カテゴリ:・前世リーディングと覚醒誘導( 28 )

◇覚醒誘導〜不明瞭なビジョン〜◇

◆覚醒誘導〜不明瞭なビジョン〜◆

今回から数回に分け覚醒誘導のお話をしたいと思います。

覚醒誘導とは確立した用語ではなく私が便宜上名付けました。
通常のリーディングと同じ状態で催眠などの施術をせず覚醒状態で行います。私が被験者の方の過去世をリーディングするのではなく、ご自身自ら過去世に退行して頂くための誘導を私がお手伝いすると言うものです。


さて被験者の方を過去性に誘導しますと当初何通りかの「入り口」から入られます。
ある風景を見、感じる事から始まる方、白い光、真っ暗な闇の中、宇宙空間など様々なビジョンから始まって行きます。
既にいきなりある時代の自分に退行してしまう方も決して珍しくは有りません。

誘導を続けて行きますと非常におぼろげとはいえビジョンが見え始めるがその先に進めず不明瞭なビジョンに入り込んでしまう方がたまに居られます。
この不明瞭なビジョンは入り口で感じ見るものとは違うものと解釈しています。

見える光景が非常に曖昧、或は認識不可能な観念的映像として見えるようなのです(覚醒誘導ですので私もかいま見ています)
これはその方に特有な事象と言うのではなく、ある情報を過去性から探りたいと希望され、しかもその内容が極めて曖昧な精神性などだった場合に良く起こる事象かと思っています。
その問題に対する答えを過去性の社会で具現的に体験した経験からそのヒントを拾いだすのではなく、被験者に対して言葉やビジョンでなくいきなりストレートに「理解」できる概念的な通達がなされます。
つまり見て感じそこから理解すると言ったタイムラグが無く、ダイレクトに「分かってしまう」ようなのです。

例をとりますと真っ白い光の中を浮遊している感覚であったり、ストロボの様に暗闇で光の点滅を見たり、黄金に輝くまばゆい空間、或は身にまとわりつく濃厚な大気を感じたりなどです。
これらはホンの一例ですがいずれも明確なビジョンでなく、言わば光を感じると言った事として認識できるかと思います。


この場合は過去の有る時代に生きた経験から問題の解決を探る訳では有りませんので、ビジョンとして見える必要も退く、またビジョンとして表現できない事から来るのだろうと推測しています。

例えば紙にバナナの絵を描いてご覧なさいと言えば誰でも直ぐに実行できる事かと思います、しかし「好きな人の事を考え胸が締め付けられる想い」を絵にしてご覧と言えばその違いがお分かり頂けるかと思います。

むろん物事は一律でとらえる事は出来ません、それは前世から何かの情報を取得する場合も変わりは有りません。
ある問題解決に対するヒントが時にビジョンから探る事が適正である場合も有れば、上記の様にダイレクトに被験者の心に響く様にくやってくる方が理解しやすいなど様々なのです。
重要なのは「その方」に取って一番理解できる方法をとり通達されると言う事なのでしょう。

逆説的になりますが観念的な情報を得る場合でも、過去に過ごした時代をかいま見る事によりそこから感じ取る方が有用となれば必ずしも曖昧なビジョンではないとも言えます。

例を挙げお話しします。
今生「子供」と言うキーワードに大変心捕われ、ご自身のお子様に複雑な思いをされている被験者の方が居られました。
毎日暮らしている我が子なのに、何時か誰かに連れ去られてしまうのではないかと言った漠然とした不安を抱かれていました。

それがなぜなのかを過去世から探ってみますとビジュアルから答えが返って来ました、覚醒誘導なのでそれをご自身がご覧になっています。
それはある時代にご自身が時代と社会による不可抗力で自分の子と生き別れになり、その人生で二度と会う事が出来なかった女性としての過去世だったのです。
この場合は被験者の方がビジュアルで見る事により、明確な理解をされた様です。

一方今生で家族、取り分けパートナーとの出会いをお知りになりたいとされた被験者の方が居られました。
この場合は過去どのような方との縁があろうと、またその方と今生新たな縁が始まろうと、まだ見ぬ近未来の事です。
この方を覚醒誘導した時には、その答えを強くお知りになりたいと希望されていたのでしょう、見えたビジョンは認識できる光景ではなく光の中に佇むご自身を確認されました。

それだけでは何も答えも導きだせない様に感じると思われましょうが、その方はその光に包まれた時にこれから会う方のビジョンをフラッシュバックの様にご覧になりました。これは私にも確認できた事でした。
その後ご本人のご希望で、その見えた方との過去性を私が見ましたところ確かに過去世で深いご縁が有った事も確認できました。

ただし何時どこで出会えるは分かりません。
全てはタイミングです、お互いの準備が整い「その時」が来る訳です。
出会い(或は時を隔てた再開)を含め、人生を決めるのは自らの生き方や強い意思が左右する事になりましょう。
これは占いと言ったものではなく自らがたぐり寄せ居る現実の未来と言う事でもあります。

これは出会いに関してのエピソードでしたが、今を曖昧に感じ生きる人が居たとして、この人生での意味を模索する場合などの答えとして体験するビジョンもこのような場合が有る様です。



さて、以上の覚醒誘導では被験者の方が、不明瞭なビジョンの中から言わば「感じ取る」事によりヒントを得ると言う内容でした。
もう一つの情報所得として自らが自らに問い合わせると言う方法も有ります。
これはビジョンとして見えた時代の自分や、不可視の光の状態に佇みつつも、もう一人の自分(ハイヤーセルフ)と意識のリンクをする事により
情報を得ると言う方法です。

これは次回以降の話とさせて頂きます。
では今日はこれにてごきげんよう。

暑さの折ご自愛の程お過ごしください。










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by farmemory | 2013-12-23 01:19 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

◇動物の前世・時を超えた伝言◇

◆動物の前世・時を超えた伝言◆

前回お話しした、人と動物の前世を被験者の方の記録をもとにお話いたします。

その方は中年女性で当初お越しになった時には仕事上のお悩みをお持ちになっていました。
特に仕事上で付き合いのある方との、いかんともしがたい確執の様なものがおありで、それが過去世から何かの問題があるのかとお感じになってのご依頼でした。

私は今まで過去世は一つの人生が終了した時に、その時代のすべての問題は一旦リセットされるとの認識でいました。例えばどなたかのとのその人生での問題が今生に影響する事はきわめて稀と言う事でもあります。
ただし特定の人物との間に設定した設問に答えきれなかったり、自らその問題から逃避してしまったが故に今生同じ問題に取り組まなければならない事はあるかとは思っています。
しかし今回のリーディングはそれに当てはまらない稀な例である事と、それが動物との確執が今に繋がっていると言う大変興味深い内容でした。

彼女は私の所においでになる前に別の方の前世リーディングをお受けになり、そこで彼女の前世が大変に名のある平安時代の武将である事を告げられたようです。
そして私が再度今回の問題を念頭に前世をスキャンしました所、確かにその人物に相違ない事が確認できました。これは今生と大変に強いリンクを持った前世であったが為にかなりクリアに確認する事が出来きた事でもありました。
割愛しますが、この平安武将は日本史に興味のある方でしたらご存知だろうと思います。
男性と生まれたこの方が時の朝廷の一人に疎んじられ、屋敷新築の折に招いたこの人物から法外な申し付けを受ける事になります。
この屋敷は今の京都の地にあり一条戻橋に近い場所、裏手には安倍晴明ゆかりの陰陽師一派の屋敷のある場所で、彼自身阿部家とはかなり懇意にしていたようです。

