「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:・ミッション( 23 )

◆茅野イベント 「縄文の解放とコンタクト」のご報告◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆茅野イベント 「縄文の解放とコンタクト」のご報告◆
c0319737_223197.jpg

*右上に龍体の雲がたなびいています。



●では改めて、先日長野県茅野で行った縄文の解放ミッションの報告です。

1日目の勉強会が始まる時点で、多くの参加者の方がこのイベント前に大きな体調の変化を感じたとおっしゃっていました。

中には自宅を出発される時に、アクシデントが起こり危うく参加できなくなりそうだった方もおられました。
また、数日前から体調を壊し(変化を感じ)来るにあたり、少々厳しさがあったという方もおられました。

この件について勉強会で探ったところ、それらの体感は決して攻撃的なものではなく、むしろ人により感じ方は違うものの、かなり強いエネルギーの流入があったためとと感知できました。
今まで弥生の持つ激しい圧力下にあった茅野の地が、今大きく変容し、縄文への回帰をなし、更にそこから先の未知の時空に進んでいくことを願ったようです。

そのために今回各地域からお集まりになった方たちへ、茅野の地からの声にならない招聘があったのだと思います(これも古代からの約束でしょう)
実際体感のあった方も、一律な体験ではなく様々な変化を感じられたようで、また勉強会の内容や、その後のコンタクトイベントや解放ミッションの場所場所で、様々な体感をされました。

また縄文への意識誘導で、古代に退行していただいた時には、この地の持つ重要性を多くの方が感じ取られたようでした。
まさに縄文の時代自分がその地に生きていたビジョンを見られたり、車座で行った芝生の勉強会の地に今は無き小川のせせらぎを見られた方、その場から立ち昇る高いエネルギーを感じられた方など様々でした。

中には移動中の車の中で、その車の中がいきなり宇宙船の中と置きかわり同乗された方々の姿を、地球外の生命体であった過去の姿(過去というより自分たちの故郷に暮らしていた時のビジョン)として見られた方もおられました。

さて、何かをなそうとした時や何処かに行こうと思った時、何らかの感情が浮かんできたり、物理的にその場に行けないようなことが起こったりする事もあるかと思います。

私自身あまり気乗りのしない場所に、無理に行くことを決めたため肉体的なダメージを受けてしまうことが何度かありました。
これは、今まででしたら(数年前)行かない方がいいという時にハイヤーセルフから何らかの体感として伝えた注意喚起でした。
出かけようとすると自分の中で行く事に抵抗を感じるなどあった時は、その感覚に素直に従ってゆくことが身を守る簡単な方法だったということです。

しかし次元移行が進んでいる今、そうした危険事自体激減してきています。
それでも自分の感覚に従うことはこれからも重要なことであることは間違いありません。

しかし、今お話ししましたように既に時空が変化し始めていますので、あらゆる物事にあまりナーバスになる必要がなくなってきています。
また今回のイベントは、ご参加された方の多くがライトワーカーとして(ご自身が自覚していないかもしれませんが)ご参加され、共同ミッションではないものの、約束の日時にその場所に来て、自分なりのライトワーキングに着いた方々である事は理解できました。

また、このイベント前に体調に変化があったとして、ではそれがどういう理由からだったからか。
重要なことはこのイベントへの参加をご自身が強く希望していたか、あるいは直前になって参加することに躊躇いがあったかという点です。

前者の「希望していながら体調の変化を感じた」ということは、まさにライトワーカーとしての参加であったことを意味します。
今回のミッションは、最後の縄文の地であった茅野での解放ワークでした。
この場所(八ヶ岳を中心とした場所)は縄文の最後の砦となった、弥生との熾烈な攻防戦の地でしたので、そこに残された双方のエネルギーは解放されずその地に留まっています。

今回その解放を行うために集ってくださった参加者の人々にとっては、眠っていたそれらの高エネルギーを呼び覚ますこととなったため、参加者それぞれ体感は様々であったとしても解放ワークにおけるエネルギーに晒されたために起こった、いわばエネルギー当たりのようなものだったようです。

しかし、このワークはかなりの意味を持っていましたので、それぞれ立ち寄った場所からのメッセージを強く受けるイベントとなりました。
またこの一連のワークショップの前後から、明らかに次元が変化したことを強く体感しています。

それは社会的な面からも、個人的なことからも窺い知れるようになってきています。
様々なことが白日のもとにさらされてきています、良いことも、今まで憂いの材料だったことも含め・・・

次元移行とはあらゆる変化を伴います、地球的なことから極めて私的なことまで様々な変化が日々とどまることなくやって来ています。
それらの変化に更に飛び込んで行く静かな覇気を今は持って行きたいと思った今回のワークショップでした。

   ・

また尖石遺跡でおこなった日中の屋外のワークショップではクラウドシップや擬態飛行機が現れるなど、賑やかさを見せてくれました。
以下イベントの間に撮影した画像や動画の数々です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



*上の動画がは与助尾根遺跡で写したものです。
この光と同時に
「縄文である私たちの解放が新しい次元に向かう地球に寄り添い、その任を全うできることを喜びます」
そう伝えてきました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

c0319737_2265650.jpg

*屋外のワークショップで撮影した、乗鞍方面に滞空する夥しい数のプレアデスシップ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さらに翌日、霧ケ峰高原で雲のショーと光る航空機の画像を収めることができました。



*この丸く抜けたような雲は今までにも世界各地で確認されているものですが、その場に存在する高エネルギーにより気流、もしくは雲の粒子がエネルギーに反応してできる事象と理解しています。
おそらくシップか、それに準ずるエネルギー存在と確信します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



*こちらの航空機はこの雲とほぼ同じ方向に、同時に飛来してきたものです。
「光れ~!」と願った途端、このように機体自ら強い光を発して、こちらの呼びかけに応えてくれました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

c0319737_2283167.jpg

*この画像は同じ時刻霧ケ峰高原のすぐ上空に浮かぶシリウスシップです。
手の届きそうな場所に滞空していて、とても近しい暖かさを送ってきてくれました。


以上今回の茅野イベントの報告でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

縄文の解放は、リラの解放とともに今後も更に続けてゆく予定でいます。

また年内、年明けから春先までは東京や各地での勉強会を予定しています。
この勉強会では題材を決めた内容で行おうと思っています。

次回の勉強会からは社会や自分を取り巻く人々との関係、恋愛や夫婦間のこと、その他人と人との魂のつながりや縁などを取り上げてみようと思っています。
それ以外に次元のこと、宇宙の人々、リラやアークトゥールス、妙見(北斗七星)やアンドロメダといった天体にフォーカスしてみる勉強会も予定しています。

決まり次第お知らせいたします。


ではでは











[PR]

by farmemory | 2016-10-18 22:13 | ・ミッション | Trackback | Comments(5)

◆メッセージ・再会・ミッション◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



c0319737_374827.jpg


◆メッセージ・再会・ミッション◆

空の青さと雲の流れ
海の青さと潮の香り

山の緑と
野の緑

澄み切った湖と深い森


その場に立つ事無くその光景をイメージし
その場の清々しさや、薫風を鼻孔の奥に一瞬でも感じる事が出来た時、自らの意識体は既に想像したイメージを超え、その時空に存在している事になります。

子供の頃に泥だらけになりながらも一日中走り回って遊んだ故郷の野山
乙女の頃、心傷めながらも恋に憧れていたあの日々

それを思い出してみます。

懐かしさの中の遠い記憶ではなく、一瞬であれ刹那であれ、その時の野の香り
心躍らせたときの、あの胸のトキメキ、胸の鼓動を時空をリアルに感じた時
既に自分の意識体はその時に存在しています。

