◇日本刀にまつわるお話◇

◆日本刀にまつわるお話◆

日本刀を大変忌み嫌う方、或は大変お好きで、その黒金の輝きを美しいと感じる方。そのどちらでもなく興味を持たない方がおられます。
この感覚は日本刀と特定する事無く西洋の剣であったり、イスラムのククリナイフであったりと、武器としての刃物のに対する感情が人によって大きく違う事があります。

さて今回は特に日本刀に関するお話を過去のリーディングを交えお話したいと思います。
私も刃物の中でも日本刀が大変好きで、たまに代々木にある刀剣博物館や上野の博物館に行く事があります。
間違いなく自身帯刀していた武家の時代があったと、うっすらとした記憶として残っています。
しかし侍としてはどちらかと言うとヘナチョコ侍であった様で、武芸に打ち込むよりは歌舞音曲、特に謡曲などを楽しむお気楽武士だったように感じています。

私はかなり多くの転生をしている様で、武士であった事も1度や2度ではないようです。
しかしいつの時代でも争い事は避け、刀を抜く事は非常に少なかったと感じていますし、見えても居ます。腰抜け侍のレッテルも頂戴したかもしれません。
そう言った事からも日本刀の真の恐ろしさ、怖さを身を以て知らないが為に、職人技である鉄本来の持つオブジェとしての美しさに惹かれるのではと思っています。

また、一方では日本刀は自分の分身、刀有っての自分だと言う誉れ高き屈強の武士もいました。
中でも剣に生き剣とともに、その一生を捧げた剣客達としての転生をされた方も数多くおられ、また何人かそう言った方々をリーディングさせて頂きました。
人生に幾度と無く立ち会いや、戦を経験し相手を切り捨ててこられ、自身も敵の刃に倒れる事もありました。
しかしそう言う方に共通する感覚なのですが皆さん日本刀の怖さを肌身で感じておられたであろうに、現世でもまた日本刀に愛着を示されるのです。

恐らく(仮説です)
剣に生き数度の立ち会いで相手を倒し、或は自身も相手の刃にかかり果てたとしても、剣豪、剣士、武士、あるいは騎士、戦士として己より腕の立つ相手の刃にかかる事はむしろ納得し名誉、本望ではなかったかと思うのです。
そして、短い武士としての一生であろうとも、その人生は納得の一生、満足の一生だったのではと思うからです。

つまり私が工芸品として日本刀を愛でるのとは違い、自分の命そのものとして日本刀を肌身離さず過ごされた過去世をお持ちの方に取ってはその思い入れはまた格別のものだったろうと推察出来るのです。

ここで一つ申し上げておきますが、私は人を殺めるに、いかなる理由からもその行為を擁護する気は更々ありません。しかしその行為を断罪、ジャッジする事はそれ以上にするつもりは有りません。
己の罪を裁く事が出来るのは己のみと心得ているからです。



さて他方、
日本刀を見ると怖いと感じる人。
理由は分からず見るのさえ避けたい、嫌だと拒まれる方。
自分が手にしたら使ってみたいと思ってしまう、試してみたいと思ってしまう。そんな自分を知っているので恐ろしいと感じてしまう方。

日本刀を忌み嫌う感情の種類は経験上この3つが一番多く感じます。

そう言った過去世をお持ちの方は、命令とは言え幼子の命や非戦闘員の女性達を手に掛けた人生を悔やんでいたり
また領主であった自分が、大変荒い気性から物事を力で解決する傾向があり、隣国のと争いを和議ではなく攻め込む事で解決した過去世を持つ方々はそのあまりにも短絡的な生き方を自分の死の瞬間大変後悔し、その時に人を殺める最大の武器であった日本刀を嫌います。
もちろん戦ですので戦闘員の多くは戦での死を覚悟はしています、しかし自らの意思ではなく徴兵された兵士、巻き添えになった平民達にとっては覚悟どころかたまったものでは無かったでしょう。

良く首の後ろが痛い、重いと言う方がおられます。
専門機関で調べてもその理由が分からず難儀している方が、何人かおられました。
そして共通する事として武器としての刃物を大変恐れている傾向が有りました、リーディングの結果やはり何人かは前世で斬首にあっていた方でした。
そしてそれを知る事でそれ以降徐々にその痛みが消えた方もおられます。