さて、屋敷の廊下から庭を案内していた所、庭の植え込み左手より一匹の白い狐が躍り出てきました。
彼はかねて弓の名手であった事から上司はその狐を射て見よと言いつけます。彼は無益な殺生と拒みたいのはやまやまでしたがそれを拒む訳にもいかず見事一矢でその狐を射殺ろします。
実はこの狐は妊娠しておりお腹に2匹の子が宿っていましたが、親の絶命とともに生を見る事無く終えてしまいます。
この雌の狐には夫がいました。
見えた姿はかなり大きな体をした、やはり毛並みのいい雄の白い狐で、受けるイメージからかなり精神性の高い狐と認識できました。
私は狐の官位といった事にはほとんど知識も無く、またそれ自体どのようなものかは皆目認識出来てはいませんが、官位と言う事では高い位と言えるのかもしれません。

時代はリアルタイムに戻ります。
この女性の今回のお悩みは、ぎくしゃくした2人の職場の女性との関わりに関してでした。そしてそのお話をしていた最中、不意に恰幅のいい中年男性の姿が浮かんできました。
そしてこの方が、古い時代に雌狐の夫であった雄狐の転生の姿である事が見えてきました。つまり今回の主題である動物からの転生という事になるかと思います。
ただ、その狐の魂がその中年男性の中に魂として入っているのか、あるいは一種のエネルギー体としてその人に憑依しているのかが今ひとつ確信が持てませんでした。

その方の見えた風体と、感じ取れた性格をお話しし、彼女の身近にそのような方がおられるかを確認しました所、まさにその2人の女性の直属の上司であり、彼女の元に送り込んできた人物と分かりました。

狐の顛末を彼女に伝えました所、もともと彼女自身強いスピリチュアル性の持ち主なので、そのビジョンが浮かんだと言います。
そして雌の白狐が庭の左手から踊り込んできた事、石灯籠のすぐ側でその狐を射殺した同じビジョンが見えたそうで、私が見たものとの答え合わせをする事が出来ました。

これにより彼女は今生狐の夫であったその上司と、部下の女性達から理不尽を受ける理由を知ったと言います。
しかし私は今回の出来事が恨み、怨嗟の解消として彼女に辛くあたっているのではない事を当初より感じ取っていました。
そこで更に深くリーディングを試みました所、分かったのは想いもよらない事でした。
通常でしたら伴侶を射殺ろされた雄狐の怨嗟が今生に祟っているのだと考えるのが至極当然かと思います。しかし今回の事象は真逆の展開を見せる事になりました。

確かに妻の不条理な死に当たっての悲しみは余あるものがあった事は事実でした。
しかし彼は今生までその恨みを抱き続け、時を見て復讐に出たと言う事のではなかったのです。驚く事にその雄狐はかの男性に転生(或は憑依)し、彼女に思いを伝える為にこのような事象に出た様なのです。そしてその内容には心動かされるものが有りました。

彼女は今生、表層の意識では自らの行いに関しては認識さえ出来ない事でしたが、当然の事ながら魂のレベルではそれをしっかりと記憶しています。
そして表層に現れないその意識がまるで毛細管現象で水が吸い上げられるように今生の彼女の意識に流れ込んでいた様なのです。
彼女は平安時代から今生まで他の転生をしていない訳ではなく、それぞれの時代ごとにこの時代の自らの行いを悔やんできた様なのです。

そして今生、雄狐は彼女にもう自らの過去生での行いを悔い苛む事をやめる様にとの思いを伝えたかった事、その方策として真逆の事象を持って彼女に伝える事にしたという事の様なのです。更に出来る事であればその雌狐に心の中ででも手を合わせ哀悼を捧げてくれさえすれば心安らむとも。
今回私の元に来られ、私の口を使いそれを告げさせたのでしょう。恐らく今生、職場でのお悩みが強く無ければ私の元に来られてはいなかっただろうと思います。

それを話し始めると彼女は涙を流し、ついには号泣してしまいます。
既にご自身でも狐に矢を射かけたビジョンをご覧になっていますので、その魂の記憶が蘇ったのだと思います。

・・

リーディングは客観的に見、感じた事象を伝えるだけに留めていますので、彼女に今後どうすべきかの行動指針などはお伝えはしませんでした。
その後彼女は京都のその地を訪れ狐の菩提を弔ったそうです。
そして再度来られた時に、京都に行かれて暫く後ギクシャクした関係の2人の女性達が相次いで職場を離れ、不仲であったその男性とは元々離れた所にいた方だったようですがその後ぱたりと接触がなくなってしまったことを告げられました。
この2人の女性が狐のお腹に宿っていた子との魂の繋がりがあった可能性も否定出来ないと感じています。

彼女の思いや行動により、感覚としてですが今回の事象がほぼ解決したのではないかと思っています。
この折りに覚醒誘導にてその雄狐を祭った祠が京都の、ある地に現存している事を確認しました。恐らくまた彼女はその地を訪れる事でしょう。

私は心霊現象や狐憑きといった憑依現象にはあまり意識を向ける事はありませんし、立ち入らない様にしています。しかし今回の事象は大変に興味深いリーディングとなった事を記憶しています。

これはあくまで勘なのですが、大きな変化を目前にした今「遠い記憶・前世からの約束」を消化しようと多くの方が清算の時に直面しているのではと感じています。

※この被験者の女性を後日別の視点から覚醒誘導を行った時には、更に確信の持てる動物と人間との生まれ変わりの事象を見る事が出来ました。
これは今回の狐とはとは別ですが、やはり同じ時代の事象で現世での飼い猫と古い時代に自らの子であった少女の話になります。このリーディングは私のリーディングではなく被験者自らが見る覚醒誘導によるものです。

ペットとの前世での関わりと言うこの話はいずれまた近いうちに。
では今日はこれにて失礼します。











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by farmemory | 2013-12-23 01:17 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

◇知覚し難い変化・動物達の前世◇

◆知覚し難い変化・動物達の前世◆

今回は2つの話題です。

 変化を待つ私たちは今、春を待つ事に似ているのかもしれません。
春は三寒四温と言います。温かい日と寒い日を交互に繰り返しながらも、雪と極寒に閉ざされた冬を耐え忍びやがてくる春を心待ちにします。気象学的な解釈は別として春は今日からと明確な定義は無く、春一番が吹いた翌日に雪が降る事も決して珍しくはありません。やがて新緑を迎えた頃振り返り、あの辺りが春の始まりなのだったと気がつく、そう言った事なのかと思うのです。
私たちは今変化の渦中にいます、それを外から眺めているのではない以上変化を実感する事は難しい事なのかもしれません。
 
 今私たちは目に見えてこない変化に苛立たされ、希望無い世界に退行していると感じる状況を憂い心が萎えるように仕向けられているのかもしれません。
以前お話しした事ですが、この大きな変化が継続している間中、私たちには不安と疑心というトラップが仕掛けられています。
これは誰か特定できる集団や個人というより、変化を望まない想念という単位が変化を心待ちにする想念の集団に周到に仕掛けたトラップなのだとお知りください。

 今迎えようとしている変化は単一的な事柄では有りません。ありとあらゆる事象にまで波及する変化が、一斉に始まっています。しかもすべてがリンクし一点の漏れもない完璧な変化を目指す深遠な意図を持った変化です。

「天網恢恢疎にして漏らさず」 これからこの真実を知る事になりましょう。

 経済の崩壊と再編が済んだから次は政治体制。それが済んだから次は教育制度の改革・・・
そのように順序立てて事は進みません、一見カオスと見える変化の現状も私たちの判断力では一進一退を繰り返し、時に萎縮後退しているようにさえ見える時もあろうかと思います。しかし水面下で継続している変化は止まる事なく続いてる筈です。

 倒れ朽ちる事などあり得ないと信じられてきた堅牢な大木である既存社会に巣食った「変化」と言うシロアリたちが活動を開始したと想像してみてください。
彼らシロアリは表層からはその永遠とも見える大木を蝕んではいません。しかし根を、主幹を内部から着実に食い進んでいます。
今私たちはその大木を表面から見ているに過ぎないのだろうと思います。
そして彼らシロアリは最後までその大木の表層を食い破る事なく根底から食い進み堅牢な大木を倒壊へと向かわせています。浸食がピークを迎えた時に永遠と思われた大木の崩壊を私たちは目撃する事となる筈です。

