◆ゲシュタルト崩壊の再構築◆

*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム
*前世からの旅立ち・遥かなる再会、お問い合わせメールフォーム(スマホ・携帯用)
スマホ・携帯からお問い合わせの方は yahooからのメール(パソコンからのメール)を受信出来るよう設定お願い致します



◆ゲシュタルト崩壊の再構築◆

今までの私達は、作為的に、或は自身の意思で全ての全体像(ゲシュタルト)をバラバラにし、そのものが本来持つ情報をつかめなくなっていました。

私は何者でどこからここに、何の目的を持ってやって来たのだろうか、自分自身を理解出来ず苦悩すると言うゲシュタルト崩壊状態におかれていたと言う事です。

●ゲシュタルト崩壊

目の前にある一本の木だけを見ている時には、それは単に目の前にある木でしか有りません。
しかし俯瞰してその木の生える場所を見る事が出来た時、それが美しい森の中にある一本の木である事が分かります。
そして、その森は多様な生物や地形、気象が完璧にリンクし、その森を一つの生命体として形作り機能している事が理解出来ます。

そのように理解が出来て来ると、例えばその森の中にある特定の植物を排除してしまうと、たった一種類の種族だけであっても、その森が受けるダメージや変化は大きいと言う事が分かって来ます。

ですから、森を維持したいと思えば、その全体像を理解しなければ出来ないと言う事になります。

海を健全に保つ為には、その海に流れ込む河川の上流、海から遠く離れた森林に住む、一匹のカミキリムシの存在さえ無視は出来ないと言う事でもあります。


ところが今までの私達は、意図的に自らをゲシュタルト崩壊状態に置き、その全体像を見れなくして来ました。
これは、ある作為的な「者達」によるマインドコントロールも有ったでしょう。
しかし、それ以上に自らその崩壊を受け入れ、偏差な物の見方しか出来ない様にして来た事にも由来します。

この偏差な物見は、結果として極めて低い稚拙な精神性の世界を構築し、そこを体験の場とする事を自らの魂が希望したからです。

私達日本人は2度の原爆と、大きな原発事故を経験しました。
それにも関わらず経済や国家優先を唱える発電所の存続論理が続き、全ての生物が共有する閉ざされた地球と言う環境が汚染されると言う事が、何を意味するかが理解出来ない人が居ると言う不可思議も、ゲシュタルト崩壊の意味する所でしょう。

また、海の健全化が何故遠く離れた、或はたった一種類の小さな昆虫の存在でさえ、森林や海という巨大な生き物の生体維持をしている事が容易には理解出来ませんでした。

私達が今まで、その地域だけを守り振興させるとの目的で森林開発や河川の護岸整備をする事により、結果としてそこに住む私達自身を傷つけて来たと言う事に理解が及びませんでした。

正に「木を見て森を見ず」だったわけです。


しかし次元が日々上昇して行く過程で、私達はそのバラバラにされて来た意識の統合が起こって来ています。

海を守る為に上流の山を守ると言う活動が起こったのは、ある漁師の「勘」からでした。
ここ数年の事では有りません、その頃既に次元移行は始まっていたのでしょう。

私達日本人の中には、リーマンショックや311をきっかけに多くの人が覚醒へ向かい始めました。
それを根拠に次元上昇が始まったのはここ数年の事と思われるかもしれません。
しかし次元上昇の始まりを告げる鐘は、もう数十年も前から鳴らされていた事になります。

バラバラにされていたジグソーパズルが今、最後のいくつかのパーツのはめ込みを待ち、完成に近付いています。

地球の生体維持が一匹の小さな昆虫にもゆだねられている。
その意識がワンネスを理解する一つの足がかりになると言う事です。

過度な菜食主義を主張しようとも、森のきれいな空気を吸いたいとトレッキングをするだけで、肉食をしないと言いながら一歩づつ踏みしめる林道の土の中に生きる小さな動植物を傷つけ、時には死に追いやってしまう事さえ有ります。

夏に蚊取り線香を炊き、ゴキブリ退治を仕掛け、自家菜園に居着いた夜盗虫を排除します。

過度な精進意識(ストイックさ)も又自らゲシュタルト崩壊を招いてしまいかねません。

イエスは、人の生き方に制限等与えてはいません。
「思いのまま、自らの心の声に従い生きなさい」と今現在も私達に語り続けています。
観音も慈悲の何たるかを、何時でも教えてくれます。

