カテゴリ:・意識の自立と進化( 20 )

**天からの設問**

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前回の記事「 **興味深い記事のご紹介** 」から派生し、更に思うことがあり追記します。

先にも書いた通り、今私たち人類は天に示された大きな設問の中に生きているのではないか、そう思うのです。
今まで私たちの社会には、正義や社会ルールという「秩序」から作られるファイヤーウォール(バリア)が存在して来ました。

そのため、人の意識や理解を超えた不可解な出来事が起こり難く、事故や事件も、その原因や理由にたどり着け、それを起こした人がいたとしたらその心理面にも理解が及ぶものでした。

これは人格教育や道徳概念をもとに作られ、人々がそれに従い生きて来たことで、あるボーダーを超える「不条理」がそのバリアの手前で遮断されて来たともいえるでしょう。

安全を社会や集団意識が共に作り上げて来たとも言えます。
しかしこれは逆に見れば、個々人が深く「考える」ということを置き去りにし、そのルールに疑問も持たず従って来たとも言えます。

でも今、私たちは社会的ルールから徐々に離脱し、自分自身のルールを作り上げ生きる次元に入りつつあるのかもしれません。

仮にその自分自身のルールが、天を悲しませるような暴力的なものや偽りであったとしても、そのルールが通用してしまう「自分自身が作り出す世界(宇宙)」に自分自身が放り込まれることを意味するのかもしれません。

自分のルールがどのようなものかを、自分で決め、結果としてそのルール(意識)と同じ時空に自分は進むということになるのだろうと思うのです。
この点は、すでに「因果律」として周知のことだとは思います。

例えば「人は皆生まれながらに罪人」と言う性悪説を自身の論理とするのであれば、人は皆恐ろしく信じることの出来ない社会を作り上げて行くことを意味します。

しかし人は皆、本来極めてピュアで、優しさを持つ性善説が自身のルールであれば、その道に自分自身は進んで行くと言う事になります。

ここで私たちに突きつけられることは「すべては自己責任と自己判断」そして「自己決定」ということになります。

昨今、今まででは考えられない不条理で不快な事件や、国家や社会の暴走?が見受けられますが、それを次元移行と言う面で見れば、今私たちはそうした人類の奥底に潜む深いネガティビティーの解放とファイヤーウォールの解除を経験しているのではないかと思うのです。
まさに天から示された設問です。

あらゆる不条理と危険を遮ることなく全てを展開する世界が、この次元移行期に現れてきているのではないかとも思っています。
ただし、この危険とは身体的危険やキナ臭い危険と言うよりも、個々人に向けた意識や精神面の危険を指します。

今までの人類は、これはいけない事、悪い事、受け入れ難い事、を「社会が作った知識やルール」から判断するように教育されてきました。

しかし、新しい次元に向かい始めると社会が決めたルールが徐々に後退して行き、自分自身のルールが即自分自身の道を決めて行くという、極めて分かりやすい世界への移行を意味すると思っています。
ただしそれが高次に向かう時空であれば、世界を壊滅させるような危険は先ず一番に回避される筈です。

私たちは、何があろうと未来を目指すと決めた筈なので、いっ時の生半可ではない厳しさも受け入れる約束をしたと思っています。

今までは有名な人、影響力のある人や社会が言うから受け入れるという数の論理とイデオロギー、社会的価値観、宗教観、そして付和雷同の世界に(自分自身の魂の意思で)生きてきました。
今その時空から、自分自身を信じ自分自身で全てを決め、自分自身がそう言うからそれに従う、その時期に入って来たと思います。

これから更に
「今自分が見聞きしているこの現実は一体全体なんなのだろう?何を意味しているのだろう?どう解釈すればいいのだろう?」
と言う、今までの社会概念や社会通念では判断できない「奇妙」な出来事を目にして行く事になると思います。

時には狼狽えてしまうほどの混乱や不安を抱いてしまうこともあるかもしれませんが、今私たちが目にしたり体験し始めていることは、高次元を目指す自分を確立してゆく ”強制的変容” への道なのだと感じています。

そして何より、そうした不条理を目の当たりにしつつ

「今自分が体験している事象を見てどう感じ、どう思い、どう行動する?」
「その上で、思慮深く、そして何より自分自身の感覚に従い自分の道は自分で決め進んで行きますか?」

