2016年 10月 22日 ( 1 )

◆リラ物語(恋愛-1「愛しています」)◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



c0319737_13226.jpg
このイラストは私の作品ですがロイヤリティーの生じる作品ですので流用、転載などはご遠慮ください。見て楽しんでくださいませ~

◆リラ物語(恋愛-1「愛しています」)◆

今までのリラ物語>>>

今回から新しいリラシリーズとして「恋愛」にフォーカスして行こうと思います。

今時間は大きく変化し始めていることから、過去もなく未来も定かではなく、全ては今に存在し始めるステージに徐々に向かっていることが感じられます。

そのため恋愛も明日の約束に振り回され、過去の言葉と出来事に固執してしまうことは「今という刹那」の重要性から離れてしまうこととなります。

振り返る昨日は今日に続く昨日ではなくなっています。
また明日の予定は立てられず、または約束自体変化してゆくと言う事になります。

これが今私たちの置かれている時間軸です(すでに時間自体曖昧なものとなってきています)

今まで私たちは日々の継続した時間軸の中で恋愛を見てきました。
明日に続く恋を願い、いつか相手に振り向いて欲しいと願い明日を夢見ることもあったでしょう。
しかしこれは明日という継続した時間を見ていることになります、そして昨日から続く時間軸の延長線上を。

しかし新しい次元に進みつつある今、一日の眠りから覚めると毎日が新しい時空として生まれ変わってきます。
どれほど愛を誓った間であっても、その約束もまた新しい時空に日々生まれ変わって行きます。
新しい次元では約束やルールは曖昧なものとなって行き「今」という刹那に全ては存在するという時空に入ってきています。

そしてその時空を「作り出してゆく」のが自らの想念です。
未来の到来を座して待つのではなく、自らの意思と希望により作り出してゆく次元に入り始めています。

二人の関係性も同じことです。
恋愛は揺れ動き寄せては引く波のようなもの、またジェットコースターのように感じることもあるでしょう。
恋愛という揺れ動く心は定まった安定感がありません、ですからどうしても明日の約束や昨日の思い出に心を向けてしまいがちです。

しかし時間が「今」に存在する時空に変化してきていますので「今、相手を愛おしく思える」のであれば、その自分の意識と感覚に目を向けてください。
時間軸がないということは、今感じたことは永遠であり、また刹那でもあるということです。

少し難解かもしれませんね・・・・・
時間軸のお話はまた折を見て詳しく見て行きたいと思います。

   ・

さて、ここからは相手を「愛する」とはどういうことかを見て行きましょう。

自らを愛することが相手を愛し大切にし、相手を愛し大切にすることが自らを大切にします。
まさに自ら成した思いと行為は、自分に返って来ると言う因果律です。

そして他者を大切にするとは、具体的な行動(何かプレゼントを送ったり、相手のためにわざわざ時間を作ったり、相手が望むこと全てを差し出すこと)以上に大切な「想い」が重要であることを理解することです。

肉体を持つ3次元を生きてきた私たちにとって相手の言葉や行動で、相手の心を判断してしまうことはやむおえないことですが、五感で得られる相手からの情報(言葉や態度)ではなく、どれほど相手を身近に ”感じられるか” がその答えとなって行きます。

人は日々の生活の中にいますので、その時々の感情値も様々です。
また、言葉や行動は時に暴走したり、思わぬ誤解を生み出してしまうこともあります。

しかし、魂はとても正直で作為を持ちませんので、相手を身近に「感じた」時、そこには言葉も状況も行動も超越し、相手の魂からの想いをストレートに得ることができたことになります。
身近に感じる「存在感」
相手からの素直なアプローチがこの感覚です。

相手を静かに想ってみてください。
そして相手との繋がりの強さを感じたり、実際相手の存在を身近に感じたとしたら、それこそが相手と自分との魂の繋がりを感知したことになるでしょう。