これを少し拡大して解釈、利用してみます。

「美しき緑の星」のあの光景が、とても懐かしく、自分がそれを体験していたと根拠も無いがとても強く感じたり。
不意に脳裏に宇宙空間に浮かんでいる自分を感じたり、宇宙船らしき場所から青い地球を垣間みた記憶が蘇ったり。
白いローブドレスに身を包み、小高い丘から青い海(地中海やアイルランドの海)を見下ろ自分の姿が浮かび、その背後にはアクロポリスやストーンヘンジがそびえていたり・・

あるいは小さな布だけを見に纏い、褐色の肌の自分が美しい石肌の感じられるアンコールトムやワットらしき所に立つ光景を思い出ししたり。
そうした光景が過去、現在と一瞬であれ感じる事があれば、それも時空を超え、その時代その場所に生きた自分を見た事になります。

私たち人類のほぼ全ての人が、その過去世が皆深い記憶の底に静かに沈んでいます。
それが、あるタイミングで表等近くに浮いてくる事があります。
たとえば歴史や自然科学の授業で耳にした異国の土地の名前や、天体の名前を耳にした瞬間、意味も無く心が動き動揺に似た感覚があった等です。
こうした状況で遠い記憶が蘇る時は、何らかのきっかけ(外的干渉)によって自分の中の時空を超えた記憶のスイッチが入るからです。


しかし、こうした記憶の呼び水がなく何の脈絡も無くいきなりそうした光景や記憶らしきイメージが浮かんだ時(例えば街を歩いている時、いきなり古代の文明が浮かんだり、その時の匂いが感じられたり・・)は、単に自分の記憶が呼び覚まされたのではなく、その瞬間現実に(リアルタイムで)その場所、時間に、言わば意識体がタイムスリップしたと見る事が出来ます。

前者の様に外的な呼び起こしがあり思い出す場合は遠い記憶に辿り着いただけで、そこには強い意図的なメッセージはないかもしれません。
しかしいきなり、前後の脈略も無く不意にイメージがやって来た時には、かなりの確立でその時代や、宇宙空間からの何らかのメッセージを受け取った時に起こることがあります。

そうした時の記憶の甦りは唐突にやってきます。
おおむね穏やかにいる時や、特に複雑な思考を巡らしていない時、寝入り端の一瞬などに起こることがあります。

今までは「そのままでいいから、そのままの自分を肯定して生きて行きなさい」
そうハイヤーセルフは語りかけてきたことでしょう。
今までもこれからも、基本的にその有り様は重要です。
しかし時空のステージが日々変化してきていますので、記憶の甦りの中からメッセージを感じて取って行く事がとても重要な意味を持ってきます。

   ・

話変わって、過去世で何らかの約束をしてきた人との再会に関して少し触れておきます。

遠い過去世(これはこの地球だけではなく遠い地球外の天体に生きていた記憶を含め)に何らかの約束をしてきた、特定の人物との再会を迎えた時にも大きなメッセージが込められています。
この場合はメッセージというより、お互いの再会によって起こる様々な物理的現象(とは言いながら、時には認識できないエネルギーワークも含みます)を引き起こして行きます。

しかし、単に過去生で深い縁を持っていたが、特に今生重要な約束はなく、その古い時代での当事者同士の体験学習が終わっていれば、たとえ「再会」の刹那に心の動揺を起こすほどのインパクトがあったとしても、それは過去世の記憶の甦りだけでその高まりは徐々に静まって行くことが普通です。

しかし過去の時代、遥かな未来に重要な約束をした再会は、逆に最初の出会いの印象はそれほど強くはなくとも、根拠もなく相手への強い信頼感を感じたり、説明のできない「鼻腔に抜けて行くような」不思議な感覚を伴うことがあります。
そして、そうした約束をした相手との再会は緩やかに、しかし確実に自分自身の内面に大きく重要な変化をもたらしてきます。
この点においては自覚できる部分でもあるでしょう、そしてこの関係はツインソウルも同じような関係性を示しますが、使命という点での再会とはやや異なっています。

ツインソウルは、この人生において自分の成長に大きく寄与する相手です。
しかしミッションを伴った再会の相手は「個」の成長ではなく、お互いをリスペクトし、補完し合いながら物理的に次元移行をバックアップするという目的があります。

そして、その関係が男女であれば、相手の育ちや育ってきた環境、その人の社会的状況などに左右されることなく(お互いそれを根掘り葉掘りと知ろうとはせず、過度な興味を抱かず)今目の前にいる相手だけに意識を向けるはずです。
(リラ物語でお話するミッションもその一つでもあります)

また、同じ男女であっても恋愛感情ではない関係性の場合は、相手に対し性別を超えた意識で相手を認識し始めます。
またこれは同性同士であっても同じことがいえるでしょう。

何れにしても、約束を持った再開の場合、遠い時空を超え発効するミッションでもあるので、むしろ現行(現実社会)での相手の社会的状況やイデオロギーなどには全く左右されることなく相手を受け入れて行くのが特徴と言えると思います。

今までの自分を思うと、なぜこの人を(ポジティブ的に)選んだのか不思議でならない。
自分の生活環境では会うことの無いはずの人のはずなのに、どうしてこの人を知ったのだろう?
そうした感覚を持つことも稀ではないでしょう。



今回はここまでとします。

機会を見てメッセージを受け取ること、再会の意味を知ること、その再会によって何を成そうとするのか。
そんなお話もして行こうと思います。

ではでは〜










[PR]

by farmemory | 2016-09-09 03:08 | ・ミッション | Trackback | Comments(3)

◆六甲山アンドロメダミッションの報告2◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



c0319737_023292.jpg


◆六甲山アンドロメダミッションの報告2◆

前回に引き続き◆六甲山アンドロメダミッションの報告◆です。
◆六甲山アンドロメダミッションの報告1◆

今回は実際に現地で写してきた画像や動画を示しながらお話を進めて行きます。

c0319737_13175774.jpg ロープウェイ乗り場に置かれた羊の彫刻、完成度もあり可愛いオブジェで作者の力量が伺えますが「羊」と言う存在自体今までの六甲の有り様を示してくれるとても意味深いものです。

 その後六甲山頂でランチ後、神戸在住の方のご案内で近くにある「六甲比命大善神社(ろっこうひめだいぜんじんじゃ)」に向かいました。
ここは山の中にある巨石を御神体とした神社(祠)で、山全体が御神体と言ってもいいのでしょう。
そしてここは瀬織津比賣と深い繋がりのある場所です。
そしてその瀬織津比賣こそがアンドロメダとの強い繋がりのある女神ということで、この地に赴くことになった必然を感じました。

 巨石に手を触れた参加者のお一人が「よく帰ってきてくれました」と言うメッセージを感じたと口にされました。
私も同時に遠い遠い遥かな昔、この地のピラミッド(この遺跡群のある山全体)を作った時に、その方が人類に成る前の生命体としてそこに立っていたというビジョンが私にも感じられました。

c0319737_1319833.jpg

巨大な石がゴロゴロと点在する場所、まさに人工的に作られた山とわかります。
入り口から巨石(心経岩)までの間に「六甲比命大善神社」の庵がありますが、この裏に回りますと巨石の間にも小さな祠が鎮座しています。
そこで意識の目に見えたのが「封印」でした。
石の割れ目に、中に閉じ込めた地球不活性化のためのエネルギーを封じ込めている、そう感じたのでその地での解放も願ってきました。

そして宿に戻り室内でのワークショップ。
その後恒例となっている夜間コンタクトイベントへと移行しました。

当初宿の前にある駐車場で行っていましたところ、航空機に擬態したシップが複数機飛来しましたが、空が狭く、急遽近くにある有馬稲荷神社の境内に場所を変えることとします。

c0319737_13245088.jpg ただでさえ稲荷という名前に引いてしまいそうなのですが(しかも夜遅くに)今回の参加者全員がそこに行くことを希望しましたので、長い石段を夜間登って行きました。

