カテゴリ:・新次元への道( 21 )

**始まり**

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次元移行(上昇)が本格的に加速し始めたのは2008年頃だろうと思います。

でも実際は今から80年ほど前に、その胎動は始まっていました。
時は1930年代後半。
まさに第二次世界大戦の前夜という頃ですね。

おそらくこの世界大戦自体なんらかの真実を隠すために仕掛けられた作為的な混乱だったと、今になればわかります。
当初資本主義の行き詰まり(世界恐慌を終わらせる目的)の解消を画策したのではないかと言われていますが、もう一つのシナリオが、この次元移行(上昇)の阻止だったかもしれません。

次元が移行するためには、人類の意識の向上(周波数を上げること)が必要不可欠ですが世界大戦という大いなる苦しみは、世界的に影響力を持つ先進国の人々に、ネガティビティを引き起こさせるには効果的だったはずです。
(影響力を持つという見方もあるでしょうが、近代文明国の人々は物質文明に偏っているから扇動しやすいとも取れます・・・)

やがて終戦を迎え、日本でも高度経済成長が始まり、人々の意識に「資本主義」意識を植え付ける方に舵を取ったのだろうと思います。
金銭的な欲は恐れや怒り、不安を同時に引き起こしますので、大戦という暴力行為でないネガティブ意識を人類に生み出させようとしたのかもしれません。

表面上ある側の意図通り世界は周波数をあげるどころか、物欲と国家主義の台頭により個別の閉塞社会と資本優先の世界が作り上げられてきたかに見えました。

しかし、それから80年。
宇宙の壮大なスケジュールである次元移行の加速期に入りました。
この始まりの段階で、世界も地球も、そして人類も皆、そのスケジュール遂行のためあらゆる道を模索してゆくことになりました。

例えばリーマンショック。
これは世界経済に大きな打撃を与えるとみられたのですが、世界財界と金融施策が、なりふり構わず無理矢理金融崩壊を阻止し、この時点で経済崩壊のスケジュールは変更になったと見ていいかと思います。

おそらく、その時点ではまだ人々の中に
「自分ではない誰かが自分の願いを叶えてくれる、もしくは代行して欲しいと言う依存意識」
が根強く、自分は変化しないで外の世界に変化を求める意識が強かったことでしょう。

また、その時点で本当に経済崩壊が起こってしまえば、その崩壊によりさらなる恐怖と怒り、絶望を人類が生み出してしまいかねない進化レベルだったと見ることもでき、天の采配として「崩壊劇という選択肢は保留」と判断したかもしれません。

では金融至上主義が継続してしまうのかといえば、昨今の国際経済の後退を見れば、それも変化し始めているようにも見えます。

金融崩壊は阻止されてしまいましたが、金融が持つ力は着実に後退し始めています。
ビットコインなど新しい通貨概念の発生やドルの基軸通貨からの後退。
ブロックチェーンテクノロジーによるインフラの変容やアマゾンを筆頭とするネット販売の拡大などなど・・

ただこれらが新しい次元でのマーケットを意味するかといえば、それも違うように思います。
次に来る新しい次元の金融やマーケットシステムにつながる「つなぎ」の役割を持ち、また既存のマーケットの強制的変化を促す役割を担っているようにも見えます。

また新しい意識や新しい価値観の胎動とテクノロジーの芽が摘まれたり潰されたりすることなく草の根の中から芽吹き始めています。

今私たちは未来に向け新しいエネルギー(周波数)に世界が変化する過渡期にあります。
変化というものは、産みの苦しみを避けては通れません。

そして既存の社会がある日一瞬のうちに入れ替わるというような夢の出来事ではなく、全てが崩壊と危険のギリギリのところで徐々に「変化」して行くことを地球は選びました。

報道に見る様々な危険啓蒙の裏に何らかの作為的行動や誘導があろうとなかろうと、各国政府や政権のありように不信があろうとなかろうと地球は行くべき未来に向け、しっかり進んでいるはずです。

それでも今、もしご自分がこの時期 ”停滞感” の様なものを感じたとしたら、それはチャンスかもしれません。
自分自身の内面進化を加速させておく重要な時期だからこその停滞感なのかもしれないからです。