それが始まったと言う事なのだろうと感じています。
そして、これこそが避けて通れない、未来への架け橋・・なのかも。

そんなことを思う今日この頃です。

PS.
今日から京都に行きます、八坂さんと建仁寺に詣出ようと思っています。

鎌倉時代の一時期、私は建仁寺で僧侶として過ごしていた記憶があります。
この時代の生まれは今の神奈川県湘南地域、幼くして仏門に入りその後中国に仏教留学をしています。
帰国後京都建仁寺に入り、また鎌倉に戻って建長寺に入ったと言う記憶です。

建長寺は近いこともあり若い頃から何度となく訪れているのですが、建仁寺には京都に何度も足を運びながら伺う機会を逸してきましたので、今回は是非とも。










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by farmemory | 2017-11-12 00:03 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(5)

**神秘的な自分**

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自分を全てさらけ出した事で、自分から離れて行く人がいたら。
その人は、今まで本当ではない自分を見て、評価し、好きでいてくれた事になります。

深いところで、人には知られたく無い自分に気がついていて、それを出す事で人に去られてしまう事を恐れているのだとしたら。
気に入られるため、去られたく無いため、いつも本当の自分を見せず、自分を偽っていたことになりますね。

でも逆に本当の自分をさらけ出して、それでも自分を温かく見てくれる人もいるかもしれません。

今までその自分を知らなかった人が
「あなたって、そんな弱くて情けない部分があったんですね、とても好感持てます」
と逆に、本当の自分を知って近くに来てくれる人もいるでしょう。

その人たちの前では、自分を隠すことなく、本当の自分でいられます。
そこでは自分を偽るストレスは生まれません。

例えば恋愛の始めは誰でも皆多かれ少なかれ、無理した自分を演じてしまう事もあったでしょう。
でも人生を共にし始めると、そこには隠すことのできない日常が始まり、今まで隠して来た自分が白日の下に晒されます。

人生を共にするって、そういう事なのですよね。

これは何もパートナー同士の事に限りません。
本当の自分を見せない生き方をしていても、長く深く付き合えばいつかは本当の自分を知られる事になります。

・この人生は自分の責任と意思で生きる場所なのだから、人との関係に必要以上期待をせず、頼らず、深入りしない?
・それとも、本当の自分を知られたくないから深入りしない?

どちらであっても「人の目に神秘的に映る自分」かもしれませんが、その本質は似て非なるものなのかもしれませんね。










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by farmemory | 2017-11-05 01:34 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(0)

**ネガティブってなに?**

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ネガティブって外から自分に向けられる攻撃とか悪意のことではありません。
折り合いの悪い相手に不当な扱いをされたとか、上司からのパワハラや納得のいかない仕事のストレスとか、国家の横暴とか・・

そういうものは、突き詰めてみたら自分を成長させてくれる反面教師なわけで、ネガティブなどではないのですね。

でじゃあネガティブって?

それは個人的に自分の中から湧き上がる「感情」なのですね。

仮に相手が悪意を自分に向けたとしても、そうしたエネルギーを受けても意に介すこともなく、それすらも感じることなくいられればそれはネガティブなどではなく、
「えっ!なにそれ?」
程度のことで、自分の心が乱れることでもないのです。

でも、そのために「心を強くし、外からの攻撃や悪意に立ち向かえることのできる強固な自分となって行く」
ということは意味ないかも。

むしろそれは目には目をの意識とおんなじ、結局自分の中に攻撃に対応するディフェンスを築くということになってしまいます。
外からの攻撃に反応してしまうということは、自分の中にも気に入らない相手や物に対して攻撃心を持つ自分が存在するからかもしれません。

往往にして人は自分の中にあるそうしたネガティブを持っていることを認めたくないもの。
まさか自分がそんな嫌な部分を持っている、そんなはずないと最初から自分の中のそうしたネガティブ部分に自分からベールをかけ、表面に出てくることを避けたとしても、まぁ仕方ないかも。

