カテゴリ:・今日を生き明日に向かう為に( 123 )

◆2016年への暇乞い◆

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◆2016年への暇乞い(ご機嫌よう2016年)◆

二度と戻ることのできない高次元への旅と言う現実を、この1年で確信できたと感じています。

2016年もあと2日。
クリスマスを無事に迎え、ローマ教皇のクリスマスミサを私たちは目にしました。
これこそが新しい次元の扉を私たちはこの地球とともにくぐったのだと言う事実に至ることができました。

しかしこれから迎える高次へのさらなる旅は、今まで以上に未知の領域への進化となります。同時に今まで知ることのなかった未知のエネルギーにさらされてゆくことも意味します。
数年前、この次元移行を目前とし
「大きく未知の体験をすることになりますが、いいですね?」
と言う天の言葉に
「覚悟はできています」
と返したことを忘れてはいません。

個々人にやってくるその厳しさを耐えることを覚悟した今、むしろその中にいる自分でからこそ高次への道に足を踏み入れたと言うことを確信しています。

しかし今までに体験してきた厳しさの中で自分が獲得してきた自負と力を、今自分は信じています。

明くる年より次のステージに入る、その前の静かな年の瀬を今は楽しんでいたいと思います。

そして今年1年このブログにお越しいただいた皆様に心より感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました。

新たなるステージとなる新年、またお会いいたしましょう。

ではでは!










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by farmemory | 2016-12-29 22:37 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(7)

◆「善業」と言う名の不毛◆

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◆「善業」と言う名の不毛◆

「善業を行う」と意識してする行いの中には善業は存在しません。
善業とは身の内にある慈愛から生まれる行為です。

自分の行なった行為が善業であるかないかを考え、知る前に、体が動き、その行為を行なった自覚さえないことこそが善業です。

そして自覚さえしていないその美しい行為を、自分が成したたことも知らず、記憶にもなく、誰にも知られることなく行なった時に、天からの微笑みを受け取る事となるでしょう。

でも、その微笑みさえも知ることはなく、ただただ訳も知らず
「色々あるけど、なんか今日も穏やかで幸せな感じ」
その時が天の微笑みを受け取った時です。

そして
「一日一善」
などと言う自己陶酔じみた選民意識からくる言葉などに惑わされず、心のままに生きていくことこそが真の善業と知ります。

笑顔もなく言葉も下手で、いつも怒ったような顔で、お愛想一つ言うことも出来ない人が、人混みの中で狼狽える見知らぬ老人の手を黙って静かに取っている。

人当たりよく社会の中でそつなくスマートに振舞い、和を乱すことを ”自分の評価のために” 避け、笑顔で振舞いながら心の中で「チッ」と舌打ちし、知的で上品な美辞麗句のお世辞を披露する。

天の微笑みはどちらに?










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by farmemory | 2016-12-16 02:21 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(6)

◆あるお便り◆

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◆あるお便り◆

リーディングに来ていただいた方からお便りをいただきましたので記事にしてみます。
返信したお返事はこれほど長いものではありません、加筆してあります。


Q.意識の離脱と実際の生活をどうバランスとっていくかが、引き続いての最大の悩みなのですが、先日のリーディングでアドバイス頂いた通り、達観するしかないわけですよね。
ただ、そうすると、どうしても、仕事に身が入らない、気合が入らないという状況になりがちですね。これも仕方のない事なのでしょうか?
何れにせよ、嫌な事、不安になる事、ストレスを感じる事は出来るだけ考えないようにし、日常の些細な幸せにfocusして行きたいと思います。(それでいいんですよね?)