人によっては既に大きな岐路に立っている方もいることでしょう。
また、今はまだそれほどの大きな動きを簡易ていない方もいるかもしれませんが「岐路」は未来を目指し進む者には、その都度必要な時に何度となくやってくることになる筈です。
おそらくこれが私たちが高次元を目指し進む道のありようなのでしょう。

今後も、その時々の自分の周波数に比例し、それに見合った様々な選択を迫られることになります。
でもその時、誰かが分かりやすく「どっちの道に進みますか?」なんてご親切な案内などは決してしてはくれません。

今体験している様々な事(楽しい、厳しいどちらでも)にしっかり目を向けて行けば、自分では気がつかないうちに行くべき道を自分のハイヤーセルフが進ませてくれます。
でもいつ自分がその岐路に立ち、どの道を選び進んでいるかの確信を持つ事はしばらく進んだ後になって気がつく事になるでしょう。

「全ては始まっています」










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by farmemory | 2017-10-18 00:30 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(1)

**生涯設計**

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人生設定、生涯設計をするということは、今この時この社会やこの国、この価値観やこの経済状況がずーっと続くことが大前提ですね。

それだけではなく地球規模の変化も、やがては私たちの社会や生活に大きな軌道修正を強いることにもなります。
特に今、地球の環境や生態系が大きく変化してきていることは、多くの人も気がついていることでしょう。

想定できない出来事やアクシデントに不安を抱いて、設計した通りの人生、生き方を希望し未来に備える生き方を選んでしまうと、分かりきったことですが「変化」は天敵となってしまいます。

変化を願うと言う事は、安定や均衡という社会の基本理念とは別のところに意識を向けることにもなります。

変化や進化にさえブレーキにもなってしまう ”かもしれない” 生涯設計。
でもその設計自体無効にするかしないかは自分次第なんですね。

もし昨日とは違う今日を迎えたとしたら、すぐさまその変化を受け入れ、昨日描いた人生設計を今日すぐにでも書き換える事さえできれば、何の問題もないです。

私たちの頑なさの根本にあるものは、往々にして「恐れ」です。
そしてそれは想定できないことに対する警戒や不安が作り出して行きます。

ならば明日の想定をしないで今を生きていけば、恐れが生まれる事はないって事にもなりますね。
自分が描いた未来と言うことは、明日は今日の自分の反映です。

って事は明日の用意よりも重要なことが「今」をどう生きているかと言うことなのですね。
どういう生き方をしようと、それは自分自身の自由選択に任されています。

「今まで見たこともない、知らない明日」

それを新しい世界へ向かう景色の一つと取るか、安定の崩壊と取るか、個々人に委ねられています。








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by farmemory | 2017-09-29 01:10 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(3)

**アルゴリズム**

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昨日の夕方くらいから、かなりヘビーなエネルギーに同期して居ます。
今まで重いエネルギーの方から自分に降り注いでくると思って居たんですが「それ違うよ!」って理解出来てきました。

自分の中で大きな変化が起こると、その変化の周波数に自分が到達します(あるレベルの周波数とアルゴリズムの整合性が取れてくるのかもしれません)
少しだけおかしな世界に迷い込んだ感覚もあります。

まるで「不思議の国のアリス」の様な・・・
きっとその周波数に見合った様々なエネルギーに自分自身が同期して行くのですね。

今回感じた重さも多分それ。

自分の中に眠る様々な「灰汁」の様なものが、表層に出てくると、その灰汁に同期するエネルギーが干渉してくるのだと思います。
こんな時こそ、助けを願うのではなく、自分自身の中にある「神力」を試す機会にもなるでしょう。


ただ進化を促していることは間違いないので、そのぶん少し厳しさもあるかなとも感じて居ます・・

恐らく多くの方がこの見えない重さの中にいるのではと思います。

精神的に上下するかもしれませんが、不安の方に向かわない様にしましょう。

オリオンと縄文の「手打ち」も感じることから、何か大きな物理的事象も控えているかもしれません。
(根拠は曖昧ですが・・)

