◆縄文から弥生へ、そして次のステージへ(2)◆

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◆縄文から弥生へ、そして次のステージへ(2)◆

前回からの続きです。

◆縄文から弥生へ、そして次のステージへ(1)◆

かつて弥生に陥落した縄文ですが、別の見方をすると煩悩や執着と言う低い意識の体験学習の中で、今まで平穏で穏やかな意識しか持たなかった魂たちはその不条理や苦しみ、痛みという感情を伴う体験を望みたいとの願いから、安定した縄文に変わって弥生をいわば自らの意思によって呼び込んだと見てもいいのでしょう。

私たちは自らの総意で、この地球にオリオンのダークサイドを筆頭とした各天体のネガティブが担当する3次元的不条理を呼び込み、その結果として魂を成長せることのできる低い3次元ステージを確立したということです。

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※次元は1という単位ではなく、何段にも分かれた階段状になっています。
3次元だけを見ても3.1、3.2、3,3~と何段もある3次元の中の階段。その階段を一歩一歩高次元に向かって登って行くことが次元移行(次元上昇)です。
縄文や、さらに古いレムリア、ムーといった超古代文明は3.8、3.9ほどの次元高であったと仮定すれば、高次への旅が始まった(今から80年ほど前)現在はそれよりはるかに低い3.1次元程度なのかもしれません。
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低い次元から始め、その中で多くの苦しみや痛みを経験しつつ魂に記憶させてゆくことが、この次元の大きな意味だったということであるのなら、非情、無情、絶望さえも用意された3次元から、今までの体験を大きな糧とし高次元を目指してゆく(希望する)という体験学習でもあったのでしょう。

人々の世界(社会)が構築され、その不条理の中で学習を続ける事。
人との関係性の中で生まれる不調和、誤解、疑心、妬みなどがその課題の一つだったはずです。

地球自体が低い周波数で構成される学習次元を呼び込み、自らの意思でその不条理の世界に降り体験を続ける。
これが縄文の終焉と弥生の台頭の真の意味だったのかもしれません。

弥生がもたらした様々な不条理、自然界との軋轢、人々(アダムとイブ)の意識の中に蛇がもたらした「知識」
その願いを受けオリオンや各天体のネガティブがこの地球に影響しヘブライに手を伸ばしました。

オリオンは稲荷を象徴します、そして稲荷は字のごとく稲作の守り神でもあります(五穀の神である倉稲魂神)
そして伏見稲荷大社は弥生を祖とする秦氏の氏神として君臨してきました、まさに外来の神(ヘブライの持つオリオンエネルギー)を伝えています。

耕作はまさに人間のためだけに土地を耕し、共に生きてきた動物たちを害獣として追い払い始めた時、人と自然という調和した環境が破壊され始め、3次元の中でも低い周波数から私たちは学習を始めたのです。

さらなる高次へ(神への道を辿り向かう)悠久の旅の始まり。
これが前々回の記事 ◆ゴジラ対ビオランテ◆の中で、最後に取り上げた一行に繋がって行きます。

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「いつから私たちはこんな時代に生きるようになったのでしょう?
神に向かって一歩、歩み出した日からそれは始まったのかもしれません。
思い出してくださいもう一度」
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この言葉の真意は
自らの意思によりわざわざ低い周波数に降り、そこから高い周波数に向かう階段を登る体験を願ったと言う事。
さらに高い次元を目指して行くという遥かに続く階段の一歩を体験して行くことなのでしょう。

そして今、3次元の中だけでの学習を自分の強い意志で終えた人(魂)たちが、3、4次元のポータルをくぐり、さらなる高次である5次元6次元を目指す次元移行の階段を登る時となったのです。


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高次に行ける行けないでは全くなく、行くか行かないかは自分(魂)の選択ということ、そしてその学習を続けるも終えるも、やはり自らの意志に他なりません。
そして、そのポータル(門)をくぐった日こそ、マヤ暦の終焉として伝えられた2012年12月21日だったのです。
ですので、もし自分が高次を目指すと信じたのであれば、身近な人も共に向かうということでもあります。

逆に離れて行く人とは何らかの方法(喧嘩別れや死別、価値観の著しい違いなど・・)で疎遠になったり、あんなに親しくしていた人なのに相手への意識が薄くなってきたと感じることもあるでしょう。
そうしてやがて自分の世界からその存在が見えなくなり、記憶の中からも遠いかすかな記憶として残るだけとなって行き、やがてはその記憶自体現世のものか過去世のものかの判断もできないほど曖昧になって静かに消失してゆきます。

記憶から消えるということは、現世においてその人との関係性が存在しなかったということにもなります。
また事によると文字に残った記録や動画や画像の中にある相手自体、消失してしまう可能性もあります。
ここに至っては完全にその人の存在はなかったということに置き換わることになります。
自分の友人たちを思い起こした時、間違いなくその人たちを思い浮かべることができるのに、なぜか誰かを忘れている気がするが、思い出せない。
そんな事ありませんか?
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全てにおいて善悪は存在せず、全てにおいて神なる宇宙の意思により全ては存在している。
そして神の一部である私たち魂も神と同じものならば、体験する全てもやはり大切な体験学習だったということになります。
そしてその体験をどれほど身にすることが出来たかが学習者である私たち一人一人のハイヤーセルフから投げかけられた試練でもあるのでしょう。

敵と味方、白と黒
私たちはこうした二元性の中に自らの意識で落ち込んで行き、そこから耐え難いほどの不条理を体験してきました。
そして今、その二元性の判断を超え、全てが等価値(ワンネス)であることをこの不条理の中から学んで行くことがすなわち次元上昇という体験学習の意義なのかもしれません。

そして今目にしている世界(政治、経済、教育、軍事、宗教)の全ての場所で最後の投げかけが起こってきています。
「世界は酷くなっている」との報道が日々流され続けています。

しかしそうした不安のフロパガンダに触れてもなお心乱さず、興味も示さなくなってきたのであれば、高次に向かうと決めた魂達の着る肉体が真実に辿り着ける能力を取り戻し始めたと言うことかもしれません。
そして意図的、作為的に情報をコントロールしてきた大手メディアの中に、とても小さなものですが光が生まれてきていることも感じています。

今まで「向こうの人」と思って疑わない人の口から
「えっ!?今なんて言った、その真実を口にしちゃう?大丈夫??」と二度聞きしてしまうくらい驚くような変化を見ることさえ(些細な場面であっても)起こり始めています。

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※ただしここにも注意は向けていてください。
光の顔を上手にするものも出てきますし、また宇宙人は侵略者とのプロパガンダも聞こえてくるでしょう。
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この世界を変えるのは政治ではありません、高次に向かうと決めた魂にとって投票の一票に託されるものなど茶番の一言に過ぎないでしょう。
目を向けるべきはまさに自分の内なる声、魂の輝きを知ることだということになります。
そしてその輝きを知るための3次元での気の遠くなるほどの長い旅と体験学習だったのです。


では私たちは縄文を最良の時代とみなし、今その縄文への回帰を目指す必要があるのでしょうか?


今回はここまで、さらに次回に続きます。










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by farmemory | 2016-07-23 01:42 | ・新次元とスペースピープル | Trackback | Comments(2)

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