あるがまま、今自分の心が穏やである事が、全てに繋がる最良の方法なのです。
そして何より、今までバラバラとなっていたゲシュタルトの再構築を行える最良の方法でもあります。

自分と言う者が何者かと言う問いかけも、小さな国家の一地域に生きる個別の者と言うミクロな視点からでは、次元上昇に伴うワンネス意識の中では理解出来なくなって来ます。

しかし、自分と言う存在が小さな地球と言う閉ざされた惑星空間から、宇宙の中に存在する自分と言う見方が出来たとき、自らの存在、その意義や理由に辿り着けると言う事なのかもしれません。

私達は宇宙から隔絶された孤立した種では有りません。
この宇宙と言う大森林の中に住まい、それを維持する大切な一つの命なのです。
その森林には多様な生物(スペースファミリー)が共存しながら生きています。









[PR]

by farmemory | 2014-02-16 00:04 | ・新次元とスペースピープル | Trackback | Comments(21)

トラックバックURL : http://dimension5.exblog.jp/tb/21675811
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by Miho at 2014-02-16 03:38 x
全くもって 仰るとおりだと思います(*^^*)
Commented by ユカエル at 2014-02-16 04:24 x
ずっと誰かに聞いてもらいたいと思っていた、ビジョンが今回のテーマと同じです。
最初に握手する手が見えて離れてゆきます。
古代遺跡のような石壁がパズルピースのようにスライドして蓋が開と、中は眩しい光の中に、ありとあらゆるの日常エネルギーが、ありの巣をかき混ぜたようにうごめき、光り輝くエネルギーに満たされています。私の意識はその中にズームインして降りてゆきます。完全にその中の一粒のエネルギーなったときにビジョンは消えました。
Commented by ユカエル at 2014-02-16 04:36 x
続きです。

私の見るビジョンは抽象的で、かなり速いスピードを追いかけて見てるので伝えるのが難しいのですが、
全ての人が創造主と握手をしてここへ来たのだから、いろんな体験をして、自由に輝き楽しみなさいというメッセージと受け止めています。
この場で、お話しできて有り難いと感謝します。
Commented by ponta at 2014-02-16 08:57 x
経済が唯のエゴの権化と化した今、取り付かれた様な奴隷状態
生きる為といいますが犠牲にされるホラー映画のような実験体の動物達
人は行き着くところまで行くと反転しますが必ず痛いしっぺ返しがついてきます
野に咲く花に学べといいますが形而上では人も大地も花も動物も等価値
本来は赴くままに生きいるはずなんですが・・・

人の行動は不思議といえば不思議で日常の何気ない活動も
意識することなく完璧に制御されていて
ハンガリーの哲学者だったかが暗黙知という概念を述べていました
そしてパラサイトしている他生物との共存
唯の戦争や経済の道具では無い筈なんですけど

本当に必要な事は限られているわけですが
独りになると何か生活が益々シンプルになっていくわけですが
何もしていないのに時間があっという間に過ぎていきます

私の場合は如何せん姉はいますが両親以外は駄目でしたから
恐らく独りになって自分を再構築して
これから1、2人と横の関係を再構築していくのかな。多分。
Commented by toramama at 2014-02-16 12:20 x
子供の頃、夏の田んぼは蛍がたくさん飛びかっていて、それはそれはきれいでした。
数年ぶり行った浜離宮恩賜公園は、三方を高層ビルが立ち並び空の景観を悲しくなるくらい狭めていました。
今は、自然と共存した未来(アセッション)を強く願い待ち望んでいます。
Commented by のっぽひで at 2014-02-16 12:43 x
今回の記事、いかんせん内容が難しくてチンプンカンプンでした。

云わんとするところは一体どこにあるのでしょうか?
Commented by Aki at 2014-02-16 13:44 x
「水の旅」を考えると気が遠くなります。

雪になったり雲になったり、川の流れをみる度に

これで何巡回なのかなと・・・?

いや回数など数えられる筈もなく、これからもずっと永遠なのでしょう。

体の中を流れる血液にすらそれはあって無限の循環が続いているのだと。

人間はいつから循環の輪から外れようとする様になってしまったんでしょうね?