 日々報道される政界の情報も仕掛けられたトラップかもしれません。
離れ行く次元との決別を迎えようとしている今であっても、まだ完全な分離はしていません。相反する事象も視界に入って来ますが投げやりになったり諦めの念を抱く事は、離れ行こうとしている次元に錨を投げ引き寄せてしまう事にもなります。
今私たちに問いかけられているのは思慮深く、動じる事の無い「忍耐」であり既存の社会からの離脱だという事を今一度ご理解いただき、努々茶番劇の現行社会に巻き込まれませんように。

 しかし春を待つ農家の方は、深い雪も厳しい冬もやがては作物を育て野山を豊かにする重要な季節とご存知です。辛くとも、厳しくともその現実に不要な事など無いという事もご理解頂けたらと思います。

 願う事は既存の社会の崩壊と終焉ではなく、新しい希望の未来の到来です。どちらも同じとお感じになるかもしれませんが、その想念のエネルギーは破壊を望むか希望を願うかと言う真逆な事でもありましょう。次の世界はチャンネルを変える様に劇的に刷新されるのではなく、また既存の社会を信じてこられた方にも新しい世界に意識をシフト出来る時間も必要です。

 これだけ言っても分からないのかと言う姿勢は出来ればお取りになられません様に、そしてどうぞ現行の社会に最早興味など抱かれません様お勧めいたします。
そして夏に遊び回っていたキリギリスに冬枯れの時期黙って食料を差し出せる蟻である事の意味を今一度思い起こし、蟻もキリギリスも私たちもワンネスで有ると言う事に想いを巡らせたいと思います。


・・・

 さて次はこのブログの趣旨でもある前世の話をします。
今回は動物の前世についてです。

 妻が通うエステティシャンの方が大変にスピリチュアル的な能力のある方で、彼女はジリスを数頭飼っていますいます。私が前世を見れるとの話を妻がした所大変に興味を持たれたので伺ってみる事にしました。
そこで彼女は自らの前世より、そのジリスの前世を知りたいとご依頼されましたので初めての経験でしたが動物を被験者として「彼」の前世を探ってみる事にしました。その結果は予想していた通りジリスは前世もやはりジリスでした(笑)

 動物達は私たちの様に複雑な社会構造の形成をしてはいません、ですので彼らの転生の目的が私たちのような学びにあるのではないのかも知れません。これは彼らが劣っていると見るより、私たちが学ばなければならない「程度」の事は既に終了していると私は考えています。

 しかし折角ですのでこの時のリーディングと、そこから知る事の出来た興味深い話を続けます。
見えたのは広大なやや乾燥した大地に点在する彼らの生活ぶりで、恐らく今も昔も変わらぬ生活を営々と繰り返しているのでしょう。見えた2つほどの彼らの前世もまた同じ種としての転生の記録でした。

 彼らが住んでいたのはアリゾナ周辺のやや乾燥した地域で、今から300年ほど前という事が分かりました。
その地には名前は確認できなかったのですが、いくつかのネイティブアメリカンの部族が住んでいた地域でもありました。彼らネイティブの方達はその地に住むすべての動物たちに敬意を払い生きていたようで、ジリスたちに対しても敬意と愛情を持っている事が伺えました。
彼らネイティブの方々は様々な動物たちから沢山の影響を受け生きていたようなのです。またそれぞれの動物を神格化しジリスもまた神と同格に扱っても居た様です。そして彼らはジリスの生活を見習っていた事が伺えました。
ジリスが一単位の家族(恐らく母系)が集団を形成して暮らし、その集団の子供たちは皆で守り育てる事を習っていたようなのです。
自然と調和し、その自然に畏敬の念で接し暮らしていたネイティブアメリカンの人々の精神性の高さを垣間みた内容で面白い動物リーディングとなりました。


 実はこの動物に関して更に興味深い前世イーディングを最近行いました。
これは、私が動物は他の種には生まれないのではなかろうかという想像を覆す内容だったのです。それは人間から動物への転生を見る事になった事例です。

次回以降その話をしてみたいと思います。

では今日はここで失礼します。










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by farmemory | 2013-12-23 01:16 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

◇退行し存在する自我意識(2)◇

◆退行し存在する自我意識(2)◆

前回は過去世に退行し存在する自我意識に付いて凡例を元にお話し致しました。
今回は過去ではなくリアルタイムでの「退行」に関してのお話です。
しかも今回の内容は地球人での転生ではなく、地球人として存在しながら自我意識として他の惑星の魂をお持ちの方と言う、いささかパラドクス的な内容となるかと思いますがお読み頂けたらと思います。

・・・

さて、同じ様に過去世への退行を促す覚醒誘導を施した男性のお話に移りましょう。

この方はこの社会に有って大変の戸惑いと閉塞感を感じられて居る様です。
お会いした時にこの方が別の天体由来の魂の方である事は確信しました。

しかし今回のリーディング(覚醒誘導)はその予想を遥かに超える興味深いものとなりました。
出来るだけ客観的にお伝え出来る様口語を交えお話しします。
中には理解しがたい表現や、いきなり場面が変わり話が飛んでしまう部分も有りますがご理解下さい。



当初暗い闇、白い光の靄の場所から中々先に進む事が出来ませんでした。
更に忍耐強く誘導して行きます。

「何か水の流れの様な所に身を置いています」「その先に扉を感じます」

・ではその中に進んで下さい
「光の輪があります、それは視界、画角を超えています」

・その光の輪には意識を感じますか?
「ある気がします」「真っ黒なピラミッドの様なものが見えます」「いえ、これは富士山です」

・背景は見えますか?
「背景は闇です」「なにかモニターの様なものに写る自分が見えます」「外が見えます、私は今新幹線に乗っています」

・何が見えますか
「富士山が見えます」

この後被験者の方は新幹線で東京駅に到着後駅を出ると誰一人いない駅周辺を見る事になります。
この後少しのビジョンを見ますがあまり興味を引く内容では有りません。

更に誘導を試みます。

・ではまた新幹線に乗ってみましょう
「今乗っています」

ある閃きが有り彼を誘導します。
・あなたはこの走る新幹線から自由に降りる事が出来ますね?
「既に降りています」「見えるのは線路や緑芽吹く場所です」

・今その緑の方に向かいますか?
「樹海です」「ここは富士の樹海です」

・知っている場所ですか?
「知りません、でも・・・樹海で間違い有りません」

・今あなたは何処にいますか?
「空を、空中を飛んでいます」「樹海を見下ろしています」

・これから何処に向かいますか?
「富士山の頂上にジャンプしました」「雪に囲まれている火口を見ています」

・他に何か見えますか?
「隕石、、隕石の様なものに乗れそうです」

・では乗ってみて下さい
「大気圏に突入する場面が見えます」「外は光の様に真っ白く何も見えない状態です」

・今何処に居ますか?
「地上10000メートルの所に浮遊しています」

・あなたの立つ場所に「床」を感じますか?そしてそこから何が見えますか?
「床は有りません、感じません、足下は透明です」「新宿の歌舞伎町らしい光景が見えます」

・リアルタイムの新宿ですか?
「私は新宿を知りませんがリアルタイムの新宿です」

・もう一度乗り物に乗って下さい
「UFOです、この乗り物はUFOです」「中に乗りました」

・見える情景を教えて下さい
「中はUFOです」(不明な言い回し)「操縦席は有りません、真っ白い空間です」
「グレーの、グレーの宇宙人がいます、4、、、5人、何も無い場所に居ます」