真のネガティブって自分の中に生じる(元々持っている好ましくない)「感情」を言います。

進化って、こうした自分の中にあるドロドロとした部分を表に引き出し、たとえ人から眉をしかめらても、その自分を認めることから始まります。
そして、自分が嫌う部分が自分の中にあることに気がついてしまって
「そ、そんなぁ!!」
と愕然と膝を折ることから進化が始まるんですね、ちょっと厄介かもしれませんが(笑)

自分(嫌な自分)を知ることで、その自分であることを理屈抜きでやめたいと思うようになります。
だって知ってしまったら、そういう自分が嫌に決まってるのだから、そこから先に進んで行けるということになります。

私たちの進化は「穏やかで、にこやかで、平和で、嬉しい」ところにはなくって、自分の苦手とする悩みや悲しみに、逃げることなく向かうことによって進化して行くことになります。

でも、そんな自分を見てしまったとしても、その自分を「決して否定しないで、反省なんかも横に置いて」そのままの自分をしっかり受け止めることが一番にすべきこと。

ジャッジはしない、それが何より大切なところなのです。
だって、完璧な人間なんかこの次元にいるはずありません、だから人間やってるんですから。

ただ、苦しいという行為や体験自体が進化を促すのではありません。
その体験がもたらす「感情」に目を向けた時に始まるんですね。

真冬の滝行は苦行ですよね、じゃあ日常にある苦悩は?
それだって苦痛の一つ、滝行の辛さと自分に向かって来る試練。
どれほどの差があるのでしょう。

滝行は肉体にはとてもキツイことですけど苦悩は伴わないでしょう。
つまり「感情」と言う心の動きはそれほど大きいものではない筈。

それよりも日々の中で、信じる人に裏切られたり、亀裂が起こったり、攻撃されたり、生活やプライベートのシーンでのトラブルとか、そうした感情面でのキツさは、滝行の感情的苦しさに比べたらはるかに大きいものです。

そう、はるかに大きいからこそ、その出来事が更に大きな進化のチャンスにもなると言う事です。

ただ、感情を知るための様々な試練で、そこに進化のヒントがあるよと言ってもストイックな意識に無理やり自分を向けることは逆効果になってしまうかも。

むしろ、相手を恨んでしまったり、嫌ってしまったり、そうしたネガティブな意識が湧き上がった時こそ、重要なタイミングなのです。

その感情を見ないようにしたり「そんなことではいけない」と良い人ぶって流してしまっては、何の意味もありません。
「そんな感情を持つ自分だったのだぁ、でもそうかもしれない」
って素直に認め受け入れることが進化の始まりになります。

よく新しい次元になったら、こんな苦しく痛いことなどない時代が待っていると期待してしまうかもしれませんけど、それはどうでしょうか。
確かに3次元の中で繰り広げられ、体験してきた執着や煩悩といった3次元的なキツさは激減するでしょうね。

でも次の次元に行っても、そこでしかできない進化や変容といったカリキュラムはきっとあるはず。

私たちは今「3次元での地球の人生」の完了を目にしようとしているのかもしれません。
今人も社会も自然界さえも今まで溜め込んできたネガティブが、隠すことが出来ずに表層に現れ始めています。

一見「最悪じゃん!」と思うような社会や世界が見えたとしたら、それは地球が今までのネガティブを全て表に出して、陽の目に晒しているのかもしれません。

そう見れば、今目の前にある自分個人の課題だって新しい次元に向かう自分の浄化のためだって分かってきますね。
でも、キツイと思ったとしても、それも大切な感情。

たまにはヘコタレて「やってらんないよ!」って天に向かって悪態吐いちゃいましょう。

でも、この進化(して行くって事)は、3次元を生きるための成長なんかではありません。
新しい次元に向かうための変容なんだって、ご理解くださいませ〜









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by farmemory | 2017-10-13 00:08 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(3)

**希望**

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この道の先に希望があると聞いたから進んでいるのではありません

希望を願って今を耐えているのではありません

与えられる希望には興味はありません

教えられる希望にも興味はありません

人の言葉にも希望を見る事はありません

「希望」は「期待」からは生まれません

今を生きる自分こそが「希望」そのもの

希望は自らを信じた時

その身の内に湧き上がるもの

内なる声はそう伝えてきます

自らの中にこそ希望があると信じます

   ●

上の画像は今日の記事とは全く持って関係ありません!(きっぱり)

先日上野の博物館に行った帰りに “じゃぱにーずとらでぃしょなるすいーつぱーらー” にでも行くか。
と、言う事で上野の老舗「みはし」さんで頂いた杏クリームあんみつ、クリーム白玉ぜんざい、ザンス。

だからどうした!?