産業革命以後ですかね?

少なくとも江戸時代くらいまでの日本人はもっと自然と一体だった様な気がします。

便利さの追求からですかね?

でもいくら便利になってもちっとも幸せそうじゃないのは気のせいですかね?

大雪の雪かきで大変なのにみんな何故か笑顔なのはなんでなんだろう?

「自然が相手だから仕方ないよね♪」

みんなそんな事を笑って言いますね(笑)

Commented by 蓮屋 at 2014-02-16 14:18 x
今回の大雪で大切な事に気がつきました。自分の幸せは普段の行いが良いから引き寄せている…と思い上がっていた事です。ほんとは地球の細胞の一つとして生かされているのに。
丸2日、雪かきだけしてました。そしたら、凄い生きてる生かされいるって感じました。地球全てのエネルギーに感謝。
Commented by 蓮屋 at 2014-02-16 14:19 x
地球全てのエネルギーでなく、宇宙ですね(^^)
Commented by farmemory at 2014-02-16 19:19
極めてシンプルに言えば、物事難しく考えずに気楽に行きましょう。です。
分からない事は追求しないで、自分にとっては今は不要なんだと都合良く受け取って下さい。
と言う事でもあります。
「真剣に前向きに」と言う意識を避け、分からければパスしちゃおうと言う緩さでいてください。も時には必要です。
Commented by のっぽひで at 2014-02-16 20:17 x
成程そういうことなんですね。お返事ありがとうございます。
Commented by alchemidas at 2014-02-16 21:12 x
ゲシュタルト崩壊という捕らえ方もありますが、それでは何か絶対的な喪失感が
醸し出されてしまいます。
全体像を見るに際し、中心視野と周辺視野の対比の問題とすると、単なる視点を
ずらすだけのほんの些細なことで済んでしまいます。
周辺視野では無意識が支配的で、それは全体像と繋がっており、様々な不思議が
あっても包摂されてます。
ところが中心視野で見ると、意識が支配的になって、限定的なものだけを受け入れ、
経験外の不思議なものを除去しようとしてしまいます。
それがゲシュタルト崩壊へと繋がっていきます。
これは今の私の気分ということになりますが、もし、自分が「何者でどこから
ここに、何の目的を持ってやって来たのだろうか」が分ったところで、それでは
何にも解決したことにはならないと分っていることです。
果てしない謎が中心視野に見えているからです。
ただ、いつでも周辺視野へ切り替えることはできるので、何とかやっていけるのです。
Commented by ランプ at 2014-02-16 23:46 x
ゴキブリなどの害虫と呼ばれる虫を捕まえた時は「○○(虫の名)さんごめんなさい、無事成仏してね」と心でいいます。
話は変わって今日中古屋さんである本を読んでる時、おなじみ「アリとキリギリス」の話がありました。真面目で働きもののアリとのんきで歌い遊ぶキリギリス。冬(現代だと天災・人災)にそなえてせっせと食料をため込むアリに対して何の危機感も無いキリギリス。結末は皆さんご存知の通りで教訓が「今、楽をしている怠け者はそのうち痛い目にあう」ということになっていますがこの話は3次元の思想と5次元の思想だなと思いました。今まではアリのような生き方が正しいと言われてきましたがこれからはキリギリスのような生き方が大事だということに改めて感じました。
四季という栄えては滅びる世界が常に春という世界に変わり、「アリの時代」から「キリギリスの時代」にかわる・・・。
みんなでキリギリスさんになろう♪
Commented by farmemory at 2014-02-16 23:58
難しい事言ってないで、今がハッピー!
それが言えなきゃ3次元、ってね。

緩くだらしなく、社会の役に立つ事無く(古い次元の社会です、サヨナラするんですからね)グーたら生きましょう。

皆で社会参画しなければ支えられなくなって、さらば旧次元です。
Commented by ユカエル at 2014-02-17 08:07 x
頭で理解しようとして証拠や根拠を探し集めそれに頼ると、感覚的なものは牢獄に閉じこめられるので、湧き上がる自分の想いをもっともっと大切にしてみて下さい。

