◆小さな天使◆

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◆小さな天使◆

この世界は自分の有り様や想念が作り出す世界と言われています。
先日、日常のたわいもない出来事からそれを思い出される事が有りました。

父の介護に向かうため乗り合わせた電車の車両内の出来事です。
その車両のシルバーシートに、見る限り健康そうな若い人達が占拠して座っています。
そこに杖をついたおみ足の悪い老婦人が、それこそやっとの思いで乗り込んできます。
この方は自分から席が空かない事に決して不満そうでは無く、しかし電車の揺れに不自由そうにお立ちになっていました。

私は隣の車両からこの光景を見ていて、何とも切ない想いになってしまったのですが、その時不意に「これも私の作り出した想念の世界」と閃く様に理解しました。

この不条理な光景を目撃している自分の世界は、自分の内面の反映なのだと・・

思い当たる事が有りました。
この電車に乗り合わせる前、日常にある私個人の問題に関してやや憤りの想いを向けていた事を思い出したのです。
問題への歯痒さから、憤りから、危うく怒りに傾いてしまいそうでした。

またその事象に関して、それが悪い、これが間違っていると、対象物に対しジャッジしてしまう自分も居る事に気が付きました。

恐らく私が体験したその車内の光景が「何とも世知辛い世だ」と嘆いてしまったと言う事はつまり、結局は自分自身の有り様が作り出したホログラムだったのだと・・

そこに思い至ると直ぐ自分の中の負の意識が急激に解消に向かいました。

すると、まるでそれに呼応した様に、少し離れた席に座る親子から、その老人に温かな手が差し伸べられました。
幼い子が若い母親の囁きで席を立ち、その老婦人の手を取り自分の座っていた席に連れて行ったのです。

私にはその幼子の背に白い羽根が見え、その小さな天使の何気ない救いの手に思わずこみ上げる想いがしました。

見る方によっては取るに足らない、単なる日常と取られる事も有るでしょう。
しかしそれをどう解釈し、そこから何を得るかは、正に自分の選択にかかっていると言う事なのだと思います。

自分の見る世界、聞く世界は穏やかで緩やかな日常であり、落胆や悲しさなどないと感じているのであれば、それこそがご自身のエネルギーフィールドを物語っている。

逆に自分の見聞きしている環境(社会、世界も全て)が残念な世界にしか写らず、不快で、憤り、不安を感じているとしたら、その世界を構築しているのは自分の想念なのだと言う事を、今一度思い起こさせられた小さな出来事でした。

想念一つで、目の前の世界が変わって行く事。
今回の記事が、これから私達が体験するであろう様々な事象に向かう時の一つのヒントとなればと願っています。










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by farmemory | 2015-06-01 01:15 | ・今日を生き明日に向かう為に | Trackback | Comments(10)

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Commented at 2015-06-01 06:51 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by まーりん at 2015-06-01 09:33 x
息子が小学生の頃のことを思い出しました。電車で座っているときに目の前にお年を召された方が来られたので、息子に「席をかわってあげたら」と言いましたが彼は立ちませんでした。それで、わたしが席をお譲りしました。

後で息子に何故お年寄りに席を譲らなかったのかと訊いたら、
・自分はとても疲れていて、立ち続けられないと感じていた。
・そんなときに無理して席を譲らなくちゃならない理由はない。
・若いということは、席を譲らなくちゃならない理由にはならない。
・年寄りだから疲れてるとは限らないし、若くてもすごく疲れていることだってある。
そのようなことを言いました。

わたしは、彼が配慮ややさしさに欠けているのではないかということが心配だったのですが、いろいろ話を聞くと、そうではないらしく、根本的な考え方が違うのでした。

席を譲るのは、相手が困っていると判断でき、かつ、自分が立っていられると思える場合だということになります。
そこに自己犠牲はありません。
誰が困っているかは、年齢や性別などで判断しません。

このような考え方は、いまの若い人独特のものでしょうか(いろんな人がいるのでしょうが)。
年長者を敬うこと、(自分よりも)他人のことを大切にできることは素晴らしいという感じ方。これらが常識や社会ルールになってしまっている上の世代とは「感覚」が違うようです。

彼と話して感じたのは、わたし自身が、「若い者から席を譲るべきだ」という枠のなかで、あの場の登場人物を批判していたということです。

自分のやさしさから、そうして差し上げたいと思うなら、自分がそうすればいいこと。
他人に同じようにすることを強要したり、やらない人をやさしさが足りないと判断したりする必要はない。

それに、「若い人でも疲れていることはある」という目でみるようになると、確かに若いけれども慣れない仕事でヨレヨレになってる人などを多く見るようになりました(笑) 彼らの多くは本当に繊細で、譲り合いや思いやりを無言で示し、他人のそれも敏感に感じ取ってさりげなく感謝を示すことが多い気がします。