って言われても・・・なんとなく。オマケっす。









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by farmemory | 2017-10-10 00:01 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(4)

**困ったちゃんのお花畑理論**

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googl+の方に先ほどの福島沖の地震のコメントを載せてありますのでよろしければどうぞ。
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   ●

さて今回の記事です。

人は今まで長い長い、何度もの人生を、その時々の社会とともに転生を繰り返してきました。

暗黒の封建時代
戦いに明け暮れた戦国時代
多くの不信を抱かせる現代社会

こんな困った社会早くまともな世界に入れ替わればいいんだ、なのでしょうか?
でもちょっと待って。

困った社会に私たちは間違って産み落とされたの?
いえいえ、それは違うでしょう。
自分の強い意志で、自分の希望で「ここ」に生まれてきたことは間違いがありません。

では何のためにそうした困ったちゃんの社会に生まれてきたの?
そこにこそ、幾つもの人生を繰り返し生まれてきた大きな理由が隠されています。

困ったちゃんが蔓延する様々な時代や社会に生まれその不条理の中から、自分自身どのような体験をし、その体験からどんな感情を知ってゆくかが、生まれてきた目的の一つなのだと思うのです。
時には命がけで取り組んだ時代もあったでしょう。

痛い思いをしたからこそ、人の辛さが理解できてくる。
とっても簡単ですね
「我が身つねって人の痛さを知る」
ということです。

人の痛みを理解できるのは、その同じ痛みを知った人にしかできないとても簡単なこと。
道徳教育の本から「慈愛」って項目をいくら読み漁っても、一回の体験に勝るものはありませんね。

だとすると困ったちゃん時代であればあるほど、私たちはそこから多くの有用な体験ができるということになります。

社会が悪いから自分は辛いのだと思ってしまうと、せっかく体験しにきた意味が薄くなってしまいますね。
辛く困ったと感じた時こそ自分の大きな進化のタイミングに差し掛かった時なのかもしれません。

自分がその辛さを得たとき、なんで自分はそれを辛いと感じるのか?
辛いとは一体どういう感情で、どこからそれが湧き上がってくるの?

そして辛いということが自分の中にあるどの部分に反応して起こってくるのかを、しっかり見つめてゆくと、その辛さの出所にたどり着くことだ出来てきます。

そこに至ったらしめたもの。
その時点で、この人生を選んだ大きな意味が輝きだします。


また、社会や自分を取り巻く様々な「困ったちゃん」に触れた時、こんなことを自分に言い聞かせていませんか?

「そこに怒りを感じたり、恐怖したりしてはいけません」
「辛い気持ちを抑え横に置き、常に正しく清い心で朗らかに生き “ねば” なりません」

一見前向きで力強さの様なものを感じるかもしれませんが
「それをなかったこと、見ない様にすること、避けてしまうこと」
なので、せっかく困ったちゃんが気がついてねと言っている本質から外れてゆくことになります。

「正しい事」の判断、ルールは時にはその時代時代、宗教観やイデオロギー、社会の思惑、国家のあり様によって簡単に変化してしまいますので、社会的な善悪の判断はとても微妙ですね。

でも人の心に灯る「感情」には洋の東西も時代背景も超越して、誰にでも通用する心ある言葉です。

痛みや辛さ、切なさや苦しみ、恐れや怒り。
この感情をしっか味わってゆくことで自分の中の「感情というボキャブラリー」を増やしてゆくことに繋がってゆきます。

地球外の高い次元の天体に暮らす人々や、この地球に同時に生きている「高次元の先輩たち」にはもはや、私たちが生きてきた3次元の「ネガティブ感情」は存在しないでしょう。

そうなんです、この地球という厄介で不可思議な地球だからこそ体験できる困ったちゃんのいろいろ。
その体験を願った私たち自身「ドMの存在」かもしれませんね (^_^;)
でもそこで手にできる大いなる感情こそが他の次元では得ることの出来ない、それはもう珠玉の「体験」なのだと思うのです。