A.ほんとのことを言えば、その社会からの物理的な離脱が覚醒のためのより早い確実な方法なんです。


ただ、家族を抱えて生きると決めたのであれば、スピリチュアル2割、現実社会8割で生きることも必要かもしれません。
社会を自分の生きる場所と決めたのは自分です。
自分の決めた道に迂回路はありません。

そして現実社会に生きる自分を否定しては何の意味もありません。
そこに生きると決めているのであれば、あまり過度にスピリチュアルに意識を向けた解決を願わないことです。

また一方仕事や社会に苦しみ疲れ果て、そして遂には仕事を辞めて救われた人を何人も見てきています。
そうした方々は皆一様に緩やかに、幸福感の中で日々を楽しく暮らしています。

ただし、社会人としてのパスポートも同時に捨て去っていますので、社会の中での自分の立ち位置(存在意義)も同時に手放しています。
そのため家族からバッシィングを受けたり、実家や兄弟姉妹から「一家のはぐれもの」「社会人としては残念な人」との謗りを受けることも受け入れたということです。

家族であっても皆一人一人個別の魂を持った独立した存在です。
皆が違っていることが、当然でもあるのです。
そこに「家族だから、パートナーだから」と言う言葉は意味を持ちません。

自分が最良の笑顔を持つことと、現行の社会とは時として対極にあることは理解してください。
どちらにも”落とし所”などと言う胡散臭い言葉などありません。

自分にとって家族を路頭に迷わせたくはないから、その道を歩む。
これは自分の尊い選択です。

また、家族を不安にさせてしまうかもしれないが、真の自分を取り戻し自分のできる限りの愛を家族に注ぐことを願うのも選択です。
ただし、これは物理的な(経済的のことや社会的地位)愛ではありません、自分が本当の自分で生き、そのあらゆる拘束、社会と言う呪縛から解放された ”至福のエネルギー” を家族に注ぐことを言います。

どちらの選択が優れている?正しい?立派?
そんなこと比べることではありませんし、比べられるものでもありません。

時間がかかろうと、社会に籍を置きながら進むという選択ももちろん「あり」です、ただしそのためには少々厳しさのある「忍耐」が問われるかもしれません。
しかし、新次元には必ずたどり着けることを信じることは大切なことです。

確かに今いる場所をそう簡単に離れることはできないのも現実のことでしょう。

在籍しつつも意識を解放できる方法が一つあります。

それは「社会を軽く扱い舐めてかかる」こと。
そしてその場所で結果を出せない自分、役に立っていない自分、評価されない自分を良しとすることです。

ニコニコ笑顔で「役立たず」の称号を甘んじて受けて見ましょう。

現行の社会に身を置くことに苦痛を感じると言うことは、ある意味至極真っ当な意識なのです。

なぜなら「この社会、正義と信頼の上に成り立った、信じるに足る愛すべき場所ですか?」
の問いに、どう自分か答えるかを見ればわかることです。

もし苦しい、辛いと感じる職場やグループに身を置き、簡単にそこを離れることができないのであれば、その社会という場で真実の世界を見つけることから離れ、愛しい家族の糧を得る「狩り」に出向く狩人として生きるのもいいかもしれません。

そうした場に自分の居場所がないことの方が、自分は当然であることを忘れないことです。

特に資本主義経済社会に人の道を探しても「おやおや、それはそれは、お疲れ様なことで」と薄ら笑いを向けて来るだけです。

どこかの国家元首さえも口にする「戦略」という言葉。
企業戦略とか国家戦略とか・・

この「戦略」と言う言葉は人を殺害し奪い取り蹂躙し、隙があったら寝首を搔くという「戦争」で使う言葉です。
そんな恐ろしい言葉を平気で口にしている社会をしっかり見ていてください。

(現行の)社会的な評価は「魂を不在にしてしまう」可能性があると知れば、自ずと自分の行動に指針も見えてくるのではないでしょうか。

これから先、自分が新しい時空を目指すのであれば、群れることなく多数意見に流されず「個」としての自分を生きることを今まで以上に問われてきます。

狭く閉ざされた社会(会社や集団、団体、グループ)における評価や価値観の中には、その世界だけでしか成り立たない価値観も沢山あります。
そこを離れた途端、その価値観は意味を失い消え去って行くものもあるでしょう。