・彼らに何故自分がそこにいるかを聞いてみて下さい
「聞いてみたいのですが言葉が分かりません」

・声に出す必要はありません、頭で思い、彼らに問いかけるイメージを浮かべるだけで良いです
「試みました、彼らには通じた様に思いますが答えません」

・彼らに恐怖を感じますか?
「全く感じません」「そこにいるのが普通と感じます」

・彼らはあなたの指示や命令を実行しますか?
「多分、すると思います」

・この船に武器は有りますか?
「有りません」

・もし攻撃を受けたらどうなりますか?
「ミサイルなどは全く歯が立ちません」

・これからあなたは何処に向かいますか?行きたい所に行きましょう
「はい」「火星です、今、火星そのものです」
「地表に居ます、赤い大地です」

・この惑星はあなたの故郷ですか?
「・・・・・」

・基地の様なものは有りますか?
「石油コンビナートの様なものが有ります」

・それは誰が作りましたか?
「分かりません」「これは燃料基地です」

・人類は居ますか?
「居ます、宇宙服をした人々が何か作業をしています」
「でも私を認識出来ない様です「ここに居て見ている事に気が付かない様です」

・あなたは船の中で肉体が無いのですか?
「はい」

・肉体は何処に有りますか?
「此処です、此処に居ます」

もっと誘導出来たのですがリーディングの予定時刻となったのでこれで終了する事にしました。


・今、あなたが乗る宇宙船は私たちの居るこの建物の上空に来ました。船の意識体は今あなたの肉体に戻ります。
静かに目を開けて下さい。
「はい」

 かなり途中を端折りましたが以上がこの時の覚醒誘導の重要な部分でした。
当初は中々ビジョンが開けなかった様ですが、辛抱強く誘導すると上記の様な非常に興味深い内容が展開される事となりました。

 私も大変に興奮する様な事でしたが誘導の間は努めて平静で居る事を心がけていたのでこみ上げる興味はお帰りになった後でした。
この時代にこの社会に生きる被験者の方には、この不条理な世界が非常に戸惑いを持って生きがたい事がよく理解出来る内容でした。
自らの魂の根源が地球以外のものであった事は腑に落ちる事だった様です。


 ここで面白いのは、過去世への退行ではなく意識が自身を離脱し、リアルタイムで宇宙船に入ったり他の天体に向かった事です。
この内容が事実であれば私たちの物理概念は大きな変更を求められる事になるのでしょう。

今回は2回に分け退行し、離脱して存在する魂の話を覚醒誘導の実例を元にお話ししてみました。

次回以降も実例を元にした興味深い話をする機会があると思います。
お楽しみに。











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by farmemory | 2013-12-23 00:11 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

◇退行し存在する自我意識(1)◇

◆退行し存在する自我意識(1)◆

前回継続しない時系列のお話をしました。

 私たちの前世と言うものは必ずしも積層された時系列として存在するのではなく、時間の概念さえ存在が曖昧なのではないかと多くの方のリーディングをしていますと感じる事です。
今回からはそれにまつわるリーディングの記録と、前回の終わりに触れました他の天体由来の魂のお話を何回かに分けてして行きたいと思います。

 どれも私の覚醒誘導で、ご人身でご覧になった前世の内容を抜粋いたします。
この覚醒誘導は被験者の方が自らご覧になるのですが要所要所私も一緒に垣間見せてもらう事になり、退行中、或は覚醒誘導が終了した時に答え合わせをする事も多く有ります。

先ずある女性の被験者の方のリーディングの記録です。

 私の誘導で退行を促して行きました。
当初暗い闇を感じられ、それを抜けるとある光景が広がって来ます。
それは遠景に雪を抱いた山々が見える美し高原とおぼしき場所でした。
それはおそらくヨーロッパアルプスが見える高原地帯。
そこに住む人々は皆ヨーロッパ系の人々です。

その地域を知っているかの問いに被験者の方は、よく知る場所自分が生まれ育った村だと言います。

 では見える光景は?の問いに
「教会」
と彼女は答えます。
その中に入る様促します。
そこには多くの村人達が沈鬱な、或は安堵の様な複雑な思いが見て取れる表情で集まり、祈りを捧げています。

その場にご自分が見えるかの問いに

「見えません」
と答えられました

 そこで教会の中にある鏡で自分の姿を映す様に言うと、そこには自分の姿は移っていないと言います。
しかしその場に間違いなく自分は存在していると感じたそうです。

 試しに自分の詳細に付いて聞くと
「3歳程の男の子です、この村んで生まれ村人も自分をよく知っている」
と答えます。
しかし実態を感じられず、皆も自分を認識していない様子です。

 恐らく既に亡くなっていている霊体でそこに存在していると感じましたので、それを確認すると
「そうです」
と答えられました。

では何故亡くなったかの問いを向けますと意外な答えが返って来ました。

・何故あなたは亡くなったのですか?

「私は村の犠牲になりました」
「村を救う為に、私はこの人生を終える事になりました」

・どういう事ですが?

「多分人柱の様な事、自らの命を捧げる事で死んだと思います。

・では教会ではあなたを悼む祈りを捧げていたのですか?

「そうです」

 これで村人たちの複雑な表情の意味が分かりました。
しかし多くの村人は皆自分を責め苛んでいると彼女は感じました。
 そこで彼女は村の為に死んだ事を後悔も恨みも無く実態の無い魂のまま村人に向かい自らを責めない事、自分は満足して死んだ事を伝えました。
無論言葉として伝えたのではなく、数百年を隔てた未来から想念として、村人たちに投げかけた訳です。


 この覚醒誘導の概要はざっと以上の様なものでした(実施には更に詳細でこれ以上に長時間の内容となりました)
ここで特筆すべきは過ぎ去った過去に「今」存在する彼女の魂がその時代に同期し、リアルタイムで人々の思いを知り、自らの村への深い愛情と共に思いを巡らせた事に有ります。

 その後人々の心が安らかになったかは、残念ながら知る事は出来ませんでしたし彼女の思いが伝わったのかも不明です。
しかし人々が村を守る為と言いながら幼子の命を犠牲にした罪に心重く居た様子は伝わって来ました。

肉体は「この場」に存在しつつ遠い過去と意識が同期すると言う大変興味深い退行を私も体験させてもらえました。


 さて、同じく他の天体由来の魂の話を続ける予定でしたが長くなってしまいそうなのでその話は次回に譲る事にします。
大変興味深い内容なので、いつもの様に遅い更新にせず出来るだけ早くご覧頂ける様にしますのでお待ち下さい。

では、次回につづく・・・・・・










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by farmemory | 2013-12-23 00:10 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

◇覚悟もいる前世リーディング◇

◆覚悟もいる前世リーディング◆

前世を見る時にどのような風に見えるのかを良く聞かれます。

この話は以前したことがあります。
物の認識と言うのは通常五感を基本に考えがちです。
私たちが物を「視覚的」に認識すると言う事は対象物から送られて来る反射光(可視光)が網膜を通り脳に送られ、そこでその情報を演算処理し認識する事です。
しかし前世を見ると言う事(これは前世に限らず遠くの事象や未来を見る事も同じ事です「千里眼」「予知」などと言われるものです)
は私たちが持つ五感を必要とせず、直接脳が認識する視床にダイレクトに情報が「やって来る」のです。
ですから私たちが一般に認識する語彙では伝達できない事もあり古来一般に認知されない「天啓」「信託」「お知らせ」などと言った曖昧な表現になってしまっているのです。
これは、言わば第3の目、第六感などと言われ五感に関連する認識形態です。

しかしもう一つの認識があります、それは「感情」です。
被験者の前世を見る時にはその人の意識とシンクロし、その方の感情面と同化する事が良くあります。
体験した(している)状況を被験者の意識で見る事になります。
被験者の方がどのようにその事象を感じ取ったかを知ると言う事です。

物の見方と言うのは被験者の性別、年齢、立場、国、依存する宗教等によって大きく違う事もあるでしょう。
被験者の意識にシンクロしての認識と言うのはその点にも部分的に入り込んでのシンクロとも言えます。
これは私にとっても大変に意義深い事でもあります、つまり期せずして各個人の感情を体験できると言う事なのです。

時に母として子の行く末を案じ、時に領主として領民を統治し、またある時には最前線で敵と対峙する兵士の意識としてまさにリアルにそこに置かれた被験者の意識を体験する事になります。