この社会を選んだのは紛れもなく自分自身なのだという事さえ思い出せれば、生まれてきた大きな意味にたどり着けるって事なんですね。

では「今まで社会に対して向けてきた意識、今後どう向ければ?」

それは、今までの「困ったちゃん」が退場して、新しい「正しいちゃん」に入れ替わることを思い描くのではなく、今までの困ったちゃん社会が自分の意思で変化し、進化してゆくイメージを抱くほうがより高次的意識でしょう。

私たち自身だって、表に現れない困ったちゃんを抱えています。
そしてその困ったちゃんを受け入れ、そしてその自分が変化し進化してゆく過程を体験することが高次を目指すという事なのかも・・

社会もまた生き物。
同じように苦しみながらも高次元を目指しているはずです。
今、高次を目指す人も社会も必死になって進化してゆく過程にあると感じています(置いて行かれないようにしないとね!)

そして自分の観念と意識が作り上げているこの仮想現実社会を、その感情一つで変化させて行けることを信じて行こうと思います。

それって甘ちゃんの、能天気なお花畑理論ですか?











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by farmemory | 2017-10-07 00:07 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(3)

**切なさの向こうには**

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先日の記事「あの日にかえりたい?」でお送りした小野リサの切ないボサノバは、傷んだ心を癒します。

「夕暮れの海」
「真夜中の首都高速」
「一人暮らす部屋から聞こえる、遠い車の音」

そんな切なくて切なくて、その哀愁に安らぎを見る事があります。

この人生は愛するものと寄り添い共に生きながらも、魂は一人で進む覚悟を持ってここに生まれてきました。

だからこその切なさなのかもしれません。
そしてだからこそ「人の温かみを知る」なのかもしれません。

切ない曲は、澄み切った湖の深みを思い起こさせます。
そして、その曲に浸る事で、傷が深く癒される、そう感じるのです。

切なさって究極の癒しって、そう思うって私だけ?

   ・

最後に、切ないだけでは・・
って思う方へ













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by farmemory | 2017-10-04 01:02 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(4)

**あの日にかえりたい?**

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「あの日に帰りたい」と思う事はありません。

では
「今が一番苦労や苦しみ、厳しさがないの?」
と自分に聞けば
「いやいやそんなことないよ」
と返って来ます。


何の憂いもなく、明日の糧を心配することもなかった学生時代
波乗りに明け暮れ、海と自然と共に暮らしていた日々
自分が願ったアートの世界に生き始めることができあの頃

今思い出しても憂いも苦しみも、激しい怒りさえ知らなかった至福の
「あの頃」
はいくらでもあります。

でも不思議とそこに戻りたいと思った事は一度としてありません。
あの時、別の道を選んで居たらという
「もしもこうだったら」
と思うこともありません。

それから何十年、最近では昨日であっても振り返ることが薄れてきています。

なんでかな?と思うんですけど
自分が変化してきているからかもしれないって思うのです。

楽しい時間を過ごした若い頃、今思えば何も知らずに何も考えず、人を傷つけて来た事もありました、偉そうなことを口走っていた自分も思い出します。

今現在でさえ日々続くどんなに小さな変化だったとしても昨日は進化する前の自分。
ウンウン言いながらもせっかく手にした今日の自分ですから戻りたいって思わないのかもしれません。

苦労が多い日々であっても「今」が自分にとって一番大切で最良の時と素直に思えるんですね。


幼い頃から希望は持って生きては来ましたが、その希望通りに全てが整ったかといえば、決してそうではありませんでした。
まして全ての望みが魔法のように叶ったと言う経験もしていません。

きっと誰もが
「あの頃が一番幸せだった」
とか
「あの頃が一番苦しかった」
という時間を持っていることでしょう。

でもどちらであっても過ぎ去った時間です。
そして時は継続して居ません。
毎日眼を覚ます時が新しい自分の小さな誕生の時なのでしょう。


自分を大切に生きるという事
「今」の自分をしっかり受け入れ認めることが自分を大切にすることなのかもしれません。

そして、どんな自分であっても、その自分を受け入れ認め、愛おしいと思うことから進化が始まって行くということを知りました。

「貴方の戻りたい日はいつ?」
と、問われれば

「今を置いて他にはありません」









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by farmemory | 2017-10-03 00:43 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(3)