しかしこの世界には国境も、宗教も、教育もイデオロギーも全てを超越した「天の評価と価値観」があります。

その「天の価値観とは何か?」を見つける旅が、覚醒への道です。

現行の社会に席を置けば置くほど天の価値観は過酷さと厳しさを見せるかもしれません。
それは当然のこと、社会と対極にある天の摂理である以上、過酷と感じることが天の慈悲だからです。

社会からの離脱を始めた時、その過酷さが一転、慈悲の温かみであることを知ることになるかもしれません。

また、時として立ちはだかる不条理に正義感を持って戦いを挑むのではなく
「逃げるが勝ち」の臆病者の腰抜けでいることが、結果として戦いを強いる社会からの離脱だということを忘れないでください。

まして自分には受け入れ難く、納得がいかない社会だからと、その社会相手に強い不満やジャッジメントを向けること自体、すでに怒りや不安の想念を自分の中に生じさせてることに気がついてください。

社会に意識を向けた途端憤りを感じさせる不条理な社会がなぜ存在するか、それには一つの理由があります。
誰もが「おかしい」と感じる行動や言動、それを堂々と行い人の批判にもなんとも思わないような社会の存在自体、わたしたち人類にネガティブエネルギーを生み出させるためわざと投げかけている不条理でもあるからです。

不埒と感じ、でたらめと感じる社会であれば、とっとと離れ、相手になどせず無視してゆくことが身を守る一番の方法なのかもしれません。

「もう十分社会を知ったでしょう?よく頑張りましたね。そろそろこちらにいらっしゃい」

その声の聞こえる場所、真の価値観を探す旅に出てくださいね。

   ・

そして、自分を大切にする事こそが、愛する者達を大切にするのだと言うことであり、時には自分の強い希望を通すこともその一つなのだと言うことも覚えておいてください。

もし仮に自分の希望からくる選択をしたため、今目の前で混乱が起こったとしても、ずっと先その選択が実を結ぶことを信じることでしょう。

変化は待つだけでなく、自分から起こすことも(これも実は天のシナリオですが)必要な時もあります。
ただし、それを起こす時は必ず

「誰になんと言われようと自分の強い希望から!」

を条件にする必要があります。
どちらが良いか、どちらか得か、どちらが優れているか、どちらが効率的かは魂の選択ではありません。

深層自我と表層自我、本音と建前なのではなく、どちらも真の自分に他ならないのです。
全ては自分自身の責任における選択です。

そしてもっともっと自分を大事にして生きてください。
この世界はワンネスに向かっています。




以上ご参考までに。












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by farmemory | 2016-12-09 01:18 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(12)

