる時が来る事でしょう。
それもそう遠く無い明日に。

彼等もまた私たちと同じく、この先の階段の上で両手を伸ばし待っていてくれます。
疑う事無くそれを信じ、歩を進めて行きたいと思います。

   ・

(3)の補足

逆に明確に耳に聞こえた時は少し気をつけた方が良い時が有ります。
彼等高次の人達は私たちを惑わさない為にも極力明確な「視聴」ではなく、曖昧な形で五感ではない方法で送って来ます。
心で感じたり直接脳内の認識と言う様な形で。

何故なら人は往々にして五感に訴えかけて来るものを先ずは無条件に信じてしまう傾向が有るからです。
ここに低い周波数の良からぬ意図を持った存在が付け入る隙を作ってしまうからです。

実際私たちをマインドコントロールする時には「そなた、決してそのような事をしてはならぬぞ」等と言った尊大で重厚な「言葉」を聞かせて来たりします。
もちろん高次からの問いかけが、耳に聞こえない訳では有りません。
しかし同時に悪意を持った問いかけも往々にして、そうした五感への問いかけを使う事が有る事も覚えておかれると良いかと思います。

もし聞こえた時には、その声に優しさや温かさを感じたかを思い起こしてみて下さい。
見えない声の主にこちらから「あなたは光の人ですか?天の慈悲を知っていますね?」と語りかけてみても良いかもしれません。

そして常に自分の身の回りに光のバリアを纏っているイメージをしておく事も有効です。
(軽く目を閉じ、立っている自分をイメージします。その自分の身の回りに光るベールが被っている事をイメージしてみて下さい)


話が変わりますが、以前私はバイクに乗っている時、事故に会い60~70キロは出ていたバイクから振り落とされた事が有ります。
気が付くと腹這いになってかなりの勢いで路面をそのままの姿勢で滑っていました。
しかしその姿勢になって路面に腹這いになるまでの記憶が全くなく、気が付いたら(一瞬の出来事でしたが)すごいスピードで路面を腹這いのまま滑っていました。

その時
「無理に姿勢を正し起き上がろうとすれば必ず大きなダメージを受ける、骨折するかもしれない、そのまま流されて行った方が良い」
と言う語りかけを、自分の心の声なのか誰かからの問いかけなのかは分からないものの、正に「ハートチャクラ」当たりに聞くことがあり、疑う事無くそれに従い全くの無傷で路面で止まる事が出来ました。

この時「聞こえた」と言うより、自分の中のもう一人の自分との自問自答形式だった様にも記憶しています。
その時には今程天の真理と言うものに疎い時でしたが、今思えば間違い無くその声は「ハイヤーセルフ」からの呼びかけだったのでしょう。
気が付くとはめていたグローブの手の平側(路面側)がもう後少しで破れる寸前で薄っぺらく削れていました。


もう一つ余談になりますが、私たちを守るものは神でも高次の人々でもありません。
まだ無事で生きて行き体験を続け、また自分が生まれ来る前に決めて来た「使命や仕事」が完了していないのであれば、その自分の意志を聞き届けたハイヤーセルフが自分自身を守るのです。

私たちは生かされているのでは有りません、自分の強い意思と責任でこの人生を生きている事をご理解下さい。

生かされていると言う意識は、自分の人生への責任を放棄してしまう事にもなりかねません。
自らが体験している全ての事象は、誰からの干渉でもなく自分の今の有り様の反映です。
守られると言う事は、まだ体験を続けるからと言う自らの意思に従い、ハイヤーセルフが危険から守るのです。


また更に、これとは矛盾する事なのですが実は私たちはもう一つ別の存在から守られている場合が有ります。
それが彼等スペースファミリー達です。

私たちの中には遠い遥かな過去、この太陽系ではない別の天体から魂としてこの地球に飛来し、人類として地球で転生を続けて来ました。

多くの方はこの地球での体験学習の為です。
ですから肉体の死が有る事を甘んじて受け入れ、ここに存在しています。
そうした目的でここに存在している解釈で見れば、自分の守護神はハイヤーセルフと言う事になります。