しかしこれは自分の過去世であればそうではないでしょうが、他者の意識を通して見るとストレスに感じる事にもなりかねません。

家族を生かす為に自ら苦界に身を売る少女の意識、そして身を引き裂かれる思いで彼女を送り出す両親の思い。
見知らぬ男性に蹂躙される我が身。

兵士として戦場にいる被験者にシンクロした時の事、彼は第一次大戦のヨーロッパ戦線に従軍しています。そこは敵の顔が見える程の最前線。そして敵の砲撃が始まり塹壕に砲弾が着弾します。
吹き飛んで行く兵士たちの肉片や既に人としての形をなしていない遺体を間近に感じ、見る事になります。
そして初めて敵を自らの小銃で撃ち殺した時、いきなりその敵にも両親が居り、子が居り、家では彼の無事を祈る妻がいる事を「知る」その瞬間。
或は身に覚えの無い事で魔女狩りにあい宗教裁判にかけられ火あぶりにされる女性、足下から火を掛けられる感覚。

被験者の前世を詳細を持って「見る、感じる」と言うのは時に少しの覚悟が必要な事もあります。

この時、偏っていずれかの立場にいると恨みや恐怖、自責や排他的な負のエネルギーに落ち込んでしまいます。
それを避ける為に最重要な事は全ての事象に関して判断や感情を一切捨て去り意識をフラットに保つ必要があります。
いかなる社会性も宗教観もそこには介在させない事です。

スピリチュアル的になると言う事はこれが大前提になります。
常に言っている事ですが覚醒への近道はいかに全ての事象を先入観を除外し、社会性や宗教、イデオロギーさえも捨て去って見る事が出来るか。
全てはそこから始まると言う事がお分かりいた頂けると思います。


さて、スピリチュアル的な事に否定的な方がおられます。
経験上感じる事なのですが、そう言う方の多くは大変に生真面目で、社会性がありストイックな生き方をされている方が多いと感じられます。
今の自分がこの現実社会、信じる宗教や道徳感を良しとし、疑う事無く身を置いている方に取っては自分の信念と相反する全ての事象を「肯定的に」受け入れるのは時に苦痛と感じられる場合もあるようです。

いずれかの立ち位置に固執し軸足をそこに持っていますと相反する事象を目の当たりにしたり、それらを眼前に提示させられ受け入れざるえないくなれば、そしてその見せられた真実が目を覆う様な内容であったとしたら、酷い場合は精神崩壊すら起こしかねないかもしれません。
ですから否定する事は結果身を守る事でもありましょう。
これは表層の顕在意識ではなく、深層の自我、魂の部分がそうしている事だと思います。

否定的な意識の方こそ大変に生真面目で社会性があり「今」の社会ではむしろ賞賛される方、そして大変に温情の深い方と言う事にもなりましょう。

夏目漱石「草枕」の冒頭にある一節
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」

これこそが”今”の社会を的確に表している名言と思います。

むしろフラットでいると言う事は温情や恋慕の思いさえも切り捨てる事でもあります、見方を変えると非情でもあると言えなくもないでしょう。
しかし表層の自我が非情であっても魂の部分は決して非情ではありません。

魂の本質は菩薩やマリアの意識とも言えましょう、本来の魂はその慈悲のエネルギーが集合したものだと思います。
そこには一辺の凶悪さも存在しません、非情とも言えるフラットな意識に自身を置くとしてもご自身を責める必要など無いと言う事なのです。

人の不条理な死であっても、置かれた辛い立場であっても全ての事に意味があり、無駄な事は無いと言います。
人はこの次元に肉体を纏って転生して来る理由の一つは、転生する事により多くの経験を自ら望んで課題として生まれ来る事にある筈です。
時に不条理な社会を経験する為に選ぶ人生もありましょう、辛い身の上をわざわざ選んで来ている方もおられるかもしれません。

しかし今生きている人生には責任があります、この人生を自分の意志と責任で選んだ以上いかなる状況に置いてもより良く生きる事がその人の責務なのではないでしょうか。
前世など神秘的な事に迷い込み自らの人生の責任を放棄し自らの不条理を他に転化する生き方をするのなら、むしろスピリチュアル的な事を全否定しながらも自分の人生に責任を持ちしっかりとこの人生に対峙して生きようとする人の方が遥かに精神性は高いと言う事にもなりませんでしょうか。

人は生まれながらに罪人なのではなく生まれながらにして菩薩、Natural Born Maryです。
私は未だかつて凶悪な意識を持つの赤子や幼児を見た事がありません、聞いた事がありません。

非情と思われても恐れる事は無いと思います。
魂の慈悲のエネルギーを信じたらいかがでしょう。
そしてそれをご自身が気付き、思い出して頂けたらと思います。
そうあれば、いかに全てを捨て去ろうとも恐れる事など爪の先ほどもありはしないと言う事です。










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by farmemory | 2013-12-23 00:07 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

◇日本刀にまつわるお話◇

◆日本刀にまつわるお話◆

日本刀を大変忌み嫌う方、或は大変お好きで、その黒金の輝きを美しいと感じる方。そのどちらでもなく興味を持たない方がおられます。
この感覚は日本刀と特定する事無く西洋の剣であったり、イスラムのククリナイフであったりと、武器としての刃物のに対する感情が人によって大きく違う事があります。

さて今回は特に日本刀に関するお話を過去のリーディングを交えお話したいと思います。
私も刃物の中でも日本刀が大変好きで、たまに代々木にある刀剣博物館や上野の博物館に行く事があります。
間違いなく自身帯刀していた武家の時代があったと、うっすらとした記憶として残っています。
しかし侍としてはどちらかと言うとヘナチョコ侍であった様で、武芸に打ち込むよりは歌舞音曲、特に謡曲などを楽しむお気楽武士だったように感じています。

私はかなり多くの転生をしている様で、武士であった事も1度や2度ではないようです。
しかしいつの時代でも争い事は避け、刀を抜く事は非常に少なかったと感じていますし、見えても居ます。腰抜け侍のレッテルも頂戴したかもしれません。
そう言った事からも日本刀の真の恐ろしさ、怖さを身を以て知らないが為に、職人技である鉄本来の持つオブジェとしての美しさに惹かれるのではと思っています。

また、一方では日本刀は自分の分身、刀有っての自分だと言う誉れ高き屈強の武士もいました。
中でも剣に生き剣とともに、その一生を捧げた剣客達としての転生をされた方も数多くおられ、また何人かそう言った方々をリーディングさせて頂きました。
人生に幾度と無く立ち会いや、戦を経験し相手を切り捨ててこられ、自身も敵の刃に倒れる事もありました。
しかしそう言う方に共通する感覚なのですが皆さん日本刀の怖さを肌身で感じておられたであろうに、現世でもまた日本刀に愛着を示されるのです。

恐らく(仮説です)
剣に生き数度の立ち会いで相手を倒し、或は自身も相手の刃にかかり果てたとしても、剣豪、剣士、武士、あるいは騎士、戦士として己より腕の立つ相手の刃にかかる事はむしろ納得し名誉、本望ではなかったかと思うのです。
そして、短い武士としての一生であろうとも、その人生は納得の一生、満足の一生だったのではと思うからです。

つまり私が工芸品として日本刀を愛でるのとは違い、自分の命そのものとして日本刀を肌身離さず過ごされた過去世をお持ちの方に取ってはその思い入れはまた格別のものだったろうと推察出来るのです。

ここで一つ申し上げておきますが、私は人を殺めるに、いかなる理由からもその行為を擁護する気は更々ありません。しかしその行為を断罪、ジャッジする事はそれ以上にするつもりは有りません。
己の罪を裁く事が出来るのは己のみと心得ているからです。



さて他方、
日本刀を見ると怖いと感じる人。
理由は分からず見るのさえ避けたい、嫌だと拒まれる方。
自分が手にしたら使ってみたいと思ってしまう、試してみたいと思ってしまう。そんな自分を知っているので恐ろしいと感じてしまう方。