◆天使の光◆

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◆天使の光◆

あの山の向こうには何があるのだろう
この切なさの向こうで何を見つけられるのだろう

この街に住み
知らない顔さえ知らず

いつも陽気に振舞いながら精一杯の笑顔を見せ
今日も仕事に向かいます

なぜ私はここに居るのだろう
なぜ今を生きて居るのだろう

部屋に戻れば笑顔とさよなら
陽気な自分は鏡の中にはいないもん

あの川を渡れば道はどこに続いて居るのだろう
この悲しみの向こうには誰が待っているのだろう

幼い頃から此処しか知らず
幼い頃から居場所もなく

いつも元気と言われながら
人前では前向きで歩く役者を続けます
元気な自分を作るため明日もお化粧するのかな

君の希望は何と聞かれます
何が楽しく何が喜びって聞かれます

鏡に問いかけても答えはいつも返って来ません
困った顔した自分がそこに居るだけ

一人で布団にくるまって
いつも自分を見つめて生きて来ました
でも答えは見つかりません

それでも誰も頼りません
それでも誰も追いかけません

毎日顔をあわせる人たちは
本当の私を知りません

でも私は一人でなんかないのです
夜空をゆく光の船も
お休みの日の公園で見るあの虹も
霞の中にいる見えない友を私は知っています

眠りに入った静かな夜更けのこの時間
「この道の先に向かい自分を信じて生きて行けるよね?」
夢の中に出て来る天使は光の中でいつも優しい笑顔で語りかけてくれます

自分を信じる試練と
自分を信じる戸惑いと
自分を信じる勇気と
自分を信じられる喜び

信じるって何なのかを今探し始めました

いつか必ず会おうと約束した
まだ見ぬ魂の貴方を心に抱き
いつか必ずたどり着くと誓った
私の明日に思いを馳せながら

天使の光のあの美しさが今の私の全てです









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by farmemory | 2016-12-03 00:05 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(9)

◆これも変化?◆

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◆これも変化?◆

一週間ほど家を空けていましたので更新が遅れました。
夏は個人的にタイトな日々のため今月いっぱい更新が少なくなるかもしれません、来月から通常モードになると思います。

ところで、オリンピック。
小学生の頃から体育会系で過ごしてきましたので、アスリートたちの真剣な眼差しと笑顔に心動かされます。
その中でも女子選手たちの活躍が目立っているように感じます。
ことによるとリラを筆頭とする女性性の目覚めを見ているのかもしれませんね。

イギリスでも新しい首相が女性、都知事も、そしてアメリカ大統領も?
ただし彼女たちがどこに所属し、何を成そうとしているかにはあまり興味がありませんし、優劣、可否も一切しませんが・・・・


もう一つ、最近のセブンイレブンのTVCM。
既にご存知の方も多いと思いますが「トランス脂肪酸低減に取り組んでいます」と言うコマーシャル。
コンビニの雄であり社会的影響力のある企業「セブンイレブン」の口から、事もあろうにトランス脂肪酸を否定的に扱う言葉が出るとは・・・

今の段階でこのCM、多くの食品にトランス脂肪酸を使っていたであろうコンビニのトップにどのような意図があるのかは分かりません。

しかしこれだけは間違いありません。
今までその言葉を気にもしなかった人、聞いたこともなかった人が

「トランス脂肪酸?なにそれ?検索してみよう」
「・・・え~~~~~そうなの~~~~~~!?」
って

余談ですが人の脳の一部、松果体に干渉し、その機能を不活性化する化学物質が存在している・・・かもしれません。
そして松果体は第3の目と連動し、五感を超える感知能力に関係しています。

   ・

以下は記事とつながるものではありません。
独り言ちゅーか、まあそんなもんです。

塩素、フッ素、トランス脂肪酸(マーガリン、ショートニング等)









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by farmemory | 2016-08-19 15:22 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(1)

◆変わりゆく時◆

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◆変わりゆく時◆

踏みにじられ
傷つけられ
疎まれ

泥にまみれ生きてきた幾度もの人生

悪態をつき信じることを忘れ
罵り嫌われ
善人と呼ばれることに背を向けて

独り生きることに安堵し
友も無し

我をわかる人は無しと思えども
それでも流す涙の誠と美しさ

人の世の心にほだされ触れる時もあと僅か
今はただ変わり行く時(次元)を惜しみつつ










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by farmemory | 2016-08-11 11:23 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(7)

◆具現化する願いと見ることのない願い◆

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◆具現化する願いと見ることのない願い◆

この世界には因果律というものが厳然と存在しています。
自分で行った行為(物理的なことも心に思い描くことも同じことです)は、それと同じことが自分に影響してくる、帰ってくるという天の摂理のことです。

あえてお話することもないことですが、幾つか追記すべきことがあると感じましたので記事にしてみました。

例えば自分がある人に対し傷つけたり悲しませてしまうことをすれば、それと同じことを自分も体験しなかればならないという風に解釈されている方も多いかと思います。

この摂理自体大きく外れてはいないのですが、必ずしも同じ痛みを自分が受けなければならないということではありません。
重要なことはそうした行為が重要なのではなく、その行為を受けた相手がどのような感情を受け、どのように心を痛めたかという極めてメンタルな部分が重要になります。