 境内は思っていたほど空が広くはありませんでしたが、その場所のエネルギーが想像以上に柔らかかったことが想定外。
参加者の方々もそれを感知した方が多くいました。

その石段の途中イベントプランナーの方が撮った写真に「オリオン」のエネルギー体が映り込みました。
明るく美しいエネルギーで、好意的な意思さえ感じました。









そしてその場所で撮影できたシップの動画が以下です。



*この動画は出来るだけ大きな画面でご覧頂くと、
光体だけではなく微小なエネルギー体やプラーナエネルギーのキラメキも確認できます。


暗い空に一機の航空機に擬態したシップが飛んでいるのを見つけカメラで追っていると、その光の周辺に夥しい小さな光が点滅し始めます。
当初小さく点滅する光は夜間のオーブだったのですが、その後明らかに別の(しかも意志を感じる)エネルギー体をカメラに収めることができました。
この動画は前半では航空機によく似たの光を追いながら撮影していましたが半分を過ぎる頃から光の移動に規則性がなくなってきて、瞬間的に上下左右に移動しているように見え始めます。
実際ファインダーを覗いている時にもそう見えていました。

後半、画面下から蛍のように小さな光がフラフラと登って行き右方に消えて行きます、その後から急に画角内のあらゆるところで強い光が点滅し始めます。
衝突防止灯らしき光の点滅にも規則性がなくなってゆくのがわかります。
(動画の半分から後--白く変わる部分から後ろ--は動画の後半をスローモーションでやや明るくして再生しています)

これはオリオンのシップではなくシリウス系のシップとその光体だと光が伝えてきましたが、稲荷のエネルギーと同期した参加者への儀礼として現れてくれたと言っています。

今まで夜中に稲荷社の鳥居をくぐるなど考えただけで怯んでいましたが、今回のイベントで今までの思いがあまりに偏った誤解を持っていたことも理解できました。

だからと言ってこれからはオリオンと手を取り合ってゆく、と言うことはないでしょう。
ライトサイド側の彼らもまた私たち人類と手を取り合うことは希望してはいません。
天の摂理に従って自らのミッションを遂行してきただけと言っています。

しかし彼らは自分たちへの肯定と理解を示してしてくれるものが夜間恐れず怯むことなく訪れ、なおかつ敬意を持ってくれたことが何より嬉しい事だったと伝えてきました。


翌日、六甲山から少し離れた越木岩神社に詣出てきました。

c0319737_13202737.jpg

この神社もまさに巨石群の一つ、ピラミッド状の建造物であることがすぐに察知できました。
しかもこの神社はやはりオリオンとのつながりが深く、また六甲比命大善神社のように封印がされていません。
「生きている」状態で、そのエネルギーが地中からではなく、この神社に向け宇宙空間から飛来していることが、手のひらの感覚でわかります。
手の平を下に向けた時より上に向けた時の方が(上空から来る方が)明らかに強度がありました。

このエネルギーはセントラルサンから来る地球の変化を促す重要なエネルギーのようですが、この神社の敷地内にマンション建設の話があるそうです。

以前小淵沢の大滝神社の記事でお話しした、何らかの妨害をするための意図を持った開発事業に酷似していると感じました。
であるならば、逆にこの地球のためには全ては問題無しになってゆくことでしょうが・・


以上が今回のミッションワークの大まかな内容です。

アンドロメダのエネルギーが今回の参加者に見えないお誘いをかけ、集まっていただけた皆さんのオリオンの深い記憶が今回の重要な点だったようです。
今後はオリオンへのあらぬ誤解を解消しつつ、自分の故郷(シリウス)の名の下に様々な解放ミッションに向かいたいと思っています。

また巨石文明とシリウス、そしてオリオンとアンドロメダ、リラという見えない糸が今回感じられました。
ここに新たに妙見(北斗七星--ドゥーベと北極星)が現れてきました。

謎のようなこの一連の糸の繋がり。
感じたことがあれば記事にして行きたいと思っています。


次回は8月5日、11日に行う「スペースファミリーとシップたち」勉強会
9月に行うリラの湘南ミッション(自由参加で夜間コンタクトワークと翌日の葉山マリーナから出航の観光クルーズもあります)です。
詳細が決まり次第おしらせします。


ではでは












[PR]

by farmemory | 2016-06-27 13:26 | ・ミッション | Trackback | Comments(0)

◆六甲山アンドロメダミッションの報告1◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



c0319737_023292.jpg


◆六甲山アンドロメダミッションの報告1◆

先日行いました神戸六甲でのアンドロメダイベントのご報告です。

イベントは、今から3年ほど前に企画したものです。
しかしその頃はまだ、いわゆるオリオン大戦のスピンオフとして六甲の地がポジティブとネガティブとの攻防の中にあり、ライトワーカーや見えない真実を知るものが不用意に立ち入ると思わぬ干渉を受けてしまう、強いエネルギーのぶつかり合いがありました。
その頃この地に意識を向けたところ即座に「まだ早い」と言う答えが返ってきましたのでタイミングを見てきました。

しかし今年2016年に入る頃からようやく六甲山での重いエネルギーのぶつかり合いが終息を迎え始めたことで、今回のイベントを決行することとしました。

当初の目的は、この地で攻防戦の最前線に立つアンドロメダの魂を持つ方々と共に、攻防戦に従事していた彼女たちの解放を目的としました。
今まで意識体となってサーベルやエクスカリバーを片手に、華やかなドレスを重い甲冑に身を包み最前線で戦ってきた方々の解放を願うミッションでした。
これはあくまでイメージでの表現です、実際にはジャンヌダルクや巴御前のような女性たちがいるわけではありません。
人類としてこの次元に生活の場を持ちつつ、意識体となって肉体から一旦離れ別次元での攻防戦に従軍していたという解釈です。
しかしその方々の多くは平素の生活の中では全くと言っていいほど自覚がない方が多いことでしょう。
ほんの数%の高い覚醒状態にあるアンドロメダを故郷にする方が、意識の中でのうっすらとした記憶を見ているにすぎません。


さて初日に伺った六甲山(ロープウェイ)では、山頂に向かう途中、予想していた重いエネルギーを全く感じることなく、それどころか極めて軽いエネルギーを受け取りました。
これは思いもよらないことで、なおかつその攻防に自らの意思ではなく無理やりに最前線に立たされてきたライトサイドのオリオンたちの歓喜さえ感じたのです。
解放を迎え喜ぶライトサイドのオリオン達の喜びであることが痛いほど感じてきました。
彼らが自分たちの意思とは裏腹に長い長い間、人類に疎まれながらもネガティブサイドに使われてきた彼らは、晴れて故郷への帰還を迎えられる真の喜びだったのでしょう。

ロープウェイの乗り口に羊のオブジェがお迎えしてくれたのですが、羊は魔界の象徴です。
この動物が山頂に向かう人を出迎えているということがなんとも象徴的でした。
もちろんここにそうしたオブジェを置いた方や製作者がそれを知覚しているとは思えません。
なんらかの見えないエネルギー干渉を受け、なんの疑問もなく山頂にある牧場で飼われている羊をイメージしたのでしょう。

山羊や羊の目を見たことがある方ならお分かりになると思いますが、クマモンの目ん玉を横にしたイカの目玉のような目がなんとも怪しい感覚を受けます。
tだし、だからと言ってそれがオリオンのすべてを表していると見ることは早計です。

どうしても白黒、善悪でものを判断しがちな3次元の人類にとっては、オリオンの存在を恐ろしいものとしてしか捉えることしかできませんでした。
しかし彼らは決してこの地球を自分のものとして奪いに来た訳ではないと伝えてきます、私も今回のイベントでそう感じてきたことが確信になりました。

確かに彼らは多くのネガティブをこの地球上に幾度となく投げかけ続けてきましたがそれもこの地球が受け入れ願ったことであり、天もそれを静かに見つめていました。
幸せを知るためにはその対極にある日々を知る必要があり、痛みを知るためにはまず自分がそれを知る必要がある。
そして真の優しさを得るための最良の方法が、自らがそのステージに一度は入り生きることだったのです。

