2015年 12月 11日 ( 1 )

◆リラ物語(女性性について-2)◆

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このイラストは私の作品ですがロイヤリティーの生じる作品ですので流用、転載などはご遠慮ください。見て楽しんでくださいませ〜


◆リラ物語(女性性について-2)◆

前回に引き続きリラ物語の前段である女性性に関しての続きとなります。

女性性の一つの特徴は母である意識
子供たちへの慈愛が象徴するマリア意識、慈母観音意識と言えるものでした。
もう一つの特徴が目の前にある「事象へのミクロ的フォーカス」があります。

男性性の世界では天下国家を論じることが、さも優れた意識、世界のための重要な視点と捉えてきました。
これが今までの3次元的意識の基礎となるものでした。

一方女性性の意識は大局に(あるいはグローバルに)意識を拡散するのではなく目の前にある自分の世界だけへのミクロな視点です。
自分を取り巻く狭い世界への視線を重視するのが女性性の特徴でもあります。

ニュースは見ません、新聞は読みません、今世界でどんなことが起こっっているのかはあまり知らないのです。
こうした状態がとても重要なお話なのです。

なぜなら今までの世界には作為と悪意を持った報道が蔓延していました(まだまだそうした偏向姿勢が大勢ですが)
また宗教や教育の名の下に、いかに偏向し変質させられた啓蒙や情報が伝えられてきたかを知れば、世界の情勢や社会事情を知らないということがすなわち無知と言えることではないとも見ることができるのです。

報道の中に、教育の中に、悪意を持ったエネルギーが注がれていても、論理性を前面にそれを受け取る時、そこにある負のエネルギーは理解できません。
しかし、まるで「勘」を頼るような判断や、無知ともいえるその場だけの判断は、逆に言えば報道に添えられた意図的な負のエネルギーから知らず知らず内に自らを守る方法でもあるのです。

なぜ新聞を読まないのでしょうか
なぜニュースを見聞きしないのでしょうか。

その理由は語れなくとも「興味がないし、面白くない」という最強の理由(プロテクト能力)を発揮しその負のエネルギーに近寄らない。
これが女性性の能力の一つでもあります。

「だってつまんないんだもん」
「怖いし、気持ちが萎えるんだもん」
ここに秘められた、自らを守る力をご理解いただけたらと思います。

逃げるが勝ちのリスク管理です。


今まで世界を良くしようとするために天下国家を論じ、時事について見識を極め、論客として人々に啓蒙をしてゆく。
一見優れた行動に見えるこの男性性の行動。
しかし長い目で見れば卓上の論理であり、またそれをこの1万年以上もの間声高に伝えてきていても、そうしたことがこの世界を変える力にはならなかったということを私たちは嫌という程知っている筈です。

報道自体、社会の構成自体、作為ある何者かにコントロールされているのであれば、その社会性の上に成り立った時事など虚像でしかないということです。


また仮に社会の不条理を唱えようと、自らの世界(家庭や身の回りの環境)にもしっかりとフォーカスして行けるかが実に重要なバランスでもあります。
全ての人は皆まだ次元移行の過渡期にありますので、お花畑のような日々を送っているとは限りません。
自分だけの問題は皆抱えて生きているでしょうが、だからと言ってそれを抱えていることが、必ずしも周波数の高さに影響することではありません。

周波数の判断は、大きさの大小はあれ自分を取り巻く環境内に問題があることで判断するのではなく、またさっぱり早急に解決でききることが肝要なのでもなく、自分がそれらに向かった時の自分の有り様(どう解釈し、どう意識を向ければいいか)が、自らの周波数に影響して行きます。

また権威や名声に固執する男性性は、どうしてもこの世界にヒエラルキーを形成しようとしてきました。
人というもの価値を決める指針ともなるこのヒエラルキー意識が基準となってきたからです。
そのため一旦権威の場所から自分が離れた時、自分という存在をどのように見ればいいかがわからずうろたえ萎縮してしまうことにもなってしまいます。

他方、目の前の事象。
家族や自分を取り巻く人々、環境にフォーカスをして生きる女性性は、そうしたヒエラルキー構造の枠から離れていますので、判断基準も極めて私的です。
まだ体験もしていない危険や、恐怖、不合理に心奪われることなく、目の前にあるリアルな事象にフォーカスし、それを解決して行こうとします。

しかしその行動こそが世界の変化に続いてゆくのだと理解する必要があろうかと思います。

自らの世界、目の前の世界の幸せは、更にその周りに波及しそこに幸せを送り、さらなる大きな幸せの輪を広げてゆき、やがて自ら住む社会も世界へもそのエネルギーが伝播しえ行く。
この概念を身をもって理解できた時、自らの世界がその思い通りの世界に変わってゆきます。

リラのエネルギーには「戦い、争い、排他、殺戮」という概念自体ありません。
つまり女性性のエネルギーを高めることによりこの世界に、それとは真逆なお花畑エネルギーを作り出して行ける。
これこそが真の女性性の有り様の一つでもあるのです。

これまでの長い歴史において、こうした女性性のエネルギーを恐れた時々の為政者や権力者、宗教指導者は女性を蔑視し、低く劣ったものとして押さえつけてきたことは明白です。
恐らく中世ヨーロッパで行われてきた「魔女狩り」も、精神性の高い女性や、覚醒を迎え始めた女性たちを排除するための行動だったことは間違いないことでしょう。

よく言われることに「女性が元気で明るいところは、栄える」と言われています。
この栄えるということは、必ずしも金品を意味するのではなく、まさに心の平穏や地域の平和、安らぎと笑顔という掛け替えのない財産を意味するはずです。

争いや諍い、恐怖や怒りのある世界で語られる「平和」など唇寒い虚言でしかありません。

真の平和とは、誰もが「平和って何?、どういう意味ですか?」と言う世界こそが真の平和が構築された世界を言います。
その世界では平和が一つの基盤となる世界ですので、その時には誰も平和を願う必要もなく、口にすることなくその世界に生きる事でしょう。

その世界に向かうためにはリラの持つ

○慈悲(子への慈しみ、生きとし生けるもの全てへの慈愛、自然や動物たちに寄せる温かい眼差し)
○愛(文字通り目の前にいるパートナーと共に心身ともに愛を語る事を意味します)

これが、新しい世界でのスタンダードとなって行きます。


ただし誤解なきよう今一度付け加えますが、こうした慈愛は表面的な仕草や言葉使いを意味しません。
生き方やライフワーク、その人の嗜好や趣味、言動で判断するものではありません。
喧嘩っ早い人であろうと、口が悪く辛口であろうと、女性であっても男前であろうと、真の慈愛はそうした表層で判断するものではありません。

これからの日々、真の女性性の目覚め(この世界のエネルギーが女性性に目覚めてゆくということ)こそが新しい次元への一つの指針となって行きます。


今回は女性性についての2回目のお話となりました。

次回以降もお話は続きます。
ではでは。









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by farmemory | 2015-12-11 13:12 | ・リラ物語 | Trackback | Comments(5)