しかし極めて少数ですが、この地球にある目的を持って生まれて来たグループも存在しています。

その人達はかつて自分の故郷の天体を離れる時、様々な(自分で選択した)使命を持ってやって来ています。
その中には彼等故郷の人々との約束を持って来ている人々がいます。

彼等はここ用の人々の期待を背負いここに居ますので、故郷の人々と見えないインターフェースを繋ぎ共同作業を行っています。
そうした人々はライトワーカーと言われ、この次元移行をなんとしても成功させるため、故郷を離れて来ました。
また自らが人類として地球での次元移行をつぶさに観測し、その情報データを故郷の人々にシェアする目的でこの地球に転生している人々。

こうした人々は、この地球での体験学習では無いため、この地球の次元移行を阻止しようとする勢力に取っては疎ましい存在となります。
時には何らかのエネルギー干渉を受け、攻撃とも取れるダメージを受けてしまう事も有ります。
こうした物理的(見えないエネルギー干渉)から私たちを故郷の人々が、やはり高いテクノロジーで守ってくれています。

体験学習のため地上に降りた人はハイヤーセルフに守られます。
そしてライトワーカー達はそのミッションの遂行の為故郷の人々の保護が入ります。

物理的な保護は、この2種類と覚えておかれると良いでしょう。

次回以降故郷の星を離れる時のお話を、私の経験からお話ししてみようと思います。

ではでは。










[PR]

by farmemory | 2015-06-15 19:28 | ・ハイヤーセルフとガイド達 | Trackback | Comments(6)

◆今日の故郷からの伝言◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆今日の故郷からの伝言◆

情報に触れ今何が起こっているか、これから何が起ころうとしているかを知ろうとする事に問題はありません。

しかし今自分の回りに起こる事象全てを、未来への道と受け入れる時、全ての情報は無用のものとなります。

振り回される事無く、淡々と情報に触れましょう。
期待も希望も抱かず、不安も抱かず。

全ての未来が自らの想念で形作られるのであれば、静かで穏やかな内面の時に受け取る情報こそ、今知るべき情報である事を思い起こして欲しい。

目の前に提示される情報を精査するのでは無く、受け入れるべき自らの状態を知る事の方が遥かに重要なのです。
いえ、既に真実の辿り着いている事を忘れてはなりません。

自分と言う存在こそが「真実」そのものである事を。

「今」を意義ある時として大切に生きる事を忘れない様に。

・・・・

私の故郷はシリウスだと言う事を、10代の頃から気が付いていました。

今日の伝言はその「ファミリー」からです。
このメーッセージは一方的に送られたものでは無く、こちらからの呼びかけに応え受け取った相互通信でした。

そして彼等の中の「誰から?」では無く、シリウスと言う総合意識としての返信でした。

その彼等の距離は、今の時空の解釈ではとても近いものでした。

地球からシリウスまでの距離は8.58光年。
しかし今受けたメッセージの場所は、極めて近距離です。

月の距離より遥かに近い場所でした。
「そこ」にさえ感じる距離です、近くなっている事を実感しました。








[PR]

by farmemory | 2015-06-12 09:10 | Trackback | Comments(5)

◆次元移行における生物達の進化と大量死◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆次元移行における生物達の進化と大量死◆

生物達の大量死は進化の一過程なのかもしれません。
かつてこの地球では幾度となく生物の大量絶滅が繰り返されて来たと言われています。
誰もが知る所では6500万年前のほ乳類の台頭を促した恐竜時代の終焉。

この絶滅劇は、巨大天体の衝突による可能性が学説の主流となっていますが、確定した理由ではありません。
時を今に、今世界各地で起こっている生物達の謎の大量死に話を戻します。
この事象は事によると新しい次元への変化の現れなのかも知れません。

