2014年 03月 30日 ( 1 )

◆栄養学的摂食行為とお楽しみ食事会◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆栄養学的摂食行為とお楽しみ食事会◆

先日実家に行った折、高齢の父がミカンを食べる姪っ子を見ながら
「その房の回りにある白い所も栄養があるから食べなさい」
と綺麗にミカンの白い筋を剥き取っている姪っ子に口うるさく伝えていました。

それに答え私は
「この子達は美味しくないから剥がして食べるんだよ」
そう姪っ子を弁護してみました。

父は若い頃から「食」と言うものに興味の無い男でした。
生きるために食べるだけで、味わうとか楽しむと言う事に殆ど興味を示しませんでした。

一方私は、幼い頃から母親が家を出てしまっており、祖母のウルトラ不味い料理に閉口した幼少期を過ごして来ました。
それが理由で、自分の食べたい物は自分で作る、美味しいものは人を頼らず自分で知り研究しなければと言う自己防衛本能(大げさ)が働き、それが高じて小学校高学年の頃にはスポンジケーキをガスオーブンで焼き、鯖を3枚に下ろし、天婦羅や揚げ物は得意料理の一つとなっていました。

また、食べると言う事は私に取っては、人生の一つであり楽しむべきものと言う意識が常にありました。
旅行に行きましても、その地の食に大変興味があり、旅行=その地のおいしい食べ物でした。

これは外国に行っても同じで、先ず行く所はその地にある市場。
そこの地に住む方達が何を召し上がり、食材をどう調理するのか、更には見た事もない食材を見る楽しささえあります。

特に海産物に関しては大変に興味があり、市場に行くと興奮しまくり、市場の方に買いもしないで質問をしまくりうるさがられます。


さて、生きるために食べると言う栄養学的摂食行為では、食べる楽しみと言う前に、如何にその食品が人体に有用か、危険かの判断を優先します。

逆に家族皆で、又友人やパートナーと楽しい食事をし、笑いのある食卓で食べる食事と言うものは、その食品の良いエネルギーを取り入れる事なのだから、食事は楽しく美味しく頂くと言う事に重点を置きます。


しかし、新しい次元の移行が始まった今、父も私も共にどちらもが主張する論理が、極めて3次元的なものだと言う事に気が付き始めて来ました。

今までの3次元では、私達は他者の命を奪い生きる事を宿命付けられて来ました。
それはそれで一つの経験でしたので善悪や優劣の判断は当てはまる事では有りません。

しかし、生きる為に頂く食事も、安全で良い食材を感謝して美味しく頂くということも、どちらもこの生体を維持すると言う事から外れる事では有りません。

この次元を生きる為にはどういう理由であれ「食べる」と言う事が不可欠でした。

しかし、更に高い次元に移行が進めば、いずれ食の必要性が徐々に薄いものとなって行くでしょう。
高次元は想念が具現化して行く世界です。

「食べ無くても飢える事は無く、危険な事でもない」
そう自らにアナウンスする事で、自身の体が食品を必要としなくなる事さえあり得るのです。

私達は生きるためには食べなければならないと永きに渡り教えられ続けて来ました。
それを正しいと思って来ましたので「食べなければ飢えてしまう」と自らに「飢える恐怖」を植え付けてきました。
つまり食べ続け無ければならないと言う「想念」の中に自らを閉じ込めて来たと言う事になります。
「餓えの呪縛」です。

その為に、毎日ストレスを感じながらも食うために必死になって働いて来た事でしょう。

しかし近未来、高次元に移行すると「食」自体最早生きるための条件では無くなって行きます。
嗜好として「味わい楽しむ」に移行して行くでしょう。
そうなれば、命あるものを食らう「必要」は無くなって行きます。

   ・

ここで捕鯨を例にとってみます。

既に私達は鯨類を捕食しなければならない時代を過ぎていますので、食料調達としての捕鯨は既にその役目を終えたとしても良いでしょう。
しかし食文化や伝統を重んじてしまうと、そこに捕鯨への存続論理が生まれて来ます。

一方、実力で捕鯨に反対する行為も、やはり危険な「攻撃」と言う低い次元意識での解決を意味します。
また鯨類は高等生物なのだから捕鯨は禁止し、畜産を奨励すべきであると言う、同じ命を差別化すると言う不条理を生じさせてしまいます。

存続も禁止も、そのどちらもが既に終わろうとしている旧次元の意識と言う事になり、両方とも高次には存在しない意識、行動となります。


また食料安全保障と言う名の裏に潜んだ低い意識も存在します。

本来この地球は誰のものでもなく、全ての生物に解放された開かれた場所であった筈です。

しかしある一部のネガティブエネルギーは遠大な裏工作により国家と言うものを誕生させ、国境やイデオロギー、宗教や言語と言った「非共通」を造り出し、自国の安全などと言う極めて低い意識を人々に生じさせる事に成功しました。
この意識の延長にある一つがが食料安全保障です。