**ヒッピー運動(スピンオフ)**

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前回ビートルズに少し触れましたけど、そこから少し思い出したことがあるのでスピンオフとして記事にしてみま~す。

彼らビートルズが若者たちに与えた影響は絶大で、今までの古い生き方や文化、ファッションを塗り替えていった時代の牽引者。
別の見方をすれば「ハーメルンの笛吹き」とも言える力を持っていました。

ちなみに私もビートルズを生で知っている世代なのですが、彼らの曲が決して嫌いではないのですがどうしても彼らの「匂い」には溶け込むことができなくて、それからしばらく時間が経って大学生の頃にはR&Bやsoulといったブラコンに意識が向いていました。


また大学生の頃の友人がブルースバンドのろくでなしで、そいつにものすごい影響を受けたこともありました。

だからでしょう80年代に入っても、ビートルズと同じ時期のロックでしたらエリッククプラプトンやローリングストーンズなんかのブルースをベースにしたロックに耳を傾け、ピンクフロイドやキングクリムゾンが代表するプログレッシブロックの、あの「どよよ~ん」とした世界観に迷い込んでいる時期もほんの少しですがありました。


●ビートルズ(から類推するイメージ)・・・ 彼らの作品に対する考察ではありません



流行、話題性、爆発的な人気。
若者たちのカリスマ、巨大会場でのコンサート、巨額なお金の流れ、先導師。
メジャーデビュー、

品行方正で、いい子たち。みんなに好かれ、優しく明るく前向きな詩とメロディ。
教科書などに取り上げられるような折り目正しい真面目な人たち。
権威と言う価値を受け入れ、社会に従順。
(実際彼らは叙勲されサーの称号も持ってるんですよね、つまりイギルス国家-王室-に対して従順だったわけですね)
国家が自分たちを庇護してくれるということをある程度信じている。
立派な社会性を持って平和の歌を奏でて、ウキウキした高揚感もある。
けど、深いところにそれ程の温かみを感じない。

でもジョンレノンが、音楽性やミュージシャンの枠を超え、精神世界に深く踏み込んで強い影響力を持つスピリチュアル的なカリスマになり始めた頃「銃殺」されました。


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●ブルース(から類推するイメージ)・・・ 作品に対する考察ではありません



流行らず、騒がれず、フラットな人気。
あんたが好きなら勝手に聞きに来ればいいってスタンス。
タバコとアルコールの匂い立ち込める裏通りのライブハウス。

社会や国家から相手にされず馴染めず、酒やドラッグ、泣き言言って、ぐっだぐだの歌を垂れ流す。
「やってらんねぇよ」と言いながらも、社会の底辺でギリギリのところで自分を保って生きている。
でも決して投げやりにならず、社会にも国家にも誰にも頼らず(その前に社会が彼らを相手にしていない)必死に生きて行こうとしてる人たち。
「権威?」そんなもん食えねえよと言いながら、でも全ての責任は自分で取るという人たち
もうもう、その奥に「やっぱり人が好き!」って言う温かさを強く感じる。

   ・

明るさと賑やかさを求めるのは自らの中に隠し持っている「暗さ」に明るさをもたらしたいから?
暗さに安らぎを覚えるのは、その裏に隠すものがないから闇を恐れない?

   ・

ストーンズにしてもR&Bにしても、人の奥底にあるどうにもならないドロドロの暗さや怒り、恐れや傷を覆い隠すことなく、むしろそれらを表に引き摺り出しだし表現しているところに心惹かれるのかもしれないって思ったのです。

今まさに次元変化の時。

優しく平和的で穏やかな次元に向かうその前に、自分自身の奥底に眠る、あらゆる時代に体験し見聞きしてきた様々なトラウマや魂に付いた傷を癒すため、それを表に引き出して浄化してゆく時期になっているとも言えます。

今までの近代社会は、汚いもの、醜いものを見て見ぬ振りをして、それを変化させて行くことを避け、ただただ覆い隠し、なかった事にしようとする欺瞞の社会だったように思うのです。
小綺麗で従順な人や社会を演出することで、苦しみながらも新しい自分や社会に変容しようとする者たちの邪魔をしてきたようにさえ感じるのです。