人類でいるということは、誰もがその心の奥に強暴性や怒り、人に対する疑心というネガティブな部分を持っているはずです。
過度に人格的に生きようとする、聖人君子で生きようとする、極めて強い正義感を持つことを是とする。
こうした真っ直ぐすぎる一方的な意識は時に怒りを生み出しますので、逆にネガティブに陥りやすい危うさを持っています。

真の闇を知る者は自分に擦り寄る闇を感覚的にかぎ分ける力を天性のように身につけています。
そしてその力は、ある時代の人生で、それの何たるかを身を持ってリアルに体験してきた魂の記憶を持っているからです。

ライトワーカーで生きるということは、いつかの時代に自らからも目を覆うほどのネガティブの存在として生きていた遠い過去世を必ず持っているはずです。
それなくして真の光を理解することはできず、正義感だけで行う勧善懲悪なワークは、この地球にネガティブを学ぶために自分を傷つけることを知りながらもやってきてくれた命に対し、稚拙な刃物を突きつけてしまうことになります。

この地球は今次元移行のただ中にいます。

いずれ今までの次元とは明らかに違うそのステージに到達します。
その時でもこの地球とともに進む他の天体の人々は寄り添い続けてくれます、なぜなら彼らはこの地球と人類を作り出してくれた人々だからです。
(プレアデス、シリウス、リラ、アークトゥールス、ヴェガ、アンドロメダなどなど・・・)

しかしオリオンは、人に疎まれることを承知で人類にネガティブを持ってきてくれた天体の方達ですが、この地球や人類を作り出した人たちではありません。
ですのでその3次元のネガティブと言う学習ステージが大きく変化し始めた時、彼らはこの地球での役目が終わりこの地球から離れてゆくことを意味します。

今回の六甲のイベントは、このオリオンの悲しいまでの役目と、それが終了し帰還を促す重要なミッションだったということを知るに至った時、ワークショップで参加者の方の何人かの方が、それを感知されたのでしょう、深い感慨と涙を流されました。

このイベントの前に、何の意図もなく心のままに綴った記事
◆「帰還」の道を見るオリオンへ◆
は、まさにこのミッションを感じ取ったハイヤーセルフが書かせたものだったと理解しました。

ネガティブ側のオリオンはすでに多くがこの地球を離れています。しかし彼らに使われてきたライトサイドのオリオンたちは、自分たちがその呪縛から解放されるということを知りながらも、なかなかその拘束を脱ぐことができません。
まるで思い癖のようなものなのでしょう。
その思い癖からの離脱こそがオリオンの解放(帰還)という事なのだということを今回の解放ミッションで知るに至りました。

アンドロメダがお膳立てしてくれたオリオンの解放。
アンドロメダの戦士たちは、今までオリオンとの攻防にありながらも決して彼らライトサイド側のオリオンたちへは、怒りと憎しみは接して向けることはありませんでした。
向けることはなかったというより、向ける必要がなかったという方が近いでしょう。

今回知りえたアンドロメダの、涙するほどの慈悲を私は知ることがありませんでした。
神話の中にあるアンドロメダ姫の壮絶な体験が、彼女たちの真の力をもたらした。そんな思いを抱いてまいりました。

今後も様々な解放ミッションを続けて行くつもりです。
その時々で、太古からの見えない、強い約束をしてきた方々がこうしたイベントで「再開」されていることも、大変嬉しく思っています。

今回はここまでとし、次回は画像や動画をご紹介しながら続きをお話ししてゆきたいと思います。

ではでは









[PR]

by farmemory | 2016-06-23 00:16 | ・ミッション | Trackback | Comments(1)

◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-3)◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



c0319737_1023920.jpg


◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-3)◆

前回からの続きです。

◆母である事、そして自らの使命(1)◆
◆母である事、そして自らの使命(2)◆
◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-1)◆
◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-2)◆


「孤高」であることは見方を変えれば自分の時間や体さえも誰にも拘束を受けず有効に使えることを意味します。

いかなるグループにも所属せず、徒党を組まず、自らの力だけで出来るミッションに従事しようとした時、守るべき者や、時に拘束さえ伴ってしまう「繋がりや縁」を持たないことが、結果として自ら決めたミッションを心置きなく行えることを深層の自分が知っていればこその孤高であることもまたあるのでしょう。

家族の中で自分だけが浮いている、血の繋がりを希薄に感じるなどもそうした理由が含まれることもあるかもしれません。

社会の中にあって、どうしても周りと馴染めず、常識や道徳と言われる社会性から逸脱したくなったり、反発を感じてしまうことさえあるかもしれません。

ライトワーカーとして生きると決めたら、その日その時から自分はライトワーカーとなります(認定機関もなければ資格もありはしません、自分で決めるのです)

そして自らがライトワーカーとして生きようと決めると、その影響力に比例して光の対極にあるエネルギーからの干渉を受け始めます。
攻撃を受けるというという解釈は不要ですが、それでもエネルギー干渉は影響力が上がれば上がるほど強さを増してきます。
そしてその厳しさを超えてゆく中で、ライトワーカーとしての強さを身につけて行きます(免疫力を獲得してゆくようなものです)

そしてその干渉は自分の弱いところにやってきます。
まずは体調に現れることが多いかも知れません。
しかし多くの場合体調不良を感じ専門機関を受診しても原因がつかめないことも多々有ります。

しかしそれさえも想定内と受け止めとしても、その干渉は自分にだけやってくるとは限りません。
自分の大切な家族や近しい者への干渉をもたらすことさえあるのです。
自分自身はいかなることにも動じないと覚悟を持ったとしても、自分の愛する者の苦しみを見せられることには大きな動揺をきたしてしまうかもしれません。

確かに家族や愛する者たち個々人、体験してゆく厳しさがあったとしても、それもその個人の魂が選択した体験学習と理解すれ良いことではありますが・・・

そして愛する人の苦痛は、今度はそれを見る者の体験学習に変わって行きます。
理解をし静かに近しい者の厳しい日々を静かに慈愛の目で見つめ、そしてしっかり距離を置き見つめられるのであれば、それは高い精神性に裏打ちされた達観を意味します。

しかし、大切に思う人の苦しみを目の当たりにして、完璧にその達観に入れる人がライトワーカーの資質とまで厳しいわけではありません。
この人生での体験学習は、自分ではない者の苦しみに出会った時、心乱れてゆくことを体験することもその範疇です。
ここにも一つの体験学習が存在し、なおかつライトワーカーとしての試練も含むこととなります。

仮に全てにおいて達観をしているということは、ある意味すでに3次元に存在する人類というステージを早々と離れ始めているのかもしれず、仙人と同じ存在となります。
仙人になってしまえば、全ては必然であり、すべてに対し無頓着であることになるわけで、その段階では使命やミッションという意識さえも遠く古い次元の意識と言う事になるでしょう。

「使命とかミッション」と言う言葉に強く意識が行くということは、まだ完全なる達観には達していないことを意味します。
しかし私たちライトワーカーは3次元の肉体をまといつつ、この社会(地球)の中にあって「人類として」次元移行の手助けをしたいと希望していますので、人としての感情を十分に持ち合わせていることは当然のことです。

だからこそ使命の遂行に当たり人一倍心の温かさを持ちながらライトワーカーとなろうと決めた方にとっては、大切な者に干渉を受けた時その覚悟に揺らぎが出てきてしまう可能性があることを知り、自ら孤高であることを決めたのかもしれないのです。

まずは新しい次元に向かうことを決めた人にとっては、古い3次元の中ではどうしてもその違和感を感じてしまうことでしょう。

また逆に魂が敢えて人からの誤解や揶揄を経験したいと決めてくれば、不遜な態度や自ら組織やグループにわざわざ所属し、その和を乱すこともあるかもしれません。それにより周囲からの非難を受ける体験をする。