今までの旧次元に展開されて来た生物層が、次元の移行に伴って高い周波数に合致しないとなった時、新次元への移行を拒否し、何らかの方法で旧次元に留まる事を希望するでしょう。
その一つの方法として肉体を脱ぐと言う事も可能性としてあり得ると思っています。

これは今までの旧次元で繰り返されて来た輪廻転生のサイクルとは違い、自らの魂の意思による次元への振り分けと言う事です。
その為その死自体に不自然さや不可解さが伴っているのではないかと思います。
輪廻転生の場合はどのような人生の終わり方であろうと、そこには不可解さは伴いません。
つまり「理由がある程度特定出来る死」だった訳です。

しかし、例えばバーミュだトライアングル等で起こって来た「こつ然と消滅」してしまったりする謎の一つは、別次元への移行の一つだった可能性が有ります。

古い時代での次元移行は旧次元に生きる者の視野の中で起こる事象でしたので「消滅」と言う不可解が有ったと思います。

しかし今、地球と共に、ここに生きる全ての生物と共に私たちは移行し始めています。
ある生物は必ずしも同じスピードでその移行に対応している訳ではありませんので、高い周波数に対応しない固体は移行のため「肉体を脱ぐ」選択をしている事もあるでしょう。
また、そうした生物群全てが高次へ移行しないと選択している可能性も考えられます。
どちらも可能性としてあると感じます。

また、実際に次元移行のサイクルに入っている今、以前より高い次元に移行し始めている私達の目には「不可解な大量死」と言う謎であっても「消滅」と言う更なる謎ではない移行が起こっているのではないかと思っています。
まして、この地球がもうダメでここを見限ってさっさと天に帰ったと言う事でもないと判断しています。

自分でも何とも曖昧な表現しか出来ない事に歯痒さを感じますが、生物の大量死を何らかの警告であると言う過度な不安は持たなくても良いのではないかと言う気もします。

もちろんソナーに寄る方向感覚の麻痺で鯨の座礁が噂されたりしていますし、海洋汚染や異常気象が特定の生態系に破壊的な影響を及ぼしていると言う声も聞かれます。
更には何らかの気象兵器により影響を受ける生物達も居るのかもしれません。

そうした事象を旧次元的科学レベルで解明しようとすれば当然答え付けをしなければなりませんし、またその答えも旧次元レベルでは論理的なのかも知れません。

この世界は皆が共有して居ても、個々人の宇宙は個々人のもの。
これは人類だけでは無く、この地球と共にある全て(生物であれ無機物であれ)に該当します。

その宇宙では自分を中心に成り立っていますので、逆に言えば自身の生き方や想念がそのまま世界情勢にさえ反映してしまう事さえ有ります。
隣に居る人の宇宙と自分の宇宙、リンクはしていても個々の次元が展開されているものなのです。

私達一人一人には知る事も無く、旧次元に留まる人、新次元に移行する人の分化が既に始まっています。
今回の「生物達の進化と大量死」と言う題材はそれを感じさせる事象と感じます。

さて、では私達人類の移行に関しても、これらの生物群の事象が何らかのヒントをもたらしていると思っています。
機会を見て考察して来たいと思います。










[PR]

by farmemory | 2015-06-08 13:36 | ・新次元とスペースピープル | Trackback | Comments(4)

◆深夜の首都高◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆深夜の首都高◆

今外は静かです、こんな静かな夜、絶対的な孤独を感じます。
そしてその孤独の中に居る自分が何とも心地よく癒されて行きます。

孤独と静寂の中に居る時にこそ、見えない仲間達やガイド達の存在を知る事が出来ます。
人との繋がりよりも、この世界の縁よりも、見えない彼等との時間の中に居る自分が本来求める時間なのかの知れません。

私の安らぎは「圧倒的な孤独」の中に有ると幼い頃から知っていました。

人を求めません、人を頼りません、しかし決して後ろ向きでは有りません。

頼るべきは故郷の星の人々と、高次の人々。
そして自らを頼る時、全ての人との魂のループが始まると知っています。

   ・

真夜中の首都高を一人都心から横浜方面に向け車を走らせている時。

平日の深夜、高樹町のランプから首都高に乗り六本木ヒルズを越え右斜線に移り銀座方面へ、左に東京タワーを見ながら浜崎橋のカーブを過ぎレインボーブリッジを通り湾岸線に入る。