真の変化って、人類であれ、その人類が作り上げてきた社会であれ、その奥に隠し持っている様々な「目を背けたくなるような」ものを全て白日の下に晒して、その上で、そこから高次への変化をしてゆくことが本来の次元上昇になるはずです。

その為には苦しみを伴うこともあるかもしれません。。
今変化をしようと願いながら苦しみの中居いるとしたら、それこそが「始まり」なんだと思うんですね。

戦後(第二次世界大戦後)日本は徹底的に打ちのめされ傷つきました。
さすがにその時代を生で知っているわけではありませんが、その時期に人々を元気づけようというとの意識からでしょう、並木路子「りんごの唄」や笠置シズ子「東京ブギウギ」や少し遅れてクレージキャッツの登場とかがありました。

人々は傷ついた自分たちを忘れて、なかった事にして、そうした「明るさ」に飛びついたのだと思います。
なぜって、その傷があまりに深く痛かったので、苦しみから逃げたかったのかもしれません。

でも・・・

ひょっとしたらあの大戦は人類変容の大きなチャンスだったのかもしれません。
本当に傷ついた人々が、その傷を人かもらったり貸してもらったりするエネルギーで覆い隠すのではなく、苦しみながらも自分の力でジワジワと変化して行く選択もあったのかもしれません。

もしその道を選んでいたのなら、文明の進化と発展は今程には至らなかったかもしれません(社会のために使うエネルギーを自分自身に使うため)
でも人類の真の変容と進化と言う「意識文明」の発展(忍耐強く思慮深く人の痛みを理解する)を迎え、何にも変えがたい高次元への進化スピードを早めることが出来た道がそこにあったのかもしれません。

でもこれは過去への反省や、あの時こうすればよかっやという後悔ではなく、一つの選択肢というお話です。

なんてことを脈略もなくビートルズ話題から繋がっちゃいました。

今地球はどれほど作為的な痛みを与えられようと、それを意に介さず、次元移行を順調に続けていると感じていますので、今回の記事はあくまで与太話の私見ですので、あんまり突っ込まないで下しゃんせ。










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by farmemory | 2017-09-25 00:23 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(4)

**ヒッピー運動とスピリチュアルジプシー**

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随分前のお話ですが、かつてアメリカで生まれた「ヒッピー運動」という思想ムーブメント(フラワームーブメント)がありました。1960~1970年代にかけてですね。


ベトナム戦争反対から始まった平和と協調を提唱したライフスタイル思想です。
でも、この運動って後半になってきたら思想は後回しになってしまい意識革命が置き去りにされ始め、形あるものを追求し過ぎ本質が見えなくなって終わってしまった残念なムーブメントだった様に思うのです。

少し話が逸れちゃいますが、この平和協調思想を危険視した側がいたとしたら、何らかの干渉を仕掛けたのかもという、まあちょっとした都市伝説的な見方もないわけではありません。

このムーブメントはやがて若者たちが薬物利用に走り始めて行く流れを作り、そしてその後に続くビートルズの突発的な出現に繋がってゆきます。
(まさにこのフラワームーブメントと同時期に彼らは彗星の如くいきなり現れました、仕掛けた者のがいたのかと思うくらい・・)

さてさて、意識革命を第一にしたムーブメントのはずが、やがて形骸となって、本質が曇って行ったムーブメントですが、これって今の「スピリチュアル崇拝意識」に似ているところがある様に思うのです。
もちろん私自身、自分への提起でもあるんですが・・


<例えば>

・どこそこの服やファッション、パワーストーンを身につけるとか
・シンプルで自然崇拝的なライフスタイルを完璧なものとするとか
・菜食主義を絶対的なものとして、その他を排除しようとする排他意識とか
・パワースポットでの禊的活動やお札やお守りなどの免罪符集めとか
・宇宙人依存意識やメシア待望論とか


らこれらは皆「物や形」です。

こうしたライフスタイルだけを行なってゆけば自分の周波数が上がり、センシティブな感覚が磨かれると言う事は・・・残念ながあまり望めないのではないかと思うのです。

あまりに形を求めるあまり、ここに行ってもダメ、ここで習っても意味がわからず、ここで聞いても何も変化を感じないと言うスピリチュアルジプシーになってしまいかねません。