しかしそれさえも、別の角度から見れば不遜な自分の言動により人に影響を与えたのであれば、今度はその影響を受けた人がまた別の体験をして行くわけで、すべてが持ち回りでこの社会を構成しているのだということでもありましょう。
こうした体験のシェアリングが、いわば3次元での有り様ということになりますので、3次元を体験したいと希望する魂にとっては人の動向や言動に嫌でも目が向いてしまうのは当然のことです。

しかし体験学習をするためにこの3次元に生まれてきたのではない人にとっては、人の言動や行動にはあまり振り回されず、人からは飄々と見えたり、時には冷たい人と思われたりもしてしまうでしょう。
それは当然のことで、人との関係性の中で体験学習をすることを望んではいませんので、人の動向には関心を持てなくて当然だからです。

次元移行をバックアップしたい、その現実を自分の目で目撃したいと決めた方にとっては、それに集中するため心惹かれる家族を持つことを控えている(魂の選択であり肉体を持つ表層自我の選択ではありません)と言う事さえもあるのかもしれません。

しかし今、着実に次元は移行を続けています。

今まで孤高と思っていた自分、その寂しさや切なさの中で自暴自棄になりながらもなんとかギリギリのところで自分を保ち生きてきたライトワーカーたちが、ようやく自分と同じ思いをする人がこの地球上に居ることを知り始めます。
自分と同じように生きてきた仲間が、会うこともないどこかにいると言う確信を静かに持ち始めているはずです。

真実の(魂の)家族との再会が今始まります。

   ・

今後「使命」ということについて具体的に深くお話しする機会も持ちたいと思います。
私たちは生きていることで、すでにその使命を果たしていると言うこと。
具体的にどう行動するか、どんな行動があるのか。
それがどういうことか、なぜそうなのかについても考えてみたいと思います。

「母であること」シリーズは一旦ここで筆をおきますが、完結ではありません。
折を見てまた記事を続けて行きたいと思います。









[PR]

by farmemory | 2016-06-19 10:24 | ・ミッション | Trackback | Comments(5)

◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-2)◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-2)◆

◆母である事、そして自らの使命(1)◆
◆母である事、そして自らの使命(2)◆
◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-1)◆

前回からの続きです。

子を持たないということが、子供への強い意識から解放されるために子を持たず、子の無いことで出来る使命やミッションを希望しこの人生を選んできた方も決して少なくはありません。

幾つになっても結婚を願わない方、興味を示さない方も増えてきています(もちろんこの意識を持つ方は古くからおられますが)
こうしたことを社会現象や、常識的な教育論で考察しようとしますが、そうした現世的な学問論理は当の本人たちは的外れなトンチンカンな答えであることを知っています。

なぜなら結婚しない、結婚や伴侶を得ても母となろうと思わないということが、決しておかしな意識ではないからなのです。
もちろんこれは表層の自我の希望ではなく魂の希望としてです。

一方で家族というチームで行う共同ミッションもありますが、それとは別の方法で自分なりの約束を遠い昔に決めてきた方の中には、今回の人生では子を持たず、逆にそのことによりできるミッションを選んだのかもしれないからです。

少し見方が変わりますが、たとえば今、自分が携わっている仕事なり趣味なりに全力を持って向かい、そこに強い喜びと興味の全てが向いている時には恋愛や結婚というものに対する意識が向かないことは至極自然のことでしょう。

また、そのような自分ではなく生きがいのある仕事に従事していなくとも、また趣味と言えるほどの興味の対象もないが異性に対して意識が向かない方もいます。
そんな場合は、周囲から心配され、時には「どこかおかしいのではないか?」などと大きなお世話を向けられてしまうことさえあります。

また強い社会常識の中に留まる人から見たら、これもやはり「気の毒」と言う理不尽さえ向けられてしまうこともあるかもしれません。
自分の意識では一人でいることに不満もなければ不都合もないのに社会常識という数の論理からくる目にさらされた時、数の力に押し込められてしまうこともあるでしょう。

また一人ではなく、心許すパートナーとの時間を希望していたとしても自分の人生に子供がいるというリアリティーが描けないという方も、何人もリーディングにお越しになっています。
一人で人生を送っている人、子を持たない人がある年齢に達していると、周囲からどうにも誤解を受けたり心配されたり、時には怪しまれたりもしてしまう事さえあるかもしれません。

しかし異性に対しての執着がほとんど見られず、伴侶やパートナとの暮らしを考えると、むしろ一人でいることのほうが気楽でいいという方も決して少なくはないでしょう。

そうした方たちにミッション(あるいは使命)という面から見てみたいと思います。

・家族もパートナーもなく天涯孤独。
・子供がいない。
・友人もほとんどおらず話す相手もいない。
・群れることが苦手で一人でいることが一番楽で安心する。
・組織に入ることは自分の人生ではありえない。
・たとえそれで生活が苦しくとも、職人や第一次産業の世界ならいざ知らず組織に所属しなければならない就職を考えると大きな躊躇いがある。
・すでに組織に入っているが日々その葛藤に揺れいている。
・人類以外の心温かい者がいることをどこかで知っている。
・そのため人に心を開くことができない。

これらに該当する、同感できるという方もいることでしょう。

私たちは長い長い悠久の時間続いた3次元世界を生きてきました。
そして人や社会との関係性の中で打ちのめされ、心痛め、苦しさを味わってきました。
逆に知らず知らずうちに他者を大きく傷つけてしまったことも幾たびもあったことでしょう。

しかしそうした体験も3次元での重要な体験学習でした。
一人で無人島に生きていてはできない体験をしてきたのです。

しかしまた、いつの時代にあっても、誰にも教えられることもなく天の摂理を理解する人や社会経験の中から、その真実にたどり着いた人もいるでしょう。
そうした人にとっては、社会に迎合することがうまくできません。
何故なら天の摂理を理解していながら3次元的社会に迎合することは自らを偽り暮らすことと分かっているからです。

まして今の社会の裏にある「語られない真実」を知るようになり、更には強い正義感や真っ直ぐの正直さを持っていればなおのこと、その違和感の中にある自分との整合性がつかず、時には苦しみの中に入ってしまいます。

そのため心許す友人や大人たちを探すこともできず、現実の意識に生きる異性に対しては「隔世した」自分を知っていますので、本当の自分を出すことを恐れ、結果として一人でいる道を取ってしまいます。

しかしここに一人でいること、子を持たないということに大きな意味が隠れています。

少し長くなりそうなので、次回に続きます。









[PR]

by farmemory | 2016-06-14 22:26 | ・ミッション | Trackback | Comments(4)

◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-1)◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



c0319737_21485219.jpg
このイラストは私の作品ですがロイヤリティーの生じる作品ですので流用、転載などはご遠慮ください。見て楽しんでください

◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-1)◆

今の若い方達に見られる事ですが(経済的な事や社会的な理由と言う点から見るのではなく)結婚や出産に強い関心が無いと言う方達が増えて来ているように感じています。

私の子供時代、古い時代の夫婦や家族を見てきた世代なので「経済的な安定がなくとも夫婦で力を合わせ生きていけばいい。子供は宝なんだから」
そうした価値観を知っています。

しかし今はそれを良しとしてもそれこそ時代は変わっています、今は今でしかありません。古い価値観はありがたく思いつつ今に意識を向ける必要もあるでしょう。
また確かに今の若い人たちには、働ける環境自体厳しさもあるようです。
そうした見方からすると、今は自分が生きることで精一杯なので子供は言うに及ばず結婚さえも諦めている。
そんな声もあるでしょう。

しかしこの世界にある ”縁(えにし)”とは、そうした常識的見方を超え、全て必然で成り立っています。
夫婦になる、子供を授かるという、一見偶然にも見える人生でも、そこには生まれる前に決めた個々の魂の強い意志と希望が反映されているものです。

・社会的な自分のスタンスから見た「子がいない理由」
・天の摂理という判断からする「子がない理由」(今回は次元移行に関わる次元ステージ)