都心から西に向かう深夜の首都高湾岸線は車もまばらで、自分の運転する車の横をタクシーが矢の様に追い越して行きます。

やがて走り去ったタクシーが視界から消え、前後にはまた車一台見えない圧倒的な孤独の中に誘われます。

その孤独感はこの世界に自分一人しか存在しないのではないかと言う絶望に似た孤立感さえあります。

しかし私はその時、あらゆるストレスから解放され、緩やかな心と研ぎ澄まされた見えないアンテナが伸びて行く事を感じます。

広大な羽田空港の明かりを過ぎ、左右に見える無機質な工場群を越え、鶴見つばさ橋から横浜ベイブリッジに向かいやがで本牧ふ頭のオレンジ色のライトが見える辺りまで・・
車の中で好きな曲を流し、圧倒的孤独感の中で私は彼等にコンタクトを求めます。


スティング/デザートローズ

   ・

静寂の中に聞こえる心の饒舌。

孤独、孤高
恐れも怒りも孤独の中に静かに浄化されて行く、魂を癒す最良の時。


面白い事に真っすぐにその状態の中に居ると、不意に意識の目に大自然の湿原や、美しい丘陵、広大な海洋が飛び込んできます。

深夜の首都高と言う無機質なトンネルを躊躇う事無く進む事で、意識のスクリーンにはその対局である大自然が広がって行きます。

よって私に取っての「孤独感」は癒されない心の渇きでは無く、癒されるべき場所への道案内と理解出来たのです。

「現行社会」と言う見えないトンネルも、必ず未来へ繋がる道であると言う事を信じるに足る、夜の首都高エピソードでした。


・・・・・・


これは知人に宛てたメールの一文に加筆したものです。

これまでにも私は高次の人々とのコンタクトの際、様々な「瞑想状態」を自分で作り出し、また必要な場所に赴き行って来ました。


サーフボードに跨がりながら波待ちをしている時。
ボートを操舵して湘南沖を疾走している時。
料理を作っている時やケーキを焼いている時。
ベランダや実家の庭で、土と植物達と会話をしながら過ごす時。
屋上で夜空の下静かな時間を一人過ごす時。


そして、もう一つ私に取って大切な瞑想状態が
「孤独の中に居る時」なのです。
それがとても「好きな」時間なのです。

瞑想状態と言うと、意識が薄れて行ったり、他の事に意識が向かない程集中する事と思いがちですが、車の運転時にそうした状態は考えられません。

瞑想は日常の覚醒状態(起きて、意識もしっかり持っている)の時であっても何ら支障無く行えるものなのです。


そんな状態の時、極めて容易に彼等とのコンタクトを取る事ができます。
最近では特に何らかの状態に自分を持って行く必要は無く、こちらから呼び掛ければ「必要であれば」彼等は直ぐに反応してくれます。

しかし、もちろん会話は成り立ちません。

自分のハートの中での自問自答として受け取りますが、彼等からのメーッセージである事に微塵の疑いも感じません。

彼等は耳に聞こえる様には決して伝えては来ません。
心の中の自問自答だけでは無く、時には様々なシンクロを使って、時には人との会話の中に忍ばせて送って来る事も有ります。

自分でも何とも酔狂な事とは思うのですが、孤独な状態が一つの重要な瞑想の時なのです。


でも、寂しがりやでもある自分も・・ちゃんと認めますが(笑)


家族との温かな時間も、友人知人達と心安く居るときも、もちろんポジティブなエネルギー状態にありますので、周波数は上がっている時です。

しかし私たちは皆、独立した個別の魂として存在している状態が真の姿です。
肉体的(現世的)繋がりは、魂の視点からは真の繋がりでは有りません。
それを重要視し過ぎてしまえば執着に繋がってしまいます。