実は私もそうでした、過去胸に受けた銃弾で命を落としていますが、正にその場所が子供の頃より痛みを感じる場所でした。
しかしその過去世を見てからは徐々に痛みは消えて行き、半年程で痛みが消えました。
むろんそうではない方もおられます(つまり前世リーディングから理由を読み取る事は出来なかったと言う事です)


***
これは余談なのですが、体の不調が前世からの因縁と言う事は十分に考えられる事です。
だからと言って全てそれで解決しようとされるのは避けられた方が良いかもしれません、体の不調は体からの何らかのメッセージでもあります。医師にかかる事もこれもご縁と心得、信頼の置ける医療機関にも行かれる事もお勧めします。

医療に関しての知識は全くありませんのでその観点からのお話は避けます。
しかし、人を助けるとの確固たる意思とそのポジティブなモチベーションをもたれる医師の方々は、大変強いエネルギーもお持ちです。
そのエネルギーに触れる事はとても効果があると感じます。
診療に当たり医師に暖かい笑顔で「どうしましたか」と問いかけて頂いただけで良くなってしまった経験、ありませんか?

リーディングにより理由を知る事、専門医に相談する事、是非バランスの良い方法をお取り下さい。
***


さて、日本刀を忌み嫌う人の多くは
ご自身が日本刀によってその人生を終わらせられてしまった恐怖と無念さから、大変忌み嫌っておいでです。
戦国の習いで、敵方であれば5歳にも満たない幼子であろうと、お付きの女官であろうと容赦なく首を落とされたはずです。
非戦闘員に取って刃にかかる事は大変無念であろう事は想像に難くありません。
そう言った過去世をお持ちの方に取っては日本刀は恐ろしく忌み嫌うものとして魂に刻まれているのだと思います。

武器としての日本刀の恐ろしさを身を以て経験していると言う事ですね。

最後に、少し話がそれるのですが。。
日本刀そのものをご神体とし、それを祀る神社が有ります。
三種の神器のうちの「草薙の剣」を奉る熱田神宮が筆頭です(厳密には日本刀では無く両刃の剣ですが)
また、死の床に着かれれた方を邪気から守る為に胸に短刀を載せる風習も有ります。
神そのもの、或は守り神として古くから刀は尊ばれていました。

その反面、「村正」と言う刀工が室町から江戸初期にいました。
この刀工が作る刀は徳川家に仇すると忌み嫌われていました。
また、今でも日本刀は人を切ったかもしれない、日本刀には血が染み込んでいるので手にしない方が良いなどなど
大変に不吉なものとされる傾向もあります。

正に表裏一体を成しているとも言えますね。

これはどちらが正しいのか?
どちらも正しく、どちらも間違っていると感じます。

森羅万象いかなる事象にでも深淵なる意味が有り、どちらか一方のスタンスでものを判断してはいけないその良い例だと思います。

ものは生まれた瞬間から魂を持つと言います、古くネイティブインディアンの宗教観に「マニトゥ」と言う考えが有ります。
いかなるもの(それは有機物、無機物の区別無く陽子と中性子レベルにまで当てはまります)にも魂が有ると言う教えです。
これをふまえますと日本刀にも魂が有ると言う事になります。
魂、これはエネルギーでもありましょう。

その刀に込められる持ち手のエネルギーがいかなるもので有ったかで、或はその刀を打つ刀工の意識でもその刀の持つエネルギーも変わって来るのではとも思います。
いわくの有る刀にお祓いをするのは邪を払うのではなく、その日本刀の持つエネルギーを対局にあるエネルギーに変換させる事なのではと思うのですが、いかがでしょうか。。。

今日はスピリチュアル的なアイテムとして取り上げられる事の多い「日本刀」に焦点を当ててみました。
ではではまた次回、ごきげんよう。







[ 2010-08-10 15:57 ]


[PR]

by farmemory | 2013-12-22 23:18 | ・前世リーディングと覚醒誘導 | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : http://dimension5.exblog.jp/tb/21224182
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。