少し静観の姿勢で、緩やかな意識に向かっておきましょう。










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by farmemory | 2017-09-21 02:00 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(1)

**動き始めたエンジン**

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本当に日々変化が続いていますね(自分自身もです)

このブログもリニューアルしてからもう半年が経ちました。
ってことで画面のデザインも少し変えてみました。
プチリニューアル・・・ってほどでもないか。


さて、半年前くらいまでは日常に意識を集中しておきなさいってハイヤーセルフは口を酸っぱくして
(どれほど酸っぱそうか見てみたいもんですが)
言い続けていたんです。

ところが今月に入ると、また次のステージが始まったと言うのですよ。
本当にコロコロと変化してきますね。

今度は、日常への意識を少し精神世界に戻しておけと言うのです。
でも、以前のような精神世界ではなくて、むしろもっと天の摂理的な科学的「真実」と言う事になるのでしょうか。

多分オカルトの世界ではない、もっと科学的なスピリチュアル世界のことなのだろうと思います。
自分自身の進化を始めたことが、その次のステージへの扉なのかもしれません。

この世界(宇宙)は突き詰めてみれば全ては科学的なことで成り立って居ると言うことなのでしょう。

例えば因果律や、個人個人個別の宇宙を持っている、その宇宙を自分の想念が作り上げてゆくとか。
前世や輪廻転生も決して不可思議なくとではなく、3次元の低い科学意識では解明できなくても、さらに上の次元に行けば、それらもその次元に到達することで「科学的事象」として理解できてくると思います。

さらには「神」と言う存在自体もおそらく物理的な存在なのかもしれません。

ただ、次元というものは上の次元に到達出来たとしても、またその上にさらなる次元が存在し、またそこでもさらに先の科学事象は理解できないという「いたちごっこ」が繰り返されるでしょう。

とすれば、科学的な解明よりも重要なことは、それ以前に自分自身がどれほど不可思議な事象であれ、それを体験したり見聞きした時に、どれほど素直に自分の理解できないことであっても受け入れられる自分で居られるか。

自分の中にある答えだけが最良で唯一の答えなのだという(断言することの傲慢さ)意識より、全てを緩やかに受け入れられる寛容さの方が重要だということなのだと思います。

日常の中で、進化・変容して行くと決めた人は、その日常にしっかり根を張ることができている筈です。
その上でスピリチュアル的な意識を引き上げたとしても、ふわふわと風船の様に地に足のつかない(バランスを崩す)ことはないでしょう。

そして進化を希望したことで、まるで長い間停止していたエンジンを始動させた事になるかもしれません。
動き始めたエンジン(進化して行こうとする自分)はもう止まりません。

そこで
「進化のエンジンが動き始めたら、また次のステージに行こうね」
なのでしょう。

でも、その変化を待ったりしないで下さいね。
待っている意識では、その変化を理解できません。

そのためにはしっかり日常に(地に)足を付けて、日々をしっかり過ごすことが重要なことに違いはありません。

自分の中でどんな変化が起こってくるか、それを見逃さないようにしたいですね。
でも集中しすぎず、生ぬる~く見てて下さいませね。










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by farmemory | 2017-09-20 01:05 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(2)

**へっぽこな私**

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この画像は自宅近くで真夜中に撮影した光です。
見る限り手ブレの光に見えますが、そうではありません。
航跡を描きながら動く光体を撮影したのもです。
メッセージを送ってきましたが、とても個人的なことなので・ヒ・ミ・ツ
   ・
最近ブログの更新が早くなってるので、気まぐれでGoogl+の方を復活させてみました。
ほんと気まぐれなので更新頻度はそれほど高くはないかもですが。
よかったらそちらの方もご覧下さいまっせ〜
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◆では今日の記事です。

この人生は変化と進化のために用意された世界で、皆それを体験するためにここにいます。
そして、その変化や進化がどれほど重要か。

でもだからと言って、その変化の中にある苦しさや痛みを「当たり前」の事と言っているわけではないんです。
苦しいから意味があるって言われても、やっぱり苦しくて怖くて、不安を抱いてしまうことは当たり前なんですね。