さて、相手が自分にとって真に大切な人、愛する人と認識した時
その時から相手は他者でははなくなり自分と同化し、その相手は自分自身になって行きます。
ここが重要なところです。

*これは必ずしも恋愛対象の相手を指すだけではなく、自分に関わる「大切な人」全てに言えることですが今回は恋愛に特化しています。

愛する人へ贈る想いは、そのまま相手から贈り返される愛の想いともなって行きます。
その相手からも愛されることでもあります。

しかし「相手からの愛が欲しいと願うために相手を愛する」という見返りを求める打算は残念ながら本来の「愛する」ということからずれてしまいますので、この点は理解が必要かもしれません。

肉体をまとった相手を愛するだけではなく、その相手の魂と同期することが重要です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自分自身を愛することは、共にある(自分と同化した)相手を愛し
愛しい者を愛することは、自分もその者に愛されることを意味する
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自らをまず大切にすると言うと、自分のエゴに素直になって行くと思ってしまうかもしれません。
確かにそういう見方もあるかもしれません、しかし私たちには「主体」というものがあります。

相手に愛されたい一念から自分の意思や願いを抑え、相手に同調し妥協し合わせて行ったとします。
これは一見相手を思っての行動に見えてしまうかもしれません。
しかしこれは、自分を大切にしているとは言い難い事なのです。

儀礼や社交辞令を持って接する相手ならいざ知らず、あなたと心を通じ合わせたいと願う相手は、あなたという主体を見て、そのあなたを欲してくれるはずです。

しかし相手に気に入られるために上塗りし、自分ではない自分を繕ってしまえば、自分の主体は薄れて行く事になります。
つまり相手は本当の自分を見ることなく、上塗りした自分だけを見て主体をベールで覆ってしまう事となり、相手にとって都合のいい自分ということになってしまうかもしれません。
愛の本質である「自らと相手、その双方を同時に愛する」という真の愛の摂理から離れてしまうことを意味します。

本質(主体)を全て出してもなお、相手の目に愛しい人と自分が映ってくれた時、揺るぎない真の愛がそこに存在し始めます。

「自分を愛し、自分を受け入れ、自分の想いに素直に生きる」
これは恋愛に限った事ではなく、今の時空を生きる私たちにとってとても必要なことです。

先ずは自らの主体をしっかりと表現し、その主体の想いに(自分の心に)素直になり、それを伝えてゆく事が結果として自分を愛し、その自分を愛してくれる相手に報いることとなります。

本当に相手を愛するとは、時に切なく感じることもあるかもしれません、苦しいこともあるかもしれません、臆病になってしまうこともあるかもしれません。
しかしそれでも自らを愛し主体を見せた上で、相手に想いを届ける時、思いもよらず「言葉にならない愛」の本質に胸の奥が熱くなるかもしれません。

そして魂としての相手を抱きしめている、抱きしめられていると感じ始め「あなたを愛している」という言葉の真の重みと至福を知ることとなります。

私たち日本人(日本人の感性を兼ね備えた人を含め)はそう容易く「愛している」という言葉を口にすることはありません。
これは文化的なことが大きく影響しているかもしれません。
「愛」を口に出す事への ”照れ” と、古来よりストレートに自分の感情や意思を表すことをせず、物事に裏表を兼ね備えた国民性であるがゆえ、言葉自体にどんな裏があるかを探ってしまう癖を持ってしまっているからかもしれません。

ですから言葉の安売りとして「愛している」という言葉を、簡単には口にできなかったのかもしれません。
またそういう言葉自体社交辞令の意識から離れないのかもしれません。

しかし、真に愛する人に素直に贈る「愛しています」の言葉は、とても強い言霊を持つことも知っておかれると良いかと思います。


最後に、真の愛には以下を ”含みません”

執着
依存
疑念
怒り
所有欲
約束
潔癖さ
過度な正義感
ジャッジメント

では今回はここまで









[PR]

by farmemory | 2016-10-22 01:05 | ・リラ物語 | Trackback | Comments(3)