瞑想状態は出来るだけ一人で行います。
もし複数の人と行うのであれば、魂の本質をしっかり理解した上で、お互いに必要な距離感を保ち、過度な干渉や依存をする事無く行う事が有用です。

ましてグループでの集団瞑想は、個々の意識の違いから瞑想状態に入り難い事も有ります。
どうしても集団で瞑想をと言う場合には、その個々のエネルギーを調整出来る人の介在が必要な時も有ります。


真理を理解出来て来ると群れる事の無意味さが理解出来て来ます。
必要な時、必要な場所で、必要な人々と集い、一つのミッションが終了したら個々の時間と場所(一人場所、家族との団らん、友人達との談笑の時等)に散って行く。
これがグループで行うライトワーキングでもあります。


個である状態を受け入れた時、始めて真の繋がりの意味を知る事にもなります。


孤立や孤独を恐れる事無く、全ての魂との繋がりを信じ進んで行く。
その時こそ壮大に繋がったなワンネスを知り、それがどれ程温かく慈愛に満ちたものであるかを知る事となります。

この繋がりを知った時、もう日常に戻れない程の至福感を知る事となるのです。











[PR]

by farmemory | 2015-06-04 02:34 | ・コンタクト | Trackback | Comments(14)

◆小さな天使◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆小さな天使◆

この世界は自分の有り様や想念が作り出す世界と言われています。
先日、日常のたわいもない出来事からそれを思い出される事が有りました。

父の介護に向かうため乗り合わせた電車の車両内の出来事です。
その車両のシルバーシートに、見る限り健康そうな若い人達が占拠して座っています。
そこに杖をついたおみ足の悪い老婦人が、それこそやっとの思いで乗り込んできます。
この方は自分から席が空かない事に決して不満そうでは無く、しかし電車の揺れに不自由そうにお立ちになっていました。

私は隣の車両からこの光景を見ていて、何とも切ない想いになってしまったのですが、その時不意に「これも私の作り出した想念の世界」と閃く様に理解しました。

この不条理な光景を目撃している自分の世界は、自分の内面の反映なのだと・・

思い当たる事が有りました。
この電車に乗り合わせる前、日常にある私個人の問題に関してやや憤りの想いを向けていた事を思い出したのです。
問題への歯痒さから、憤りから、危うく怒りに傾いてしまいそうでした。

またその事象に関して、それが悪い、これが間違っていると、対象物に対しジャッジしてしまう自分も居る事に気が付きました。

恐らく私が体験したその車内の光景が「何とも世知辛い世だ」と嘆いてしまったと言う事はつまり、結局は自分自身の有り様が作り出したホログラムだったのだと・・

そこに思い至ると直ぐ自分の中の負の意識が急激に解消に向かいました。

すると、まるでそれに呼応した様に、少し離れた席に座る親子から、その老人に温かな手が差し伸べられました。
幼い子が若い母親の囁きで席を立ち、その老婦人の手を取り自分の座っていた席に連れて行ったのです。

私にはその幼子の背に白い羽根が見え、その小さな天使の何気ない救いの手に思わずこみ上げる想いがしました。

見る方によっては取るに足らない、単なる日常と取られる事も有るでしょう。
しかしそれをどう解釈し、そこから何を得るかは、正に自分の選択にかかっていると言う事なのだと思います。

自分の見る世界、聞く世界は穏やかで緩やかな日常であり、落胆や悲しさなどないと感じているのであれば、それこそがご自身のエネルギーフィールドを物語っている。

逆に自分の見聞きしている環境(社会、世界も全て)が残念な世界にしか写らず、不快で、憤り、不安を感じているとしたら、その世界を構築しているのは自分の想念なのだと言う事を、今一度思い起こさせられた小さな出来事でした。

想念一つで、目の前の世界が変わって行く事。
今回の記事が、これから私達が体験するであろう様々な事象に向かう時の一つのヒントとなればと願っています。










[PR]

by farmemory | 2015-06-01 01:15 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(10)