この二つには少しの違いがあります。
後者は見方によると新しい次元を意味しているのかもしれません。
もちろん、年齢を問わず、古い時代から子を意識しない方も決して少なくはなかったでしょう。
(子供を願っているが今はまだ来ていない、来なかったということもありましょうが、これはまた別の機会にお話しします)

地球に生きる多くの生命体は雌雄の別があり、種の保存、継続は生殖によってなされて行きます(これを仮に結婚とします)
しかし今地球には70億人という人類が(統計学上)存在しています。
もともと生物には(人類もそのカテゴリーです)ある環境下では種の絶対制限という見えない(表層では感じない)共有意識を持ち合わせています。
地球という閉じられた環境下(これは国籍や国境という低レベルの概念ではなく)に存続できる人口には限りがあり、それに近くなると生物群は主に食料の供給と生物的テリトリー意識から、その数を自ら制限しようという意識を持ってきます。
ある国で出産人口が減ったとしても別の国では減ることもなく増えており地球の総人口には大きな変化はない、そういう見方です。

地球という閉じられた環境下でのバランスを保つため、すべての生物が繋がったニューロン的意識共有もあるのだという解釈をして行くと、そこに行き着くかもしれません。
ただしこれはその個人が地球という生命体とともにこの地球とともに生き、地球という全てとコンタクトする連鎖意識に反応する部分です。
これは意識的繋がりであるワンネスという見方ではなく、地球環境における生物学的に見た、子を望まない方の理由の一つと言うことです。

しかし、今回の記事ではではそうした科学的解釈ではない、別の理由を考えてみたいと思います。

子供が親を育てるというお話を前々回お話ししましたが、育ててもらう必要のない人たちが増えてきている、と言う解釈が一つです。
人生の体験学習はこの人生(今生)だけで行うものではありません。すでに子供を育てるという経験を過去世で幾度となくこなし、そこから得られることの多くをすでに身につけてきていれば、今回は別の人生を希望するという解釈もあります。

また次元移行に伴いそれを希望する魂にとっては「家族で学ぶ」と言う時空から「ワンネスを学び始める」高次元の時空に入り始めて行きます。
これは家族であろうと、血の繋がりのない関係性であろうと全ての魂は当価値であると言う意識を理解する時空間への進化を意味します。

家族という特別の “絆” は(ちょっと厳しい言い方になりますが)別の見方をすると3次元的執着に繋がって行きます。
さらにこれが拡大して行くと宗教的な異教徒とか、国家、民族といった排他的意識につながってゆきます。

*以下は私がリーディングで見てきたことを参考にしています。

今よりはるかに高い時空(周波数)として存在していたアトランティス、レムリア、ムーと言った超古代の高い文明では家族という繋がりは極めて希薄でした。
愛する二人がともに生活して行けば(夫婦という概念も同じように希薄でした)当然のように二人の間に子供ができます。
ここまでは今の夫婦、家族と同じです。

しかし子供がある年齢に達すると「自分の強い意志と希望」で、寄宿舎のような場所に入って行きます。
この辺りが今より進んでいた時空なのでしょう。
今の年齢でいうと小学校低学年7歳くらい。ただしこの時代は今より人類の寿命が長く300歳を超える人もいたようですので、この7歳が今の小学校低学年に当てはまるかは定かではありませんが・・

ここ時点で愛し合うカップル二人は子育てという仕事が終了してしまいます。
またこの時代には結婚という制度や概念がありませんでした、その時々で今するべき体験学習の相手と時を過ごす、これがパートナー同士の有り様だったのです。

今私たちは自分の子を守ろうとする本能と、強い義務感と正義感を持っています。
これは裏を返せば、子供が育つ環境に危険があるということにもなります。
子を守り保護し、見えない社会の弾圧や不条理から守らなければならない。今でしたら食品の添加物の危険や不道徳な誘惑もあるでしょう。

しかしこの超古代では、そうした人為的な危険が皆無と言っていいほどありませんでした。

真夜中に幼い子が野生動物のいる場所を一人で歩こうが、繁華街に行き遊ぼうが、不良もいなければ危険ドラッグを売る売人もいません。
繁華街と言っても、今の私たちが見たら郊外の閑静な住宅地にある昼間の児童公園ほどの平和さです。

当然のこと自分の子供であろうがなかろうが、全ての大人たちが子どもたちの独立した魂に敬意をもって接し、何かあれば惜しみなく手を差し伸べ、時には社会的な指導をしていました。

そうした社会で子育てをするということは「苦労」というものが今の子育てに比べたら無いに等しいことです。
就職の心配も不要、経済的な不安も無し。あるのは愛しい子どもと触れ合っていればいいという、体験学習というにはいささか拍子抜けしてしまうほどの子育てがあるだけです。
また子供達が早くから覚醒していますので、人様に迷惑が・・などという躾さえ不要です。
まして自国の文化や伝統を「過度」に誇るような民族意識も希薄でした。

今の私たちの体験学習は人との関係性の中で行われるものです。
ですから一つの家族だけで出来る体験学習には限りがあります、そのため別の家族やパートナーと別の人生を体験する場合、生まれ変わって別の人となって別の人と出会い家族となって別の人生を送るという必要もあるかもしれません。

また決して離婚を推奨するものではありませんし、生涯を一人の相手と全うする暖かさもとても美しいく、老夫婦がお互いを労わりながら手をつなぎ歩く姿を見ると神々しささえ感じます。
しかしやむなくお互い別々の人生を送ることになる事もあるでしょう。しかし制度としての婚姻では離婚は反社会的な事と見なすよう仕向けています、それは結婚制度が魂的拘束を別の側面として持ってしまう事にもなります。

ところがこの超古代文明では、夫婦、家族という、いわば拘束がとてもて緩く、一つの人生の中で別の人との人生を何度か経験するということに社会は寛容でした。
また寿命も長いので、一つの人生で出会える人の数も多くなります。

また高い周波数を持っているということは、どれ程愛する相手であっても「魂は拘束できない自由な存在である」と言うことを十分に理解していましたし相手への執着や欲という意識も低いものでした。

今私たちは次元移行を迎えようとしています。
この超古代の周波数を超え、さらなる高次に向かう旅が始まりました。

しかしその契約があろうとなかろうと生涯を一人の相手と「共白髪」として生涯を送るカップルも当然ながら古代文明にもたくさん暮らしていました。
しかし彼らには口約束も紙切れの契約書も存在しません。
「君と過ごす事が嬉しく、幸せなので共にいたいのです」「あなたも私と同じ思いなのね」
と言うことだったのでしょう。

この点では今も古代も変わることなく、天が微笑みを持って温かい眼差しを送ってくれることに違いなどありません。

今回の記事は超古代の結婚観に触れましたが今回はここまでとし、また次回以降記事を続けます。

   ・

さてここから今回の記事のスピンオフである「リラ」のお話を少しだけさせて頂き終わろうと思います。

子供を作るということは、例外を除き(人工授精や里親になるということ)性交渉によります。
しかし子供を持つためだけに性愛があるわけではありません。

ここは極めて重要な人類としての男女間の意味なのです。
子供を作るためだけに私たちは性交渉をするのでしょうか?
もちろんそんなことなど無いことは誰でもがご理解いただけるでしょう。

ではなぜ快楽があるのか、至福を得られるのか・・・?