ストイックにそうした苦行を受け入れ、歯を食いしばって耐えて耐えて・・なんて、そんな毎日暮らせるはずはありません。

進化のためって言われても、泣き言だって不安だって、寂しさだって、そうした感情を抱いてしまうからこそ苦しいわけです。

「もうヤダよ」って、へこたれてしまうこともあるでしょう。
誰か助けてって泣き言言ってしまう自分もいますよね。

泣きべそかいた自分がいた時は、その自分を真正面から認めて
「そうだよね、苦しいよね、へっぽこな自分だよね」
そう、自分自身に寄り添ってあげることもとっても大事。

だって、へこたれてる自分だってまぎれもない自分なんですから。
何一つ自己否定する必要なんてないのです。

時には「自分頑張れ」ばかり言わないで、スピリチュアルな意識を脇に置いて
今日は現世の面白おかしい世界で楽しんでみるのも悪くはないかもしれません。









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by farmemory | 2017-09-17 00:09 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(6)

**地図にない道**

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幾度もの人生でどれほどの縁を知ってきたのだろう
どれほどの人生を繰り返してきたのだろう

まばゆい光の中に穏やかに過ごす日々
子供達の歓声

恵まれた日々の中に見え隠れする手招き
小さな戸惑いと身動き出来ずにいる自分

地図にない道を辿りたくなる衝動
見知らぬ何処かに舞い降りたくなる葛藤

ここに来る前
生まれる前
自分にどんな約束をしてきたのだろう
何をしにここに来たのだろう

約束は果たしているの?
この人生の意味って何?

目にする光は本当の景色なのかは分からない
長いトンネルを歩いている気さえする

生きることに何の不安もない自分
でもその胸の奥に浮かぶ捉えどころのない焦りはなんなのだろう

愛する人たちに囲まれながらも
それでも自分の道を辿り始めようとしている自分が今ここにいます










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by farmemory | 2017-09-15 00:14 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(2)

**守り刀**

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今年の初めに父が逝き、遺品の整理をしていたのですが、押入れの奥から日本刀が出てきました。
すぐに警察に届け、その後教育委員会の審査を受け、美術刀剣としての登録をしました。

南北朝の頃の刀でとても出来のいい一振り。
今回この刀を登録した時に思うことがありました、というかこの刀の声が聞こえたと言ったらいいでしょうか・・

すでに遠い昔に他界した私の祖父は皇宮警察の警察官で、ライフワークで刀剣の鑑定をしている人でした。
この刀はおそらく父が祖父から受け継いだ遺品だったのでしょう。

刀に興味のなかった父ですので管理も悪く表面にうっすらと錆が出ていたこの刀、私が初めて手にした時その所在なさといったらありませんでした。
自分という存在の曖昧さというか
「僕は誰?何者?ここにいていいの?」
とでも言わんばかりにオドオドした思いが刀から伝わってきたのです。

遠い昔、武力がモノを言う南北朝時代に刀として生まれた自分(刀)が、長い年月を過ぎ武器として大切にされた時代が終わった今、なんのためにこの世界に自分が存在し続けているのか。
この刀自体が自分の存在意味を持てずにいると伝えてきたのです。

どのようなもの(生きて居る者、物)でも形あるものには、目的を持った存在として誕生した時に魂が宿ります。

刀は農具や調理道具などとして生まれたのではなく、紛れもなく「武器」として作られたものですが、単なる鉄の塊でもありますね。
玉鋼を刀匠が鍛錬を繰り返し、一塊の鉄が刀として生まれ変わった時そこに魂が宿り刀という「自分」を意識し始めます。

でも人類以外の魂を持つ者(物)たちは動物も含め私欲のために相手に牙を向けることはありません。
人間以外の「魂を持つもの」は、感情としてのネガティブ意識は持ち合わせてはいないはずです。

それを人類がどう言う目的で手にするか。
刀を手にした人の意識が、刀なり物なりに影響を与えてゆくことは想像に難くありません。
きっと刀になる前の玉鋼自体人を殺傷することを喜びとして生まれたとは信じ難く思うのです。

さてこの刀剣登録証は、国と行政が決めたルールに従って発行されます。
かつて終戦時、GHQによる「昭和の刀狩」という歴史から日本刀の登録システムが生まれたという経緯は知ってはいます。

その上で登録証には何らかの作為的な裏があるのか?
それとも武器としての存在ではなく、美術品として新たに生きる道を刀に与えようとする善意の社会がそこにあるのか?