日本刀を忌み嫌う感情の種類は経験上この3つが一番多く感じます。

そう言った過去世をお持ちの方は、命令とは言え幼子の命や非戦闘員の女性達を手に掛けた人生を悔やんでいたり
また領主であった自分が、大変荒い気性から物事を力で解決する傾向があり、隣国のと争いを和議ではなく攻め込む事で解決した過去世を持つ方々はそのあまりにも短絡的な生き方を自分の死の瞬間大変後悔し、その時に人を殺める最大の武器であった日本刀を嫌います。
もちろん戦ですので戦闘員の多くは戦での死を覚悟はしています、しかし自らの意思ではなく徴兵された兵士、巻き添えになった平民達にとっては覚悟どころかたまったものでは無かったでしょう。

良く首の後ろが痛い、重いと言う方がおられます。
専門機関で調べてもその理由が分からず難儀している方が、何人かおられました。
そして共通する事として武器としての刃物を大変恐れている傾向が有りました、リーディングの結果やはり何人かは前世で斬首にあっていた方でした。
そしてそれを知る事でそれ以降徐々にその痛みが消えた方もおられます。

実は私もそうでした、過去胸に受けた銃弾で命を落としていますが、正にその場所が子供の頃より痛みを感じる場所でした。
しかしその過去世を見てからは徐々に痛みは消えて行き、半年程で痛みが消えました。
むろんそうではない方もおられます(つまり前世リーディングから理由を読み取る事は出来なかったと言う事です)


***
これは余談なのですが、体の不調が前世からの因縁と言う事は十分に考えられる事です。
だからと言って全てそれで解決しようとされるのは避けられた方が良いかもしれません、体の不調は体からの何らかのメッセージでもあります。医師にかかる事もこれもご縁と心得、信頼の置ける医療機関にも行かれる事もお勧めします。

医療に関しての知識は全くありませんのでその観点からのお話は避けます。
しかし、人を助けるとの確固たる意思とそのポジティブなモチベーションをもたれる医師の方々は、大変強いエネルギーもお持ちです。
そのエネルギーに触れる事はとても効果があると感じます。
診療に当たり医師に暖かい笑顔で「どうしましたか」と問いかけて頂いただけで良くなってしまった経験、ありませんか?

リーディングにより理由を知る事、専門医に相談する事、是非バランスの良い方法をお取り下さい。
***


さて、日本刀を忌み嫌う人の多くは
ご自身が日本刀によってその人生を終わらせられてしまった恐怖と無念さから、大変忌み嫌っておいでです。
戦国の習いで、敵方であれば5歳にも満たない幼子であろうと、お付きの女官であろうと容赦なく首を落とされたはずです。
非戦闘員に取って刃にかかる事は大変無念であろう事は想像に難くありません。
そう言った過去世をお持ちの方に取っては日本刀は恐ろしく忌み嫌うものとして魂に刻まれているのだと思います。

武器としての日本刀の恐ろしさを身を以て経験していると言う事ですね。

最後に、少し話がそれるのですが。。
日本刀そのものをご神体とし、それを祀る神社が有ります。
三種の神器のうちの「草薙の剣」を奉る熱田神宮が筆頭です(厳密には日本刀では無く両刃の剣ですが)
また、死の床に着かれれた方を邪気から守る為に胸に短刀を載せる風習も有ります。
神そのもの、或は守り神として古くから刀は尊ばれていました。

その反面、「村正」と言う刀工が室町から江戸初期にいました。
この刀工が作る刀は徳川家に仇すると忌み嫌われていました。
また、今でも日本刀は人を切ったかもしれない、日本刀には血が染み込んでいるので手にしない方が良いなどなど
大変に不吉なものとされる傾向もあります。

正に表裏一体を成しているとも言えますね。

これはどちらが正しいのか?
どちらも正しく、どちらも間違っていると感じます。

森羅万象いかなる事象にでも深淵なる意味が有り、どちらか一方のスタンスでものを判断してはいけないその良い例だと思います。

ものは生まれた瞬間から魂を持つと言います、古くネイティブインディアンの宗教観に「マニトゥ」と言う考えが有ります。
いかなるもの(それは有機物、無機物の区別無く陽子と中性子レベルにまで当てはまります)にも魂が有ると言う教えです。
これをふまえますと日本刀にも魂が有ると言う事になります。
魂、これはエネルギーでもありましょう。

その刀に込められる持ち手のエネルギーがいかなるもので有ったかで、或はその刀を打つ刀工の意識でもその刀の持つエネルギーも変わって来るのではとも思います。
いわくの有る刀にお祓いをするのは邪を払うのではなく、その日本刀の持つエネルギーを対局にあるエネルギーに変換させる事なのではと思うのですが、いかがでしょうか。。。

今日はスピリチュアル的なアイテムとして取り上げられる事の多い「日本刀」に焦点を当ててみました。
ではではまた次回、ごきげんよう。







[ 2010-08-10 15:57 ]


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by farmemory | 2013-12-22 23:18 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

◇アトランティスの夢(後編)◇

◆アトランティスの夢(後編)◆

前回リーディングで見たのアトランティスの情景をお話ししました。
今回はその続きになります。

その最後ではないかと思われる光景も見え、そこでこの時代のリーディングは終了する事になりました。

ではどうぞ。


人々が着る服が、まるで古いSF映画に出て来たものと良く似ている事に驚きました。

これは余談なのですが、例えば映画の衣装を担当する方は無意識のうちにある時代の光景をアカシックレコードにアクセスしているのではと思うのです。
奇抜なデザインだと思っていたそれらの衣装が実はある時代に存在していた、そう考えると得心の行く事でもあります。
この話は面白そうなので別の機会にお話ししたいと思います。

さて、話を戻します。
彼らは私たちが体をきれいにする為の風呂やシャワーと言った、体を清潔に保つ行為をしていません。
もちろん水泳などもしますし、水に体を浸ける事もする様です。
入浴はもう一つ「みそぎ」或は「清め」の様な効果を期待して行う事もある様です。

しかしそれは多くの場合娯楽やスポーツと言った理由と、今の私たちが医療行為として温泉につかる、そう言う様な入浴はが殆どの様です。
日常の生活では水を使った体の洗浄行為を見る事が出来ません。
しかし古くなった皮膚や表皮に着いた汚れなどを落とす必要はあったと思います。

暮らしの場所を見てみました。

体を清潔に保つ用具らしきものがあります。
円筒形をしています、高さは人の背丈より幾分高め。
側面にはアーチ状に穴があいています。
そこに衣服を脱ぎ入ります、すると空気が微弱な振動をします。
その振動によって角質化した不要な表皮や、汚染部質、細菌やウィルスと言ったものが取り払われて行く。
そう言うものの様です。
その時間は非常に短く数十秒と言った所だと思います。

この時代は現在の様に各家にセキュリティーの為の鍵、もしくはそれに準ずるものが見当たりません。
ドアはあります、ほぼ自動ドアと言ってかまわないと思います。
住宅だけでなくあらゆる施設のドアには鍵にかわるものが見当たりません。

少し話がそれますが犯罪を抑止する為、或は未然に防ぐ為、かつまた犯罪者を取り締まるような、今の時代の警察機構が無いように感じます。
セキュリティに関しては犯罪予防と言う観点よりも、危険防止の為にのみ行われていた様です。

つまり犯罪がなかった。。。
そう見る事も出来なくない様です。
あらゆるドアに鍵などが無いのはそれが理由だろうと思います。

さて、食事に関して既にお話ししましたが、文化的にも栄養学的にもそれほど重要ではなく
為に家庭には調理する道具類が見当たりません。
しかし決してものを口にしないかと言うとそんな事は無く、栄養の補給は摂食によるのは間違いない様です。
その食事は多くが植物由来のものの様で、動物性のタンパク源が感じられません。
もしかしたら昆虫をタンパク源にしていたかもしれません。

