◇集団的意思決定と繋がる想念◇

◆集団的意思決定と繋がる想念◆

今日はしばらくしていなかった前世リーディングの話を、今回の社会混乱を交えお話ししたいと思います。

今まで多くの方の前世を見させて頂いていますが、今日は古代文明に生きた方々のリーディングの経験から「社会とリーダー」と言う視点でお話ししてみたいと思います。

それら文明は私たちが認識出来る、或は承知している古代文明を遥かに遡る超古代と言える時代を指します。或はこの地球を以外の別の銀河、天体の文明とおぼしき記録も含みます。

さて、私たちは歴史上知る限り不特定多数の集団が一地域に集団で生活している所には必ずリーダーが存在していました。
王族、法王、為政者、経済人、軍事的強者、などなど

近世以前であればその存在事由は搾取するためであり、統治するためと国家のプライドが第一義的でしょう。
近代においては民主的に団体をまとめる事がリーダー存在のその最大の理由としています。
しかしそのどちらもが決して民意を反映するものでなく、経済的な搾取、或は私たちの想像もできない不条理な理由のためであったのではないかと言う事が、今回の災害で奇しくも露呈し始めています。

それはさておき(そのような事はどうでも良いからです)
超古代や他の文明においてそのリーダーとおぼしき存在が認められない、或は全く存在していない文明があった様なのです。
それは私がリーディングにより感じ視るだけでなく、覚醒誘導により古い文明に転生された経験をお持ちの方が自ら感じ取られ見られる事も大変多くあったからです。

そして、その社会形態に共通する事は非常に平和で精神性の高い人々の集団だと言う事なのです。
社会に関しては非常に進化したテクノロジーを持つ文明もあれば、発動機すら持たない自然に依存した生活をする人々など様々ではありますが、どちらかと言うと高度な文明形態の方が幾分多い様にも見受けられました。

リーダーのいない社会を形成しているからでしょうか、それら文明には権威的、威圧的な建造物が感じられなく、議事堂や集会場と言った公共施設が無い事が特徴の一つでもあります。


これら文明においては非常に平和的と申しましたが、逆を言いますと刺激の多い現代に生きる私たちには少し退屈と感じてしまうかもしれません。
しかしその世界から伝わる想念のエネルギーは、幼い頃父母に守られ愛情を降り注がれていた様な圧倒的な安らぎと幸福感を強く感じる事が出来るのです。
この安心感や暖かさは我欲を持つ事がいかに意味が無く愚かしい事かを同時に感じられるのです。


さて、ではこれら文明において集団的な意思決定はどのように行われていたかを探ってみました。
するとこの時代に生きる人々はあまり言葉を話さない様なのです、しかし人々の想念は強い精神的繋がりを持っている事が感じられました。
言わばテレパシーと言えるのかもしれません。
しかしテレパシーと言うと言葉に出さず情報を伝えると思いがちですが、そう言う詳細に渡る事(例えばそこのコップの水を半分だけこのカップに入れて私に下さいと言った様な事)ではなく、もっと漠然としたこと、、
つまり想念のネットワークとして繋がっていると言う事なのだろうと解釈しています。

・・・

また動物達を例にとってお話ししたいと思います。
季節ごとに越冬や繁殖、食料の確保のために渡る鳥たち、或は乾期を避けアフリカ大陸を数千キロも大移動するヌーをはじめとした草食獣を思い浮かべてみて下さい。

彼らはその旅立ちをある日いきなり、まるで夕べの晩に全ての個体に口頭伝達したかの様に旅たちます。
一見普段の補食や生活行動に見える飛び立ちや移動が、そうではなくその年の大移動の瞬間である事を私たちは数々の記録映像から見る事が出来ます。
まるで群れの中の誰かが思いつきで飛び立った様に見える行動が、一斉に始まる大移動の瞬間であり、各群れが一斉に一つの大集団になり目的地に向け移動を開始するのです。
移動に際し彼らは数万頭、数百万羽の群れの個体全てに口頭伝達する事も無く、しかしその全ての個体が漏れる事無く行動を開始します。

これは大変に脅威な事です。
私たち人間ですと大集団で移動するとなるとその為の周到な準備や行動指針の作成と伝達と言った煩雑な実務の後と言う事になりましょう。
しかし動物たちはそれら全てを一切省略し、いとも簡単に集団行動をなす能力を示します。

しかもそこにはリーダーと言うものが存在しません。
一見最初に飛び立ち移動を開始する個体がその群れのリーダーと見えますが、単に一番最初に行動を起こしたにすぎない様なのです。
言ってみれば大集団が一個の生命体として行動しているようにも思えます。

彼らを繋ぐものは情報の共有ではなく全ての個体同士の想念がニューロン的繋がりを持っていると私は確信しています、
もし想念のリンクが私たち人間に有ったとしたら(恐らく有ったのでしょうが今は分離されていると感じています)私たちの集団形成自体全く違った形態のものになっていたでしょう。

たった一人の意思の違いでさえその集団の意思決定に即応して行くと言う事でもあります。

同じ生物の集団、種の保存のベクトルを持つほ乳類ではありますが、しかしそこには厳然とした違いが存在します。
つまりエゴの存在です。
集団をなす動物たちに取ってその群れ自体が一個の生命体とすればエゴと言うものが存在しないと言う事にもなります。

むろん複雑な社会形態を成す私たちに全て当てはめる事は妥当とは思いません。しかし十分に参考にすべき事は有るのではと思います。


他方、イヌ科の動物たちの様に補食行動に起因する集団も存在し、その集団にはリーダーの存在を認められます。
しかしこのリーダーの存在は集団の意思決定を代行する存在ではなく、もっと分かりやすい「行動」をするための存在です。
外敵からの群れの自衛とより効率的、淘汰的子孫存続の事由によるリーダーととらえる方がよいかと思います。
この存在の意味は補食される草食獣と何ら変わる事なく一個の集団、群れの存続を念頭にした行動と言えましょう。
ここには自己保身やエゴは非常に小さなものか或は存在しないと思います。

さて話を私たちに戻します。

私たちも彼らと何ら変わらぬ想念のネットワークを持っている筈なのですが、強い自己保存本能と言えるエゴの取得によってそのネットワークに支障をきたしていると私は感じています。

一人一人の想念が強い繋がりになって社会に反映される事を信じる事はきわめて重要な事と思います。
今私たちが目の当たりにしているリーダー達の混乱を見るに付け正にリアルタイムでリーダーの存在の何たるかを私たちは突きつけられていると思います。

更に言えばリーダーを必要としない新しい世界を思い描けるかが、先の世界の到来を早め覚醒へと繋がるファクターの一つと確信しています。

・・・

そんな精神性の高いリーダーを必要としない超古代文明が何故滅んだのでしょう。
自らその文明の存続を拒否したか。
一つの文明の役割が終了したか。
或は私たちが認識し得ない「他次元」に移行したのか。
今の時点ではまだそれを感じ取れてはいません。











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by farmemory | 2013-12-23 01:13 | ・新次元とスペースピープル | Trackback | Comments(0)

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