全ては、それをどう捉えるか個人個人に託され、試されている気がしてなりませんでした。

そんな中で、私が今回のこの刀の登録証を取得したことを ”刀自身” とても喜んだということを感じられたのです。

平和の時代、その本来の仕事である武器の役割を終え、人々に美術品として受け入れられたことが何より嬉しく、自分という存在を生み出し使用してきた人類が、武器を不要と思うように変化してきたことも同時に心から喜んでいると、そう伝えてきました。

刀をどのような理由であれ人前で抜き、振り回す必要など、もうこの世界にはありはしないでしょう。
今回、善意において発行された(と私は解釈しました)登録証を社会から与えられたということを、この刀自身ががとても喜んだことがわかるのです。

裏読み的な見方をすれば、社会というものは人の思惑と作為で成り立った、エゴから生まれるシステムという側面を持っています。

その点では社会から承認されることに、どれほどの意味と価値があるのだろうと、疑問も生まれなくはありません。
でも、時空が変化し始めた今、社会そのものも進化し始めていると感じ始めまているのです。


新しい時空に到達してゆく人類には、もはや刀剣そのものへの興味もいずれ薄れてゆくのかなとも思っています。

静かに刀身に向かった時、間違いなく刀との会話が成り立つことを私は経験しました。
縄文杉は4000年の長い人類の歴史を見てきました、同じように南北朝に作られたこの刀も650年間人類の歴史を見てきた生き証人でもあるのですね。

春日大社に奉納された刀は神殿に納められた瞬間から鞘から抜かれることはないと聞きます。
手入れも一切しないので、いずれ鞘から抜くこともできないほどに錆びついてゆくでしょう。

いかなる場合でも人を切るために抜かれた時その刀は守刀から、殺傷力を持つ武器として自分を認識することになります。
刀にもう二度と「武器になんかなる必要なんかないんだよ」と伝えてあげたい、父の形見を手にしてそう思いました。

そして世界に存在する全ての武器が
「もう僕たち今日から武器になることをやめます」
って思ってもらうために
「もういいよ、人を傷つけ殺してしまうために作られた君たちの役割を解除します」
そう伝えてあげようと思います。









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by farmemory | 2017-09-03 00:36 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(4)

**漆黒の安らぎ**

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私たちは暗闇を恐れ、疎み、避けようとして来ました。
でも私たちはその闇の奥深くからこの地上にやって来たのです。

神の腕の中で静かに目を閉じ安らぎ、漆黒の宇宙空間を通り、光射さぬ母の胎内に宿る。
そしてこの光の世界に生まれて来たのです。

私たちは皆、誰も胸の奥深くに大いなる闇を抱いて生きているのです。
だからこそ恐れながらも暗闇への恐れと同時に、安らぎと畏敬を同時に持ち続けていたのでしょう。

執着の涙を流し我欲の波に翻弄されても、それでも自分の意思でここに来ました。
母の胎内に守られていた私たちにとって、光さすこの地上に生まれ出ることはまさに試練なのかもしれません。

正義の名の下にある「光の世界」
でも本当の安らぎは、その偽善の光の届かない闇の中にこそあるのかもしれません。

漆黒の空間は「何もない世界」です
その無の世界に想念という脚本により、自分自身の世界を作り上げているのです。

帰る場所が安らぎの世界であるのなら、そこは無の世界、漆黒の闇の世界。
だからある絶対の安らぎ。

お花畑も、美しき緑の星も、朝露に光る木々たちも
まだまだ安らぎの場所ではなく「今よりは高い次元」の世界にすぎません。

私はまだ真の安らぎである漆黒の世界に戻ろうとは思いません。
厄介であっても、このまやかしの光の世界で知るべきものを探し続けるために生まれ来ました。

そしてそのまやかしの中に、どれほどの真実が隠されているかを見るために今ここに居ます。










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by farmemory | 2017-08-28 14:05 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(3)