例えば自分が誰かの命を奪ってしまったとして、では次に自分がそれと同じことを体験するのだから、次の転生でその相手に今度は自分が同じ目にあう。
そういうことではないのです。

AさんがBさんに対し行った行為だから、次の人生でBさんがAさんに、ではなく、Aさんが逆に体験する前世での因果律をCさんから受けることになれば同じことなのです。

重要なことはやったらやり返すという行為の連鎖ではなく、その行為によって人がどのような感情的体験をしたか。
そして今度はそれと同じ心に痛み(物理的に同じ行為をやり返されるのではなく)を知るためには全く同じ行為でなくとも、その心に痛みを感じる行為を全く別の方から受けたとしてもそこに「同じ感情値」を得ることとなれば、そこで初めて因果律が適用されるわけです。

意図せず過失によって人を苦しめてしまったのであれば、恐らく次回の人生でそれをやり返されるということはないでしょう。
しかし自身の傲慢さやエゴによって(それを自分が認識していなくても魂は承知していますので)相手を傷つけた時初めてそこに因果律が発生し、次の自分がその痛みを知るということになります。

痛みを知ったものは同じ痛みを人に与えようとするのではなく、それを避けるようになってゆくことが精神的成長です。
人の痛みを知るためには自分がその痛みを経験しなければ、その本当の辛さはわかりません。
どれほど宗教教義で教えられようと、道徳の時間に耳タコになるほど聞かされようと、それはあくまで「知識」の域を出るものではありません。

体験こそすべてを知る重要な学習ということです。

しかし生きている間、私たちはこの重い肉体を着て過ごしていますので、聖人君子となって生きることはできはしません。
煩悩やエゴと共に生きているのがこの世界であり、それなくしては此処(3次元)にいないということにもなります。

自分がとても苦手で、それ以上に恨んでしまうほど憎く思う相手(人と限らず社会であっても)がいたとして、その人を疎んでしまい
「あの人なんか痛い目にあえばいいんだ」
「いなくなってしまえばいいのに」
「困った顔を本気で見てやりたい」

そうしたことを心の中に願ったとします。

これから向かう高次元では、そこに近づくと徐々に心に思うこと(想念)が具現化してゆく世界となって行きます。
そうであれば自分が嫌う相手への攻撃的意識(想念)さえ具現化してしまいます。

確かにこれは「今までの周波数の低い3次元」でも実際に具現化されることでした。
丑の刻参りをご存知かと思いますが、恨む相手を想念(呪って)相手傷つけ、時には命さえ奪ってしまう想念攻撃です。
3次元での因果律は、それこそストレートに自分に返ってきますので
「人を呪えば穴二つ」(一つは相手の墓穴、もう一つは自分の墓あな)
自分の命と引き換えに相手を傷つけることができたのが3次元です。

しかしこれからの高次元へ向かい始めると、自身のハイヤーセルフはいつでも自分に寄り添い、自分にとって不要で危険なあらゆるものから守り保護してくれます。

もし自分がネガティブなことを心に描き、相手を傷つけたいとどれほど願ってもそれが現実化しないとしたら、それこそがハイヤーセルフの願いそのものだからなのです。
自分が誰かを傷つけたいと願い、それが現実のものとなった時、自分は意識的な罪を犯してしまうことになります。

それをさせたくないハイヤーセルフは決してそれを具現化する時空に自分を向けさせはしません。
ネガティブな意識の上に思い描く解決の道は、自身にその代償を払わせることとなってしまいます。