性交渉は、子供を作る大きな目的以上に人類に与えられた極めて重要な「ミッション」として位置付けられるものなのです。
愛する相手とのSEXで私たちは、至福感のある快感を知ります。
子を欲しいと願うだけであれば快楽は不要です。
実際人類以外の別の生物たちには(一部を除き)快楽という副次的なものを持ち合わせていません。

なぜなのでしょうか?
これも子供を持つという(持たないことも含め)事と深く関係しています。

この点に関してはリラという天体の意識と深く関わります。
今まで続けてきましたリラ物語はまだまだ完結していませんし、むしろ完結することなく続いて行くでしょう。
今回の一連の「母である事」との対にある「リラの愛」でまたこの点をスピンオフとして記事にして行きます。

しかしこの内容にはセクシャルな内容も含みますので、全てを記事するにはまだ次元ステージとして早いと判断していますので徐々に次元移行のスピードを判断しながら記事にして行こうと思っています。

ではでは今回はこれにて〜
なおこの記事のシリーズ(母であること)も完結していません、まだ続きます。










[PR]

by farmemory | 2016-06-05 21:51 | ・ミッション | Trackback | Comments(1)

◆母である事、そして自らの使命(2)◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



c0319737_071883.jpg

◆母である事、そして自らの使命(2)◆

さて次に40~50代からの母達に関してお話しして行きます。
今この世代がとても大きな意味を持って来てます。

この世代の母親達は、多くの場合子供達の多くは成人、あるいは自立の芽が見えてくる頃です。
つまり子育てを終えた世代(子供達が既に独立、或は成人している世代。または若くして高い独立心を持ち自立している子たちを持つ方々)です。

見方を変えれば子に対する母親の義務が完了し(手が空き始めた)自由な時間を得た事になり、何より自分の事に集中出来る時となった訳です。

また母として幼子を抱えている時には、母の身は自分だけのものではなく、子の為に生きなければなりません。
「あなたの体はあなただけのものでは有りません」
その言葉があてはまります。

しかし子供が成人した段階で、役目としての母から解放され、ようやく自分の使命に向かう用意が出来ると言う事になります。
もちろん40~50代と世代を限定している訳では有りません。

子の成人は年齢で決めるのではなく、その子の独立心に依存しますので、早い人であれば30代で既に母としての責務から離れ始める人も居るでしょう。

30代の方であっても10代の子供達が幼い頃から独立心を見せ、何より高い覚醒状態に有る場合、その段階で母としての役目が緩やかになり始めています。
特に私の所にリーディングに来られる30代の母親の方の中にはこうしたお子さんをお持ちの方がとても多いと感じています。

中には子供達(特にお子さんが娘の場合)の方が母親で、自分が娘のようだと言って笑っておられる方もいます。
そうしたまだ成人前の、しかし高い覚醒を見せ始めた子供達を持ち、親子の関係がまるで友達の様な関係である母娘(息子)は、その子供達とともに共同のミッションに当たる時が来ている可能性もあります。

もちろん子の成長は留まる事は有りません、ですから今の時点で子供達との共同ミッションが有ると知れたとしても、そのミッションがこの人生で行う全てでは有りません。
人生を歩む中で変化が続いて行き、その時々に自分が行う使命も変化して行きます。

そして40~50代を迎えれば、その時点で、自分の意識も肉体も自分の願いのまま生きる時を迎える事となります。
良く50代は「元気」と言われる所以もあながち間違っていないのも此処に理由があるかもしれません。

社会に対する「耐性」というパワーも若い頃に比べれば付いている筈です。
そして子育てにより自らにパワーをつけ、子育てが終わったと同時にそのパワーを使えるタイミングとなっているわけです。

これは過去にあったお話なのですが、ソビエト連邦が崩壊した時ソビエト共産党の重要な要職についていた中年男性がある日いきなり自分の所属すべき世界が消えてしまい、それに対応できず(いつまでも過去の栄光にしがみつき)アルコール等に逃げ家庭の中で粗大ゴミ化していったと言われています。
しかしその時、その妻たちはそれにへこたれることなく、持った事もないスコップを手にし、大切育ててきた花壇をためらうことなく取り壊し、家の庭を耕し作物を作り泥にまみれ野菜を作り飢えをしのいだと聞いています。

今後これと同じように大きな社会の変化の中に私たちは進んで行くことになるでしょう。
もちろんそれはいずれ希望の未来に続く様々な事象ですので恐れることはありませんが、洗濯機に放り込まれ洗浄されるようなものです。安
定した3次元から高次へという大きな変化に翻弄されるような感覚もあるかもしれません。
そうした時、今何が起ころうとしているかを知る方が、その変化が何なのかが理解できず足を止めすくんでしまう方に、何が起こっているかを伝えてゆくことが一つの大きな仕事になって行くでしょう。

今回の世代別のお話は少し象徴的になりました。
次回はこのシリーズの最後として子供を持たない方に目を向けてみたいと思います。

   ・

また次回以降、母としてだけではなく女性として生まれてきた今、具体的に行うミッションなどについてお話ししてみたいと思います。

ではではまた












[PR]

by farmemory | 2016-06-01 00:08 | ・ミッション | Trackback | Comments(4)

◆母である事、そして自らの使命(1)◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



巻末に<追記>があります
c0319737_0342062.jpg


◆母である事、そして自らの使命(1)◆

私たちは遥か昔地球外の天体から(密度の高い重い肉体ではなく、軽く目に映らない意識体を纏って)この地球で人類として生きることを希望しやってきました。

その中の少数に、この地球に次元上昇を人類として目撃するため、さらにはこの次元移行を人類としてバックアップするために来た方がいます。
これがライトワーカーと言われる方々です。
遥か古代に、やがて地球(ガイア)が自らの意思で次元移行を迎えるその時のため、長い時間ライトワーカーたちはこの地球で、慣れない人間関係の苦悩の中でやがて来る使命遂行の時のため苦手な”社会”に敢えて身を置いてきました。

そして今次元移行の時を迎え多くのライトワーカーたちは目を覚まし始めました。
本来ライトワーカーには男女の性差はありませんが自分の生きるその世界で自分のやれる使命を果たす時となりました。


今回は母子という視点から自らか決めた使命に従事しようとするライトワーカーに焦点を当ててみたいと思います。


子は親の意向で生まれ来るのではなく、子が自らの意思でその家庭の家族となることを選択しやって来てくれます。

その子が生まれる前に天から自分の親となるカップルを見ています。
そして先ずは自分が生まれて行って「お母さんを幸せにしてあげたい」と願ってそのカップルの元にやってきます。

父親でないと言う所が興味深い所ですが、母子の関係を見ればそれも十分にうなずける事です。
しかし、父親が何らかの理由で男手でその子を育てる事となった時、父は母ともなる訳で、そこでは上記の意味合いが父にも向けられる事となります。

さて子は確かに母を幸せにと願って生まれてくれる事は一つの理由なのですが、実はそれ以上に重要な理由があります。

「子は親を育てる」

良く言われる事です。
確かに自分のエゴを表面に表し恋愛というゲーム(お互いに相手の愛を求めようとする事)に生きていた若い二人が、自分以外の者のために生きる喜び(見返りを求めない真の「無償の愛」)のなんたるかを知るという面からすれば、愛しい赤ちゃんの寝顔は青年を父親にし、乙女を母親にしてゆく強烈な教師ともなりえます。
また中には手の掛かる子を演じ、親を翻弄してゆくうちに、その親は子に鍛えられて行きます。
多くの場合これが、子がその家庭に来てくれる最大の意味となります。

さて、ここで少し話を母親である前に一人の女性として見てみます。
結婚(社会契約としての婚姻だけを指すのではなく、パートナーと暮らすことも含め)すると言うことは妻であり母となることも意味します。
しかし魂の視点からすれば親子の絆、夫婦パートナーとの繋がりを超え一人の人間、個別の魂を持った個としての独立した存在でもあります。

ですから「使命」と言う観点からすれば、女性であろうと男性であろうと、また既婚であろうと独身であろうと、そうした状況に左右されることはないのが使命です。
しかしその個別の魂として、自らのミッションに従事するにはタイミングがあります。
またその時々(自分が置かれている環境や状態)によって、自分のできるミッションも変化して行きます。

さて、今自分が20代、30代の母達であれば多くの場合、子供達は乳飲子か幼子と言う事になりましょう。
手のかかる子供を抱えている時には、どうしてもそれに集中しなければなりません。
その時に自分の使命は何かと知りたければ「今は精一杯に子に向かう」ことが、いわばこのタイミングでの使命となります。