また家族の構成も大変にユニークです。
父母兄弟が同じ場所で生活しているのは今と変わらない様ですが
父が働き母家事をする、そう言う構図は一切無く、また仕事と言う概念自体無いように感じます。
人々は職業でラテゴライズされる事も無く本来自分が持つ能力を何の疑問も持つ事無く社会に還元する、そう言った社会参加をしているように感じます。

ですので全ての人がその社会の大切な一員として扱われています。
これは年齢も性別も一切関係ありません。

子供を保護すると言う親の義務はあるのですが、子供達の教育に関しては彼らの主体性を最大限に尊重し
その為のバックアップはする様です。
しかし決して指導的な行為はしません。

この時代の人々は非常に進んだ精神性を持っていました。
争いなどが殆どありません。
その精神性の所以でしょうか、世の中に騒音と言うものがありません。
非常に穏やかで、むしろ今の私たちからすると刺激の無い退屈さまで感じてしまうかもしれません。

このような平穏で穏やかすぎる日々が、私たちの感覚からすると大変に長い長い期間続いています。


さて、この時代の終焉の時らしい光景が見えてきました。

その光景の前に、多分に私の主観が入る事をお許し頂きお話ししたいのですが、
この終焉はもしかしたらその時代に暮らす人々の総意なのではなかったかと言う気がします。
なぜなら、その終焉を迎える時期や様子を多くの人々が既に理解していたように見受けられるからです。
その理由の一つが穏やかすぎる平穏な日々であった事は間違いないように感じます。

自由で穏やかで平穏で安全。
そのようなこの社会は、では何故出来上がったか
それは人々の経験から作り上げた世界ではなかったからの様なのです。
そう言う社会が既に存在し、そこに人々が送り込まれた
感覚的な事なのですがそう言った感じを強く受けます。与えられた平穏でもあったかも知れません。

我々が住む今の世界は、この時代とは180度違い犯罪や争いの絶える事の無い時代です。
どちらもバランスに欠けている感があります。
もしかしたらアトランティスの人々は、ある意味閉塞感のある社会からの逃避を計ったのではとも思えるのです。
人々の強い念が一つの文明の終焉を呼びよこした、そんな感じが強く受けます。
以上の事はあくまで私個人が感じたままを書きました。
これはリーディングによる客観的な観察に書き加えたものだという事をご承知置き下さい。


さて、終焉に関して見えました光景をお話しして行きます。

それはかなり急激な変化です。
空が真っ赤、そして真っ黒な雲が螺旋状にぐるぐると渦巻いています。
何日も何日も太陽を見る事の出来ない日々が続いています。

人々はこの後に何があるかを熟知している様で狼狽える人はあまり居ない様です。
しかし終末は確実に近づいているのでしょう人々からは生気の様なものが全く感じられません。

何か空を覆う程の物体?航空機?
とてつもない大きさの物体がゆっくり動いています。
その物体が動いて行く後の地上は惨状とも言える光景です。
多くの魂が天に昇って行きます。

数千数万、それ以上の魂らしきものが渦を巻いて天に昇って行きます。空が真っ赤です。

川が見えます。
その川が溢れてくるのが見えます。
低い方から、津波の様に地面にあふれかえってきます。
そのスピードはかなりのもので、見る見る土地が水没してゆきます。

かなりの天変地異のように感じますが不思議なことに地面が揺れるとか地鳴りがする等の異変は感じられません。

ただただ水位が上がってきます。
都市と思われるあたりは数日のうちに水没しまい、残されたわずかな土地も数ヶ月のうちには完全に水の底に沈んでゆきました。

不思議なことなのですが、この惨事とも思われる光景ですが、人々の阿鼻叫喚のような地獄絵図はいっさいないのです。
あくまで淡々と魂になって上空に昇ってゆく人。
土地とともに水没してゆく人々。皆まるでそれを予感し受け入れているとしか思えない冷静さです。

一方、これは大変に不可思議な光景なのですが
魂にならずにこの世界から去って行く人々がいる事です。

端的に言うと「消えてしまう」のです。
人は死を迎えた後にも肉体を残して行きます。
しかし見えた光景ではこつ然と姿を消して行く人々がいるのです。

これは非常に不思議です。
このカタストロフィーは数ヶ月で人々を飲み込んでしまった様です。

これが今回のご依頼を受けて見させて頂いた光景と
その後更に見えた内容です。
より集中しすれば、更に詳細に渡ってリーディング出来るかもしれません。

ではでは、今回はこれにて。







[ 2010-07-29 12:32 ]


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by farmemory | 2013-12-22 23:16 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(1)

◇ツインソウル探求の意味◇

◆ツインソウル探求の意味◆

 ツインソウル、双子の魂とも言いますね。
これはいったいどんなものなのでしょう。

 魂は生まれる前一つのコーヒーカップに入った液体だと想像してみて下さい。
それがこの世に生まれる事を決めるとそのカップから一雫の魂がこぼれ落ちてきます、それが個体の魂となって肉体に入ってきます
同時にもう1滴個体の魂がこぼれ落ちてきます。
これこそが双子の片割れになります。
基は同じカップに入っていた同じ魂なのです。

生まれる前、魂はどの肉体にはいるかを自身で選択します。
しかし必ずしもパートナーとなる異性の肉体に双子の相手が入るとは限りません。


 この魂が異性で、パートナーで、配偶者であったら嬉しいと誰もがお思いになる様です。
実際前世を見させて頂いているとその方のツインソウルの存在が浮かび上がってくる事が良くあります。
異性のパートナーとして身近に現れる事は確かに少なくはない様です。

しかし異性の相手と限らないことも決して少なくはありません。

 例えば高校の頃、自分の人生を決定的に変えてくれた担任の教師であったり。
稀ですが、自身に大変ひどい仕打ちをした相手がツインソウルであった、などと言う事もあります。
長い目で見るとそのひどい仕打ちが自身の目を開けさせてくれた事になったかもしれない、つまりこの人生で出会わなければならなかった存在と言う事です。

 更に、ツインソウルは必ずしもこの人生で出会う相手と限った事でもない様です。
直接知り合う事も無く終わる人生であっても、ツインソウルは存在していると言う事なのです。

 もしかしたらアナタが好きなアーティストかもしれません。
その人の作品にであった事でアナタの人生がまるで違うものになった。。。
あのアーティストの楽曲がその時の自分を救ってくれた。。。

でも、忘れないで下さい
魂はツインソウルであっても尊重しなければならない個人です、決して自分と縁が深いからと言って
アナタの「もの」ではありません。

遠くから気がつかないうちにこの人生の支えになる力を送ってくれる存在なのかもしれないからです。

 私は一度の離婚経験があります。
この別れは決して後ろ向きなものではありませんでした。お互いこれから自分の道を歩んで行こう、そう言う理由からこの人生では離れる事にしました。
しかし彼女が私のツインソウルであった事は間違いの無い事です。
語る事無くお互いに認識していました。
 そして今の自分の存在自体が彼女と過ごした日々が無ければ成り立っていなかったのも事実です。
正に私に取って最も重要な存在であった、いえ、離れてなお今でも彼女は心の支えになっています。
しかしそれは異性と言う存在としてではなく、敬愛する一個人としてです。


 現在は今の妻と出会い大変に幸福な毎日を過ごしています。
私は幼い頃から家族と言うものに疎遠で縁が薄く、そして輪廻転生に幼い頃から気付いていた私に取って家族はただの構成単位程度の認識でしかありませんでした。
しかし私は肉体を持ってこの人生に転生して来た以上達観した「スピリチュアルな人」でいる事は非常にバランスの悪い事であったのでしょう。
その私にこの人生で「人間」として生きる事を中年になってやっと気付かせてくれた人が今の妻です。
しかし彼女は私のツインソウルではありません。


 ツインソウル探求の旅は決して意味の無い事ではありません。
しかし今、目の前にいる美しい魂を見失ってしまっては本末転倒です。
あなたのツインソウルはそれを望んではいないはずです。
この人生をより良く生きる事は私たち一人一人の責務でもあります。