目にすること、耳にはいること(それでどう感じるか)は、自分がどんなジャッジをしてるのかを、しっかり映し出していますね。電車や道路ですれ違う人との関わりは、それを、いつもある人間関係よりもわかりやすく教えてくれる気がします。
Commented by MADOKA at 2015-06-01 10:11 x
こんにちは。このお話、シンクロしたのでコメントします。
実は、数日前に同じようなことを感じていたのです。
毎日、同じ時間に同じ車両に乗って通勤しているのですが、
ある日、車両に乗り込んだとたん、何か異様な雰囲気がして思わず周りを見渡してしまいました。顔ぶれも違うし、「あれ?」と思いました。そのとき思ったのが、今日は、もしかして違う次元に入ってるのかしら?という感覚でした。
そして、私自身の心の中に、この雰囲気に共時性をもたらすような出来事があったかしら?と振り返ってみると、ありました(笑)具体的にどうこうという訳ではないのですが、エネルギー的に違和感のある場所に自らを置いていた自覚が思い起こされて、苦笑したということで・・・・
心の居場所、意識の置き所が、そのまま現実を創るということが、最近は明確になって来ています。いつもと同じことをする場面で、そのことに気づかされることが多いようなきがします。<気のせい>というのを返上して、そういったことに微細に反応する習慣をもつことは、大切なことですね。
Commented by ユカエル at 2015-06-01 15:40 x
自分の想いが目の前の出来事になり、身の回りで起きている小さな出来事が、大きな出来事の縮図となり得るなら、

今をどんな気分で過ごしましょ?
意識的に。意図して。実感して。

そういうことですかね?
Commented by イチコマ at 2015-06-01 18:06 x
今朝の通勤電車でのこと。

私は始発近くから1時間ほど同じ電車に乗るので、途中から座れる事が多く、今朝も途中から座っていました。それからしばらくすると、年配の方が乗って来られましたが、大概お年を召した方だとお近くで降車されるものと思い、しばらくは座ったままでいました。都心に近づくにつれ、いよいよ電車が混み始めた時、私の近くへその方がいらしたので、席を譲って差し上げました。周りで座っている人たちは、私と同じで1時間はかかる通勤の方たちで、ほとんどが目をつむり下を向いていました。私は、私より先の駅に向かうその方に席を譲れて良かったという思いと、もっと早く譲れば良かったとも思いました。
でもやっぱり、周りの人を勝手に批判したい気持ちもなんとなく沸いてきて、タイミング良い今回の記事にハッとしたのでした。

こういう気持ちもひとつひとつ整理していかないとなぁ〜。
いつもありがとうございます。
Commented by 妖怪ウォッチ at 2015-06-01 19:26 x
気持ちの波はありますよ。
個人的に私が行っていることは、ノートに自分の願いを書き込むこと。楽しいですよ。
正に自分だけの世界です。
ハードルの低い高いに問わず。
些細なことから大きなこと。
自分の幸せから人の幸せまで。
そうなっているようなニュアンスで。電車のお年寄りの方へも憐れみを向けるより、どこかで元気に笑顔で豊かに暮らして欲しいという気持ちを向けると相手もパワーを感じて喜ぶと思いますよ。
自分も気持ちいい気持ちになれますからね。
Commented by ふく at 2015-06-01 20:51 x
皆さんのコメント、大変勉強になります。

やはりこの世は、自分自信の作り出したマーヤー(幻影)なのでしょうか。

あの人もこの人も全て私の幻想に過ぎず、私の精神状態や行動に合わせて、様々な役を演じてくれているのかな?

心が動揺した時は「この出来事を通じて、神は私に何を悟らせたいのか」と考えることにしています。
Commented by at 2015-06-01 22:45 x
人のミスには愛情もって寛大に。人の生理的に受け付けない欠点に直面しても私はもっと変かも。と多目にみよう。
人と争わないこと。例えどんなに自分が正しくても相手に押し付けない、振りかざさない。勿論、責めない。ジャッジしない。
馬鹿にしない。
何も言わない。それに尽きる。
こういう意識でいると周りの人間が変わりました。
イコール自分を愛するという意味にも繋がります。
人は境地にたつと心細く弱さがでがちです。普段から人のどんな気持ちでも、受け止めてあげると何となく心強くなれます。
Commented by tmk at 2015-06-06 12:13 x
その通りですよね。
自分の想念の世界に生きているのだから、目の前に起こることは全て自分の責任ですよね。
辛い思いを抱えるような状況を見た時、自分が関わったことではなくても、この状況を創り出したのは、自分にも責任があるのだと感じるようになりました。
全てが光と歓びと希望と感謝のエネルギーで満たされますようにと祈ります。
Commented by miho at 2015-06-18 20:17 x
上手く言葉に出来ないけど、共感するなぁ、と、皆さんのコメント拝見しましたところ、そうそう、私が言いたいこともそれ!とここでも共感致しました。
thanks for sharing :)