**ジャコメッティ展と新次元**

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**ジャコメッティ展と新次元**

六本木の新国立美術館で開催中の「アルベルト・ジャコメッティ」展に行ってきました。
彼の作品は子供の時から目にして居て、その存在感と、生命力を感じさせる作品にはず~っと心奪われてきました。
今回、かなりの作品を一度に見られて、なんとも感動しました。

ジャコメッティの作品は、一見具象から逸脱したデフォルメと受け取ってしまうのですが、本人曰く
「リアリティ(具象的表現)を追求してゆけば行くほど、逆にその本質が際立って見えてきてしまうことで、対象物から不要と感じるものをそぎ落として行ってしまうことで、スリムでシンプルになってしまう」
とのこと、まさに「実存主義」的な意識なのですね。

リアリティとは目に見えるものではなく、心象として心に写る「感情」こそが真実だと言うこと、ホントそうだよね~って思うのです。
人間の本質である「感情」をどれほど具現化できるかと言うことこそがアートワークだ!と再確認したわけです。

今回は前半ちょっと難解な文章なので、読んでいて「わかんな~い!」と思ったら、最後の10行程を読んでいただければいいかな・・と

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*「実存主義」

この世界は観念や意思が先ず有りきで、その後にその観念が現実を作り出して行くと言う考えが実存主義です。
(特にサルトルが提唱した「人間は本来自由なものである」とする実存解釈です)

まさにスピリチュアル概念で言う「この宇宙は自分の意思と想念によって具現化される」と同じ意味合いですね。

彼の作品、特に不要なものを取り払って、極限までにスリムになってゆくジャコメッティの作品創りの根底にあるものこそ真の「実存主義」なんじゃなかろうかと、そう思ったのです。

かつて革命に意識を向けた人々の中にも、この実存主義を歪曲して解釈したために真の革命をなすことなく、実存主義の本質を取り違えてしまい「目に見え、体験できる行動こそが革命」と言う暴力革命に走った世代がいたように思います。

この国でかつてあった「全共闘時代」
あの時代、学生たちに熱狂的に受け入れられた思想が実存主義でした。
彼らは実存主義の中の「自分たちの力で世界を変えられる」と言う部分だけを切り取って、革命思想にのめって行きました。

国家や体制、権力の重圧から逃れるすべはないと受け入れて居た当時の大学生を中心に、革命によってこの世界を変えられると言う思想に入り込んでしまい、結果大きな挫折を味わってしまったのではないかと思うのです。

ところが「行動する」が前面にあることから、彼らが主催した活動自体、実存ではなく身を呈して行う真逆の「唯物」思想になってしまったのではないかと感じたのです。

実存主義とは、自身の内面に生まれ現れる想念や願いを「想い描く」ことで未来を作り上げる(具現化して行く)と言う思想の筈が、どこかでボタンのかけ違いがあり暴力的革命を生み出してしまったのではないかと・・・

今回は哲学論みたいになってしまってごめんあそばせ。
以下少しだけ砕いて書いてみますね(でもややこしいかな?)


●実存主義
何らかの出来事はその人の意識(感情的衝動)があって初めて具現化すると言う考え。

=この世界は自分の想像と想念、観念が作り上げたもので、出来事はその反映。
=今自分が食べているものは、自分が「りんご」と決めたから明確に「りんご」なのだということ。
=真実とは目に見えるものではなく、その裏に存在する「感覚や感情」こそが真実ということ。


●唯物論
人の意識(感情的衝動)はまず何らかの出来事があることで生み出されるという考え。

=出来事は自分の想像や観念が作り上げるものではなく、偶発的に起こるもの。
=今食べているものを「りんご」と決めるのは誰なのか?社会なのか?ルールなのか?・・答えが出なくなる。
=真実とは「目に見え触れることのできる」(五感で受け取れる)ものこそが真実であり、観念や感情は真実を語るものではない。

