2014年 11月 17日 ( 1 )

◆迷走する瞑想から真の瞑想へ◆

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◆迷走する瞑想から真の瞑想へ◆

瞑想のためある音楽を集中して聴いたり、パワースポットと呼ばれる場所に出向き難しい呪文や踊りなどをする事により瞑想状態に入れる。
そう耳にし、実際試された事もおありでしょう。
しかし、何度やっても雑念や睡魔が邪魔をしてうまく行かないと言う方もおられるでしょう。 

今回は瞑想する時のヒントと気をつけて頂きたい事に付いて触れてみたいと思います。
これは高次へのコンタクトや、メッセージを受ける時にも共通する事ですので理解されると良いと思います。

先ず、常に自分自身に見えないバリアを張り、降り込んで来る低いエネルギー意識を遮断する必要があります。

その為まずは時と場所を選んでみます。

特に低いエネルギーが集まりやすい場所、繁華街や歓楽街、株やギャンブルを扱う場所、テレビ局など欲望の集まりやすい場所などです。
また自分がそうした場所に近寄らなくても、低い波動で成り立っているテレビ番組などが流れている時もそれに該当します。

これはそこに従事する方達や仕事自体を否定している訳では全く有りません。
ただ上記の場所はどうしても「執着や煩悩」の集まりやすい場所ですので、そうした場所では意識を開く事を極力避け、自信が心穏やかな状態でいられる場所で、出来れば一人、複数の場合は心許せる数人程度の場所を選んで行って下さい。

自身が心穏やかになるのが、大音響で音楽の流れるライブ会場だと言う事であればそこも確かに自分に取っての瞑想の場所かもしれません。
しかし、やはり不特定多数の人の集まる場所であり、多くの想念が同時に存在すると言う事は覚えておかれると宜しいと思います。

もし自分が不快に思う場所や、思いとは裏腹な仕事などしなければならない時や場所に居る時は、自我の解放を控えた方がいい時が有ります。

自分自身が高次に向かうと決め、そうした意識で(一人で)いる時は良いのですが、3次元的な場所にいる時には自身の高次のエネルギーと、身を取り囲む3次元的エネルギーの乖離により、時に違和感を超え苦しくなってしまう事もあるでしょう。

そんな時は、表層の自我(肉体の自分)と深層の自我(魂)を切り離し、肉体をマリオネットの様に操るイメージを持って見ましょう。
これは古くからネイティブアメリカンが身(肉体と精神の双方)を守る方法の一つとして伝承されて来た方法で、とても有用なメソッドです。

空の体では低いエネルギーに干渉されはしないかと思われるかも知れませんが、乗物の体が空っぽなのと、真の自分である自我が空っぽなのでは全く意味が違います。

しっかりした意識を持って体を操れれば、その体をしっかりした意識がきっちりと守りますので心配はいりません。
これはいわれの無い非難や言葉の攻撃、仕事上の迷いや苦手な人との関係性から精神的に追いつめられた時等にも対応出来る方法でもあります。

瞑想に話を戻します。

今自分が瞑想を行おうと思った時、自分のおかれている場所や心の状況が乱れている時には瞑想を避ける方が懸命です。
また心の乱れの有る時には瞑想状態に入る事が難しいものです。

そうした乱れの有る時に強制的に瞑想状態に入ろうとすると、自分を守るバリアを解き放ってしまい、ネガティブエネルギーの侵入を許してしまう事も有ります。

また瞑想に良いとされる「周波数の音や音楽等をかけ、香りの良い香等炊き」と言った「方法」を取るよりも先ず、安定した精神状態の自分を持ってから行う事をお勧めします。

かき乱された心を安定させる為の瞑想は見方を変えると依存となってしまい、そこに低いエネルギーを流入させてしまう危険も伴います。

例えば剣豪が相手と立ち会う前に、静かに目を閉じ心を無にし動揺を取り払う。
こうした行動は瞑想の様に感じますが、それは瞑想ではありません。
何故なら試合に勝つと言う明確な欲がそこに存在しているからです。
同じ様に心を「平静に保ちたい」という強い「欲」が存在している事に気が付いて下さい。

しかし死を超越し、勝敗の如何に関わらずこの試合で斬り殺される事さえ恐れず立ち合いを「楽しむ(希望する)」と言う意識になれば、そこで欲は消えて行き正に無の状態となります。

平静を保つ為に瞑想をするのではなく、平静であるから瞑想を始める、です。

また、壁に曼荼羅やお札を貼り、マントラや瞑想音楽を流し、香を焚き座禅を組んで自らを瞑想に誘う。
こうした方法が意味が無い訳ではありませんが、それより遥かに良い瞑想状態に入れる方法が「自分の好きな事をしている時」なのです。

一人気持ちのいい自然や屋外で心地よい風に吹かれ時間を忘れている時。
無心になって料理を楽しんでいる時(包丁を持っている時や鍋を火に掛けている時は十分気をつけて下さい)
ラケットを振り、汗を流して居る時やプールでゆったりと泳いでいる時。

こうした緩やかで楽しい時は、たとえ心の解放をしていたとしても、既に楽しい状態が作り出すきわめて強いバリアを自分自身に張り巡らせています。
こうしたとき、意識の解放をしても外からの低いエネルギーは入り込めません、結果そうした状態がその人に合った最高の瞑想状態への「扉」となります。

また実際にこうした場所や条件にいなくても、その緩やかで楽しい状態をイメージし思い出す事は出来ると思います。
そのイメージの中に自分を誘ってから、瞑想の扉を開けて行くと非常に効果的です。
またその状態でソルフォジオミュージックやマントラ、聖歌、自然の音等流すと、それらの周波数の持つ力が発揮され更に深い瞑想状態に導いて行きます。

またパワースポットと言われているからと、不用意にそうした場所で瞑想を始めるのは控えた時が良い場合があります。
例えば寺社などのパワースポットと言われている場所は、今まで極めて低い3次元的な願いを多くの人が捧げて来た場所です。
往々にしてそうした場所には執着や煩悩の祈りが染み込んでいます。

そうした場所で瞑想をするのであれば、先ず身の回りに穏やかで無欲のバリアを(結界)を張ってから行いましょう。
こうすれば「本来のパワースポット」を効果的に利用する事も可能となります。

神社に行ってそこのパワーを借りて瞑想をしよう、では無く
その神社の穏やかな空気感に浸り自分の中の乱れを整えてから瞑想を始め、そのパワーを利用しようと言う意識を持って下さい。
「利用しよう」などと言うと不遜に聞こえるかも知れませんが、神様仏様と、願う相手を様付けにへりくだった風を装い、実際は現世的な執着、煩悩から来る願いをかける方が余程不遜な行為であるとご理解下さい。

神社のパワーは誰にでも解放された力です、天の摂理に叶う生き方を願う人へは、きっと無償のエネルギーを使わせてくれる筈です。
これは神社がそう言う人を区別し、そのパワーを使わせてくれると言った選民的な事では無く、その言う意識であれば効果があると言う極めて単純な事です。


最後に一つ。
これは以前の記事にコメント下さった方の言葉の一文です。

「”実は自分自身が自分にとって最高のパワースポットなのではないか?”と感じるのです。」

正にこれが真実なのだと思います。







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by farmemory | 2014-11-17 09:32 | ・新次元とスペースピープル | Trackback | Comments(12)