◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-2)◆

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◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-2)◆

◆母である事、そして自らの使命(1)◆
◆母である事、そして自らの使命(2)◆
◆母を選択しなかった人生、そして自らの使命(母ではないこと-1)◆

前回からの続きです。

子を持たないということが、子供への強い意識から解放されるために子を持たず、子の無いことで出来る使命やミッションを希望しこの人生を選んできた方も決して少なくはありません。

幾つになっても結婚を願わない方、興味を示さない方も増えてきています(もちろんこの意識を持つ方は古くからおられますが)
こうしたことを社会現象や、常識的な教育論で考察しようとしますが、そうした現世的な学問論理は当の本人たちは的外れなトンチンカンな答えであることを知っています。

なぜなら結婚しない、結婚や伴侶を得ても母となろうと思わないということが、決しておかしな意識ではないからなのです。
もちろんこれは表層の自我の希望ではなく魂の希望としてです。

一方で家族というチームで行う共同ミッションもありますが、それとは別の方法で自分なりの約束を遠い昔に決めてきた方の中には、今回の人生では子を持たず、逆にそのことによりできるミッションを選んだのかもしれないからです。

少し見方が変わりますが、たとえば今、自分が携わっている仕事なり趣味なりに全力を持って向かい、そこに強い喜びと興味の全てが向いている時には恋愛や結婚というものに対する意識が向かないことは至極自然のことでしょう。

また、そのような自分ではなく生きがいのある仕事に従事していなくとも、また趣味と言えるほどの興味の対象もないが異性に対して意識が向かない方もいます。
そんな場合は、周囲から心配され、時には「どこかおかしいのではないか?」などと大きなお世話を向けられてしまうことさえあります。

また強い社会常識の中に留まる人から見たら、これもやはり「気の毒」と言う理不尽さえ向けられてしまうこともあるかもしれません。
自分の意識では一人でいることに不満もなければ不都合もないのに社会常識という数の論理からくる目にさらされた時、数の力に押し込められてしまうこともあるでしょう。

また一人ではなく、心許すパートナーとの時間を希望していたとしても自分の人生に子供がいるというリアリティーが描けないという方も、何人もリーディングにお越しになっています。
一人で人生を送っている人、子を持たない人がある年齢に達していると、周囲からどうにも誤解を受けたり心配されたり、時には怪しまれたりもしてしまう事さえあるかもしれません。

しかし異性に対しての執着がほとんど見られず、伴侶やパートナとの暮らしを考えると、むしろ一人でいることのほうが気楽でいいという方も決して少なくはないでしょう。

そうした方たちにミッション(あるいは使命)という面から見てみたいと思います。

・家族もパートナーもなく天涯孤独。
・子供がいない。
・友人もほとんどおらず話す相手もいない。
・群れることが苦手で一人でいることが一番楽で安心する。
・組織に入ることは自分の人生ではありえない。
・たとえそれで生活が苦しくとも、職人や第一次産業の世界ならいざ知らず組織に所属しなければならない就職を考えると大きな躊躇いがある。
・すでに組織に入っているが日々その葛藤に揺れいている。
・人類以外の心温かい者がいることをどこかで知っている。
・そのため人に心を開くことができない。

これらに該当する、同感できるという方もいることでしょう。

私たちは長い長い悠久の時間続いた3次元世界を生きてきました。
そして人や社会との関係性の中で打ちのめされ、心痛め、苦しさを味わってきました。
逆に知らず知らずうちに他者を大きく傷つけてしまったことも幾たびもあったことでしょう。

しかしそうした体験も3次元での重要な体験学習でした。
一人で無人島に生きていてはできない体験をしてきたのです。

しかしまた、いつの時代にあっても、誰にも教えられることもなく天の摂理を理解する人や社会経験の中から、その真実にたどり着いた人もいるでしょう。
そうした人にとっては、社会に迎合することがうまくできません。
何故なら天の摂理を理解していながら3次元的社会に迎合することは自らを偽り暮らすことと分かっているからです。

まして今の社会の裏にある「語られない真実」を知るようになり、更には強い正義感や真っ直ぐの正直さを持っていればなおのこと、その違和感の中にある自分との整合性がつかず、時には苦しみの中に入ってしまいます。

そのため心許す友人や大人たちを探すこともできず、現実の意識に生きる異性に対しては「隔世した」自分を知っていますので、本当の自分を出すことを恐れ、結果として一人でいる道を取ってしまいます。

しかしここに一人でいること、子を持たないということに大きな意味が隠れています。

少し長くなりそうなので、次回に続きます。









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by farmemory | 2016-06-14 22:26 | ・ミッション | Trackback | Comments(4)

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Commented by きな子 at 2016-06-15 22:34 x
まるで自分のことです、笑っちゃうぐらいに。ただ私にはそれがごく当然、自然のことで、そうなっているので、そうではない他の大多数の人たちがまるで「異星人」のように見えます。結構小さな子供の頃からそんな感じでしたね。
Commented at 2016-06-15 22:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by イチコマ at 2016-06-16 07:31 x
私も子供の頃から結婚願望が一切なく、大人になり結婚したものの、子を生み母になりたいとはこれっぽっちも感じずに来ました。ずっと「子供が欲しい」という周囲の人々の気持ちをほとんど理解できずに来ました。
そして今、その役目を果たす時の到来を感じています。
Commented by まっく at 2016-06-16 12:59 x
女性性のシリーズを読むと、いつも心が穏やかになります。
自分を肯定できない辛さが和らぎます。
ありがとうございます。