生きると言う事は多くの魂達と交流する事でもあります。
ツインソウルだけが自分に取って最重要と考えるのではなく、その存在は心の支えだと認識されたらいかがでしょう。







[ 2010-07-20 11:26 ]


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by farmemory | 2013-12-22 23:14 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(3)

◇アトランティスの夢(前編)◇

◆アトランティスの夢(前編)◆

ある方からメールでのリーディングを依頼されました。
その方から送られたお写真を拝見して直ぐに、かなりスピリチュアル的に進んだ魂の方だと分かりました。
そしてそのご依頼が非常に希有な内容でした。
それはご自身が過ごした「アトランティス」時代のリーディングを希望された事です。
恐らくご自身感じておられたのだろうと思います。

これから書きます事はまるで夢物語の様ですが、私が確かに見た時代の様子です。
但しこの時代がアトランティスの時代と断定は出来ません、何せ見えたもの全てが始めて見聞き感じるものですので。。。
依頼者の個人的な内容は割愛致します、見えた光景をそのままお伝えしたいと思います。


ではどうそ。



見えた時代は場所の特定が出来ません。
恐らく現在は地図に乗らない所、水没したのではないかと思います。
またそこがアトランティスと特定する事ができません
なぜなら見えている風景や建物等が全く見た事のない、歴史上にも取り上げられていない光景だからです。

感覚的には、かなりな都会ではないかと思うのですが、私たちが知る都会の風景とはかなり異質な感じがします。
今見ている視点はやや上空(地上20メートルくらいでしょうか)から平行に地平線を見ています。
気渡す限り平野の様です。かなり遠くまで建築物らしきものがあります。

遠景にも山らしき高度のある土地が見えません。

確かに都会らしく、それも大都市ではないかと思うのですが突出して高い建造物が見当たりません。
高いもので現在の5〜6階建ての高さ程の建物です。

その外見ですが、根拠はありませんが有機物で出来ている感じがします。色などはかなり地味な感じを受けます。
それよりも目につくのは建造物を覆う植物です。
壁に這う蔦の様なもの、ヤシの木、灌木が建造物と建造物の間に所狭しと生えています。
しかしその植生には明らかに人為的な統制感の様なものがあります。
言わば計画された街並と植物と言う感じです。

しかし大変不思議なのですが建物の立地が非常に不規則です。
見渡した所現在の様に直線的にのびる道路や鉄道軌道の様なものが見当たら無いのです。

ただ建物同士はかなり余裕を持って建てられています。
その間に植物が繁茂し、公園状にきれいに整えられている感じがします。

しかし人の気配はたくさんするのですが、屋外にはあまり人影が見当たりません。
決して寂しさは感じられません。


交通機関をスキャンしてみたのですが、地上を移動する乗物らしきものは見当たりません。
上空にはぽつりぽつりと人工的な飛行物が見えますが、それもかなり少ない様です。
また移動する航空機状の飛行物体からは爆音の様なものが一切聞こえてきません。
移動もかなりの高速で滑らかに移動しています。

その大きさには驚きます。
大型タンカーの数十倍くらいありそうな飛行物体です。
見る限りでは翼らしきものが見当たりません。
明らかに揚力を利用した浮揚ではないようです。推進機関らしきものも見当たりません。

公共の移動機関の様ではありますが日常の短距離を移動する為のものではないのは、その大きさから何となく推測出来ます。
まるで星間移動する為の宇宙船の様です(葉巻型母船ではないと思います)

では通常人々の移動はどうしていたかを見ましたら、大変興味深い光景が見えました。

各建造物の近くや街角の様な所に少し大きめの電話ボックスのような方形の施設があります。
これは公共の移動ボックスとでも言うのでしょうか、
人々は移動の為にこの箱の様な所に入って行きます。

そして手のひらに入る程の石(?)らしきものをあるセンサーの様な部分に当て、異動先を念じると
そこに移動出来るようです。
恐らくトランスポーテーションだろうと思います。


この石の様なものは人々が皆持っているもので、今で言えば機能を備えた携帯電話の様な扱いではないかと思います。
しかし外見上は正に石の様相を呈しています。
色は透明感のあるグリーンで、翡翠の様な、或はガラス製のファイヤーキングの様な色味と輝きを持っています。
会見場は突起もボタンも見当たりません。
それを使用する為には、任意の意思をその石に送り具現化させる、そんな様な機能を持ったものです。


さて、人々が住んでいる地域に関してですが現在の様にオフィス地域と住宅地域と言った様な住み分けは無い様です。
人々は自分の好きな場所、建物を任意に選ぶ事が出来、住宅に関しては無償で提供されています。

この時代、「食」と言う概念が今程文化的な扱いを受けていないように見えます。
食べているものの詳細が分かりにくいので、何とも表現しにくいのですが今の様な食物は摂取していません。
食事風景も大変簡素なもので、今の様に家族で食卓を囲むとか同僚や友人との会食を楽しむと言った光景が見られません。
普段の生活では今の様な食物は摂取していない様です。
あまりこの時代は食に関する文化が深くない様で、現在の様に文化人類学的に見る食文化と言う点では、言わば貧相とも言える光景です。

人々にはその人を特定する為に職業でカテゴライズする事が無い様です。
スキルや知識は重要視される様ですが、生きる事へのモチベーションと言うか生き方と言うか
そう言ったものを大変に重要視しています。
人にランクは無く、極めてリベラルな感じがあります。
経済的な格差などもあるにはある様ですが、取り立てて人々の生活上ではあまり意味をなさない様です。

アートなど創造的なものに携わる人々は大変尊敬を受けています。
また娯楽と言うものもある様で、音楽や創作と言った物が大変盛んに感じます。

メディアもありますが今の資本主義的な社会構造ではないのでスポンサーと言う概念が無く
極めて公平な情報発信と、教育、映像芸術としてのあり方がこの時代のメディアの状況の様です。


また、一方科学的な部分で見ると、今では想像もできない程の高度なものがある様です。
ですので科学者と言う人々もかなり上位の扱いを受けています。


家族と言う構成単位が非常に希薄に感じます。
確かにDNAでの繋がりのある集団での共同生活は送っている様ですが、大人と子供、どちらも同じランクの扱いを受けます。
外見上子供であっても非常に優秀な知能を持っていたり、高度な理解力を持つ人がいます。

また人々の平均年齢が考えられない程長い様です。
今回の依頼主のかたですが、見えた時には外見上壮年の様でした。
しかし年齢は有に300歳を超えていたらしいのです。
人によっては500年以上の寿命を持つ人います。

そう言った事から私たちが思う様な家族構成は成り立たない様で、言わば魂的な縁の方が重要視されていたかもしれません。


さてその時代多くの人が着ている服が見えます。
頭にはヘルメット状のかぶり物、アンテナの様な突起物が見えます。
それは器具などでは無い様で装飾的な意味合いのあるものの様です。
着ている服は、素材などが分かりませんがかなり光沢のあるシルクの様な生地でできたもの
マチエールはツィードの様な質感です。
方が少しだけ張った様なデザインで、見た様な感じは80年代にはやった肩パッドの入ったジャケットの様な感じです。
長さはロングコート程ありチャイナ服の様に左右に太もも付近までスリットがが入っています。
ボトムにはスラックス状のものを履いています。色は灰色がかった明るいブルー。

この服装は見える限り皆同じように見えます。
しかし制服では無い様で、言い換えれば皆服装での個性が無いように感じます。
そして個人が、自分を表現するのは外見ではなくその個人個人が持つ精神性に重きを置いている感じがあります。
名前さえ重要視していない感じがあります。



このリーディングは長くなりましたので今回はここまでにします。
この文明が終わる瞬間も見えましたので次回にそのお話をしたいと思います。

では今日はこれにて。









[ 2010-07-25 22:19 ]


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by farmemory | 2013-12-22 23:14 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)