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私たちの真の革命「レボリューション」は、行動よりも力を持つ「想念の力」に絶対の信頼を持てる事こそ真の「レボリューション」なのだと言うことを、今回のジャコメッティ展から再確認出来たように思います。

最近「自分が変われば世界が変わる」を、身を以て体験し始めている人が驚くほど増えてるように感じるのです。
私自身もそれを肌で感じ、その「真実」をいくつも目の当たりにしている一人です。

「次元変化も随分と進んで来ているんだなぁ」ってそう思うのです。

皆さんはいかがでしょうか?
お会いする方々も本当にそれを実感されているなと強く感じますし、お話を伺っていると、もう本当に楽しくなって来るのです。

このジャコメッティ展は最近の私の中での「トレンド」に合致した美術展で、これも見事なシンクロニシティなんだなぁ、と感心した今日この頃でした。

ではでは。









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by farmemory | 2017-08-26 00:01 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(2)

**虫の知らせ**

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虫の知らせってありますよね。

今までこれが、自分の関係のあるところで何かが起こったり関係する人に何かが起こったり・・そうした出来事を知らせる事だとされて来ました。

でも自分の知らない遠い場所で起こる災害などを感知して、それが何なのかは分からずに何か胸の奥が優れずモヤモヤしたりすることがあったとして、ではその遠いい地域と自分がどう関わっているの?という疑問が湧いて来ます。

災害や大きな事件や出来事は、この世界の至る所で休むことなく起こり続けています。
そうしたことすべてに反応などしていられませんし、実際感知している訳ではありません。

6年前の311の時も、かなり多くの方がその前兆を感じ取っていたことは皆さんも耳にされたことがあると思います。
私もこの日朝から、何か得体の知れない胸騒ぎを感じ、発生時間に近づくにつれ、動機も起こり始めた経験をしています。

確かにここ東京でも、今まで経験したことのない揺れで、その驚きは大変なものでした。
ですから私にとっては極めて関係の深い災害であったことは間違いありません。

ところが、震災後に九州にお住まいの高い感知能力をお持ちの方と知り合うことがあり、この方も同じように前日から言い知れぬ不安感があり、地震か何かの災害ではないかということを感じたとお話しされていました。
ただこの方は中部地方以東には知人がいない方です。

そして震災直後から数々のニュース報道に接していると、胸が苦しく、激しい悲しみに苛まれたと言います。

おそらく災害などに関する「虫の知らせ」はその出来事が自分の身に直接関係しなくても、その人の心を揺さぶる(感情的な動揺)という点から見れば、まさに自分と深い関係があったと見ることができるのではと思うのです。

自分が生涯のうちで、その場所に行くことなどないような遠い地域で起こった災難や事件報道に接して、涙したり、被災された方たちの思いに接して、その心と同期してしまったとしたら魂が時空を超えてその地域とつながったということなのでしょう。

また、生涯接する事がないとしても、もしかしたら他の人生(過去世)でその場所に暮らしたことがあったり、表層で知ることがなくとも魂の深い繋がりのある人がその地に住んでいるのかもしれません。

そして、その地域に生きる人たちの混乱や痛みを時空を超えて自分自身受けたとすれば、世界中で日々起こっている無数の事件の一つをピンポイントで察知してしまったその理由なのかもしれません。

今人類は次の時空に向かって進んでいますので、眠っていた潜在力の覚醒(感知能力の解放)も当然起こってくるでしょう。

この感知力は人の個性が様々なように、皆違った能力を持ち合わせているものです。
今後時空の変化に伴って「虫の知らせ」と言う漠然とした感覚だけでなく、地域や内容もうっすらと感知できてくるようにきっとなって行くでしょう。

ただそうした出来事に対する不安や恐れが起こるようだと、ハイヤーセルフは強い感情の起伏を起こさせないため、身を守る程度のことに止めるかもしれません。
常にどのような状況にあっても動揺しない自分になって行くことを同時に進めて行くようハイヤーセルフはきっと促してくるでしょう。

でも動揺しない自分になるというのは「強固な精神力と鎧を身につけることでありません」と付け加えておきますね。









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by farmemory | 2017-08-24 00:06 | ・新次元への道 | Trackback | Comments(0)