ハイヤーセルフは決してそれを望まないからこそ、ネガティブな想念が具現化しない道へ自分を導いてくれる(攻撃的願いは実現しない)のです。

これは対人ではなく、対社会に対しても同じことが言えます。

「こんな世界などなくなってしまえばいい、ぶっ壊れてしまえばいい」
そういくら願っても実現しないということはしっかりと自分のハイヤーセルフが自分自身を守っていることになります。

逆に社会に不満を感じることもあるし不条理はいくらもあろうが、それでも自分は自分を取り巻く社会や世界に間違いなく存在している。
もしその世界に悪態をつき攻撃的になってしまえば自分を含む世界全てを否定してしまうことにもなってしまいます。
「自己否定」ほど残念はことはありません。

この人生は偶然ではありません。
何を目撃し、何を体験するかは生まれる前にすでに承知し、約束してきています。
すべては自らが選んだ世界でもあると言うことです。


だからと言って不条理なことを肯定すべきと言っているのではありません。
そうではなく自分にとって不要と感じるものに意識を向けず、自分の身の回りに少しでも穏やかで明るい場所があればそこに意識を集中してゆくことが、より理にかなった前進方法ということなのです。

「まぁそれでもなんとか生きて行こう」
そう思った時、問題は自然解決へ向かって行きます。
そこには強い否定や、攻撃意識と言うネガティブな想念が存在しないからです。

攻撃的に問題解決を願う事。
不条理で不要な場所、意識から離れてゆく事。
そのどちらにハイヤーセルフは喜んで力を貸してくれるかは例える事もないでしょう。

不遜な者たちや社会が瓦解してゆくことなど一切思い描かず、子供達が、恋人たちが、家族みんなが穏やかに過ごしている世界、それだけを思い描いて(願って)欲しい。
ハイヤーセルフはきっと伝えて来ていることでしょう。

・・・・・・・・

オマケ

●「それではダメなんだよ!しっかり不条理な事に目を向け拳を上げ戦うんだ!!」
○「そうなんですね? でも(狭い範囲なんですが)今私の世界には暖かさしかないんですけど・・」
●「だから君はダメなんだ、しっかり社会や世界に目を向けなさいよ」
○「ん〜〜でも、ねぇ」
●「例えば不正選挙とか、闇の勢力とか・・・!! そんな話があるでしょう!!」
○「あ〜〜ね〜〜〜、でも今日の晩御飯のおかず考えなきゃ」
●「怒、怒、怒!」

●男性性
○女性性

これからの世界は女性性の世界です。
そして高次への道は順調です。

ではでは〜〜







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by farmemory | 2016-08-06 11:47 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(10)

◆あるネイティブアメリカンの話◆

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◆あるネイティブアメリカンの話◆

遥か昔、北アメリカの広大な平原に住むネイティブアメリカンの青年が一人、自らの部族を作ろうという遠大な夢のため村を離れようとしています。

村の人々は彼に大切なトウモロコシの実を持ち寄り皮袋に詰めてくれます。
長老はそれを手渡しながらこう言います。

「このトウモロコシはお前が飢えた時に口にすれば、一時の命を長らえさせる」
「しかし腹が減ってもそれに耐え、地に蒔けば、それはやがて何百倍もの実をもたらす糧ともなる」
「目の前の餓えに惑わされるも、お前が長となった時、お前の村を食べさせるもその一袋のトウモロコシなのだ」

未来を目指す私達のその旅の間、目の前だけの事象に全ての答えを求めず、自分はしっかりと未来に進んでいると信じた時、その蒔いた種がその都度芽吹き自らを誘って行くでしょう。









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by farmemory | 2016-07-13 00:46 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(6)