ワクワクする想いには理由はないですよね。
理由を探す必要はないですよね。
ブルブルを強くする秘訣デス!
たぶんね。
Commented by Aki at 2014-02-17 09:58 x
・・・というわけで、
宇宙エネルギーを感じる為に
これから雪と戯れてきます。(雪かき)
クルマで家から通りに出られないので仕事にも行けません。
神様からのプレゼント?(笑)
Commented by ponta at 2014-02-17 19:26 x
男全般ではないでしょうが
何か欲しい物を買いにいくときはいいですが
目的も無くただ楽しく買い物に出かけるといったことが私などには難しいです
ただ近年、楽しめるうちにそして今年こそ最後かと思い雪道を走りたくてわざわざ隣県の岐阜県まで出かけますが今年は今のところ降る割には少ないです。

自分が誰で何者なのか?
これははっきりいいますがロマンです。

たいていの人はほぼ年齢とともに過去の足跡から今の自分も自分の将来像も、ほぼ見え冒険する気も起きませんが
突然自分の人生に彼らが入ってきたわけですから
ロマンです。絶対に。
今までこうだと思っていた自分が完全に崩壊もしたわけですから

ある意味胡蝶の夢のよう体験かもしれませんね
蝶を見ている自分が本当か蝶が夢を見ているのか
それを体験しているようなもので
数年前にはまったく想像もしなかったことで文学的、詩情溢れるロマンですね~

昨日異世界に関するブログを読みましたが自分身に起きていることとかを考慮しても面白い現象で興味深いです
Commented by ユカエル at 2014-02-17 21:45 x
今年の雪はあちこちで大変ですね。
私も雪かきしましたよ!
雪の後の大雨で、向かいの横断歩道が雪と水の湖になってて、スニーカーを履いて渡る人の気持ちを察すると、トイレに落とした財布を拾うような気持ちに違いない!ざ雪かきへ!
排水溝どこ?雪の中?!記憶してないものですね。
あちこち掘りまくり、見つかったとき私は石油王!超ブルブル。水のルートを作ってアスファルトが見えてくると道行く人が「ごくろうさま!」って。人の笑顔っていいですね。
案外楽しかった。
夢中で何かをするのは気分最高!
Commented by alchemidas at 2014-02-17 22:28 x
pontaさんは、「自分が誰で何者なのか?」は「ロマンだ」と言われますが、
そういう面でみると、「自分が誰で何者なのか?」と問うことは、
最高の贅沢だと思います。
私は昔、不思議な人、神秘的な人を追いかけていました。
ところが、いつの間にか、自分自身もそうであるということに気づかされました。
カントが、最大の謎というものを、神と宇宙と自己であると言っているようですが、
その3つのうち、最も扱いやすいものは自己です。
しかし、これこそが曲者でもあります。
奇跡のコースでは、宇宙というものを消滅させるべきと言っているようなので、
もし、その路線で行くなら、神と自己が残り、その二者間で摂取不捨あるいは
相即相入となれば、事は簡単です。
それが、荘子と胡蝶の寓話にも繋がります。
ハッピーだからこそ、四門出遊して「自分が誰で何者なのか?」と問うのです。
Commented by MADOKA at 2014-02-18 02:17 x
本当に、個々の魂の居場所というのは、それぞれの<今>にしかないのだなあと。
今、何にフォーカスしているかによって、自分自身の最後の<テーゼ>と向き合い<リリース>するという作業をしているのかもしれないですね。
フォーカスといいましたが、あるいは、もう今は、フォーカスから離れて、アウトオブフォーカスであえてぼやんとした<全体>を感じることしか、ワンネスという真実を捉える術(すべ)はないかと思ったりしています。過去の叡智に富んだ、どのような哲学も、科学も、一人の人間が追求の極限で得た個々の<答え>であって、それはどうあっても、断片に過ぎないことを、私たちはもう知ってしまっています。
そして、その断片はすべてが正しく、すべてが祝福を伴った経験であって、その断片をキレイに研磨し、約束をした自分自身の魂に献上したとき、個々の気づきの役割を全うした光る断片が集まって、一気にぼやんとしたマクロの<妄想異次元>がリアルな現象として目の前に拓けるのではないかな。と思うのです。
その光景は、どんなに素敵でしょうね。
Commented by おひさま at 2014-02-20 15:17 x
私たちはカミキリムシさんなんですねぇ。みんなひとつなんですねぇ。共存。すばらしいです。
みんな、小さくて大きい。です。