もしその子がいずれ大人になった時、多くの人命を救う人になったとしたら、その子の能力を封じることなく健やかに育てることで、子と共に共同ミッションをしていることとにもなります。
今、目の前で使命を果たすのも、やがて来るその時のための布石を打つことも何ら変わらないことです。
手ごたえのある「使命」らしきものを行いたいと焦りを感じたとしても、今自分がするべきことは何かに目を向ければ腕の中に眠るその子に集中するとこだということは考えなくてもわかることです。

そしてそれが使命から遠ざかっていることでは決してないのです。

本来私たちが行うべき使命なるものは極めて単純なことなのです。
自分という存在が作り出す暖かく優しいエネルギーが、この次元移行の強力なバックアップとなって行くのだということです。
これを是とするのなら、自らの腕の中で健やかに寝息を立てている子を見る母の慈愛に満ちた眼差しこそが、この次元移行を助けるとても有用な力となります。
これはマリア、慈母観音と同じ力を持つことを意味します。

子育てに奮闘しているのであれば、すでに「今の時点での使命」は遂行しているのだということをご理解いただければと思います。

本来わたしたちが望んできたミッションは、必ずしも五感で知り得ることとは限りません。
むしろそれを超えたところでしか判断できない可能性の方が高く、さらには五感で知りえないことの方が重要だとも言えます。

<追記>

ただし今回のお話は、言うまでもなくお子さんが生まれた以上全てを子に捧げ、自分を犠牲にしてでも子に全霊を向けるべきということではありません。
母であっても個としての自分を持って生きているのは同じことです。

時には子育てに疲れることもあるでしょう、子供一番という社会の風潮に疑問を感じる方もおられましょう。
全ての魂は等価値です、そこに年齢も性別も社会的地位も条件もありません。

またシングルで子育てをしていれば、子に向かう時間もなく1日が過ぎてしまうという方も決して少なくはないでしょう。

子に対し怒りを抱くこともあれば、どうにも心が通じないとお感じになる方もいるでしょう。
どれほど「縁」があってこの人生で親子を約束してきたのであっても、個々の魂として存在している以上、感情もそれぞれです。
そこに生まれてしまう時々の感情も母である前に一人の魂を持つ人間として湧き上がるものであれば、それさえも容認されるべきものです。

巷にある子育て論の中にあるように「冷静に、自我を捨て、大人として接し、社会的価値を重視する」ということができなくても、その自分もそのままにいてください。
特に社会的価値に関しては多くの方が疑問を抱いている事でしょう、そうした常識から一歩引いておくことも大切です。

母である自分も生きている一人の人間であることも、天は微笑みを持って見つめてくれています。
テレビのコメンテーターの言うような「絵に描いたような小奇麗なママ」である必要はどこにもありはしません。

強い正義感を持つことと清廉潔癖であることを推奨はいたしませんし、子供が世界で一番に大切にされなければならない訳ではありません。
全ての魂は等価値であることはお忘れなきよう。


次回は子育てが終わった、または終わろうとしている世代の母親たちに焦点を向けてみたいと思います。










[PR]

by farmemory | 2016-05-26 00:34 | ・ミッション | Trackback | Comments(12)

◆軽井沢リラ解放イベント◆の報告

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆軽井沢リラ解放イベント◆の報告

c0319737_1444462.jpg


今回2度目となるリラの解放ミッションのため軽井沢に行ってまいりました。
前回と違い浅間神社などの寺社を対象としたものではなく「浅間山」そのものにフォーカスしたミッションでした。

とは言えいつものことですが、リラの解放イベントはとにかく ”ゆる〜〜く” 、参加者の皆さんも重要な意味を持ってお集まりいただいている筈なのですが、ほとんど観光旅行気分のイベントになってしまいました(笑)

でも、室内での勉強会や浅間山の影響下での野外瞑想などもしっかり行ってきました。

特に今回のリライベントでは、とても有用なコンタクトがありました。
今まではリラの解放はシリウスの男性性によると認識していましたが、今回は思いもかけない天体との繋がりが「開通」しました。

ここにある画像ですが、車座になって集合瞑想を行っていた際に現れた真っ青なオーブ(エネルギー体)です。
c0319737_1454884.jpg

今までにも数多くのオーブを見てきましたが、ここまで鮮やかなコバルトブルーのオーブを見たのはとても珍しいことです。

瞑想中に映り込んだもので、瞑想後同じ場所でこのエネルギー体に意識を向けたところ

「妙見菩薩(北斗七星)」

と返事が返ってきました。
初めての経験でしたが、今まで接触していなかった天体である大熊座(北斗七星)とのコンタクトが今回の重要なミッションの一つだったようです。

妙見の登場は、今回イベントに初めて参加された方との繋がりから起こったことでした。
ご本人は自分が妙見菩薩との繋がりに関しては全く意識もなかったと仰っていましたが、今回は北斗七星のα星である「ドゥーベ星」の人々が人知れず、リラと同じように地球への高い影響力を持って、見えない形でリラとともにこの地球の調整をしてきてくれたことを知りました。

リラは地質、特にマントルに大きな影響力を持っていましたが妙見(今後はドゥーベに統一します)はこの地球の神経節である「レイライン、レイポイント」を担当してきてくれたとのことです。
さらに重要な「地軸」を司る重要な人々です。
今言われているポールシフトにも大きく関与している筈です。

今回のリラの解放ミッションは同時にドゥーベの解放を行うと言う、少々驚きの展開となりました。
このイベントの後今まで意識を向けることのなかったドゥーベからのコンタクトの開通が起こり始めていることも感じています。
(この内容は今回で書き切れるものではありませんので、別途記事にして行きます)


今回訪れた熊野神社と浅間神社では殊の外穏やかなエネルギーを感じ、解放が進んでいることを実感しました。

勉強会、瞑想、コンタクトワーク以外の時間は女性性の高いエネルギー下の中で行われたイベントですので、それはもう・・・
ほとんど観光状態で、宿泊ホテルでいただいた夕食のフレンチと広大で緑に囲まれた庭園散歩、軽井沢銀座の散策や万平ホテルでのランチなどミッション以外にも盛りだくさんでした。

   ・

以下、今回写すことのできた画像と動画です。

こちらの画像は夜間のコンタクトワークで現れた(写した)光体たちです。
c0319737_146944.jpg

これ以外にも数多くのオーブも撮影していますが、まずはこの明るい光をご紹介します。
明らかにシリウスのエネルギーを感じる光体ですが、その中に感じたことのない光も混じっていました(手ぶれがありますが上の横長の画像---特に右側の白っぽい光--)
おそらくこの光がドゥーベのエネルギー光体なのではないかと思います。


こちらの動画は、軽井沢の駅前で撮影した雲に酷似したエネルギー体の変形の様子です。


かなり早いスピードで変化してゆくのがお分かりになるかと思いますが、この動きには「意志」を感じました。
またカメラ位置が微妙に変わる時、楕円形の赤っぽい光が映りこみ、とても幻想的です。


以上今回のイベントは、とにかく楽しむことから始まり、参加者のエネルギーによるとても明るいミッションでしたので、終日笑いの絶えないなんともナイスなイベントとなりました。

   ・

リラの解放イベントはまだまだ続きます(私の一つのライフワークになりかけています)

夏が過ぎましたら、次回の解放ミッションは「湘南」の海でのリライベントとなります。
また決まりましたらお知らせいたします。
イベントはとても和やかに、そしてゆるく楽しく進んで行きます、ご興味のある方は是非ご参加ください。

全ては必然です、偶然のご参加に見えても、その方がイベントの重要な関係者となっ行きます。

ではではまた












[PR]

by farmemory | 2016-05-17 14:10 | ・ミッション | Trackback | Comments(1)