◆全能なる美に孵る◆

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◆全能なる美に孵る◆

腕力は花弁のひとひらにさえ抗えず
全ての欺瞞は開陳を迎える

論議を触れ合いに替え
振り上げた拳に花一輪
断罪を寛容に替え
荒げる声は歌声となる

信頼を外に求めず
自らを誇らず
自らを信頼する

統一の終焉
多様の胎動
始まりもなく終わりもなく
今この一点に収束し
永遠を変化と置き換え
目にする絶望は希望となる

自らの可能性に気付く時
扉は開き全てが供される

この世界に神はなく
この世界こそが神なれば
この世界にある我こそが神と知る

幼き瞼に映りし母の慈母も
若くして知る恋の苦悩も
老いて涙する人の温もりも
すべては過ぎ行くこの星の履歴
この星の至宝

遥か遠き時
旅立ちし日の荒野が今
全能なる美に孵る
真実と憧れ
今ここに始まりを見る









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by farmemory | 2016-05-03 07:22 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(8)

◆概念の壁◆

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◆概念の壁◆

自分と言う壁を越える。

   ・

真実も、答えも、救済も全て自分の中に求めます。なぜならそこには既に、それが用意されているからです。

自分の壁をこれから越えよう、突破しようと言う方には楽な事では無いかもしれません。
その壁は見る事の出来ない意識の壁、概念の壁です。

宗教家の様に寒い冬、滝に打たれて苦行を行おうと、ご先祖様に献花や灯明を上げようと、賽銭箱に小銭を投げ込み手を合わせようと概念の壁は越える事は出来ません。

そして一人では超えられず答えが分からないからと外に答えを求め続けていては、スピリチュアル的放浪者となるだけで、それでは閉ざされた空間の中で右往左往するだけになりかねません。

自らの中に用意された答えに辿り着く、その道を開通させる。
これはハイヤーセルフとのコンタクト、統合を目指すと言う事でもあります。

   ・

想像してみます。

今自分は答えを求め彷徨う旅人です。
自分はこの広大な街(現実と思っている3次元的世界)で出口や答えを求めあらゆる所を探し回っていますが、何も見つける事が出来ません。
どこに向かってもこの街を囲むとても高い壁に出くわし引き返しています。

そして見上げる空にはいつもいつも厚い雲が高い壁より低くこの街を覆っています。
探しまわっている自分は、この閉ざされた街の中だけを彷徨い、やがて壁の前で膝を折り、壁に額を押しつけ深い溜め息を漏らす事になるかも知れません。
この街を取り囲む壁は(この世界の)果てで有り、その先には行ける事は出来ないと自分から制限を掛けてしまっているのかもしれません。

しかし、その高い壁の外には晴天の薫風香る美しい大地(高次元)が広がっているのに、未だその事を知りません。
生まれ育ったこの街(世界、社会)だけが世界であり、生きる場所と思い込んでいるからです。


心(意識)の解放が、壁の突破に繋がります。
曇天の3次元だけの中だけが生きる場所と限定して来た自分から、未だ見ぬ壁の外には遥かに広がる晴天の大地が広がる事を信じてみて下さい。

高次元への旅は既に始まっていますがその行程、スピード供に人それぞれ差があります。
既にゴールに到達しかかっている人も居れば、その入り口が見え始めたと言う人もいる事でしょう。
もちろん未だ高い壁の中に有っても希望を持ち、何としてでもその壁を越える意思を持ち続けている人もいます。

時に忍耐は真理かもしれません。
それこそ希望を失いかける程の時間を待てと突きつけられた思いをされている人も居るでしょう。

私達は13000年を超える間、その日(次元移行の始まる時)の到来を何度もの転生を繰り返し待ち続けて来ました。
とても長い忍耐の日々でした。

時には深く内観し、自分とは何かを求め、苦悶の時を少しの間過ごす事も必要であれば避ける事は出来ないかもしれません。
そして、その苦しみこそが、壁への挑戦となる人も決して少なくないでしょう。

既に覚醒を成した方の中には高い達観をし、日々緩やかに楽しげに過ごしている方も、間違いなく居られます。
その方々の多くが何故達観の中に居られるか、それは自分の中の高い壁を自分の力だけで超えて来た自負と強さが有るからです。