なぜ人々が生きるために必要とする食料が、一方で餓えを生じさせ、幼い命をみすみす終わらせ続けなければならないのか。
なぜ飽食の地域から、飢える地域に食料がシェアされないのか。

あまつさえ、人の喜びや楽しみである筈の食料が、武器となってしまうのか。
その不条理に思い至った時、その意識が高い次元への扉となります。

私達の生活の中に根ざして来た「食」も、急に明日から変わる事はありません。
それでも高次に向かう間にはその有り様は大きく変化して行く事でしょう。

肉食であれ菜食であれ、どちらも他者の命を頂く事に相違はありません。
食に対し強い興味と意識を持っている我が身としては、少し寂しい気がしてしまいますが、いずれ先の未来では「食」と言う事自体、人の暮らしの中での重要度は低くなって行くでしょう。

既に聞き及んでいる事ですが、一切の食事をとらず、水のみで数年間健康に暮らしていると言う方の話を耳にした事があります。
それもかなりの数居る様なのです。

そして、そうした方が私の知る方の中にも居られたのです。
その方はこの90日間程、一切の固形物を口にせず、水分、それも殆ど白湯だけと仰っていました。
親交のある方で、先日久しぶりにお会いしその話を聞いて驚きと希望を同時に抱きました。

「食べなくていいって、それはこの世界を根底から覆す」
そう、瞬時に理解出来ました。
食が不要になると言う事は「食うための仕事」をしなくていいんですね。

そしてそれが更に進めば「食」自体古い次元体験として離れて行き「嗜好」として趣味的に扱われる様になって行く事でしょう。

もちろんそこに至るまでには、それなりの時間を必要とします。

食べなくても飢えない、ここに至るには自身の持つ次元振動数を高める必要が有ります。
逆に言えば、振動数が上がってくれば来る程、食に対する依存意識が削ぎ落とされて行く筈です。


「支配」する為には押さえるべきいくつかのキーポイントが有ります。
金融、エネルギー、軍事、そして食料です。
その牙城の一つである「食料」
不要となれば、そのファクターの一つが失われます。
旧世界の「ゲームオーバー」を、ここに見る事も出来るのかも知れません。


一つご理解頂きたいのは食べない事で次元振動数が上がるのでは無く、振動数が上がるから食べなくなると言う事です。
ですから旧次元に未だ片足を入れている時に、無理な絶食や、過度な減食は時には健康に不具合を起こさせる事も有ります。


※時間軸の崩壊も起こっていますので、時間的な解釈と言うよりもタイミングと理解したいと思います。用意が整い次第あらゆ高次元的事象が段階的に具現化されて行くでしょう。


今、これからの新しい世界の中核となる若者達の多くが、それほど食に対して強い興味を示しません事は非常に興味深い事だと思っています。
今までの栄養学的見地、医学面や文化人類学的に見れば、間食だけの摂食、激しい偏食、食その物への興味の低下、食事時間や回数などの混乱など、憂い危惧すべき状況かもしれません。

しかし恐らく彼等の中の何割かは、既に高次元に存在している方も居られる筈です。


長い年月「食」に関し、強い興味と憧れを持ち続けて来た我が身としては、今直ぐに出来ないかもしれませんし、食事を「楽しい」「幸せ」「美味しい」と感じる間は無理矢理自分の意識を引き離すつもりはありません。

しかし、不思議な事なのですが、この記事の様な事を意識し始めたら、今までの食に対する思いに微妙な変化が起こって来ました。
まだまだ美味しい食品は食べたいと思っていますが、以前程強いこだわりが無くなって来ている様です。

急ごうとは思いません、しかし私もそれを徐々に受け入れて行こうと思い始めて居ます。

   ・

この記事を自分に当てはめなければならない、そう過度に受け止めないで下さい。

営利目的以上に、多くの方に美味しい食、安全な食をご提供されたいと願う皆様。
「食」に従事される方は、今のご自分のお仕事に是非誇りをお持ち頂きたいと思います。

高い意識を持って私達消費者に、食材をお分け下さい。
その意識で食をご提供頂けると言う事は、その食品の持つエネルギーを健全に保ち、安全として行きます。

この記事の希望の未来は「明日」直ぐに、ではありません。
個人差は様々であっても、それまでの間私達は生きるために食べ続けます。

これからも安全で美味しい「食」を提供して頂けます様願っております。











[PR]

by farmemory | 2014-03-30 00:08 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(16)