もちろんこれらの形や生き方が有用であることを疑う余地はありません。
その通り、とても有用なファクターではあります。

私も彼らスペースファミリーたちとのコンタクトや、高エネルギーエリアでのワークショップなど続けてはいますが、彼らがこの地球と私たち自身を高次元に連れて行ってくれるわけではありません。
自らの進化を続けて行く事で、徐々に(階段を登るように)自分自身の周波数をあげて行き次元の階段を登って行かねばならないと思っています。

物品を手にすることやライフスタイルは、その後押しをしてくれる力を持ってはいますが、自分自身の「先に進もう」という意思と少しの覚悟があって初めてその力を発揮してくれるものだと思うのです。

こうした「形」は高次に向かうためには必要不可欠なものではく、意識の進化を補完するもので、割合で見たら高次に向かうための要件は

「物や形」20%
「自己の意識進化と変容」80%
くらいの割合ではないかと思うのです。

私も形ばかりを追い求め、肝心な自分進化を置き去りにしていない?と自分に問いかけている毎日です。









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by farmemory | 2017-09-23 00:02 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(1)

**誰のために生きる?**

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「人のために生きる」

という言葉。
一見高尚で自己犠牲のように聞こえますがどうでしょうか?

目に見える手助けだけが、人のためになっているとは限りません。
進化して行くためのハードルであれば、そのハードルが「その人のためになる」事を直感的に理解できるかが大切かもしれません。

とすれば「助けない」ことの方が「その人のため」になることだってあるかもしれませんね。

もしかしたら
「人のために生きる」
と言う言葉を使いながら、自分は善業を行なっていると言う自己満足を得ようとしているのかもしれません。


「苦しんでるあなたを救いたい。その道は危ないから、こっちに進みなさい」
苦しんでいる人や危なっかしい人を見ればそう思う事よくありますよね。

でも、その人がその苦しみに立ち向かって自分を進化させて行こうとしている最中であれば、手を差し伸べて欲しいとは願わないはずです。

また目の前に誰か苦しんでいる人がいて、それを見かねてこちらから手を差し伸べても、その人はその手を握り返して来なければ、その人はあなたでない人に手を差し伸べてもらいたいのかもしれません。
でも、もし相手が手を伸ばしてきたら、直ぐにその手を握り返してあげましょう。
その時、相手があなたを心から信頼していると言う事が分かる筈です。


あるいは、本当は誰かに気に掛けてもらいたい、声をかけてもらいたいと思っていても自分から人に助けて欲しいと言い出せないとしたら、その苦しんでいる人はなぜ「気にかけて欲しい」と口にできないかの原因があるのかもしれません。
もしかしたら他者への信頼を持てないのかもしれませんし、自分という存在に対する希薄さや強い否定意識があるからかもしれません。

そうであればどこかの過去世での何らかのトラウマや、幼い頃のインナーチャイルドの解放が行われていなからかもしれません。
この場合はその人を今の苦しみから解放させる前に、人を信頼できない部分からの解放が先ということかもしれません。


善意の押し売りは、時にとても重要なその人の進化を阻害してしまいかねない危険もはらんでいます。
相手の成長を阻害すれば、その因果律もまた自分に返ってくると言う道理です。

「人のために生きる」
この言葉を簡単に使うことなどできません。
なぜなら今目の前で苦しんでいる人以上の苦しみに対峙して、自分を進化させてきた人が初めて口にできる言葉だと思うからです。
そうでなければ、その人の苦しみを理解できず、真にその相手に寄り添うことは難しいからです。


この人生、皆自分の希望で生きています。
それを「エゴ」と言うかもしれませんが、それこそが私たちがここに生きている意味の一つです。

「人のために生きる」
「自分のために生きる」
「興味のあることに集中して生きる」

どれも天は微笑みを持って見守ってくれます。

自分の行動をいちいち口になどせず、理屈をつけず自分の強い意志と責任で思いのまま生きる世界。
いま私たちはそこに向かおうとしていることだけは間違いありません。

ストイックに生きることが美徳の世界は、近い未来遠い昔になって行くことでしょう。








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by farmemory | 2017-08-21 15:30 | ・意識の自立と進化 | Trackback | Comments(8)