この挑戦は、数年前に終えた方もいれば、この人生で成し遂げたとは限らず、いくつか前の人生で既に完了している方も居られましょう。
そして、今回始めてその概念の壁に遭遇した方も居られる筈です。


私達の前世は、この地球を超え遥か遥か太古の昔から連綿と体験をし続けてきました。

既にその体験を成し遂げた方、この人生で始めてその壁に遭遇した方など様々です。
今その壁に遭遇しているからと言って、それが魂の上下、優劣を示す事では全く有りません。
単にどの体験を先にして来たかだけの事です。

しかし間違いなく、その体験を終了した人も、何れかの遠い時代にその苦悶の中に有り、そこから這い出し、晴天の大地が有る事を知った事に相違ありません。


しかし、今その壁に対峙していると言う事は、遠い時代に壁を超えた人より恵まれているかもしれません。
何故なら、遥か以前に超えた人達には高次元の到来はまだまだ幾世代も先、悠久と思われる時間の先に出会う事になっていたからです。
ただただ孤高の戦いの中に有り、古い時代には情報も少なく、多くの真実を知る術も限定されていた事でしょう。

しかし、今回の人生で壁に向かっている人は、その壁を越えればそこには既に高次元への凱旋門が到来を持っています。
しかもハイヤーセルフや守護聖人、スペースファミリーの慈愛あるバックアップも受けています。

壁を越えた人は、多くを語りません、苦しみの日々を口にしません。
今、口にするのは、穏やかにいる事、緩く楽しい時を過ごす事が重要ですと語る事だけです。
そして、そう言いながらも決して怯む事無く概念の道を進み続けている筈です。


苦しみの日々は語り誇るべき事では無く、それを超え閉ざされた高い絶望の城壁を出て、晴天の空の下に出て来れた喜びを語るだけです。

人々が未来を目指すと言う同じ目的を持って集ったところで、そこに答えは有りません。
何故なら全ての体験は皆一人一人様々な段階、スピードの中で進むからであり。また時間と言う答えは一つでは無く、その人だけにのみ対応するからです。

これから概念の扉に挑戦する方は、少しの勇気と覚悟を要求されるかもしれませんが、高次元への道はその先に開いている事を強く信じて下さい。

壁は概念の壁です、概念である以上時間も概念として存在するだけです。
自分がこれから必要とする時間が3日であろうと10年であろうと、概念の中の時間は同じ(無いに等しい)なのです。

ただ漫然と時を過ごすと、その時間は今まで通りの時間の進み方を示します。
しかし壁に挑むと覚悟すれば、概念時間は寛容に停止しあなたを待ってくれます。

そして一旦壁の外の存在を強く信じる事が出来れば、今度はそこから時間は加速度を増し早くなって行きます。
時間の経過が更に早く感じていると言う事は、少なくともその方は外に広がる高次元を感知し、そこに向かう決意を魂が下したと言う事に他なりません。


今、知らなかった事を知ったとしても、自分が見て来た事が別の方向だったと気が付いても、素直にそれを受け入れて下さい。
そして決して自己批判や、自責の念に入ってしまわないで下さい。

知らなかった自分の事等どんどんと棚に上げ、知る事の出来た「真実」にのみ焦点を当て続けて下さい。
自己批判も自責も、未来に進む為には特に必要としない古い美徳として脇に押しやってしまって下さい。

そして、既にその壁を越えた方は、今そこに集中しようとしている方のバックアップに回って頂けたらと思います。
しかしバックアップすると言うことは手を取り足を取りでは有りません。時に慈悲の目を持って静かに見守る事も必要になるでしょう。

私たちの力は決して小さなものでは有りません、今この時に必要不可欠なものとして地球も天も微笑みを持って待っています。
そして先を行く人は、後から来る人の為、その道に目印をつけて行って下さい。









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by farmemory | 2016-04-22 01:02 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(8)